「あぁ、全て、私の役目は全て終わりました。あとはお願いします」
恭平の一撃を本体に受けて薄れる意識の中、安藤 優雨は満足気にほほ笑んだ。
新しい世界、誰も寄生体の恐怖に怯えることなく暮らせる世界を見られないのは残念だが。
彼女の恋した、九門恭平であればきっとそれを成し遂げてくれると、そう思ったからだ。
「でも、ちょっとだけ、ほんとはもう少しだけ」
自由に生きたかったなぁ。
誰よりも先を見通すが故に、誰よりも未来に縛られた少女、安藤優雨はそんな言葉を残して、この世から欠片も残さず消え去った。
意識が再浮上する。
「あれ、ここは?」
「目が覚めましたか?」
声をかけられたほうへ振り向くとそこには白衣を着た女性が立っていた。
白い帽子には天使のような羽がついているがそれが医者や看護師のものでないことは一目瞭然だ。
偽翼だろうか、それにしてはなんとも……正統派すぎるが。
「…………私は、死んだはずじゃなかったんですか? えっと……どちら様でしたっけ?」
状況を把握しようと目を細めて思考に集中するが上手く考えがまとまらない。
すると女性は丁寧に頭を下げてきた。
「申し遅れました。私の名前は女神アリシア。あなたの担当をしていた者になります」
「担当?女神?」
まったく意味がわからず首を傾げる、寄生体にとりつかれた人間だろうか?
しかし目の前の女性からは特有の異音は聞こえないし、妙な迫力のようなものを感じる。
バックアップを使い果たし、リブートももはや不可能だったことを考えれば、私は確実に死んだはずなのだが。
ペタペタと体を触ってみて元の人間の肉体に戻っていることに驚く。
どうやら、本格的に常識の通じない状況らしい。
「あなたの名前は天宮悠斗さんですね?」
「いえ、違います」
まったく知らない名前だ、やはり狂人だろうか。
どう対処すべきか考えていると、女神様の方から提案してきた。
「失礼しました。ではユウト・アマミヤさんということでよろしいですか?」
「いや、順序が逆とかではなくて。私は中央技術局局長、安藤優雨と申します」
そういうと彼女は驚いた様子で口元に手を当てた。
まるで今初めて気づいたかのような反応である。
「なるほど!これはうっかりしていました!」
ぺろりと舌を出して微笑む姿はとてもかわいらしいのだが少し小憎らしくもあった。
(なんかこんな感じの子いましたねぇ)
思わず苦笑いをする、技術局に入ったばかりの頃にこんな感じの同期が居た。
三年ほどで実験中に寄生体に食われて死んだが。その彼女の面影を残したような女神さまだったが、なんだかあの子を思い出すのはよくない気がしてそれ以上の詮索をやめることにした。
「それで、その、女神様が何用でしょうか?」
何気なく聞いてみると女神の顔つきが変わった。
表情を引き締め、両手を胸の前で組んでこう言ったのだ。
「天界からの指令をお伝えするために参上いたしました!」
ビシリッ!と効果音が鳴ったかのように雰囲気が変わる。
「……そうですか」
唐突すぎてそういうのがやっとだった。
さっきまでの小動物的な可愛らしさは完全に消え去り、威厳すら感じる神々しさを放っている。
「それはいったいなんでしょう? できれば手短にお願いしたいのですけど……」
「はい、それはもちろんです!」
とても嬉しそうな返事が来た。
「まず、こちらをご覧くださいませ!」
渡された一枚の紙切れに目を通す。
「何かわかりましたか?」
わくわくとした顔の女神は説明を待つように身を乗り出してくる。
伝令役なのに内容は把握してないのか、と思いつつ。書かれた内容を読み上げる。
「えーと、『剣と魔法の世界に異世界転移し、魔王を倒せ。。また、異世界への旅に必要なスキルや能力を授けよう。この世界の行く末を決める鍵となるであろう。使命を果たした時、褒美として願い事を三つ叶えるものとする。』エトセトラエトセトラ…………なんですかこれ」
要約するとこういうことである。
ある世界が人類と魔物の戦争によって滅亡の危機に晒されている。
それを打開すべく、勇者たちを呼び集め、魔王を倒してもらおうということだそうだ。
「な、なんですかこのとんでもない内容!?」
なぜか自分よりも驚く女神を冷ややかな目で見つめながら安藤は思案を巡らせた。
「はぁ、えっと、つまりこの手紙は天界?ですか?
