ChapterⅤ【奮闘】
「どうなっているんだこれは」
神浜の裏路地。
人気のないそこで一人、カソックを纏った眼帯の神父はため息をつく。
その手には硝煙を吐き出すアサルトライフルと、何らかの肉片がついた十字剣。
布地は幾らか汚れているが、当の本人に目立った傷はない。それらはすべて返り血である。
粛清機関に属する聖堂騎士。紺染福詠は久方ぶりの修羅場に頭を悩ませていた。
「大丈夫かしら、神父」
「問題ない。この程度は負傷の内にも入らないとも」
隣で変身を解いた七海やちよが心配の声をかける。
神父は返事を返しながら剣の汚れを振って払い、それをペンダントの形状に縮小させ懐にしまう。質量の縮小拡大は魔術の基本だ。手慣れた聖堂騎士であれば魔力で刃や剣を形成するのだが、福詠は使い慣れたこちらが性に合っていた。
互いに街の均衡を担う調停役として、この二人が組むことは可笑しな話ではない。ないのだが、それは大抵片方の手に余る異常事態が発生していることを意味している。
今回もその例に漏れず、魔女の異常なまでの活性化。
魔女の出没数が増えているのは神浜では日常だが、ここ数日は特にそれが激しい。
特に羊の魔女はそれが顕著だ。
さっきの個体で本日三体目。明らかに遭遇する割合が上がっており、その強さも以前とは一回りも違う。階級にしてⅤは下らないのが複数というのはどう見ても異常だった。
そして奇妙なのが、この強さは羊の魔女が突出していること。他の魔女の結界に入り込んだ羊の使い魔が
災厄へと挑みながら不甲斐なく倒れ、義妹に望まぬ責務を背負わせることとなった後悔の傷痕。それが訴えんとすることは何か。
「特定の性質を持った魔女のみの活性化か……あまりいい予感はしないな」
神父の記憶にある限り、このようなケースがマシな理由だった試しはない。
ただでさえ魔女が激増し、さらにはウワサなる怪異の出現も耳にしているところだ。
義妹ならば片っ端から叩き潰して回り、最終的に根本に辿りつくのだろうが……都合の悪いことに今は神浜を離れている。
まるで狙ったかのように立て続けに起こる異変。何者かが裏で糸を引いているならば、それは明らかにこちら側を警戒していると見ていいだろう。
――と、
神父の懐から着信を知らせるオルガンの音が鳴る。
クラシックな手帳型の端末ケースを開いて画面を確認し、すぐさま懐にしまった。
「ひとまず詳細の調査は引き続き私が請け持とう。七海くんは引き続き魔女の掃討を頼む」
「わかったわ。神父も無理しないで」
「若者に心配されるほど年は食っていないとも。……十咎くん達との連携を怠ってはいかんぞ」
精力的な活動とは裏腹に後輩を遠ざけていることを神父に指摘されると、やちよはばつが悪そうな顔をして去っていった。
彼女の気配が遠ざかったことを確認してから、神父は北の方角を睨んだ。
「……さて、鬼が出るか蛇が出るか。私が出る前に片付いていてくれればいいがな」
【差出人:琴織渡 件名:後片付けを頼む】
◇
戦場を戻そう。
簒奪騎士とウズメ率いる幹部たちが戦いを繰り広げる中、同じく羊の魔女の軍勢と羽根たちはぶつかり合っていた。
この黒羽根もその一人。
名前を宮尾時雨という彼女は、普段は広報部に勤めており、後方担当の非戦闘員だ。
しかし運の悪いことに、この日は訓練のため外に出ていたせいでこの戦いに巻き込まれてしまった。
「うっ……このっ、来るな……っ!」
一応は応戦しているが、スリングショットの控えめな威力では焼け石に水。簒奪騎士の手下と化して強化された羊の魔女は気にする様子もなく、ただ時雨を獲物と見据えている。
防波堤であったウワサも蹴散らされてしまい、とうとうこの戦い最初の犠牲者としてその命を散らそうとしていた。まさにその時。
「やああああああ!!」
横から突撃してきた赤い衣装の魔法少女が、魔女めがけて一心不乱に剣を振り降ろした。
「時雨ちゃん!」
「はぐむん……!!」
振り返った少女の名前を時雨は知っている。
安積はぐむ。同じ黒羽根であり、互いに弱者の立場として親交を深めた友人。
剣を満足に当てるのはおろか、真っすぐ構えることすら覚束なかった彼女が時雨を庇うように立っている。
「大丈夫、時雨ちゃんは守るから……」
「でも、手が……足も……」
時雨の言う通り、その足は微かに震えており、剣を持つ手も若干覚束ない。
