『例の部屋』から始まるTS偽いあちゃんとゆかりさんの話   作:Sfon

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『現実』に戻ってきたらしい(3)

 ゆかりさんから借りたスニーカーを履いてバス停までやってきたけれど、ここまでどんな道を通ってきたかは全く覚えていない。理由は簡単で、ずっと考え事をしていたからだ。

 どうしてゆかりさんは、神様みたいな誰かによってオレを配偶者にされたのに、全然嫌な顔をしないんだろう。どうしてゆかりさんは、オレをアイドルにしたがっているんだろう。そもそも、どうしてゆかりさんはオレを拒絶しないんだろう。

 戸籍謄本からわかったのは、ゆかりさんには実の親がいないってこと。だから親を求めた? それはきっと無い。それならもっと大人っぽい人を望んでいるだろう。

 ポイントなのは、いあちゃんの見た目をゆかりさんが望んでいたということ。じゃあ、友達が欲しかったとか? ありえなくはない。でも、それだけじゃ配偶者問題が解決しないし、アイドルにさせようともしないだろう。ただいるだけで満足できそうなものだ。

 同年代の同性を欲しがった理由。……ゆかりさんがガチレズでパートナーを欲しがったということにするとかなりいい線に行くが、やっぱりアイドルの成分は無い。

 もう、『ゆかりさんはガチレズでパートナーを欲しがっていて、一緒にステージに上がる仲間も欲しかった』なんて筋しか残っていない。割とありそうなだけに否定できないのがアレだけど……。

 そんなことを考えてながら歩いていたら、ゆかりさんが『しょうがないなぁ』なんて言ってきそうな目を向けてきた。

「ちょっと、そんなに大股で歩いたらスカートの中見えちゃいますよ?」

「そんなに?」

「割とそうですね。たぶん階段を昇ったら後ろから覗けると思います。せめてもうちょっと姿勢を良くしないとですね」

 今着ているのはオフショルダーのトップスとミニスカートである。何度も見たことのある、あの服装だ。改めて今自分がしている服装を再認識すると、ミニスカートの不安さや肩が露出している違和感が急に沸き上がってきた。

 ミニスカート、端から見ているときは可愛いとしか思っていなかったが、いざ自分が履く立場になると全く安心できない。こんなのお風呂上がりに腰に巻いている布と何の違いもないだろう。

 お尻の下のラインからこぶし一つ分くらいまでしか布で覆われていなくて、誰かが、それこそ今横にいるゆかりさんがちょっとめくっただけで、下着が丸見えだ。歩いていると太ももでスカートがひらひらと揺れ、ちょっと風が吹いただけでめくれてしまうんじゃないかと気が気でない。

 この恥ずかしさが何とかならないかと考えてパッと思いついたのは、タイツを履くことだった。タイツを履けば、多少守られている感は増える気がする。パンツの見え方も直にみられるよりはだいぶマシだろうし……。

 なんて考えてタイツを履いている自分を想像すると、そもそもこんな服装をして外出すること自体がひどく緊張してきた。 

 女装をしているような感覚で、今まで経験したことなどない。周りにどう見られているか心配できょろきょろするし、鏡や窓ガラスに自分の姿が映れば必ず覗き込んで、今の自分の姿を確認する。

 確認すると、それはそれでまた恥ずかしさが沸き上がってきた。この服はオフショルダー部分がかなり深くて、胸の上半分くらいまで見えていて、その下に着ているキャミソール風の下着のようなものは体にぴったりフィットしている。

 だから、胸の形がはっきりと見えてしまっているのだ。こんなの、男で言えば常にブーメランパンツを履いて外を歩いているようなもので、性的アピールになる部分がこんなにはっきり見えるだなんて恥ずかしくてたまらない。

 新しい服を買う時は、絶対にオーバーサイズで体のシルエットが分かりづらいものにしよう、そう決めた。

 ゆかりさんは先導しつつ、オレの仕草を微笑ましいような呆れたような、そんな笑みを浮かべている。自分の姿が映り込むものがあれば毎度毎度覗き込んでいたので、さすがに気にされてしまった。

