『例の部屋』から始まるTS偽いあちゃんとゆかりさんの話 作:Sfon
例の部屋で(上)
意識が浮上する。
寝起き特有の、頭がフワフワした、あの感じ。視界はハッキリ映っているのに、それを頭が処理できなくて、うまく呑み込めない。
眩しい。朝が来たんだろうか。
カーテンをしっかり閉めたはずなのに、照明がついているかと思うほどに明るい。照明のリモコンは枕元に置いてあるから、あまりの寝相の悪さで部屋の照明をつけたんだろうか。
いつもなら、まぶしさから逃れたくて布団に潜り込んだだろう。睡眠は楽しみの一つで、目覚ましが鳴るまでは寝ていたかった。けれど、なぜか今だけは、目を開いてやってもいい気分だ。
太陽を見るみたいに、目をほんの僅かずつ開いていく。流れ込んでくる光が視界を真っ白に染め、そこから徐々に輪郭を持っていった。うっすら見えてきたのは真っ白な天井。壁紙の起伏が全くなく、プラスチックの板のようだ。そして、照明が視界の中には見当たらない。間接照明にしてはムラなく明るいし、天井自体が発光しているように見える。
ここはどこだろうか。少なくとも自室ではない。知らない間に病院に搬送されたのかと思ったが、それにしてはあたりが静かすぎる。もっと情報が欲しいが、体が重くて起き上がることができない。意識もはっきりとしない。
きっと、夢の中だろう。頭がぼんやりとしていて体の動きがワンテンポ遅れるこの感覚は、明晰夢のそれとよく似ていた。
せっかく明晰夢を見ているのだから何かしら楽しみたいところだが、体が重くて思うように動けない。ベッドの上でもぞもぞと身じろぎをし、ごろんと体を横倒しにした。視界に入ったのは、女の子。
紫色の髪をした女の子が、すぐ隣で仰向けに寝ていた。その子が誰なのかは一目で分かる。
結月ゆかり。大好きな、一番大好きなキャラクターだ。薄紫の髪色と、両サイドが長く伸びた特徴的な髪形で、すぐに分かった。大好きなキャラクターが自分の隣で無防備に寝ているなんて、なんと素晴らしい夢だろう。
おぼろげな意識の中、彼女の顔をじっと眺める。『美しい』と『かわいい』が奇跡的なバランスで共存しており、少女のようにも大人の女性のようにも思えた。
二次元のキャラクターを実写化するなんて無謀な試みに思えるが、少なくとも目の前のゆかりさんについては心配無用だ。髪型や特徴を反映しただけの役者には無い、説得力を持っていた。
重たい腕を何とか動かして布団をめくってみると、ゆかりさんの服装が良く見えた。紫色のチューブトップは体に張り付くくらいにフィットしていて、ボディラインがはっきりと出ている。華奢な肩は透き通ったように白い肌をしていて、胸は小さいながらも確かに膨らんでいた。腰のくびれやお尻のラインは女の子らしさにあふれていて、横から見た体の薄さは今にも壊れてしまいそうだ。
憧れのゆかりさんを目の前にして、『可愛い』が意識を埋め尽くす。酸欠の時のように視界が狭まり、胸の鼓動はどんどん早くなっていく。甘酸っぱい女の子のにおいとラベンダーのような香りが胸いっぱいに広がって、ますます胸が高鳴っていく。
目の前に広がる光景があまりにも素晴らしすぎて、夢の中だというのに胸が苦しくなってきた。とりあえず布団をかぶりなおして刺激の強い視界の情報を遮ってみると、羽毛布団のふんわりとした温かさが全身を包み込み、瞼がどんどん重くなってきた。
こんな素晴らしい夢を見られるなんて幸せだ。でも、もっと幸せになりたい。そんな思いが無意識に体を突き動かしたのか、夢が自分を導いたのか、正気であれば絶対にできない行動に出た。
ゆかりさんの片腕を枕にして、体にぎゅっと抱き着いたのだ。胸元に両腕をまわすと、二の腕に柔らかい感覚がした。彼女の暖かさが胸元、腕、おなか、頬に伝わってくる。
ゆかりさんの足を両足で挟み込むと、すべすべとした感触が伝わってくる。しっとりとしていて気持ちがいい。ふわふわもちもち柔らかくて癖になる。
しばらくゆかりさんに抱き着いていると気持ちが落ち着いてきて、胸の高鳴りは止まらないのに、幸せが体中に行き渡っていく。こんなに安心できたことは、いつぶりだろうか。本当に幸せな夢だ。
薄れていく意識に身を任せ、ふわふわと浮かんでいった。
誰かに呼びかけられて、意識が浮上する。これもきっと夢なのだろう。一人暮らしをしているんだから、オレの家に起こしてくれる人なんていない。
視界がはっきりするよりも先に、肌に伝わる触覚がやってきた。どうやら何かに抱き着いているらしい。先ほどの夢の続きだろうか。腕に力を籠めれば柔らかい感覚がより強く伝わってくる。
「あの、起きてください。あのぅ……」
聞き覚えのある声。ゆかりさんの声だ。頭のすぐ上から聞こえてくる。