けれどその眼には確固たる決意が宿っている。それはウズメからの薫陶を授かった羽根が共通して持つ、戦士の心構えだ。
彼女の固有武装はファルシオンやグロスメッサ―と称される鉈のような形状の刃が特徴的な西洋剣。少々幅広ではあるものの、片刃ということで類似した剣術を扱うウズメの目に留まり、羽根としては光栄なことに直々の指導を賜っていた。それこそが安積はぐむの寄る辺だ。
「私は何にもできない……みふゆさんや双樹さんみたいな魔法も、宴さんや夜鴉さんみたいな実力もない。でも、ウズメさんは私に剣をくれたから」
彼女の脳裏に敬愛するウズメからの言葉が蘇る。
魔女に特別有効な力を持つ以外に取り柄のない自分をウズメはただ一言、素晴らしいと評した。
一秒一瞬でも魔を屠る事こそが魔法少女の本懐。であれば、後はそれを活かす戦いを身につければいい。相手の機動力を削ぐ小技も、跳びまわる相手を落とす弓矢も不要。一撃、たった一撃で仕留められるならそれでいいのだとウズメは打算も世辞もない本心で語った。
『複数の事を考えるのが苦手? 構いません。貴女が考えるべきは相手を斬る事ただひとつ。むしろ何も考えることもなくただ剣を振り降ろせばそれでいいのです。ああ、体の動かし方については心配なく。その身体に染み付かせますので』
思い返されるのは修行の日々。
有無を言わさぬ素振り千回。山に籠っての熊狩り。さらにはウズメからの打ち込みを防ぎ続ける組手とは名ばかりの耐久試験。
おおよそ地獄巡りと同等の修行を同じ剣使いの羽根たちと乗り越えた経験は、確かに彼女の血肉へと還元された。
そして彼女の自信が低く、周囲の状況を同時に見ることが苦手な気質もまた、戦闘における一種の強みへと昇華された。
それはつまり、目の前の敵のみに集中する一意専心。
とにかく眼前の相手を叩き斬り、次に目についた敵を叩き斬る。
自分にはそれしかできない。他の魔法少女のように便利な魔法はなく、ただ魔女を倒すことしかできない。魔法少女同士の戦いでは役に立たない落ちこぼれ。
――だからこそ貫き通す。
紅色の輝きを帯びた黒髪を靡かせ、緋色の刃を振るって立つ勇ましき背中。
魔女に苦戦し、同じ羽根たちと地に伏せるしかなかったあの窮地に駆け付けてくれた光景が、今も彼女の眼に焼き付いている。
「こんな私でも……戦えること、時雨ちゃんを守れるんだってことを証明するんだから――!」
地を蹴り、肉迫し、全霊の一撃を振り下ろす。今までの実力なら決して勝てるはずがない魔女を、真っ向から両断する。
しかし振り下ろした隙にもう一体の魔女が襲い掛かっていた。残心が間に合わない。
「はぐむん!!」
「せえぃ!」
瞬時に飛び込んだ影が放った連続突きが魔女を貫く。
兎めいて身軽な動きで魔女を葬ったのは、金髪の魔法少女だ。
「ご無事ですか?」
「七瀬さん!?」
七瀬ゆきかはレイピアを構え、はぐむの背後をカバーするように立った。
「わたしのほうも片付きましたのでお手伝いします。そちらは何体倒されましたか?」
「えっと……確か五体目、だったかな……?」
「そうですか。わたしは三体目です……キリがないですね、これ」
自分たちを取り囲む魔女の群れに、ゆきかは苦笑を零す。
結界内に侵入した魔女の軍勢はざっと見ただけでも数十体。
その多くは
これは小さな街一つを汚染して余りある規模であり、せいぜい数人で下級魔女を倒すのが精いっぱいの羽根たちには荷が重いどころの話ではない。
あちらを見れば観鳥令の砲撃に合わせて一斉攻撃が仕掛けられ、向こうを見れば天音姉妹の音波攻撃で動きを止めた魔女が的確に仕留められている。そしてひときわ目立つのが神楽燦の制圧射撃と遊狩ミユリの猛攻だ。
とはいえ、それは局所的な戦況を見た場合の話。
基本的に防衛戦において攻撃側は防衛側の3倍の戦力を必要とする。ではこの戦いはどうだろうか? おそらく攻めてきた魔女の群れは羽根たちの十倍は下らない。ウワサを肉盾にしてどうにか4,5倍にまで縮められていると見ていいだろう。
羽根単体では完全に負けている以上、正面からぶつかり合うのは最悪。どこか一か所でも穴が空けばそこから雪崩れ込まれる。
「ウズメ様がどうにかするまで、私たちが頑張らないといけませんね」
「うん、一体でも多く倒さなくちゃ……」
皆が死力を尽くして戦っている。それはこの戦いがイヴを護るためのものであるからか。それとも自分が生き延びるためか?
