『例の部屋』から始まるTS偽いあちゃんとゆかりさんの話   作:Sfon

17 / 22
第3話
転機って、割と突然(1)


 さて、ゆかりさんのところにやってきて1か月が経った。最近は1週間のうち半分くらいは仕事で埋まるようになってきているけれど、どの仕事も写真撮影で自分はモデルなんじゃないかって思うほど。

 撮影仕事は大体午前中の早くか、遅くても晩御飯前には終わるから、家に帰ってきて晩御飯を作る時間がある。はじめのうちは、ゆかりさんが夜に仕事のある日はそれからゆかりさんのところにお邪魔して見学していたりしたけど、最近は家でのんびりまったりしていることが多いかなぁ。

 見学をあまりしたことがなかったころは物珍しさで見せてもらっていたけど、撮影だったり収録だったり、その辺のお仕事はどれも割と代わり映え無くて、ちょっといいかなって。でも、ライブのあるときは今のところ毎回行ってるよ。ゆかりさんの生歌なんて何度聞いたっていいからね。

 そんな感じでお仕事にはだいぶ慣れてきたけど、ゆかりさんとの生活にもだいぶ慣れてきた。モデルのお仕事をきっかけにチョーカーを外して過ごすことに慣れたから、チョーカーを付けたらもう普段の生活に困ることは無くなった。

 ゆかりさんの顔を見ても恥ずかしがることは無いし、お風呂も普通に入れるし、女の子の服も恥ずかしがらずに着れるし、結構普通の女の子と同じような振る舞いができるようになったと思う。

 でも慣れたからなのか、ちょっと最近不満が出てきた。なんだか最近のゆかりさんはそっけないというか、なんだか私にかまってくれていない気がする。今までは女の子らしくなるためのお世話をいろいろしてくれていたけど、ある程度できるようになってからはこれといって何もしてくれていない。

 ただ毎日ご飯を出して、掃除と洗濯をして、お仕事か個人練習をして、お夕飯を出して、お風呂入って、寝る。その一日の流れでゆかりさんと触れ合えるのはご飯の時くらいで、それ以外の時間はゆかりさんがなんだか忙しそうで声を掛けられていない。

 ご飯の後とかの自由な時間だったらゆかりさんはソファーに座ってスマホやパソコンを弄っているけれど、人が何かしているときに声を掛けるのってなんだか難しくって、ただ隣に座ってゆかりさんを眺めることしかできなかった。

 そしていつも『どうしたんですか?』って聞かれて、『何でもないよ』って答えて、それで会話が終わってしまう。『かまってほしい』ってちゃんと言えたらいいんだけど、かまってほしいからといって何をして欲しいかって言われると答えられないから、口に出せない。

 

 

 ゆかりさんと一緒にお夕飯を食べて、後片付けをして戻ったらゆかりさんがソファーでスマホを弄っていた。右側に座って、右手でスマホを弄って、リラックスしている。いつものルームウェアを着てくつろいでいるゆかりさんは私を気にしている様子なんて無くて、胸がもやもやしてきた。

 私もいつも通り雑誌を適当に手に取って、ゆかりさんの左に座った。雑誌は開いたけど、中身なんてもう何回も読み返したからとっくに飽きている。ただ、ここに座る理由づけのためだけに膝の上において、今日こそはゆかりさんにかまってもらえないかと思考を巡らせた。

 ゆかりさんの自由時間を邪魔したいわけじゃないから、『スマホじゃなくて私をみてよ』なんて言うつもりはない。ちょっとだけ、余っているゆかりさんを私に貸してくれればそれでもう充分で、何かないかなってゆかりさんの様子を盗み見た。

 そしたら、ゆかりさんの左手が空いてるなって気づいた。手、握ってもいいかな。

 ゆかりさんからのボディタッチは何度かあったから、私に触れることはたぶん嫌じゃないはず。そもそも私はゆかりさんにかわいがってもらえるはずというか、ゆかりさんのいろんな理想が詰まっているらしいから、たぶん嫌がられることは無い。

 でも、この行動ってゆかりさんが私に望んでいることなのかなぁ。『オレは男だ!』って反抗してる方がゆかりさんに喜んでもらえるのかな。もしかして、最近ゆかりさんが妙に構ってくれないのって、私が女の子っぽくなりすぎたから? それならもうちょっと男っぽくふるまった方がいい?

