ChapterⅡ【衝突】
その時は羽根たちの戦闘訓練が行われている最中だった。
突如として結界の一角に裂け目が生じたかと思うと、そこから数にして二十を超える羊の魔女のみが押し寄せてきたのだ。
「ひっ、ま……魔女!?」
「しかも同じ魔女ばかり、どういう事!?」
「アリナさんが放った魔女……じゃないよね」
マギウス屈指の狂人による戯れなのか。
ほぼ自然に羽根の間で共有されてしまったその疑念の答え合わせに意味はなく。
羊の魔女は羽根たちを視認するや否や、一斉に牙をむき出しにして襲い掛かる。
「うわぁ!?」
ただ最も近くにいた。それだけの不運。
不意打ちじみた魔女の突撃に、混乱から立ち直っていない黒羽根に抵抗する術は無く。
出来ることなど最初の犠牲者としてさらなる混乱と悲鳴を招く役目以外には何も――。
BARATATATATATATATA!!
横薙ぎに線を描く火花が魔女の身体を穿ち、瞬く間にスイスチーズめいた姿へと変えた。
信城宴は硝煙を吐き出す銃口を下げ、黒羽根につかつかと歩み寄る。
「無事かい?」
「ぁ、は……はい」
自信に満ちた笑顔を浮かべる中性的な美貌。
ずい、と顔を引き寄せられた黒羽根はフードの下で顔を赤くする。
とはいえ、いたいけな羽根を誑かしている暇はなく、宴は速やかに指示を下した。
「ひとまず向こうの羽根たちと合流して事に当たってくれ。燦の指示に従うように」
「わ、分かりました……」
丁度訓練中だった黒羽根たちと共に、魔女の群れと交戦を開始した神楽の方向を指さす。
黒羽根が駆けていくのを見届けてから、宴は骨髄のインプラントユニットから結界外のバックヤードへと極秘通信を繋げる。
「……オペレーションコール。状況は確認できているな?」
『はい。同型魔女の大量発生、並びに魔女同士の集団行動。三日前に貴女が遭遇したケースとの関連が見られる、というよりは同一の勢力によるものでしょう』
「まあ二度目ともなればね。偵察は十分、本格的に侵攻を開始したってところかな。それで、敵軍の詳細についてデータはあるかい?」
『はい。過去発生した類似する状況に幾らかの該当項目が一件。『貴族』となる特異個体と接触した場合のみ、魔女はその個体を中心とした隷属関係および協調行動をとることが確認されています。そして、その特異個体が確認された例についてですが――』
「――黄道十二魔女、か」
その答えはオペレーターに向けてのものではない。
目の前の人影を見たことによる、自分自身への答え合わせ。
眼前に立ちふさがる宴を目掛けて魔女が二体、襲い掛かる。
宴は迷うことなく銃口を向けるが、引き金を引く前に白ドレスの少女がひらりと前に躍り出る。
乱入した少女は手に持った刃を振るい、放たれた炎によって魔女は瞬く間に塵に還った。
沙羅ウズメの部下、双樹あやせはこの異常事態でも顔色一つ変えることなく、散歩でもするような気軽さで宴の下まで近づいてきた。
「おや、あやせちゃん。総統の下に行ったんじゃなかったかい?」
「マギウスがお茶会中だからって追い出されちゃった。暇だし羽根たちで遊ぼうかと思ってきてみたけど……うん、そんな場合じゃないね」
あやせ/ルカも宴と同じ方向を見やる。
結界の裂け目から悠々と歩み出る影。可視化できるほどに色濃い穢れで輪郭を歪ませた、黒甲冑の騎士とでも呼ぶべきもの。
発せられる尋常ならざる圧力に、常に余裕ぶった表情を崩さない
「何アレ? 魔女っぽくないけど」
「そうだね。あれは魔女じゃなくて使い魔だ。ああ、羊の魔女の使い魔って意味じゃないよ。そんなチャチな領域の存在じゃない。多分だが、あれは――」
「"――我が名はアルファルド。悠久の時を生きる我が君主の望みをかなえる騎士である"」
騎士が名乗りを上げる。
発せられる声は異国のもの。しかし魔法少女たちの脳内には”言葉”ではなく”意志”が一言一句違えることなく伝えられる。彼らのような超抜存在にとって言語の壁などあってないようなもの。人の言葉など、所詮はかつての名残だ。
