つばめちゃんは神浜の魔法少女が尊いようです   作:名無ツ草

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激戦を終えた少女たちの諸々


第六十五話 インタールードⅠ

【死線を越えた夜】

 

 

 南凪区港湾区域。

 倉庫街の一つ、ビクトリー社の保有ガレージ。

 

 

「うわーお、こりゃ盛大に大破(ブッこわれ)ましたねぇ」

 

 

 赤いツナギで身を固めた少女が、嬉々とした声色でそう呟く。

 彼女の目の前に置かれた作業台は布が敷かれ、その上に信城宴がうつぶせで横たわっている。

 首から先だけが自由なその有様は集中治療中の患者のようであり、事実として現在は彼女の躯体のオーバーホールを行っている最中だ。

 

 

「素晴らしい、素晴らしいですよ。やっぱり宴さんは私の期待以上で帰ってきてくれます。素敵です」

「当然だとも。データを採り、勝利は納める。両方を万全にこなすのが私で、それを可能にするのがビクトリー社の素晴らしきテック。つまり君のチューニングのおかげだとも赤巳(あかみ)

 

 

 宴は自らの専属技師である朱宮赤巳(あかのみやあかみ)へと誇らしげに語る。

 簒奪騎士を退けた後、宴は配下である『親密な』羽根たちへ北養の麓まで自らを運ばせ、そこで待機していたV社トレーラーに身柄を回収させた。そしてこの南凪区の港湾ガレージに移送された宴は、こうして身体のメンテナンスを受けていた。

 

 宴からの称賛に赤巳は溶接マスクの下で起伏に乏しい表情の口角を僅かに吊り上げる。

 赤巳の手際は見事の一言に尽きる。ただのジャンク品と化した宴の四肢を手際よく取り外した後、部品ひとつ、ボルト一本に至るまで『解体』して見せた。

 宴の四肢は完全なサイバネティクスであり、肩と腰から用意に着脱が可能ではあるが、関節部の破損による歪みすら構わずに取り外せるのは一重に彼女の才能の賜物だった。これが他部隊の技術チームであれば丸一日はかかる作業だが、ほんの十四時間で既にメンテナンス段階は終盤、脊髄部の神経パルス伝達ケーブルの調整にかかっていた。

 

 

「あー、仙髄から先の回路が断裂してますね。せっかくなので最新モデルに変更しましょう」

「よろしく頼むよ」

 

 

 溶接機から火花が飛び散る音が背後から聞こえる。

 鉛とスズの合金による臭気を鼻に感じながら、宴は今回の戦いに思いを馳せていた。

 

 人類を脅かし続ける怪物に自分は挑み、見事勝利を収めた。しかしそれは自分一人によるものではない。

 

 ビクトリー社の最新技術によって幾らか食い下がれることの証明はできた。だが人類と魔法の間に広がる差は未だに深く、そこを埋められたのはこの度肩を並べたマギウスの翼の魔法少女たちの尽力が大きいことは素直に認めよう。

 

 双樹あやせ、ルカ。二心同体の彼女による灼熱と極寒の魔法は強力だった。彼女の火力が無ければ、最初の攻防すら乗り越えることはできなかっただろう。そして常に簒奪騎士と剣戟で食らいつき続けた執念があればこその勝利。自分たちの中でもあそこまでの根性と忠義を見せられるものは何人いるだろうか。

 

 葛葉道麗の陰陽術による封じ込めがもたらした影響は決定的だ。千年以上もの間受け継がれてきた神秘を手繰る技。科学とは異なれど、あれもまた人類がその手に奇跡を掴み取ろうとした研鑽の結晶。それが通用したことは宴にとっても誇らしいことだ。

 

 梓みふゆもその経験による的確な援護は有難いものだった。相性という面において決して良いとは言えない相手を前に、長年の経験を活かして突破口を見出したのは評価に値する。

 

 鶴喰夜鴉……彼女は未知数だ。斥候として優れた魔法と、卓越した槍捌き。相応の修羅場を潜り抜けた猛者であることは明白だったが、まさか■■■■の保有者とは、とんだ隠し玉を持っていたものだ。彼女の献身なくして此度の勝利は無かっただろう。

