実力至上主義の学校にオリキャラを追加したらどうなるのか。 作:2100
松下の一件のあとは特に何事もなく、通常通りにスキー演習を行い、一日のカリキュラムを終えた。
やったことといえば、スキーの列に帰ってきた時に愛理に何があったのか聞かれたので答えたことくらいか。
別に隠すことでもないので正直に答えた。
「よー速野」
スキー場からの帰り道、後ろから山内に話しかけられる。
「ん?」
「お前まだ滑れねーの?」
開口一番、まるで自分は最初から滑れていたかのような余裕の表情でそう言い放った。
「……悪いかよ」
俺が現状基礎コースにいるのは事実なので、素直に答えておく。
「なんだよ急にそんなこと言い出して」
「ほらさ、スキーの報酬ってタイム順で決まるんだろ? クラスポイントとか関わってくるかもしんないし、お前もそろそろグループの方の練習に行かないとやばいんじゃね?」
確かに、リレーでのタイムを速くするうえでは、グループの練習にいち早く参加することは重要だ。
だが同じ基礎コースの山内に言われる筋合いはない。
「そりゃお前も同じだろ」
「いや、俺さっき合格もらったから。次から演習コースだぜ」
「……」
なんと。
さっき講師に何か話しかけられていたと思っていたが、合格通知だったか。
だがなるほど、こいつが急に俺にこんな話をしてきた理由が分かった。つまりは自分が合格をもらったから、いまだに合格をもらえていない俺に対しマウントを取ろうというわけだ。
悪意を感じないあたりがまたタチの悪い部分だ。
「ま、基礎コースにも飽きてきてたころだったからさ。そろそろ合格もらってもいいかと思ったんだよ」
付け加えるようにして、あっけらかんとした様子で山内はそう言った。
「なんだ飽きてきたって……最初から滑ろうと思えば滑れたみたいな言い方だな」
「ったりまえだろー。中学のときはスキーの代表候補だったからな」
「……ああ、そうなの」
また始まった、山内の経歴詐称。
これは突っ込まないに限る。話の辻褄を合わせるための超エクストリーム理論を聞かされてうんざりするのがオチだろう。
ただなんにせよ、早いところ演習コースでグループリレーの練習をした方がいいのは山内の言う通りだ。
次で基礎コースは卒業しないとな。そうすればこいつにマウントを取られることもなくなるだろ。
1
夕食時間。
俺はグループの責任者である明人と飯を食べていた。
清隆も啓誠も見当たらず、愛理と波瑠加とも合流できなかったため、二人だ。
「グループの責任者は大変か?」
ありきたりな質問ではあるが、試験中はあまり話すことがなかったため、ちゃんと聞くのは初めてだ。
「まあそれなりにって感じだ。上級生とのやりとりの窓口が自動的に俺になるから、そこはちょっとキツいもんがある」
グループを引っ張ることそのものよりも、その副産物の方を苦々しく思っているらしかった。
確かに責任者になってからの明人は、上級生グループの責任者である進藤さんと飯島さんと話していることが多くなった。
明人は元々コミュニケーションが活発な方じゃない。苦手分野ながらもよくやってくれていると思う。
「ただ正直、龍園があんなに大人しいとは思わなかったぜ。もっと何か仕掛けてくると思って覚悟してたんだけどな。そういう意味じゃ、想定よりは大変じゃない」
「なるほどな。やっぱ一番の不安要素はそれだったか」
「そりゃそうだろ。なのに、いまはヘタなやつより真面目にやってるくらいだ。逆に気味わりいよ。今も何か裏で動いてることのカモフラージュだって言われた方が納得する」
「確かに」
事情を知らないやつが見れば、いまのあいつは不気味にしか映らないだろうな。
ただ事情うんぬんを抜きにしても、今までの龍園からして裏で動いてるってことは考えにくい。
あいつは何か策を巡らせていることを隠さず、逆に敵にアピールまでする奴だ。
無人島ではわざわざ俺たちをベースキャンプのビーチに招いた。
