つばめちゃんは神浜の魔法少女が尊いようです   作:名無ツ草

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『粛清の断罪者たち』

つばめちゃんのイラストを更新したので目次を見てあげてください
絵の方に時間取ってるから小説書けてないって……?


まあまあ、つばめちゃん可愛いでしょ


第七十八話 ジャッジメント・パニッシャーズ……①【聖堂騎士の帰還】

ChapterⅠ【聖堂騎士の帰還】

 

 

 

 ――水名教会。

 

 人払いの為された内部で、神父――紺染福詠は目の前の人物に労いの言葉をかけた。

 

 

「ご苦労だった、聖堂騎士・紺染音子。君の働きによって、日本各地にて存在が確認されていた鏡の魔女の分体は殲滅された。先の騒乱から続く災いの種はひとまず摘み取られたということになる」

「ありがとうございます」

 

 

 恭しく頭を下げた騎士――紺染音子は、神浜に派遣された聖堂騎士だったが、今回の緊急事態によって日本各地を飛び回っていた。

 神浜、ひいては世界を脅かしうる存在であった鏡の魔女は音子の手で討伐された。だがその使い魔が成長した分体――『株分け』と呼称される存在は鏡の結界を通じて各地へと転移していたのだ。

 鏡の一部には互いを繋ぐワープゲートのような機能があり、基本的には親元である魔女の結界と通じていたのだが、それが潰れたことで分体が独立、各地に根を張って成長を始めていたと各地に駐在する構成員から報告が挙げられた。

 神浜以外に駐在する監督官が務めるのは魔法少女たちの仲裁であり、魔女の討伐を問題なくこなせる相手ではない。さりとて現地の魔法少女に上級魔女を相手にさせるのも荷が重い。ということで、実力者でありかつ同じ鏡の魔女の討伐経験のある音子が出動することとなった。

 

 幸いなのは、海外にまで鏡の魔女の分体が及んでなかったことだろう。数か月にも及んだ征伐を終えた音子は、本来の任務である神浜市の異変の調査に戻るのが筋。だがしかしと、神父は言葉を続ける。

 

 

「聞いているだろうが、君には一度本部へと帰還し、発掘局に検体(サンプル)を引き渡すよう指示が出ている。突発的な災厄級魔女の出現という異例の事態に対し、状況を詳しく分析する必要があるというのが向こう側の見解だ」

「――お言葉ですが、神父。私がここに派遣された役目は神浜市に生じた異変の調査と魔法少女たちの監査です。緊急事態故に離れていましたが、その任務は今も続いている筈。万瞳院(アルゴス)が観測した異変の詳細を把握できていない以上、神浜を放棄することはできません」

 

 

 災厄級に誕生した魔女の発生と討伐。これだけでも一地方に起こった異変としては十分な出来事なのだが、あくまでこれは調査過程で発覚した副次的な出来事。元々の原因である神浜に魔女が集まる異変の原因の究明には至っていない。

 だというのに、粛清機関本部からは一時帰還の指示が出ている。明確な作為が感じられる状況に、音子は抗議の声を上げた。

 

 

「……これは本部からの正式な通達だ。こちら側で目立った動きが見られず、現地の魔法少女たちでも魔女の対処が敵う以上、現状維持で問題なしと判断が下った」

「その名目で私を日本から引き離すつもり、と。発掘局がさらに横やりでも入れてきましたか? 鏡の魔女だけでも十分な収穫と言えるでしょうに。我々を使い走りか何かと勘違いしているのではないですか」

「確かに連中の強欲ぶりは筋金入りだが……まあ、いつもの内輪揉めでは済めばそれでよかったのだが。実態は君が懸念する以上に面倒なことになっている」

 

 

 自組織への悪態を遠慮なく吐き出す音子に、神父は表情を変えることなく同意する。

 しかし、これが彼の一存で決められる話ではなくなっていることも事実。

 

 

「君が鏡の魔女の分体を討伐に赴いたことは偶発的な事態であり、実際は今回の異変とは無関係だ。しかし結果として本部の注意を神浜から逸らし、この異変に対して独自に動いていた彼らの専横を許すことになった」

