「
「──!」
「我らアインハージャ! ヴァルメージャの道を切り拓く者なれば!」
魔力を込めて、詩を謳う。
使い方ってなコレであってっか? はは、合ってなくてもいいや。
アインハージャもヴァルメージャも一切ピンと来ねェ単語だが、どォにもこの戦い方ァ俺に合ってるみてェでさ。なんならもっと前から、こォいう戦い方をしてきた気がする。
「梓様。今の唸り声には、どのような意味があるのでしょうか」
「ン? あァ、進め進め、私達は無敵だ、ってだけさ。言っちまえば単なる鼓舞だが──魔力を込めりゃ、ちったァ形になるだろ」
「言葉だったのですか」
「あァさ。ハハ、自分でもよくわからねェが、耳馴染みが良いンだよ。アインハージャの言葉、って奴らしいぜ」
「何故梓様がそれを? 先程簡易な手解きを受けていた所までは聞いていましたが……」
「だから、よくわからねェんだって──冷静メイド、避けろ!」
「問題ありません。……何か、久方ぶりに、本当に問題の無い場合で用いたような気がします」
俺の司ってるらしい【即死】を感じる直感ってなも生きてる。
まァ冷静メイドも地面からの振動でわかったっぽいが。
避けた場所。つまりさっきまで俺達のいた場所に、恐らくァアリかね? それっぽい顎が突き出てきたのさ。その顎ァ、ガチンと硬ェ音を立てて閉じる。
ははは、賢いじゃないか。上から、あるいは横からだとマッドチビ先生による集中砲火に会うからな。
石像のガーゴイルを乗り捨てた俺達を確実に殺すなら、確かに地面の下からの攻撃が有効だ。
「アント種、ですか。お二方、酸にお気をつけを!」
「冷静メイド、止まらなくていい。突っ走れ。次攻撃が来たら、私が対処する」
「承知いたしました」
青バンダナと赤スカーフをちらっと見る。
……大丈夫そォだな。固有魔法が無ェだけで、魔力量はS級に近い。むしろ固有魔法が無い分を全部強化に回せるとなりゃ、近接として十二分に戦える。
俺もそォすりゃいいのかね。【即死】はおまけで、それを考えずに戦えば……いや無理だな。全身強化なんぞしたらバテてぶっ倒れるだけだ。
けどよ、今の鼓舞……。ちったァ魔力込めやしたが、ンなに消費しちゃいねェな。
これ、効果あンなら今後もどんどん使って行きたいんだが。
「来ます」
「あァよ、わかってる」
だらんと垂らした手に、さらにぶら下げた剣。
切っ先はガリガリと地を削り、足音を掻き消していく。
──死の気配。あァ、今ようやく意識した。意識して、感じ取れた。
これァ確実に──何もしなければ、死ぬ。顎にざっくりやられて、俺も冷静メイドも引き裂かれるこったろォな。
だがよ。
「いつまでも避けてばっかだと思ってんじゃねェよ。そろそろ反撃の狼煙を上げる時さ!」
知覚強化。土が盛り上がる。盛り上がった土の頂点から、黒く艶やかな殻が出てくる。
俺達を挟まんと、両側から。
もう焦りァしねェよ。馬鹿が。何度も何度も同じ事しやがって。
油断ァよ、万全の時にするもんさ。
こんな危ねェ戦場で! 冷静メイドもマッドチビ先生も、青バンダナと赤スカーフもいるってな状況でさ! 誰が死ぬともわからねェ時にさ!
