つばめちゃんは神浜の魔法少女が尊いようです   作:名無ツ草

78 / 82
『はじまりのいろは』

というわけで原作本編スタート


第七十四話 レコーディング・スタート……①【沙羅ウズメの一日】

ChapterⅠ【沙羅ウズメの一日】

 

 

 沙羅ウズメの朝は早い。

 里見家の侍女にして、マギウスの翼の頭領たる彼女は一日の始まりからして多忙であった。

 

 

 ――5:30 起床

 

 

 日が昇るかどうかの頃合いから彼女の一日は始まる。

 目を醒ました彼女は自室のベッドから起き上がり、いそいそと寝間着から普段着へと着替える。

 時折、布団の中に忍び込んでいる双樹を蹴り出すことも忘れない。

 

 

 身支度を整えた後は朝食の時間。

 副菜を作り置きにすることで手早く済ませ、主菜ができたらみふゆの寝室へと赴く。

 

 時刻は6時を回り始め、セットしていた目覚まし時計が時を告げる。

 ピリリリ、と耳障りな高音が微睡みの淵に揺蕩うみふゆの意識を浮上させる――

 

 

「梓。朝ですよ」

「う~ん、あと五分……」

 

 

 なんてことはなく。

 けたたましいアラームもなんのその。余裕で三十分以上もの惰眠に耽ろうとするみふゆ。

 しかしウズメは容赦なく布団を引っぺがした。

 

 

「いつまで寝ているんですか」

「あぁあぁぁぁあぁ~~~、ワタシのお布団さん~~~!」

「おはようございます。とっとと顔を洗って朝食を食べなさい。本日も予定通り、お嬢様をお送りしてから向かいますので、貴女は先に行ってください」

「はぁい……」

 

 

 基本的にみふゆがきちんと起きてくることは週に1日あるかないか。こうして叩き起こして強引にリビングまで追いやるのが恒例のやり取りだ。

 

 のそのそと洗面所まで歩いていくみふゆを尻目に、ウズメはてきぱきとベッドを整え始める。

 

 

 この時間帯になると双樹も目を醒まして勝手に顔を洗いに行く。

 

 

「おはようお姉さま!!」

「おはようあやせ。今日も元気ですね」

 

 

 3つ目の寝室へと入る。

 1か月ほど前までは来客用であったそのベッドで、すやすやと寝息を立てる少女。ウズメは撫でるようにゆすりながら、優しく声を掛けた。

 

 

「朝ですよ、鈴音。起きなさい」

「……ん、おはよう。つばき」

「おはようございます、鈴音。朝ごはんはできていますから、まずは顔を洗ってきてくださいね」

「うん……」

 

 

 抱き着いてくる鈴音の頭を、ウズメは微笑みと共に撫でてから朝の支度を促した。

 ここにきた当初は完全にふさぎこみ、ウズメと一緒でなければ日常生活すらままならないという有様だったが、みふゆと共にケアを行った結果、どうにかこうにか家の中で最低限の動作を行うことができるようになった。

 とはいえ、それもウズメが関わることのみで、基本的には自分にあてがわれた部屋にいることが多い。彼女が心に負った傷が癒えるには相応の時間を要するだろう。

 

 その時が来るまで、ウズメは鈴音に付き合うつもりでいた。

 勿論ウズメが最も優先するのは主人の灯花であり、そこは決して曲がりはしない。だが縋りつけるなにもかもを失った少女を見捨てることもまた、ウズメの信条に反していた。

 

 そのことをよくわかっているからこそ、灯花もウズメの家に鈴音が居座ることを渋々ながら許していた。

 鈴音は未だウズメを美琴椿と思いこみ、ウズメもそれを受け入れている。

 

 少し歪な親子関係。それが今の沙羅家の日常であった。

 

 

 

 ――6:30 朝食

 

 

 四人で食卓を囲み、共に朝食を摂る。

 

 