「彼ら? ……まさか」

「ああ。陰陽寮は我々に先んじてこの地の調査に出向いていた」

 

 

 日本の神秘集団の名前を聞いて、音子の眉間がさらに皺寄る。

 粛清機関と陰陽寮。両者は同じく国の平穏を担う立場とはいえ、決して良好とは言えない関係だ。

 政治・宗教・経済。ありとあらゆる利権の衝突を折衷した結果、現在は穏当な状況を続けているが、このような大事件となれば互いの領分に踏み入ることとなる。

 

 

「彼らは何と?」

「『神浜は我らが管理する霊地也。怪異の掃討は兎も角、霊脈の変化については我々の管轄。そこで如何なる神儀が行われようとそちらの関与する余地はなし』、とな」

 

 

 神儀――その言葉が意味するモノについて、音子も既に知っている。

 

 

「ドッペル、そして……マギウスの翼」

「そうだ。ソウルジェムに蓄積する穢れが閾値を越えた際、本来なら魔法少女が魔女へと変成するプロセスに割り込み、穢れのみを抽出して一時的な魔女体を形成し、霧散させる。結果、ソウルジェムはグリーフシードには成らず浄化される。この街においてのみ起こり得る現象は、この地の魔法少女たちが秘密裏に講じたものだろう」

 

 

 ドッペル・ウィッチ。

 神浜内にいる魔法少女に発生するその現象は、粛清機関も既に把握している。

 

 魔女化の破却。過去、幾度となくその試みは講じられ、時には実行に移され、そして悲劇を生んできた。

 

 有史以前、それこそ人類が文明の芽を出したその時より魔法少女と魔女の因果は人類史に根付いている。人類は希望を束ねて発展を続け、それと同時に希望を抱いた少女たちの骸から生じた呪いが世界を蝕む。

 この仕組みを除去するということは、即ち世界そのものを作り替えるに等しく。それが如何なる難行であるかは、これまでの歴史を紐解けば一目瞭然だ。

 

 

 ゆえに、それがほんの一都市とは言え、実現したという事実は魔術社会に激震を走らせた。

 

 これらの断片を知った者たちの反応は様々だった。自分たちの悲願に近づく僥倖だと持ち上げる者。新たな災厄の兆しだと危惧する者。成立した時に発生する表社会への影響を憂慮する者。真相はともかく、その内側に興味がある者。

 数多の思惑が渦巻き合い、互いに牽制しあうことで魔術社会は「傍観」に等しい状況となり、聖堂騎士が独断で動くことを封じ込める。マギウスの翼に助力する陰陽師の目論見は、この膠着状態を生み出すことだった。

 

 

「陰陽寮の目的は十中八九、そのドッペルの主導権を自分たちの手に握ること。そこに我々が介入できる余地はない。マギウスの翼は魔法少女の互助組織。凶暴化した魔女との戦いに適応できない者が生存するための集まりであり、この異変の原因とは無関係だと()()()()主張している。律儀に陰陽寮の連名付きで表明を出してきた以上、むやみやたらにつつくのは難しい」

「……何か口実がなければ、ですか」

 

 

 音子の呟きを神父は首肯する。

 マギウスの翼は所詮、一都市の魔法少女の集まりに過ぎない。それだけなら粛清機関が適当な名目をつけて如何様にもできただろう。だが陰陽寮が後ろ盾となった以上はそうもいかない。

 ここから聖堂騎士として動くためには、彼女らが市民の命を犠牲にするような方法で自分たちの生存を図っているという証拠、あるいは上級魔女の出現や大規模な魔法の露呈など、人界の秩序を崩壊させる事態を確認しなくてはならない。

 

 しかし、そのためにはどのみち本部へと戻る必要がある。組織としての都合もあるが、何より自らの師から見解を仰ぐべきだろうという音子自身の判断だ。

 だが、その間に状況はどれだけ動く? この異変の裏で手を引く者たちの真意も分からぬままに、傍観を強いられるというのは……。

 

 そんな逡巡を見透かしたように、神父は口を開く。

 

 

