つばめちゃんは神浜の魔法少女が尊いようです   作:名無ツ草

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お待たせしました。
ついに主人公が輝く時です。


第六十一話 ブラックナイト・ナイトメア……⑤【渇望真理/白冥峡谷】

ChapterⅦ【渇望真理】

 

 

 

 戦い方としては間違いは無かったのだろう。

 

 陰陽師による最上級の破魔結界。

 対魔の剣術を修めた剣士。

 穢れを焼き払う幽世の魔力を持った魔法少女。

 特化型の魔法少女による攪乱。

 純属性魔法と物理火力に長けた魔法少女による高火力の一撃。

 

 

 一人一人が稀有な力を持った逸材にして、数多の修羅場を潜り抜けてきた歴戦の達人。

 

 打ち合わせもろくにできない時間での意思疎通の後、ほぼ理想的な同時行動。

 

 

 だからこそ、そこに誤りがあったというのならば。

 

 

 それはきっと、簒奪騎士が並外れた怪物だったことだろう。

 

 

 ばらばらと鎧の破片が崩れる中、その足は大地を踏みしめる。

 

 どす黒い血液がぼたぼたと地面に落ち、蒸発した瘴気がじゅうじゅうと立ち込める。

 

 仰け反った身体がばね細工のように跳ね返り、その長く色あせた髪が乱雑に揺らめく。

 

 

 額から右の頭部を抉られながらも、簒奪騎士は土気色の骨ばった顔に喜悦の笑みを浮かべていた。

 

 

"なんたる望外の喜び。このような極東の僻地に、教会の狗や主の同胞以外で私に追随するだけでなく、()()を抜かせるまでの猛者が揃っていたとはな……!"

 

 

 黒騎士の影から新たな武器が顕れる。何かの角を削って作り上げたと思わしき刃を持ったそれは、剣というにはあまりにも非常識な()だった。

 

 

"我が主より直々に賜った(けん)だ。光栄に思うがいい"

 

 

 先ほどの大剣の倍以上もある剣を、それ以上の速度で騎士は振りかぶる。

 眼前を薙いだそれは暴風を巻き起こし、問答無用で宴と双樹を弾き飛ばし、間合いの外にいた私にまで斬撃を届かせる。

 幸いにも私は防御が間に合ったものの、宴は右腕と左脚を破損し、双樹は構えていた双剣を砕かれ、胸に裂傷が刻まれている。

 

 

"なんと"

 

 

 ――アルファルドは目の前の敵が生きていることに感嘆した。

 牡羊座の魔女。十二魔女の座に君臨する彼女が持つ渇望真理は『怠惰の檻』。

 

 『無益』の絶望から生まれた呪詛は、あらゆる魔法による加護を零落せしめる。絶望を祓うために束ねられた希望を徒労に終わらせるもの。

 夜鴉たちの分析は正しい。肉体を魔力で強化する魔法少女にとってみれば天敵もよいところ。

 眷属であるアルファルドも分け与えられたこれを身に纏っており、彼を打倒するには純粋な能力と技量で上回る必要がある。

 

 それは牡羊座の魔女の角から作られたこの剣も同様だ。あらゆる魔法で防御を固めようとも、この剣の前では紙きれにも劣る。だというのに、彼女たちはその胴体が繋がっている。両者ともに戦闘継続が可能な手傷しか負わせられていない。これはいかなることか。

 

 

"やはりこの結界か。我らが女王の恩寵を僅かなりとも封じるとは、極東の術者も侮るものではないか"

 

 

 だが、それだけではあるまい。

 例え呪いが中和されていようとも、あれだけの大技を放った直後の硬直も抜けきらぬ状態で先の一撃を凌げるほど簒奪騎士の名は甘くない。

 剣を振りぬいた時、僅かだが軌道が上に逸らされた感覚があった。割り込んだ何者かが薙ぎ払いをいなし、威力を削いだのだ。

 

 はたして何者が? そんなものは明白だ。

 

 紅い刃を振りかぶった、紅蓮の武者。

 委縮することなく、こちらを真っすぐ見据える沙羅ウズメと目が合った。

 

 

"ハ、そうだろう。我が前に立つは貴様よ。麗しき剣士よ――!"