「この鯖、脂が乗っていておいしいですね」

「ちょうど安売りに出ていまして、やはり秋鯖は焼くに限ります」

「あ、鈴音ちゃんそこの醤油取って」

「うん」

 

 

 みふゆが舌鼓を打ち、ウズメが満足そうに頷く。

 双樹の要望に、鈴音は自分の前にあった醤油差しを手に取る。

 

 意外にも、双樹と鈴音の関係は悪くない。

 鈴音がウズメに対してスキンシップが多い事に不満を抱いていたが、なんだかんだと世話を焼いている。どうやら、妹のようなものが増えたことがまんざらでもないようだ。

 対する鈴音も、少しぎこちなさはあるものの双樹とコミュニケーションを取ろうとしている。

 

 そんな二人の関係が、ウズメは互いに善いことだと思っていた。

 

 

 

 ――7:00 出勤

 

 

「では行って参ります。昼にまた」

「はい。行ってらっしゃい」

 

 

 見送りを受け、ウズメは里見邸へと向かう。

 北養区まで車を走らせること十数分。

 里見邸へ到着したウズメは控え部屋で軽く支度を整えた後、灯花の部屋の扉を開いた。

 精密な計器。幾つものモニターを備えた最新型のデスクトップ。壁の一辺に埋め込まれた、天文学と少しの文学が収まる本棚。別の一辺には天球図のタペストリーや、狂わしい熱意を秘めたる絵画などが飾られる。

 そして天蓋付きのベッドの中に、巨大な熊のぬいぐるみと共にウズメの主はいた。

 

 

「おはようございます。お嬢様」

「んみゅう……おはよー」

 

 

 入室した従者に、里見灯花は目を擦りながら体を起こす。

 ベッドから降りた灯花はそのままウズメへと抱き着く。

 

 

「それではまずお顔を洗いになりましょう」

「連れてってー」

「わかりました」

 

 

 ウズメは灯花の脇を抱え上げ、そのまま洗面所まで運ぶ。

 顔を洗い、髪を梳き、そして服を着替えさせる。

 そして灯花が朝食を済ませた後、ウズメは灯花を黒塗りの高級車に乗せてリリアンナまでの送迎を行う。

 

 登下校時と私生活の護衛。それがウズメが灯花の従者として課せられた役目である。

 

 

 

――8:30 灯花、登校

 

 

「行ってきまーす」

「行ってらっしゃいませ、お嬢様」

 

 

 高級車から降り、手を振って校舎へ歩いていく灯花にウズメは恭しい礼儀で返す。

 

 そうして登校までを見送った後、ウズメは灯花の下校時間までのしばらくを自由時間とする。

 

 勿論、その間を惚けて過ごすことなどしない。

 まずは灯花から頼まれた機材や部品の調達、次に灯花の父への報告。

 そしてウズメが取り仕切るマギウスの翼についての各種運営。

 

 灯花の従者として、ウズメは常に主の手を煩わせることがないように働き続けているのだ。

 

 

 

 ――10:00 出勤

 

 

 ホテルフェントホープ。

 

 マギウスの翼に属する羽根の魔法少女たちも、日中は学業に勤しんでおり、ホテル内は閑散とする。

 しかし中には通学を必要としない者がおり、彼女たちのためにフェントホープは十分な生活設備を備えている。というかマギウスの幹部陣が寛ぐための施設を好き勝手に増築しているため、高級ホテルもかくやの如き充実さだ。

 

 

「ウズメ様、おはようございます!」

「おはようございます」

 

 

 すれ違い様、羽根が深く頭を下げる。

 挨拶を返しながら自らの執務室へと入れば、そこには既にみふゆと双樹がそれぞれの座布団へ座りながら待っていた。

 ウズメは二人に会釈し、自らの座布団へと腰を下ろす。目の前の長机には端末や書類。簡易本棚の他、二枚の式符が広げられていた。

 

 

「お疲れ様です、ウズメさん」

「皆は?」

「葛葉さん、宴さん共にいますよ。夜鴉さんは変わらず代理報告です」

 

