バサーー
ひと風が吹き、藤の花が揺れた後、
「懺悔…ですか。ならば、この場は相応しくありませんね、こちらに。
小さいですが、簡易の教会があります。」
一瞬、スン…と真顔になり、すぐに聖職者の顔になって、私を道案内してくれた。
コツカツ
コツカツ
コツン
カタン
石畳の上をブーツで歩く神父さんの足音だけが響く。(私はハダシなので足音しない)
「私が主に生活している場所ですが、中は教会になっています。」
建物自体は寺だが、中には十字架がかけられ、赤いランプがふわりと光っている。それに小さいが中央にはステンドグラスが飾られている。
「随分とまぁ…本格的に作られましたね。」
「ははっ、本国には及びませんが、これでも兄の伝を使って教会らしくしているのですよ。」
机や椅子は年季がある。ゴシック様式ではあるが、逆にそれが寺と上手く同化していて、デザインの違いによる違和感をなくしている。
「本物には及ばない?サン・ピエトロは壮大ですが、アレはもはや教会ではなく、芸術作品ですよ。本来の教会はこのくらい敷居が低い方がいいのでは?ましてや布教に来たのならば。」
「これは、一本取られましたな。確かに本国に寄せようと思ったのが間違いだったか…。」
私の発言で、ぶつぶつと考え込んだ神父さんを尻目に私は久しぶりの教会の椅子に座った。
あー、懐かしい感覚。この固くてゴツゴツした手元に、2人がけの椅子。前世でミサの時に座った学校の椅子を思い出す
なぜサン・ピエトロ大聖堂を知っている?
ん?何かいったかな?
「お待たせしました、では懺悔をお聞きします。」
芯が通った声、この人が紛れもなく本物の神父であると感じる。
ならば此方も、嘘はつけない。
「先ほどの道中、…あなたが仰った通り、私はあの散歩道を通っていません。そして…私のこの髪も本来の色ではありません。」
「そして?」
「私は……人間ではありません。」
言ってしまった。
「元々ですか?」
「いえ、日付は曖昧なので分かりませんが、大体一月前までは、普通の人でした。」
「なぜ、人間をやめてしまったのですか?」
「私の意志ではありません。人間を【鬼】にする存在に会ってしまったが為に、人間をやめさせられたのです。聞いたことはありませんか『夜には鬼が出る』と。」
この世界も元の世界と同じく、キリスト教の宣教師は、かなり苦労しているはずだ。ましてや東京なんて本物の鬼が出るんだ。前世以上に布教には困難がつきまとう。
「鬼が出る…ですか。確かに、先に布教のためにこの国に来日したプロテスタントの宣教師の手記にありましたね。
[他の都市では聞かないが、東京では布教の際に、市民から『神が正しいならば、なぜ鬼などを作ったのだ。完璧ならばそうならないだろう。』と言われ市民階級からは、キリスト教が受け入れられない。特権階級はそこまではないが、彼らの目的は学術的な興味で話を聞きにくるので、布教は困難である。]
と。そして、その話をするアナタはそのオニと呼ばれる存在なのですね。」
さすが、布教に来るほどの行動力を持つ人、聡明さや懺悔相手が人間でなくても動じない。
「はい…、幸い私は人を食い殺す前に、人喰いが原因の病気を知っていることで、人間を食べたい欲求を抑えることに成功しましたが、それもまだ不完全です。今は幼虫や太陽、水による補給で抑え切っていますが、いざ、怪我をした際に、人間を見て襲わないと言い切れません。」
「疑うわけではありませんが、オニである証拠はありますか?」
だろうね。私でも同じこと思う。だから、
ダンッ
「何をしているのですか!!」
木の枝を鋭利に加工したお手製ナイフで、自分の腕を切った。
「見てください、これでも私が…人間だと?」
回復速度はかなり遅いが、雑魚鬼でも鬼は鬼。切り傷くらいなら直ぐに治る。じわじわと傷口が塞がり、傷跡なく治ったのを見て、神父さんは顔を真っ青にさせる。
「あっ……あっ…」
ただでさえ慣れない土地に、思うように布教できない苦悩を背負っている人に、さらなる負担をかける気もなかった。だけど私は知って欲しかった。1人は辛すぎる。でもこの反応、やはり懺悔でも言っていい懺悔ではなかった。
「ごめんなさい、sorry…天と地と精霊のみ名において誓います。二度と教会には近づかないと。懺悔を聞いてくださり、ありがとうございました、Thank you very much、…それではさようなら」
「Please wait.… Please wait!!お待ち下さい!お嬢さん!」
「えっ?」
まさか、呼び止められるとは思わなかった。
「たとえ、たとえアナタが人の子でなくとも、ワタシは…私はClergy of the church *1です!人と共に生きようと願うヒトを見捨てることなどできません!
オニについては一通り聞いています!
でも、でもアナタは私に襲い掛からなかった!それが証拠です!
ワタシは…私は、アナタを信じます」
予想外の言葉だった。
相手は特に厳格なカトリック教会所属だ。
よくて見逃し、悪くて十字架や聖水を投げつけるだろうと思っていた。
まさか…こんな姿になっても、受け入れてくれる人がいるなんて思ってもみな…
「ナミダ…流れています。」
その言葉で、感情が決壊した。
「寂しかった…」
「そうですか。」
「鬼だから、おちおち人にも会えない。」
「教会の門はいつでも開いています。」
「ゴシック様式の椅子、ステンドグラス…この教会は、(前世の高校を思い出せて)懐かしい。」
「いつでも来て下さい。人を傷つけないうちは、この教会はアナタを拒みません」
「ありがとう…」
どことなく懐かしい感覚を覚えて、泣いた日。
日が落ちない内に神父さんにお礼を言った後、生活空間に帰った私は気づかなかった。
近代化が進んだとはいえ、富豪でもない女が、【サン・ピエトロ】や【ゴシック様式】という単語、【懺悔】などのキリスト教関連の言葉を当然のように話すこと。英語をある程度、理解・話せることが異常であるかと言うことを。
【主人公】
人形があるから、懺悔できた感もある。
さすがにキリスト圏国家だったら、火炙りを懸念して聖職者は避けていた。だが予想に反して、神父さんは誠実で最後まで人の話を聞くし、最終的には《人の子認定》をしてくれたので、感情が溢れ出てしまった。
前世の高校時代を思い出す、ある意味実家よりも懐かしい教会で、色々とぶちまけてしまった。本当はこれといった敵がいない前世が恋しくてたまらない。
【神父さん】
名前が決められねぇ〜、読者さん、なんかいい名前ないっすか?
前作で《家族仲は微妙》と書いたが、それはそれ、貿易商をしている兄がいるので、布教に必要な道具は届けてもらっている。
兄も、仕事とプライベートは別の人なので、教会依頼の仕事はキッチリとするし、そこに家族仲は関係ない。
神父としては、優秀で誠実な人。もちろん、懺悔の話を他人に話すことはしない。が、調べないとは言っていない。
人を食い殺し、太陽が弱点のオニなのに、当たり前のように太陽を浴び、人を殺さない上に、業界用語に詳しい少女を警戒している。
大正コソコソ噂話
教会周辺には藤の香が焚かれているよ。なんでかな?