 

 そして、何よりも評価に値するのは沙羅ウズメ。

 自分を見事に使いこなした指揮能力は文句のつけようもなく、その采配の下では軍人として動くそれとはまた別の充実感があった。

 しかしそれを差し置いても、やはり彼女が目を惹くべきはその神速の剣術だ。

 驚くべきことに、彼女の振るう変幻自在の血刀は魔法の産物であっても、その根底にある動きはれっきとした人間の為の技。この日本で暗躍し続けた退魔一族『御晒樹堂』の直系として受け継いだその剣技は常人では到底至れぬ領域にあった。

 そこにたどり着くまでにどれほどの研鑽を積んだのか。どれだけの年月をかければウズメという個人を生み出せたのか。その身に宿された魔に対する勝利への情熱と、研ぎ澄まされた技術こそが宴を惹きつけてやまなかった。

 

 

「嗚呼……彼女たちと部隊を組めればさぞ素晴らしいだろうに」

『随分と思い入れているようだな、信城』

 

 

 と、作業台の側に置かれていた端末のスピーカーから声が響く。

 続いてモニターが起動し、実直そうな面立ちの青年のライブ画像が映り込んだ。

 

 

「おや、玄海島。そっちの名前で呼ぶとは何の用だい?」

『元クラスメイトを作戦中でもないのにコードネームで呼ぶほど無粋な人間ではないとも。一仕事終えた同期を労らいにきただけだが』

「律儀な奴だな」

 

 

 半日前に帰投した時にも同じような言葉はかけただろうに、公私の区別をキッチリ分けてくるあたり相変わらずの生真面目さだと宴は苦笑する。

 

 

『とはいえ、お前がそこまで浮かれているのも珍しい。さぞかし充実した環境のようだが、こちら側の目的を忘れていないかが心配だな』

「冗談にしてはタチ悪いよ。ただまあ、この素晴らしき勝利は彼女たちと共に掴んだものだからね。あの張り詰める戦場を乗り越えた高揚感はそうそう味わえるものじゃなかった」

『沙羅ウズメか。どうだったかね?』

「君と同じぐらいには指揮を委ねられる女だ。むしろ君がともに並んでくれたなら我が部隊に敵は無くなるはずだが、あくまで同盟相手でしかないことが残念で仕方がないよ」

『お前にそこまで言わせるか。では、実際に連中と我々ならどうなる?』

「今は少し分が悪いね。少なくともプレイアデスのようにはいかないだろうね」

 

 

 その問いへの返答を宴は即座に返す。

 これまで自分が相手取ってきた魔法少女たちとは質も量も桁違い。

 勝つというなら全戦力を投入しての制圧作戦以外にないが、今はそこまでする必要も無い。

 順当に協力して望みの結果が得られるならば、それが一番良い。

 

 

『こちらの戦力分析でも同じ意見が出ている。引き続き共同戦線を張っておくべきだな。できる限り仲良くしておけ』

「あぁ、しばらくは楽しませてもらうよ」

 

 

 

 ◇

 

 

 

【芸術家の苦悩】

 

 

 

 アリナ・グレイは自らのアトリエの中でカンバスに向き合い、憤っていた。

 治療班の甲斐あってか、あれだけ深く刻まれた裂傷は残っていない。

 無いのだが、その精神には決して消えることのない疵が刻まれていた。

 

 

「違う、違う違う違う!!」

 

 

 カンバスへ絵の具を叩きつけるようにして筆を振るう。

 その勢いで周囲や自らに盛大に飛び散るが、そんなものには一向に構うことなくアリナは筆を走らせ、そして出来上がったものに対して「××××××!!!」ととてもじゃないが形容できない張荘厳を吐き捨てた。

 何故ここまでアリナは不機嫌なのか。

 

 簒奪騎士に自分の魔法を破られ、深手を負わされたから? 違う。

 

 意識を取り戻した後にウズメから散々小言を言われたから? 違う。

 

