つばめちゃんは神浜の魔法少女が尊いようです   作:名無ツ草

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第七十一話 マギウス・カラーズ……⑥【傷痕】

ChapterⅦ【傷痕】

 

 

 

 鈴音が再び目を開けると、そこは全く違う場所であった。

 どこかのホテルの一室か、あるいは屋敷を思わせる豪奢な内装。だがその端々からは魔女の結界にも似た不穏な気配が漂っている。

 

 身じろぎすればジャラリ。と金属のこすれ合う音が鳴る。鈴音の手足は鎖で拘束されており、それは横で同じように座る紫の髪の少女も同じだった。

 

(誰……?)

 

 見覚えはない。しかしその顔を見た途端、鈴音はひどい頭痛に苛まれた。

 

 

「っ……!」

「おはようございます、お二人とも」

 

 

 自分は何をされた? この少女は一体? どうにか状況を把握しようとする鈴音に、穏やかな笑みでウズメが声をかけた。その横には茶髪をサイドテールにした少女がぴったりと付き添い、鈴音たちをまじまじと観察している。

 

 

「あなたは……!」

「やあ天乃くん。さっきはいい戦いをありがとう。悪いが、君たちの自由は奪わせてもらっている」

 

 

 その近くでは信城宴が勝ち誇るような笑みでこちらを見下ろしている。

 そうして鈴音は自分がマギウスの翼に襲撃を受け、敗北したことを思い出した。つまりここは彼女たちのアジト。そして目の前にいる彼女たちは……!

 

 

「自分たちが置かれている状況を理解できましたか?」

 

 

 横からの声に振り向くと、不穏なほほ笑みを浮かべた深緑ドレスの少女がいた。その手に持つ盆の上には赤と紫のソウルジェムが置かれている。

 

 

「それはっ!」

「ええ、ええ。あなたたちの(soul)です。そういうことですので、抵抗は無意味ですので」

「葛葉さん、あまり挑発しないでください。確かに彼女は私たちに敵対しましたが、こうして無力化した以上は捕虜として丁重に扱うべきです」

 

 

 緑色の少女――葛葉道麗がこれみよがしに二人のソウルジェムを掌で転がす。敗北した鈴音たちへの嘲笑を隠さない彼女を嗜めたのは、鈴音と最初に交戦した梓みふゆだ。

 

 

「…………」

 

 

 そして無言でこちらを見据えるのは、紫の外套で身を覆った鶴喰夜鴉。

 マギウスの翼。その中で突出した実力を持つ者たち。外敵を滅ぼすための精鋭部隊《カラーズ》の六人がここに揃っていた。

 

 

「改めまして自己紹介を。私は沙羅ウズメ。マギウスの翼の統括役であり、この五人を含めたカラーズの長。そして、こちらに御座すのがマギウスの三賢人でございます」

 

 

 ウズメが一歩下がって指し示したのは三つ並びの玉座。そこに座っているのは鈴音よりも年下であろうあどけない少女が二人と、鈴音が交戦したアリナ・グレイ。

 ちぐはぐな組み合わせだが、魔法少女として感じ取れる魔力量はどれも膨大であり、こちらを見下ろすその威容は組織のトップとしての風格を漂わせている。

 

 

「どうしてこのようなことになっているのかはお判りでしょう。あなた方が我らが同胞に手を上げようとしたばかりか、マギウスにすら牙を剥いたその蛮勇を問いただすためです」

 

 

 罪人は二人。

 各地で魔法少女を殺して回り、神浜でもその凶行を働こうとした天乃鈴音。

 その裏で暗躍し、宴たちの戦闘に介入しようとした日向華々莉。

 

 

「魔法少女殺しの悪名はいくつか知れていたが、よもや実行役と指示役の二手に分かれていたとはね。道理で差し向けた追手が捕まらなかったわけだ、全員そこの華々莉ちゃんが散らかしていたんだからね」

「……?」

 

 

 鈴音は怪訝な表情を浮かべて華々莉を見る。

 自分は一人で魔法少女を殺してきた。この少女と面識はない筈だ。しかし彼女たちはさも自分たちが組んでいたように語っている。

 