「とはいえ、君が本部へ赴くには数日の猶予がある。その間、君がこの地で本来の務めを果たす分には私は何も言わん。この数か月でどのような変化が起こったのか君自身の目で確認し、魔法少女たちと交流して判断したまえ。その結果として、君が『応援を呼ぶべし』と判断したのなら……それは現場での裁量の範疇に当たるだろう」

「なるほど。それは道理です」

 

 

 意地の悪そうな声色で語る神父に、音子も僅かに口角を上げてほほ笑んだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「そうだ。もののついでに、(チュン)くんに会ってくれないか」

美雨(メイユイ)に?」

「ああ。彼女の組織に少々頼んでいたものがあってな。結果が来たと連絡があった。元々君を経由して本部に知らせるべきものだ、そのまま君が受け取ってほしい」

 

 

 

「……と請け合いましたが、どこで落ち合うかが分かっていませんでしたね」

 

 

 さらに都合の悪いことに、音子は組織外の魔法少女とは連絡先を交換していない。寂しい話だが、粛清機関の精鋭ともなれば、交遊関係一つとっても要らぬ厄介ごとを招く。直接的な繋がり以外を断つ以上のセキュリティはない。

 

 仕方がないので、その辺りの魔法少女たちから行方を聞くついでに神浜の状況を聞き込むことにした。

 

 自分が空けていた数か月間でどのような変化が起こっているかは、当人たちが一番よく知っている。件のマギウスの翼とやらは表立った活動をしていないということだが、暗躍の断片は他の魔法少女たちにもある程度伝わっているだろう。神父と密に連絡を取る七海やちよよりも、深く入り組んだ話を得られるかもしれない。

 

 というわけで、手近な参京区の相談所まで足を運んでみる。確か美雨やつばめたちもよく顔を出している場所だ。何かしら連絡を取れるだろう。と、そこには予想通り複数人の少女たちがたむろしていた。

 

 

「失礼いたします」

「おお~! メロ先輩*1じゃん! ()()!!」

「メ……? おっと、紺染さんか。戻ってきていたんだな」

「お久しぶりですね。木崎さん、都さん。ええ、少々立て込んでいた仕事が片付きましたので」

 

 

 もう一人の弟子でも付けなかった奇妙なあだ名で呼んだ木崎絵美里の言葉に、都ひなのも気づいて挨拶を返す。

 都は神浜市中央区域の魔法少女たちのまとめ役。共通の知り合いがいることもあり、監督役として派遣されたばかりの頃からよく情報交換を行う間柄だった。

 

 で、

 

 

「ご無沙汰しております。音子さん!!」

「音子さん、お久しぶりです!」

 

 

 竜城明日香が礼儀正しく挨拶をする横で、美凪ささらが90度もの最敬礼を繰り出して誰よりも威勢よい挨拶をしていた。

 

 

「……お二人も、励んでいるようですね」

「はい!! この美凪ささら、貴女から教わった守護の誓いを胸に、人々を護る騎士として戦っております!!」

「ささらっち、メロ先輩に弟子入りしたのかな?」

「ファンが推しの前で興奮してるだけだろ」

 

 

 紺染音子は有名だ。理由は様々にあるが、一因として各地で活動を行う彼女の存在を、キュゥべぇが音子の情報を意図的に流布していることが挙げられる。

 

 魔法少女が何らかの問題を起こして音子に粛清されていく、というのはキュゥべぇにとっては都合が悪い。

 また、英雄的な魔法少女の存在があれば、魔法少女たちの士気が上がりやすいということを経験として知っている。いわば一種の広告塔として、キュゥべぇは音子を利用しているのだ。

 

 キュゥべぇが自分をいいように扱っていることを、音子は決して快く思っているわけではない。だがそれはそれとして魔女退治に精を出し、正しい志を持つ魔法少女が増えるならとやかく言う理由はないだけである。どの道、粛清機関とインキュベーターは互いを都合よく扱っている間柄だ。ならば都合の良い部分をいちいち気にする必要もなく、結果として現在に至るまで音子は魔法少女たちの間でその勇名を馳せることとなった。

 