 

「全くもってバッド!! あのブリリアントな輝きを全然表現しきれていない!!」

 

 

 答えは単純明快。自分が描く作品が、一向に満足のいく出来にならないからだ。

 

 何度目かもわからずにキャンバスを投げ捨てるアリナ。乾ききっていない絵の具が床を汚すが、既にアトリエの床はカラフルを通り越して濁り出している。

 それこそがまさにアリナの心境であり、どうあがいてもその『色』を表現しきれない矛盾の象徴でもあった。

 

 

 彼女が描こうとしているのは先日の一件で目にしたもの。

 簒奪騎士と名乗る魔女の眷属から感じた極上の『光』。これまで見たどんな魔女よりもドス黒く輝く欲望の星。

 

 あれほどの強烈な『美』を忘れるなどあり得ないことだが、それでもその存在を知った時の衝撃は薄れていく。

 だからこそ、その刹那に抱いた率直な『美』をキャンバスの中へ描き出そうとしているのだが……結果はご覧の通り。

 丸一日、いや二日目に至ってもアリナは自分が納得できるだけの『光』を表現することが叶わず、こうして行き場のない苛立ちを吐き出し続けていた。

 

 

「インスピレーションはあるのに! モチーフはハッキリしてるのに!! どうしてこうもナンセンスなアートばかり!!!」

 

 

 こんなことは初めてだ。

 自分の作品が酷評を受けたことは何度もある。『正気の沙汰ではない』と言われたことなど数えきれないほどある。

 そんなものはどうでもよかった。自らが率直に感じた『美』が他者にどう受け止められるかに感心は無い。その時の情動をカタチにしたものにどんな価値がつこうとも、それでアリナの中にあった熱量に変化はない。

 当時を振り返って未熟だったと思うことは多少はあるが、それでもその時で最大限の熱量を込めて作っているのだから、その出来映えに文句をつけることなんて無かった。

 

 だからこそ、この『光』を表現できないことへの苛立ちは未知のものだった。

 

 彼女だって人の子である以上はスランプに陥ったこともある。その果てには自らの死そのものを遺作にするつもりだったのだから、相応に悩み、傷つき、苦しんできたと言える。

 だが、描きたいものがはっきりとしていながら自分の技量が追い付いていないという事実に直面したことは無かった。

 

 

「カルマデザイア……レジェンドな魔女が持つ最高の呪い。一等星のようなライトと、どこまでもディープなダーク。矛盾する要素を併せ持った、どんな星よりも眩い命と欲望の輝き!!」

 

 

 葛葉の言葉を思い出す。マギウスの翼を立ち上げたばかりの頃、それこそ組織の会合場所がその辺のファミレスでやっていた時に堂々と接触してきた胡乱な陰陽師。

 

 明らかに二心があるというウズメの警告やみふゆの不信はあったものの、灯花やねむと同じく、アリナも葛葉の存在を受け入れた。

 彼女がもたらした方法はイヴの隠蔽や生育などにも寄与していたし、何より葛葉が作る式神の出来栄えは専門外であるアリナにも多少は分かるワビサビがあった。

 要はどこの誰が何を企んでこちらにすり寄ってこようが、最終的な目的の邪魔にならないなら許容する。たったそれだけの事だ。

 

 そんなアリナだから葛葉が時折語る魔術世界の知識についてもあまり興味を持つことなく聞き流していた。最低限頭に入れてあるのは、粛清機関のエージェントと真っ向からやり合うのは普通にマズイということと、イヴの力は魔術師にとっても垂涎ものらしくハイエナじみて横取りにくるだろうということだけ。それ以外の勢力についてはほとんど聞いていなかったし、魔女の階級などという勝手につけられた物差しも精々イヴが育てば一番上に成るという程度しか気に留めていなかった。

 

 だからこそ、本物の魔女が持つその輝きを目にしたほんの一瞬、アリナ・グレイは文字通りすべてを忘れてそれに魅入ったのだ。

 