 

 基本的にカラーズの面々は学校とは無縁であるため、こうして日中から活動に参加できる。唯一、夜鴉のみ学業があると申請しているため、基本的にはみふゆを経由した代理報告である。

 

 

「わかりました。梓、各々の報告を」

「はい。グリーフシードの確保状況、ウワサの管理、共に問題ありません」

 

 

 羽根たちの活動を纏めるみふゆが簡潔に報告する。

 

 

「そうですか。あやせ、そちらの成果は?」

「中級が一体と下級が三体。それから象徴の手下を四十体ぐらいルカと一緒に狩っておいたよ」

「それは素晴らしい成果です。二人とも、この調子で励んでください」

「えへへ~」

 

 

 大型魔女の討伐を主な任務とするあやせが続けて報告。満足そうなウズメの言葉に、あやせはだらしなく顔を緩めた。

 実際、今回の戦果はかなり上振れしているのだが、報告の時は大体このやり取りが交わされているため平常運転であった。

 

 

「葛葉、各地の状況は?」

 

 

 ウズメの問いに、浮かび上がった式符の片方から声。

 今この時も地下聖堂にてイヴの管理を行っている葛葉である。

 

 

『はい。はい。霊脈に異常はなく。昨日から侵入者もおりません。七海やちよは相変わらず撒き餌の噂を調査中。和泉十七夜の方もこちらへの接触はなし。鶴喰さまからも、その他の魔法少女につきましても変わらずと。平穏にございます』

「よろしい。信城、訓練の状況はどうなっていますか?」

 

 

 ウズメは頷き、次の報告を促す。

 もう片方の式神から届くのは、羽根の戦闘教導を務める宴の声。

 

 

『順調だね。新フォーメーションについても実施検証が進んでいる。これなら近いうちに実用まで漕ぎつけられる。明日までに各小隊の再編成案を送るよ』

「ええ。頼みました。それでは引き続き各々の役割を進めるように」

 

 

 その言葉で会議を締められる。

 そしてウズメは立ち上がり、執務室の奥にある襖を開く。するとそこには広々とした道場が設けられていた。ウズメは立てかけられた木刀を手に取り、一角に置かれた半割りの丸太の上に立った。

 

 

「――――」

 

 

 正面に備えられた竹造りの的を見据え、正道の構えを取る。

 そして。

 

 

「――はっ!」

 

 

 僅かな静寂の後、軽い吐息と共に凄まじい激突音が鳴り響く。

 続けざまにもう一発。音が鳴り止む間もなくさらに一発。

 静かに、そして速く。ウズメは次々と木刀を打ち振るう。

 

 正面から二百。次に右掛けに二百。左掛けに二百。

 そうして竹工房に特注で造らせた的が完全に破壊されて床に転がったことで、ウズメは構えを解いて深く息を吐いた。

 これがウズメの一日の鍛錬。その最初に行う打ち込み。

 

 

「ふぅ……」

「お姉さま、お疲れ様ー」

「ええ。あやせ、どうも――」

 

 

 気軽に労いの声を掛けてきたあやせに振り向くが、ウズメの視界に彼女の姿は無かった。

 軽く視線を動かし、上方。振り向く刹那に跳躍したあやせはその手に握った剣を落下の勢いも乗せてウズメに振り下ろした。

 

 

「そおい!」

「ふん」

 

 

 自らを脳天から唐竹割りにする斬撃を、ウズメは手に持った木刀を側面から振り当てて反らす。しかし剣を払われた勢いを利用してあやせは回転踵落としを繰り出し、ウズメは蹴り足を素早く掴み取って床に投げ落とした。

 

 

「ぎゃぷん!」

「まだまだですね。蹴りにつなげたのは評価しますが」

「ちぇー」

 

 

 頭をさすりながら起き上がるあやせが差し出したタオルを受け取って汗をぬぐうウズメ。

 あやせは替えの的を横から引っ張ってきて、ウズメから木刀を受け取った。

 

