TSした俺と交友関係NTRアンハッピーセットを食らって女性不信拗らせた親友 作:北京院
――寝て起きれば、朝はいつも通りに来てしまった。
昨日の夜は帰ってから冷蔵庫が空なことを思い出してカップ麺を引っ張り出す羽目になるしで締まらなかった。
昨日と同じいつも通りをこなして、翔太と登校する道すがらで昨日決めたことを口にする。
「……そうそう、今日からしばらく普通のリハビリも中止な」
怪訝な顔をしている翔太を無視して、指を一本立ててわざとらしく明るく宣言を続ける。
「最近成果も目覚ましいしな、たまには休憩もいるだろ! 新しいメニューが決まるまでは準備期間だ」
――ウソだ。
新しいメニューなんて今は決められそうもない。でも、今のままだと普段のリハビリすらおかしくなりそうで、怖い。
自分が信じられないから、信じないでくれ。そう言葉にするのは、もっと怖くてウソをついた。
「……そうか」
翔太は言葉だけは納得したように返してきた。
実際はそうでもないんだろうな、とわかってしまったけれど、追求されないのなら言葉のままに受け取ることにする。
……そうして、いつも通りに登校して、いつも通りに下校するだけの日が何日か続いた。
その間は噛み合わなくて散々だった。
並んで歩いてるだけなのに翔太の足を踏んでしまったりだとか、俺がうわの空で歩いていて転びかけたりとか。
特に転びかけた時は最悪だった。
単純に俺が転んで怪我をしました終わり! ならよかったのに、横にいた翔太がとっさに俺の腕をつかんで引き戻してしまった。
助けられたのだから素直に礼を言えればよかったものの、体勢を立て直してすぐにつかまれたままの腕をひいて引きはがすような動きをしてしまう始末だ。
「今のはフェイントだった」と嘯いたけれど、苦しい言い訳なのはわかっている。
それでも「なんのフェイントだよ」と普段通りのツッコミが返ってきて安心してしまった。
返す軽口が浮かばなくて、「なんだろうな」としか言えなかったけれど。
そんなある日、帰る直前に翔太が職員室に呼び出しを食らった。
……と言っても何か問題を起こしたとかでもない。翔太はマネージャーちゃんの一件からこっち部活に行ってないものだからそのあたりのことを話したいらしい。
先に帰っていいと言われたけれど、なんとなく待つことにした。中途半端だ。
職員室まではいかないで、昇降口でソシャゲのデイリー消化をしていたらやたら軽薄な声が聞こえた。
「あっれ〜! ひさしぶりじゃーん!」
最初は誰か近くの相手に話しかけているのかと思って声が通り過ぎた方向を見てみたが、誰もいない。
仕方なく声がした方向を見ると、いつだったかにナンパで声をかけてきたチャラい先輩が立っていた。
正直なところ存在すら忘れてたが、あまりいい思い出ではない。
無視を決め込もうとしたが相変わらず距離感が近い。適当なことを言いながら寄ってくる。
「前はさ、あんまりおしゃべりできなかったけど今日はどう?」
「……人を待ってるところなんで。お相手できないですね」
「えー、ツンデレ? 的な?」
お前にデレるつもりは毛頭ないが。
前みたいに掴まれても嫌なので背中を預けていた壁から離れて距離を確保した。
それを「会話する意思あり」と受け取ったのかヘラヘラと楽しげに中身のない話を投げつけてくる。
「いやいや絶対誤解あるって、俺女心とか超詳しいから話すと楽しいよ?」
わかってないから俺と話せないんじゃないのか。もしくは俺が女心をわからなすぎて高度なテクニックの一切を無視できてしまっているのか?
