【その情動に火を灯せ】
精神の奥底がくすぐられるような感触に、微睡むように沈んでいた意識が浮上する。
「終わったわよぉ」
みたまの言葉に加賀見まさらは瞼を開き、寝台から起き上がる。
何度目かの調整も慣れたもの。精神を覗かれるという奇妙な体験に覚えた貴重な感触も、今では覚醒前の浮遊感として処理される。
「お疲れ様。今日もいい感じに調整できたわぁ」
「はい。ありがとうございます……って、まさら?」
礼を言うよりも先に自分の手を握っては開き、軽く調子を確かめる。
――変身。
短刀を取り出し、軽く二、三度素振りをする。
「あ、ちょっと、お店の中で武器を振り回すのはやめてぇ!」
ほんのわずかに、眉を落とす。
表情筋の動きは微細。それでも、長く付き合ってきた彼女の目には分かりやすい変化だったようで。
「まさら?」
「あら~、もしかして物足りなかったかしら」
「……いえ、そんなことは」
「別にいいわよ。対価は貰っているんだから、アフターサービスもちゃんとしないとね」
口には出さなかったが、その意図は読み取られたらしい。
微笑みを崩さずにそう言ったみたまに、まさらは自分の要望を口にする。
「…………そうね。もう少し、戦い方に変化が欲しくなって」
前々から、自らの力量にまさらは僅かな不満を覚えていた。
一度目は更紗帆奈によってこころが魔の手にかかった時。
かの混沌の如き魔法少女を討伐する包囲網。多くの魔法少女が参加したそれにまさらも名を連ねたが、自らの手でその元凶を討つことはできず、その首級は発起人であるつばめ達に譲る形となった。
それ自体に文句を言うつもりは無いが、同じくチームを組む江利あいみと共に挑んで相手を取り逃がした事実はまさらの心に小さな凝りを生んでいた。
そしてその想いが決定的になったのは、天乃鈴音の一件。
魔法少女を狙う魔法少女と、まさらは二度刃を交えた。
最初はその凶刃からこころを守るために。
次はその凶行を止めるために。
奇しくも同じ透明となる術を持つ相手との戦い。今回もつばめ達と連携を取り、どうにか街から追い出すことはできたものの、結果として快勝と呼べるものではなかった。
勿論、誰一人犠牲を出すことなく事態を収められたのはこれ以上ない結末だ。
しかし、それは早々に琴織つばめに助力を請い、常盤ななかと志伸あきらを加えた四人がかりの上で、純美雨の【事実偽装】の魔法があったからこそ。仮に自分とこころの二人で挑んでいれば、恐らくは二つの屍が出来上がっていただろう。
誰かを頼るのが弱さだとは思っていない。だが、常に誰かの助けを得られるわけではないという現実的な考えを忘れてもいない。
同じ剣を扱う者同士、姿を消す魔法を操る者同士。そして、その瞳にある種の空虚を抱いた者同士。何よりも大切なものができた/失ったもの。
似通った部分を多く持つ魔法少女と直接剣を交えて、まさらは自分の実力を改めて顧みることができた。
強さへの渇望――というにはささやかなものではある。
だが、やはり大切な存在をこの手で守り切れない自分に対する不甲斐なさを、まさらは確かに胸の裡に宿していた。
「私は透明になって相手を攻撃できる。でも、それだけでしかないわ」
自らが持つ課題。それは攻め手に欠けること。
端的に言えば、火力不足。
固有魔法である『透明化』による奇襲と、わが身を試みない攻めの姿勢が合わさった戦い方は、強力な魔女がひしめく神浜でも問題なく通用していた。
だが、それだけでは経験を積んだ魔法少女を相手にするには苦しかった。
同じ戦法を取る鈴音は、二度目の戦いでは常に自分への警戒を怠らなかった。それだけで随分とやりづらくさせられた。
しかも鈴音は炎の魔法を操り、中遠距離での戦いにも対応している。
対して自分は、近づいて斬るのみ。物理的な攻撃が通用しない場合への対応策を持ち合わせていない。
こころだって得物のトンファーによる近接戦闘が可能な上で、電気を帯びたエネルギー弾を発射することもできるのに、自分は恐らく魔力が具現化したと思わしき青白い炎を纏わせる程度。
やはりこう、分かりやすく広範囲をカバーできる手段もあったほうがいいのかと思案していたのだった。
「そうは言ってもねぇ……ソウルジェムの調整は本人のポテンシャルを改善してるだけ。その時までに積んだ経験を踏まえて最適化して、因果が持つ可能性への道を開くことはできるけど、逆に言えば全く別の方向に進むことはできないわ。車が空を飛べるようにならないのと同じで、全く関係のない力を習得するというのは、難しい話ね」
それを聞いて、落胆の表情がごくわずかに浮かんだ。
願いの内容。魂の性質。魔法少女の素質たる因果。これらの要因が複雑に組み合わさって魔法少女の力は決定する。