 

「何を、言ってるの……?」

「ふむ、まあ当然自覚は無しか」

 

 

 狼狽える鈴音に宴が軽く肩を竦める。

 やはり当初のプランだな、と話を譲られたウズメが口を開いた。

 

 

「……改めて確認を致しますが、鈴音さん。あなたは我々のみならず、随分と多くの魔法少女を殺してきたようですね、縄張り争いでもなく、さりとて他の組織の尖兵でもないご様子。ではなぜ、たった一人でこのような真似を繰り返しているのですか?」

「そんなの……」

 

 

 決まっている。それはあの喪失の瞬間。真実を知った時。

 あの時、大事な人が魔女となった時から自分は心に決めたのだ。

 

 

 "もう、こんな悲しみを広がらせない。全ての魔女と魔法少女を狩り尽くして、自分も死ぬ。"

 "椿は魔女になっていなくなった。もう、生きてる意味なんてない。"

 

 

「……え?」

 

 

 鈴音は顔を青ざめた。

 

 今、自分は何を思い出した?

 

 先ほどから、何か違和感があった。

 既に洗脳の効果は消え、記憶は蘇っている。

 目が覚めてからそのことに気が付いていなかったのは、意識の混濁と同時に隅へと追いやっていたから。

 だが、気づいてしまえばもはや目を背けることはできない。

 

 

「うそ、いや、嫌……やめて……!」

 

 

 首を振って否定するが、構わずに記憶は溢れ続ける。

 椿の死によって抱いた決意。今までに行ってきた魔法少女狩り。正しい事なのだと信じて行ってきた殺戮。

 

 その全てが嘘だった。

 

 魔法少女のシステムを止める? 殺した少女たちの名前を忘れない? 

 自分の隣にいる、日向華々莉によって仕組まれた偽の記憶と動機から行ってきた、ただいたずらに屍を積み重ねただけの無意味な行為だったのだと、思い知ってしまった。

 

 

「う、うぅ……あぁぁぁ……!」

 

 

 少女の慟哭が響き渡る中、色彩の面々は顔を見合わせる。

 彼女たちは既に《記憶キュレーターのウワサ》を用いて鈴音の過去は把握していた。そして真実を知った時にどれほど取り乱すかも想像がついていた。

 目覚めてすぐに錯乱でもされようものなら面倒だ。さりとて真相を知ってもらう必要もある。

 混乱を最小限にするため丁重に、しかし覚醒しても気づいた素振りがないならばその切欠を作る必要があった。

 結果としては、殺意の欠片も無いただの少女が自らの所業に押しつぶされる様を見る羽目になったのだが。

 流石にこれを何の感慨もなく見物できるほど彼女たちも非道ではない。

 

 

「……流石にこれはまずくないか?」

「そうですねえ。記憶キュレーターで拝見した時から哀れとは思っていましたが、やはりこの齢で耐えられる衝撃ではありませんでしたか」

「というか、めちゃくちゃジェム濁っちゃってるけど大丈夫?」

「その点については問題ありません。いえ大問題なのですが……」

 

 

 次に起こる事態に備え、カラーズが武器を構える。

 葛葉の持っていたソウルジェムが急速に穢れで満たされ、その輝きを濁らせていく。

 瞬く間に穢れを溜め込んだ魔法少女の魂はしかしその運命を捻じ曲げ、その肉体(左目)を媒介に穢れの化身を外界へとまろび出させる。

 

 その名を約束のドッペル(Clothette)

 復讐に燃える絶望の化身は、周囲を満たすウワサの魔力に反応して一帯に炎をまき散らそうとした。

 

 

 ――カーゾ・フレッド

 

 

 ――轆轤首落とし

 

 

 瞬く間に生じた氷河がドッペルを氷漬けにし、一足で氷河を駆けあがって沙羅ウズメはその長い躯を血刃にて両断した。

 

 

「お見事」

「……ぁ……」

 

 