船上試験では自分から俺たちに接触してきた。
体育祭では全生徒の前で堂々と体育館を去っていった。
フェイクは入れるにしても、何か動いていることそのものを隠そうとはしない。それが龍園という人間だ。
もちろん、清隆との勝負に負けて根本からやり方を変えた、ってこともあり得なくはないが。
「俺としてもその点は助かってる。龍園に暴れられてたら、引き入れた俺が袋叩きにあってただろうから」
とは言いつつ、9割9分大丈夫だと思っていた。そうでなければ引き入れたりはしない。
「このまま何もないことを祈るしかないな」
「まったくだ」
例えいまから龍園の気が変わったとしても、あまり心配はいらないだろう。
もしも何か仕掛けるなら、合宿が始まる前のバスの中でしっかりと準備しておく必要があった。
すでにグループ分けがされてしまった以上、その枠から外れた行動はできない。無理矢理行動を起こしたとしても、待っている結末は責任者からの道連れによる退学だ。
「ところで、最終テストに向けては大丈夫か?」
明人がそう聞いてくる。
その点も忘れてはならない部分だ。グループの順位は結局最終テストの成績によって決まる。
「万全じゃないな。座禅は両足組めないし、スピーチも苦手分野だ」
座禅に関してはもはや体の構造の問題なんじゃないかと疑いたくなるほどだ。
実際は単に俺の股関節が固いだけ。最終テストまでに俺の身体ができるようになってることを祈るしかないが、正直望みは薄い。
スピーチの方は頑張ればなんとかなりそうだ。
「様子見てる感じ、そっちは問題なさそうだな」
明人はどの科目もそつなくこなしている印象だ。
強いていえば座学の時間に眠気に襲われているぐらい。それでも寝落ちはしていないし、ノートも取ってはいるためマイナスにはならないと思う。
「スキーはどうなんだ? そろそろ参加できそうか?」
「ああ。明日には確実に移動するから、もうちょい待っててくれ」
スキーはテストではないが、リレーということでチーム全員が関わる。
ここはしっかりと約束しておいた。
「最後まで滑れないってことはないんだな」
「ああ、それは絶対ない」
不安を消すために断言した。
「ならいいんだ。はやく参加してくれよ」
「分かった。一番に合格もらってくる」
その後も何気ない雑談をして、夕食時間は過ぎていった。
この雑談が、責任者である明人のせめてもの疲労回復の場になっていることを望んでおこう。
2
暗闇の中、俺は目を開けた。
消灯時間はとうに過ぎ、全員が寝静まっている。日付が変わるまであと15分ほどか、というところ。
音を立てないように注意しながら、布団から出て起き上がる。
ベッドの策を跨いで、息を止めつつ抜き足差し足で共同部屋の出口へ。
廊下に出ると、ギシッ、ギシッと床板が擦れる音が出る。
しかしこの音は許容だ。歩くスピードを緩めずに進む。
60キロ近くの物体がこの上を歩けば、どうやっても音が出ることは避けられない。スピードを緩めた方が音の出方が不自然になる。
誰かに出くわしても「トイレ」とでもいえばいいだけだ。もちろん気づかれないのに越したことはないが。
トイレを素通りし、そのまま施設の外へ出る。
十五夜近辺ということもあって、満月に近く、月が周囲を明るく照らしている。
誰もいないことを確認。そのまま待つこと10分ほど。
二人の人物が俺の目の前に現れた。
その二人とは……Aクラスの森重と清水。
坂柳派に属する生徒で、俺に対して合計100万ポイントほどの債務がある2人だ。
「……なんなんだよ。こんなところに呼び出して」
同じ小グループに属する森重が口を開く。
声は小さいが、聞こえないほどではなく、万が一にも気づかれないために適切な音量に調節されているのが分かる。
この密会自体は全く規則違反ではないが、この2人にとって俺との関係はそれ自体を隠し通したい汚点だからな。