鍛錬を積めば武器以外の物品創造、分身などの発展魔法を身に着けることはできるが、それも個人での向き不向きがある。
炎の魔法を使用できる魔法少女が氷の魔法を使用できるようにする―――というような真似は調整でも無理な話である。双樹
加賀見まさらは極端なまでの近接戦闘型。武器を大量に産み出して射出するといった変則的な遠距離攻撃の手段すら有さない。
そんな彼女が戦闘能力を伸ばすならば、やはり奇襲性能を強化するのが妥当なのだが、当の本人は絶賛同系統の相手へ無自覚なコンプレックスを抱いている。
「……」
調整によってその感情を読み取ったことで唯一察しているみたまは、果たしてどうしたものかと頭を悩ませる。親友のためにさらなる力を求めるというのは、個人的に力添えをしてやりたいもの。お得意様へのちょっとしたサービス程度、中立という信条に反するほどでもなし。
だが自分ができることなどたかが知れている……ので、より何かしらを知っているであろう人物を頼ることにした。
◇
「で、私のところに来たと」
「そうなります」
「あはは……」
参京区。
琴織家、兼不動産事務所。
みたまから話を聞いて即、足を運んだ二人は二階の応接室に通された。
「まったくみたまさんったら……」
「まあ良いじゃないか。持ちつ持たれつ、我々だけがいいように頼るというのは悪いだろう」
人数分の茶を淹れてきたつばめがぶつくさと文句を言うのを父親たる琴織渡が窘める。
男性にしては少し長めの黒髪を後ろで垂らすように纏め、眼鏡をかけたその様相は並ぶとこの二人が親子であることを強く印象付けた。
「突然ごめんね。ちゃんと連絡してからでもよかったのに、まさらったら……あっ、このクッキー美味しい。どこのかな?」
「商店街にあるケーキ屋ですよ。私のオススメはイチジクのタルトですね。カシューナッツが入っててこれがまた癖になるんですよ。場所はここです」
「へぇ~! それじゃあ今度行ってみるね!」
きゃいきゃいわきゃわきゃと女子トークに花を咲かせる二人を尻目に、渡は目の前の少女へと本題を切り出した。
「さて、用件は自らの新しい力の開拓、ということでよかったな?」
「ええ。魔法少女でないあなたなら、何か別の視点があるんじゃないかってみたまさんが」
琴織つばめは神浜の中でも指折りの強者。身体能力、技量、魔法、戦術。どれをとっても高い水準にある彼女は、常盤ななかと並ぶ参京区の顔役だ。
そんな彼女の父親であり、あの昏倒事件の解決にも陰ながら一役買っていた男。調整屋の設立にも関わっているという彼ならば魔法少女の常識からは外れたパワーアップの方法を知っているのではないか。というみたまの言葉に、普段であればらしくもない一縷の希望にすがるような気持ちでまさらは琴織家を訪れた。
突然押しかけられたので若干渋々なつばめとは対照的に、渡はどことなく上機嫌。みたまから頼られたというのもあるだろうが、知識人というのは総じて余人に自らの知見を披露したがるものである。
「強さと言っても、ぶっちゃけお二人なら粟根さんが敵の攻撃を引き受けている間に加賀見さんが透明になって後ろからザックリやればそれで大体の相手は片付く気も……」
「こころが傷つけられる前に倒したいのよ」
「お、おう」
「まさら……」
ぎろりと刺し殺すかの如き視線に、つばめは思わず仰け反る。
想像以上に重たいねこれ? 躊躇いが薄い人物だとは思っていたが、ここまで相方への感情が激重だとは。以前に魔法少女が昏睡させられた一件で集めた魔法少女の中でも、殺しも辞さぬという念が漏れていたのだからさもありなん。
そんな親友の剣呑な、しかし真摯な想いに仄かにこころは顔を赤らめていた。
「あの、私たちわざわざ家に乗り込まれてまで惚気を聞かされてるんですか?」
「つばめよ、ニヤけながら言っても説得力はないぞ」
「何のことやら」
それはそれとして、二人に対して両手を合わせたつばめであった。御馳走様です。
「で、強くなる方法ってどうするんです。方向性としては、近接以外の攻撃手段が欲しいって話ですけど……何かしらビジョンとかあるんです?」
「う~ん、武器を派手にしてみるとかかな? ほら、つばめさんの槍も変形するでしょ? まさらの武器も同じ感じにできたり、とか……」
「でも加賀見さんの武器は短剣ですよね。ならビーム出したりとか、刃を振動させたりとか……あるいはビット化して自律飛行させるとかもいい……」
「だいぶ趣味が丸出しね」
とはいえ、そこそこ有用な案ではある。
できるのか、という視線をつばめが父親に向けると、彼は無茶と言うなと首を横に振った。