とりあえずあなたの上司の方から私に送られてきたものということですね?」
そもそもあて先は天宮悠斗とかいう人物ではないかと思いながら経緯を訪ねる安藤。
「はい、そしてあなたはこの世界を救うための勇者なのです!」
良く今知ったばかりの内容についてそこまで自身満々に言えるものだ。
神などというものが本当に居たことにも驚いたが、その出来の悪さにも驚く。
「そんな馬鹿なことってあるんですか?」
それは状況に対しての言葉でもあり、目の前の女神を名乗る人物に対しての言葉でもあった。
『私が保証します。あなたは選ばれた存在なんですよ!』
「……………………」
安藤は目を細めた。
この自称女神様のいうことが何一つ信用できないのはともかく、なんだか嫌な予感がする。
「そもそも、私はただの技術者ですよ?各種改造で補ってはいましたが、基本的に戦闘能力は本職のそれに及ぶものではありません」
とくに、この体では。その言葉は口に出さない。
「大丈夫です!先ほど申し上げた通り、今からお渡しするのは特殊な能力になりますからね!
ちゃんと使えますよ!
それに、ステータスの方はこれから伸びていくと思います」
「はぁ、そうですか……」
「納得いただけましたね、では早速行きましょう! そろそろ準備も整った頃合いだと思われます」
「もう、いいです。わかりました」
数年ぶりに味わう話の通じなさに安藤はついに対話を諦めた。
常に理詰めで動き続けた彼女が久々にとった選択である。
自称女神についてゆくと、白く光る穴のようなものが目の前に現れた。
「これは……?」
「ここから先が異世界となっております。ユウトさん、そこに向かって歩いて行ってください」
「安藤です」
「では参りましょう! この先に行けば、私の言うことの信ぴょう性も理解していただけるかと!」
「…………はい、まあ、わかりました」
(とにかく、現状は彼女の指示に従うしか選択肢がない)
どうやら、それが正解のようだ。
安藤はそのままその白い光のトンネルの中へと入っていった。
「これは……」
そこはまるで天国のようだった。
雲ひとつない青空に、どこまでも広がる草原。
空には燦々と輝く太陽が昇り、足元からは草の匂いが伝わってくる。
「これ、本物の、空?」
思わず漏れた呟き。
何しろ、その光景を見ているだけで心が穏やかになるのだ。
「はい、そうですよ」
「っ!?」
驚き振り返ると、そこには女神の姿があった。
「おはようございます、勇者様。
体の調子はどうですか?寝心地の方はいかがだったでしょうか? もし、よろしければ後学のために感想をお聞かせ願いたいのですが……」
「………………別に普通です。特に何も感じませんでした。というかあなたはここに居ていいんですか?」
「もちろんです。まだ説明は終わってませんからね。
それじゃ、まずはスキルを選んでもらいます。こちらの水晶に触れてください。
それに応じて、こちらからスキルを選べますので……。」
「なんというか、それは世界を移動する前にやることなのでは?」
「あれ?そういえばそうですね。
でも、こんなこともあろうかと前以て用意しておいてよかったですね」
ニコニコと笑いながら彼女は答える。
「前もって、というのはどういうことです?」
「そのままの意味ですよ。私はいつも、こうやって色々な世界に行く前には事前にスキルを用意しておくんです。おかげで今回はスムーズに案内することができています」
「それはつまり、私に渡すそのスキル?とやらはすでに選んであるということですか?」
「ええ、すでに決まっています」
「…………」
「ええ、ええ、わかっておりますとも。
『どうして自分が選ばれることになったのか』と言いたいのでしょう? 説明しましょう! まず、あなたはなぜ天宮悠斗として選ばれたのか? この問いに対する答えは簡単です」
「そんな話は一文字もしていませんが」
安藤は話を遮るように言い放つ。出来の悪いbotと話している気分だった。
「もういいです。スキル?特殊能力ですか?まぁそれが選べないのはわかりました。
私に渡す能力とやらがなんなのか教えてもらえますか?」「よくぞ聞いてくれました!」
