遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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94.湯上伽楽多伊豆能登其愚度座頭有侠感伏蘭網羽生斗痣.

「ク──起きたか、梓」

「あァ、別に寝てたワケじゃなかったンだけど、状況は?」

「とくには何も変わっておらぬ。お主が【帰述】の入った鉱石を割った辺りで倒れたことくらいだ。変わったのは」

「みんなに怪我人なンかはいねェな?」

「ああ──ただ、少しばかり困ったことがある」

「ン?」

 

 虚滅雨(クハリジャ)は別に外に漏れ出たりァしてねェようで、俺ァなんぞか眠っていた的なアレソレらしい。結局なンだったンだろね、あの世界は。

 

「……ふむ」

 

 じゃり、という音。

 見れば、足元にはピンクカチューシャを覆っていた水晶片。

 

 ふむ。

 これ、持っとくか。

 

 亜空間ポケットに入れる。

 

「で、困ったことってななンだ」

「最奥への道が塞がれている」

「……そりゃまァ、最大級に困ったことだな」

 

 そうか、着物狐も最奥までは行ってる。

 だから道さえ覚えてりゃ案内もできる。加えて紙の分身も使えるしな。いやマジでずりィよなこいつの妖術。

 

「そこまでの道は開けてンのか?」

「今の吾が身代わりだ。吾らはすでにそこにいる。お主も早く来い、吾の妻」

「あァ、わかった」

 

 相変わらず俺の姿をしたアンデッドどもが気味悪いけど。

 まァ、周りを気にせず全開モードで行きますかね。

 

 

えはか彼

 

 

 追いついた、が。

 

「来たか」

「おう。で、これか」

「ああ」

 

 ──道いっぱいに敷き詰められた、見覚えのある鉱石の壁。

 みんながみんな触れないよォにしているあたりで察しも付く。

 

「反魔鉱石の壁……そォだよなァ。塞ぐならこれが一番だ」

「私の天敵だね」

「今や懐かしき話だな」

 

 どうするか。

 いや全く以て想定してなかった。反魔鉱石の壁かー。

 

「お前らは?」

「無理だ。我らには特に何の意味もない鉱石だが、単純な硬度が高すぎる」

「役に立てず申し訳ない」

「いーよ。その辺ァ俺らも同じだからな。で、そこで寝っ転がってンのは」

「ちょ、ちょっと疲れただけだから」

「反魔鉱石の存在を知らず、力押しでなんとかしようとしてすべて打ち消され、魔力を使い果たした──違いァ?」

「……ないです」

 

 アオンはまァそういう知識ねェだろうから仕方ないとしても。

 ……そっちの隅っこでうずくまってる青バンダナは、馬鹿だって見ていいのかね。

 

「梓。ウィジは最近学をつけてきたつもりになっているだけの子だから、そんな目で見ちゃダメ」

「リジ……"ウィジ。今の貴女ならいけるはず"とか言ったくせに、自分だけ……」

「ウィジ。根も葉もないことをいわない」

「どっちでもいいけど青バンダナが魔力使い果たしたのァ事実だろ。回復に努めとけ」

 

 けど、守るってことは、塞ぐってことは、この先に大事なモンがあるってことだよな。

 

 反魔鉱石。

 マッドチビ先生の【鉱水】でもない限り、自在に操るのは難しいはずなンだが。超々高熱下において液体になるってことがわかってからはEDENでも使えるようになったとかなんとか聞いたことはあるけど、それがマッドチビ側にも……って、あァ安藤さんか。【業焔】は魔法だから打ち消されるにしても、あの人の技術力ありゃ高温高圧の窯くらい作れそうだ。

 

 ふむ。

 

「着物狐、お前は?」

「クク、吾の式鬼も存在そのものは魔力で編まれている。これに触れたのなら、この通りよ」

 

 ペラ紙一枚が鳥の形をとって、反魔鉱石の壁にぶつかる。

 瞬間、それらはへにょりと力を失い、またペラ紙一枚に戻った。

 

「お前の魔法は? そいや俺着物狐の魔法よく知らねェんだけど」

「当然、魔法であるから意味を成さない。そもそも攻撃性のあるものではないゆえ、あまり気にするな」

「なンで隠すンだよ」

「クク──なに、隠しているわけではない。使う必要がないというだけだ」

 

 ……。

 まァいいにしとくか。

 

 えー。

 で、どォすっかね。

 

「キラキラツインテ」

「この部屋の周囲六方から侵入を試みたけど、無理だったね。すべてに反魔鉱石が敷かれている」

「あー……ん?」

 

 いや、でも待てよ?