「キエェェェェイ!!」

 

 

 

 

 絶叫と共に振るわれる天津草薙。息をつく間もなく次々に繰り出される斬撃に、簒奪騎士もまた同じく大剣で応えた。

 

 傍から眺めているだけでも分かる剣戟の凄まじさ。一振りの度に風が唸るほどの斬撃が目にもとまらぬ勢いで繰り出される様子は嵐そのもの。その隙間を縫おうと走る紅い剣筋は、まさに嵐の中に迸る稲光だ。

 

 一見して拮抗しているように見える攻防。だが騎士は悦びの笑みを浮かべており、ウズメさんは苦々しく歯を食いしばっており、どちらが劣勢なのかは明白。

 接触を最小限にまで抑えてはいるが、一合打ち合うたびに血刃は強度を失い砕けていく。

 そこから三度目の切り結びでウズメさんの刀が砕け散り、同時に彼女の二の腕に裂傷が生じた。武器の破壊と同時に斬られたのだ。

 

 

"どうした。そこまでか? 剣士よ"

「愚問」

 

 

 垂れ下がる腕からだくだくと溢れ出る血液。しかしそれが地に流れ落ちることはなく、ひとりでに腕に纏わりついて真紅の籠手を形成する。血刃ノ弐・般若具足(はんにゃぐそく)。ぎちぎちと腕を締め付け、断たれた神経と筋肉を縫合。再び手に握られた刀で沙羅ウズメは技を繰り出す。

 

 

――童子腕斬

 

 

 騎士の手元を狙って振るわれた斬撃をアルファルドは一歩下がって防ぐ。その隙にウズメさんは跳び下がって仕切り直しを図り、それを呼んだアルファルドが追撃に踏み込もうとする。

 そこに復帰した宴が左手の機銃を掃射してけん制し、それぞれの剣に炎と冷気を纏わせた双樹が斬りかかった。

 

 

"見飽きたぞ、それは――!"

 

 

 幾度となく行われた応酬を騎士は難なく対処する。

 角剣を盾として銃弾を防ぎ、呪いを纏った拳で炎の剣を砕いてみせた。

 

 

「っ、こいつ……!」

 

 

 双樹が歯を食いしばる。

 

 先ほどの切り結びで、ひとつの事実が判明した。

 

 簒奪騎士の力は先ほどよりも増している。

 

 鎧の表面に纏われるだけで空気を震えさせていた穢れが、今度はアルファルドの肉体から直接溢れ出している。実態を持たぬエネルギーでありながら、あまりの濃さに質量すら持つ穢れが彼の体躯を一回り巨大に錯覚させている。

 

 あの甲冑は身を護る防具であると同時に、その穢れが必要以上に体内から出ないようにする制御装置でもあったのだ。

 

 外殻を砕かれ、抑え込められていた呪詛(なかみ)が剥きだしとなったアルファルドは、結界を発動する前……どころかそれ以上の穢れを放出して周囲を汚染し始めていた。

 

 彼から立ちのぼる穢れは結界の天蓋にまで至り、ウワサ特有のノイズが混ざった偽りの空を漆黒の星空へと塗り替え始める。足元の炎と氷結で荒れ果てた地面からは、黒緑色の邪悪な草が生え出している。

 

 『世界を自らの在り方で塗りつぶすモノ』

 

 以前に音子さんから聞いたことがある内容と合致する光景が、目の前に広がっている。

 

 

「……で、ここからどうする? どうも手に負えなくなった気がするんだが」

 

 

 お互いに敵を睨みながら、ウズメさんに尋ねる。

 正直なところ第二形態ぐらいはあるかもなーって予想はしていたけど、まさかここまで実力の差を見せつけられると不安に駆られるのが本音だった。

 

 分かりやすい甲冑(ぼうぎょ)が消えた分、こちらの攻撃は通りやすくなったのだろうが……それは向こうも同じ。ただでさえまともに受けていられない攻撃がさらに凶悪になった。

 双樹は明らかに力負け。宴も片手片足が破損。みふゆさんの魔法は効いてない。残酷な言い方だが、あの使い方だと本人の魔力に弾かれて終わりだ。作戦を練り直す必要があるだろう。

 

 

