ChapterⅡ 【それは無垢なるものにて】
「――で、ここまで持ち帰ってきたと」
「はい……」
「モッキュ!」
事の経緯を説明した私に、父は呆れたように言った。
あれから色々と考えた結果、小さなキュゥべぇは結局私の家まで持ち帰ることにした。
ここ以上に自分の安全が確保されている場所など、神浜市には無いからだ。
件のナマモノは現在テーブルの上。
最初のうちはちょろちょろと室内をうろついていたが、次第に脱走を試みたので、今はクッキーで餌付けしている。
菓子を器用に両手で持ちながら小さな口をもしゃもしゃ動かしている仕草には、これがキュゥべぇと同一のデザインであるにも関わらず小動物らしい愛らしさを感じさせる。
「そろそろ状況が動く頃合いだろうと思っていたが……まさかこんなクリティカルなブツを持ち帰って来るとはな。もしや私の目に留まるところまで読んでいたか? だとすれば、想像以上の傑物だな、彼女は」
「あ、やっぱりこれクソヤバイ感じのアレですか」
案の定、ろくでもない何かを看破したらしい父。
「君が見たものと大体同じだよ。"この中に魔法少女の魂が入っていた"。なんていうものが真っ当であるはずがないだろう?」
「……やっぱり、そうなんですか」
この小さなキュゥべぇの中に収められている桃色の光。
暖かく優しい、今にも消えてしまいそうなそれは、ソウルジェムの輝きと同じ、希望に彩られた少女の魂だ。
「なんでそんなことに……というか、ウズメさんはこれ知ってたってことですよね?」
「さてな。多少の推理はできるが、それを確証に持って行ける
「アキレス腱……まあ、キュゥべぇが入り込んでいるなら、確かにそうかもしれませんね」
小さなキュゥべぇが何らかの細工によって、神浜市内で動けるようにしたインキュベーターの偵察個体である可能性は高い。自覚のないスパイ、一見して無害なものに偽装した『眼』というものは昨今の創作ではありふれたもの。そうした効果を発揮する魔法も探せばあるだろう。
魔法少女の魂を宿している、なんていったものの、それは私の幽界眼にそう映っただけの話。キュゥべぇが神浜を探るために外部の魔法少女を誘導し、魔力を込めて動かせるようにした自律ドローンが正体だという線もある。
なににせよ、キュゥべぇが関与するならばそれは間違いなく解放を阻むもの。マギウスからすれば、排除する他ないのだろうが……ウズメさんがわざわざ遠ざけたあたり、それが一番駄目なのだろう。アキレス腱、という父の表現がそれを裏付けていた。
「誰にも目撃されないようにここに持ってきた判断は正解だ。特に七海くんあたりに目撃されていたら大分マズかった。彼女も噂を聞いて気にしていたようだし、まあ間違いなく排除に動くだろう」
「やちよさん、最近はウワサのせいでピリピリしてるみたいですからね」
チーム解散以降はソロ活ではあったが、それでも何かあれば私やももこさんを頼る余裕はあった。
だがみふゆさんが
最近は街の魔法少女たちの間でも囁かれているからか、マギウスの翼にも探りを入れてきている。あの人の目を掻い潜って魔女狩りやウワサの管理ができるように羽根たちに指示を下すのも結構な重労働である。大学とモデル業で忙しいはずなのに、どうして日中もバリバリ動いていやがるのか。もう少しプライベートを優先しなさいよ。
「どこぞの誰かのせいで空回りさせられているようだからな。この前なんか大分張り詰めていたと八雲嬢から愚痴を聞かされた」
「そりゃまあ、ご愁傷さまで」
幸いにもエネルギー回収には支障が少なく済んでいるし、葛葉の提案によって作られた『単なる噂話を撒くだけ』のウワサによって今は見当違いの噂を調査中。
とはいえ、この時間稼ぎもそう長くは持たないだろう。ウワサはねむの魂を削って作られる以上、むやみに増やすことができない。これ以上のウワサが討伐されれば、『ライン越え』……即ち、カラーズによる掃討が始まる。
「このままぐるぐる回ってくれればいいんですけどね。あんまり事を荒立てたくないんで」
「個人的には孤立中の今こそ狙い目だと思うのだがね。六人がかりなら、まず勝てるだろう?」
「確かにそうですけど。だからってあの人相手に全員無傷で済むわけないですよ。まず双樹か宴さんは落とされますし、みふゆさんも乗り気にならないでしょ。音子さんほどじゃないですけど、あの人も大分ボスキャラですし……」