「決まってるだろ。ポイントのことだよ。この3人で集まって、それ以外にあるわけがない」
俺の物言いに苛立ちを募らせている様子の2人。しかし特に言い返すことなく俺を見返している。
「……ちゃんと払ってるだろ。月5万ずつ」
その通り。この2人は今のところしっかりと債務を果たしている。
現状、昨年の9月から12月までの4ヶ月分、計40万ポイントが俺の懐に支払われた。
しかしまだ100万ポイント+利子という膨大な支払いが残っている。
いくらAクラスといえども、それを2人で負担するのは容易ではない。
それに加えて、だ。
「確か、Aクラスは龍園に毎月2万払ってるんだってな。俺と合わせて毎月7万の出費か。残るポイントは3万弱。いまのうちよりも少ない」
娯楽にポイントを使おうと思えばそれなりに努力して食費を削る必要があるレベルだ。
Aクラスなのに、というフラストレーションは大きいだろう。
「今日はいい話を持ってきた」
だからこそ、俺のこの提案が効く。
「月5万、残り100万とちょっとのポイントの支払いをチャラにしてやってもいい」
「……なんだと?」
森重が声をあげた。
しかしすぐにこちらに探りを入れてくる。
「……まて。どうせ何か裏があるんだろ。契約の穴をついてまた俺たちからポイントをむしりとろうとしてるんじゃないのかよ」
「なら前の契約に関して俺は一切ポイントを請求できない、って契約を新しく結べばいい。前と同じく真嶋先生を挟んで」
そのあたりは、俺を強く縛り付けるルールをいくらでも設定してもらえばいい。
今回については、ルールの穴をついてさらにポイントを奪ってやろうとは全く考えていない。
むしろここはポイントの使いどころだ。
「……いったい何が目的なんだよ。100万をチャラにしてまで……」
こちらを睨むような強い視線を送ってくる清水。
怪しむのは当然のことだ。あれほど強かにポイントを奪ってきた俺が、今度はあっさりそれを手放そうとしている。
どんな条件を突きつけられるかと警戒しているだろう。
だがまだその答えを言うには早い。
「その説明をするには、あと一人必要な人物がいる」
「……あと一人?」
「ああ。……そろそろか」
二人とも誰のことを指し示しているのか分かっていないようすだ。
しかし、すぐにその答えがここに姿を現す。
「な……」
「そんな……」
その答えは、まったく予想だにしなかったであろう女子生徒。
森重と清水にとってはクラスメイトである、Aクラスの藤野だ。
「な、なんで藤野がここに……」
2人は目の前の光景に理解が及んでいない。
この混合合宿中にこの4人が密会することは、この施設に向かうバスの中ですでに決まっていたことだ。
まずバスの中で藤野とやりとりし、森重、清水を藤野派に寝返らせるための密会を持つことを伝えた。そして森重と清水のどちらかを俺と同じグループに所属させるため、小グループ作りの際に進んで龍園を引き入れ、A、Bクラスから好きな生徒を受け入れるという条件をつけた。
日時と場所は、3日目の夕飯のとき、藤野派の女子生徒が回収した紙切れに書き、藤野に共有してもらった。
密会の場所をここと決めたのは、初日の施設探索の際、グループから離れて行動した時だ。ここに至るまでに監視カメラが設置されていないことを把握し、決めた。そして共同部屋に戻って、清水を指定の時間にこの場所に呼び出すように指示を書いた紙を森重のベッドに置いた。
全てはいま、この瞬間のためだ。
「100万の払いをチャラにする条件を伝える。お前たち二人が坂柳を裏切り……これから藤野に従うことだ」
俺の口にした条件にさらに驚きを見せる二人。
「藤野に、従うって……どういうことだよ。意味が分かんねえぞ……」
急に従えと言われても、藤野が派閥を作っていることを知らない以上、話が繋がらなくても当然か。
「その答えは本人から聞くといい」
そう伝え、俺は顔を藤野に向けた。