とにかく相手にする気にはならないのにしつこくて仕方ない。前回は腕をつかまれて怖かったはずなのに、なんだかむしょうに腹が立ってきた。
「おい、何してる」
一発ガツンと言ってやったらどっかにいかないか、と息を吸ったタイミングで下駄箱側から声が飛び込んできた。
……翔太だ。そのまま俺と男の間に割り込むように立って、こちらを少し見つめた。
いや、今回は大丈夫だ。むしろちょっとムカついてるから逆に大丈夫じゃないかもしれないが。
目を合わせたら無事は伝わったらしく、翔太は改めてチャラ男側を向いた。
「あー。この前の彼氏くん?」
「違う」
先輩のヘラヘラした様子は変わらず、からかうように関係を軽薄に笑って言葉にした。
翔太の返答は短くて、低い声だった。
「えー? じゃあ君たちどういう関係よ。関係ないなら俺とおしゃべりしてもよくない?」
これだけ明確に拒絶の意思を向けられて折れないあたり、心がずいぶんと強いのかずぶといのかしているようだ。
翔太の背中側の俺へ必死にアピールしているらしい言葉が滑稽ですらある。そんな軽い言葉に対して、翔太は毅然と答えた。
「……俺たちは、親友だ」
翔太の背中がいつもよりも少し大きく見えた。
一歩前に出て、翔太の横へ立つ。そうだ、知ってたことだった。
「……そういうことだ」
肯定を口にするとしっくりきた。しかし目の前のチャラ男は俺が翔太の背から離れて近くに来たのをチャンスと見たのか、こちらへ手を伸ばしながらニヤニヤと言葉を吐いた。
「え〜? じゃあ俺たちは親友以上になっちゃおうぜ?」
――反射的に、足がでた。
「親友以上なんてあるかよ!」
カキーン、と軽い音が聞こえた気がする。
無防備に近づいてきたところへ振り上げた足は見事に『男の急所』を直撃し、適当な言葉ばかりを垂れ流していた口からは「ぎゅ」とか「お」とか無意味な音とうめきしか出てこなくなった。先ほどまでヘラヘラとしていた顔は青ざめ、脂汗をダラダラと流して悶絶している。
無くして久しい感覚であるが、地獄の苦しみなことは良く知っている。
うずくまったその近くへ、わざとらしく大きな足音を鳴らして踏み込むと転がるように距離を取られた。にらみつけながら言ってやる。
「……こちとら男の弱点なんてよーーーくわかってんだ! 2度と近づいてくんな、ばーか!」
先ほどまでの余裕しゃくしゃくの様子はどこへやら、「意味わかんねぇ」とか「ヒィィ!」とかいいながら捨て台詞すらまともに吐けずに這うように逃げ出す姿を見てスッとした。
ふん、と鼻を鳴らして振り向くと、翔太が内股になってすごい顔で俺をみていた。
「お前……男の痛みはわかるだろ……」
どこか同情のような、おびえのような顔でつぶやくものだからなんだかおかしくて吹き出してしまった。
痛みがわかるって? そりゃそうだ、だから狙ったんだから。
「まぁな。的確だったろ?」
「怖いくらいにな」
ようやく内股が直って真っ直ぐ立つ姿に、また笑ってしまう。
こんな美少女に蹴ってもらえるなんてむしろご褒美というやつだっているだろうに、ビビりすぎではないだろうか。
「まぁお前にはやらないから安心しとけよ」
「当たり前だろ……」
「いや、どうしてもっていうなら考えてやらないこともないが……」
そういった嗜好に理解を示すことだってできるぞ、と笑ってやれば、翔太がひどい顔でにらんでくる。
まぁ、そういう趣味はないだろうってことも知ってるとも。でもからかいがいがある方が悪いのだ。
「お前、本当に気をつけろよ……」
「もちろん。今回だって自衛だろ?」
翔太の呪詛のような警告を適当に受け流した。誰の金玉でも蹴ると思ってもらっては困る。
……今回のことって問題になったりとかしないだろうか? 今さらちょっと不安になってきた。
考え始めたのを見計らってか、翔太が大きくため息を吐いて「帰るぞ」というのでまぁよしとしよう。
正当防衛だ正当防衛。前回分にのしつけて返したようなもんだ。よし、理論武装完了。
「セーフだよな?」
「俺に聞くな。……まぁ、たぶんな」
「ならいいか! で、部活はどうだったんだよ」
歩き出した勢いのままに話を戻して聞いてみれば、どうやら籍はちゃんとそのままなので幽霊部員扱いなのだとか。
なんやかんやで戻ろうと思えば戻れるようだが、その気はないらしい。
「……ふぅん。いいのか?」
「今はいい。こうやって帰れなくなるしな」
こうやって、と言われて気づく。また、距離が戻っている。
当たり前の距離で、当たり前のように一緒に帰る。それが惜しいという翔太に、思わず吹き出してしまった。
「なんだよ、しょうがないやつだなぁ!」
「笑うなよ……」
言葉だけは不満げに、少し照れくさそうにする姿がおかしくてしょうがない。
ケタケタと笑っていたらデコピンを食らって止められてしまったけれど、それすら愉快だった。
――なんだか、久しぶりに笑いながら帰れたような気がする。
そうだ、俺たちは親友だったんだ。とっくに知ってたことなのに。
……すごく、安心した。