つばめちゃんは神浜の魔法少女が尊いようです   作:名無ツ草

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第六十三話 ブラックナイト・ナイトメア……⑦【魔縁両断/牡羊座の魔女】

ChapterⅩⅠ【魔縁両断】

 

 

 

 生前と寸分たがわぬ――否、それ以上の力を以って雪野かなえは鉄棍を振るう。

 

 

「――"グヌッ、これは!!"

 

 

 肉体を打ち据えるどころか、臓腑に直接響く衝撃。

 自らの命に届きうる一撃に簒奪騎士は感嘆の声を漏らしながらも返しの大剣を振るう。

 魔法少女の肉体を両断する一撃をかなえは紙一重で躱し、反撃を胴体へと打ち込む。

 

 

"たかが影人形かと思ったが、貴様もひとかどの戦士か!"

 

 

 最初は面食らったものの、すぐに慣れたかのように喧嘩殺法の如き怒涛の連撃を的確に捌いていくアルファルド。

 技量も力量も相手のほうが圧倒的に上。それでも亡霊の少女は全力で食い下がっていた。

 

 あの時、命を捨ててまで守った親友。

 辛うじて自分の死を乗り越えて歩んでいこうとした彼女たちはさらなる絶望を突き付けられ、その道は二つに分かれた。

 一方は孤高の道を歩き、もう一方は失意に暮れ膝を折った。

 既に死した身である自分にできることなど何もなく、心をすり減らしていく友の身を案じるだけの日々。

 

 そんな自らに再び与えられた機会。

 

 ここにいる者たちを決して死なせない。

 その決意はかつて友の窮地を救いこの舞台を整えてくれた彼女のためであり、友が再起するきっかけとなった気高き紅の剣士、そして友が庇護するか弱き少女たちのため。

 

 数多の命を背負って蘇った魔法少女は、かつて獄門の魔女に単身で立ち向かった勇姿を再演する。

 

 

「私を忘れてくれるな!!」

 

 

 そこへ飛び込む機人の戦士。彼女の速度を乗せた跳び蹴りが斬撃を弾かれてがら空きとなった簒奪騎士の頭部を襲う。

 騎士は大きく暴れた剣の重心に身を任せ、大きく仰け反ることでこの奇襲を回避。そのまま斬り返しの回転斬撃を三度放った。

 

 

「ッハ! 既に貴公の動きは解析済みだ!!」

 

 

 しかし宴は流麗な動きでこれをすべて回避! 

 そして反撃のシリンダーパンチを右肩へと叩き込む!!

 

 

"ヌゥッ!"

 

 

 宴はなにも有効打がないから支援射撃に徹していたわけではない。

 援護射撃で動きを制限する中でウズメや双樹との切り結びによる攻撃動作をスキャニングし、それを何百通りにもパターン化。

 簒奪騎士の攻撃の予備動作を読み取って近接戦闘で最適な回避行動と反撃を取るだけの十分なデータを獲得し、二対一という数的有利すら存在する今、信城宴はこの怪物を倒すに至る道筋が組み立てることに成功したのだ!

 

 

 右肩の強打にたたらを踏むアルファルド。それを好機と見て飛び込んだかなえは騎士の胴体へ連撃を繰り出す。

 一撃、二撃と打ち込まれる鈍器。だが三撃目を振りかぶった瞬間、かなえは強烈な悪寒に襲われ咄嗟に跳び下がった。

 

 

「なんだこの魔力は!」

 

 

 凄まじい魔力の計測値に宴は目を剥く。

 騎士は剣を引き、尋常ならざる力を溜め始めていた。この連撃を耐え忍びながら、最大級の攻撃の準備をしていたのだ。

 大剣に注ぎ込まれる魔力によって、ただでさえ空気が軋むほどの圧力を発していた【牡羊座の角剣】はもはや空間すら切り裂かんとする領域に達していた。

 

 かなえは全力で回避するために身構えた。対して宴は――なんと騎士の方へ駆けだしていた!!

 

 

"オオオオオオオ!!"