 六方塞がりってなことあるか? どっか空いてないと、意味なくないか?

 新しい世界の創造……それをやるには、どっかが空いてる必要がある。だってそことあっちの世界はつながってねェといけねェんだから。

 この世界にァ【転移】みてェな魔法はない。時間と空間を操る魔法ってな存在しない。魔法だけじゃなく、そォいうことできる力が無い。いや、あるにはあるか。神さんが3位揃えば──世界なら、作れる。

 ……ふむ。

 ふむ。

 

 もう少しだ。もうちっと頭を回せ。

 

 俺の目的はなンだ。

 宙の莽の玉座を壊し、国を取り返し、この計画を阻止し──俺の体を取り戻す。まァ最後のはどっちでもいい。両親から貰った大切な身体たァ言え、他を犠牲にしてまで取り戻したいかっつったらンなことはない。

 ふむ、ふむ。

 じゃァ例えば、外でやってる連中みてェに、上の世界に穴ァあけて、あっちの世界に入って、あっちの世界から宙の莽へ入る、ってなどうだ。どォやって繋がってるかは知らねェが、行けはすると思うンだよな。

 結構良い案な気がする。どォやっていくのか、ってとこに目を瞑りゃァな。

 オリジンと魔法少女達全員をあっちの世界にもっていって……ってな、現実的じゃねェ。俺が世界言語で好き勝手やれてンのは、あくまで冥界とこっちの世界が神さんの力に満ちてるからだ。

 

 あっちの世界作ったのァ神さんじゃなく、ソテイラっぽい夜の神。となると、あっちの世界では俺の力ってなほぼ使えない可能性の方が高い。それだけじゃねェ、あっちに足を踏み入れた瞬間に死ぬ可能性まである。夜の使徒ってな本来はお断りだからな、世界は。

 

 じゃあ、世界じゃなくて──その繋いでる部分、とかは?

 

「キラキラツインテ、迷宮の外には出られるか?」

「うん」

「じゃァ、この部屋とあっちの世界……青い天体の間になンか無いか見てきてくれねェか?」

「わかった」

「んで、俺たちァこの壁ぶっ壊すぞ」

 

 この、と指さしたのァ、反魔鉱石──じゃなくて、普通の壁。

 

「入口はあっちだ。だから、直通ルート。作るぞ」

「なるほど。もう迷宮を迷うのは面倒だ、と。それはいい考えだ」

「クク、頭領の好きな力押しだな?」

「それ、なら……私もいけるな」

「いやいーよお前ァ休んでな青バンダナ」

 

 クリスを狙撃銃の形態にする。

 欲しいのァ貫通力。そンでもって、後に続く奴ら用の耐久下げ。

 じゃァ、合わせ技だ。

 

「名前つけてくれてたらよかったンだがな。──まァ、体追針(ティオイジ)で頼む」

 

 狙撃銃に装填するァその針と、さらにァフルオブズヴィトニーの氷。

 

「道をつけるぜ。褪戦死遠体追針(ティオイジ)褪戦死遠希風川(ヴァン)!」

 

 連続の模倣魔術。

 一瞬だけ痛みが走るけど、すぐに修復される。冥界なンでな、これ以上死なねェのさ。

 

 ──構築されるは、まっすぐに飛ぶ針とすべて凍てつかせる氷のブレス。

 

「【飛斬】」

「式鬼城郷──」

「……【喧槍】」

「ウィジ。煽っておいてなんだけど無理をする必要はなかったと思う」

「わ、私も」

「アオン。貴女の魔法は味方を巻き込むからやめてほしい」

「うっ」

 

 偉いぞ赤スカーフ。その通りだ。

 

 飛ぶ斬撃。紙で作られた槍。魔法で編まれた槍。

 それが凍針の通り抜けた道の後を追う。穴が空き、凍り、脆くなった壁をそれより巨大なものたちが貫き壊していく。道中にいた俺っぽいアンデッドも轢き殺して──。

 

