『例の部屋』から始まるTS偽いあちゃんとゆかりさんの話   作:Sfon

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フラッシュバック

 今日のお仕事は水着姿の写真撮影。海やプールにいるわけでもないのに水着を着るっていうのは結構恥ずかしいものがあるけど、お仕事なんだからグッとこらえなきゃ。

 今日着るのは黒のビキニ。うーん、なんとも無難で面白みがあるわけではないけど、まあ、水着を見せたいっていうよりは私の体を見せたいのかも。肌の白さとか、髪色とかが映えそうだし。

 更衣室で着替えてバスローブを羽織り、出番を待つこと数分で案内役のお姉さんに声をかけられる。私のマネージャーさんと一緒にお姉さんについて行って撮影スタジオに入ると、数人の大人が私を待っていた。

 照明さんにカメラマンさん、雑誌の担当者さんもいるみたい。すっかり顔馴染みになった担当者さんに軽く挨拶をしてから、バスローブを脱いでマネージャーさんに預ける。

 よし、今日も可愛く撮ってもらうぞ。

 白いスクリーンが高くそびえたっている撮影ブースに向かい、カメラに向かって立つ。一つ深呼吸して気合を入れて、カメラマンさんの指示を待つ。すると、なぜかカメラマンさんが訝しげな表情で私に視線を送ってきた。

「あの、何かありましたか?」

 カメラマンさんは何も答えてくれない。いつもならポーズの指示を貰えるはずなのに。もしかして、何も言わなかったらどんなポーズをとるかとか試されてる?

 いや、さすがにそんなことしない気がする。じゃあ何か変なことをしちゃったのかな、と焦り始めたその時、スタジオの入り口、私が入ってきた方から大きな声が上がった。

「いあさん、スタジオ入りでーす」

 その男の人の声に続き、周りのスタッフさんはみんなその入り口の方を向き、それぞれ『よろしくお願いしまーす』と挨拶している。

 どうして。私はここにいるのに。

 理解できないまま呆然とそこに立っていると、奥からマネージャーさんと一緒にプラチナブランドの髪をした可愛い女の子が歩いてきた。その子はとても見覚えがあって、というか……。

「いあです、今日はよろしくお願いします」

 目の前の『私』にそう声をかけられ、返す言葉なんて出てこない。

 そのまま呆然として突っ立っていると、急に肩を引っ張られた。

「ほら、お前は自分の持ち場につけ」

 私の後ろから手をかけたのは、さっきのカメラマン。咄嗟に視線を自分の体に向けると、そこにはある意味見慣れた、『男の頃の俺』の姿が広がっていて―――

 

 

「―――ッ! ……夢、かぁ」

 一気に目を見開いたその視界に入ったのは、真っ暗な部屋と、このひと月で見慣れた天井。壁にかかっている時計は朝の四時を示している。

 激しく心臓が拍動している中、震える手で自分の体をなぞれば、どこにも男の面影なんて存在しない。

 前髪は顎まで届くほど長く、一房手に取って目の前に持ってくれば、プラチナブロンドのその髪が微かな光を拾って、ほんの少しだけきらきら輝いている。

 頬に手を当てれば、すべすべもちもちとした肌の感触。まるで絹地を触っているようななめらかさとしっとり感で、女の子でもここまで綺麗な肌の子はそう多くないはず。

 胸に手を当てれば、確かに柔らかい感触。おなかも、あそこも、全部すべすべ綺麗な肌。

 ふっくら柔らかい体つきは私の記憶の中にある今の体のものに違いない。男の頃の、あの体とはかけ離れた、可愛いいあちゃんの体。

 でも、どれだけ体中を触って今の自分の体を確認しても全然落ち着かなくて、隣で寝ているゆかりさんを起こさないようにそっとベッドを抜け出し、洗面所に向かった。

 

 自分で付けた照明の眩しさに目を細めながら、鏡の中を覗き込む。そこにいるのは可愛い女の子。プラチナブロンドの長い髪をした、碧い瞳の女の子。

 大丈夫。私はイア。可愛い女の子なんだ。

 

 

 

 最近、よくあの夢を見る。

 昔の体に戻る夢。一番酷かったのは、ゆかりさんと一緒にお風呂に入っていたら自分の体が男に戻っていて、その姿を見たゆかりさんに『死ぬほど』殴られたやつ。あれを見た日はゆかりさんのことを直視できなかった。

 アイドルや写真のモデルを仕事にしている以上、体を人前にさらす機会は毎日のようにあるし、自分の姿を仕事の中で常に意識させられる。

 そんな自分の姿というのは、生まれてからゆっくりと成長し、その長い時間の中で頭に叩き込まれるのが普通。でも私の場合はある日突然この体をどこかの神様から与えられたから、そんな時間は経っていない。むしろ他人の体として、画面の中のキャラクターとして見ていた時間の方が何倍も長い。