「魔法少女の武器とは固有魔法と並んで当人の在り方を象徴するもの、もう一つの魂の形と言っても過言ではない。本人の習熟によって変化するならともかく、外部から新たな形を与えるとなれば調整以上に繊細な技量と知識が要求される。衣装を変えるとか、武器の種類を変えるとかは、調整でも可能らしいけどね」
「でも私の時はできたじゃないですか」
「それは
「あー、うん。そうですね」
現在所属中の組織のトップにおあつらえ向きの魔法を持った魔法少女がいる事実に、つばめは目を逸らした。
「それに仮に武器を改造できたとしても、弄った分の帳尻合わせが必要になる。それこそ武器の機能を拡大するほどとなれば、代償も相応に重くなる」
「代償……それってどんなの?」
「例えば、つばめのように『常に一つしか武器を出現させられない』とか、あるいは『武器の生成自体の消費魔力が激増する』とか、そういう制約はまずついてくると思っていい」
「うわ、結構キッツいね……」
「私の場合は他にも手段があったからできましたけど、まさらさんって他に何か武器持ってますか?」
「ないわ」
つばめはその固有魔法『幽界眼』の副次効果である対魔女特効を最大限に活用するため、元来の武装であった『無銘の槍』を変形機構を搭載した十字槍『骨喰噛砕』に改造している。
ただの槍に『防御無視』の効果を付与し、さらに槍という形状を逸脱した変形機能を組み込む。普通であれば無茶苦茶であるはずの所業に成功したのは、琴織渡が保有する卓越した魔術の知識と、つばめのソウルジェムそのものに彼の魔力が浸透していたからだ。
それでも改造の代償として、つばめはその槍を一度に一つしか出現させられないという制約を受けた。もしつばめが得物を手離した場合、拾い直すか一度実体化を解除して再度出現させなければならない。それは常軌を逸する魔女との戦いにおいては致命的な隙となる。
魔法少女の武器とは単なる得物ではない。魔法の発動媒体として使用することは言わずもがな、武器を大量に出現させ、それらを矢のように射出する、あるいは滞空させて足場にする、はたまた単純に巨大化させるなど、その活用方法は多種多様。
その分消費する魔力は増えるが、手数が増える事は基本的に体躯に勝る魔女との戦いでは大きなアドバンテージであり、これらの戦法を使いこなす魔法少女こそがベテランと言える。だが、つばめはそうした戦法を常に封じられることとなったのだ。
勿論、それを補って余りあるだけの武器性能は得られているし、つばめには反魂魔術による補助、異形顕現による飛行機能と烏羽根の魔弾、そして鮮血機構を始めとした様々な武装など様々な手札がある。端的に言えば、つばめにとって主兵装は代替の効く一要素でしかなく、その上で決定打に欠けていたからこそ武器の改造に踏み切ったのだ。なので武器の改造を他の魔法少女が軽々と選択するのは早計と言わざるを得ない。
マギウスの翼やビクトリーグループなど、魔法少女の存在を研究する組織が行う強化案は装備開発の範疇に収まっており、かの粛清機関は『信仰』という形で外部リソースとなる『希望』を運用する術を保有しているが、在野の魔法少女にそれを使えるはずもなし。
つばめのような強化方法は魔法少女からすれば外法であり、他者が真似ることは難しいというのが当面の結論であった。
現に渡がこれまで行ってきた魔法少女への手助け――富野美緒や八雲みたまのように彼が作った魔道具を贈与するか、あるいは保澄雫のように魔法の活用するための手ほどきを行うなどは、魔法に対して知識がある者ならできる事である。
彼はその辺りをきちんと見極め、魔法少女間のバランスを崩して娘の立ち位置が面倒なことになる事を避けるように努力はしているのだ*1。
「そういう事情でな、武器を改造するというのはできない」
何はともかく、武器の強化が望めないのであれば、次の案は魔法、あるいは魔術となる。
というより、まさらが当初望んでいたのはこちらの方だ。
自らが専門とする近接戦闘だけではなく、より大きな距離に対応したもの。今の自分では対処できない搦め手への対処法を身に着けるために、琴織つばめのような力をまさらは求めていた。
「つばめさんが使う魔術も、あなたから教わったと聞いたわ。なら、他の魔法少女にも同じことができるかもしれないでしょう」
「そこまで喋ったんですか?」
「君も結構自慢しているだろう、今更な話だ」
つばめは一見して槍を用いた白兵型に見えるが、実際は反魂魔術によるミドルレンジも得意とするマルチアタッカー。彼女と何度か共闘した経験のあるまさらは、青白い炎を纏わせて魔女に大振りな斬撃を叩き込む姿に自らと似通った点があると思い、参考にしようと考えていた。