 瞬く間にドッペルが霧散する様を背後に、血の刀を携えたまま残心するウズメを宴が称賛した。絶望の拠り所が消え、感情の処理すら追い付かなくなった鈴音は虚ろな目で膝をついた。

 ドッペルの発言によって浄化されたソウルジェムが濁り続けることはないが、しかしそれは精神に負った傷の治療を意味しない。茫然自失となった鈴音の口から言葉にならないうわ言が零れ始める。これ以上の追及は不可能だと判断したウズメは鈴音の頭を一度撫でてから、もう一人の方へと冷徹な視線を向けた。

 

 

「それで、この一連の流れはあなたが仕組んだということでよろしいですか?」

「そうだよ。スズネちゃんの記憶と人格をいじったのは私。全部スズネちゃんを絶望させて魔女にするための嫌がらせだよ」

 

 

 あっけらかんと語る華々莉。開き直ったようなその態度は、既に自分の目論見が叶わなくなったからだろうか。

 

 

「では何故関係のない魔法少女を殺させたのです? 育ての親を奪われたというのなら、直接突きつければ良い。徒に命を散らし、事をここまで大きくする必要は無かったと思いますが」

「それじゃあ意味ないよ。私たちからツバキを奪ったスズネちゃんも、私たちよりスズネちゃんを選んだツバキにも、私は復讐してやるって決めたんだ……ツバキは私たちよりスズネちゃんの命を選んだんだから、スズネちゃんはいっぱい殺してその命を最低なものにしなくちゃダメなんだよ。この街ならいっぱい殺してくれるかなって、ちょっとは期待してたんだけどな……」

 

 

 華々莉の視線はウズメを見てはいない。彼女にとってこの場にいるマギウスの者たちは眼中にない。最初から彼女の目に映っているのは、ただ一人。

 

 

「なのにあなた達は素直に殺されてくれないし、魔法少女を解放するとかいう下らないことでスズネちゃんをやっつけちゃったし、全部台無し……」

 

 

 宴たちの目が鋭くなった。華々莉は気にも留めない。

 予想もしないところで復讐が閉ざされた。望み通りの最後は得られなかった。ソウルジェムを取り上げられた今、悪あがきすらできやしない。

 

 神浜という土地の異常性をキュゥべぇが語った時点で警戒できていれば。現地の魔法少女を下調べしていれば。鈴音が最初に敗走した時点で逃がしていれば。

 回避できる術はいくらでもあった。しかし華々莉はそれを無視した。

 

 日向華々莉はどこまでいっても鈴音の破滅以外を見ていなかった。

 だからこそ、思いもしない例外によって自らが破滅させられた。

 

 そんな当然の失敗を受け入れることができない華々莉は、どうすれば鈴音をより苦しめられるかだけを考えていた。そして思い至った。さっきの慟哭を聞いて、そこから出てきたものを見て、華々莉は鈴音の絶望がここで終わらないことを知ることができた。

 

 

「でも、ちょっとだけ良いことはあったかな……”この街では魔女にならない。” それって逆に言えばさ、この街ならスズネちゃんをずっと絶望させられるってことじゃん。 ……ねえ、スズネちゃん、起きてるんでしょ」

「……あ、」

「どうだった? 椿を殺した気分は、何の罪もないみんなを殺した気分はさぁ!?」

 

 

 どろりと濁った瞳が鈴音に向けられる。

 鈴音は何故そんな感情を向けられるのかもわからず、一体この少女が何を言っているのかすらもわからず。ただそのおぞましさにびくりと肩を竦ませた。

 

 

「みんなお礼を言ってたよね。助けてくれてありがとうって、名前を教えてっていったら喜んで教えてくれたよね。そんな子たちをスズネちゃんは殺したよね。仲良くしてくれた子たちのソウルジェムを砕いてさぁ!」

「ぃ、ゃ、あ、やめ」

 

 

 怯える鈴音。ツカツカと近づく足音に構わず、華々莉は続ける。

 

 

「ねえ、ねえ!! どんな気持ちだったのかな!? あんなに『私は間違ってない』って言い聞かせながら殺し続ける感覚はどうだったの楽しかっぐえッ――」

「……え?」

 