「仕上げは我らがやろう」

「ようやく役立てるな」

 

 その穴を、1対の虎が通り抜けていく。その身が壁に負けることはない。傷つくこともない。高位オリジンの名に恥じぬ突進は──それを、巨大な破壊痕として迷宮に刻み付ける。

 

 そして。

 

「戻ったよ」

「あァさ。どうだった?」

「うん。あったよ。あれが何かはわからないけど」

「んじゃ、行くか。直通ルート通ってな」

 

 外側は壊せなくても、内側なら壊せる。

 ……まァこの際だから外からアプローチかけてるオリジンに頼んで中身全部ぶっ壊してもらうってなアリだと思うンだよな。

 ワンチャン倒壊とか……ないか。

 

「……」

「大丈夫?」

「あァ。キラキラツインテ、アオンを担いでくれ。赤スカーフは青バンダナを」

「わかった」

 

 見透かされたかね。

 まァ、キラキラツインテは言わないでいてくれる奴だ。大丈夫。

 

 さて、見に行こう。その何かわからないものってなを。

 

 

 

 

「なンだこれ」

「……?」

「……なんだ、これは」

「スーグが知らぬというのなら、我も知らぬ」

「微かだが、魔力は感じるな」

 

 なンだこれ。

 ……えーと、なんて言い表せばいいかな。

 

 まず、丸いンだ。えーと、丸いンだけど、完全な球体じゃない。でこぼこしてる。浮いてて、回ってて、ちょっと透き通ってて、んーと、でも平面みてェな部分もあって、あー、見ようによっては目みてェなのと口みてェなのがついてるけど、違う角度から見るとただの縞模様のよォな……うーん。

 

 うーん?

 

「……ベルウェーク?」

「あン? 何がだ、っつかどこがだ」

「ふむ。ウォムルガ族の村において、ベルウェークを指す模様がある。本来は布などに描いて村の外に打った杭に巻き、それを()()()として使うのだが」

「なンでベルウェークの模様が魔除けになンだ?」

「魔獣はベルウェークに使役されているからだ。主の姿を刻まんとする者はいない」

「ウィジ。けどそれ、多分迷信」

「リジ、馬鹿にしすぎだ。それくらい私もわかっている」

 

 ……ふむ。

 魔力……もだが、コレ、命の気配もするンだよな。

 

 そういやベルウェーク関連のこと、ちゃんとわかってねェとこあったな。アレだ、セイタスに連れられて行った"輪廻の根源"──あそこで出会ったカンコウとベルウェーク。

 あの時話したベルウェークは、ちゃんと俺のこと覚えてて。ちゃんと俺の殺したベルウェーク自身で。

 あいつは100歳とかだって言ってた。

 

「なァ、ウォムルガ族ってな、つかアインハージャってなベルウェークとは数千年前から戦ってる……ンだよな?」

「ああ、そうだ」

「100年前に何があったか、とかわかるか?」

「100年前?」

「あァさ」

 

 青バンダナと赤スカーフは、ふむ、と考え。

 その言葉を発した。

 

「私達が生まれたな」

「私達がアインハージャになった」

 

 ……ほん?

 

 

えはか彼

 

 

「それで、梓様はどちらに?」

「わかりませんの。北方海域の方へ飛んで行ってしまったきりで……」

「そうですか。では、私はそちらに行ってきます」

「待てローグン。焦るな」

「……失礼いたしました」

 

 いけませんね。

 私としたことが。

 

「神に抗う、か」

「流石ですね」

「そう……なのでしょうか。久方ぶりにあの方とお話しましたが、初めこそあの方らしさ全開だったものの──途中からは、どこか、別人になってしまわれたかのような感覚に陥って」

「……」

 

 学園組AクラスA班アールレイデ隊。

 遠征組ではない彼女らが遠征任務に出されたのは、偏に人手不足からです。遠征組突撃班ヴェネット隊──その内の2人の除隊。それは少なくない痛手であり、ヴェネット隊は今編成の見直し中となっています。調査班オーレイア隊はその魔法の攻撃性の低さから遠征には出されず、SS級【神光】がアールレイデ様率いるAクラスA班が遠征に出された、という次第ですね。

 