 すごいナルシストに思われているんじゃないかなんて心配になったけど、オレの不安をしっかりくみ取ってくれる。

「そこまで気にしなくても大丈夫ですよ。少なくとも、普通に歩いている分にはきちんと女の子できています。きちんと胸を張って歩いて、おどおどしなければもっとよくなりますね」

「そうは言っても、すぐに慣れるわけないじゃないですか」

 時折振り返り、かわいいとか、服が似合っているとか言って、安心させてくれようとする。その気遣いが申し訳ないのと、そもそも彼女を視界に入れたくなくて、ずっと顔を背けながら歩いた。

 もちろん、ゆかりさんが嫌いなわけではない。ただ、ゆかりさんが外に出る前に着替えた、新しい服装がかなり琴線に触れたのだ。白いワンピースにピンクのパーカー。『結月ゆかり 穏』の服装として知ってはいたものの、実際目の前にすると胸がキュっとするくらいに魅力的だ。

 どうして着替えたのかと聞いてみたら、あの服装はステージ衣装らしい。今日に限っては朝起きたときにあの服装だったのでそのまま着ていたらしいが、普段は着ないそうだ。

 それに、今のゆかりさんは変装のためにキャスケット帽と眼鏡をかけているから、ちょっと頭がよさそうな感じで、これはこれでかっこいい。なんだか、頭がくらくらしてきた気がする。

「大丈夫ですか? 自販機で飲み物でも買います?」

「いや、大丈夫」

 バス停に到着してそんなに待たないうちにバスがやってきた。乗り込んでどこに座るかちょっと考えていると、ゆかりさんに背中を押されて一番後ろの窓際に押し込まれる。そして、少し間隔を開けてゆかりさんが座った。

 座ってすぐに、またゆかりさんから指摘が入る。

「きちんと膝を閉じないと、中を見られちゃいますよ?

「え、そんなに開いてないと思ってたんですけど、これでも?」

「ぴったり膝を付けても見えるときは見えちゃうくらいです。手で裾を軽く押さえてスカートを太ももの丸みに沿わせないと、遠くから全身を撮影されたときに結構見えちゃいます」

 なるほど、だから女の人はみんな太ももに手を置いていたのか。言われたとおりに膝をくっつけて、手をスカートの裾にあてる。これ、巨乳の人がやったら胸がすごく強調されるんだろうなぁ、なんてちょっと考えてしまった。オレの場合はほとんど関係ないけれど。

「そうそう、ミニスカートをはいてるときは、きちんと毎回そうやって座ってくださいね」

 なんて言いながら、なぜかゆかりさんはオレのすぐ横にぴったりとくっついてきた。肩が触れてるし、腰も触れている。逃がさないという意思表示なのか何なのか分からないけれど、窓際にちょっと寄ったらその分だけ詰めてきて、ついには壁とゆかりさんでぴったり挟まれてしまった。

 一体何を考えているんだろう。すぐ横にゆかりさんが座っている緊張から心臓が一瞬でうるさくなって、それはバスに乗っている間ずっと続いた。

 

 役所は降車したバス停からすぐのところにあった。平日の昼間だけあって多少はすいていて、すぐに戸籍謄本を発行してもらえたのは、ある意味よかったかもしれない。もし微妙な空気で1時間とか待たされたら地獄だっただろう。

 ゆかりさんが持っていた書類が偽造されたものだったらそれはそれでよかったけれど、そんなことは無かった。役所の方から受け取ったものの内容はゆかりさんから見せられた全く同じで、ゆかりさんとオレは配偶者になっているし、ゆかりさんの父母欄は空欄のままだった。

 

 ゆかりさんに書類を返し、周りに人がいないところを探して役所を出た。

 少し歩いたところにあったベンチに、二人並んで座る。周りにはサラリーマンがちらほらいるだけで、オレたちに注目する人は誰もいない。ゆかりさんは少なからずメディアに露出しているから何か起こるかもしれないと思ったけれど、案外なんともないものだ。