と、そこまで言って違和感に思い至った。
「……そういえば、音子さんって結構神浜にいないですけど、そんなにあちこちであの人を動かす案件が起こってるんですか?」
私がマギウスの翼に潜入してからは交流も消極的になっていたとはいえ、あの人は確かこの街に調査に来たのではなかったか。
最初にウワサと関わった時は所要で外していたとは聞いているが、あれからそこそこ時間が経った簒奪騎士の一件でも出払っており、後始末を対応したのは神父だった。
駐在しながら皆の相談にも乗ったりしている筈なのに、目撃情報が月に二、三回程度というのは、明らかにおかしい状況であった。
「ああ、詳細は知らなかったか。音子くんなら、ここしばらくは日本各地に発生した株分けのミラーズを潰して回っている」
「ミラーズを?」
父の口から出てきたのは、半年ほど前に倒された私たちに因縁深い魔女の名前だった。
「どうやらあの魔女、鏡を介して同じ鏡の魔女同士の結界を繋ぐ性質も持っていたようでな。別所で鏡の魔女の結界が確認されたことで、かなり広範囲に分体が散らばっていることが発覚したようだ」
「えぇ……?」
鏡の魔女は魔法少女の複製を無尽蔵に作り上げる上、中身が一面鏡張りの大迷宮となっている関係でどこから敵が来るのか分からず、対面しても本当に敵なのかの判断が遅れるというクソダンジョン。
主である魔女は直接動かないので一見して無害な性質も合わさり、好き好んで挑む魔法少女は少なくなる。そうしてちょっと放置しておけばあら不思議。中級魔女まで余裕で成長する個体がねずみ算方式で増えていくというわけだ。
……うん。確かにあの人の出動案件だわ。
倒されてもなお迷惑かけてるじゃねえか
「親元が真理を発生させうる素養を持った魔女だ。使い魔からの成長とはいえ、決して看過するわけにはいかないということだろう。とはいえ結界の性質上、並の魔法少女や聖堂騎士では踏破が困難。一番適任だろうと、神浜に駐在している音子くんに白羽の矢が立ったわけだな」
「でも、それ結局以前と変わってなくないですか?」
確かあの人、マギウスが起こしている神浜の異変の解決に来ていたはずでは。
流石に無視できない事態とはいえ、本来の目的を置いておくような人でもない気がするけど、なんてその異変に加担している分際ながら考えてみる。
「仕方あるまい。そちらにいるのはこの国における隠蔽工作のプロだ。外部から来る連中も、君たちの活躍で粛清機関の目に留まる前に叩き潰されるので彼女の耳まで入ってこない。となれば、『何故か魔女が集まっているが何事も起こらない街』よりも、『各地に出現する危険性の高い魔女』を優先するのは当然の考えだ。まあそれ以上に、きちんと彼らとの交渉に成功したことが大きいのだろうけどね」
「あー……、葛葉がそんなこと言ってましたね」
粛清機関に組織の存在を知られたことで、葛葉は迅速に陰陽寮の本部を介して、粛清機関へとマギウスの翼の活動を表明したという。
曰く、マギウスの翼は陰陽師の調査に協力する魔法少女の互助組織であり、神浜市の異変そのものとは何の関係も無い、とのこと。
その他、どんな情報が交わされたのかは私には知る由もないが、とにかくこれで教会めの干渉は当分防げますと葛葉は報告していた、ということは。
「……つまり、音子さんは意図的に遠ざけられていると?」
「そういう事になるな。とはいえ、鏡の株分け自体は討伐しなくてはならないものだし、他にも彼女を投入したい戦場はここだけではない筈だ。今はあの手この手で神浜からの引き剥がしを試みられていると見た」
「世知辛いですねぇ」
まあ、それならそれで有難いことではあるのだが。
普段は味方ゆえに滅茶苦茶頼もしいが、今の私はすっかり黒幕側。潜入という建前があるとはいえ、解放そのものに賛成している身分である以上、恐らく真正面からすべてを叩き潰してくるあの人はラスボスのような存在だった。
「で、結局こいつどうしましょうか。誰かを探しているみたいなことをゆきかさんは言ってましたけど」
「それなら私が調整屋に持っていくとしよう。八雲嬢に調べてもらえば、何かしらの情報が分かるかもしれないからな。最悪、七海くんと出くわしてもカバーができる」
「ンキュゥ……プィ……」