 

 

 そして咆哮と共に質量が動く。

 

 大きく振りかぶって放たれる袈裟懸けの一撃。

 防御は許されず、相殺は敵わず。

 

 徹底した回避のみを以て生存可能な一振りを前にして、宴は加速して距離を詰めることを選んだのだ。

 

 あれほどの力の凝縮から放たれる大振り、技の終わりにはその反動で確実に硬直が発生する。

 狙うはそこだ。その隙を逃がさずに全力の反撃をワンインチ距離で叩き込み、そのまま止めを刺す。

 

 それは残像を伴うほどの速度を実現し、確実にこちらの命を奪う攻撃軌道を予測できる分析性能、そして斬撃をかい潜って懐に飛びこむ胆力を兼ね備えた彼女のみが可能な選択だった。

 

 

「ッ!!」

 

 

 だがしかし、その予測結果とは反対に宴の身体は上方へと大きく跳躍していた。

 それは機械による測定と演算だけでは叶わぬ領域。経験の蓄積と思考のブレによって行われる人間の生存本能がもたらした直感が、絶好のチャンスを前にして全力の回避を選択させた。その一瞬後、宴はそれが正解であったことを悟る。

 

 おお見よ、凄まじき力が解き放たれし大斬撃を。

 大地を抉り取るほどの一振り。その残像が魔力を伴い、遥か遠くまで伸びて大地を切り裂いていた!!

 

 

「斬撃に伴わせた魔力投射とは、とんだ隠し玉があったものだな!」

 

 

 あの一撃は迫力とは裏腹に隙も大きく見えたが、それは敢えて作られた隙であった。

 剣を躱し、懐に潜り込まんとした者は一瞬遅れて発生する魔力撃が直撃する。なんたる隙を埋める歴戦の武勇と隠し切れぬ卑劣さか!

 

 

「だが、生き延びたぞ!!」

 

 

 あれだけの溜めを必要とする大技だ。相応の消耗があって然るべき。

 下方に見える黒衣の戦士も無事に回避している。ならばこそ、ここが好機!

 

 

よかろう、来るがいい

 

 

 対するは先ほどと同じ、斬撃の構え。

 達人の領域において、一度見せた技など悠々に回避される。

 それを知らない筈もないだろうに、それを選んだのは他の選択を取れるだけの余裕が残っていないのだろうか。

 何にせよ好機! 既に宴とかなえは斬撃を避けて反撃に転じようと身構え――。

 

 

「ッ!! 違う……狙いはお前たちじゃない!!」

「何ッ!?」

 

 

 夜鴉の怒号に、宴は自らの後方を見る。 

 そこには結界を維持する葛葉と、幻術を行使し続けるみふゆ!

 

 

「しまった、彼女たちか!!」

 

 

 これまではみふゆが葛葉の護衛に立ち回っていた。だが今、逆転の手段であったかなえを実体化させるために全神経を注いでいるみふゆは事実上の無防備。それを簒奪騎士は見抜き、この足枷を断つべく狙いを定めていた。

 最初の一撃はブラフ。見せることで警戒と油断を誘う陽動である!!

 

 

小癪な真似をしてくれたが、これで仕舞いよ!!

 

 

 反対方向に離れた宴は斬り返しができない。

 かなえが盾になろうと走り出す。幻術によって仮初の身体を与えられているだけの自分に損壊する肉体も、砕けるソウルジェムもない。例え五体が四散しようとも、再び宙を漂う魂魄へと還るだけだ。

 

 だが現実は無情。音を越える速度で飛来する衝撃には間に合わず。

 秒も経たずに二人の下へとその斬撃が到達し――。

 

 

 

 斬撃が二つに分かれ、ホテルの屋根の一角を砕いた。

 

 

「ふぅ……真に肝を冷やしましたよ」

 

 

 それは即ち、みふゆ達を破壊する一撃が上に逸らされたと結果を証明していた。

 それは即ち、同じ斬撃によって迎え撃たれたという過程を証明していた。

 それは即ち、その神業を成し遂げた彼女の存在を証明していた。

 

 

「皆、良く戦いました。では此れより――此度の戦、幕引きと致しましょう」

 

 

 沙羅ウズメは真紅の刃を構え、神速の一歩を踏み込んだ。

 

 

"眷属をすべて屠ったか! それでこそ「忘れてもらっちゃあ困るね!!!」ヌゥッ!"