 すでに覚悟は決まっている。ゆかりさんを安心させるためにもしっかり明言しておかないといけない。現に、目の前の彼女は大学受験当日の高校生よりも緊張しているくらいの面持ちだ。

 今くらいは、ゆかりさんとしっかり向き合わないといけないかもしれない。気持ちを落ち着けるために深呼吸すると、ゆかりさんの肩がぴくっと持ち上がったのが見えた。よほど緊張しているのだろう。

 隣に座っているゆかりさんとしっかり向かい合うと、逆に彼女の方が目線をそらしてうつむいている。さっきまでは彼女の方がオレに目線をあわせようとしてきたのに、まるで逆だ。

 ずいぶんと緊張しているゆかりさんをできるだけ不安にさせないように、柔らかい声色を意識して語り掛けた。

「大丈夫ですよ。もうここまで来たら覚悟は決めました。ゆかりさんの事務所に入って、アイドルを目指します」

 そう告げても、すぐに反応は返ってこない。ゆかりさんは一つ深呼吸をして、そしてオレに向かい合った。その表情ははじめ信じられないものを見るようなもので、それからだんだん頬が吊り上がってきて、やがて満面の笑みになった。

「よし、じゃあ早速女の子の特訓を始めなきゃですね。せっかく街に来ましたし、いろいろ買っていきましょうか。服とか、食器とか必要なものはいろいろありますし……」

 急に元気になって、正直びっくりしている。ジェットコースターみたいなリアクションだ。

 ゆかりさんはスマホを弄ってあれこれお店を調べては、『ここに行こう、こっちにも寄ろう』と考えているみたい。ずいぶんと楽し気で何よりだ、なんて思って眺めていたら、彼女はふと何かに気づいて顔を上げ、笑顔でオレに目をあわせた。何か楽しいことでも思いついたんだろうか。

「なんですか?」

「これからよろしくお願いしますね、いあちゃん」

「……よろしくお願いします」

 振り返ってみれば、名前を呼ばれたのはこれが初めてだった。

 オレ、いや、ワタシはいあ。ゆかりさんのパートナーで、アイドルを目指す女の子。

 

 

 笑顔を返すと、ゆかりさんももっと笑顔になってくれる。とっても嬉しい。やっぱり、ゆかりさんは眉間にしわを寄せて悩んでいるよりも、笑っている方がよっぽどいい。

「そうだ、そろそろ口調を戻したらどうですか? いあちゃんは敬語よりも、もう少し砕けた方が本来の自分でしょう?」

 敬語を使っていたのは、ゆかりさんと少し距離を置きたかったから。ワタシはゆかりさんに近づいちゃいけないんだと思っていたし、なれなれしくしない方がいいと思っていた。

 でも、きっと今のゆかりさんは、ワタシと仲良くしたがっているんだと思う。同年代に近い、同性の、気を許しやすいお友達が欲しいんだと思う。ならワタシもゆかりさんに歩み寄ってあげないと。

「まあ、うーん……そうだね、うん、そうする」

「やっぱりそっちの方がいい気がしますよ。あ、無理にする必要はないですけどね。人前にいるときには『女の子』になってもらわないと困りますけど」

 慌てた様子で急にフォローしてくるからちょっと面白くて、思わずクスリと笑ってしまった。妙なところで気を遣うんだから、肝が据わっているんだか繊細なんだか分からない。

 中身が男だと分かっているワタシを傍に置くくらいの神経のずぶとさがあるのに、気づかいはするんだから。

 それにしても、これでワタシがステージに立つっていう方針が固まったんだなぁ、なんてちょっと感慨深くなる。

「これから人前に出るんだもんね、じゃあ自分のことも『わたし』って言わないとかぁ……」

「そうですね。家の中では羽を伸ばしていいですから」

 ほら、またワタシに気を遣ってる。

「ちなみにゆかりさん的には何にしてほしい?」

「うーん……一人称が名前の女の子って、あざといですけど可愛いなって思いますよ」

 ゆかりさんの中身がおじさんだったりとか……ないよね?

 




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