「私が魔法を使う時、武器に魔力を込める時に出るこの炎。つばめさんのものと似ている気がするの。だから、同じ技を教えてもらえるかと思って」
「まあ加賀見さんはフェンサー、スカウト、エンハンサーの定番構成なので、そこにソーサラーかコンジャラーを加えるのは択としてはシンプルに火力が伸びますね。片手武器ですし、もう片方で魔法ぶっぱもありですね」
「つばめさんは何を言ってるの……?」
「すまんな、うちの娘は最近、週末も休む暇がなくてね」
軽いセッション欠乏症を発症したつばめが普段と変わらぬうわ言を吐き続けるのとはお構いなしに、まさらは手元に短剣を出現させ炎を纏わせる。
青く揺らめく魔力の炎。しかし見た目に反して熱量を感じさせないそれを見て、渡は「ああ」と肯定の意を込めた息を吐く。
「確かに、君が持つ魔力の性質は私の娘のそれと似通っている。幽玄の炎。魂に干渉する力。五十鈴くんも同じ魔力を宿していたし、実際につばめからいくつかの魔術を習っている」
「じゃあ、私も同じ魔術を身につけられるのかしら」
「それが、そう簡単な話でもないんだ。魔力の性質が似通っていたとして、それが反魂魔術への適性を示すわけではない。つばめはそもそもの魔法として魂を捉える眼を持っていた。五十鈴くんの魔法もグリーフシードを焼き尽くすというもの。どちらも魂という無形のものに干渉する力だ。対して君の魔法は透明化。適性については半々と言ったところか……試しに聞いてみるが、君は魂がどういうものだと理解しているかな?」
「魂、ですか」
ちらりと左手の中指に視線を移す。
指輪にはめ込まれた水色に輝く宝石。魔法少女の力の源。ソウルジェム。
これが
『偽装』された事実の中で、鈴音が執拗にソウルジェムを破壊していた光景がそれを示唆しており、気が付いてしまえば後はその名が答えを示していた。
人間の身体は心臓の鼓動が止まり、血流が途絶えれば機能を停止する。そこから再起動することは殆どない。
ソウルジェムの破損がそれと同じ事態を引き起こすのだとすれば、魂というものは間違いなく存在すると証明できる。
だが、彼が言いたいことはそういう意味ではないだろう。
それに、こころはその事実を知らないはずだ。心優しく、そして繊細な彼女が知ってしまえば、どんな反応を示すぐらいは想像できる。
だから、まさらは質問への答えを持ち合わせていなかった。
「…………」
「あの、父さん?」
「わかっているとも」
つばめが困惑しながらも凄まじき目つきで咎める声に、渡は生返事気味に返した。
彼は魔法少女がソウルジェムの真実を知らないことに若干無頓着なところがある。
本人は十分に配慮しているというが、それは事実を知ることによる精神ダメージをケアできる状況なら暴露してしまった方が面倒にならないという、割と度し難い理屈だ。
尚、つばめもその部分には少なからず理解を示しており、知り合いの魔法少女に情報を小出しにして本人にアイデアロールを振らせ続けるという真似をしていたりする。親子そろってロクでなしであった。
「魂魄を代表とする形而上のものを操る術に必要なものは一つ。
人間賛歌を謳う少年漫画風な言葉で、自らの持論を要約する渡の言葉は一種の真実であるとまさらは冷静に判断する。
魔法少女はわざわざ自らの固有魔法の原理に疑問など持たない。普通の人間が無意識にバランスを保ったまま動ける理由について考えないのと同じで、自らの一部となった力を当然のように受け入れている。
自分も、こころも、それぞれ全く異なる力を『魔法』の一括りで行使する。ならば、他の力を行使できると信じ込めば、できない道理はない筈だ。
とはいえ、それはつまり自分で想像できない力は取得できないということでもある。
「うちの娘とは何度か共に戦っているだろう。どう思うかな、仮に自分が同じような力を持っているというのは」
「……あまり、想像がつかないわね」
琴織つばめと五十鈴れん。
この二人はどちらも最初から魂を対象とする力を持っていて、その発展形として反魂魔術を身に着けることができた。
加賀見まさらの魔法はそんなものとは無縁であり、魂というものを操る事についてイメージを膨らませることは難しかった。
己の感情が希薄であるからこそ、自分の在り方について疑問を抱くことはない。ソウルジェムの正体に思い至っても、大して感情が揺さぶられることはなかった。
今、自分はここに生きており、それが全てである。
そんなあるがままを受け入れる姿勢は、「魂」という実態のないものを捉えるにおいては相性が悪いと言わざるを得なかった。