 

 悪を許さぬ正義の魔法少女。大魔女を滅ぼした英雄。難攻不落を誇る聖堂騎士。

 そんな肩書は自分が魔女と戦う『正義』であるということに強いアイデンティティを持つ魔法少女たちのカリスマ的存在であった。

 

 そして、カリスマ的な魔法少女にはこういう"推し勢"が往々にして現れる。

 神浜の平和を守る『騎士』を自認する美凪ささらにとっては、紺染音子とはまさに理想の存在がそのままに現実に出力されたようなもの。ガチ推しにならないわけがない。

 

 音子がささらに与えた指南も、他の魔法少女と大して差はない内容――つまり全力でボコボコにした上で改善点を示すという荒療治――であったが、彼女にとっては値千金の薫陶になったらしい。

 

 

「それで、一体何の用だ?」

「ただの世間話ですよ。そこそこ長く空けていましたからね。私がいない間、この街で何か変わったことなどはありましたか?」

「変わったことか……それなら、最近、黒いローブを着た奴らが増えてきてるな」

「そそ。この前、あーしが声掛けたらびゅーんと逃げていっちゃった」

 

 

 ひなの達が言っているのは、マギウスの翼の下部構成員である黒羽根と呼ばれる者たちの事だろう。着実に勢力を拡大しているという話だが、目の前の彼女達とは関わりを持っていない――むしろ距離を置いて警戒しているようだ。

 詳しい話を聞けば、知り合いの魔法少女たちも同様に黒いローブの集団を見たことがある。複数人で魔女狩りに挑んでいた。自分たちの顔を見ると一目散に逃げて、追いかけても少しすれば見失ってしまう。などと、どれも目撃情報の域を出ることはなかった。

 

 

(地域のリーダー……それと関わりの深い子たちを警戒しているのでしょうか)

 

 

 何にせよ、部外者に実態を掴ませない程度には暗躍しているらしい。

 勿論、目の前の彼女たちが情報を渡さないようにブラフを張っている可能性もあるが、少なくとも会話中の所作に嘘が含むものは混ざっていないと音子は判断した。

 

 

「その集団をどの辺りで見かけたとかは覚えていますか?」

「まあ、ここにいる奴らは西の連中だし、見た場所といっても、そんな変わった場所でもないよな」

「路地裏とか……廃ビルとか、河川敷とか!」

 

 

 それを変わった場所と言わないのは魔法少女だけである。

 

 

「つまりいつものパトロールの最中に見かけた、ぐらいなんですよね……力になれず、申し訳ありません」

「アタシの後輩から聞いたのも、似たような感じの話だよ。もっと詳しいことは、多分アイツが知ってるんだろうが……」

「バーミー、あんまり来なくなったよねー」

「つばめが?」

「ええ。つばめさん最近顔を見せないんですよ。二日に一回ぐらいは顔を出してきてたんですが、最近は週に一回とかになってまして」

「まあそれだけなら気にすることでもないんだが、どうやら常盤ななかのところでも不在が目立っているらしくてな……」

「なるほど……彼女のチームですか」

 

 

 契約時からつばめが面倒を見ている相手だという魔法少女たちを思い出す。中には音子が個人的な付き合いのある魔法少女も加わっており、中々見どころのあるチームだ。

 あの入れ込みようからするに、おそらく故郷の友人と同じぐらいには大事な存在になっているのだろう。そんな彼女たち相手にまで、挙動が不審になり始めているのだと言う。

 

 ……間違いなく、面倒事が起こっている。

 この街を覆う異変、それに彼女は何かしらの形で関わり、暗躍していると音子は推察する。

 

 

 というか、自分がその手この手の諜報とか立ち回りとかをやらせてきた。

 

 

 七枝市で出会ってからおよそ一年間、音子は琴織つばめと冨野美緒の二人を自らの活動によくよく付き合わせてきた。

 

 市外に連れ出して、格上の魔女と戦うための情報収集を叩き込んだり。

 市内で新しく契約した魔法少女たちの素行調査をさせたり。

 挙句には、複数の魔女を喰らい合わせ続けて作り上げた上級魔女を使役しようと目論むはぐれ魔術師を討伐する任務にも同行させた。

 