 

 

 迎え撃とうと大剣を構えた簒奪騎士。そこに宴は肩から背中にかけてを全面に押し出したタックルで妨害する。

 自らの接触面積を大きく広げ、その鉄騎の質量と速度を合わせた一撃。簒奪騎士の身体が大きく傾き、間合いを詰め終えたウズメの太刀が振るわれる。

 

 

"おおおお!!"

 

 

 脳天目掛けて繰り出された斬撃に、騎士は自ら倒れ込んで天地逆さの状態から掬い上げるような斬撃を繰り出して迎撃。さらに側転して体勢を立て直しながら二度斬り返し、追撃を仕掛けんとした宴の脚を深く斬りつけた。

 

 

「チィッ、バーニアをやられたか!」

 

 

 機動力を削がれた宴はバック転で後退し、それを横目にウズメはアルファルドへと肉薄する。

 天津草薙を手に、再び巨大剣同士の鍔迫り合いに持ち込むつもりか。

 ……否!

 

 

その程度で欺けるとでも思ったか!

 

 

 アルファルドは巨大な刃が目くらましであり、その陰に隠れて迫りくるもう一人の存在に気が付いていた。

 斬撃を防ぎ、さらに片手で打撃を掴み、そのまま得物ごと手繰り寄せて胴体を貫いた。

 

 

「かなえさん!!」

 

 

 身体を大剣に貫かれた友の姿に、思わずみふゆが叫ぶ。

 しかしかなえは決して騎士から目を離さず、そのまま彼の身体に掴みかかるようにして動きを止める。

 

 

"おのれ、影法師めが……!"

「何者かは知りませんが、その覚悟に敬意を!!」

 

 

 ウズメが血刃を解除し、新たな武器を編む。

 アルファルドは躊躇なく主より賜りし得物を捨て、かなえを振りほどく。

 そして後退しようとした瞬間、大地を覆う氷河に黒騎士は足を奪われた。

 視線の彼方。既に戦線から外れたはずの双樹ルカは倒れながらもその剣を大地に突きたてていた。

 

 

「……往生際が悪いですね。とっととウズメさんに斬られなさい」

"ぬるい。ぬるい。ぬるい――!"

 

 

 足の膂力のみで氷を砕き、高く跳躍する簒奪騎士。

 だが、彼女たちが身を挺して作り上げた隙を、彼女は無駄にはしなかった。

 

 

【血刃ノ拾壱 鋸閻魔(のこぎりえんま)】!!

 

 

 現れたるは鮮血の蛇腹剣。

 刃を連結した鞭がびゅるりびゅるりと空中の騎士を取り囲み、その身体を締め上げて牙を食い込ませる。

 そうして動きを止めた刹那、ウズメは血の刀を捨てて懐から護符を取り出す。

 

 収納用の術符であったそれを放り捨てると、そこに納められていた鞘納めの刀が姿を見せる。

 ウズメはそれを掴み、迷いなくそれを抜き放った。

 

 

"オ、オオ……その、刀はまさか……!!"

 

 

 光を受けて返す純白の刀身。

 穢れを知らぬとばかりに輝くその刃に染み付くのは、清々しきまでの執念だ。

 

 

「――っ、あの刀は……!」

 

 

 つばめは息を呑む。

 過去に一度だけ、彼女はその刀を見たことがある。

 その時は展示品としてショーウィンドウ越しに見ただけだったが、直に目にした時のそのおぞましいほどの『念』たるや。

 穢れがないから白いのではない。あらゆる(穢れ)を祓い退けるからこその純白。

 その信仰()を重ねたそれはまさしく執念の結晶。

 この結界が幾重にも重なった空間において、アレはその全てを拒絶するような殺意に満ちている。

 

 その刀の銘は――。

 

 

九字ノ禍斬(くじのまがぎり)。退魔の剣士たちの棟梁に伝わる、魔を斬り祓うための特級品に御座います」

 

 