どうやらクッキーを平らげたようで、いつの間にか腹出して寝息を立てていやがった。
なんとなく、顔を突っついてみると、ぷにょんと指触りの良い感触が返ってきた。
「……小憎たらしい顔してますねぇ。本当にキュゥべぇなんですか?」
「朱に交われば赤くなる。それが端末だったというのなら、自我など無色も同然だろう。ある意味、一番恵まれているだろうなこ奴は」
「…………かもしれませんね」
キュゥべぇがこんな幸せの感情を浮かべることなんて、少なくとも私が見た限りでは、一度も無かった。
◇
ChapterⅢ【運命の頁を捲る音】
ウズメさんにはとりあえず、人目のつかない場所で適当に放してきたと報告しておいた。
「そうですか、急な任務ご苦労です。鶴喰」
「正直、一番対処に困ったな」
「貴方の言う通りかと」
冗談めかした発言に、ウズメさんも微かに苦笑する。
「で、そちらの彼女は? 見ない顔だが」
傍に立つ黒羽根に視線を向ける。
フードの下から覗く顔に、見覚えはない。
「新しい加入志望者ですよ。宝崎から来たとの事。黒江さん、こちらが我々の斥候隊長です」
「鶴喰だ。よろしく頼む」
「黒江、です……よろしくお願いします」
明らかに人見知りした言葉が返って来る。視認できる魔力量もそこまで強くなく、全体的に戦いに熟達していないのだろう。羽根として加入する魔法少女の八割に見られる傾向だ。
「能力は如何ほどか?」
「多少はマシ程度です。斥候部隊に配属しますので、よろしくお願いしますね」
「了解した。では着いてきて、我々用の控室がある」
新人の羽根にはまず神浜の地理をすべて覚えてもらうのが、組織のカリキュラム。
まずは人通りが少ない場所と魔女の集まりやすい場所。そしてウワサを配置している場所、他の魔法少女の行動範囲に、何かあった時の逃走経路など学ぶことは多岐に渡る。
人口三百万を越える大都市神浜。市内の魔法少女でもこれをすべて把握している者はおらず、これを組織レベルで共有している事が、マギウスの存在を隠し続けてきたと言っても過言ではない。
案内の最中、廊下の向こう側から歩いてくる羽根の一団がいた。
「やあ、御機嫌よう」
彼女たちを率いている者、白いスーツで身を固めた金髪の麗人が気さくに声を掛けてくる。同時に、周囲にいた羽根たちが一斉に頭を下げてきた。
「どうも」
「そちらの子は? 新人か」
「見ての通り、案内中だ」
「へぇ」
宴は興味深そうに黒江さんへと近づいてきて、これはまさか……。
「どれどれ、ちょっと顔をよく見せてよ」
「え? ……ひゃっ!?」
「結構可愛いじゃないか。素朴さが、また良い味を出している」
フードを覗き込むように、顔と顔が近くなる。
眼前に広がった中性的な顔に、黒江さんの顔が赤らむ。
黒羽根の中から「ずるい」とつぶやきが聞こえた。
「私は信城宴、羽根たちに戦闘を教えている。自信がなくとも大丈夫だ。私が手取り足取り、君を立派な戦士として鍛え上げてあげよう」
「え、いや、その、あの」
「……新入りはまず神楽による基礎技術の教導だ。右も左も分からないうちから唾を付けるなと、ウズメさんからも言われていただろう」
「アイスブレイクだよ。不安に駆られる可愛い子ちゃん達を、安心させてあげたいだけさ」
「こいつは只の女たらしだ。そこまで真に受けるな」
周りにいる羽根はそうやって宴に心酔しきった哀れな子羊である。
そうやってとっかえひっかえ侍らせているといつか刺されるんじゃないかと思うが、こいつの身体八割サイバネだからその程度じゃ全く意味がない。
「それじゃ、私は一足先に行ってくるよ。できるだけ早く連れてきてね♪」
「宴様、さっきのを私にもお願いします」
「あっずるい! 私だってしてもらいたいのに」
「いいよ。ほら、順番においで」
「あっ、無理、ソウルジェム浄化されりゅ……」
そうして、きゃーきゃーと黄色い声に囲まれながら宴は去っていった。
「……まあ、ああいう奴だが、軍事顧問を務めるだけあって実力はうちでも上位だ。彼女が加わってからというもの、羽根の負傷率は大幅に減った」
「…………凄い人なんですね」
「色んな意味でな。今後もそれなりに関わるだろうが、あの手連手管に引っかからないように気を付けることだ」
ほとんど親切心からの忠告である。