 今の自分の姿が可愛い女の子だって理解できているつもりではあっても、頭の奥深くに刷り込まれているわけではない。だから、深層心理を反映した夢に、あの頃の私の姿が出演してしまうんだろう。

 確かに、このひと月ほどで自分の体には慣れた。かわいい服を着ることも、女の子の下着を着ることも、当たり前のように受け入れられている。でも、それはどちらかといえば「ロールプレイに慣れた」のであって、本当の意味でこの体を自分自身のものだと心の底から思っているわけではない。

 ゲームの自キャラは自分の分身としてまるで自分のように扱うけれど、やはりそれと本当の自分自身との間には大きな壁がある、そんな感じだろうか。

 ゆかりさんとの関わりも「いあちゃんならこんな感じに振る舞うだろう」と、ある意味自分の中の彼女を演じているにすぎないのかもしれない。

 しかし、だからと言ってこれからどう過ごせばいいのだろう。男の頃の自分を表に出して生活できるか、いや、絶対にできない。この姿になった時点で元と同じ振る舞いはできそうにないし、どう振舞っていたのかはっきりしない。

 男の頃の私がゆかりさんと出会ったらどうしていたかなんて、想像もつかない。多分声をかけられることはないし、かけるようなこともないだろう。

 じゃあ、今の私を形成しているものはなんだろう。この姿、ゆかりさん、そして男だった過去。

 ゆかりさんは私の元の姿までは知らないものの男だったことは知ってるし、どこか受け入れている……なんならむしろ喜んでいる節もある。でもそれは今の私の姿が可愛い女の子だから。

 私が元の姿に戻ってしまったとしたら、確実に家から追い出されるだろう。当たり前だ。子猫だと思って飼っていたペットが突然ゴキブリになったら、誰だって窓から放り投げるに違いない。

 姿は借り物、立場はギフト。

 本当の私ってなんだ。

 

 

 

「最近、何かありましたか?」

 1日の仕事を終えて自宅に帰り、ゆかりさんと二人でちょっと遅い晩御飯を食べてる時。今までと同じように仕事も生活もこなしていたつもりだけど、何かを感じ取られたのだろうか。

 黙々とご飯を食べていた私に対して、ゆかりさんはあんまり食が進んでない様子。ご飯を食べずに、私の様子をじっと見ていたみたいだった。顔を上げたら彼女の視線が私の瞳を突き刺してきて、すぐに目の前のお皿の中へと視界を逃がす。

「え? いや、別に何もないよ。どうして?」

 そう、何もない。私の周りの人はみんな優しくて、笑顔で接してくれている。仕事でちょっとミスしても、多少ならちょっと注意されるだけで、後は笑って許してくれる。ストレスなんてほとんどない。

「いや、何もないわけがないんです。ここ最近、いあちゃんから私に話しかけてくれたり、抱き着いてきたり、そういうのが全然ないじゃないですか」

「あー、ちょっと仕事が多くて疲れてるのかも」

「それだったら、前のいあちゃんなら私にくっついてきて『慰めてよー』とか言ってくるはずなんです。でもそういうのが本当に、全くないじゃないですか」

「ゆかりさんもお仕事忙しいし、あんまり迷惑かけるのも良くないかなって」

 心配されたくなくて、あれこれ理由を思いつくままに吐き出していく。気にしないでほしい。いつも通りに接してほしい。何も変なことがないまま、今日を無事に終えたい。

 そう思っているのに、ゆかりさんは私を疑うような目で見つめ、そしておもむろに立ち上がった。まだご飯を食べ終わっていないのに。

 どうしたんだろう。何か変なことをしたかな。怒らせちゃったかな。そんなネガティブな感情が次から次へと沸き上がる。

 ゆかりさんが私に近づいてくるのを、足音だけで感じる。

 隣に立ったゆかりさんがおもむろに両手を広げた、ただそれだけのことで、夢の中で私を殴ってきたゆかりさんがフラッシュバックして、体が固まってしまう。

 一体何をされるんだろう、何をしたいんだろうって半ば混乱していると、真剣な声色でこう言葉を掛けられた。

「いあちゃん、抱き着いてみてください」

 横目でゆかりさんを盗み見て、すぐに皿の中へと視線を戻した。

「なに、どうしたの。ご飯中だよ?」

「いいから、ほら。それとも私と抱き合うのが嫌ですか?」

「嫌なわけないじゃん。でもさ、ほら、ゆかりさんもご飯全然進んでないし」

「いあちゃん、私は真剣なんです。ちょっとの間だけ、ぎゅって抱き合ってみたいだけなんです」

 そう、ちょっとの間だけゆかりさんに抱き付けばいい、ただそれだけのこと。なのに、私の足には力が入らない。自分でもどうしていいか分からなくなって、不安になって、だんだん息が浅く早くなって、指先が冷たくなっていく。

「いあちゃん、なにかあったんですよね」

 もう耐え切れなくて、言い訳も思いつかなくて、微かに、でも確かに、頷いてしまった。

 

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