「"退け、うら若き乙女たちよ。お前たちが抱える魔女のなりそこない、エンブリオ・イヴを女王は所望した。疾く頭を垂れ、道を譲るのならばこれ以上の狼藉は控えよう"」
「これはご丁寧にどうも、簒奪の騎士殿。しかし生憎、君の目的は人類の礎となりうる鍵でね。たかだか魔女の王様にくれてやれないさ。――で、どこでその名を知った」
「"愚問。我が女王は玉座にありてお前たちの在り様をいちときに知る。私はただ、女王の望みを叶えるのみ。――さて、退かぬというのならば致し方なし。押し通り、簒奪するまで"」
剣の切っ先を向け、騎士は羽根たちに向けたものと同じ問いを投げかける。
膨れ上がる殺気に、さしもの宴も一筋の汗を流す。
(さて、どうするか)
宴は思案する。
この騎士をフェントホープの内部に入れてはいけない。
簒奪騎士アルファルドの名はビクトリーグループにおいても知るところ。
秘宝、珍品、業物を殺戮を伴って略奪する魔術世界における最も活発な災厄の徒。欧州支部の活動圏内において、かの使い魔によるものと思わしき被害はいくつも確認されており、そのいずれもが凄惨なる有様だ。
もしアレが一歩でもウワサの裡に踏み入れば、狼藉の限りを尽くした後にイヴを奪い去ることは想像に難くない。確かにマギウスは天才と呼ぶに相応しく、ビクトリーグループが保有するアーカイブ内のどの魔法少女よりも強力無比。並大抵の魔女ならば鎧袖一触に消し飛ばせるのだろう。
裏を返せば、それは自分と同格以上の存在を相手取ったことがないということ。
相手は災厄たる十二魔女の直属。数多の魔法少女を相対し、その悉くを葬ってきた正真正銘の怪物。文献によればかの百年戦争にも参加して双方の魔法少女を同時に相手取ったとされる極めつけ。
そんな存在を相手にあの天才というだけの子供が戦えるか? 否だろう。自分たちの魔法に自信を持っているならば猶更、それが通用せず命の凌ぎ合いを強いられた時には地の脆さが露わとなる。数多の魔法少女と戦い、その自信を粉砕して踏みにじってきた宴はそれを熟知していた。
実のところ、あの特異な魔女をマギウスがどこから持ってきたのかを疑問に思っていたが、今となっては些末な疑問だ。重要なのはイヴが目の前の騎士、すなわち十二魔女に連なる者すらも求める存在であったという事。
そうとなれば、わが身可愛さにこの男を通すわけにはいかなくなった。魔女化の破却はV社にとっても理想へと大きく近づくことができる。あの
……そして、なによりも。
(人類未踏の災厄。挑むに不足なし)
魔女を殲滅するために作られた己のボディが、目の前の相手にどれだけ通用するのかを試すことができるというのは得難い経験。いずれ人類が挑むべき災厄、ならばその叡智の結晶たる自身が挑むは当然のこと。
宴は二つの機関銃を両手に構え、同時にボディの戦闘機能をアクティブ3からアクティブ1へ。弾薬、魔力、兵装の一切合切を惜しみなく。全力を以って目の前の相手を粉砕する。
『正気ですか?』
オペレーターの戸惑いが聞こえる。
敵は一個小隊どころか軍隊を揃えて立ち向かうべき存在。少なくとも宴が属する部隊を引っ張り出して尚吊り合うかも怪しい相手だ。
「全く以って冷静に判断しているとも。これの看過は我々の作戦の失敗――ひいては人類の損害に直結する。この体を賭して迎撃することに異論はないだろう?」
『ですが、貴方の現在の装備では……』
宴の身体に組み込まれている武装は確かに魔女を一方的に葬るだけの火力を有している。だがそれは飽くまで通常の、中級魔女までを想定とした対人武装であり、災厄級の魔女との遭遇戦などは想定されていない。そうした街一つを支配下に置くような存在相手にはこちらから突入を仕掛ける状況が想定されており、その場合に投入される戦略兵器と比べればこのパワードボディは心許ない。虎の子を解禁したとしても分は悪いままだろう。
信城宴はビクトリーグループが保有する数ある戦力の一騎でしかない。だがそれと同時に彼女自身は代替の効かない才能を持った実験体。敗北が分かり切っている戦いで消費すると言うのは、あまりにも損失がすぎる。その考えの下、オペレーターは退避命令を下そうとして。