確かにその理由もあるだろう。だが一目散に逃げ出し、何もかもを放り捨てて安全な外まで逃げようとした者は一人もいない。
それは何故か? 決まっている。
マギウスの翼が首領、沙羅ウズメが戦っているからだ。
魔法少女としてどこにも行き場がない自分たちを迎え入れてくれた。無価値だと思っていた自分に存在意義をくれた。
それどころか、自分たちにこうして戦うための力を授け、その上で自らが率先して最前線で戦う。
マギウスのために、羽根たちのために。身を粉にして血を流し、その刃を振るう姿こそがなによりもの希望だった。ならばそんな彼女に従う自分もまた、その在り方だけでも恥じないようにしなければ。
宴と双樹はこの群れを率いる存在を引き受けていると夜鴉の連絡網で共有されている。離れたところからでも感じるこの穢れの圧力からは、自分たちでは足元にも及ばないだろうということをすぐに察した。
主力であるウズメやみふゆはそちらへ馳せ参じた。ならば自分たちがやるべきことは、ウズメ達の奮戦に恥じぬようこの魔女の群れを倒すこと。
ゆきかは地位こそ黒羽根だが、翼の中でも屈指の実力者。特に固有魔法である『逆境』は、死の淵に瀕するほどの劣勢において力を増す、いわゆる火事場の馬鹿力を引き起こすもの。ウズメと最初に手合わせをした時、予想以上に粘るゆきかをウズメが意図的に追い詰めたことで発覚したこの魔法は、この逆境極まる状況下において常に十全の性能を発揮していた。
つまるところ、ここにいる二人の剣士はこの絶望的な状況を持ちこたえるにはこれ以上ないほどの適任であった。
「踏ん張りどころです、行きますよ!」
「はいっ!」
そうして決意を新たに、二人が武器を構え直したその時。
穢れに満ちていた戦場に、清らかで神聖なる空気が流れ込んだ。
◇
ChapterⅥ【形成逆転】
張り巡らされた式符に呼応し、周囲の魔力が唸りを上げる。
大気を伴って循環する魔力の流れは清らかな空気を呼び込み、穢れを押し流さんと簒奪騎士目掛けて一斉に降り注いだ。
「"ヌゥ、これは……!"」
簒奪騎士が発する威圧感が目に見えて減じていく。
己に圧し掛かる重圧に体制が崩れた瞬間、少女たちは一斉に行動に移っていた。
宴がまず機先を制し、弾丸の雨を騎士に浴びせる。
鎧を上から殴りつける暴力の嵐。これまでのように鎧の上に纏った呪いが防ぐも、その身体は洪水に押し流されるように僅かに後退する。勢いを殺しきれていないのだ!
「せぇい!!」
そこへ夜鴉が急加速で接近し、全力の刺突を繰り出す。
全身を鉛玉が打ち据えるのに耐えきった簒奪騎士はこれに機微に反応した。
剣で反らされた槍が肩当てを掠めるに留まったが、その表面にはざっくりと抉り傷が刻まれた。
「通る……通るぞ!!」
先ほどまでは阻まれていた攻撃が、僅かだが通じている。
流石に完全に護りを剝がすことはできなかったようだが、少しでも綻びが生じたのならそこへ全力を叩き込み、こじ開けるまで。
「"この程度で適うと思ったか、小娘が!"」
続けざまに繰り出される刺突を騎士は剣で的確に防ぎ、斬り返す。
重圧を受け、護りを弱められていながらその剣さばきに曇りはない。
根本的な経験の差。戦士としての技量で彼は歴戦の魔法少女を凌駕しているのだ。
打ち合いの末、肩を裂かれて後退する夜鴉。
その翻った夜空のような外套の影から、銀朱の流星めいた残光が瞬いた。
「"!!"」
「キェェェェェイ!!」
――血刃ノ八 天津草薙
――狂骨砕き
凄まじき勢いと共に振り下ろされた一撃が、簒奪騎士が構えた大剣と真っ向からぶつかり合う。
これが先ほどまでなら簒奪騎士は押し返していただろう。だが結界によってその力を制限された今ならば、互いの勢いは拮抗する。
騎士は地面の土が抉れるほどの圧力に耐え、対するウズメは相手の膂力を押し切らんと力を籠め、そして叫んだ。
「あやせぇ!」
双樹はウズメの口が開いた瞬間に……否、ウズメが騎士目掛けて刀を振り下ろした時には既に己が為すべきことを理解していた。