「いいえ、むしろここからが好機です。あの鎧があっては私の太刀筋が通らなかった。未熟の時分ゆえ斬鉄と斬魔の両立は未だ成し得ませんでしたが……自分から脱ぎ捨ててくれたのならば好都合。()()()()()()()()()()、一分の迷いなく斬り捨ててみせましょう」

 

 

 その言葉に、ぎょっとする。

 この(ひと)、まさか。

 

 

「……視えているのか?」

「多少なりは。貴女ほどではありませんが、モノの本質を見抜く目は忌々しくも我が家系が受け継ぐ体質でしてね。隠すなら徹底的になさい」

「………………ご忠告、痛み入る」

 

 

 最初からお見通し、というわけか。

 その上でここまで付き合ってくれていたんだから、この人もだいぶ懐が深いもんだ。

 ああ、全くもう。

 

 本当に、命を懸けてしまいたくなったじゃないか。

 

 

「そうやって素直に認める時点で向いていませんよ。あの陰険よりは好感が持てますがね」

「聞こえてますからね!」

「だったらもっと奴の力を抑え込みなさい!!」

「これで最大出力ですよ! あなた達みたいに気合いで絞り出せるものなんて無いのですよこちらは……」

 

 

 遠慮のない悪態が交わされる。

 ああは言っているものの、周囲を巡る浄化の魔力は密度を上げている。

 魔力を振り絞る――というよりはフェントホープの地下から貯蓄分をダイレクトに持ってきているようだ。

 

 

「あやせ、ルカ。まだやれますね?」

「……ええ。勿論ですお姉さま。例え四肢が砕け果てようとも、我らは貴女の隣に」

「オイオイ、私を除け者にするにはまだ早いよ」

 

 

 再び生成した剣を構える双樹。

 ぎこちなくも破損した手足を動かしながら銃を構える宴。

 二人とも意気軒昂。

 

 

"闘志未だ衰えぬか。それでこそよ"

 

 

 体勢を整えたのは簒奪騎士も同じく。

 そうして戦いの第二幕が開くと思われた。

 だが。

 

 

"――とはいえ、な。これ以上時間をかけて先ほどと同じものが演じられるというのも、聊か退屈なされよう"

 

 

 騎士はぐるりと戦場を見渡す。

 この街で調達した兵隊である羊の魔女はウワサと羽根の連携によって拮抗している。

 元々戦いに向いた性質の魔女でもないからか、それともコツを掴んできたからか。若干ながら羽根側が優勢になり始めている。

 

 それを煩わしく思ったのだろうか。騎士は女王から賜った魔力を分配し、そして"命じた"。

 

 

"女王の名を以って汝らを叙任する。その牙と角を振るい忠義を示せ"

 

 

「――な」

 

 

 魔女の魂にその名が刻まれる。

 羊を模した兜。黒い鎧。呪いが凝縮した鎧に巨大な質量が押し込められる。

 そうして変貌した姿は、以前の襲撃にて遭遇した特異個体。

 簒奪騎士に命じられるままに、羊の魔女たちは牡羊座の眷属となった。

 

 

「馬鹿な……階梯の引き上げだと!?」

「何ですって!?」

 

 

 驚愕を隠せない。

 使い魔が魔女に成長するとかの次元ではない。

 魔女の階梯の昇格。中級から上級へ一足飛びに。

 存在そのものを書き換えるような行為が、たったの一瞬でこの結界内の羊の魔女すべてに行われたのだ。

 

 

SHIIIIIII!!

 

 

 人間とそう変わらぬ大きさとなった隷属騎士が法悦の涙を流し、慟哭をあげて獲物に襲い掛かる。

 兵隊クマのウワサをその鉤爪で引き裂き、あるいは食らいつくようにして次々と駆逐する。

 ウワサは取り囲んで対応しようとするが、存在の格で上回られた魔女には適うはずもなく。蹴散らされ、瞬く間にその数を減らしていく。

 

 魔女の雄叫びが、羽根たちの恐慌の悲鳴が響く。

 この瞬間、優勢に傾いていたはずの天秤が真逆に振り切れてしまった。

 

 

"これでより劇的となろう。さあ、存分に死合うぞ、戦士たちよ"

「なんてことを……!」

 

 

 一度刃を交えたから分かる、極めて絶望的な状況。

 あれは白羽根の実力者ですら荷が重たい、というより羽根ではまず太刀打ちできない相手だ。

 このままではそう遠からずに防衛網は突破され、あの魔女がホテルの中に侵入する。マギウスがいるのは玄関口。だがウワサを上回ったあの魔女たちならば外壁を破壊するぐらい訳が――

 

 

((馬鹿か私は! 気にするのはそんなことじゃないだろうが!!))