『構わん。交戦を許可する』
『主任!? ですが、あまりにも……』
通信に割り込んだ声に平常を務めていたオペレーターの声が上ずった。
『元々現場での判断はお前に一任している。目の前に立ち塞がる障害は粉砕するのが君のポリシーだろう。遠慮なくかましてこい、
「ご厚意に感謝するよ
『それじゃあ回収は私がいきますね。盛大にブッ壊れておいてほしいですけど、せめて私が解体する余地は残しておいてくださいねー』
さらに割り込んできた気だるげな言葉を最後に、宴は通信を切る。
いつもは蹂躙、良くて互角の相手との戦いを越えてきた宴だったが、今回ばかりは格上への挑戦。ある意味では本懐とも呼べる戦いの予感に知らず口角が吊り上がる。
「なあ、双樹姉妹」
「なに?」
「私は統括官が駆けつけるまでヤツを足止めしてみるが……お前はどうする?」
「え、それ私に聞く? スキくない質問だね」
銃のリロードを行いながら訪ねる銀色の麗人に、何を当たり前のことを聞いているのだと白いドレスの少女は首を傾げた。
「マギウスの敵ってことはお姉さまの敵。お姉さまの敵は私たちの敵。だったら殺す以外の選択肢なんて、最初からないでしょ」
「……熱いラブコールだ。そんなに愛があるなら私にも少しぐらい愛敬を振り撒いてくれてもいいんじゃないか?」
「やだ。だってあなたの顔ムカつくもん」
そうして、軽口を交わしながら戦士たちは死地へ赴く。
相手は一人。対してこちらは二人。
数は優っているが、実際の盤面は圧倒的に不利。
はたしてどれだけ食い下がれることか。
オオン、と背後から獣めいた唸り声が響く。
「ほう、どうやらマギウスも動いたらしい」
「「「 !!ウオ(◎×◎)クマッ!! 」」」
手足をドライバーに置換した極彩色のテディベアがホテルの中からわらわらと出現し、羊の魔女と戦う羽根たちに合流していく。
兵隊グマのウワサ。フェントホープの骨子である女王グマのウワサから生み出されるこのウワサはホテルそのものに危害を加えようとしたものに制裁を与える役目を持つ。本来は侵入者を迎撃するためのウワサだが、今回はそうなる前に柊ねむが緊急で発動させたのだろう。
一体一体が白羽根とタメを張れる戦力を持ち、何よりも兵隊を倒したところでウワサそのものは消滅することがない再度女王より生み出されて補充される。防衛という点においては最適な兵隊だ。
生え変わる眼球を飛ばしてくる羊を、熊は身体を回転させながら掴みかかる。そうして動きを封じたところを別の熊が諸共に貫き、そこに羊の突進が跳ね飛ばす。
デフォルメされた姿がぶつかり合う様子は一見してファンシーにも見えるが、実際に行われているのは野生の生存競争よりもなお悍ましい血肉を削り合う戦争だ。
ともあれ、これで羽根たちも多少は持ちこたえられるだろう。
自分たちは心置きなく目の前の相手に集中するのみ。
「では、状況開始だ。5分は持たせよう」
「私たちに命令しないでよ、ね!」
ドレスは赤と白の折衷色に、その双剣には炎と吹雪を纏う。
手足に電光が迸り、その肉体に秘めた機構を開封する。
そうして、二人の戦士は災厄へと挑みかかる。
「"来るか、その意義やよし"」
宴は手に持った機銃を掃射。
ただの魔女であれば瞬く間に挽肉へと変える鉄の豪雨が簒奪騎士へと降り注ぐ。
簒奪騎士は剣を振るって弾丸を弾き飛ばし、弾幕の横から斬りつけてきた二振りの剣を迎え撃った。
「"……剣で挑みに来るか、いいだろ――アヴィーソ・デルスティオーネぬぅっ!」
剣から放たれた劫火が炸裂し、簒奪騎士の身体を包み込む。
「あはっ、まともに打ち合うわけないでしょ」
「"小癪な"」
騎士はその身体から呪いを噴出させて炎を掻き消す。
そのまま双樹に追撃を仕掛けようと構えた時、己を打っていた弾幕が止んでいることに気づく。
――
瞬時に距離を詰めた宴が拳を振るい、腕に仕込まれたシリンダー機構が炸裂する。
轟音。