双樹
そうしてウズメが黒騎士を渾身の一刀で釘付けにした瞬間、双極の魔法少女は研ぎ澄ました極限の一撃を解き放った。
――ピッチ・ジェネラーティ
相反する二つの属性を混ぜ合わせることで生まれた
だが騎士もさるもの。鍔迫り合いの最中に迫る脅威に一瞬早く気づくと、脱力と押し出しを瞬時に行いウズメを跳ね飛ばす。その勢いを利用して連続バック転で後退するウズメに構わず、騎士は素早く踵を返して剣を振るった。
斬撃と共に放たれた膨大な魔力が、消滅の光と衝突する。
己が武器の破壊を代償として、騎士はその致命的な一撃を防ぐことに成功した。
「"ぬるい! この程度で我が命を獲れるとでも思ったか"」
だがそれは同時に、その後の攻撃を凌ぐ手段を喪失することと同義であり、
「そうだろう。だが、これは想定できたかな?」
それこそが、彼女たちの真の狙いであった。
自信に満ちた声が耳に入る。
戦線の後方。そこにはトランクから引きずり出した新しい武器を構えた宴が不敵な笑みを浮かべていた。
機関銃からライフル型の狙撃仕様に。
使用する弾丸も17.2mm弾を装填。
それまでの弾頭のおよそ2倍近い大きさを誇るその弾丸は甲冑程度の厚さならば貫通し、中身の肉体を完膚なく破壊する。呪詛の護りが弱まった今ならば、確実に通用する一撃だ。
正確な体幹操作によって銃身を固定。眼球インプラントの照準機能と連携して微調整。動作予測によってコンマ一ミリ差のズレもなく。
「FIRE!!」
そうしてこじ開けた拮抗の隙間に、致命の一刺しがねじ込まれた。
放たれた弾丸は空気を引き裂き、音を置き去りにする。
一秒も経たずに迫りくる矢。
アルファルドは空気の振動。音の脈動。僅かな圧力。そして戦士の直感によってその威力を理解した。
先に牽制として放たれていた柔な石礫とは違う。
この一撃は護りを粉砕するに値する致死の矢。強固な守りを強引にこじ開けるために人類が生み出した過剰火力の代表格。まさに己のような怪物にこそ振るわれるべき暴威。
まともに当たれば無事で済むまい。当たればの話だが。
着弾まで瞬き一つ。だが所詮は極細で直線の軌道しか描かぬ矢だ。
怪物としての膂力を発揮し、全力で後退して仰け反れば躱すことは可能。
その後、無防備になった狙撃手へと肉迫して仕留める。
騎士は冷静に分析を終え、大地を蹴ろうとしたその瞬間。
「"――ッ!?"」
不意に騎士の身体が硬直する。
舞い散った黒い鴉の羽根が、青白い光を帯びて陣を描く。
その光が伸びる中心点。簒奪騎士の鎧に微かに入った罅から入り込む幽玄の炎が、彼の身体を拘束していた。
「いいからくたばれ」
――反魂魔術・魂縛り
魔法少女が行使するとはいえ、それは初歩の魔術。
霊格が同等の中級魔女ならともかく、災厄級の上位眷属を押さえつけるには一瞬の間しか効果を発揮しない。
だが戦いとはその一瞬こそが勝機を分けるもの。以って簒奪騎士は鈍化した時間感覚の中で迫る弾丸を見つめる以外の行動がとれず。
――かくして、黒鉄に覆われた頭部を亜音速の鉄塊が撃ち抜いた。
からん。と真っ二つに割れた兜が落ちる。
騎士の身体が仰向けに傾く。
獲った、と夜鴉は確信した。
いくら怪物とて、人間体であるならば頭部への一撃は無視できない。
間違いなく霊核に届いた。拘束した反魂の糸から伝わる感覚もそれを後押しする。
視界に捉えていた呪詛が小さくなっていく。昏き光を放ち、穢れをまき散らしていたそれが中心へと収縮する。
……
そう、収縮。
それこそ星が爆発する直前、内部の瞬間的な燃焼で全体が縮むように。
密度を増したそれは、一転して爆発的に膨れ上がる。
「"――素晴らしい"」
かくして。
勝利の天秤は、再び牡羊座の眷属の下へと傾いた。
○羽根たち
魔改造、というほどではないけど結構強引なレベリングがされている。
時雨ちゃんは戦闘力はそこまでだけど情報収集系の経験が積まれていたり。
○アルファルド
もちろん第二形態ありますとも。