 葛葉は静かに語り、そしてその刀を担う当代の剣士を見た。

 

 

臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前

 

 

 九字を切り、刀を構える。

 この刀は五百を超える年月を経て多くの者たちの思念を背負ってきた。

 魔を斬る。この手で斬る。何がなんでも斬ってみせよう。

 

 室町時代に祓刀として平安から名を馳せし武家に納められ、数多の魔との戦いに赴く剣士たちに受け継がれてきた一振りの刀。

 対魔の技を修めた彼らが宿せし妄執にも近い思念を受け取め続けたそれは、遂には『魔性殺し』の概念を纏いし極上の概念兵器と化した。

 ゆえに、その一閃は十二魔女の眷属すらも断ち切ってみせるだろう。

 

 

「我、御晒樹堂(みさらぎどう)の名において魔性を屠らん」

「御晒樹堂、そうか。やはり君の剣技は――!」

 

 

 そしてそれを持つウズメもまた、魔を屠る才能と期待を持って生まれた存在。

 その素性を耳にした宴は、納得したように感嘆の声を漏らす。

 

 世界において粛清機関が幅を利かせているが、この日本において古来より魔性から人々を護ることを生業とした組織は幾つも存在する。

 

 その中でも代表的な四つの家系こそ、魔法少女である「巫」を鍛える時女、「神」の力を受け継ぐ天之継(あめのつぎ)、「鬼(魔女、怪異の総称として扱う)」肉体に取り込む八百鬼(やおに)。そしてその三家に匹敵せし『人』の力を極めし、純然たる武士(もののふ)御晒樹堂(みさらぎどう)

 

 只人の身で魔を斬ることに特化した剣技、それを受け継ぎし宗家の跡取りこそが沙羅ウズメ――かつての名を、御晒樹堂宇受女(みさらぎどうのうずめ)とするその人であった。

 

 ウズメは一直線に騎士目掛けて跳んだ。

 大地を踏みしめて蹴った勢い。足から手へと全身の筋肉を無駄なく駆動させて振るわれるは、御晒樹堂の奥義。浄眼にて相手の本質を捉え、魂の芯を叩き斬る必殺の一閃。

 

 

"ヌゥ……来い!!"

 

 

 空中にて拘束を脱したアルファルドは大剣へと手を翳す。

 かなえの身体から引き抜かれた剣はそのまま彼の魔力に付き従い、ひとりでに飛んで引き寄せられていく。

 確かにあの刀は致命的だ。だが剣で防ぐことは可能。真っ向からの切り結びで雌雄を決するとしよう。

 そうしてアルファルドの手に大剣が握られる寸前。

 

 地上より飛来した光の矢が、その剣を弾き飛ばした。

 

 

"!?"

 

 

 アルファルドは目を剥き、反射的に視線を向ける。

 地上ではその両腕を装甲ごと巨大な砲身として変形させた宴が、節々からスパークを漏らしながら笑っていた。

 

 

「信城、今のは……!?」

「とっておきというやつさ。私の魔力をほぼ使用して撃つ荷電量子砲なんだけど……人型サイズで撃つには少々反動がデカくてね、御覧の通り一発でボディがダメになる」

 

 

 夜鴉の問いかけに答えながら宴はばらばらと余剰パーツを脱落させながら崩れ落ちた。正真正銘の奥の手を使い切った彼女は完全に四肢が損壊し、これ以上戦いに参加することはできない。

 だが、それこそが勝利の一矢。文明を暴威によって踏み握る怪物どもに対抗するため、科学の粋を以て生み出された反撃の号砲こそが、最後の一手を詰めた。

 

 鎧を失い、無手となった騎士に、目の前の剣士の一撃を防ぐ術はなかった。

 

 

 

「――――"見事"

 

 

 

魔 縁 両 断

 

 

 

 袈裟懸けに別たれたアルファルドの身体が、力なく大地に落下した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

ChapterⅩⅡ【牡羊座の魔女】

 

 

 

 静寂がその場を満たしていた。

 

 ぐしゃりと落ちたアルファルド。

 遅れて着地し、刀を振って残心するウズメ。

 

 