 であれば、此度の異変も自発的に動いているだろう。

 事件の渦中に首を突っ込み、中々抜け出せなくなっているという処が妥当な線か。

 

 

「わかりました。では美雨を尋ねるとしましょう。どなたか連絡を取ることは可能でしょうか」

「チュンチュン? オッケー」

「行動が早い」

「多分神浜のほとんどと連絡先交換してるからなコイツ」

 

 

 つばめが作成した神浜魔法少女の集合チャットルーム*2を最も埋めている女、それが木崎絵美里である。

 

 

 

「あれ。繋がんなくね?」

「何だと? それなら直接メッセージで……既読がつかないな」

「……あきらも出ないね」

 

 

 各々が連絡手段を試すも空ぶったところで、ささらがポンと手を叩いた。

 

 

「そういえば、五人で魔女退治のパトロールに行くって聞いてたような」

「てことは、魔女の結界か」

 

 

 魔女の結界内では通常の電子機器が通じない。ソウルジェムを介したテレパシーであれば通じるが、流石に距離の問題がある。

 となれば。

 

 

「なるほど、それなら話は簡単です」

「……一応聞くが、何をするつもりなんだ?」

「決まっているでしょう」

 

 

 至極当然という顔で、音子は言った。

 

 

「魔女狩りです」

 

 

 即ち、虱潰しである。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「セイッ!」

「/×/!?」

 

 

 聖なる障壁を足元より生成し、そのまま自らを射出する勢いから繰り出される鋭角軌道の跳び蹴り。立ち耳の魔女が伸ばしてきた耳を瞬く間に飛び越えてきたその威力は、一撃で粉微塵となった魔女の頭部が物語っていた。

 

 結界突入から五分。走りながら侵入した速度を落とすことなく、向かってくる使い魔をすべて殴り倒しながらの一直線クリアである。

 飛び出したグリーフシードを掴み取り、そのまま近くの反応を目指して駆け抜ける。

 

 このような通り魔行為を続けて早数十分。通り掛けに斃した魔女の数も片手の指を越えた頃、音子の魔力感知に覚えのある魔力が引っかかった。

 

 

「ふむ……どうやらアタリですか」

 

 

 間もなく見えてきた次の結界へと突入すると、そこではお目当ての少女たちが戦闘を行っていた。

 周囲を駆け巡る少女たちを叩き潰さんと魔女は巨躯を振るう。その真下で紫色の外套が翻り、十字槍の斬光が瞬く。

 

 

「どりゃぁ!」

「今です!」

 

 

 魔女の手が伸びきり、重心が最大まで偏った瞬間の跳ね上げる一撃が魔女の体勢を崩す。

 それを機として刀を構える少女の号令が響く。拳が身体をかち上げ、槍から放たれた光線が差し込み、上空で待ち構えた爪と脚による乱撃が大地へと叩き落す。

 

 傍から見ていて文句のないコンビネーション。トドメを刺すまで抜かりなし。

 一部始終を見届けた音子の気配を察知し、指揮を執っていた臙脂色の少女――常盤ななかが振り返った。

 

 

「あら、これはこれは。お久しぶりですね紺染さん」

「こんにちは。常盤さん」

「あれ? 音子さんだ!」

「こんにちは!」

「おお、戻てきたカ。」

「皆さんもお変わりなく……で」

「ややっ、お久しぶりですね音子さん」

 

 

 後輩である琴織つばめは、気さくな挨拶を返してきた。それ自体におかしな様子は見られなかった。

 

 

「ええ。久しぶりですねつばめ。以前のような醜態を晒していたら、鍛え直すことも視野に入れていましたが、杞憂でしたか」

「いやいや。あんなヤバい状況そうそう起きませんって。それに皆さんも成長してるんですから、前みたいなことにはなりませんよ」

「そうでしょうか。あなた達を見つけるまでいくらか遭遇しましたが、魔女の数も質もさらに増している気がします。異変は収まるどころか、より過激になっているようですね」

 

 