「大方、天乃鈴音と戦って、彼女が操る炎への対抗手段のようなものを求めていたのだろうが、私に言わせてもらえばそんな遠回りなやり方をする必要はない。君は白兵戦に特化している。そこに無理やり搦め手を交えようとしても、却って足を引っ張る結果になる」
「競う必要はないんですよ。自分の持ち味をイカせッッってことですね」
この場合の持ち味とは、当然ながら魔法のことである。
そしてつばめが無駄に張り切ったネタはスルーである。
「自分の魔法について理解を深めること。それが最も手っ取り早い手段だ。実際それで、常盤くんなどが自らの魔法に拡張性を持たせることに成功している」
常盤ななかは「敵を見破る」魔法を「敵への道筋を見出す」魔法へと発展させた。幻惑を得意とする梓みふゆは、その対象を個人ではなく世界へとすり替える神業を披露した。
他にも『隠蔽』を矢に仕掛けて不可視の攻撃を放つ、『
魔法少女の可能性は無限であり、その根底には間違いなく彼女たちが願ったもの――魂に宿した希望がある。
「自らの魔法への理解、それは即ち己が願いを見直すことでもある。――加賀見まさらくん、君は何を願って魔法少女になった?」
「……自分に願うことは無かったから、親が生きるのに困らないだけの金銭を願ったわ」
「それはまた、絶妙にアドバイスに困る願いだな」
渡は苦笑した。
たまにいるのである。魔法少女になる事自体が望みだと言う者が。
そういう場合は得てして直接的な戦闘能力の発展形だったりするのだが――彼女の場合はまた違った色を見せている。
とはいえ、彼女もまた魔法少女として契約した者。ならばその魂の奥には加賀見まさらがその魔法を手にした因果が存在する。そこを辿ればよい。
「基本、魔法少女が個別に宿す魔法というのは願った奇跡から零れ落ちた残滓のようなものだ。だが君の願いから透明化になるという魔法が生まれたというならば、それは願いの裏に秘めた想いこそが力となったのだろう」
「願いの裏に秘めた、想い」
「そうだ。重ねて問うが、ではなぜ君は自らが求めることもないのにキュゥべぇと契約した。単なる親孝行が目的だったというなら、それは身売りも同然だと説教をくれてやる」
そう言われて、まさらは自らの半生を思い返す。
幼い時より、日常に対して強い感情を抱くことができなかった。
何を見ても、何もやっても、"面白い"という単純な感想すら思い浮かばない。
それでも善悪の判断が付いたことは幸運で、そうなるだけの価値観を育めた家庭環境に恵まれたことは幸福なのだろう。
だからこそ、加賀見まさらは損得勘定と合理性で生きてきた。
これまで順風満帆な、悪く言えば特に何も起こらない日々を過ごしていき、これからもそうして粛々と人生のイベントを消化していくと思っていたある時、自分の前にあの白い獣が現れた。
人を脅かす魔女と、それと戦う魔法少女。
願いを叶える対価として、自分はその魔法少女となる。
そこにまさらは興味を覚えた。
彼女は常に求めていた。自分の退屈を掃えるものに出会うことを。
だからまさらは魔法少女となる道を選んだ。
自分が生きるのは今のつまらない世界ではなく、魔女という未知の存在と戦う世界なのではないかと思ったから。
生存本能が刺激される戦いであれば没頭できるのではないかと、柄にもなく期待をしていたのだ。
そしてそれは魔法少女になることで叶う。だからまさらは願った。
『無難な金銭』――すなわち、何の問題も無く余生を送れるほどの財産。
それはやはりこの世界において持っておくに越したことのないものであるという打算と、これまで自分を育ててくれた両親に対して、身勝手にも命を投げ捨てるような真似を行う娘からの最低限の義理でもあった。
だから、『願い』とは飽くまで手段でしかなかった。『魔法少女』という
「非日常への没頭……私は、この退屈な世界から逃れたくて、魔法少女になったわ」
「なるほど、世界からの逃避か。ならば君が透明化の魔法を握ったことにも納得が行く。透明人間というのは、現実逃避の願望を表現することにも用いられるからね」
「最近もありましたよね。透明人間のボ○ロ曲」
「……あの曲が投稿されたのは、10年以上前*3じゃなかったかしら」
「ゴフッ」
「つばめさんが血を吐いたっ!?」
何気ない一言によってインターネット廃人が傷を負ったが、それはそれ。
まさらの魔法の根底が『現実逃避』から来ていると判明したのはれっきとした進展であり、後はそこから魔法の感覚を拡げていけばいい。
「とはいえ、いきなり現実逃避をイメージとして魔法に落とし込むというのも難解な話だろう。やはりここは身近にあるものから発想を広げていくべきだな。例えばだが、粟根くんは普段どのような感覚で魔法を使っている?」
