『例の部屋』から始まるTS偽いあちゃんとゆかりさんの話   作:Sfon

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反動

 ぽつりぽつりと、ここ数日振る舞いについて告白する。

 自分の力で得たわけではない、何者かから与えられた容姿や能力、立場。それらを失うのが怖くて、意識したくない。そんな気持ちが裏返って、あんな夢を見たんだと思う。

 そしてその夢は心のどこかにあった恐れを表層へと引きずり出し、その恐れはやがてゆかりさんにも向けられるようになった。

 ゆかりさんが自分を好いてくれるのはこの容姿があるから。私がかわいい女の子だから。この容姿が無くなっても変わらずに接してくれる、そんな安心感は、ゆかりさんとの間に無くなっていた。

 仕事中は、与えられた役割をこなすのに集中することでその恐れから逃れられた。でも家に帰って、ゆかりさんと二人きりになったら、その逃避はできなくなってしまう。もし、何かの拍子に元の男の姿に戻ってしまったら。そんな考えが一度浮かんだら、もうゆかりさんとむきあうことはできなくて、こそこそ逃げ隠れしていた。

 今まで一人苦しんでいたこと。ゆかりさんには関係ない、自分だけの問題だって思ってずっと抱え込んでいた、そんな思いを白状した。

 でも、どうせ呆れられるか、慰められるか、何にしたってこんなことを告白しても何も変わらない。そう思っていたけれど、ゆかりさんはうつむく私の前にしゃがみ込み、無理やり私の顔を覗きこみ、真剣な表情で私に説教し始めた。

「まず、いあちゃんは前の姿から今の姿へと見た目が変わったのを、整形手術の最上位版みたいな感じでとらえてる気がするんですけど、それって全然違います。いあちゃんはこの世界に生まれなおしたんです」

「生まれなおした?」

「そうです。いあちゃんはこの世界に存在を認められているんです。書類的な観点から言えば、いあちゃんには戸籍があります。私と入籍している一人の女性として、国から認められてます。だから保険証もあるし、結月いあって名前でお仕事ができているわけです。

そして、世界からも存在を認められてます。いあちゃんは明らかにこの世界の生物の根本的な仕組みを無視して、口から入った食べ物をどこかに消し去っているか、全部エネルギーと水と二酸化炭素に変換するなんて行為を成し遂げてるわけです。そんな存在が何の脈絡もなくこの世界にやってくるなんてありえないので、高次の存在が私の元に特別な存在のいあちゃんをプレゼントしてくれたことになるわけで、だから何だという話なんですけど、つまりですね、考えても仕方が無いよってことです」

 長々と説明口調で述べた結論がそれか、と、正直落胆してしまう。そんなこと、深く考えなくたって慰めの文句に思いつきそうだ。ずいぶん真剣な顔をしているから、もっとこう、違うことを言うのかと思ったけれど。

「結局そうなるのかぁ」

「そうなるんです。相手は神様なんですから、なんだってできます。それこそ私たちの命だって、奪おうと思えば奪えるんです。だから諦めが肝心で、今を楽しんで生きるしかないんですよ。そしてそれがどういうことかっていうと、私はいあちゃんを目一杯可愛がりたいし、いあちゃんには思いっきり甘えてきてほしいんです」

 怖い夢を見る前、あんなに私がアピールしていたのに全然反応してくれなかったゆかりさんから『いあちゃんを可愛がりたい』とか、そんな言葉が出てきても全然嬉しくない。それならもっと早く私の好意を受け止めて、返してほしかった。そんな不満すら出てきてしまう。

「でも、いあちゃんはどうやら私が怖いみたいですし、別に無理して甘えてこいとは言いません。だから、今日は私の番です。いあちゃん、ご飯を食べ終わったら、ベッドにきてください」

 遅い。遅すぎるよ。抱き着いたりキスしたり、そういうのはほとんど私からおねだりしていて、ゆかりさんから求めてくれるなんて、本当に数えるほどしか経験していない。 

 ゆかりさんから歩み寄ってきてくれるなら頑張ってこたえたい。でも、正直まだゆかりさんと関わる不安や怖さは抜けてないし……大丈夫かなぁ。

 

