さんばかとゆく! ヘルエスタ放浪記~バトルスピリッツ~ 作:多田 竜一
戌亥とこ
犬耳と犬の尻尾が特徴の獣人。獣としての本来の姿があり、人間社会に溶け込むために人間に化けている。
普段はヘルエスタの喫茶店で、和風なメイド服を来て働いている。
人間より五感が鋭く、犬の獣人らしく特に鼻が良い。
趣味は夜釣り。
アンジュとリゼは、彼女に初めて出来た人間の友達で、出会ってからずっと仲良くしている。
年齢は不明。アンジュとリゼと出会ってからは1年経つので、最近は冗談っぽく1歳と答えることが多い。
信じがたい光景を前にして、アンジュは開いた口が塞がらなかった。
ルークに連れられてやって来た例の遺跡。その中の、以前来た時には全く気が付かなかった隠し通路を通され、今はその奥にあるひとつの地下空間にいる。
そこには、光る赤い水晶があった。
光の届かない地下空間を明るく照らす水晶には、信じられないことに
「言ったろう。これが事実だ」
その言葉で、呆けていた心が現実に戻ってくる。
なるほど。確かにルークの言った通りだ。
このドラゴン、確かにこの
錬金術師としての知識と経験が、そう確信している。
この水晶は、おそらく物理的に破壊することは不可能だろうし、破壊できたとしても、そんなことをすれば中のドラゴンごと木っ端微塵だ。
これが錬金術によるものなのかは定かではないが、少なくとも封印を解くのに知識と知恵が必要なのは間違いない。
それが、天才錬金術師「アンジュ・カトリーナ」がここへ連れてこられた理由だ。
ふと、アンジュの手錠が外された。
「一応言っておくが、無駄な抵抗はするなよ」
(そんな力、残ってないっての……)
牢屋の中で殴られた痛みが、まだ身体中にジンジンと響いている。動けないほどではないが、まともに走ることも出来なさそうだ。こんな状態じゃ、ルークから逃げ切ることは不可能だろう。
───やるしかない。
アンジュは水晶に近づいて、それを調べ始めた。
(……相当古いなぁこれ。目算でも何百年は前のものだって分かる。それなのに中はキレイに透き通っている……それほど強固でデキの良い封印なんだ)
本当に数百年このドラゴンが封印されていたとするならば、この封印の物理的な硬さは相当なものだ。水晶の表面は傷こそ目立つが、経年劣化すら起こしていない。
しかし。
(封印の仕組み自体は単純だ。確かに一般人に解除は無理だろうけど、知識さえあれば簡単に解ける原始的な封印だ)
少なくとも、アンジュには可能だ。
「どうだ? 封印は解けそうか?」
答えはyesだ。ただ。
「……ひとつ、聞いて良い?」
アンジュにはひとつ、懸念がある。
「なんだ」
「このドラゴンの封印をここで解いたとして、ここで暴れられたら私らヤバいんじゃないの?」
この封印の仕組みは単純だが、とても強固なのもまた事実だ。
つまりこのドラゴンの封印は、それほどに
もはや、どれほどに危険なものか想像すら出来ない。
そんなものの封印を急に解いて、もし暴れでもしたら、目の前にいるアンジュとルークはアリのごとくアッサリと潰れてしまうだろう。
「お前に選択肢なんてないだろう」
だが、そんなアンジュの考えは、杞憂だった。
「仮に俺が、そのドラゴンを手懐ける方法を持ってなかったとしてだ。お前からしたら、そのドラゴンに潰されるのと、俺に逆らって俺に殺されるのとじゃ、どっちも結果は変わらないだろ?」
「ハハ……いえてる……」
乾いた笑いの後に、アンジュの錬金術は発動した。
両手を「パン!」っと叩いた後に、その両手を地面へ叩きつける。
封印の構造を解析───完了。
封印の分解を開始───成功。
「おお!」
アンジュを中心に風が起こり、そしてみるみるうちに水晶の光が強くなっていく。
第1ロック───解除。
第2ロック───解除。
「来た来たキタぁ!」
その光に溶けるように、赤い水晶が消滅していく。
そして───。
(最終ロック───解けた!)
最後に、その光が地下空間の全てを飲み込む。あまりの眩しさに、2人の視界は一時的に奪われた。
◇◇◇◇◇
「おおきにな~」
通話を切って、戌亥は顔を上げた。
ここは林の中。例の古い神殿から遠く離れたところにある高い木のひとつの枝に、彼女は座っている。
ここは、神殿からは肉眼では戌亥を確認できず、しかし、戌亥の視力なら神殿が良く見える良い場所だ。
数分前、通話を始める少し前から、ここに来て神殿を見張っている。
その神殿の中からは、アンジュの匂いと、とう1人の人間の匂いがあった。おそらく、アンジュと彼女をさらった犯人は、あの神殿の中にいる。
(それにしても……)
戌亥には、少し引っ掛かることがあった。
匂いを確認にするために神殿へ近寄った時、違和感があったのだ。
(あの神殿、あんな変な匂いしとったかな)
あの神殿には、数ヶ月前にリゼとアンジュと戌亥の3人で悪ノリで遊びに行ったことがある。
ただ、その時はただの石の建造物。それ以外の匂いなんてなかったと記憶している。
とはいえ、危ない匂いでもなかった。
本当に、ただただ
(気のせいとか杞憂やとええんやけど)
───その瞬間、遺跡が光に包まれる。
「えっ!? 何!?」
その光は強く、強く天まで登って行き、そして数秒もしないうちに消えてしまった。
「なんや……何があったん……?」
目を凝らして、遺跡の方を良く見る。
しかし、外見では変化はなさそうだった。
───プツ。
《はい、セバスです。どうされました戌亥様?》
「なあ、セバスはん」
《……?》
「なんか、遺跡光ったんやけど」
《……はい?》
次回、ついにバトルが始まります。