騎士は一歩後ずさるが、隙を見せることなく剣を横に薙ぎ払う。
宴はマニューバ軌道でこれを躱し、双樹と同じように距離を取った。
「"なるほど。先ほどの雑兵よりはやるか、そうでなくてはな……!!"」
「ちょっと、全然効いてない気がするけど?」
「君の言う通りだ。どうも感触が妙だった」
発揮した威力と、それによって伝わった反動。腕が接触すると同時に解析した鎧の材質はごく一般的な金属板。初手の銃撃、ならびに今の打撃を防ぎきるほどの防御力は持ち合わせていないはず。
と、なれば答えは一つ。
「どうやらこちらの攻撃を軽減する異能は持っているらしい。おおかた魔力外殻の類だろうけど、こと十二魔女の眷属ともなればそれだけでも桁違いらしいね」
「げ、面倒。でもそれなら、解決方法は一つだよね」
「ああ。削り切れるまで叩くだけさ」
どれほど強固な護りであれ、それが魔力によって形成されている以上は展開し続けるにも限りがある。
ならばとにかく間髪入れずに攻撃を与え続け、外殻を維持できなくなるまで消耗させればいい。
シンプルな答えではあるが、目の前の相手が自分たちを凌駕する怪物であることを加味すれば難易度は跳ね上がる。
要はどちらが先に挫けるかの消耗戦。
ウズメ達が応援に駆け付けるまで、どれだけ相手の手札を暴けるかが勝利の鍵だ。
「絶やさず攻めるぞ。先にヘタらないでくれよ?」
「そっちこそ、弾切れなんかしないでよねっ!」
◇
――黄道十二魔女。
それは魔女階梯Ⅸ位に位置する最上位存在であり、本来なら群れるはずのない魔女を統率する特異個体。
西暦以前に発生したとされ、今もなお活動を続けているという凶悪な十二体の魔女の総称。
希望を振るう魔法少女を無作為に蹂躙し、人間を家畜のように飼い鳴らして貪る、まさに災害そのもの。
今ここを襲撃している存在が、その十二魔女の使い魔だと陰陽師は言った。
「十二魔女直属の使い魔……それもあの簒奪騎士ですって!?」
「ええ」
ホテルの廊下を駆ける中、合流したみふゆさんが敵の詳細を聞いて声を荒げる。
類を見ないほど長年のキャリアを持つ彼女だが、十二魔女に関わった経験はない。
それでも歴戦の魔法少女として、今自分たちを襲っている異常事態がそれだけのものであるのだというのは理解できたのだろう。
その気で動けば都市一つ、国家だろうと簡単に滅ぼしうる存在。幾人もの実力者を投じ、莫大な損害を受け入れても打倒は困難。討伐成功例はこれまでにたったの三体。
四分の一を減じたと言えば聞こえはいいだろうが、それはここ300年で人類が発展し、多くの手段を得たことでようやく成し得た奇跡であることは誰の眼から見ても明らか。
「既にホテルの警報は鳴らしてある。羽根たちが蹂躙されている事は免れているはずだよ」
「とはいえ、あまりアテにできるものではありませんね。鶴喰、現場の状況は如何に」
視界をリンクさせている鴉から、既に大規模な戦闘が開始されている光景が伝わる。
特に目を惹くのは外縁部で、あの暴れん坊二人が黒い甲冑姿の人型に挑みかかっていた。
「今、双樹と信城が黒騎士と交戦を開始した。羽根たちはウワサを盾に羊の魔女と戦っているが、やはり数が多いな。それに魔女の質がウワサよりも強いな……交換比率は1:3といったところか」
「では急いで合流しましょう」
そうして玄関にたどり着き、我々はようやく肉眼で現場を確認した。
庭には羊の魔女が溢れかえり、あちこちで熊型のウワサと羽根の混成軍による乱戦が展開されている。
完全な混乱に陥らずに戦闘が出来ているのは、ウズメさんからの指令が即座に下り、神楽や天音姉妹ら白羽根が率先して現場指揮に動いてくれたおかげだ。こういう時、組織のトップとの距離が近いのは本当に助かる。
だが、そんな驚異的な光景を私は注視していない。
恐らく、この場にいるマギウスや側近たちも同様に、魔女程度には目もくれていないはずだ。
目を向けるのはただ一点。
ここから最も遠い地点。
炎と冷気、電光と銃声が入り交じり轟く、この上なく過酷な戦場がそこには広がっていた。