 

「というわけで2倍です。わかりましたね」

「はーい」

 

 

 そうしてバシンバシンという音を尻目に道場を出る。

 

 

 ――12:00 昼食

 

 

 水名区まで足を運び、手近な蕎麦屋へと入る。

 

 

「やあ、沙羅さん」

「どうも。今日のお勧めはございますか?」

「今日は新鮮なイカとタチウオがあるよ」

「ではそれをかけの大盛りで。そして柏と竹輪もお願いします」

「わかったよ。しかし食べるねぇ。女の子なら二つでも十分だよ」

「体力が必要な仕事ですから」

 

 

 そんな感じに昼食を済ませて、ウズメは一度自宅へと戻った。

 スマホで30分後にタイマーをセット。アイマスクを付け、椅子を倒して横になる。

 うららかな日差しが差し込む中、ゆるやかに意識を沈めていく。

 

 従者たるもの、毎日30分の仮眠は決して欠かさないのであった。

 

 

 ――14:00 地域巡回

 

 

 昼寝を済ませると、ウズメは肩慣らしに神浜の街を散策がてら巡回する。

 こうした活動は基本的に宴や夜鴉の仕事だが、それはそれとして自らの目で街を見つめることを忘れない。

 何よりウズメは好きなのだ。自らが暮らす街、平穏を享受する人々の営み。そこにあるささやかな善性に触れることが。

 

 ゆえに彼女は神浜の各地へと足を運ぶ。

 

 

「ああ、その荷物は私が持って差し上げます」

「済まないねぇウズメちゃん」

 

 

 ある時は水名区をぶらぶらと。

 自らの服を仕立てる呉服店の前を通れば、挨拶のために顔を出す。

 

 

「御免下さいませ」

「あら、沙羅さん。これはこれは」

「ええ、本日はお日柄もよく」

「みふゆの調子はどうですか?」

「問題ありませんよ。はい、こちら先週の模試の結果です」

「ふむふむ……まあ、確かに成績が向上していますね。流石は、名医たる里見の家ですね」

「私は単なる従者に過ぎませんよ。勿論、お嬢様が人に教える才能もあることはわかっておりますが、何よりも彼女自身が励んでいる証拠です。最も、家事手伝いについては容赦なく叩きませてもらっておりますが」

 

 

 時には工匠区にも足を伸ばし、懇意にする竹細工の工房に顔を出す。

 

 

「いつもお世話になっております」

「ん……? おおっ、里見さんところの! おい、誰か茶を出してやれ!!」

「いえいえお構いなく。散歩のついでに挨拶をしに来ただけですので」

「そうか? いや申し訳ない。お得意さんだっていうのにもてなしの一つもできないなんて」

「それでしたら、一層励んで作っていただければと。それが工匠の何よりの心づくしだと思っておりますので」

「はは! 相変わらず俺たち職人に嬉しい言葉を言ってくれますね」

「……それはそれとして、次の週末に中央区にて演劇の公演があるのですが、是非月咲さんをお誘いしたいと思いまして」

「ム……まあ、沙羅さんと一緒ならいいだろう。月咲をしっかり頼みます」

「分かっております」

 

 

 西と東、どちらの人間であろうと、ウズメの接し方は変わらない。

 礼儀正しくありながら気っ風の良さを感じさせる彼女の性格は、双方に良く受け入れられていた。

 

 

 ……実際のところ、これはある種の策略でもあった。

 

 神浜の魔法少女たちには東西の軋轢から生じる様々な問題を抱えた少女たちが多い。

 特に自分の直接の配下であるみふゆや、古参の白羽根である天音姉妹などはそれが顕著に出ている。

 そうした者たちの負担を軽くし、いざという時に連れ出す口実を用意しておくためにこうして常日頃から顔を売っておくことは必要なのだ。

 本音を言えば、ウズメ自身に少し思うところがあってのことでもあるのだが、彼女は決してその事を口にはしないだろう。

 

 

