『例の部屋』から始まるTS偽いあちゃんとゆかりさんの話 作:Sfon
プロデューサーさんにタクシーで送ってもらって帰宅したら、日付がもう少しで変わりそうな時間になっていた。ゆかりさんは流石にお疲れのようで、帰って早々にシャワーを浴びにお風呂場へ直行したみたいだ。
ソファーに腰を下ろし、今日一日のことを振り返ってみると、なかなか濃い一日だったと思う。ゆかりさんの所属している事務所に入って、ゆかりさんのライブを見て、打ち上げではライブのメンバーに遊んでもらって、今まで自分のいた世界とは全く違う経験をした。
これからは今日ライブで見たゆかりさんの立ち位置に自分もなるんだと思っても、実感は湧かない。子役やキッズモデルとして活動したバックボーンがあるわけじゃないし、いくらこれから練習するとは言っても人前でできるパフォーマンスができるようになれるか不安もある。
私が持っているのはいあちゃんの体だけ。見た目はばっちりだと思うし、声も可愛い。でもそれだけだ。にじみ出る雰囲気やトーク、歌のうまさやダンスなんかは私自身が頑張らないといけない。
きっとゆかりさんも今まで頑張ってここまで来たんだろうし、そもそも私がゆかりさんと同じような舞台に立てるようになるまでどれくらいかかるんだろう。今日見たゆかりさんみたいにお客さんを楽しませられるようになるまで、ゆかりさんはずっとそこに居てくれるんだろうか。
そんなことを考えて、一人ちょっと暗くなってしまう。冷静になってみれば、私は見た目と声が良いただの一般人に違いないんだ。違いないんだけど、でもやっぱり今日見たゆかりさんはとっても輝いていて、私もああなりたいって思ってしまう。あんなふうに大勢のお客さんを楽しませることができたなら、きっととっても嬉しいんだろうなって。
あんまり考えてもしょうがないのかな。やりたいことはもう決まっているし、やるべきことももう知っている。明日始まるダンスレッスンやボイストレーニングを精いっぱい頑張って、早く事務所の戦力になって、ゆかりさんをもっと大きなステージに連れていくお手伝いが出来たらいいなぁ。
ソファーに座って一人でそう決意していたら、お風呂から上がってきたゆかりさんがリビングに戻ってきた。
「お風呂あがりましたから、次どうぞ」
声の元に視線を向けたら、湯上りでちょっと肌に赤みがさしている、ルームウェアのショーパンパーカー姿のゆかりさんが立っていた。うーん、まさしく湯上り美人って感じ。あんまりゆかりさんを視界に入れていたら彼女の体をまじまじと見てしまいそうでサッと目線をそらしたけれど、太ももとか、手とか、綺麗な肌は頭に焼き付いてしまった。
こういう時は、さっさとお風呂に入るに限る。自室に戻って着替えを手に取り、お風呂場に向かって扉の鍵を閉めた。
ゆかりさんが言っていた『この家のお風呂場の防音はなかなか良い』というのは本当のようで、扉を閉めたらお風呂の換気扇以外の音が全くしない。リビングではゆかりさんが飲み物を作るなりなんなりしているはずだけど、それらも聞こえない。
まあ、それはさほど気にすることでもなくて、とりあえず服を脱ごうとした。その時、ふと気づいてしまった。『そういえば、自分一人の時間って昨日の夜ぶりだな』って。
そう考えた瞬間、昨日の夜したことがフラッシュバックして、頭にワッと血が上ってくる。ゆかりさんのベッドの上で裸になって、自分の体を好き勝手に弄った記憶がよみがえる。急に呼吸が浅く、早くなる。
深呼吸をしたり頭を振ったりして邪念を消そうと思っても、完璧には消えない。できるだけ何も考えないようにしても、服を脱ぐ途中で自分の体が視界に入ったらすぐ再燃してしまった。
正直、チョーカーのおかげで耐えられないほどではない。思考がぐるぐるめぐりながらも裸になって、浴室に入った。
バスタブにはすでにお湯が張ってあり、浴室内は程よく暖かい。昨日教えてもらったやり方を思い出しながら長い髪を洗い、しっかり水気を切ってタオルで巻く。自分の体を直視しないようにしながら、柔らかいスポンジにボディーソープを泡立てて体を洗う。
どうせ汗はかいていないから、デリケートな部分や女の子らしい部分は触らないでおいた。シャンプーとボディーソープの香りを纏うことができればそれで十分だろう。
湯船につかろうかと一瞬思ったけれど、ゆかりさんがつかったんだと思ったらとてもそんなことはできなくて、お湯を抜いてすぐに浴室を出た。
目をそらしながら体を拭いて下着を身に着け、髪を大きなバスタオルで大まかに乾かし、ドライヤーで乾かそうとしたところで、あれ、ドライヤーが見つからない。
もしかしたらゆかりさんが持って行ってしまったんだろうか。とりあえずルームウェアのショーパンとパーカーを着て、『そう言えばこれってゆかりさんとペアルック?』なんて思ってまた恥ずかしくなって、ちょっと顔を赤くしながらお風呂場を出た。
「あれ、随分早かったですね」
「昨日のお風呂で完璧に慣れたからね。で、ドライヤーってある?」
「ここにありますよ」
ゆかりさんはソファーに座っていて、手には探していたドライヤーを持っていた。近寄って受け取ろうとしたら、彼女の隣の席をポンポンと叩き、ニコニコしながら私のことを見ている。隣に座れってことなんだろう。
素直にゆかりさんの隣に座ると『向こうを向いてください』って言われて、背中を向けたらドライヤーの温風がゆるゆると当てられた。あ、これ気持ちいいかもしれない。
昨日ゆかりさんと一緒にお風呂に入ったときも乾かしてもらったけど、あの時は自分の体を直視した恥ずかしさで一杯だったからほとんど何も覚えていない。
でも今は、温風が髪を揺らしたり、ゆかりさんの指が髪を撫でたりする感触がとっても心地よくてたまらない。
「熱かったりしないですか?」
「うん……だいじょうぶー」
日向ぼっこをしているときみたいに、だんだん頭がフワフワしてくる。それだけゆかりさんの手つきがうまいってことなんだろう。目がトロンとしてきて、瞼が重くって、あくびまで出てしまった。
そしてやがて頭はゆらゆらと揺れ始め、ゆかりさんの指が頭を撫でたり、首や背中、耳に触れたりするたびに体をぴくぴくさせるのも完全に意識の外になってしまう。
ただふわふわと気持ちよさだけが体を包み込み、もうあとちょっとで寝てしまいそうなところまで来たところで、髪を乾かし終わったらしい。ドライヤーの音が止まって、ブラシで髪をとかしてもらって、肩をポンポンと叩かれた。
「よし、終わりましたよ」
もう頭はふにゃふにゃになっていて、ろれつの回らない舌でありがとうって答えて、ふらふらしながら寝室に向かって、ベッドに倒れこんだ。ゆかりさんの匂いの付いたベッド。とっても安心できて、一瞬で意識は夢の世界に飛んで行った。
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