 

 いや、違う。そんな問題じゃない。

 このままだと誰かが死ぬ。

 それは奴らがホテルに侵入する云々よりも前に起こる事。

 

 私たちが斃れずとも、誰か一人でも倒れた瞬間。残った羽根たちも総崩れとなって魔女に貪られる。

 それがウワサで魔女を抑え込めなくなった時点で、確定した結末だ。

 

 

「不味いね。このままだと羽根たちが持たない。一体でもたどり着かせたら詰みだ」

「ならば、どうする」

 

 

 宴が冷静に状況を告げる。

 続けて彼女が口にした解決方法はとても単純だった。

 

 

「一刻も早くコイツを倒し、残る魔女を殲滅する。それ以外にあるまい」

「大口を叩きますね。まあ、鉄屑になりかけた役立たずなら、せめて士気の上がる言葉ぐらいは吐いてもらいませんとね」

「ええ……参ります」

 

 

 ――ウズメはちらりと後方の、戦場を見やる。

 何を気にしたのかなんて、明白。

 

 ……どれだけこいつを早く倒したところで、羽根の中に犠牲が出るのは確定している。

 それは仕方のないことだ。相手は十二魔女の眷属。巡回で遭遇した一人だけで済むわけがない。

 

 だからこそ、親玉であるアルファルドを倒すことが最優先事項。

 指揮系統が崩壊すれば、その後は残った魔女を自分たちで片付ければ済む話。

 

 それに彼女たちだって魔法少女。解放に縋って入ってきたばかりならいざ知らず、逃げたっていいのに今ああして戦っているのは自分たちの意志だ。命を懸けて戦っている以上、その死に足を取られて目の前の敵をおろそかにするなんて真似があってはならない。

 生きるために救済を求めた少女たちが、今は未来のために死へと赴かんとしている。なんという矛盾だろう。本末転倒にもほどがある。

 

 ……でも、それが彼女たちの戦う理由なら、私たちが足を止めるわけにはいかない。

 

 それはウズメさんだって理解している。

 実際、一瞬の逡巡だけで既に彼女は覚悟を決めた表情で向き直っている。

 

 

 ――だからこそ、私もその覚悟に報わなければ。

 

 

 先陣を切って踏み出そうとした背中を呼び止める。

 

 

「往け、統括官。あの魔女どもを殲滅してこい」

「ッ!? オイオイ、正気か?」

「問題ない。彼女ならすぐにカタが付く。それまでの間ぐらいは、私が持たせてみせるとも」

「……何か、あるのですね?」

「半分賭けになるがな。だが奴の力に対抗するにはどの道こうするしかない」

 

 

 薄情なと言われそうなことだが、私には取っておいた切り札がある。

 使わずとも行けそうだったから使わなかったのだが、こうなってしまった以上はそんな贅沢も言っていられない。

 一秒の間をおいて、ウズメは頷いた。

 

 

「わかりました。貴女を信じましょう」

「ああ。それともう一つ頼みがある」

「まだ何か?」

 

 

 ある意味、これが一番大事なことだ。

 答えによって、私の今後の身の振り方が決まるのだから。

 

 

「簡単なことだ。私はこれより切り札を開帳するが、そのことについて――」

「構いませんよ」

「……まだ何も言ってないのだが」

「大方、追及するなということでしょう。ここまで出し惜しみしておいたならばそれなりの理由がある。であれば構いません。お嬢様たちの為にその力を振るうのであれば、あなたがどのような力を振るおうと私は問いません。お嬢様たちにもそのように申し出ておきます」

「……恩に着る」

「構いませんよ。後ろめたい力を持つのはお互い様ですから」

 

 

 そう言ってウズメさんは踵を返し、羽根たちを助けに向かった。

 一秒と経たずに魔女の断末魔が聞こえ、さらに次の魔女が斬られる音がする。

 

 

"愚かな真似を。雑兵を慮り、手下どもにかかずらうなど、将として愚の極み。奴を欠いた貴様らで、女王の寵愛を受けしこの身に敵うとでも思ったか?"