「ええと、それは自分の魔法ってことですよね? それなら……魔女の攻撃を防ぐ時には全身で踏ん張るようにして使っています。山で坂道を登る時も、脚だけじゃなくて身体で力を入れていますし、何より大事なのは体幹です」
「ありがとう。と、粟根くんの言うように、魔法少女が魔法を用いる際は普段のイメージも大きな要素になる。それを踏まえて加賀見くん。君は透明化を発動する際にどのようなイメージを思い浮かべている?」
「透明になる時……いえ、特に何も」
その問いかけにまさらは首を横に振った。
透明化を常に維持し続けることに対して、特に何かしら意識していることはない。
オンオフを切り替える程度で、自分の魔法は簡単に操作できる。
「それは魔法の制御が身体に染み付いているようで何より。では透明化を行ったまま戦う時はどうしているかな。多少は何かしら意識をしているはずだ」
「戦う、時ですか」
姿を消しているからと言って、馬鹿正直に正面から突っ込む真似をするほどまさらも無鉄砲ではない。相手の急所を狙うためのルートは探っているし、魔女がやみくもに暴れ出した時には攻撃を掻い潜れるようにしている。
如何に効率よく相手を狩るか。どうやって最短のルートで魔女の首筋に刃を突き立てられるのか。それこそが戦いにおいて何よりも優先される思考で、そのために幾つかの被弾は織り込み済。こころと出会ったことである程度は安全を考えるようにもなったが、それでも戦いにおいて最短最速は変わらず、その上でどのように敵の攻撃を潜り抜けるのかも意識して――
「
「ほう」
彼女自身、とりわけ意識していなかったことなのだが、こうして指摘されたことで顧みて見れば、自分の中にあったある経験が下地になっているのだと気がついた。
親に言われたまま始めてから、惰性で続けていたようなものだが、それでも確かに人格形成には一役買っていたらしい。
「抵抗の少ない姿勢を取って、最小の労力で前に進んで、最速でゴールまでたどり着くこと。魔法を使って戦うのは、私にとっては水に潜って泳ぐようなものです」
「ではそのイメージを膨らませてみたまえ。透明になる、というだけの発想に捉われるな。より深く、先を意識して魔法を発動するのだ。世界の裏側を覗いてみるといい」
言われるままに魔法を行使する。
深く息を吸って、水面へ飛び込むように。
そうしていつものように視界が僅かに揺らめき――変化があった。
聞こえるものが曖昧になった。見えるものが鮮明になった。
壁の向こうにある部屋の内装が見える。地下に埋め込まれた配線を把握できる。
ゲームの開発者がその世界の構造を把握するために全ての障害物を透過したような光景が、まさらの視界に飛び込んできた。
(これが……)
『どうやら一段階上に進めたようだね』
(琴織さん?)
『影を介して念話を送っている。どうかな?
(……正直なところ、こんなことができるとは思っていませんでした)
まさらの口から素直な感想が出る。
自分の魔法は姿を消すこと。それだけだと思っていたし、それで十分だと思っていた。
けれど、見方を変えるだけで全く別の世界が見えた。まさか姿を消すことを、世界からの逃避だと解釈するとは。自分一人では到底思いつかなかった。
自分の中にここまで未知の可能性が広がっていたことを知った事実は、まさらの心に衝撃を与えていた。
『君にはそれだけの素養があった。透けるも透かすも一文字違い。世界のレイヤーをさらに一枚下に潜ることなど造作もない。――では、もう一つ
(もう一つ……)
理屈ではなく、感覚で潜るという意識を向ける。潜水服のように魔力で身体を覆い、微かに感じ取れたその境界線を踏み越える。
ぞぶり、と潜り込む感触と同時に、さらに世界が変わった。
(…………これは)
それまで見えていたこころ達の姿すら曖昧になった。
霧がかったような視界の中で、確かなのは自分の姿のみ。
これが世界の裏側。物理と意識の境を越え、さらに意識と無意識の境を越えた、現実世界の下に存在する狭間の世界。
では、
それは無謀な試みだった。突如として足を踏み入れた未知の世界で、勝手もわからずにさらに先の段階を試そうとは。
だが純粋な好奇心が自制を上回り、まさらはさらに深く魔法を行使してしまった。
――――そこは暗黒だった。
光ささぬ深海のように、360度の全方位においてあらゆる色彩が重い黒に塗りつぶされた世界。
まさらは自分がどこにいるのかがわからなくなった。確かに自分は琴織家にいたはずだ。なのに、その記憶すら嘘のように実感が湧いてこない。身体と精神が分け隔てられたように、今と過去が結びつかなかった。
(みんなは?)
