『例の部屋』から始まるTS偽いあちゃんとゆかりさんの話   作:Sfon

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『現実』に戻ってきたらしい(4)

 今ワタシが着ている服がキャラクターとしてよく知られているものだと伝えると、ゆかりさんはこれをステージ衣装にすると言ってきかなくて、すぐにでも新しい服に着替えてほしいとお願いされた。

 ステージ衣装をそんな簡単に決められるの? って聞いたら、『そんな造りの服見たことないので、オリジナル感があってとってもいいと思うんです』らしい。確かに、オーダーメイドでもない限りこんなトップスは無いだろう。

 それに、『いあちゃん』に似合っているのはお墨付きだから、新しく衣装を考えるよりもいいのかもしれない。そういうわけで、今着ている服はステージ衣装にするから日常使いはしないことにして、ワタシが外出するときの服と家の中で着る服、寝間着を全部そろえることになった。 

 女の子の服屋さんなんて知っているわけもなく、全部ゆかりさんにお任せだ。人の服装を考えるのは割と好きなようで、彼女はスマホを弄って選りすぐりのお店に案内してくれるらしい。

 近くの駅まで歩きながらどんな服がいいか話していると、いろいろな案が出た。思いっきりガーリーなもの、大人っぽいモノ、女の子の服はバリエーションが豊富で、見ている分には楽しい。でもいざ選ぶとなると悩んでしまって、ゆかりさんにスマホで次々写真を見せてもらっては保留するのを繰り返す。

 その中で、ひときわ目を引いたものがあった。黒いパーカーに濃いピンクのショーパンを履いているモデルさんの写真だ。カラーリングは今のものと同じで、アクティブな印象を持たせる服装に惹かれたのだろう。

 でも、きっとゆかりさんはワタシにもっと女の子っぽい服を着せたいんじゃないんだろうか。この服は気になるけど、やめておこう。そう思って、スマホを返そうとしたときのことだ。

 ゆかりさんはその写真のページを保存して、似たような服を検索し始めた。

「いあちゃんはボーイッシュな服装も似合いそうですから、まずはそっちからにしてみましょうか」

「いいの?」

 てっきり、ゆかりさんはワタシを女の子らしい女の子にしたがっていると思っていたけれど、なんだがそういうわけでもないみたいだ。むしろ、ワタシが興味のある服を見つけたのを嬉しそうにして、どんどん同じ方向性の服を次々にピックアップしてくれる。

「私はあんまり着ませんけど、いあちゃんくらい女の子っぽさが見た目の前面に出てたら逆に似合うと思います。パーカーにショーパンとかも全然いいです」

 彼女が言うには、ボーイッシュな服装というのはむしろ、そのギャップによって女の子の可愛さを引きたてるのだとか。言わんとしていることは分かるけど、いまいち呑み込めない。とりあえず、抵抗の少ない服が着られるならそれはそれでいいけれど。

 でも、やっぱりどちらかというと、ゆかりさんに心の底から喜んでもらえる服を着たいという気持ちが大きくて、そっちを優先してほしいなって。そう思う。

「うーん、余裕があったらそれも買ってもらいたいかな。でも、とりあえずは、ゆかりさんがいあに着せたい服でいいよ? ゆかりさんのお金なんだし、ゆかりさんが喜んでくれるといあも嬉しいから」

 きちんと気持ちが伝わるようにゆかりさんの目を見てハッキリそう伝えたら、ちょっと目を丸くして、それから真剣な表情になった。何かを真面目に考えているような、そんな感じ。ワタシに着せたい服をそれだけ考えてくれているってことだと嬉しいな。

「……じゃあ、いろいろ店を見てみましょうか」

「はーい」

 ゆかりさんが気に入ってくれる服が見つかったらいいなぁ。

 

 

 電車に乗って、若者の集まる街に降り立った。平日の昼間だというのに、周りには女の子がいっぱいいて圧倒されてしまう。電車の中でも、街を歩いている今も、ゆかりさんは周りの人からワタシを守るように立ってくれていて、まるで彼氏みたいだ。

 横に立っているゆかりさんは最近のことについていろいろと話してくれる。きっかけはワタシが『ナルテップって何?』って聞いたことだ。ゆかりさんとの会話で出てきたそのワードは全く聞き覚えがなかったけれど、全国チェーンの一番有名なコンビニらしい。

 そこからこの世界についてワタシが全然知らないって分かって、普段の生活でよく使うお店のことだとか、最近の流行りだとかを教えてくれている。そんな話をワタシのすぐ横でしてくれるゆかりさんはとっても楽しそうで、ワタシまでニコニコしてしまうのが自分でもわかった。