 それが、奇縁、というものなのでしょうか。

 遠征先──危険度にしてSS級を超える泥雨の発生源と、梓・ライラック様が戦っていた、と。

 

「魔物、ジョームンガンダー。話には聞いたことがありましたが、まさか本当にいるとは」

「それも、こんな近くに、な」

「はい」

 

 オリジン種について話す場合、大型種であれば必ず話題に上がる魔物2種。

 ジョームンガンダーとフルオブズヴィトニー。

 残した伝説は数多かれど、遭遇例があまりにも少なく、半ばおとぎ話の存在として扱われてきたオリジン。……正確に言うならば、遭遇例が少ないのはそのすべてが食べられてしまっているからである、という説の方が有力です。EDENの魔法少女ならば蘇生できるはずなので、その他……つまりこの北方山脈の向こう側にある魔法少女の組合などが被害にあっている、と推測できます。

 

 しかし、それも過去の話。

 まさかフルオブズヴィトニーとジョームンガンダー、その両者を倒しているとは。

 ……クルメーナに向かうとき、その魔力の低さから貴女を抱いて運んだ事を懐かしく思います。あそこからよく……と。

 

「ローグン、【侵食】は相変わらずできそうにないか?」

「はい。冥界に残してきた肉片……それが"ある"ことはわかるのですが、そちらに意識を移そうとすると何かに阻まれるような感覚に陥ります」

 

 冥界。

 その場所の話もまた、おとぎ話として知っていました。

 あのように……言うなれば簡単に行ける場所であるとは思っていませんでしたが、本当に天にあり、本当にあのような場所であるとは。

 梓様が夜の使徒である、ということも知識として知ってはいましたが、あの世界に入って初めて実感した、というべきでしょう。

 

 あの方が本当に死者である、ということに。

 

「よし、下がれ。魔力回復に努めろ」

「わかりましたの。……ああでも、1つだけ」

「なんだ?」

 

 梓様の手助けをした上で、ジョームンガンダーを討ったというアールレイデ様。

 素晴らしい戦果であり、その功績だけで昇格……今やキリバチ様や軍部の方々が必死で回している上層部に入れそうです。今の忙しさを見て入りたいと思う方はいないと思いますが。

 

「……あの日、降臨した神。あの威圧感を、膝を屈するあの感覚を覚えていますか?」

「勿論だ。……この私が膝を折ることになろうとは思わなんだが」

「あれと、同じものを感じました。此度はその背を追う身であったからこそ軽減されていましたが──あの方は、魔物でも、魔法少女でもなく……」

「神、か」

「はい、ですの」

 

 神。

 あの日、この世界に降臨し、国を丸々持って行ってしまった神。

 太陽と風と夜。その神3位を前に、私たちのほとんどは膝を折りました。

 

 ……あれなるものに逆らってはいけないと。本能の部分が叫んだのです。

 

「わかった。頭の隅に置いておく。今は下がれ。蘇生していないのだ、疲れているだろう」

「ありがとうございますの。では、失礼いたしますわ」

 

 アールレイデ様が出ていきます。

 出て行って、静かになって。

 

 ふぅ、と大きく溜息を吐いたのは──なぜか物陰に隠れていた、ジャハンナム様。

 

「ようやく行ったか……」

「なぜ隠れていたのですか?」

「ふん、お前にはわからぬ話だ。言っても意味はない」

「ジャハンナム」

「……なんだ、キリバチ」

 

 ジャハンナム様。あるいはゲヘナ様。

 呼びやすい方で呼べ、と言われたので、呼びやすい方で呼んでいます。

 元、敵。偽のディミトラ様についていた魔法少女でありながら、元EDEN高官。創設者様方が中央塔を壊したときにはジャハンナム様含め高官の全員がいなくなっていた、などということがあったあたり、おそらくEDENのすべてを悪い方向へ牛耳っていた、紛う方なき悪人。

 ただし、今は改心したとかなんとか。

 どこまで信じられるか、など、考えるまでもありませんので、その肉体にいつでも【侵食】できるよう準備はしてあります。

 

 さて、そんなジャハンナム様は、何やらキリバチ様と因縁がある様子で。

 そういえばクルメーナに行った時もキリバチ様経由でジャハンナム様からの命令を受け取ったりしていました。懐かしいですね。

 