「殺されねェはずねェだろ、
発動する。
剣に浸した【即死】を、その地面を通して──顎だけでなく、今まさに蟻酸を吐き出そォとしている化け物に。滴らせる。浸す。落とす。
朝露が葉を伝うように。いつか捧げた、彼女への祈りのように。
「褪戦死遠.藍出内沙米紫遠!」
瞬間──ざぁ、と。
切っ先から、死が広がった。
「梓様。少しは考えて魔法をお使いください。未だベルウェークなる者の姿も見えず、その山麓にも至らぬ道半ば。そのような所で魔力のほぼすべてを使いきるなど。ああ、返事は結構です。フリューリ草の摂取、応援しています」
「……」
悪かったよ。
なンか楽しくなっちゃってさ。調子乗ったんだよ。
アレだ、クルメーナの地下で、虹色ロングの身体に入った精神体によ、説教しただろ? D級魔法少女がンなバカスカ魔法撃てるかよ、って。
我が身を刺すってなまさにこれさ。ブーメラン。お飾りB級お飾りA級がンな広範囲に影響するよォな魔法使えるわけねェだろ。ちったァ考えろよ俺。
「今のは、梓がやったのか?」
「……」
「はい。説明が遅れましたが、梓様もヴァルメージャでございます。まだなり立て……数ヶ月ほど前に成ったばかりですが、その御業はあらゆるものを殺します。ただし、見ての通り非常に効率の悪い御業でして。ですから基本は私共が前に出ます」
「──無礼をお許しください。ヴァルメージャ、我らに導きを」
「……何故春の暴風を食している?」
「リジ、ヴァルメージャの為す事には意味がある。今は戦いに集中しろ」
フリューリ草をもしゃもしゃやりながら、また勝手に付け加えられた設定を脳裏に入れておく。
そっかー、俺もヴァルメージャかー。まァ固有魔法持ってる魔法少女ヴァルメージャってンならEDENの魔法少女はみんなそォだな。
つか、こいつらも持ってると思うんだが……そんなもンは無いって思い込んでて使った事ない、とか。そんなトコなンだろォけど。
しかし、春の暴風、ね。
ベルウェークとやらを無事に殺せたら、ちょいと聞いてみるか。
「──やべェな、ありゃ」
「ディミトラ様の射程圏外に入りましたか。そしてあれは……ビー種でしょうか?」
「あァよ」
「なれば、ここは我らが!」
「盾となる。ヴァルメージャは先へ」
あァ不味い不味い。
けど、いいね。ちったァ思考がクリアになってきた。さっきみてェな馬鹿はやらかさねェよ、もう。
で、なんだって?
盾となる、だァ? それってさ、つまりさ。
死を選ぶ、って? この俺の前で?
「
「!」
「なん、だ。この……強制力は!」
「
呟く。
脳に浮かんだ言葉をそのまま口に出す。俺の言葉に従い、青バンダナが右手を前に出す。
「
「ウィジ、何を」
青バンダナの構えた右手に魔力が集中する。
赤スカーフの困惑を余所に、その集中は極限まで高まり──。
「
「く──【喧槍】!」
号令と共に、発射された。
それァ、数多の槍群。
その数ァ100を優に超え、150に届くだろう。魔力で編まれた鋭利なる槍は、今まさに襲い掛からんとしていたでけェハチの大群に殺到する。己らが刺し殺そうとしていたのだろう、貫かんとしていたのだろう所への、コレ。
分散も間に合わず、凄まじい速度の槍に次々と貫かれていくクソデカハチ共。
「今……の、は?」
「
「あ、あぁ。少し待ってくれ。……こうだな?」
「おォ、一発でできるたァ優秀だな。そォさ、それがお前の力だ、青バンダナ。たった今、お前はアインハージャからヴァルメージャになった」
なンだろォね。
フリューリ草食ってから、頭ン中スッキリして仕方ねェ。
今まで知らなかった──知らないフリしてたコトが、できる。
魔法少女を従える方法? 違ェなァ。
これァ、仲間に指示する方法だ。
後に続く者を、前に進む者が導く言葉だ。
あァさ。
「第二波、来ます」
「なら、わかってンな、赤スカーフ」
「……!」