 遭遇した魔女たちは呪いの質が最低でも第Ⅲ位階。下級魔女と認定される段階でも、上位しか存在していない。各地から集まった魔女たちの共食いによる弱肉強食の蟲毒が形成されたことによる異常事態だ。

 音子は本来、その原因を探ることを目的として派遣されてきた。だが、その調査が本格的に実を結ぶ前に生じた別の問題の対処に追われ、さらにはそこからさまざまな政治的手回しで遠ざけられようとしている。その根本であろうドッペル、ひいてはマギウスの翼なる組織が、神浜市に魔女が引き寄せられている状況と何かしらの関係が結びついているのか。

 半ば確信を持ち、音子は揺さぶりを込めて尋ねる。

 

 

「こちらは一度、本格的な体制を整える必要がありそうです。それはそれとして、魔女の増加以外にも奇妙な事態が起こっていると耳に挟みましたが、あなた達の方は何かご存じでしょうか」

「まぁ、色々起こってますね。妙なウワサが広まってますし、魔法少女の解放だの何だのと嘯く連中がいるとかなんとか。あぁ、ウワサについてはご存じですか? そういう怪談を媒介にした魔法生物が潜んでいるんですよ。それを探ろうと飛び回ってるんですが、これがどうにも尻尾が掴めなくて。一体一体ぶった切ってもキリがありませんね」

「ふむ……あなたでもそうそう探り切れないとは、かなり根が深そうな問題ですね」

 

 

 実に当たり障りのない返答だった。確かな情報を交えつつ、根幹についてはぐらかす。本に書かれる模範的な話術だ。

 

 音子は納得する素振りを見せつつ、しかしつばめの肩が僅かに下がる動きを見逃さない。

 身振り手振りで相手の感情を見抜く術は身に着けている。その動作の意味は……緊張からの安堵だ。

 

 間違いなく彼女は事の詳細を掴んでいる。それを把握できただけで十分。そのまま視線を他の四人に向ける。あきらは少々呆れたようにつばめを見ており、かこは純粋に興味深そうに耳を傾けている。美雨はじとりとした視線をつばめに向けている。そしてななかは変わらぬ澄まし顔だが、明らかにこちらを見据えている。視線が合うと、見計らったようにななかは口を開いた。

 

 

「ところで、私たちを見つけるまでと言っていましたが……もしかして、私たちを探していましたか?」

「ええ。少々そちらに用がありまして。さきほど、あなた達が魔女退治の最中だと都さん達から聞きまして。とりあえず見かけ次第に魔女の結界を尋ねていました」

「…………今探ったこの辺の魔女粗方消えているんですけど、どれくらい探していたんですか?」

「大体一時間でしょうか」

「ごめん、聞き間違いかな……?」

「うーん。この無双っぷり、帰ってきた感じがありますね。で、用があるって私です?」

「いえ、貴女ではないです」

「(´・ω・`)」

 

 

 一歩下がったつばめを横目に、美雨へと視線を移す。

 

 

「美雨、すみませんがこの後少し時間を貰えますか?」

「ン……? ああ、あの件カ。悪いネ皆、音子と二人にしてほしいよ」

「すみませんが、少々個人的な用でして」

「ふむ……わかりました。それでは今日はここまでとしましょう」

 

 

 そういうわけで、本日のななか達の魔女退治はお開きとなった。

 

 

「それじゃあ何か食べに行きましょうか」

「結構歩いたもんねー、やっぱりラーメン?」

「それなら! 私がオススメの店を紹介します! 『麺's神浜』に載った話題の店が近くにあるんですよ!」

「かこちゃんチョイスなら本物ですね。行きましょう」

 

 

 四人が和気あいあいと立ち去り、その場には音子と美雨の二人だけが残っていた。

 

 

「……私たちも何か食べますか」

「ならうち(蒼海幇)の店に行くネ。個室を予約しておくヨ」

「助かります」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「いただきます」

 

 

 音子と美雨が向かい合うテーブルの上に、幾つもの中華料理が並んでいる。

 北京ダック、麻婆豆腐、よだれ鶏、糯米鶏(ローマイガイ)……ごま油の香ばしさと湯気に満たされたそれらを手早く、しかし丁寧に食していく。

 