 固唾を呑んで戦いの行方を見守っていたマギウスと、その他多くの羽根たちは、その凄まじき結末に対して言葉が出なかった。

 ぐらり、と風景が揺らいで死の峡谷が消え、元のウワサの結界が戻って来る。

 葛葉がマギウスの守護に展開していた式神も符に還り、その状況の変化によってようやく認識が追い付いてくる。

 

 

「やった、の……?」

 

 

 羽根の中から声が漏れた。

 

 

「ああ。我々の勝利だ。人類の、快挙だとも」

 

 

 宴が噛み締めるようにそう告げると、歓声が巻き起こった。

 

 

「あの怪物をウズメさん達が倒した!」

「すごい。すごい……!! やっぱりあの人たちは私たちを救ってくれるんだ!」

「生きてるよ。私たち生き残ったんだね!」

 

 

 魔女の大群を引き連れてきた恐るべき十二魔女の眷属・簒奪騎士アルファルド。彼を打ち破った事実に羽根たちは湧き立ち、互いに肩を組んだり泣いて笑いながら生存を喜んでいた。

 

 

「がはっ……かはっ……」

 

 

 その一方で、夜鴉は膝をつき血反吐を吐き出す。

 

 既に渇望真理は解除され、風景は元のフェントホープの結界の様相を取り戻している。

 時間にしてほんの数分。たったそれだけの発動でもこれだけの肉体的負荷。それ以上に魂が悲鳴を上げており、あと一歩でも間違えていればソウルジェムが焼け付き、魔法少女の力を使用できなくなっていた。

 

 

「大丈夫ですか、夜鴉さん!」

「問題ない。単に力を使いすぎただけだ……それよりも」

 

 

 駆け寄ってきたみふゆに肩を借りながら、夜鴉は離れた箇所に立つ雪野かなえを見る。

 既にここは死の境界ではない。それでも彼女はまだ存在していた。

 

 

「かなえさん……」

「…………」

 

 

 そもそもこれが本人なのか、あるいは自分が生み出した都合のいい幻なのかみふゆには判別がつかない。

 ただそれでも、分かることは一つ。

 

 

「ありがとうございます。ワタシを、皆を助けてくださって」

「………………うん。いつでも、見守ってる」

 

 

 みふゆの礼にかなえは微笑み、ただ一言。

 それだけで十分だと言うように、彼女は身体の端から解けるようにして消えていった。

 

 

「さて、後は……」

 

 

 夜鴉は視線を移し、倒れた騎士の身体を見た。

 あれほど溢れていた穢れは、今やか細き灯火程度しか見えず、確実に無力化できたことを確信する。

 

 

"……見事だ。この地を守護せし戦士ども、希望を背負う乙女たちよ"

 

 

 上半身だけになったアルファルドが口を開く。

 魔を殺す刃で真っ二つにされたというのに、この怪物はまだ意識があるらしい。

 ウズメはゆっくりと近づき、騎士の身体を見下ろした。

 

 

"こころゆく戦であった。持てる手を出し切り、死力を尽くして戦うことのできる機会など、ここ百年は巡り合わなかった。女王の騎士として振るうことに不満は無かったが、やはり張り合いがいのある敵とまみえたことは望外の喜びだった。貴殿の忠義、素晴らしいものであった"

 

 

 ウズメが介錯の刀を振り上げ、最後の言葉を待った。

 

 

「異邦の騎士よ。何か言い残すことはありますか」

"……おお、我が主よ。お喜びくだされ。

 この地には、我を打ち倒すほどの猛者が揃っていましたぞ"

 

 

『ええ。とっても楽しめたわ。ご苦労様だったわねアルファルド』

 

 

 

「――な」

 

 

 ウズメの身体が弾かれるように吹き飛んだ。

 十メートルもの距離を浮き、ゴロゴロと転がった彼女は、どうにか受け身を取って立ち上がった。

 

 

「ぐ……っ!」

「ウズメさん!?」

「あの野郎、まだ力、を…………?」

 

 