 抽象的だの、幾何学だの、込められた哲学だの。

 人間の中の流行に縛られない、ただあるだけで全てを飲みこむかのような原初の輝き。

 それこそ満天の星空で輝く一番星を見つけたような陳腐ですらある感動をアリナは覚えたのだ。

 

 

 そして、感動はそれだけではなかった。

 

 斬り伏せられ、朦朧とする意識の中で見た、真っ白な原風景。

 百戦錬磨の少女たちに怒涛の如き攻撃を受けながら、渇望の星は一切衰えることなく輝きを増して全てを飲みこもうとした。

 

 そしてその波濤を、もう一つの輝きが押し返したのだ。

 『虚無』の絶望より顕現した、白夜の幽谷。

 すべてを彼方に吹き飛ばそうとする死の冷たさは、瀕死だったアリナの魂を二度揺さぶった。

 

 ひとつだけでも見ることすら敵わない秘宝のような呪いが、一度に二つ。

 アリナの心には人生最大級の情動が沸き上がり、その感心はある一人の魔法少女に向けられる。

 

 

「鶴喰、ヨア……!」

 

 

 あのみふゆが経歴不明だと連れてきて、短い間に斥候を率いる立場にまで登り詰めた実力者。

 何かしらを隠しているとは薄々思っていたが、まさかあのナンセンスな装いの中にあんなものを持っていたなんて。

 

 

「……命を感じさせない死の世界、でもそこにあるのは死を拒絶する生命の輝き。その矛盾した在り方はこの世界そのもの、魔女でありながら魔法少女であることの象徴……!」

 

 

 簒奪騎士は牡羊座の魔女に連れられてしまったが、夜鴉は自分の組織にいる。

 では彼女を捕らえてアートの材料にする? 

 そのプランはナッシングだとアリナは冷徹に思考する。

 

 恐らく全員との関係に決定的な亀裂が入る。あの堅物のウズメと穏健派のみふゆの両方を敵に回すというのは今の段階では歓迎できない。

 何より彼女の『ソレ』は彼女が作り上げたものだ。

 他人の作品を自分の形に歪めるなど、それこそアリナ・グレイの矜持に反する。

 

 

 結局のところ、原因は分かっているのだ。

 

 単純に魔女をモチーフとしてアートを作るなら問題は無い。例えば彼女が育成しているエンブリオ・イヴはマギウスとしての合作であるという主張に異論はない。だが今、アリナ・グレイが追い求めて描こうとしているのは魔女が持つ『真理』、それは転じて魔法少女が抱く『希望』と『願い』であり、魔女が孕んだ『絶望』と『呪い』を極限まで成長させたものだと言える。

 

 あの騎士が持っていた輝き。それは元を辿れば牡羊座の魔女、彼女が抱いた『無益』の絶望とから生じた『怠惰』の渇望真理。魔女の極点が持つそれは、いわばその魔女によって『完成』した呪いである。

 

 既に他者が完成させた作品を自分が作った所でそれはただの猿真似であり、どこまで真に迫ろうとその本質は出来の悪い贋作でしかない。

 唯一無二の輝きである以上、それをカタチにできるのは本人だけなのだ。

 

 

「魔法少女は魔女になる。ドッペルがあれば魔法少女は魔女にならない。でも魔法少女の中には魔女のカタチが残り続ける……アハ」

 

 

 アリナは夜鴉――琴織つばめがその特異な出自と魔法を用いて魔女化を覆したことを、それを以て渇望真理を持つだけの変容を成したことも知らない。

 

 だがそれがドッペルとは無関係であることは推察できた。それが分かれば十分だった。

 

 魔女と魔法少女、相反するそれを内包する環境は既にできているのだ。手順を知らずとも、道があるのならそこを目指して進むまで。彼女にできて、自分にできない道理がどこにある?