ハチの群れだ。仲間のほとんどを殺されて、怒り心頭なハチの群れが、その敵討ちにと決死の突貫をする。
退く、なんざ頭にねェ。逃げる時ァ死ぬときだけだ。この大きな丘がどんな生態系してンのかァ知らねェが、敗者に命が無い事なんざよォくわかってンだろ。何より、ここに俺がいンだから。
死が手ェ伸ばしてきてんだ。最後まで抗うしかねェよな。
「
言う前から左手を構えていた赤スカーフに苦笑する。
ほら、彼女が見ているぞ。
晴れ舞台くらい、逸らずにちゃんとやれよ。
「
「……っ!」
「
「【静弱】」
赤スカーフの左手から、半透明の盾が形成される。
そんなものァ突き破ってやると言わんばかりに突っ込んでくるハチ。その針が、身体が、全てが盾にぶつかり──。
ぐしゃり、と。
潰れた。
「……これは」
「多分、防いだ攻撃を弱体化させるってなトコか。任意でかけるこたできねェが、勢いさえも削げンだから有用だな」
「【静弱】。……作れた」
槍と盾。
青バンダナと赤スカーフが──それを手に持つ。ただ射出するだけでなく、武器としても使い得る魔法。ヴァルメージャの御業。アインハージャの眠っていた力。
軽くA級はあンな。創造にァ魔力消費をするよォだが、維持ァ必要無ェみてェだし。
「よォ、お前ら。問うが──ヴァルメージャの本懐ってな、なンだ」
「──決まっている」
「アインハージャは村を守るもの。ヴァルメージャは」
「敵を討ち滅ぼすものだ!」
らしいわ。
はは、あァ不味い。フリューリ草は不味ィが……いいな。もっと教えてくれ。
彼女を通じて、俺に、この言葉の使い方を。
俺が俺として在るための言葉を。
「さァ行くぞお前ら! ヴァルメージャの意味を為せ!」
「応!」
進軍を再開する。
A級二人、S級一人にお飾りA級一人さ。はは、十二分なパーティだろ。一応マッドチビ先生も後ろに控えてるしな。
「あの、梓様」
「ン?」
「私には何か無いのでしょうか。こう、指示などは」
「……だって聞き取れねェんだろ?」
「ですが、このままでは士気に関わります。私の」
「ンなこと言われてもな」
今のァ魔法少女にすらなれてなかった魔力使えるだけの一般人向けの言葉だ。ハナから魔法少女な冷静メイドに言う言葉なんざ無いっつーか、コイツ非善だからかける言葉が無ェっつーか。
「ま、考えておくよ。私もこの言葉の全てを扱えるってワケじゃねェ、なんか浮かんだ言葉を口走ってるだけだ。もしくは聞き取れるよう努力してくれや」
「……承知いたしました」
なンで残念そォなんだよ。
あァいや、A級たァ言ったが嘘だ。
つえーつえー。
こいつらS級かSS級はあるわ。元々身体強化オンリーで化け物共と渡り合ってたンだもんな。そこに魔法が加わりゃ一騎当千よ。
青バンダナァその槍をぶん回して化け物を貫き、少しでも距離が開いたらそれを射出、再装填とばかり新たな槍を創造。空中から来る奴にァ最初みてェに槍を増やして迎撃。ンな風にバカスカ魔法使ってンのに息切れ一つしてねェ。
赤スカーファそこまでバリエーション多かねェが、盾の大きさ変えて突進したり受け止めたり殴り潰したり、盾っつか籠手なンじゃねェかって使い方してる。
魔法は使い方次第たァ耳がタコに成程聞いた言葉だがね、さっき発現したばっかの魔法をこうも自在に操れるのァ才能だろォよ。あるいは、戦士としての経験か。
「
いやまァ俺ァヴァルメージャじゃねェんだけどさ。
ま、味方の鼓舞にァ十分な言葉だろ。
「……唸り声にしか聞こえません」
「そォかい、そいつァ残念だったな」
3人の速度ァMAXに近い。俺を姫抱きにしてる冷静メイドァほぼ戦闘してねェんでわかるンだが、他二人がマジにやべェ。戦いながら、防ぎながら、けれどこっちの速度についてきてる。その上で全然魔力減ってねェと来た。
SS級だよ。紛う方なく。
……あと7回しか蘇れない、ってな言葉がちィと気になるが。
「──散開しろ! 雷撃だ!」
「ッ!」
避ける──無理か!