 本当はゆかりさんを守る立場の方になりたいけれど、女の子の立ち回りが全く分からなくてサポートしてもらうばかりになってしまう。階段を上るとき、椅子に座るとき、何かするたびに女の子の所作を教えてもらって、それをこなすだけで精いっぱいになってしまった。

 でも、そうしてゆかりさんにお世話してもらっている今の関係性はなんだかとっても心地よくって、嬉しくって、今にも抱き着きたくなる。もしかして自分は守る立場じゃなくて、守られる立場の方になりたいんじゃないかなんて思ってしまうくらいに。

 でもそんなことをしたらきっとゆかりさんに引かれちゃうし、ゆかりさんはワタシに『守ってほしい、引っ張っていってほしい』とか思っている気がする。だって、そうじゃないと精神が男の女の子を欲しいと思わないはず……。

 なんて考えていると、ふと思い出した。ゆかりさんが言っていたこと。『中身に男がいる方が、女の子よりもかわいい女の子になれる』って言っていた。それならもしかして、できるだけ女の子っぽいことをした方がゆかりさんに喜んでもらえるのかもしれない。

 女の子二人で街を歩いていて、女の子っぽいこと……手をつないで歩く、とか?

 さすがに出会ったその日に自分から手をつなぐとか、さすがにちょっとハードルが高い。でも、いつかそんなことができたらいいなぁ、なんて思って、ゆかりさんの手をじっと見てしまう。

 ワタシにスマホを見せてくれているその手は華奢で、滑らかで、触られたらどんなに気持ちがいいんだろうって。爪も綺麗で、よく見たら透明なネイルをしているみたいだ。ワタシもそういうことをした方がいいのかなぁ。

 なんて思っていたら。

「いあちゃん、話聞いてます?」

 見とれていた手が目の前でひらひら振られて、びっくりしてしまった。すっかりゆかりさんの話は耳に入らなくなっていて、完全に無視してしまっていたことに今更気づく。慌てて謝って、何とか許してもらえるといいけど……。

「え、あ、ごめん、聞いてなかった」

「もう、どうしたんですか? 考え事でもしてたんです?」

 また、ゆかりさんは怒らないで、ワタシの心配をしてくれた。普通なら『ちゃんと聞いてくださいよ』くらい言われても全然おかしくないのに。大切にされているんだなって感じる。

 で、なんて返事をしようかなって思ったけれど、やっぱり素直なのが一番かもしれない。それっぽい返事でお茶を濁すことはできるけれど、こんなに気を遣ってくれているんだからワタシも本当のことをちゃんと伝えてあげないと、って気分になった。

「うん、ゆかりさんの手が綺麗だなって」

「なっ……ありがとうございます」

 ゆかりさんの目をきちんと見てそう伝えると、ちょっと顔を赤く染めて嬉しがってくれた。ワタシの言葉で喜んでくれるなんて、ワタシも嬉しい。

「透明なネイルって目立たないけど、こうしてみるとすっごくいいね」

 女の子らしさの一つにもなる気がする。やっぱり手先ってみんな見るし、個性を出せそうなところでもある。お化粧は服についたり、落ちちゃったりと気を遣いそうでちょっと抵抗があるけど、ネイルなら一度綺麗に決まればしばらくはそこまで気にしなくてよさそうなのもよさそうだ。

「ネイルって、一度したらどれくらい持つの?」

「私がしているジェルネイルってやつだと一カ月弱くらいですかね」

「ジェルネイル?」

「ネイルって、家でできるマニキュアとネイルサロンでやってもらうジェルネイルっていうのがあるんです」

「紫外線で固めるやつ?」

「そう、それです。マニキュアだと一週間も持たないですかね。いあちゃんもしてみます?」

 何となく聞いてみただけだけれど、思ったよりもゆかりさんが食いついてくれた。ただの手フェチ発言にならなくてよかった……。

 自分がお店に行ってネイルをしてもらうなんて全然イメージできないけれど、ちょっと気になる。女の子っぽいし、ゆかりさんと共通の話題を作れる機会を逃したくはない。

「うん、してみたい。ゆかりさんと同じのってできる?」

「もちろんです。せっかくだから私も付け替えようかなぁ……。今度一緒に行って、お揃いのネイル選んでみましょうか」

 それからはゆかりさんにお勧めのネイルのお店について教えてもらったり、流行りのデザインをスマホで見せてもらったりして、楽しく仲良く歩みを進めていった。

 隣で好きなことについて話しているゆかりさんはとってもかわいくて、これからもゆかりさんの好きなことをいっぱい共有出来たら嬉しいなって。

 




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