うっすら開けてきた視界には、首を無理やり起こしてこちらを見ているゆかりさんの顔が映った。抱き着いているせいで彼女は身動きが取れず、困っている表情を浮かべている。庇護欲をかきたてるその表情は、とってもキュートだ。
「ゆかりさん、可愛い……」
思わずこぼれた声は透き通った高い声で、まるで、いや、まさしく女の子の声だった。そういえば、抱き着いてゆかりさんに当たっている自分の胸元や股間の感触がいつもと違う気がする。胸元ではゆかりさんとの間に何かが挟まっているような感覚がするし、股間には邪魔なものが無い。
どうやら、この夢の中のオレ……いや、私は女の子のようだ。ゆかりさんと男の自分がくっつくのは気が進まないが、自分が男の体から解放されているのなら、ストッパーを掛ける必要もないだろう。自分の欲望のまま行動し、願望をすべて満たしていけばいい。
胸を押し付けたり足を太ももで挟んだりして満足いくまでゆかりさんの体の柔らかさを楽しむ。私の体が彼女の体に押されてグニグニと形を変えるたびに、彼女は顔を赤くしながら何かつぶやいている。もちろん、やめるつもりはない。女の子同士でくっついているからこその気持ちよさを、存分に体感できるのだから。
しばらくそうして一区切りつくと、今度は体に回していた腕を緩め、ゆかりさんのお腹の上にまたがった。ぼんやりとした視界の先には、目を見開き、首まで赤くしながら驚いて固まっているゆかりさんが、両手を胸の前でぎゅっと握りしめて私を見ている。アメジストのような瞳は潤んでいて、きらきらと光っている。
「ゆかりさん、すっごく可愛いよ」
まとまらない思考のせいで、素面では言わないようなセリフも簡単に言えてしまう。体の主導権が半分しかなくて、本音がぽろぽろこぼれ出てしまう。
ゆかりさんの髪をかき上げ、熱っぽい耳を指先でなぞると、肩を震わせ小さく声を漏らしてくれた。鼻にかかったような、色っぽくて湿った声だ。すりすりと輪郭をなぞったり、耳の穴を指の腹で優しく撫でたりするたびに息を漏らし、すがるような目で私を見るゆかりさんは本当に愛らしい。
胸は痛いほどに高鳴り、息も苦しい。視界がどんどん狭くなっていき、彼女の瞳から目が離せない。もう、我慢できない。
「ゆかりさん、大好き」
彼女の顔を挟み込むようにベッドへ手をつき、すっかり赤く染まった顔を真正面から見つめた。彼女の顔の周りを私の髪がカーテンのように覆い隠し、少し暗くなる。その中でも、ゆかりさんの瞳に私が映っているのが見えた。明るい色の髪をした女の子がとろけた表情をしている。
ゆかりさんの熱っぽい息が私の首元にかかる。じりじりと、顔の距離を近づけていくほどに、彼女の顔の熱さが伝わってくる。
「いいよね、ゆかりさん、いいよね?」
「ぅ……あの……えっと……」
彼女の瞳は上下左右へせわしなく動き、やがてぎゅっと瞼が閉じられた。これはもう合意を得たということでいいだろう。彼女の吐息が口元にかかる。もう、あと1cm近づけば、唇が重なる。
本当に、後もう一息で彼女とキスができるとこだったのに、突如、胸元に衝撃を感じた。次の瞬間にはベッドの上に投げ出され、そこで勢いは止まらずに床まで転げ落ちる。急いでゆかりさんのところに戻ろうとしても、体が意識についてこれなくて、床の上で這うのがようやくだ。
それでも何とかベッドに手がかかるところまでやってきて、ベッドの上に視線を向けて、それからようやくゆかりさんに突き飛ばされたのだと理解した。彼女はベッドの上にぺたんと座り、目を吊り上げて私をキッとにらみつけている。
「なんですか、いきなりキスなんてしようとしてきて!」
いや、ごもっともなのだが、夢の中に倫理観を持ち込まないでほしい。それにゆかりさんは酷くない範囲でみんなに弄られて、顔を真っ赤にしているのがとっても可愛いのだ。ゆかりさんはやっぱりネコが似合うと思うし、涙目でそんな顔をされると、もっとゆかりさんをイジメたくなってしまう。
「キス、きっと気持ちいいよ? ね、気持ちいいことしようよ」
ベッドの上に這い上がり、何とかもう一度ゆかりさんに触れようとする。こんなにも自分に都合のいい夢を見られる機会なんてそうそうないんだから、遠慮する理由なんてなかった。
「ちょっと待ってください。後でゆっくり相手をしてあげますから、とりあえずはこの部屋の安全を確保したいです。見知らぬ部屋に放り込まれたんですから」
その言い分にはそれなりに賛同できた。モンスターやら奇人変人がそこらに潜んでいて、ゆかりさんとイイコトをしている最中に襲われるなんて考えたくない。私を説得できたと判断したのか、ゆかりさんはベッドから降りて部屋の中をあちこち調べ始めた。
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