なら!
「死、」
「アンタの魔力はとっとけって言ったでしょ!?」
自身が【即死】する気配を感じ取れても、流石に雷の速度にゃ負ける。どォ強化したって無理だ。
だから殺そォとしてたンだが、後方からきゃいのきゃいのと高ェ声が聞こえて──雷は打ち消された。
空中。黒と白の入り混じる鉱石。その液体。
絶縁体、なんだろうか。一切雷撃を通す素振りがない。
それを操るマッドチビ先生が、上の雷雲の眩しさに顔を顰めながらこっちへ来た。
走った……のかとも思ったが、上にある絶縁体の鉱石でプテラゴイルを作ったとかその辺りだろォな。俺達に渡さなかったのァ、数用意できねェからか。
「ミカラという鉱石よ。雷を通さないわ。けど、ちょっと量が足りないのよね」
「ミカラ? ミカラといったか、ヴァルメージャよ!」
「ええ、言ったけど。ああ、言っておくけれど鉱石よ。それ以外のものではないわ」
「ミカラなら、この島全体に埋まっているはず。過去のアインハージャの遺品。彼らの装備していた武具。そして、私達の纏うものでもある」
「……あら、本当じゃない」
言うが早いか、聞くが早いか。
マッドチビ先生は地面に手を当てる。
その瞬間、大きな丘の各所に地割れが起こる。各所に、だ。同時に、超広範囲の地面が割れる。
そして──激しい水音を立てて立ち昇るは、先ほどと同じ液体。
「……あれ、マッドチビ先生。触らなくても【鉱水】化できンのか?」
「何言ってんのよ。触ったじゃない」
「土や砂は操れねェって」
「だってこれ、砂でも土でもないもの」
下。
草木のあンま生えてねェ、下。下の地面。
暗雲で暗いンだと、影で黒いンだと思ってた。
違うのか。
「この地には、数多のアインハージャの死骸が埋まっている。血も骨も装備も、だ」
「エ、マッドチビ先生ァ血だの骨だのも操れンのか? 確かに成分的にァ」
「無理よ。それができるなら私の等級区分、SS級にでもなってるんじゃない?」
「じゃァなンで操れンだよ。この地面ァなんなんだよ」
「それは恐らく、この大きな丘が」
上の方。
雷雲に届く、山頂の方で。
耳をつんざくよォな──直感でやべェってわかる音がした。
どん、と。
──そして、次第に……赤熱していく暗雲。
「や、っべェ──!」
「火山であるから、かと」
「ベルウェークの怒り!」
「……やはり、今回も無理か」
音が遠くなる。
思考が加速していく。世界が遅くなっていく。
どうする。どうすりゃいい。
雷撃は魔法か能力か、まァ自然現象っぽくなかったから殺せそォだと思ったが、ありゃ無理だ。
あれァ紛う方なき自然現象。噴火だ。山の怒りって奴だ。
前触れくらい寄越せよ。地震くらい起こせよ。
なンだってそンな急に──。
「ああもう、うるっさいわね! こと鉱物、あるいは石や岩において──私に勝てると思ってるの、ほんっと気に入らないわ!!」
周囲。
俺達の立つ地面を除いた、ほぼすべての地面がどろりと溶ける。
熱じゃない。これァ、【鉱水】だ。
それらは先に昇っていたミカラへと合流し、落ちてくるそれよりも巨大な塊を作り始める。
止まらない。マッドチビ先生ァどっかイライラした様子で、凄まじい魔力を練り上げている。
大きな丘と呼ばれるこの島は、やっぱり大陸じゃァなかった。