なにせマギウスの翼が誇る三大キジルシの一人*1だ。その上でカリスマ性があり、かつ弱者を強く動かすことに長けている。解放に縋ってきた羽根たちの中には、その極端さに惹きつけられる者も多い。
しかし、それは言わば麻薬のようなもの。一時の狂熱に浮かれるのは良い。しかしそれに浸かり続ければ、真っ当な精神では間違いなく破滅だ。
忠告をどう受け取ったかは不明だが、黒江はフードをさらに深く被っていた。
◇
――数日後。
緊急事態として、カラーズはマギウスからの招集を受けていた。
内容は、というと。
「ウワサが倒された、と?」
「はい。絶交ルールのウワサがねむ様の魔本に還っているのを確認されました」
「よりにもよってあのウワサ! エネルギーの回収効率が良かったのにー!」
「全く遺憾なことだよ。折角攪乱のウワサを創ったというのに、大事なウワサを消されてしまうなんて」
絶交階段のウワサ。あるいは絶交ルールのウワサ。
一度絶交を誓えば、その絶交は永遠となる。だが、絶交を悔いて謝罪をすれば契約を違えた罰としてその身を攫い、ウワサの奴隷として永遠に階段掃除を行わせる。
人間の絆というものはささやかな事で崩れる反面、再び結びつけば極めて強固な強さにもなる。であれば、それを半ばで立たれた時の感情の落差もひとしお。
そんなよくあるような怪談をモチーフとしたこのウワサは、マギウスの事業において重要なウワサの一つであった。
……まあ、私はあまり好きな内容じゃないけど。
なんにせよ、このウワサが落ちたことの影響はそこそこ大きい。
大きな発電所が一つ機能停止になった、といえばわかりやすいだろうか。
その性質上、地域や場所に根付かせることの多いウワサの中で、数少ない徘徊型である絶交階段はエネルギー効率が段違いだったのだ。
羽根の数は日に日に増し、エネルギーの回収状況も佳境を越えた。
このまま行けば、年が変わるまでにはイヴの羽化を達成できるという状況で、寝耳に水の報せであった。
では、誰がこのウワサを倒したのかといえば……、
「七海やちよがこのウワサを探っていた。実際、彼女の魔力がウワサの結界内で確認されている」
「ふむ。ふむ。協力者は如何に? かのウワサは連携を図らねば倒れぬ怪異です。いくら七海やちよが強力な魔法少女とはいえ、相応に成長したウワサを単独で倒せたわけではないでしょう?」
「ああ。他には十咎ももこ。水波レナ。安名メル……交流のあった魔法少女たちが関わっているな」
「…………」
つらつらと顔なじみの名前を挙げていく。
ものの見事に不安が的中してしまった。やはりというか、みふゆさんも少し表情が沈んでいる。
事の次第を語れば、レナちゃんとかえでちゃんがいつものように喧嘩を行い、その中で絶交を口にしてしまい、先に仲直りをしようとしたかえでちゃんがウワサに拉致された。そして彼女を取り戻すために、ももこさんを筆頭にした魔法少女たちがウワサに挑んで討伐したのだ。
魔法少女がウワサに巻き込まれた時は大体ウワサが解決されている。
それなら魔法少女だけをウワサの対象外にすれば察知される危険性も下がるのではと思われるが、そんな初期案で浮かび上がるリスクをこの天才たちが放置するかと考えれば、そんな都合の良い話はないということだろう。
「それともう一人、見慣れぬ魔法少女が同伴していた」
「何者ですか?」
「環いろはという、宝崎市からの魔法少女だ。先日加入した黒羽根から、その素性を確認できている」
「誰それー?」
「……七海やちよとの関係性は?」
「今のところは無い。が、ここしばらくは神浜市へと頻繁に通っているらしい」
環いろは。桃色の髪。同じ宝崎市出身の黒江とは、同じ学校で時々魔女退治を共にする関係だったという。
性格は優しく、穏やか。魔法系統は治癒。神浜の外の魔女なら戦える程度の実力。
THE 普通と評価で、私から見ても特筆するところは何もない。絵に描いたような一般魔法少女という存在だが、ただ一点だけ、注意を払うべき要素があった。
(((例の小さいキュゥべぇだが、どうやら彼女と行動を共にするようになったらしい)))
(((…………そうですか。誰か一人の下にいるのなら、それで問題ありません)))
あからさまに考え込んでいる。
マギウスにすら捕獲を秘匿するべしと判断した厄ネタが、神浜外のぺーぺーな魔法少女と一緒ではどうなるかわかったもんじゃないのだが。本当に問題が無いのだろうか??