 

 ご飯を食べ終えて食器洗いを済ませたころ、ちょうどゆかりさんがお風呂から上がってきたところだった。いつもはルームウェアを着ているのに、今日はバスローブ姿で目新しい。これ、私もお風呂に入った方がいい気がする。

 ゆかりさんに一言聞いてみたら、『じゃあ入ってきてもらえますか』とのこと。じゃあ入るかぁっていつも通りシャワーを浴びたけど、あれ、これってもしかして体の隅々まで洗った方がいいやつ?

 いや、さすがにゆかりさんもそこまでしないでしょって思うけど、一応、念のためにね。汗もかかないし新陳代謝もないけど、石鹸のいい香りがつくし、ホコリとか落ちるし、うん。

 普段は気にしないような隅の隅までバッチリ洗って、髪もいつもの倍くらい丁寧に洗った。この長~い長い髪を洗うのってかなり大変なんだけど、ゆかりさんが好きならその手間も手のかかる子みたいなもので何というか、愛着がわいてくるというか。

 とかなんとか言いながらシャワーを浴びてたら、あれ、もしかして結構この体自体にも愛着がわいてきたかもって。まだ自分の体だってきちんと認められていないと思ってたけど、髪も、瞳も、肌も、体のいろんなところをゆかりさんに褒めてもらえたからとっても大事なものになってる。

 少しずつ、私の頭の中の『いあちゃん』が知らない、私だけの思いが体に増えていって、この体も私のものなんだって思いも出てきて、少しずつこの体が借りものじゃなくなってきそう。

 でも、やっぱりまだ不安は抜けきらない。いつか元の体に戻っちゃうんじゃないかって思いは拭えなくて、それが解消されること、あるのかなぁ……。

 

 ゆかりさんにならって、私も下着にバスローブ姿でベッドに向かった。部屋の中は薄暗くされていて、なんだかちょっと雰囲気が出ている気がする。ちょっとラベンダーのような、リラックスできる香りも漂っている。

 ゆかりさんはベッドの上にぺたんと座って私を待っており、私が来たのを見るとぽんぽんと膝の前を叩いて私を呼び寄せた。促されるままにベッドに上がると、ゆかりさんは私を後ろから抱きしめる。部屋にふんわり漂っている香りが一層強くなって、その香りがゆかりさんからのモノだって気づく。

「いあちゃん。今まではいあちゃんが私に抱き着いてくれたり、キスをねだってくれたりしてくれていましたね。私はそれがとっても嬉しくて、でもそれがいつものことになってしまってたんです。いあちゃんが寝ているところを襲っちゃって、受け入れてくれたあの日以来、いあちゃんからのアプローチがとっても増えて、もうそれだけで満足しちゃって、私から全然何もしていませんでしたね」

 ゆかりさんから抱きしめられたのはいつぶりだろう。

 耳元で囁くその声は、私が本当に欲しかったモノ。でも、まだ心のどこかではゆかりさんに触れられている罪悪感が、しこりとなって残っている。背中に感じる彼女の柔らかさ、暖かさ、耳から伝わる愛情、それらを素直に受け止めきれない、

「でも、それは甘えてるだけだったんだなって、ようやくわかったんです。いあちゃんだって、求めてもらいたいですよね。本当にごめんなさい。だから、今日からは私の気持ちをきちんと伝えますね」

 閉じかけていた私の心をほぐすように、ゆかりさんは私の頭を撫で、髪をすく。赤子に語り掛けるように、ゆっくり甘い声で囁く。肌と耳の両方から温められて、次第に体の力が抜けていった。

「いあちゃん、本当に大好きです。あなたが私に向けてくれる好意が本当にうれしくて、毎日の生活がとっても幸せです。最近はいあちゃんが私にちょっかいを掛けてくれなくて寂しかったですけど、ちゃんと私から声を掛けないとダメでしたね」