 

 

「だったら簡単だよネ。アリナはアリナのアートワークを続けるダケ。そうしてデザイアを重ねていけば、アリナのアートはカルマになる」

 

 

 彼女が突き詰める『美』の在り方もまた、究極の一点を目指すもの。

 

 アリナ・グレイがこれまで培ってきた多くの『美』のように。ありとあらゆる色を世界というカンバスに塗り重ねてソラに届くほどの芸術を完成させる。

 そうしていつか、この星そのものを材料にした芸術をカタチにできたなら。

 

 その時こそ、アリナ・グレイの『 』は全てを塗りつぶすだろう。

 

 

 

 ◇

 

 

 

【その一刀は誰がために】

 

 

 あの悪夢の如き戦いを乗り越えた夜。

 事後処理を終えた里見灯花と沙羅ウズメは、何事も無かったかのように里見邸へと帰宅した。

 そのまま家族と共に夕食を済ませ、入浴した後に灯花はウズメに髪を梳いてもらう。それが彼女たち主従の日常であった。

 

 

「はい、これで完了です」

「ありがと……」

 

 

 いつもならここで灯花はベッドに入って就寝。その後ウズメは自らの家へと戻ることになるのだが、ここで灯花はウズメの袖を引っぱる。

 何でしょう? と振り向いたウズメに不安気な上目遣いで灯花はねだった。

 

 

「……ウズメ、今日は寝るまで一緒にいて」

「かしこまりました」

 

 

 主のお願いを従者は快諾する。

 どれだけ天才と持て囃される頭脳を有していようとも、十二魔女の暴威を間近にして無事でいられるほどその精神が常人離れしているわけではない。

 例え普段は不遜な態度や傲慢な価値観を見せていたとしても、他人と同じぐらい繊細で、孤独に対しては臆病で、喪失に対しては過剰なぐらいに恐怖する。そんな等身大の女の子が里見灯花であり、そんな彼女に寄り添うのがウズメの役目である。

 

 

「では子守歌でも歌いましょうか。それとも、何か読み聞かせでもいたしますか?」

「ん……それじゃあ、あれがいいな」

「かしこまりました」

 

 

 リクエストに応えてウズメは朗々と語り出す。

 わらべ歌のように語られるそれは、穏やかな草原、桜吹雪の中で遊び舞う少女を題材とした歌。

 灯花とねむとウズメの()()で作った自分たちだけの歌。お題を灯花が考え、詩をねむが書き出し、仕上げにウズメが曲をつけて完成した。少々古めかしい歌い方なのはそのためだったが、この優しい歌い方はとても暖かい気持ちになれたし、何よりこの歌を歌っている時のウズメが自分を見守る顔が灯花は好きだった。退院してからは少々見栄を張ってねだることは少なくなったが、病室にいた時はみんなで揃ってこの歌で心地よく眠るのが日課だった。

 

 

「ん……ふにゅぅ」

 

 

 歌がひと段落する頃には、穏やかな寝息が聞こえ始めていた。

 小さいが安定しているその呼吸は健康の証。容体が急変するようなことも無く、彼女は安らかに次の朝を迎えるだろう。

 

 

「おやすみなさいませ、お嬢様」

 

 

 音を立てずに退室したウズメは、そのまま控え部屋へと戻る。

 そして椅子に腰かけ、背を預けて息を吐いた。それは彼女が今日一日張り詰めていた緊張を解いた瞬間だった。

 

 

「無事に眠りましたね」

 

 

 こうして灯花が一日を終えたことで、ウズメはあの簒奪騎士が現れてから……それよりも前から、魔女たちの眷属化による異変が発生してから感じていた危機感が、今ようやく去ったのだと理解した。

 主は無事であった。この手で護り切れたのだとようやく認めて、一つ肩の荷を下ろす。

 勿論、これからも問題は山積みであり、対処するべき相手はいる。

 それでも、今この時彼女たちを直接脅かす敵は退けられたのだ。

 

 

「本当に、良かった……」

 

 

 沙羅ウズメは里見灯花の従者である。

 その役目は灯花の身の周りの世話をするだけではなく、病院生活による偏った価値観を正す教育役として、そして魔女や魔術師などの裏世界の脅威に対する灯花の護衛をも兼ねている。

 