 夜鴉は目を疑った。

 騎士の傍ら、そこに揺らめく影のようなものが立っていた。

 それは穢れを人型に押し固めた……そんな生ぬるい表現すら似合わぬ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『こんにちはお嬢ちゃんたち。あなた達が私の騎士相手に生き足掻く姿、とっても楽しめたわ』

 

 

 鈴を転がすような声が、地響きのように鳴り響く。

 それだけで羽根たちは震えあがり、マギウスの二人も後ずさった。

 

 

『自己紹介は大事よね。

 

 ――私はエアリーズ・トリムエル。

 

 それともこう言った方が良いかしらね。黄道十二魔女が一人、牡羊座の魔女アリエス。

 人間を娯楽として消費し、永劫の怠惰を貪るもの。

 あなたたち魔法少女が目指すべき極点にして、挑むべき魔女の頂にいる者よ』

 

 

「牡羊座の魔女、だと……!?」

 

 

 部下を倒したと思ったら親玉が出てきた。

 単純に言えばそんな話ではあるのだが、よりにもよって十二魔女そのものまで出張ってくるとは。

 

 悪夢どころの話ではない。終わりだ。

 一目で分かる桁違いの化け物を前に、今の自分たちができる抵抗など何もない。

 

 

『ああ。これはただの影よ。言葉を送るために彼の魔力を使って浮かび上がらせてる映像みたいなものだから、別にやり合うつもりは無いわ』

 

(ふざけんな。それでも十分私たちを瞬殺できるだろうが)

 

 

 同じ領域に足を踏み入れたからこそ分かる、絶望的なまでの力の差。

 ウズメを払い飛ばしたあれは、それこそ自分の部下に止めを刺そうとする相手を撫でるように追い払っただけなのだ。

 分身一体でも疲弊しきった自分たちを叩き潰す程度わけもないし、そのままマギウスと戦いになっても何事も無く勝ちを修めてしまう。

 

 そんな現実を理解しているからこそ、目の前の魔女が戦いに来たわけでないということも分かっていた。

 あれは正真正銘、自分を部下を打ち破った私たちに話しかけにきただけなのだと。

 

 

『面白いものが見えたから彼を送ってみたけど……退屈しのぎとしては中々だったわ。魔法少女の仕組みを壊そうだなんて、酔狂な真似を健気に頑張る子達なだけはある。こういうところ、あの遊び心の無い白髪メガネも見習えばいいのに』

 

 

 そんな少女たちの焦燥を気にも留めていないのか、あちら側は一方的に言葉を投げかける。その言葉に含めた意味に戸惑う一挙一動すら楽しんでいるかのようだ。

 

 

『にしても、本当に滑稽ね。地下にいる子を後生大事に育てている癖に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「え……?」

「何を言って……」

『だってそうでしょう? ()()()()()()()()()()のは自分たちなのに、()()()()()()()()()()()()()ことの矛盾について考えたことすら――あら』

 

 

 余裕をもった動きで影が一歩下がると、首があったであろう箇所に銀色の一閃が走った。

 即座に復帰したウズメは、遥か格上であるその影を灯花たちから遮るように刀を構えた。

 

 

「化生め、それ以上灯花さまたちを惑わせるな」

『――ふふ、そういうこと。たったひとりで抱え込んでいるなんて、従者としての本懐ということかしら』

 

 

 くすり、と影は笑むように輪郭を揺らめかせる。

 黄道に君臨する十二の魔女。原初の渇望を戴き、真理を知る彼女の視座は尋常のものではなく、このねじれ絡まった因果のめぐりと、その中でただ一つ変わらぬ光を放つ煌めきを見透かしている。

 

 

『とりあえず今回はこれで終わりにしてあげるわ。そこそこの退屈しのぎにはなったし……予想もしてなかったものが見れたからね』

 

 

 そう言って影は今も慣れぬ力の反動に膝をついたままの同胞を一瞥した。

 

 

『これは私の騎士を破ったご褒美。おまけにあなた達の活動にはこれ以上邪魔しないであげる。他の連中にも予定な手出しはしないように言っておくから安心しなさい』

 

 

 それと、と牡羊座の魔女は付け足した。

 ある意味で彼女にとっては一番大事な事を。

 

 