何も見えなくなった。
水中のような重苦しさもなく、しかして身体には氷点下のような負の冷たさが
上下左右の定義がなく、重力と無重力の区別がなく、一秒か一分かも定かではない。虚空の海の中を彼女は漂っていた。
(…………)
そうして、彼女は潜りすぎたことを悟る。
音も光もない。あらゆる刺激が消えうせた世界。
一度変身を解くべきだ。いや、そもそも今自分は変身していただろうか?
魔法を使っているのか、それとも解除した状態で放り出されたのか。
物質の世界を抜け、意識の下に潜り込んだことで、自我すら曖昧になろうとしている。
このまま思考を放棄すればどうなるのか。再び意識が浮上することはあるのだろうか。そもそも、
自己認識すら希釈されてゆく中で、まさらの脳裏にあったのは一つの懸念。
このまま自分は元に戻れなかったとき、彼女は――
(――彼女?)
ほんの一瞬、頭の中によぎった顔。
それが誰だったのか。と、疑問に思おうとして。
(え?)
少女は、心の底からすべてが消えうせるような感覚に襲われた。
『ふむ。ここまでだな』
「――ッ」
ぐい、と引っ張り上げられる感覚と同時に世界が戻る。
眼球に飛び込む光。鼓膜を揺るがす音。
当たり前の刺激が、まさらの停止した思考を再び動かす。
そうしてまさらがまず行ったことは、呼吸をすることだった。
酸素を求めた肺によって激しい呼吸が引き起こされるが、その苦しさすらも魂は求めていた。
「まさら!」
己の名を叫び、駆け寄ってくる栗色の髪を両端で輪形に結んだ少女。
彼女の顔を見て、まさらの口からは自然とその名前がこぼれた。
「こころ……」
「まさらの姿が消えて……魔力も感じられなくなって、念話も通じないし。つばめさんが
「そう…………」
こころの心配に満ちた声を聴きながら、まさらは己の手を握っては開き、その感触を確かめている。
「ほう。初めてでその深度まで潜りながら、動悸切れ程度で済んでいるとは。そこそこ強い自我を有しているようで大変結構」
「今のは、一体何だったのですか……?」
感心したように頷く渡に、まさらは変わらない無感情な瞳を向けて説明を求めた。
「君は先ほど『姿を消して』いたのではない。この世界から『消えて』いたのだよ。世界の裏、あるいは下に潜る様にね」
「消えていた?」
「その通り。物理という現実の下にある無意識の領域。こちらからでは『観測できない』領域に自身を潜り込ませる。まあ簡単に言えばトンネル効果を意図的に引き起こすようなものだが、加減を誤ると先ほどのように『落ちて』しまう。今回は私が引き上げる準備をしていたから良かったが、一人だったらそのまま終わっていただろう」
「あの、父さん、それってまさか……」
つばめはぎょっとした目で父親の顔を見た。
その発言の内容は、つまるところ自分がかつて味わった体験と同じことを目の前の少女に自分から行わせたと言っているようなもの。つばめも一歩間違えれば死を迎えていた――というか死の淵に瀕した状態で知覚し、出来ることなら二度あそこに入ることがあってほしくないと願っている領域。
「いや、彼女に教えたのはつばめが触れたのとはまた別の部分だ。重なる部分はあるが。生と死、実と虚、星と闇、あるいは現実と空想。これらの境目に触れる試みはそれぞれが異なる在り方を示しながらもその根源は同じ。加賀見くんに体験させたのは、『実と虚』の境目だよ」
「でも死にかけたんですよね?」
「まあ、場合によっては死ぬよりもひどい結末になるな」
「つまり対して変わらないじゃないですか。何してるんですか?」
「だから最初から備えておいたと言っているだろう。触りだけ教えてうっかり踏み越えられるぐらいなら、ここでしっかり教えておいたほうが安全だと考えたまでの事だ」
「え、それ私の時はしなかったじゃないですか」
「いやだってその時つばめはそこまでできるような魔法じゃなかったし、私も記憶の整理が必要だったし何より当時の状況がな……」
まったくもって申し訳なさが見られない父親の言葉に、つばめはこのロクでなしの好物を今後一週間分の夕食メニューから一品差っ引くことを決定した。
「……まあ、この人でなしの事は置いといて、大丈夫ですか? 端的に言えば力の暴発で死ぬギリギリを攻めさせられたわけなんですけど」
「ええ。一度体験してみれば、なんて事は……」
「まさら、手が……」
「手……?」
こころにそう言われて、視線を落とし、まさらは自分の手が小刻みに震えている事に気が付いた。
空調に当たり過ぎたのだろうか。確かに自分が立っていた部分は風がよく当たる位置だ。
…………いや、そうではない。
(怖かった?)