それがわかるんだ。わかるくらい、その地表が剥がされて行っている。液体となった地表の全てが、真っ黒なそいつらが、この島を痩せ細らせている。
「包みなさい!」
強化を解く。
これに、俺の出る幕ァ無い。
これは──【即死】なんぞが介在して良い戦いじゃァ無い。
「──!」
黒い液体が灼熱の岩石を包む。降り注ぐ灰煙を、砕けた小石を、そして山頂より流れ出でる溶岩の全てを包み込んでいく。
最早、逆だ。落ちてくるはずの溶岩流が、黒い液体に押し返されている。むしろそれらは、降り注ぐ全てを受け止め、とどめ、逆に押し返していく。
マッドチビ先生。いんやさ、【鉱水】のディミトラ。500年を生きる魔法少女。
「何よ、それで終わり? ──じゃ、返すわ」
宙空に大きく広がっていた液体が、バクンと、口を閉じるかのように端から中心へと閉じる。
閉じて、一つの球体となり。
「食らいなさい!」
轟音と共に──射出される。
その砲弾……いやさ砲丸は、再度集まらんとしていた雷雲の全てをぶっ飛ばし、その先にいたソイツに直撃した。
ソイツ。
牛の頭で、ヒトの胴で、手足が八本あって、翼があって、尾がない──ベルウェーク。
仮称、マッドチビ先生作ドラゴン。
「……やっぱ設計ミスだろ、ありゃ」
そのチグハグな身体は、射出された砲丸を避ける事も受け止める事も出来ずに顔面をぐしゃりと潰され──沈黙した。
……沈黙したのである。
「……え、嘘。今ので死ぬの? アンタ達、こんなのにずっと悩まされてきたワケ?」
「む……」
「ヴァルメージャとなったが故、だろうか。……どうにも、私達の知るベルウェークとは違う……気がする。こんなに弱いものではない、はずだ」
「あー。ま、とりあえず【即死】させてくるよ。念のためな。んじゃ、冷静メイド、ちょっくら山頂まで頼むわ」
「はい」
誰もが驚いている。
いやまァ、そりゃそォだろ。俺達は魔王にでも挑む、みてェな心持だったンだ。俺達っつか、青バンダナと赤スカーフは、か。
それをこーもあっさりってな、驚き通り越して認めたくないが勝るよな。
ほらアレだ。
俺があっさり天使の化け物倒しちまった時のお嬢とポニスリの反応。
アレにそっくりさな。
なんてことを考えながら、冷静メイドに抱かれて山頂に到着。
……噴火した直後の割に、静かだな。もっとゴロゴロいってたりしても良さそォなンだが。
やっぱり自然現象じゃねェってことか? 火球そのものァ自然現象だが、噴火させること自体は魔法、みてェな。
ベルウェークの死体に近づく。
クルメーナの地下で見た仮称ドラゴン。それが肉体を得た、みてェな姿だ。マッドチビ先生の自信作。
あれァマッドチビ先生のオリジナルじゃなく、どっかでコイツをみたことがあって、その模倣だった、って事なのかねェ。あれだけ模倣の上手いマッドチビ先生のことだ、元ネタが何かを忘れていても、そっくりにつくるってな造作のねェことなのかもしれねェ。
死体から生命力は感じられない。
が、頭部潰されたくらいでこの図体の化け物が死ぬってな、ちょいと信じられねェんだよな。化け物だって生物だから、なんて言われちゃ頷かざるを得ねェが、だからこそ違和感がある。
だって、ベルウェークにァ剣も槍も効かない、ンだろ?