 

 紅い光が一筋走り、日向華々莉の首が飛んだ。

 遅れて、身体が思い出したかのようにスプリンクラーみたいな血を吹き出す。

 唖然とする鈴音の顔に、べしゃりと血が跳ねた。

 

 そして、今まさに斬首刑を執行した張本人は、転がり落ちた首を侮蔑の瞳で睨みつけた。

 

 

「――申し訳ありませんお嬢さま。この者の言葉はあなた様の耳に良くありません故、勝手ながら処断いたしました」

「……うん。これ以上は有意義な情報を得られなかったと思うし、別にいーよ」

 

 

 踵を返して主へと向き直り、深く頭を下げる。

 灯花は表情を変えることなく従者の行為を認めた。いや、よく見れば口の端が痙攣し、額には冷や汗が一筋垂れている。

 灯花からすれば、常に忠実にして冷静沈着な従者がこのように衝動的に刀を振るったことは滅多にない。彼女から伝わる途方もない怒気はマギウスたる彼女からしても心底から肝を冷やすものであった。

 

 

「……アメイジング。日向華々莉の感情もインスピレーションを刺激したけど、アナタのその顔はもっとゾクゾクするよネ」

「アリナの理解に苦しむ感性はともかくとして、君が義憤に駆られるのは最もだと僕も思うよ」

 

 

 アリナの興奮をねむが酷評しながら、ウズメの行動を咎めはしなかった。

 先ほどからずっと、というか最初からウズメはキレていた。鈴音の記憶と華々莉の所業の両方が彼女の逆鱗に触れるものだったのだろう。段々と高まる剣気に、いつ爆発するかほとんどの者が気が気でなかったのだ。

 

 

「やれやれ。まさか君がいの一番に手を出すとはね」

「仕方ないよ。私でも流石にこれはどうかなって思ったし。なんだかんだお姉さまって優しいもんね」

「ええ、ええ。あれほどに迷いのない剣気を見たのは以前我々にすり寄ってきたあの道化以来でしょうかな。当人同士で完結する復讐ならともかく、彼女のそれは他を巻き込むことを前提としたもの。そういう何の益にもならない犠牲とか真っ先にキレるんですよねこのお方」

「……そうですね。これ以上彼女の言葉で鈴音さんを怯えさせてはいけません」

「残念だが、当然の結末だな」

 

 

 カラーズも満場一致でウズメの独断専行を容認した。

 どうやら全員、華々莉の発言には思うところがあったらしい。ただ一人、マギウスのアリナは喜悦に歪んだ表情を浮かべてはいるが、彼女の感性はこの場の誰とも共有できるものではないので問題ない。

 

 

「それで、この者はどうなさいますかな?」

「手っ取り早いのはソウルジェムを砕いてしまうことだがね。正直、鈴音以上に生かしておくのが危険すぎるとは思うよ」

「お姉さまに刃向かったんだし、見逃す理由は特にないよねー」

「しかし、いくら敵対したとはいえ無力化した魔法少女を殺したことが羽根たちに伝われば、解放を標榜する組織としての不信に繋がります」

「じゃあ洗脳でもして忠実な羽根にするのはどーう? ウワサなら簡単だよ」

「確かにその措置も一つの手。ですがこの者は同じく洗脳魔法の使い手。下手に認識を弄ったとしても、何らかの拍子に解ける可能性が高い。そうなった時のリスクを考慮すれば、あまり良い手段とは言えませんねぇ」

 

 

 そうして黙らせた華々莉の処遇を話し合う一同。

 宴やあやせは即座に処分する方針を述べ、みふゆは命まで奪うことはないと主張する。手駒に加えようという灯花に、葛葉は冷静に分析して危険性を述べる。夜鴉は沈黙を保っている。

 

 

「それならアリナのアートにしてあげ「論外だな」「却下いたします」「悪趣味もほどほどにしておくといい」「戯れもそこまでに」……チッ」

 

 

 カラーズの半数以上から顰蹙を買い、渋々アリナは引き下がった。

 