恐怖だ。何もかもを失う恐怖が、自分の心を満たしている。
「何もない」という事がどういうことなのか。本当の虚無とは何なのか。これまで満たされず、揺るぐことのなかった自分が空虚ではなかったことを思い知ることになるとは。
なんという皮肉――いや、これまで「満たされる」ものがあったにも関わらず、それを知ることができなかった因果応報か。
まさらは己の性急さを省みた。刺激という名の破滅に突き進む自分を引き留めてくれる者がいる。そんな彼女を守るためと言い訳をして、繋ぐ手を振り払った時がお互いの終わりだ。
その上で、未だ自分の心にある欠落を埋めてくれる
「その危機感を忘れることなかれ。事を急いてしまえば、待っているのは無への消失だ。そんな結末は、人としてとても見れたものではない。そうして思い出されることも無くなった愚か者たちを、いつかの私はよく見てきた」
「……琴織さんって、何者なんですか?」
「ただの魔術師だよ。少しばかり物知りな、ね」
琴織渡の本性も、そもそも魔術師と呼ばれる者たちの基準も知らない二人だったが、明らかに彼の言葉は嘘だと分かった。
「訊いても無駄ですよ。この人いっつもこんな感じではぐらかしますから。それに知っても突拍子なくて疲れるだけです」
「つばめさんのお父さんだよね?」
「子が親のことを全部知ってたら苦労しませんよ」
「あー……そうだよね」
そう肩を竦めるつばめにこころは同意した。自分の家庭とは事情が異なっても、家族間の関係は色々複雑のようだった。
「とにかく、加賀見くんの力は実体と非実体にも干渉できることを体験してもらったということが今回の肝だ。アレは人の手に余る領域だ。人間のままで使いたいのならば、先ほどの段階で言えば3つ目までだな。まずはすり抜けをものにする所から始めたまえ」
「ええ。そうさせてもらいます」
「そう焦る必要はないよ。この街で遭遇する魔女なら、その程度で十分通用するのだから。自分だけが強くなっても意味はない。踏み出しすぎた足を引き戻してくれる誰かがいるのなら、彼女たちと歩幅を合わせるべきだ。そして、彼女が行き過ぎそうになったら全力でその手を掴み取ることを躊躇ってはいけない。わかったね?」
「……え? あ、はい! わかりました!!」
そうして、ここにまた一人。
紡がれた因果によって、魔法少女が未知の可能性を拓いた。
それがこの混沌に満ちる神浜に如何なる波紋を投じ、どのような結果をもたらすのか。
少女たちを見守る賢人はその行く末に思いを馳せ、密やかに薄い笑みを浮かべた。
○加賀見まさら
隠していましたが作者の推しでしてね……
○琴織渡
バレてると思うけど銀髪とか白髪が好み
○琴織つばめ
かなりインチキした上でこの強さなので、素の実力自体は中の上程度。というか今でも異業顕現込みでやちよのギリ上程度しかないし、それでも相性がクッソ悪い。わかりやすく言うとアブソリュート・レインが回避しづらく自前の防御手段で防ぎきれないので死ぬのじゃ。
以下、裏話。
実はまどマギ、公式だと魔法と魔術の使い分けがそんなにされていない。(劇場版のパンフなどでは追加取得魔術などのステータスが確認できる。マギレコだと魔法で統一されていた気がする)
なのでまあ、本作でも割とその場その場で使い分けが発生しています。一応、『魔法』は魔法少女にしか扱えないもの、『魔術』は魔法少女が起こした奇跡が口伝やら何やらで再現できる形で広めたもの……という感じの分類は序盤の話でも語っています。この辺は初期案で型月テイストをもっと濃い目に放り込んでいた影響ですね。
”原作よりも『人の力』が強かった世界”という仮定で、根本から枝分かれしている、というか多分別の樹が偶然似た感じになってるのが本作です。