『例の部屋』から始まるTS偽いあちゃんとゆかりさんの話 作:Sfon
ゆかりさんと一緒に電車に乗って、都心に向かう。朝の電車はとても混雑していて、しかも身長が低くなったものだから周りが全く見えない。唯一救いなのは、周りのサラリーマンの人たちが気遣ってくれて、体を押し付けないでくれることだ。
それでもさらに、できるだけゆかりさんをおじさん達に近づけたくなくて、ゆかりさんにはドアの横のスペースに立ってもらって、その前に立ちはだかるようにして彼女を守ってみた。
「いあちゃん、きつくないですか?」
「大丈夫。ゆかりさんこそ苦しくない?」
「いあちゃんが守ってくれるからとっても楽です」
ただ、一つ考えていなかったけれど、この状況はなかなかドキドキする。すぐ目の前にゆかりさんの顔があって、必死に上を見て視線を逸らす。そうしないと、可愛い顔を直視してしまって照れてしまったり、目線を下げてもゆかりさんの色っぽい首筋をジッと見つめてしまったり、左右に振ると知らない人をまじまじと見ることになってしまう。
でも、ゆかりさんからお説教を食らってしまった。
「いあちゃん、女の子がそんなに上を見たらお鼻の中が丸見えではしたないですよ。ほら、私の洋服でも眺めてください」
ゆかりさんに言われては逆らえない。せめて精神的に影響が少ない肩元に視線を向け、胸元に向かないように強い意志を頑張って持った。
そうしてしばらく電車に乗っていた時、突然電車が揺れて、後ろから押されてしまう。バランスを崩し、ゆかりさんの方に倒れこまないようにと壁に手を突いた。そこは、ゆかりさんの顔の真横だ。
何とか距離を保とうとするけれど更に後ろから押されてしまって、細い腕では耐え切れなくなってしまって、ついにゆかりさんの方へ倒れこんでしまう。
「うわっ、ゆかりさん、ごめん」
「……」
倒れこんでしまって、ゆかりさんの肩の上に私の顎がのった。どんな体勢になっているのか全く分からないけれど、少なくともゆかりさんと抱き合うような形になっているのは間違いない。だって、胸元に触れられてる感触がするし……なんて思っていたら。
「ひぅっ……!」
私の胸が、揉まれた。
「ご、ごめんなさい!」
「ゆかりさん?」
「ごめんなさい、その、体を支えてあげようと思ったら……」
どうやら、私の胸を掴んでいるのはゆかりさんらしい。顔が動かせないから本当のところは分からないけれど、横目で見た彼女の耳がほんのり赤くなっているから本当だろう。男性よりは小さい手が、私の両胸をすっぽりと包んでいる。
別に生まれながらの女の子じゃないし、そもそも相手がゆかりさんだから嫌悪感なんてないけど、他人に体を触られているというのはそれだけでドキドキしてくる。きっと、ゆかりさんにはこの拍動が伝わってしまっているだろう。
「その、抜きたいんですけど、身動き取れないんです、本当にごめんなさい」
「別に、ゆかりさんなら全然気にしないから、大丈夫」
結局、目的の駅につくまでこの窮屈さは一片たりとも解消しなくて、ずっとこの体勢のまま、長い長い時間を過ごした。
「こ、ここがお目当てのお店です」
駅から歩いている間、ずっと気まずい空気が流れていた。私は気にしていないのに、ゆかりさんが妙に申し訳なさそうにするものだから調子がくるって仕方がない。『あの時と比べたらこれくらいお遊びみたいなものでしょ?』ってフォローしたら、ますます顔を赤くされてしまった。本当に気にしなくていいのになぁ。
お店の中に入って色々鞄を眺めてみると、女の子の鞄があんなに小さい理由が何となくわかった気がする。鞄も含めてのファッションで、あんまり大きいとやぼったく見えてしまうようだ。
ゆかりさんにお勧めしてもらったのは黒いショルダーバッグ。財布とハンカチ、ティッシュ、スマホ、鍵を入れたらもうぎゅうぎゅうだけど、確かに見栄えはいい。同じシリーズの財布までセットで買ってもらってしまった。
「あ、ついでにキーケースも買いましょうか」
「あの、ゆかりさん?」
「なんですか。無いと困るでしょう?」
ゆかりさんがあたかも当然のように買うものを増やしていくのはもうお約束だけれど、やっぱり貧乏性な私は気が引けてしまう。だって、もうこの時点でおいしいランチが二十回は食べれるくらいの値段になっているんだから。
でも必要なのは確かで、感謝に感謝を重ねてありがたく買ってもらった。本当に、できるだけ早くお金を稼いで恩返しをしなければ。
というか、もしかして、ゆかりさんの家の合鍵を貰えたりするのかな。それってなんだかとっても特別感があって、まるで同棲しているカップルみたいな……。そういえばそもそも戸籍的には結婚しているんだっけ。
あんまり意識しないようにしていたけど、もしかして私とゆかりさんの関係ってはたから見たら普通にそういう風に見えるのでは……?