嬉々とした表情を浮かべながら、女神は続ける。
「あなたに授けられる能力は、【鑑定】と【自動言語理解】の二つです!」
「それだけ、ですか?」
「はい!」
満面の笑みで、当たり前のことのようにいう。
「この二つの能力を持っていなければ、魔物と戦うことはできません。
あなたは今、非戦闘員なんです」
「…………………………なるほど」
「ああ、それからもう一つ、あなたのステータスについて言っておくことがあります」
「ステータス?…………階級の話ですか?世界が違うのであれば役職なんかはもう役に立たないと思いますが」
「いえ、それとは別の話です。ステータスは、レベルが上がるごとに増えていきます」
「はあ」
「しかし、あなたはステータスを上げることができません」
「はぁ」
「なぜなら、あなたは天宮悠斗として選ばれた人間だからです」
「意味がわからないです」
「つまり、そういうことになってるからです」
状況は一切わからないが、女神の言語法則はわかってきた。
こいつは勇者という役職を天宮悠斗と呼称しているようだ。
過去に勇者になった人間の名前だろうか?
「はっきり言うと、『俺TUEEE!』ができないように設定されちゃってるんですよー。ごめんなさい」
「わかりました。で、私がステータスを上げられない理由は?」
「理由ですか、簡単なものですが、その理由については後で話しましょう。
とりあえず、今は先ほどの質問に戻りましょう。
あなたが選ばれし者としての能力であるこのスキル、【鑑定】と【自動言語理解】ですが、 このふたつのスキルは、あなたが異世界で生き抜くために必要不可欠なものとなっています。なぜなら、これがないと、この世界の魔物とは戦うことができないからです」
「それは、なぜ?」
「例えば、その世界で剣を手に取ってみてください。
その時、目で見た情報から、相手の強さを判別できるはずです」
「できませんね」
安藤は戦闘要員ではない、もちろん、よほどの素人以外の強さなどまるで区別はつかない。
「これは、相手の動きを観察したり、あるいは直接目視することでより正確な判断ができます。
しかし、それらの方法による結果が、目の前にいる敵が自分よりも強いことを確認してしまった場合、その時点で負けが確定します。では、どのようにして勝つか? そこで、あなたの持っているスキル、【鑑定】が活きてきます。
これがあれば、相手がどれくらいの力を持っているのか、どれだけの技を身につけているのか、 その全てをデータとして知ることができ、それが対策となり、そして戦いになるのです。
以上のことから、【鑑定】は絶対に欠かすことのできないスキルです。
ちなみに、スキルを使って相手を覗き見ることで、あなたはその力を見抜いてしまうわけですね。
ただし、一度見ただけでは、そこまで詳細にわかるものではありません。ですから、【鑑定】とスキルを組み合わせることで、もっと詳しい内容を知りたい相手に使うことになります」
「まあ、要するに、あなたは戦闘のエキスパートではない。
だが、相手の情報を知れば、勝つための最善手を打つことができる。
ゆえに、このスキルは非常に重要なものである。
というのが、このスキルの持つ価値なのです」
「まぁ、敵の能力が可視化できるのは便利ですね」
とはいえ、どう考えても技術者が、戦闘で使いこなせる特殊能力ではない。そんなものをわざわざ渡すことにどんな意味があるのだろう?安藤にはわからなかった。
「ちなみに【自動言語理解】というのは?」「文字通りです。あなたはあらゆる生き物と会話することができるようになります」
「どういうことですか?」
「まぁ、そう言わずにちょっとやってみましょうか?ここに魔物がいるとしましょう」
女神は、自分の前に突然一匹の猫が現れるよう念じた。
安藤の前には、何もいない。
「あ、さっき言った『世界の声』を聞いてください。
ほら、耳を澄ませてみて?」
「…………」
(おなか空いた)
どこからか、声が聞こえた気がした。それは小さなつぶやきだった。
「ええと、これは?」
「【自動言語理解】の効果です。あなたは、あらゆる生物との意思疎通ができる。