 

「……これまでと同じく、地下牢にでも放り込みましょう。確かこの前、信城が何か持ってきていましたね。ちょうど、こういうのにうってつけの物を」

「ああ。それは良い提案だ、見せしめにもなるし、脱走も防げる。オマケに我々の益にもなって一石三鳥だ」

 

 

「ぐ……あ……」

 

 

 日向華々莉は処刑人たちが好き勝手に己の処遇を話し合う様子を傾いた視界で見ていた。

 ソウルジェムが無事であれば首だけになっても生きているのが魔法少女の業。

 しかし血液という燃料を失った脳はその限りではなく、おぼろげな思考でようやく自分が何をされたのかを理解したところで、唐突に視界が上昇した。

 

 

「さて、君の処遇について大体決まったよ」

 

 

 髪を掴み、華々莉(頭部)を持ち上げた宴は、ずいと己の顔面を近づけてみせてから宣言した。

 

 

「この街ではどれだけ絶望しても魔女にはならない。君はそう言ったが、実際その通りだ。つまり君を生かさず殺さずにしておけば、無限にドッペルを発動できるということだ。これはサービスで教えるけどね、私たちの計画にはドッペルから生じる絶望のエネルギーが必要なんだ」

「……ま、さか」

「その通り。君はこのまま地下の懲罰房へ送り込む。ソウルジェムは魔法が使えないように処置をして、見えるが手の届かない場所に置いておこう。君はそこで我々の計画が成就するその時までドッペルの感情エネルギーを供給してもらうよ」

 

 

 ニヤリ。と獰猛な笑みを突き付ければ、華々莉は顔を青ざめる。もし胴体が繋がっていれば、震え出していただろうか。

 

 

「ああ、安心し給え。身体は劣化しないように保管しておいてあげるとも。以前、あすなろ市という街でいい拾い物があってね。ソウルジェムはそのままに、魔法少女の肉体だけをコールドスリープさせられる。レイトウコとはよく言ったものだ」

「……ふ、ざける、な。わたし、が……な、んで……」

 

 

 とうとう意識を保つことも難しくなったのだろう。華々莉は血の抜けきった白い顔で、憤怒に顔を歪めたまま沈黙した。

 

 

「――その言葉はきっと、君の悪戯に巻き込まれた魔法少女全員の言葉だよ」

 

 

 無表情な宴の言葉が、ホールに反響した。

 

 

 ◇

 

 

 羽根たちに日向華々莉を運ばせ、残る議題は天乃鈴音の処遇である。

 

 

「さて……こっちはどうしようか。完全に塞ぎこんでいるな」

「洗脳を受けていた反動でしょうね……。見方を変えれば、彼女も魔法少女の運命に振り回された被害者。あまり手荒な真似をするべきではないかと……」

 

 

 マギウスの翼としては既に鈴音を危険分子としては数えていない。だが彼女がこれまで行ってきた所業が所業だ。いくら魔法で操られていたと言っても、実際に多くの魔法少女を殺傷した事実を野放しにするのは良からぬ事態に発展しかねない。

 鈴音が幼いこともあってか、年長者のみふゆは最大限の配慮を行いたいようだ。

 夜鴉もこれ以上何かしらの仕打ちを行うのは流石に気が引けた。友に刃を向けたことについて色々と言いたいことはあるにはあるが、全部日向華々莉が悪いということで納得した。

 

 

「だが事実として羽根を襲撃し、アリナも被害を受けた。他の街の魔法少女を全滅に追いやった挙句、神浜の魔法少女とも事を起こしているんだ。それに私たちの事情についても知っている以上、このまま帰すわけにはいかないな」

「まあ、この有様では再起不能でしょう。私も何度か魔法少女を追い詰めたことはありますが。概ねこうなったらあとは終わりです」

「いっそ魔女にしたほうが本人的にも楽だと思――」

「そこまでだよ。流石にそれをマギウスである僕たちが言ってはいけない」

「……ウズメ、ちょっと抑えて」

「――申し訳ありませんでした」

「アリナ、さてはわざとやっていませんか?」

 