……まあ、どうも押し付けたのは父さんなので、そこのところの判断は間違いはないのだろうが。
「ふーん。ウワサを調べているんだったらめんどーだよねー」
「どうする? 措置が必要なら、すぐにでも向かってやるが」
「最初に摘みに行くなら私たちの出番だよねー?」
宴が拳と掌を合わせて闘志を表し、双樹が伸びをして関節を鳴らす。
向けられた好戦的な二つの視線に、ウズメさんは僅かに思案する素振りを見せた。
「いえ、早急でしょう。少なくとも、我々と明確に敵対する意図は確認できません。今はまだ、静観の構えで良いかと」
それはマギウスの翼のトップとして、カラーズの長としては日和見に過ぎる判断だ。
これまでの武勇を知る身からすれば、慎重を越えた及び腰である。
だが、その意図は理解できる。
彼女もまた、あまり戦いたくはないのだろう。ウズメさんは一度刃向かった者には容赦のない人ではあるが、それはそれとして、根幹にある信条は『善』の側だ。
ヒトならざる怪物や、人道に反する魔術師であれば躊躇いなく判断を下す。
しかしやちよさんはあくまで人を害するからこそウワサを排除しているだけであり、そこをきちんと理解しているからこそ、ウズメさんも容易に剣を取ろうとはしないのだろう。
そこに異論はない。如何にカラーズが精鋭部隊とはいえ、指折りの実力者を相手に完勝は難しい。勿論、多少の損害は織り込み済みなのだが、現在は他に戦線を構えており、そこから一人でも離脱するには避けたい事情があった。
「りょうかーい」
「ええ、ええ。異常事態の一つ二つ程度は想定内でなくては」
「だが、実際どうする? 少なくとも、七海やちよと周囲の魔法少女はウワサを害あるものと見なしている。このまま彼女たちが次のウワサを討伐する様子を黙って見届けてから行動するつもりかね?」
宴の意見も間違いではない。ウワサを倒されたままという状況を放置し続ければ羽根たちに示しがつかず、マギウスもいい顔はしないだろう。
「あなたの懸念は最も。しかし我々と彼女たちの間にあるのは因縁や利害ではなく単なる誤解です。秘匿せねばならぬ段階を越えた今、彼女たちを説得してこちら側に引き込む選択もありますが……」
そう言ってウズメさんが目配せを行うも、みふゆさんが首を横に振った。
「無理でしょう。やっちゃんは良くも悪くも、自分の正しさに忠実な人です。例え神浜中の魔法少女がマギウスに賛同したとしても、たった一人で立ち向かってくる筈です」
「それは愚直な正義感、というやつかな?」
「いえ……魔法少女として戦った七年間。七海やちよが取りこぼしてきたすべてが、許さないということです」
――七海やちよは、正義の魔法少女である。
己が願いを叶えた対価として、その生涯を戦いに費やすことを覚悟している。
自らの死を厭わず、邪悪を憎み、魔女を倒すその在り方は、まさに『
たとえ『魔法少女を救う』という大義があり、ドッペルという形で実現していたとしても。
彼女は決して、ウワサなど胡乱な存在を広めているマギウスの存在を許容しないだろう。
なぜならそれは、裏切りだからだ。
願いを叶える資格のない者への、
生き残るために切り捨てた弱者への、
差し伸べることが叶わずに、目の前で斃れていく犠牲者への、
これまでに積み重ねてきた全てが、七年という歳月を生き延びた猛者の背中にのしかかっている。
であれば、少なからず無辜の人々を糧とするウワサを許すことは、
それによって成し遂げられる解放を享受することは、
即ちこれまでの全てを否定するに等しい行いであり。
戦いの道を降りる選択肢は、七海やちよに存在しない。
「己が歩んできた道そのものに縛られているとは、孤高ゆえの悲哀とでも言うべきかね」
それを聞いた宴の言葉には、嘲笑の色が隠れていなかった。
「しかし、それなら猶更早急に制圧するべきだと思うけどね。ヤサは押さえてあるんだから、とっとと殴り込みに行けばいいじゃないか」
「それをやったら大事になるって言ってるんですよ。七海やちよは粛清機関の神父とは顔役として互いに懇意になさっている。こちら側から仕掛ければ介入の口実を与えるも同然です」