 ちょっと伸びた手は空中で止まってしまって、行き場を失って膝の上に戻った。『嫌われてもいいから手を繋いじゃえ!』ってできたら、どんなに楽なんだろう。ゆかりさんに嫌われるのだけは絶対に嫌で、ほんの少しでも悪い印象を与えたくない。

 でもこのまま悩んでいても全然前に進めないし、どうすればいいか頑張って考えて、とりあえずこれだけ聞いてみることにした。

「ねえ、ゆかりさん」

「ん、なんですか?」

 ちょっと声が震えちゃってるって、自分でもわかる。

「女の子っぽくなっていくいあと、男の子っぽいのが残ってるいあ、どっちが好き?」

「その時のいあちゃんがいつも一番好きなので気にしないで大丈夫ですよ」

 そうじゃなくて、嬉しいんだけどそういうのが聞きたいんじゃなくて、これからどうなったら嬉しいかって聞きたいのに。でもこれって、つまり何をしても許されるってこと?

「じゃあ、手、握ってもいい?」

「どうぞー」

 悩んでいたのが馬鹿みたいに思えるくらい、あっさりとゆかりさんは左手を差し出した。私がどれだけ悩んでいたか分かってるのかな。ちょっと不満。でも『どうして?』とか聞かないでいてくれるのは嬉しい。

 ソファーの上に差し出された手を、私の震える手でそっと握り込んだ。できるだけ触れ合いたくって、指同士を絡めて、恋人っぽくつなぐ。手のひらと指、それだけしか触れ合っていないのに、なんだか全身があったかくなってきて、ゆかりさんから幸せ成分が流れ込んできているみたい。

 私がぎゅって握ったらゆかりさんも軽く握り返してくれて、ただ単に手を差し出して終わりって感じじゃなくて、それも嬉しい。

 でももうちょっとだけゆかりさんの温かさが欲しくって、ゆかりさんの横にぴったりくっついて座った。お尻や肩、太もものほんの一部だけが触れているだけだけど、なんだかとっても幸せ。

 あっ、恋人同士が手を繋いでるのって、こういう理由なんだなってわかった気がする。お互いを邪魔したくないけど繋がっていたくて、できる範囲でしたこと。これ、いいなぁ。

 

 

 あの日から、食後の時間はゆかりさんと二人でソファーに並んで、手を握りながらのんびり過ごすのが日課に加わった。これがもうとってもいい時間で、お互いに何か会話をするわけではないんだけど一緒に居るだけでとっても満足できて、一日の疲れがあっという間に取れてしまう。

 最近はもう私が隣に座った時点でゆかりさんが手を差し出してくれて、私もその手を無言で握って、お互い何も言わなくてもわかっている感じがなんだかとってもいい。

 そうしてまったり過ごしていたら、ゆかりさんが『ちょっと手を放していいですか?』って。なんだろうなって思いながら手を放したら、お茶が飲みたくなったんだとか。それなら私が淹れるよって言ったんだけど、ゆかりさんは『たまには私がやりますよ』って言ってきかなくて、久々にお願いしちゃった。

 帰ってきたゆかりさんからマグカップを受け取って、あったかい緑茶を一口飲んだら体中の力が抜けてほっとリラックスできた。冷房で体が冷えてしまっていたみたいで、マグカップから伝わる温かさが心地いい。

 ゆかりさんがそばにいる安心感とお茶の温かさのリラックス効果の相乗効果はすごくって、ゆかりさんと体を寄せ合ってお茶を飲んでいるとどんどん落ち着いて、眠くなってきてしまった。

 ついにはあくびまで出てしまって、ゆかりさんから『お疲れみたいですし、もう寝ちゃったら良いんじゃないですか?』って。それもそうだなって思って歯磨きして、自室のベッドに潜り込んだらあっという間に夢の世界に旅立った。

 

 

 ふと、目を覚ました。部屋はまだ真っ暗で、夜中に起きてしまったらしい。なんだかちょっと肌寒くって、視界を下におろして、二度見して、目の前の光景に呆然とする。

 視界には、服をはだけられた私と、私をまたぐようにして座っているゆかりさんがいた。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。
評価・感想大変励みになりますので、お待ちしております。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。