「どうかな。勝ち誇るには早いぞ、簒奪騎士」

 

 

 これで心置きなく()()()()()を使えるというもの。

 懐からあるものを取り出し、ソウルジェムに掲げる。

 

 

「征くぞ――真理装填

「……お待ちを、夜鴉さん。その力はもしや――!」

 

 

 そして私は迷いなく、そのグリーフシードの先端をソウルジェムに突き刺した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

ChapterⅧ【白冥峡谷】

 

 

 

「そうだ。つばめ、これをあげよう」

 

 

 鏡の魔女が討たれたその日の夜。

 父は懐から何かを取り出して渡してきた。

 それは一見すればただのグリーフシードだが、その中心には明確に黒く小さな何かが存在している。

 

 

「なんですか、これ」

「ちょっとした手土産だ。鏡の魔女のグリーフシードと、それに引っ付いてる呪いの核だ」

「え、あの、それってかなりヤバい代物なんじゃ……」

 

 

 何がちょっとした、だ。明らかにちょろまかしじゃねえか。

 

 

「ああ、何しろ真理に到達しかけた代物だ。ぶっちゃけ普通のグリーフシードとして使うことすら危なっかしくて仕方がない。本来なら粛清機関が処理するべきものだろうが、少々勿体ないと思ってな」

「だったら私に押し付けないで自分で持っていたらいいじゃないですか」

「いや、私が持ってたところで意味ないだろ。こういうのは一番有効に活用できる人間に渡るべきだよ。それはわかっているだろう?」

「……ええ、まあ」

 

 

 私の力の半分は魔女のもの。その力を高めていくということは、必然的に呪いを強めるという事。けれど私は誰かの命や負の感情を糧にすることはない。白翼公が拓いた混沌と虚無から湧き上がる死の穢れを燃やすことで、私の魔力は湧き上がっている。だからこの呪いはほぼノーリスクで扱える、願ってもない強化パーツのようなものだ。

 

 異形顕現とて無限に発動し続けられるわけではない。魔法少女のしての力を使えばソウルジェムに穢れが溜まるように、魔女としての力を使えば自らの魂そのものを消耗する。マギウスから聞いたことではないが、ドッペルにも同じような代償があると思っていいだろう。

 

 勿論、鶴喰夜鴉――琴織つばめの異形顕現はドッペルのような突貫工事の代物ではない。成立こそ偶然の産物ではあるが、その後に反魂魔術を修めてから改めて自らの中で確立した奥義だ。

 それを駆動させるのは自身に蓄積した穢れ、さらには魔女や使い魔から幽玄の魔力を介して奪い取ってきた呪詛を燃焼させて生み出す膨大な魔力。これが尽きればつばめは一介の魔法少女と大差なくなるどころか、魂へのフィードバックでロクに戦えなくなる。

 更紗帆奈の時がいい例だ。あの時は精神世界での戦いである程度は融通が利いたが、魔女としての力の完全開放をするという無茶苦茶に数日は不調が出た。勿論それだけの無理を通すに足る対価は得られたのだが。

 

 要するに琴織つばめは魔法少女と魔女を往ったり来たりして無限に戦えるような無法の存在ではない。だからこそ、異形顕現は切り札止まりであり、それ以上の濫用は人間としての道を踏み外すことにも繋がる。

 

 ――だが、今はその一歩を踏み抜く時だ。

 

 

「いずれ役立つ時がきっとくる。大事に取っておきなさい」

 

 

 私は以前、更紗帆奈との戦いの末に大きな呪いを受けた。

 

 自我を浸食し、乗っ取ろうとする呪い。

 危うくそれをまんまと喰らってしまい、父の助力やななかちゃん達との友情パワーでどうにか跳ね除けることに成功したわけなのだが。

 その際、更紗帆奈の魂が燃え尽きる前に彼女が持っていた呪いを奪い取っていた。

 

 

 その正体は"瀬奈みこと"という魔法少女の成れの果て。精神体として更紗帆奈と共に存在していた彼女が宿していたもの。

 

