『例の部屋』から始まるTS偽いあちゃんとゆかりさんの話 作:Sfon
私がゆかりさんの元にやってきて一週間。その間の生活で、いくつか気づいたことがある。
まず、この体はどう考えても人間ではない。
この一週間で一度もトイレに行ってないし、汗もかいてないし、でもご飯は食べているし飲み物は飲んでいる。一体どこに食べ飲みしたものは消えているんだろうか。アイドルはトイレに行かないとかそんな冗談があるけれど、まさか自分の身がまさにそれになるなんてね。
そして、この体は疲れを知らない。ダンスレッスンではいつまで、どんなに体を動かしても息は乱れないし、体の動きが鈍ることもなかった。もっとも、それは『ダンスがうまい』こととは関係なくって、むしろ『これから頑張ろうね』ってトレーナーさんから言われちゃったくらいだけど。
ただ、即戦力になる要素は一つあった。それはボーカルレッスンでやったロングトーンの練習で、いつまでも声を伸ばせたってこと。物理的には明らかにおかしいんだけど、実際できてしまったんだからしょうがない。
声を出すことにおいて障害となるのは息が続かないことで、それが声の高さのブレを引き起こしてしまう。でも私はその障害が丸々なくて、ある意味ズルをしているようなものだ。ダンスよりはボーカルを伸ばすのが良いだろうってダンストレーナーさんもボイストレーナーさんも言っていた。
だからこの一週間はゆかりさんが仕事している間、カラオケボックスに通って歌の練習をずっとしていた。喉が枯れないからいつまでも練習できて、かなり効率はいいと思う。
歌として使える声の出る音域がもともと広いし、ピッチを安定させてリズム感を磨けば、それだけでそれなりに聞けるようになるんだとか。
朝起きて、朝ご飯を作って、ゆかりさんを見送ったらカラオケボックスに行って歌の練習をする。ゆかりさんが帰ってくるちょっと前に帰宅して、晩御飯を作って、二人で晩御飯を食べる。そんな生活が毎日の流れになった。
最初の頃、一人で出かけるだけで結構緊張してたのが懐かしい。女の子の格好をして道を歩いていると、いろんな人からじっと見られている気がしてどうにも落ち着かなかった。男の人は私の太ももとか胸とかを結構遠慮なく見てきて、正直ちょっと怖い。
女の人ならもう慣れているのかもしれないけれど、私の場合はまだ男の人が異性だってあんまり自覚がなくて、こう、同性からそういう目で見られているような感覚になっちゃうんだと思う。
今でも正直好きな視線ではないけれど、『それだけ私が可愛くて、目線を奪われちゃうんだ』って思うようにしたらだいぶマシになった。何なら自信にもつながりそうなくらい。アイドルになるんだから、それくらいはどんと構えてられないとね。
そうして毎日8時間休憩なしで練習していたら、二回目のボイストレーニングの時にはトレーナーさんからとっても褒めてもらえた。それもそのはずで、普通の人よりも効率が2倍くらいはいいんだから。
でも褒めてもらえたのはやっぱり嬉しくて、ゆかりさんに報告したらまた褒めて貰えて、練習してよかったって心の底から思った。この調子で、ゆかりさんと一緒に歌っても恥ずかしくないくらいうまくならなきゃ。
ちなみにダンスの方はというと、晩御飯を食べてから寝るまでの間、自分の部屋で練習している。大きな鏡を買ってもらって練習環境が良い感じに整ったし、汗をかかないからいつ練習しても何の問題もないのが嬉しい。普通だったら寝る前とかできないだろうし。
ただ、練習してもあんまりうまくなっている気はしない。ダンストレーナーさんはうまくなってるって褒めてくれたけど、アイドルの人ってみんなダンス上手いでしょ? 不安だなって。
ゆかりさんに見せるのもまだちょっと恥ずかしくて、ダンスの方は歌よりももっと頑張らないといけないかも。
そうそう、昨日ようやく自分のベッドが届いてようやくゆかりさんとの添い寝生活が終わったんだけど、なんかうまく寝られないんだよね。マットレスの相性が悪いのかなぁ……。
さて、そんな感じでこの一週間はレッスンと個人練習に励んでいたんだけれど、なんとこの私に初仕事がやってきました。詳しくは教えてもらっていないけれど、ファッション雑誌のモデルらしい。
ゆかりさんにどんな準備をすればいいか聞いたら、『とりあえずチョーカーを外しても恥ずかしがらないようにならないとですね』って。確かに、指定された服装をしないといけないならチョーカーも外さないと。
でもそんなこと仕事に行ってぶっつけ本番でできるわけなくて、そこから仕事の日まではチョーカーなしでの生活をさせられました。これが本当にキツくて。着替えるときやお風呂に入るときは自分の体がどうしても視界に入っちゃうし、他の人の視線もいつもより敏感に感じる気がする。