次にやってきたのは携帯ショップだ。もうゆかりさんは私の性格を把握したようで、『下手に性能の低いのは選ばないでくださいね。最低でも私のと同じものにしてもらわないと、物持ちが悪くて却って困るんですから』なんて言われてしまった。
「じゃあ、ゆかりさんと同じのがいい」
充電器とかアクセサリーとかに悩まなくて済むし、一番穏便な選択肢かなって思ってそう言ったら、ゆかりさんにちょっと驚かれてしまった。思わず値段を確認したけれど、これと言って高いわけでも安いわけでもない、ちょうどいい感じ。
なんでそんなに驚くんだろうって少し考えて、ゆかりさんの考えていることがようやくわかった。
「あ、ごめんね、かぶるの嫌だよね。じゃあ……」
「いや、大丈夫です。何色がいいですか?」
なんだか気にしている様子なのに、ゆかりさんは話を進めてしまう。同じ機種なのを気にしているのかなと思って変えようと思ったけど、その勢いに飲み込まれて契約まであっという間に終わってしまった。
妙に気が急いているゆかりさんは珍しくて、どうにも微笑ましく思えた。
そして今日最後のお店は家具屋さん。さすがにずっとゆかりさんと一緒のベッドで寝るというのは私の精神衛生上よくないから、自分のベッドを買ってもらえるのはとてもうれしい。
一緒に寝る口実ができなくなるっていうのは……まあ、ちょっと残念だけど。
本当にどんなものでも、それこそマットレスに脚が付いただけの1万円いかないようなものでもいいのに、毎度のことながらゆかりさんが『そんなのダメです』って。
それで結局、これも女子力アップのチャンスだって思って、真っ白な可愛いやつにさせてもらった。布団カバーにもフリルがついていたりして、もう何というか、お姫様みたいな。
今は女子力アップチョーカーをしているからこんな選び方をできるけれど、チョーカーを外したらどう思うんだろう。昨日の夜でだいぶ女の子に慣れた気はするけど、やっぱりまだ恥ずかしいのかな。
そんな感じで寝具を一通り買ったら、その流れでカーテンやラグ、飾り棚にローテーブルまで買ってもらうことになった。さすがに要らないって何とか説得しようとしたんだけど、ゆかりさんが『思いっきりガーリーな部屋に住んでほしいんです。ダメですか?』なんて泣き落としにかかってきて、もうお手上げ。
ゆかりさんのお金だとはいえ、次々に購入を決めていくので気が気でなかった。結局、鞄とスマホ、家具類をあわせたら昨日使ったお金の倍はかかっていると思う。そんな大金、どこから出てくるんだろう。
というか、これでまたゆかりさんに返すべき恩が増えてしまった。うーん、もうこれは一生かけて返さないといけないレベルなんじゃないかとすら思えてくる。
買い物が一通り終わったらすっかりお昼時になっていて、近くのカフェでお昼ご飯を食べることになった。二人で注文した軽食を待っている間、ちょうどいいタイミングだったので一言。
「ゆかりさん、あの……」
「先に言いますけど、今日買ったものは全部私の趣味なので。恩着せがましいことをするつもりはありませんからね」
言おうとして、先を越された。もうここまで来たら、なんというか、半分病気なのでは? なんて思ってしまうほどだ。
「種明かしをすると、普段はお金の使い道がないのでちょうどよかったんですよ。引っ越す予定もないですし、ブランド物が欲しいわけでも、旅行に行きたいわけでもないですから、貯まる一方で」
だから気にしなくていいんですよ、ってゆかりさんは簡単に言うけれど、それだってゆかりさんが稼いだお金に違いはないだろう。うーん、どうしたらいいんだろう。やっぱり、トップアイドルになるしかないかなぁ。
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