俺からのパスを受けた藤野はコクリと頷き、口を開く。
「みんなには伝えてないけど……私は裏で派閥を作ってるの。5月から」
「5月、からって……」
坂柳と葛城が派閥を形成したのと時期的にはほとんど同じだ。
「まだ合計で10人にも満たない、小さいグループだけどね。でもいま坂柳さんの派閥にも葛城くんの派閥にもついてない人は、みんな私を含めた第三の派閥についてくれてる」
どこにも属していないと思われていた中立の生徒たちは、実は藤野の派閥についていた。
Aクラスは、坂柳、葛城、藤野の三つ巴だったということだ。
「ま、待てよ。そんな派閥があるなんて知らなかったぞ……その話が本当だって証拠はどこにあるんだよ」
確かに、何一つ証拠がない状況で、藤野が裏切って俺と口裏を合わせてでっち上げた話だったって可能性を疑うのは当然だ。
が、いまこの状況に限ってその可能性は限りなく低い。
「藤野がこの場所にいる。これがどういう意味か分かるか?」
「……」
この二人もAクラスだ。俺のこの言葉で理解することができただろう。
今この場所は、男子の生活スペースである本校舎の敷地内だ。
そしてこの混合合宿の最中は、もう一方の校舎の敷地内に立ち入ってはならないのがルールだ。
つまり藤野はいま、明確な特別試験規則違反を犯している。
こんな規則違反を犯してまで、他のメンバーに確かめればすぐにバレるような嘘をついても、藤野にメリットは一切存在しない。
つまり状況的に、森重と清水が信じるに値する話ということになる。
学校の敷地内で話したとしても全く問題ないこの話。それを俺がわざわざ特別試験期間中にこの二人に伝えようと思ったのも、この状況を作り出すためだった。
藤野に規則違反を犯してもらい、この話の信用性と藤野の本気度を示すこと。すべてはこれが目的だった。
「ねえ、森重くん、清水くん」
藤野が二人に問いかける。
「……なんだよ」
「どうして二人は今この場所に来たの?」
「え?」
予想の斜め上からの質問に戸惑いを見せる二人。
「なんでって……」
「それは……速野に来いって言われたから」
「じゃあ、どうして速野くんの指示に二人は従ったの?」
「な、なにが聞きたいんだよ……」
「いったん答えてみて。どうして二人は速野くんの指示に従う必要があったの?」
普段の藤野とまとっている空気が違うのだろう。若干だが二人が気圧されているのが分かる。
「……弱みを握られてたからだよ」
「その弱みって、無人島試験で速野くんの策にはまって、ポイントを取られたこと?」
「……そ、そうだよ」
中でも、船のデッキで契約違反をさせられ、まんまと200万ポイントを取られた件についてのことだ。
そのことについて藤野はあらかじめ理解していた。
俺がこの二人の弱みを握っているから、俺が来いと言えば来ると。
それでも藤野は、あえて質問によりそのことを本人の口から言わせた。
自身の恥部ともいうべき場所に踏み込まれ、森重も清水も居心地は悪そうだ。
「どうしてそれが、速野くんの指示に従わなきゃいけなくなっちゃうほどの弱みになるの?」
「……え?」
「何かのルールに違反したことが弱みになるのは分かるけど、二人の失敗は別にそういうわけじゃないよね。やり方としてはむしろ速野くんの方がかなりグレーだと思う。それなら普通、二人が速野くんの言いなりにならざるを得ないような弱みにはならないんじゃないかな」
森重と清水の失敗は校則違反というわけではないのだから、それが明るみに出たとしても学校側から何かペナルティを受けることはない。そもそもその件については真嶋先生が了承している以上、ペナルティのリスクがないことは明白だ。
ならばこの二人は何を恐れているのか。
答えは一つだ。
「坂柳さん、だよね」
藤野がその名前を口にすると、二人はコクリと頷いた。
この二人は、自らの失敗が俺の口から坂柳の耳に入ることを恐れて、俺の指示に従っているのだ。