 鏡の魔女と根底を同じとする、破滅を願う呪い。

 いずれは上級魔女に匹敵したであろうそれを意図せずして手に入れた私は、今の段階では持て余すと判断し、父とみたまさんの手で沈静状態にしていた。

 

 その封印を今解放し、自らの魂に混ぜ合わせようというのだ。

 鏡の魔女のグリーフシードを起爆剤に、彼女が抱えた巨大な呪いの塊を燃料として、私が持つ魔女としての力を昇華させる。

 

 死に瀕し、この魂が砕け散りそうになる中で無我夢中で掴んだ混沌の理。

 あの時みた虚無の光景は記憶に焼き付き、私に絶望と渇望を与え続ける。

 いずれあの中に溶け、無に還るという絶望と、だからこそ生を掴み取り、死を追いやろうとするという渇望。

 

 今はまだ小さな種火でしかないそれに、特大の呪いを注ぎ込んで星のように煌めかせる。

 

 決して軽くはない負担が身体を襲うだろう。

 一歩間違えれば肉体は燃え尽き、魂はこの世界からはじき出されてしまうと父からは忠告を受けている。

 

 

 それがなんだという。

 

 

 たかだか自分が死にかける程度の問題だ。そんなもの、目の前で死力を尽くして戦う彼女たちを於いて尻込みする理由にはならない。

 

 

()()()()()()()、起動」

 

 

 魂に直に穢れが注ぎ込まれる。

 異形顕現の比にならない力の奔流が身体を巡る。

 はちきれんばかりのそれに耐えていると、悲鳴のような怨嗟のような声が脳裏に響き渡る。

 

 

どうして(たすけて)』『殺す(しね)』『滅べ(なんで)』『痛い(やめて)』『苦しい(どうして)』『悲しい(ふざけるな)』『誰か(お前のせいだ)』『なんで俺たちが(同じ目に遭え)』『許さない(にがさない)』『みんな、みんな消えてしまえ!!(ぜったいに、ゆるさない)

 

 

 それは多くの呪い。多くの恨み。

 神浜という土地に積み立てられた負の感情。

 世界中に蔓延る悲劇。人々の、魔法少女たちの絶望の結末。

 

 鏡の魔女はそれをかき集めていた。

 その根底にあるのはみたまさんの願い。

 自分の人生を破滅させた、取るに下らない東西の確執が蔓延る神浜へ滅びを与える。

 そんな恨み言を拡大させ、多くの世界、多くの時間に手を伸ばした魔女の下にはありとあらゆる悪性情報が集まりかけていた。

 

 すべてに滅びを、遍く生命に死を。

 

 今も耳にささやきかけてくるその誘惑。

 普通の人間ならこの時点で精神が弱り、ただ滅びを求める意志に乗っ取られてしまうだろう。

 

 けれども。

 

 

(((下らない。そんなものに興味はない)))

 

 

 その程度、とっくの前に乗り越えている。

 有象無象の言葉をねじ伏せる。こちとら自分に向けられていない恨み言をいちいち気にするほど繊細じゃない。そんなことよりも、目の前で戦う彼女たちのほうが、これまで付き合ってきた友達を助けるほうが大事に決まってる。

 カタチのない恨みつらみなんざ、あの時味わった喪失感に比べたら何も怖くはない。

 それに、みたまさん本人が乗り越えようとしている恨みに自分が呑み込まれるとか申し訳が立たないじゃないか。

 

 

 瀬奈みことの意志は、既にあの闇の中で垣間見ている。

 

 生まれを呪い、家族を呪い、世界を呪った。

 

 ――だから、精々悔しがれ。

 滅びを望んだお前の願い(のろい)は、今から人の世を救うために使われる。

 

 

 最高位の魔女が持つ究極の呪い、渇望真理(カルマデザイア)

 死の淵からよみがえり、生きながらにして魔女となった私にはそれを持つ資格がある。

 

 無論、私のこれは奴らとは比べるまでもない未熟なもの。それでも一人の魔法少女が行使するにはあまりにも大きすぎる力。

 魔女が持つ結界のように、目の前の世界を自らの魂の形で塗り替える。目の前の騎士が纏う呪いを打ち消すために、私は自らの恐れを受け入れる。

 

 