「知っていることがあるならすべて話せ。お前を生かしているのはそのためだけだ」

「ふん、暴力を振りかざした所で得られるものなど反抗心だけだ。そんなことも学ばないか。さすがは【痛烈】の魔法少女だな」

「──ここに、目に映る女全てに欲情するようになる媚毒がある」

 

 キリバチ様が取り出しますは、小瓶に入った桃色に近い液体。

 姉、リヴィルが作り出した媚毒──梓様によってキリバチ様への"お仕置き"が敢行され、その製作は完全に封じられましたが、当然そんなことで反省するキリバチ様ではありません。

 ……その効力は、私と姉への罰によって、凄まじい効果であるともわかっています。思い出すことさえ怖気の走る記憶ですが。

 

「そ……れが、なんだ」

「素直に話せ、と。そう脅している」

「ふ、ふん。その程度で」

「──ここに、半永久的に発情状態になる媚毒がある」

「キリバチ、部下に何を作らせているのだ……」

「他にも『ちょっとしたことで笑い続けてしまう毒』や『大きな声でしか話せなくなる毒』、『衣服を纏っていると寝られなくなる毒』、『大きな音を聞くと可愛らしい悲鳴が出てしまう毒』などがあります」

 

 キリバチ様が命じて作らせたものは少ない方です。

 この芸能に富んだ毒は、基本的に姉の趣味というか。芸術センスのない姉らしい趣味というべきか。どこで使うんですかそれ、というものばかり。

 ただ、毒であることに変わりはなく、ポーションという形に落とし込めるため、こうして脅しに使う場合非常に有用であるのです。魔法少女は成長しないため、毒に耐性を得る、ということはありませんからね。

 

 解毒には効果時間が切れるのを待つか、一度死んで蘇生するしかありません。私の場合は毒の回っていない部位から自身を【侵食】すれば済む話ですが。

 

「……ふん、まぁいい。そこまで隠し通すことでもない。……単純に、私はあまりSS級の魔法少女には近づきたくない。私は夜であるがゆえに、太陽の気配が強い相手は苦手だ」

「苦手というのは、どうしてですか? 貴女は神であったのでは? 太陽の気配、というものを感じたことはありませんが、あの神ほどではないものと推測するのですが」

「……太陽の使徒の中で、SS級と等級区分された者たちは、形がどうであれ"役割の統合"を行っている。"役割の統合"を行った太陽の使徒はその思考が太陽に近づく。簡単に言えば、より効率を求めるようになる。この世界を作った太陽……レイというのだが、ソイツは正論と効率と最適化の権化とでもいうべき奴でな。覚えがあるのではないか?」

 

 ふむ、と。

 SS級の面々を思い浮かべます。

 ……正論と効率と最適化。

 なるほど。確かに。

 

「見ての通り、私は陰険で陰鬱な性格で、策謀を弄して裏方でニヤニヤ笑っている方が得意でね。ああいう手合いは、苦手なのだ」

「ジャハンナム。本当にそんなしょうもない理由か?」

「そうだ。……いや、本当に本当のことを言ったぞ? だからそれを下ろせ、キリバチ」

 

 少し、羨ましいですね。

 旧友……でしょうか。ジャハンナム様は最古の魔法少女であり、御年万を超えると聞きますが、それでもこうして刺激し合える、というのが……やはりキリバチ様はすごい、というところに落ち着くのでしょうか。

 私にとってのそういう方。

 

 ……えるるーは、まぁ、いいでしょう。

 やはり姉になってしまうのでしょうか。しかし姉妹とも違う関係であるような。

 

「ジャハンナム様」

「なんだ」

「神に、魔法少女は抗い得るものなのでしょうか」

「……個人差がある。心の弱いもの。あるいは、太陽に近いもの。それらであれば、神の威光の影響を強く受ける。アールレイデといったか。あの【神光】の魔法少女が膝を折ったのはそういう理由だ。前者の心の弱さを抜きにして、SS級と呼ばれる魔法少女のほとんどは膝を折っても仕方がない」

「なるほど? では、心が強くありながら、太陽の神に近くない者であれば、神には抗い得ると」

「太陽の神と太陽は違うが、解釈自体は合っている。一度膝を折ったとしても、少し叩き上げてやれば、すぐに持ち直すだろう」

「SS級を奮い立たせる方法は?」

「……ふん、難しい、とは言っておく。ああ、ああ。キリバチ、その瓶を下ろせ。……荒業で良いのなら、ある。だが……」

 

 ジャハンナム様は、こちら──私を見ます。

 正確には、私の胸を。

 

 なんでしょうか?