「この件を坂柳が知れば……もちろん、はっきり何かされるわけじゃないだろうけど」
いざというときに切り捨てられる候補になってしまう。
坂柳はためらわずにやるだろうな。
「私はね、そこがまずい点だと思うの」
「……どういうことだ」
「本来、組織の中では失敗は成功したことよりも早く報告しないといけないはずなの。しっかりと対応しないといけないからね。だけど今の坂柳さんの派閥ではそれができてない。このまま失敗を隠し通す空気のままだと、いつか大問題が起きかねない。つまり、この点が弱みになってしまうこと自体が、いまの坂柳さんの派閥の問題点だと思う」
それはある種の正論だった。
藤野は弱みを握って従わせるのではなく、自分の派閥への参加に本心からの同意をもらおうとしている。そうでないと意味がないと考えている。
「それから、もし坂柳さんが今の立場から失脚したとしても、私は今の葛城くんのように扱うつもりはないよ。坂柳も葛城くんも、Aクラスには不可欠な人たちだと思ってるから」
「……なんで他クラスのこいつがそれに協力してるんだ。本当はクラスを裏切ってるんじゃないのか?」
たしかに、Aクラスの内部事情にCクラスの俺が首を突っ込んでいるのはおかしい。そもそもAクラスの大半の生徒すら知らない藤野派の存在を、なぜ俺が知っているのか、ということもだ。
「まず俺が藤野の派閥の存在を知っているのは、派閥を作ることを提案したのが俺だからだ。坂柳にも葛城にもつきたくなければ、自分で派閥を作るしかないってな。それから、俺が藤野に協力する見返りに、藤野が俺に協力することがあるのは事実だ」
「……そこは認めるのか」
「隠しても意味ないだろ。だがそれは俺個人に対しての協力であって、Cクラスに対してのものじゃないんだよ。そして協力の内容があまりにもAクラスの利益を損ねるものなら、藤野は断れる」
もちろん断られないような協力内容にするわけだが。
次に藤野が口を開く。
「それからね、私はいずれ速野くんをAクラスに入れたいと思ってるの」
「な……こいつをか」
驚きを隠せない二人。
「その時に速野くんが入りたいと思ってくれるクラスでいるためには、Aクラスをキープしないといけない。だから速野くんに協力するからといって、Aクラスをわざと落とすようなことはしないよ」
「……」
「ちなみにだが、この話を断ってもお前らふたりの失敗を坂柳に話すことはないから安心しろ。その時は今まで通り月5万ポイントずつの支払いをやってもらうだけだ。お前らの失敗を坂柳に知らせるのは、お前らがこの場でのやり取りを含め、藤野の派閥の存在を坂柳にバラした時だけだ。……無理矢理従わせないのは藤野の方針だ」
そう伝えると、2人とも藤野の方に顔を向ける。
「それじゃ意味がないから。最終的にどっちを選択するかは2人に任せたいの。もちろん、断られたからって2人に何かするってことはないよ。だからよく考えて選んで」
一度相対したとはいえ、俺は坂柳の実力を詳しくは知らない。しかし藤野からの話を聞いている限りでは、Aクラスでの存在感は相当なものなのだろう。
この場で藤野につけば、俺への払いが100万減る。実質的には100万の上乗せだ。そして藤野もリーダーとして不適格というわけではない。
さて、この二人がどちらを選ぶか。
顔を見合わせて、お互いに頷く。
結論は出たようだ。
「……俺たちは、何をすればいいんだ」
藤野につく。それが答えのようだった。
「ありがとう、二人とも」
藤野は満足そうな笑みで喜びを表現した。
ここからは、何をすればいいのか、という二人の疑問に答える。
「お前たちにやってもらうことだが……もちろん、表立って裏切るわけじゃない。藤野の派閥が存在していることを知っているのは、実際に派閥に属しているメンバー以外は俺とお前らの三人だけだからな。体面的には今後も坂柳の派閥に属する。が、いざというときは藤野に従ってもらう。まあ、スパイ的な役割ってことだ」