なンで砲丸なんぞが効くんだ、って。
「……あ? 冷静メイド、なンか言ったか?」
「いえ」
「……」
今。
聞こえた気がした。言葉、じゃない。詩でもない。
聞こえたのは──。
「──ッが、ぐ!?」
遠吠え、だ。
どこかからか、遠くからか。
狼の遠吠えが聞こえた。
そんで──ぐちゅりと、抉れる、冷静メイドの──腹。
知覚強化。身体強化。踏み込みを以て、冷静メイドの身体をぶん投げる。俺にできる最大限の強化で、山頂から放り投げる。結構な斜面ってか崖みてェになってるから助かったぜ。まるで上った奴を孤立させるみてェな作りでよ。
「なに、を」
「死ぬなよ、冷静メイド。多分、下にいた方が安全だ。マッドチビ先生によろしくな」
「あず、さ、様ッ!」
複数の足音。
あァ、これァ覚えてる。この足音は覚えている。
山の頂に上り詰めるは──はは、懐かしい化け物共。
透明なのもいやがんな? さっき冷静メイドの腹ァ抉ったのァそいつらだ。
「あーあ。まさか私達の故郷にいるなんて。世界を回っても見つからないわけねー。それに、私達の神様をこんなにしてくれちゃって。お姉さん、ちょっと怒っちゃったかな」
「お姉さんだァ? おいおい、チョケんのも大概にしとけよ。誰がお前みてェなちびっこ相手にすンだ、誰も見向きもしねェって」
「うわ、懐かしい。そうだったわね。貴女に付けたあだ名は野蛮人だった。思い出した思い出した!」
「あァ、私もヤな事思い出しちまったよ。初めてつけられたあだ名はソッチだったなァ。あァいや、かくれんぼ名人だったか? なんにせよ、薄っぺらい記憶すぎて消してたわ。私のあだ名ァマッドチビ先生から貰ったモンだけでいーや」
「随分と余裕そうね? あの時と違って貴女は窮地も窮地。頼みの綱の銃もない、そんな剣一本でどうにかなると思ってる?」
「思ってるさ。コトお前に関しちゃ、行動が読みやすいんでな。よォ、久しぶりだな、ルルゥ・ガル」
「へぇ、名前で呼んでくれるんだ。私のコトを殺せもしないのに」
「あァ殺さねェさ。殺す価値も無ェ。だが、一生這いつくばってられるよォに、脳と心臓以外ァ全部殺してやるよ。満足だろ?」
「やれるものならやってみなさいな。その前にみんなが貴女を食い散らかすけど」
応酬応酬煽りの応酬。
コイツと話してると思考レベルが幼子にまで戻っちまうなァ。
あァさ、久方ぶりだ。
っとに久しぶりだ。
まさかこんなトコで遭遇すンなんて、欠片も思っちゃいなかったよ。
「ソレ」
「何?」
「お前らの神ってな、そォも不細工なんだな。はは、生物としてバランスが悪すぎンだろ。なンでそんなもン崇めてンだ?」
「そんなの、決まってるじゃない」
動く音がした。
狼が、ではない。
どくんと──心臓が。
再度、脈打つ音が。
「永遠を与えてくれるから。それ以外に理由とか、あるかしら」
「ハハハ──確かに無ェな、それ以外。それがマジの永遠なら、だが」
その巨躯が、そのアンバランスな身体が──再度、起き上がる。
今の今まで死んでいたはずだ。確実に死体だった。欠片も生命力を残していなかった。
それが。
あァ──立ち上がった。
「2つ、選ばせてあげる」
「ケチだなァ、4つくらいにしておけよ」
「1つは、このままみんなに食い殺されて、神に叩き潰されて死ぬか──私ときもちーことをして、死ぬか」
「だァから、そォいうのァもっと大人になってから言えっつーの」
剣を持つ。
はは──ははは。
いいね。自覚の無い冷静メイドやマッドチビ先生たァ違う。
コイツァ、明確な自覚を持つ
「ちなみに、貴女はもう蘇生できないわ。理由はわかるかしら」
「EDENにいる私とやらが、蘇生槽と
「正解。EDENはもうほとんど私達の手にある。だから、たとえば」
──強化はいらない。【即死】を使え。