 

 相も変わらず非道な発言を繰り返すアリナをねむが黙らせ、灯花は刀に手をかけていた己が従者を制止する。先ほどから腹に据えかねているのは知っているのに油を注ぐような真似をしたアリナの方がどうかと思うが。

 

 

「ま、この調子だと枷も要らんだろう」

 

 

 宴が鈴音の手足を解放する。

 自由になった鈴音はふらりと立ち上がり、幽鬼のような足取りでウズメ達の方へと歩きだした。

 

 

「おや、まだ動く気力があったとは」

「お下がりくださいお嬢さまがた。この者の処遇は私めが――え?」

 

 

 マギウスを庇うように身構えるウズメ。

 だが次の瞬間、鈴音はウズメの懐に入り込んでいた。全くの敵意の無さ、無造作な歩みが逆にウズメの警戒をすり抜けた。

 ぽすん。と銀色の髪がウズメの腹に沈む。

 反射的に引きはがそうとすれば、腕が背中に回され小さな頭が強く押し付けられる。

 

 

「あーっ! ウズメに抱き着くなんて何考えてるの!?」

「ずるい!? お姉さまへの抱擁なんて私でもそうそうできないのに!!」

「そういう問題じゃありません……! ウズメさん、大丈夫ですか!?」

 

 

 至近距離からの攻撃を警戒したみふゆが近寄り、引き離そうとするのをウズメは手で制する。

 

 

「問題ありません。あの、あなたは何を……」

「……つばき」

「……はい?」

 

 

 か細く漏れた言葉に、ウズメは目を丸くする。

 

 

「つばき、つばき。もうどこにもいかないで。ずっといっしょにいて。おねがいだから、わたしをおいていかないで……」

 

 

 はぐれた親とようやく会えた子供のようにぐずり泣く声が響き渡る。

 

 どういうことだと一同が困惑する中、夜鴉は一人考える。

 

 つばき。椿。

 それはおそらく鈴音の記憶にあった美琴椿のことだろう。

 成人しても尚魔法少女であり続けられたほどに優れた素質と技量を併せ持った彼女は、養女として引き取った鈴音が魔法少女として契約したのをきっかけに、グリーフシードの枯渇によって魔女化した。その魔女を倒した鈴音は失意で塞ぎこみ、同じく椿を慕っていた日向華々莉の逆恨みによって殺人鬼へと仕立て上げられた。

 

 

(――ああ、そういうことか)

 

 

 つまるところ、天乃鈴音の精神は今度こそ耐え切れなかったのだ。

 恩師の死と、偽りの決意による望まぬ殺戮。

 それらの真実を知り、何もかもに裏切られた鈴音の精神は限界に達した。通常ならそこで魔女と化するはずだが、ドッペルの発動によってその精神はかろうじて留まった。しかし心の傷が癒えることはなく、かつての時かそれ以上に塞ぎこんでしまった。そこに下手人である華々莉の自白と処刑が重なった。

 恐らく、鈴音の目には華々莉の姿が魔女にでも見えていたのだろう。そしてその首を落としたウズメの姿は椿か。流れるような黒髪と紅い着物で、得物は刀。美琴椿の情報と綺麗に一致する。

 

 現実を受けきれなくなった彼女の精神は、おそらく最も幸せだったころの記憶を呼び起こすことでどうにか崩壊を免れようとしている。ウズメを椿と認識したのは、現実とのすり合わせを行った結果か。

 

 他の者も夜鴉と同じ結論へ至ったようで、互いに目を見合わせる。

 その中で一人、ウズメは鈴音の頭を優しく撫でながら困ったように言った。

 

 

「……あの、これはどうすればよろしいのでしょうか?」

 

「知らんがな」




○天乃鈴音
 マツリがいないので精神ブレイク。

○日向華々莉
 しばらく退場。地下牢に生首状態でレイトウコ入り。隣の牢には黄色い道化みたいなのがいるらしい。

○沙羅ウズメ
 ぶっちギレ。

○信城宴
 過去に何かやらかしたご様子。
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