 

「言え、ジャハンナム」

「……すべての魔法少女は私の影響下にある。私の干渉を受ける。それは私が最古の魔法少女であり、私の因子がいわゆる魔法少女の因子と呼ばれるものであるからだ。そして、私はその因子をある程度弄ることができる」

「ライラックの2人目を作り出したのはその技術によるものか?」

「あれはシエナの技術あった上でのものだが……まぁ、概ね間違ってはいない」

「弄る、というのは、実際どういったことをするのですか?」

「……」

「ジャハンナム」

 

 ジャハンナム様は。

 言いづらそうに、目を逸らして。

 ふむ、なんだかこの方、可愛らしいところがありますね。基本偉そうでこちらを見下してきている方だな、と思っていたのですが、なんというか……人付き合いが苦手なだけ? 口調が威圧的なだけ、というか。

 そう考えると梓様に似ていますね。同じ夜に纏ろう者同士、何か似ている部分があるのでしょうか。

 

「……胸を、な」

「どうした、ジャハンナム。らしくないな。もっとハキハキ喋るヤツだっただろう」

「……まぁ、いい。ふん、胸に、こう、手を入れて。因子を弄るのだ。核そのものは蘇生槽にある故死の危険性は少ないが……絵面がな」

 

 なるほど。

 言いづらそうにしていた理由がわかりました。確かにそれは、はい。

 ですが、そういうことでしたら。

 

 キリバチ様と目を合わせます。

 

「その"弄る"手法、成功率は如何程なのでしょうか?」

「失敗はしない。蘇生さえ可能な状態であれば問題はない。一応胸に手を突き入れるため、その際の痛みや不快感等を耐えることさえできれば、因子の改造は必ず成功する。……そういう意味では、その毒……【劇毒】だったか。それに痛みを感じなくさせるような毒を作らせるのはアリだろう。一般に麻酔と呼ばれるもの。魔法少女に効き得るほどの効力で」

「では、その証明を今していただけますか?」

「すでにそのような毒があるのか?」

「いえ、痛みや不快感等に負ける程私は弱くありませんので。蘇生に関しましても、問題はありません。私は基本的に死なない魔法少女ですので」

 

 上半身の衣服を脱ぎます。

 ……【侵食】が全裸での出現となってしまうため、こういうことにも随分慣れましたね。

 

「……キリバチ、お前、部下の教育を間違えていないか?」

「EDENを良い様に操っていたお前に言われるとは、誉れ高いな」

「ふん、何十年と気付かずに呑気に操られていた方が悪い」

「あの、早くして頂けますでしょうか」

 

 いくら慣れてきたといえど、あまり親しくない方に長時間肌を晒す、というのはあまり快いものではないのですが。

 

 キリバチ様とジャハンナム様は目を合わせ──ジャハンナム様が、はぁ、と1つため息を吐きます。

 そして、こちらへ。

 

「良いか。動くな。そして、言い知れぬ不快感が来るはずだ。耐えろよ、【侵食】の魔法少女」

「コーネリアス・ローグン、といいます。お見知りおきを」

「名で呼ぶほど親しくするつもりはない。──行くぞ」

 

 ジャハンナム様が、私の胸に触れます。

 次の瞬間、強い衝撃が来ました。痛み。見れば、胸に突き入れられた手。……身体強化、でしょうか? 早業でしたね。いえ、痛いことは痛いのですが、その身を少しずつ食べられる痛みやその身を少しずつ切り刻まれる痛みに比べると、体の貫通程度はそこまで……。

 

「今から、触れる。いいな? これはあくまで核ではなく因子だ。ゆえにお前の根幹に関わるものではない。だから、不快感──自身のすべてを揺るがすような不快感を覚えたとしても、動くな。いいな? 念を押すぞ」

「はい。問題ありません」

「ふん、度胸だけは大したものだ」

 

 胸の中で。

 その指が、動き。

 

 触れ、ます。

 

「──!?」

「落ち着け。動くな」

「あ……ぅ、ぁ、あ!?」

 

 勝手に声が出る。足が揺らぐ。震える。

 視界が揺れる。震える。苦しむ。

 

 いやだ。

 嫌だ。それに触れるな。触れないで。お願い。

 やめて。いや。痛い。苦しい。

 

 やめて。やめて。

 

 やめて!!