「【
落ちてきた雷撃を殺す。
そして、理解した。
「……はァ。そォかい。……背中メッシュが、やられたか」
「他にも色々できるわよ。これとか」
──【即死】を維持して、半歩前に出る。
「【白亜】……あら、これも殺せるのね。やっぱり対魔法少女において、
「……EDENは今、どォなってンだ。全部堕ちたのか」
「そうなってくれたらどんなに良かったか。まだ、その機会には恵まれていないの。悲しい事にね」
「褪戦死遠.藍出内沙米紫遠」
それだけ聞けりゃ、十分だ。
んじゃまァ、まだみんなは頑張ってンだろ。それだけで、いい。
俺の仕事ァそっちじゃねェ。背中メッシュはここで返してもらう。だからそのためにさ。
「よォ、ルルゥ・ガル。廻り続けるってな、飽きねェのか」
「悲願を果たすまでは」
「あァよ、じゃァやっぱり化け物だな、お前」
「今更? 貴女達にとって──とりわけ貴女にとって、非善は全て化け物扱い、でしょ?」
完全に立ち上がり──その腕を俺に振り下ろすベルウェーク。
透明なのも、そうじゃねェのも、全部の狼が俺を食い千切らんと迫る。
ルルゥ・ガルはただ、人差し指と親指を抓む形にして──【光線】の用意をしている。
「さァ、いっちょやり合おウッ!?」
「え」
ボルテージも高まってきて、んじゃ開戦の合図を──ってとこで、俺の身体にぎゅるりと巻き付くは銀の紐。
すわ敵の新たな攻撃か、と思ったが──違う。俺ァこの感触に覚えがある。
「ウィジ、射出しなさい!」
「【喧槍】──!!」
ぐい、と引き寄せられ、足は既に地を離れ、それでもまだ勢いを失う事無く引き摺り込まれるは──銀の竜。その喉にある扉。
「ディミトラ様! 梓様を無事保護しました!」
「よくやったわ! ウィジ、射出を維持しつつ射角を上方へ変更! リジ、アンタは防御!」
「【静弱】。何も通さない」
扉に物凄い勢いで引き込まれたと思えば、俺の身体はあったけェ何かに包まれる。あンまり意識しちゃいけねェもんだ。おじさんが顔を埋めたりしちゃいけねェモンだ。
「撤退するわよ! 艦体反転、全速力でこの地点から離脱!」
「……【引力】」
「ッ……艦に貼り付けられた!?」
「逃がさないよ。というか、生きていたとは思わなかった。ディミトラさん。どうやって生き延びたの?」
「うるっさいわね! もうアンタなんか注文主じゃないのよ! 敵よ敵! ほら、行きなさい──ティラノサウルス!!」
「!?」
ぐぎゃー、なんて陳腐な声を上げて、銀の竜より排出されるは銀のトカゲ。
ティラノサウルス。流石に初見だったのか、ルルゥ・ガルの表情が大きくゆがむ。
「っ、冷静メイド! LOGOSとルルゥ・ガルの間の、どこでもいい! これ投げろ!」
これ、と。
未だ胴体をぐるぐる巻きにされたまま示すのは、太腿に巻き付いた炸裂弾入りのマガジン。
頷き、それを手早く抜いて投げる姿勢に入る冷静メイド。
「青バンダナ! 今から飛んでくる金属のほそっこい箱を【喧槍】でぶち抜け!」
「応!」
投げられるマガジン。
それが丁度ルルゥ・ガルの視線の先──ティラノの尾っぽのあたりにきた所で、激しい音を立てて炸裂した。【喧槍】が突き刺さったのだ。
これにより、ぐわんと傾く銀の竜。
拘束が殺された事により、反動が来たのだ。
「みんな、しっかり掴まってなさい! 飛ばすわよ!」
「マドチ先生、ウォムルガ族の村に!」
「誰よソレ! じゃなくて、
「──!?」
しっかりと引き込まれ、喉の扉が閉じる。
青バンダナと赤スカーフも格納され──今度こそ全速力での撤退。
どんどん遠ざかっていく大きな丘と、ルルゥ・ガル。
そして。
「頑張れティラノ! やっつけちまえ!」
一匹残されたティラノゴイルへ声援を送って──なんとか、俺達は逃げ切ったのだった。