 一つ一つが一人前。総じて数人前はあるのだが、音子はそれを次々と口へ運んでいく。

 聖堂騎士として常に戦場に身を置く者として、大量のエネルギーを消費する彼女は実は相応の健啖家だ。

 普段は質素倹約を心掛けているため、精々常人の五割増し程度の食事で済ませているが、こうして施しを受けるのであれば話は別である。

 

 

「御馳走様です」

「お粗末様ネ。いつ見ても、気持ちのいい食いぷりネ」

「清貧を誓っていますが、私たちは身体が資本ですから……それで、義兄はあなたに何を頼んだのですか?」

 

 

 音子は少し気恥ずかしそうに口元を拭い、話を促す。

 美雨は懐から封筒を取り出し、音子へと手渡した。

 

 

(コレ)を」

「拝見しましょう……っ、これは……!!」

 

 

 中身を開封し、幾人もの名前と時刻が記されたそれを見て、音子は目を見開いた。

 そこに並べられているのは、粛清機関のネットワークに属しない魔術師たちの名だ。

 各組織の大物や在野の危険人物といった粛清機関がマークしている者は見られないが、ここ最近、抗争を行っていた結社の構成員や、それなりの規模を誇る黒魔術結社の者たちが数多く存在していた。

 

 

「向こうで調べてもらたネ。教会に見つからない裏ルートを通てたけど、私たちなら調べられるヨ」

「ありがとうございます。……しかし、これが本当ならば事態は想像を超えています」

 

 

 蒼海幇は後ろ暗い稼業から足を洗ったが、裏社会へのコネクションは幾らか残っている。上役たちの思惑によって錯綜する中、紺染福詠は個人的な伝手を用いて、美雨を経由して大陸側の蒼海幇へ情報収集を依頼したのである。

 魔術師たちが粛清機関の目を掻い潜り、神浜に集っている。特に自分が神浜を空けたタイミングを見計らったかのように。音子は事態の深刻さを改めて理解する。

 

 

「今回の件、つばめは?」

 

 

 音子は念を押して尋ねる。

 

 

「十中八九、関わてるネ」

「やはりですか。彼女からは何か?」

「さっきみたいに誤魔化されたヨ。ななかは知てるというか、あの二人だけで事を進めてるネ」

「そうですか……まあ、常盤さんと一緒というなら、一線を越えているわけではなさそうです」

「良いのカ? ななかはともかく、つばめはお前の……」

「私と彼女の道はとっくの前に分かれています。つばめがそうするべきと判断して暗躍を選んだのなら、私は私の立場で状況を見定めましょう」

「その結果、アイツと敵対するとしてもカ?」

「私が何者か忘れましたか? とはいえ、あの子のことですから、抜かりなく退路の一つ二つは確保しているでしょう」

「鴉じゃなくて蝙蝠ネ」

 

 

 その一点に対する理解について、お互いに苦笑が漏れる。

 

 

「それで、ウワサというものが広まっているという話ですが。マギウスの翼には関係があるのですか?」

「こちらも私は関わてないよ。直接関わたのは、ななかとつばめネ。でも、あの二人がコソコソし始めたのもウワサを解決してからヨ。状況証拠としては十分ネ」

「なるほど……いいでしょう。ここは私も一つ、ウワサとやらを探ってみましょうか」

「……気を付けるネ」

 

 

 音子は茶を飲み干し、席を立った。

*1
メロディということらしい。何がだ

*2
放っておくと常に通知が成り続けるのでミュート推奨なのはご愛敬




○紺染福詠
 「まだ余計な手を出すな」と各方面から足止めされている

○紺染音子
 あの手この手で関われないように遠ざけられている

○粛清機関
 マギウスの計画に対する反応はだいたい以下の通り
 ・魔女化を無くせるならやれ派
 ・陰陽寮に先を越されてなるものか何とかしてこい派
 ・他の魔術結社に奪われたら危険だから管理したい派

 他にもいろんな派閥が争いあって組織として膠着している状態

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