「…………我々が目下の警戒対象とするのはイヴを探ろうとする魔術結社だ。一人でしかない七海やちよと、集団で暗躍する魔術師。脅威であるのはどちらかという話だろう」
好戦性を収めていない宴に、私はウズメさんの判断を捕捉した。
最も、それを理解した上での揶揄であることは明白であるのだが。しっかり釘を刺しておかないと。
「分かってるさ。しかし大事の前の小事とも言う。かかりきりになって、ベテランの相手を羽根たちだけに任せるというのも、ねぇ」
「別にお姉さまが放っておいていいって言ってるんだからいいでしょ。色々言って、自分が暴れたいだけじゃないのー?」
「じゃあ総統が潰せと言ったら?」
「勿論私たちが一番最初に行くに決まってるでしょ!」
「血気盛んなのは良いですが、その後始末をやるのは私だということをお忘れなく……」
議論は平行線で進む中、提案を出したのはみふゆさんだ。
「要するに、やっちゃんを無力化できればいいんですよね? であればひとつ、ワタシに考えがあります」
「ふむ、申してみなさい」
「罠を張りましょう。最初から彼女を盤上から排除するためのウワサを作って、誘い込むんです」
「なるほど。うわさを追いかけているのなら、それ自体を罠にする。こちら側から仕掛けるよりも、リスクは低いかもしれないね」
「…………ウワサを、ですか」
事も無げに意図を理解したねむとは対照的に、ウズメさんは難色を示していた。
さもありなん。ウワサの創造はねむの魂の一部を材料にして行われる。それは魔力の消耗とは異なる、ソウルジェムを削っているも同然の不可逆の損失。
「構わないよ」
「……よろしいのですか?」
「君たちはよく働いてくれている。それに比べれば希望の一つや二つ、叶えるぐらいは造作もないことだよ。それに、僕もこれが一番確実な方法だと思うからね。灯花も、文句は無いかな?」
「いいよー! わたくし的にはウズメにやっつけてもらえば良いと思ってたけど、ウワサならエネルギーの回収にも使えるから、ベテランさんが生んだ損失を自分で補ってもらえるもんねー!」
「御厚恩を賜り、深く痛み入ります」
常より深々と頭を下げるウズメさんを、それはいいよとねむが手で制してから。
「ただし、内容については僕に任せてくれるかな? あれこれと編集のような真似をされたら筆が乗らないから」
と、付け加えた。
なんだか実感が籠ってる言いぶりであった。
「問題ありません。ワタシからの要求はやっちゃんを無力化するという一点だけです」
「そうかい。それじゃあ次に決めておくべきところは……場所だね。ウワサは適した場所に置く必要がある。それが強力な霊地なら特に良い。あのベテランを引き留めるなら、みふゆに対する未練を利用するのが効果的だろうから……神社がいいかな」
「それならば、私めに一つご提案が」
ねむの言葉に、葛葉が申し出た。
「何処かいい場所を知っているみたいだね」
「水名神社でございます。あそこは神浜でもひと際大きな霊地。設えるウワサも強力なものとなりましょう」
「なるほど……うん、うん。確かに、その条件で良いウワサが書けそうだよ。あのあたりにはその手の伝承も多いし、親和性は高い筈だ」
満足げな表情をするねむの手に持つ本にウワサがしたためられていく。
そうして完成したウワサの内容を聞いて、ひっそり「うわあ」と声が出た。プロファイリングからガンメタ張られるとか、一体何をすればこうなるんだろうか。自分の実力に飽かしてウワサを片っ端から排除したからですね。
「ひとまず、七海やちよの件についてはこれで良しとします。さて、もう一つの件についてですが」
「魔術結社の件についてだな。街中の監視を拡げているが、今のところ怪しい動きは見られない」
「同じく。こちらへの干渉痕跡は見つかりませぬ。当然、これは全くの無事であるという保証の言葉ではありません。実際、僅かながら不穏な揺らぎを観測しております故に、既に工作員が潜り込んでいるかと」
「その根本は特定しているのですか?」