 ――15:30 迎え

 

 

 灯花の属する小等部が放課後となる時間。

 ウズメは時間ぴったりに車を駐め、校門前で灯花を出迎えた。

 

 

「ウズメー!」

「お疲れさまでした、お嬢様。この後はどういたしますか?」

「このまま行くよー、ねむも連れていってね」

「かしこまりました」

 

 

 主人の言葉に従い、参京院まで車を走らせて柊ねむをピックアップ。

 そして数時間ぶりにホテルフェントホープへと戻れば、同じく学業を終えた少女たちがちらほらと集まり始めており、ここからがマギウスの翼の本格的な活動が始まる時間である。

 そしてそれは、ウズメの仕事が最も多くなる時間であることを意味する。

 

 マギウスの御機嫌取り、道場に赴いて鍛錬に励む羽根たちへの教導、時折上がって来る救援要請に、羽根を呼んでの茶会。ウワサによるエネルギー蒐集計画の確認と修正、外部からやって来る不穏分子への対処の検討。運営費用の計上を行い、里見家へ報告するための書類整理。

 

 カラーズが確立されたことで仕事も明確に分散されたとはいえ、彼女が直々に行わなければならない作業は多い。 

 

 

「あのう……」

 

 

 しばらく執務室にて雑務を片付けていると、襖の向こう側から声が。

 その声から羽根の誰かが相談に来たのだろうとアタリをつけ、入室を許可した。

 

 

「どうぞ」

「す、すみません……」

 

 

 返事と共に、一人の少女が入室する。

 水名女学園の制服を着る彼女の名は七瀬ゆきか。

 階級は黒羽根だが、その実力はウズメをして光るものがあると認めており、直々に稽古をつけている羽根のうちの一人である。

 

 

「どうしました? 本日の稽古にはまだ早いはずですが」

「えっと、実はですね……」

 

 

 困った表情をしながら、七瀬ゆきかはその手に抱えていたものを見せつける。

 瞬間、ウズメの身体がピシリと硬直した。

 

 

「――は?」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「よく来てくれました、鶴喰」

 

 

 指で眉間を抑え、ウズメさんが頭を悩ませている。

 その隣ではゆきかさんが困惑の表情を露わにしており、かくいう私も目の前の光景には動揺を隠せなかった。

 

 

「あの……」

「モッキュ、モキュゥ」

 

 

 フェントホープに顔を出したら、みふゆさん経由ですぐに呼び出された。

 

 何事かと思いながらも執務室まで向かった私の目に飛び込んで来たのは、ウズメさんの膝元に乗ってすりすりと額を擦りつけている白いイキモノの姿であった。

 

 猫ではない。犬でもない。兎でも狸でもない。

 この地球上のどの哺乳類にも分類されないこの生物が何なのか、それを私は知っている。

 

 

「最近報告に上がっていた小さなキュゥべぇ、ということでいいのだな?」

「ええ。七瀬が持ってまいりました」

「は、はい。誰かを探しているようだったので、知っている方がおられないかと……」

 

 

 ゆきかさんが委縮しながらそう言う。

 この卑屈なのか余裕なのかが分からない彼女は、妙に悪運が強いと言うか、トラブルとの遭遇率が高い。

 魔女と戦う分にはありがたい部分もあるのだが、まさかこんなものまで呼び込んでしまうとは。もしや世界の敵*1なのだろうか?