 体をゆかりさんに全部預け、足も前に投げ出してしまっている。もう立ち上がることもできない。完全にゆかりさんの好きなようにされる準備が完了してしまった。これからどんなことをしてくれるんだろうって、期待がどんどん高まっていって、首筋にじんわり汗をかき始める。

「今までいあちゃんからのアピールを知らないふりしていたのは、たぶん抑えがきかなくなっちゃうなって思ったからなんです。でも、どうやらいあちゃんはそんな我慢いらないみたいですから、もう遠慮しません」

 お腹に回された片腕はそのままに頭を撫でていた片手が離れ、そっとチョーカーが外された。そのチョーカーは、私の女の子耐性を上げるサポートアイテム。それが取り払われた今、ゆかりさんの体の柔らかさは、私を安心させるものから興奮させるものに移り変わっていく。

「明日は私もいあちゃんもお仕事開始が遅いですから、気のすむまで可愛がらせてもらいますね」

 そっと頬に手を当てられ、導かれるままに振り向く。

 一晩続く甘い時間は、キスから始まった。唇や舌から首筋へと痺れが走り、視界はゆかりさんの顔で埋め尽くされる。彼女は目を閉じてくれない。視線をそらそうとすると、耳を撫でられ、首を撫でられ、舐るようなキスで叱られる。

 互いの口が溶け合った頃、バスローブの首元がはだけられ、肩から胸元まで彼女の指先が伝った。それを追うように唇が撫で上げ、ついばみ、彼女に支配されている証が刻まれていく。

「いあちゃんの肌はとっても白くて、ちょっと吸っただけで後がついちゃうんですね」

 胸にキスマークが落とされ、バスローブがベッドの上に滑り落ちる。火照った体が撫であげられ、思わず身震いしてしまう。

「あれ、この下着、見たことないですけど新しく買ったんですか? よく似合ってますよ」

 確かに、今つけている下着はおろしたてのもの。私が今までどんな下着をつけているかまで知っているなんて、普段から私のことをよく見てくれているんだなって気づかされて、それが心を震わせる。

「いあちゃん、とっても奇麗です。私にもっと見せてください。いあちゃんの隅から隅まで、いろんな表情を。私にだけ見せるとろけた表情、楽しみにしてますから」

 軽く肩を引かれ、そのままベッドの上に体を投げだす。ゆかりさんはするりと体を抜き、私へ覆いかぶさった。彼女が私の寝込みを襲おうとしてくれたあの日を思い出す体勢ではある。しかしゆかりさんの様子はまるで異なり、私の瞳を覗き込む表情はどこか嗜虐的で、下っ腹に熱いものを感じたのは気のせいじゃないだろう。

 

 

 

 お互い、下着すら身に着けていない。全身を包む心地よい疲労感の中、布団の中で後ろから抱かれている。なんだか死ぬほど恥ずかしいセリフを吐いてしまった気がするけれど、逆に考えれば今後どんなことを言っても今晩よりましになるから良い、のかな。

 とりあえず、分かったこと。ゆかりさんの独占欲は思ったよりも強かった。あと、性欲も。私のすべてをゆかりさんに染められて、心の底から私がゆかりさんのモノだって宣言するまで手を止めてくれなかった。まぁ、宣言したからといって止めてくれたわけではないんだけど……。

 そして首に巻かれているのは、プレゼントされた新しいチョーカー。ぱっと見のデザインは同じだけれど、月をモチーフにしたシンボルが追加されていたり、内側にゆかりさんと私の名前が入っていたりとなかなか手が込んでいる。

 家にいるときは元のチョーカーじゃなくて、こっちを付けてほしいんだとか。それだと女の子耐性がガタ落ちしちゃうって一応言ったんだけど、『その方が自分の見た目も立場も実感できるでしょう』って。

 もう正直、ゆかりさんに手懐けられてしまった感じがする。そもそも、裸にチョーカーとかすでに倒錯的だし、それをすんなり受け入れてしまった自分も自分だ。でも何というか、ゆかりさんに必要とされているんだって実感がわいて結構いいかも。

 

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