双樹
マギウスの翼の実力者二人がかりで挑んでいるあの黒き騎士こそがこの事態を引き起こした張本人、簒奪騎士アルファルド。
「――」
カラス越しでは使えなかった幽界眼でヤツを凝視する。
相手は得体のしれない存在だ。
魔女を従え、魔法少女をあしらい、おそらくはドッペルすらも通用しなかった怪物中の怪物。
その正体が何なのかを探るために、私は目を凝らして――
"――――――"
そこに宿った呪いの深さに、言葉を失った。
どこまでも黒く濁った呪いが渦巻きながら、その中心点は何よりも眩く輝いていた。
さながら銀河の中心にブラックホールのように。
昏き星が、あらゆる光を呑み込んで煌々と燃え盛っている。
――成る程。
これまで何故その名前なのかと疑問に思っていたが、黄道とは的を得た表現だ。
あれはまさしく、私たちの
「……アハッ、何あのナイト。これまで見てきたどんな魔女よりもヘヴィーでクレイジーで、ブリリアントなんですケド!!」
「凄まじいエネルギー……」
同じく呪いの在り方を感じ取り、昂るアリナと、それが秘める熱量に戦慄する灯花。
そしてねむは――震える声で葛葉に問いかけた。
「使い魔……君はアレをそう言ったね。
「ええ。その通りでございますとも柊様。あれは魔女にあらず、主たる牡羊座の魔女の手足となって動く手下にございます。――最も、十二魔女の使い魔を他の魔女の使い魔と同列に語ることこそ愚の骨頂ではありますがね」
葛葉の言葉に、息を呑む音。
文脈と過程を重視する彼女だからこそ、あれの異常性が読み取れてしまったのだろう。
綿密な時の重み。年月を経て凝縮された世界を犯す呪いの在り方。
今まさに自らが想像したウワサの結界を蝕み続けているそれがどれだけ手に負えないものであるのか、彼女は身を以って理解してしまったのだ。
「……それでも信じられませんね。まさか他の魔女を手下とする使い魔がいるなんて」
「災厄に名を連ねる魔女たちは力で劣る魔女を使い魔にします。であれば、逆に魔女を上回る使い魔を生み出すことも不可能ではないということ。その延長として、あの騎士もまた魔女を使役できるということでしょう」
「なに冷静に分析しているのー!?」
淡々と状況を述べる葛葉に灯花が激昂する。
勿論、葛葉も状況を軽んじているわけではない。
むしろ率先して事態を把握したことで動揺も激しいはず。
それでも平静を保てているのは、相当な場数を踏んできた賜物とでも呼べばいいか。
「失敬。ですが、あれはまさしく災厄の一端。解放を成し得たとしても魔法少女の前に立ちはだかる絶望の一つにございます。あなた方の理想にはどれほどの障害が待ち構えているか……分かりましたか?」
「あんなのまでアリなんて聞いてなーい!!」
灯花がやけっぱちに叫ぶが無理もない。
上級魔女といっても過言ではないほどに特大の呪いを抱えた存在が『ただの使い魔』でしかないなど、魔法少女であればまず信じられない。
魔女と同質の穢れを纏っていることは幽界眼が暴いた。だが、その根底にあるものは単なる呪いとはまた異なるモノ。恐らくだが、アレは……。
「まあ。アレが一介の使い魔というのも信じがたいことでしょう。ですが、そのようなことは些末事。今大事なのはどのようにアレを対処するか。今はお二人が応戦しておられるようですが……」
氷河と煉獄。正反対の極限環境が顕現した前庭。
おおよそ真っ当な生命では生きることの能わぬ真っただ中で、火薬が炸裂する音と、甲高い剣戟の音が鳴り響いている。
双樹姉妹と信城宴。
二重存在と魔導機人という魔法少女の中でも異質を究めたこの二人は、マギウスの翼の中でも屈指の戦闘能力を持つ。単純な火力という点で見れば類を見ない。ベテラン数人で対処しなければ危うい位階の魔女であっても、二人ならば難なく倒してみせるだろう。
それでも、戦況は何一つ変わっていない。
宴が距離を保って銃撃に徹し、防御を行う騎士に双樹が魔法を纏った斬撃を繰り出す。
その繰り返しは相手の手札を引き出しながら致命的な隙を探り当てるための牽制であり、二人がまだ全力は出していないのは分かっている。