 

 

「……どのように確保するべきか悩んでいましたが、まさかこうも容易く捕まるとは」

 

 

 ウズメさんは苦笑するように息を吐いた。

 この小さいキュゥべぇはかねてより羽根たちから目撃情報が上がっており、その存在を知ったマギウス……特に灯花はまるで害虫が入り込んできたかのような嫌悪感を露わにしていた。自分たちが排除した筈の存在が歩き回っているとなれば、当然のことなのだが。

 

 とはいえ、彼女たちが捜索に手を裂くほどの案件ではなく、ある種の噂話として頭の片隅に留めておく程度だったが、見慣れたキュゥべぇよりも一回りは小さいその姿はまさに幼体?(異星人の生体端末だって話だし幼体も何もないような気がするが、便宜上そう呼ぶことにする)だ。

 

 しかし、なんか妙にウズメさんに懐いているような気がする。ここに双樹がいたらどういう反応をしただろうか……容易に惨劇が想像できたので止めにする。

 

 

「いいでしょう、これは私が預かります。あなたは持ち場へ戻る様に。……それと、これは未だ不確定要素なので他言無用でお願いします。マギウスにもです」

「え、ええっ!?」

「何か?」

「いえっ、わかりました!」

 

 

 ウズメさんの目が鋭くなった途端、ゆきかさんは慌てて退室した。

 

 

「これで良し。それでは、鶴喰」

 

 

 ウズメさんは小さなキュゥべぇの首根っこを掴み上げると、抵抗する素振りも無くすんなりと手に収まる。

 そしてそれを、流れるように私に――って、え?

 

 

「そういうわけですので、お嬢様たちの目に留まることなく、迅速にここから離れた場所まで置いてくるように」

「何故私が……」

「あなたならその程度お茶の子さいさいかと。それに他の面々では信用が……いえ、少々心許ないですから」

 

 

 確かにそうだけども。

 双樹は言わずもがな。宴や葛葉は預けた途端自分たちでその秘密を解析しようとする。みふゆさんはマギウスとの距離が近いので隠しにくい。ローブの下に隠せて、かつ基地を離れても怪しまれにくい私が適任であるという自己結論に至ってしまった。

 というか、逃がしていいのかこれ?

 

 

「それと、何があるかわかりませんので、傷つけることも死なせることもまかりなりません。あくまで何事も起こらぬように、ここから引き離すこと。良いですね?」

「別に、構わないが……」

 

 

 この人がここまで念を押すのも珍しい。

 少し興味を惹かれ、この小さなキュゥべぇが一体どんなものなのか目を凝らして――

 

 

「は?」

 

 

 思わず、声が漏れた。

 小さい沙羅ウズメの一日。その中にはほんのりと小さな桃色の魂が。

 異星人の端末であるキュゥべぇには見られるはずのない、魂の輝き。

 しかもこの色合いは魔法少女の――。

 

 

「……あの、ウズメさん。これは一体」

「何を見たのかは存じませんが、余計なことを語る暇はありません。そろそろお嬢様がおやつの催促にくる頃です。とっとと行きなさい」

 

 

 と、窓を一瞥してウズメさんは退室を促してきた。

 こりゃあ、何を聞いても答えてはくれないか。

 

 指示の通りに窓を開き、枠を乗り越えて跳躍。

 そのまま異形を発動して羽ばたき、結界外まで飛んでいく。

 

 

「とは言っても、どうしたらいいんでしょうね」

「モキュ?」

 

 

 ぼやきに反応するように、外套の中で包まれた小さなキュゥべぇが小首を傾げた。

 

 

*1
某アジアンパンクなTRPGにおいて、同一エリアに留まると自動エンカウントを発生させる代償




○ウズメさんの一日
 仕事は灯花のボディガードと話し相手なのでそれ以外の時間は割と好きにやっている。
 その空いた時間でマギウスの翼を運営しつつ、里見家のマネーイズパワーで東側に金を落として、御晒樹堂のネームバリューを利用して西側に溶け込んだりしている。
 こうやって保護者を懐柔して少女たちを度々連れ出しているんですって。悪い大人だぁ

○七瀬ゆきか
 原作において、彼女が小さいキュゥべぇを拾う場面は一章の前日譚にあたる。
 つまりマギレコの始まりを担った女と言っても過言ではない。

○小さいキュゥべぇ
 モキュ。かつての我々。
 元がアレとは思えないほどに無邪気かつ健気。
 恐らくは○○○の○が入っている影響だろう。(ウズメ相手に大人しいのもそういうこと)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。