『例の部屋』から始まるTS偽いあちゃんとゆかりさんの話   作:Sfon

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第4話
アイドルデビュー!(1)


 ゆかりさんを布団みたいにかぶって文字通り眠れない夜を過ごしたあの日以来、私とゆかりさんの距離は確実に縮まった。前まではただの同居人くらいだったのが、今は恋人くらいになれていると思う。

 同じベッドで起きて、ゆかりさんの仕事を見送るときにはいってらっしゃいのキスをして、帰ってきたらおかえりなさいのハグをする。一緒にご飯を食べて、食後はソファーでイチャイチャしながらテレビを見たり、映画を見たり、音楽を聴いたり。

 順番にお風呂に入って、お風呂上りにはゆかりさんに髪を乾かしてもらって、一緒のベッドで寝る。これがもうとっても幸せで。

 チョーカーはあれからずっとつけているけれど、ゆかりさんに『外してほしい』って言われたら外すつもり。でもつけているおかげで性欲のコントロールができているし、たぶん今のままがゆかりさんにとっても良いんだと思う。

 でも、あれからずっとゆかりさんから手を出してもらえていなくて、ちょっと不満ではある。女子力が足りないのか何なのか分からないけど、睡眠薬を飲ませてくれる気配もないし、お風呂をのぞいてくれるような感じじゃないし、なんだかキスとハグだけで満足されてる気がする。

 せっかく手を出してくれそうだったんだから、あの夜に良い感じのところまで進んだ後に起きれたらよかったのに。だからあれ以来、ちょっとずつ誘惑しようと頑張ってる。

 ルームウェアの下に下着を着ないでみたり、お風呂上がりに上半身だけ下着で過ごしてみたり、キスの時に積極的に動いてみたり、スカートをはだけさせてわざとパンツを見せてみたり。

 でもなかなかゆかりさんの意思は強くって、全然手を出そうとしてくれない。ちらちら見てくれるから、気づいていないってわけじゃないみたいだけど。

 

 もちろん、そうやってゆかりさんとの関係を何とか深めようとしながらも、お仕事は頑張ってる。最近は初めてボーカルのレコーディングをして、ついにCDデビューです!

 今度、ゆかりさんのライブ中に発表するんだって。CDを発売したら初ライブ。握手会とかアイドルっぽいこともするみたい。

 アルバム一枚分の歌とダンスを覚えるのはなかなか大変だったけど、トレーナーさんやプロデューサーさん、ゆかりさんにも応援してもらって、なんとかここまでこぎつけたんだ。絶対成功させたいなぁ。

 そうそう、この間ゆかりさんと一緒にネイルのお店に行って、お揃いのネイルをしてもらった。ゆかりさんのパーソナルカラーの紫と、私のパーソナルカラーであるピンクやシルバーをモチーフにして、月とか星とか、ゆかりさんっぽい感じの。

 あんまり派手にしたらゆかりさんのファンとかからいろいろ言われちゃうかもって思って、ぱっと見は分からない感じにしてくれたみたい。なんだか二人だけの秘密みたいで、ちょっと良いな。

 

 そんなネイルを元気のもとにしてライブの練習をしたり、モデルの仕事をしたりしているうちに、あっという間にその日がやってきた。

 ゆかりさんのライブ中に発表された新しいメンバーの話題はSNSをちょっと騒がせたみたい。名前も見た目もその時は発表しなかったのに、私とゆかりさんが一緒に出掛けている写真がSNS上にいっぱい投稿されていて、『この子なんじゃない?』って予想が結構されてた。うーん、その通りです。

 CDが発売されて、頑張って撮影したMVが公開されて、新しいメンバーが私だって発表されたらSNSで『新しい子可愛い』っていっぱい言ってもらえた。生まれ持った容姿ではないけど褒めてくれるのは素直に嬉しくて、ゆかりさんにニヤけ過ぎだって笑われちゃったくらい。