 ウズメの雇い主は灯花の父だ。医療財団を運営するほどの有力者である彼は、魔法少女や魔術師が暗躍する裏の世界の事情についても僅かではあったが把握しており、自分の領分を越えているとして積極的に関わりを持たぬように努め、一線を引いた立場を保ってきた。特に灯花が生まれてからは、それらとの距離感の測り方には細心の注意を払ってきた。

 

 立場や才能に恵まれた娘は魔法少女になる素養を満たしており、病弱という体の問題もそれを助長してしまう。ゆえに裏社会において十分に渡り合える人間を護衛としてつける必要があった。第二次性徴期を迎え始める時期、ちょうど11歳になった頃に彼はその必要に駆られ、そこへ現れたのが葛葉の案内によってやってきたウズメだった。

 

 御晒樹堂の剣士は表社会でも重役の警護などに人材を送り出す武闘派の一族。自分の親類の伝手を辿ってきたと言うウズメを院長は迎え入れ、ウズメは放浪の身となった自分を拾ってくれた恩義として里見家に仕えることとなった。

 そうしてウズメは灯花の専属従者となり……今やこうして、最大の忠義を捧げる相手として仕え続けている。

 

 灯花を護ることは院長との契約でもあるが、それ以上に彼女自身が灯花を守り通すという役目を己に課している。

 

 最初の頃は無理難題を吹っ掛けられる事もあったが、生憎ウズメはちょっとどころではない完璧従者だったので大体の事はこなしてしまい、実現不可能なことについても先手を打ってしまえた。そうして互いに時間を過ごすうちに二人の間には強固な絆が結ばれ、灯花はウズメを家族と同様に親愛し、ウズメは灯花を主として忠誠を誓ったのだ。

 

 

 ウズメにとって灯花はかけがえのない存在だ。

 天真爛漫で、聡明でありながら無垢な優しさを持ちあわせていた灯花はウズメにとっては何よりも尊ぶべき存在だった。

 それは彼女を支えてくれた二人の友も同じく、彼女たちの平穏を保つことこそが己の役目なのだとウズメは思っていた。

 

 護らなくてはいけなかった。こんな世界に、微塵たりとも関わらせてはならなかった。

 狭い病室で不自由に過ごしてきた少女たちは、せめて光の当たる場所で幸福な人生を送るべきだ。そのためならば、この血に塗れた手を何度でも汚してみせよう。

 

 

 けれど、その願いは叶わない。

 

 彼女は、知ってしまった。奇跡と絶望が織りなす世界の裏側を。

 彼女は、叶えてしまった。世界の救済。少女たちが命を散らすことのない世界のために、その権能を望んだから。

 彼女は、託してしまった。喪われる世界の断片。誰よりも尊重されるべき少女の記録を、最も信頼する従者を人柱にして辛うじて繋ぎ止めさせた。当人ですら忘却したその事実を知っているのはたった一人。

 

 

「……ええ、あなた方なら成し遂げられます。魔法少女の解放を。ですから、どうか……」

 

 

 大きな壁を乗り越えた?

 むしろここからが始まりと言える。

 システムの構築計画は少し練り直さなくてはならず、粛清機関も我々の存在が露呈した。神浜の度とに追いやったインキュベーターの動向も気になる。他にも動く者たちが出てくるだろう。これから状況はいっそう激しくなる。

 

 それでも自分のやることは変わらない。

 傍に寄り添い、護り続け、敵の悉くを屠り去ろう。

 

 

「私めが、必ず護ります。灯花様、ねむ様、――()()()……!」

 

 

 主たちに、誰も知ることのない少女に誓う。

 

 救いであれ滅びであれ、その時が来るまで従者として仕えよう。この世界の全てが敵に回ろうと、彼女たちの剣として振舞ってみせよう。例え縋りついてきた羽根たちの願いを斬り捨てることになろうと、ただ利用して使い潰すことになろうとも、自分だけは二人の味方であり続けよう。

 例えその理念が歪もうとも、例えその優しさが消えようとも、救済を願ったはじまりの想いだけは決して変わらないのだから。

 

 それがたった一人の少女すら護ることができなかった愚かな従者にできる、唯一の奉公だった。

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