「スパイ……」
「ああ。と言っても、今はそんなにやることはない。だからしばらくは坂柳派にいた今までと全く変わらない生活が続くだろう」
「だから当面の間二人にやってほしいことは、今日のことを悟られないように、これまで通り過ごすことだよ」
今大事なことは、この二人が坂柳を裏切っていることを勘付かせないことだ。
これまで葛城派から藤野派への鞍替えはあっても、坂柳派から藤野派というルートない。これが初めてのことだ。
しかも単に鞍替えする前の派閥の違いだけではない。葛城派の場合、鞍替えが起こったのは葛城が失脚した後。だが坂柳派は現状Aクラスのほとんどを掌握している主流の派閥だ。
だからこそ、より慎重に動かなければならない。
「……本当に何もしなくていいのか」
「うん。今のところは」
そこまで伝え終わったところで、俺はあらかじめ用意していた紙を森重と清水に1枚ずつ手渡す。
「100万の払いをチャラにする代わりに、お前たち二人が藤野に従うって誓約書だ。5枚分ある。俺たち4名が1枚ずつ持つ分と、真嶋先生に提出する1枚分だ。直筆で署名してくれ。真嶋先生への提出はお前らに任せるが、今日から一週間後までに提出がなければ俺が提出する。何か不備があれば期限までに俺に言え」
これで文句はないだろう。
この二人は俺への強い警戒を解かないだろうが、この誓約書は俺がつけ込めるような穴がないようにしっかりと作った。
まああったとしても、今回に関してはそこにつけ込む気もない。
「とりあえず話はこれで終わりだ。時間差つけて戻った方がいい。先に行っててくれ。俺はあとから行く」
「ああ……」
受け取った誓約書を見つつ、二人とも本校舎の方へ戻っていった。
二人の姿が見えなくなったところで、藤野が口を開いた。
「……本当によかったの? 100万ポイントも手に入るチャンスをここで使っちゃって。私たちとしてはありがたいことだけど……」
「ああ」
確かに普段の俺の行動からすれば、100万を手放すような行為をするとは考えにくいだろう。
だが、これでいいんだ。
「それより、お前こそこれでよかったのか。もう少しあの二人を強く縛る条文を作ることだってできたぞ。あの二人がお前を裏切った時のペナルティも指定してないし……」
あの誓約書にある縛りは、この件を他言した場合、俺との契約のことを坂柳に報告するということ。あの二人が藤野を裏切っても、今回チャラになった100万ポイントの支払い義務が復活することはない。
はっきりいえば、あの二人に対して甘くできている。
しかし、藤野に頼まれたのだ。二人をきつく縛るような誓約書にはしないでほしいと。
「……うん。縛られて仕方なく、ってわけじゃなくて、あくまで自分の意思でこの派閥に入ってもらうっていうのが私たちの派閥のテーマだから。もしそれで裏切られたら……私が人をまとめるのに向いてなかったっていうだけのことだから。それは単に私の力不足だよ」
弱みを握って拘束するのは自分のやり方じゃない、ということか。
確かにそのやり方を許容するなら、それは坂柳派と変わらない。藤野が派閥を作る意味もなくなる。
いま藤野に与しているAクラスの生徒も、藤野のそういうところを信頼してついてきている面があるんだろう。
「……まあ、お前がそういうやり方でいいっていうならいいんだ」
派閥を動かすのはこいつの役割だ。
俺は余計なことは言わず、あくまでそれをサポートするだけ。
「じゃあな」
「うん。試験、頑張ろうね」
「ああ。戻る時に人に見つかるなよ」
「そこは……頑張るよ」
まあ見つかったとしても、藤野は教師からの信用もあるし「ちょっと散歩に出ていた」とでもいえば大丈夫だとは思うが。
それよりも、森重と清水が裏切ったことをいつまで坂柳に隠し通せるか、だな。
あまり長く見積もらない方がいいだろう。