 初音ミクさんをはじめとした向こうのグループの人たちもその投稿をシェアしてくれたり、『ようこそ!』っていてくれたり、歓迎してくれて嬉しいなぁ。これからは売り上げを競うライバルになるんだろうけど、いつか共演してみたいな、なんて。

 MVで着た衣装はもちろんいつものいあちゃんの服。動きに合わせてミニスカートがフリフリ揺れて、とってもかわいい。ただ、SNSにいっぱい投稿されたPVの画像がみんな私の顔や胸、太もも、お尻のアップなのは流石に恥ずかしいかな……。

 そして私の初ライブは、私がゆかりさんのライブを初めて見たあのハイブハウス。発表された当日にはチケットが完売したらしくって、滑り出しは上々みたい。

 

 そしてついに、今日は私の初ライブ。アイドルとしての大きな一歩を踏み出す、大事な日だ。

 リハーサルは何事もなく終わり、歌も踊りもばっちり。後は本番を迎えるだけなんだけど、お客さんが入ってきた途端にすっごく緊張してきた。

 控室には客席の様子が見れるモニターが付いていて、そこでお客さんが入ってくるのを確認できる。チケットが売れてるんだからお客さんが来てくれるのはある意味当たり前なんだけど、それでも私目当てにお金を払って見に来てくれているなんてちょっと緊張する。

 それに私のグッズのタオルだとかペンライトだとかTシャツだとか、そう言うのを買ってくれていて、あれって結構高いでしょ? だからなおさら身が引き締まる。

 ついさっきまでは『練習通りやっていれば大丈夫』って思っていたけど、なんだかもっと頑張りたくなってきた。お金を出してくれて私を応援してくれている、ファンになってくれたみんなのためにも、精いっぱいのいいパフォーマンスを見せなきゃ。

 

 

 開演の時間がやってきた。

 まずバックバンドの皆さんが入って、イントロが始まる。私の1stアルバムの一曲目。プログレッシブメタルのように荘厳なギターソロが先陣を切り、早いパッセージを応酬するベースソロにバトンタッチし、ツーバスとタムのコンビネーションが華やかなドラムソロで締めくくられる。

 お客さんのボルテージは一曲目には十分すぎるほどに上がっていて、これだけお膳立てしてもらったらもう失敗するわけがない。ワイヤレスマイクを左手で握りしめ、大きく深呼吸をした。

 控室とステージはたった一枚のドアで区切られている。目の前にあるドアを開ければ、そこはもうステージの袖だ。もうすぐ私の出番。気持ちを落ち着けて、練習の成果を見せないと。

 でもそう思うほどに緊張が増していって、マイクを握る手に力が入る。表情もこわばっていって、鼓動も早まっていった。指先やつま先が冷たくなってきて、自分でも『ちょっとすごいくらいに緊張しているな』って不安になってきたその時、後ろから優しく抱きしめられた。

 振り返るまでもない。ゆかりさんが私のことをぎゅって抱きしめてくれているんだ。

「大丈夫ですよ。ちょっとくらいミスしたって、いあちゃんは初めてのライブなんですから、みんな許してくれます。数年後に笑い話に出来るんですから、気にしなくたって大丈夫。楽しんでくれば、それでいいんですよ」

 耳元で柔らかくささやいてくれたその声は、私の体をあっという間にほぐしてくれた。

「メイクが崩れちゃいますからこれくらいしかできないですけど、帰ったらいっぱい褒めてあげます。だから、気楽に楽しんできてください」

 頭を撫でられ、肩を撫でられ、もう不安は残っていない。

「みんなあなたの笑顔を見たくて来ているんです。あなたの完璧な歌やパフォーマンスもいいですけど、笑ってくれているのが一番喜んでもらえるんですよ。だからほら、笑って見せてください」

 また一つ深呼吸をして、振り返る。そこには温かい笑みを浮かべてくれているゆかりさんが居て、なんだかとっても安心できて、自然に頬が緩んだ。

「いってきます、ゆかりさん」

「いってらっしゃい」

 今日は私の初ライブ。絶対成功するなぁって、もう確信できていた。

 




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