あと、チョーカーは男性脳的なものを抑制する効果があるけれど、それによって、その、性欲も今まで抑制されていたみたいで。だから今までなんともなかったのに、最近は夜になったら何となくそんな気分になっちゃって、しかも自分の部屋で寝られるようになっちゃったから自由な時間もできて。
ポジティブにとらえるなら、この体に早く慣れるためのトレーニングを積んだってこと。うん、そう考えよう。
何はともあれ、お仕事当日までにはだいぶこの体にも慣れて、人前に出るくらいなら問題なくなりました。
で、ゆかりさんの元に来て2週間がたち、ついにお仕事当日になった。今日は珍しくゆかりさんがお休みの日だけど、私の初仕事だからってついてきてくれている。事務所に行ってプロデューサーさんと合流し、会社の車で撮影現場まで連れていってもらった。
車の中では『デビューしたてなんて電車で移動するのが普通だけど、ウチはお金も余裕もあるのよ』ってプロデューサーさんに自慢されたのはちょっと驚き。一応芸能人なのに電車とか使って問題にならないのかって聞いたら、意外とばれないんだって。
そういえば、確かにゆかりさんと一緒に出掛けても声を掛けられたことは無いなぁ。写真を撮られたことはあったけど、あんまり大きな騒ぎってわけでもないし。
事務所に入って初めての仕事はファッション雑誌の撮影で、秋物特集号の一ページになるんだとか。撮影スタジオに併設されている控室に行くとすでにスタイリストさんがスタンバイしていて、今回着る服を手渡された。
なんかふわふわってした薄いベージュのシャツとか、黒のパンツとか、よくわからないけどとりあえず更衣室で着て、スタイリストさんに色々直してもらう。メイクもしてもらって、髪も整えてもらって、なんだかお人形遊びされているみたいな感じ。
でも鏡をのぞいたら『これが自分なの?』ってくらいきらきら輝いている私が居て、プロの仕事ってすごいんだなって。ゆかりさんにもいっぱい褒めてもらってすっごく幸せで、撮影ブースでもそのままニコニコしていたらあっという間に撮影が終わってしまった。
えっ、こんなにすぐに撮影終わって大丈夫なの? って思ったけど、いい写真が撮れたからオッケーですって男のカメラマンさんから太鼓判を貰ってしまった。あまりにも時間が余っちゃったから余分に持ってきていたらしいほかの服も着て、さらに何枚か写真を撮って、いろいろ見せて貰ったらどの写真にも可愛い私が居て、うーん、雑誌のモデルってこんなに簡単なの?
本当に大丈夫なのか心配になっちゃってゆかりさんに聞いたら、『いあちゃんは変に気取るよりもそのままポワポワ笑ってるのが良いんですよ』って言われちゃって、それって褒められているのか分からないけど、とりあえず大丈夫みたい。
そしてその流れで私の宣材写真も撮った。黒のオフショルキャミにピンクのミニスカート、チョーカー、靴下、いつもよく見たいあちゃんの格好をして撮ってもらったけど、スタッフさん達みんなが『こっちの服の方がよく似合ってるね』って褒めてくれた。
スタイリストさんが『オフショル良いですね』って言ったらゆかりさんがすっごく食いついちゃって、『今度オフショルの撮影あるなら是非いあちゃんを!』なんて。やっぱりゆかりさんは肩フェチなのかな。
そんな感じで、初めてのお仕事は和気あいあいとした雰囲気で進み、無事に終わった。スタジオを出たら急に疲れが出てきて『こんなに緊張してたんだな』って後から気付いて、ゆかりさんにカフェに連れていってもらったのは嬉しかったなぁ。甘いものを食べたらとってもおいしくて、幸せで、疲れもすぐに取れちゃった。
その足でゆかりさんと街をぶらぶら歩いていろいろ服を見て回って、秋物をいくつか買ってもらっちゃったし。『初仕事のお祝いです!』って言われちゃったら断りにくくて、パーカーとマウンテンジャケットをありがたく買ってもらって、また借りが増えちゃったなぁ。
これからはお仕事を頑張って、お金を稼いで、お返ししなきゃ。
さて、そんな感じで初仕事が終わってからは、どんどんお仕事が入ってくるようになった。なんでもこの間の雑誌の撮影の評判が関係者の間で評判になったのだとか。今のところは基本的に雑誌の撮影が多いけど、ちょっとだけ広告の撮影とか、少しずつ種類は増えていっている。
そうそう、この間、初仕事で撮影した写真が使われた雑誌が発売されたって教えてもらって、プロデューサーからその雑誌を貰ったんだけど、なんと雑誌の表紙に私の写真が使われてました!
自分の写真がおっきく表紙に乗っていてびっくりしちゃったのもそうだし、いあちゃんが雑誌に載ってる!ってちょっと他人事みたいに思っちゃったのもあったけど、なんにせよ嬉しかったのには違いない。
これからのお仕事、楽しみだなぁ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
評価・感想大変励みになりますので、お待ちしております。