『精々面白おかしく頑張ることね。その結末があんまりにもつまらなかったら、その時はぜーんぶ潰しちゃうかもしれないから』

 

 

 その言葉を最後に、影は騎士の亡骸と共に跡形もなく消えていた。

 後に残ったのは、煮え立つように揺らめく黒い炎のようなナニカ。

 それはアルファルドが宿していた真理の欠片。つまるところ、それが牡羊座の魔女が言っていた褒美という事なのだろう。

 

 

「……ぶはぁ! 何だったんだ、今のは……」

「本当に生きた心地がしませんでした……見逃された、のでしょうか」

「最初から暇つぶし以上の理由はなかったのでしょう。それでここまでの惨状を生み出したのだから、本当に手に負えない連中です」

「ウズメ!!」

「大事はないかい?」

 

 

 マギウスの二人が駆け寄り、ウズメの容体を気にする。

 あれだけ派手に吹っ飛ばされたからには結構な傷を負わされてもおかしくは無かったが、不思議なことに目立った外傷も見えない部分の負傷もほとんど無かった。

 

 

「ええ。あの魔女には弾き飛ばされただけでした。灯花様とねむ様こそ、流れ弾が当たったりはしておりませんか?」

「わたくし達よりもウズメは自分の心配をしてー!」

「僕たちも自衛程度はできるんだ。それよりも、君がそうやって身体を張って命を削るのは、本当に心臓に悪い……」

「それは申し訳ございません。ですがこの通り、脅威は退けました。ご安心ください」

「ああ。とりあえず今日はこれ以上の戦闘は無いはずだ」

「まずは羽根たちの無事を確認しましょう。あやせさんや信城さんの治療をしなくては」

「私は構わないよ。後で回収役が来るからさ」

「……ええ、ええ。ご歓談のところ悪いのですがね。皆さま方……」

「どうしたのですか、葛葉」

 

 

 明らかに疲れが見える葛葉の言葉に、嫌な予感がした。

 

 

「そちらに、お客様がいらっしゃったようで」

「え」

 

 

 振り向けば、そこには眼帯が特徴的な神父が。

 次から次へとやって来る面倒ごとに、もはや夜鴉のキャパは限界だった。

 

 

「粛清機関、神浜担当の紺染福詠だ。此度の一件について事情聴取に協力してもらいたいのだが、良いかね?」

 

 

 神父もまた心底うんざりしたような表情で、そう告げたのであった。

 




御晒樹堂宇受女(みさらぎどうのうずめ)
 沙羅ウズメの本名。時女や八百鬼と並ぶ日本有数の退魔家系の一つ『御晒樹堂』。
 その跡取り娘こそがウズメである。
 色々あって成人と同時に放浪者となったウズメは葛葉の案内とか双樹姉妹の襲撃とか色々あって各地で魔女を斬り捨てながら神浜まで流れ着き、里見家の灯花専属メイドになったのでした、まる。

御晒樹堂(みさらぎどう)一族
 日本に伝わる退魔の一族で『人』を司る家系。
 目立つ異能を持たず、ただ己の技で屠る関係上、政治家たちにとっては魔女への対抗手段として一番扱いやすく、要人警護を表稼業とする表社会でも知らぬもの無き名家として扱われていた。しかし御晒樹堂は宗家がある『事故』で壊滅状態に陥ったため実質取り潰し状態となり、今は分家筋の人間が各地に散逸している。

 ぶっちゃけると里見家にウズメがいるのは院長が身内に知り合いがいたため、灯花の護衛・世話役として雇ったから。


○牡羊座の魔女
 エアリーズ・トリムエル。
 「無益」の絶望から生まれた何もしない魔女。ただ一人で派閥を形成する十二魔女の中でも最高峰の魔女。
 支配区域は北欧の一部。山稜に聳える城にて星空を眺められる寝台で怠惰に耽っている。そこから世界を見下ろし、色んなイベントを暇つぶしに眺めたり部下を派遣してひっかきまわしたりしている。


マギレコサ終のお知らせという凄まじい情報が流れてきましたが本作は何事も無く続く予定です。続編っぽいソシャゲも来るらしいしね。
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