「未だ分からず……というよりは、逆探知したものの座標が消失しておりまして」
「消失ですと?」
「手口については幾らか推測がつきまする。魔女の結界内から干渉を行い、速やかに結界の主を葬ることで痕跡を抹消したのでしょう」
ウワサそのものであるこのフェントホープと同一軸に位置する魔女結界ならば、表側の監視を掻い潜ってこちら側に干渉を行える。木を隠すなら森の中……魔女が犇めく中であれば確かにそれは効果的である。
「しかし魔女を隠れ蓑に使い潰せるとなると……やはり魔法少女が候補に挙がりますか」
「間違いなくいますでしょうねぇ。今日日、ちゃんとした組織が魔法少女を抱えていないということはありえません」
「奴らが向こうで
「はい。抗争に敗れた三流どもではなく、今なお勢力を誇る結社が、本格的にこちら側への攻撃を行い始めたのかと」
結構な数の結社を叩き潰してきたが、それらはいずれも二流の弱小組織。今も粛清機関と睨み合うように強い勢力を持った結社からの刺客は未だ現れておらず、彼らからすれば神浜という外国の一都市など、胡乱な噂話と見なしている……というのは楽観的過ぎる話だろう。
「なるほど。これは面白くなってきた。いよいよもって、本格的な抗争が始まるかもしれないとはね」
「欲求不満が収まって良かったじゃん。最近、節操なく羽根に手ぇ出してるぐらいだしー?」
「そういう君も、だいぶ昂っているみたいだけど」
「それは勿論。狩りではなく摘み取りこそ、私たちの本領発揮ですから」
キュイキュイと駆動音を鳴らしてみせる宴と、剣を支えにくるくると回る双樹。
最前線を務める二人にとっては、自分の存在意義を存分に主張できると言う事だろう。
「お二方の期待はともかく、最近は外様の魔法少女がより増えております。必然、我らを嗅ぎまわる輩も増える事かと」
「そういうわけだから! これからはもーっと頑張ること!! ベテランさんや余所者が邪魔してくるようなら、全力で叩き潰しちゃってね!!」
「うん。そういう言葉はまず総統から離れて言うべきだな」
ウズメさんに撫でられながらドヤ顔で言われてもな。というかウズメさんも止めなさいよ。
まあ、この人が親馬鹿ならぬ従者馬鹿であることはこの場にいる皆どころか、マギウスの翼に属する少女なら周知の事実であるが。
こうした人間臭い一面を隠さずにいるところも、一種の魅力として働いているのだろう。
「魔法少女解放計画は佳境に入っています。くれぐれも厳戒態勢で取り掛かる様に」
以上、との言葉で緊急会議は締めくくられた。
◇
「今日のおやつはー?」
「和三盆を使ったロールケーキでございます」
「今話題になってるあの店だね。むふ、お手柄だよ」
「恐縮でございます」
和気あいあいと、主従は会話を交わす。
その、最中に。
(((……そうですか、貴女もやってきたのですね)))
顔色一つ変えることなく、沙羅ウズメは一人の少女に思いを馳せていた。
その少女は神浜を訪れ、ウワサを探る魔法少女と出会い、運命に導かれた。
まるで最初から決まっていたかのように、すべての出来事が彼女を中心に動き始めていることを、ウズメだけが知っている。
(((これも因果……いえ、血の繋がりが紡いだものという事でしょうか)))
従者は反芻する。
片時も忘れたことのない、その名前を。
(((――
○環いろは
通算79話目でやっと出てきたマギレコ主人公。
○紺染音子
Q.なんでこの人シーズン2の間出てないの?
A.株分けのミラーズを討伐するために日本各地を飛び回っています。そろそろ帰って来るよ
つばめ視点で話を進めている関係上、この人が場面に映ることが少ないという
○マギウス暗黒円卓会議
ぶっちゃけ、こういうのがやりたくてカラーズ編考えたところあります。
やっちゃんは正面から挑んでも搦め手仕掛けても絶対ただでは済まないので放っておけるうちは放っておきたいという方針。
次回はいろはちゃん側の描写回です。カラーズ編の後半は、いろはちゃん達の原作フェイズとマギウスフェイズを半々の塩梅でやっていきたいなと現時点では考えております。