 

「ローグン」

「ぁ……」

「大丈夫だ。私はそばにいる。自分を見失うな」

 

 キリバチ様。

 キリバチ様。

 キリバチ、お嬢様。ああ、ああ。

 

 ──胸の中で、何かが蠢く。

 痛み。でも、そんなものはどうでもいい。

 苦しみ。でも、そんなものはどうでもいい。

 

 ……触れてくる。それが、今まで、魔法少女に覚醒してから──ずっと私だったものを。ずっと私であったものを。触れてくる。触られる。弄られる。ごちゃごちゃにされる。ぐちゃぐちゃにされる。

 やめて。やめて。私はそこを触られたくない。私はそれを壊されたくない。

 キリバチ様。エミリー様。リヴィル。ああ、──梓様。

 

「安心しろ。お前が築いてきたものは、消えない。壊れない」

「キリ、バチ、様」

「ジャハンナム、まだ終わらないのか」

「待て、もうすぐだ」

 

 ゆっくりと、ゆっくりと。

 変わっていく。何かが。大事なものが。

 

 キリバチ様に、支えられていなければ。

 今すぐにでも崩れ落ちてしまいそうなほどの──喪失感。

 不快感なんかじゃない。これは。

 

 悲しみ。ああ、涙が。そんなものを流したのは……ああ、けれど、あの島で。

 

「──」

「……終わったぞ」

「ローグン。【浸食】で体を新生しろ」

 

 命令を実行する。

 普段からキリバチ様に預けている足の指先。そこから【侵食】を開始し、瓶を、そしてそれの置かれた棚を【侵食】し、体を構築する。

 痛みから、苦しみから、不快感から、喪失感から逃れ──私はまた、生れ落ちる。

 

「【侵食】……ふん、率直な感想を言うならば、私が今まで見てきた魔法の中で、最悪の部類だな」

「……お褒め頂き、光栄です」

 

 亜空間ポケットより普段着を取り出して、袖を通す。

 

「落ち着いたか、ローグン」

「はい。お見苦しいところを見せました」

 

 ……本当に。

 昔の……子供の頃の私が出てきたような、そんな感覚でした。

 ああ。

 恥ずかしいところを。

 

「何か変わったか?」

「……いえ、特に実感は」

「ジャハンナム」

「おい、そんな目で見るな。私がやったのはあくまで神への抵抗感を無くす改造だけだ。ほかの部分には触れていない」

「神への抵抗感……」

 

 記憶を探ります。

 あの時降臨した神。その威圧感。威光。

 

 ……確か、に?

 

「記憶を探ったところで無駄だぞ。その時に刻まれた恐怖は消していない。ゆえに、実感するのは次に対面した時だろう」

「そうですか」

「恐怖も消すとなると、感情の部分にまで触れることになる。……それをするには、今の倍は時間を要する。耐えられるか?」

「ローグン、見栄を張らず、率直な意見を言え」

「はい。では、問題ありません──とは言えませんね。もう二度と経験したくない、という感想です」

「だろうな」

 

 無理だ、と思った。

 たとえキリバチ様の命令でも、従えない。

 あれは。

 あれはもう、嫌だ。

 

「他の魔法少女に施術する際は、睡眠薬や麻酔毒が必要である、というのがわかったか?」

「そのようだ。ローグン、少し休め。お前は今、自身の感じている以上に疲労している」

「問題ありません」

「休め。命令だ。代わりにリヴィルを呼んで来い」

「……わかりました」

 

 命令ならば、仕方ありません。

 ……正直に言えば、確かに、疲労しています。今すぐにでも目を瞑りたい。魔法少女は体力の消耗という概念を有しませんが──精神的な疲労が、とても強かった。

 

 これは、私であってもこうなるのなら……次に続く方々は大変そうですね。

 

 頑張ってくださいませ。

 

 

えはか彼

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