それ以上に巧みなのが黒騎士だ。
最低限の動きで迫る弾丸を切り払い、あるいは身に纏う鎧の頑強さに任せてしのぎながら、息をつかずに襲い来る双剣をその大剣ひとつで捌いている。熱と冷気についてはわからないが、動きに迷いがない様子から鎧によって防がれていると見るべきだ。
一切の無駄のない動き、足運びと太刀筋から読み取れる卓越した技巧は、黒騎士が一流の武芸者であることの証明だ。
不可解なのは何故か黒騎士がほぼ動く素振りを見せないこと。たかが銃撃なぞあまり脅威ではないはずだろうに、何故か奴はその場に留まって双樹を迎え撃つに留めている。
立ちはだかる敵を倒してから進む騎士の矜持か、あるいはこちらを侮っている上位者の驕りか。
いずれにせよ、彼女たちを無視してこちら側へ突っ切って来る、という展開にはならないらしい。
そうならなくて良かったと心の底から思う。
あんな怪物が積極的に攻めてくるとなれば、それを押しとどめることなど不可能に近かっただろう。
とはいえ、そんな安堵は気休めにしかならないわけで。
「まずいな……」
「ええ。むしろ良く持ちこたえている、と褒めるべきでしょうね」
「しかし決定打がありません。このままでは……」
確かに、二人の攻撃によって戦況は膠着状態を保っているが、実際はそのように見えるだけだ。
おそらくだが黒騎士はこの状況に焦ってもいない。
そう遅くないうちに戦況は動く、それもこちら側に悪い方向に。
そうなる前に、奴への対策を練って加勢に向かわなくては――。
「ふーん。でも使い魔っていうなら――こうすればいいだけヨネ」
パチリ。
アリナが指を弾いた瞬間、激戦区の最中に緑の光が瞬いた。
剣戟の音が止む。
目を凝らせば、地獄の真ん中に緑色のキューブがひとつ落ちていた。
黒騎士の姿は――ない。
「え」
「……は?」
「――なんと」
……マジか。
あれだけの呪いを持った相手を、まさか結界に閉じ込めたのか。
アリナ・グレイの固有魔法は結界。それも私が張るような防壁など比べ物にならない、世界そのものを内側に作って魔女を完全に隔離できる結界だ。
流石はマギウス、とでもいうべきか。
「アハッ。あれだけヘヴィーなカースを持ったレアな使い魔。どんなアートにできるのか考えるだけでエキサイトしちゃ――馬鹿者、いますぐそれを放ちなさい! 死にたいのですか!!……ワッツ?」
恍惚とするアリナに葛葉の怒号が響き、私は爆心地に目を戻す。
双樹と信城は未だに戦闘態勢を解いていなかった。
アリナのキューブから距離を取り、一歩も近づかないまま何かに備えている。
(――そうか)
声には出さず、ひそかに得心する。
どれだけ強い因果、希望を背負った魔法少女だろうとその因果は人間一人分。魔法とは、魔力とは、すなわち時の重さ。それまでに積み重ねた因果もまた大きな力を発するもの。
世紀の大発明となるはずのものが、それまでの因習に否定されるように。世界の革新には、それまでのあり方が立ち塞がる。
魔法少女は未来を夢見て現実から目を背けるもの。魔女は過去に固執して現在を否定するもの。互いに同じ地点から生まれ、対極の方向に向かったものであるならば、優劣を決めるは単純な力量のみ。
では、それが伝承に語られるほどの魔女の使い魔だというのなら。
たかが魔法少女一人の力で抑え込めるなど、そっちのほうが馬鹿げている――。
ピシリ。
何かがひび割れる音が響き、その一瞬後――
「"――くだらん"」
斬。
「ゴポッ……!?」
「アリナ!?」
アリナが胸を抑え、血を吹き出して膝をつく。
キューブのあった場所から、天を衝く黒が吹き出した。
○マギウスの翼:火力レート
双樹姉妹(必殺技のDPSが強い)>=灯花(継続火力は断トツ)>宴、夜鴉>アリナ、ねむ>ウズメ(物理属性のみ)>みふゆ(幻惑によるサポート)>葛葉(本人に火力無し)
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