 思い出すのは父と、師の言葉。

 

 

 

『親子だから当然なのだが、君が持つ力と私が行使する魔力の属性は酷似している。ゆえにこそ、その危険性についても十分に理解している。君がその呪いをモノにしようとするのなら、何よりも大事にするべきはその力を振るう目的を確固たるものとする意思――すなわち欲望(エゴ)であり、それと向き合う覚悟だ』

 

 

『魔女と戦うのに必要なものは多くあります。鍛え上げた実力、研ぎ澄ました技術、命綱となる魔力。……そしてそれ以上に必要なものは分かりますか? 何もかもを上回る相手が現れた時、背後に守らなければならない人がいた時。自分が積み重ねたものが通用しない理不尽そのものへと立ち向かうために持つべきもの……そう。勇気と覚悟です』

 

 

 希望を嗤い、絶望を踏破する「意志/欲望」。

 恐怖を受け入れ、乗り越えようとする「勇気」。

 定められた結末に抗い、道を切り開かんとする「覚悟」。

 

 

 私なんかがそれを全部持ち合わせている、なんてとてもじゃないけど言えないが。

 それでも、この胸の中にある(まじな)いは紛れもない私のもの。

 だからこそ、宣言する。

 

 この難敵を乗り越え、友と笑いあう明日を迎えるために――!

 

 

「我が絶望の名は『虚無』である――!」

 

 

 

 周囲の風景が変わる。

 範囲にして僅か数十メートル。しかしその内側は明確な異界と化していた。

 

 生気の失せた白。

 魂を怖気立たせるような冷たさを運ぶ風。

 唯一の色彩は、地に燃え盛る青き炎。

 寒気が止まらず、しかしどこか安堵する静寂に満ちた世界に、その場にいたすべての者が目を奪われた。

 

 

"なんと、これはまさか……!!"

 

 

 簒奪騎士が驚愕に震える。

 己が領域として塗り替えようとしていた結界の姿はどこにもない。目の前に広がる光景は全く別の異界。

 先ほどまで周囲に侵食していたはずの呪詛が、彼方より吹きすさぶ風に押し流されていく。

 

 幽炎が身体を苛み、死の風が意志を削る。

 此処は現世と幽世を隔てる幽谷。故にこそ、死したる者は悉くがその彼方へ旅立つが定め。

 それは騎士とて例外ではない。

 

 裏切りと闘争と放浪の果て、牡羊座の魔女に見初められたことで怪物と成った生ける屍は、この場所では単なる死者でしかない。

 

 それこそが彼女の領域に築かれた真理。

 琴織つばめが抱きし願いの結末であり、身に着けた反魂魔術の窮極。

 

 

『虚無を越えるがために、我は死を支配する』

 

 

 その境目は虚無に非ず。死と生の理を支配する世界。

 

 すなわちこの幽白なる冥界こそが、琴織つばめの在り方である。

 

 

 

白 冥 峡 谷

 




○琴織つばめ
 渇望真理の保有者。
 カルマデザイアを習得する条件は複数あり、そのうちのひとつが『魔女化してなお人間としての理性を持っている』こと。

 つばめはこれを裏技的にクリアしており、異形顕現はその初期段階。鏡の魔女のグリーフシードを取り込んだことで、自分の結界を発生させられるまで能力を成長させた。

 ちなみに自動浄化システムの範囲内だと魔女化前にドッペルが挟まるのでこの条件が満たせなかったりする。


○『白冥峡谷』
 『虚無』の絶望から生まれた渇望真理。
 死と喪失を恐れ、そして乗り越えた彼女は疑似的に死を司るものとして君臨する。
 あの世とこの世の境界線を具現化し、黄泉への門を開く。
 吹きすさぶ死の風は精神を削り、魔女や怪異には毎ターン抵抗判定を行わせ、失敗したものを強引に冥界へと引きずり込む。また判定に成功しても重圧を与えられる。生者にはあまり影響はないが、連れ去られた場合は別の話だ。


 ……さて、この力の真価はそれではない。
 生と死の境目を呼び出すこと。即ち、死者を一時的に現世に近づけることである。


 感想や評価は作者のモチベに繋がるのでよろしくお願いします。特に前々から気合い入ってた話なので、なにとぞ
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