まぁ、そんな感じです。慣れると、脳に直接語りかけられたりもします」
「なるほど、それで、なぜ【自動言語理解】がないと魔物と戦えないのですか?」
「はい。それを説明するためにはやはり、世界について話しておく必要があります。
簡単に言いましょう。世界は六つあります。世界樹によって創造されました。
世界は、それぞれに役目が与えられています。
例えば、ここは、妖精の棲む森です。世界はこの世界の他にも七つあるとされています。
しかし、ここ以外は、それぞれの役割を与えられ、それぞれが独自の発展を遂げていきます。」
「なるほど…………」
「まず、魔大陸と呼ばれる、私たちの世界からもっとも離れた一つの場所があります。その土地は広大であり、肥沃な大地を持っています。そこは魔物たちが蔓延る、いわば死の国です。
そこが魔王の治める領土となっています。
人族は、そこに住む人々を恐れ、『神無き地』『魔境』と呼び、決して近づこうとはしません。
彼らはそこで、自分たちの領土を広げようと躍起になっています」
「ふむ」
「では次は海界です」
「ちょっとまってください、その説明を全部の世界についてやるつもりですか?」
「はい、この世界のことだけ話すなら、『魔大陸がヤバくて強い魔物がいるよー!』だけでいいです。しかし、今回は、あなたがこの世界で生き抜くために必要となる知識です。ですから、他の世界のこともすべて知っておいてください」
「私が聞いているのは、【自動言語理解】が魔物との戦闘にどう役立つか、です」
「ああ、それについてはまた後で話しましょうね。次に進みたいと思います」
「今話せ今!!!」
安藤、キレた。なんと十年ぶりのことであった。
「うわっ! 怖いですよぅ~!」(棒読み)
女神は、わざとらしく怖がってみせる。
「茶番は終わりにしてください。話が進まない。
もういいです、説明はありませんでしたが、世界ごとに言語が違うから各地で戦うためには【自動言語理解】が必要ということですか」
「違います。世界では、言葉が統一されているのです」
「はい? じゃあどうして、【自動言語理解】が必要なんですか?」
「これは、私の趣味です♪」(きゃぴ☆)
安藤は、絶句した。女神はまったく悪びれていない。
「私はですね、自分で考えた物語を世界に広めたいのです。
なので、こうしてあなた方、勇者に向けて、能力を与えております」
「その結果が【鑑定】と【自動言語理解】ですか?」
「はい、そうです。【鑑定】があれば、相手がどれくらいの強さを持っているのかわかります。
【自動言語理解】があれば、世界中の人とコミュニケーションをとることができますよね。
この二つはセットです。両方ないと意味ないんですよ。
あなたは、これから先の戦いにおいて、非常に重要なスキルを得たわけですね」
安藤は、あまり嬉しくなかった。こんなスキルで、どうやって勝てというのだろうか?
「で、結局、【自動言語理解】がなくても、魔物と戦うことはできるんでしょう?」
「まぁ、そうですけど。でもほら、やっぱり【自動言語理解】があると便利なことがいろいろとあるじゃないですか」
安藤は、ため息をつくしかなかった。
「もう、いいです、なにもかもが。なんでしたっけ?魔王を倒せ、でしたっけ?
とりあえずそれをやれば良いんでしょう。もう良いからさっさと消えてください」
「はいはい、また、そのうち来ま~す♪」
女神の体が透けてゆき、やがて完全に見えなくなった。
安藤は、呆然としていた。
「とりあえず、行きますか」
どこへ行くとかはない、安藤はあてどなくふらふらと歩き出した。
第一話『異世界転移』完
もはや直す気力が尽きたので垂れ流し
第二話『森の女神』
~悠斗視点に戻ります。
「ええと、どういうことなのかな?」
目の前には、一人の美少女。歳は僕より下かな…………二十代前半といったところだ。絹のような黒髪に、青く澄んだ瞳。
服は、真っ白のワンピースを着ている。
彼女は、突然僕の前に姿を現した。
「すいません、驚かせてしまって。わたしの名前は、天宮悠斗と申します。よろしくお願いします」
天宮と名乗った少女は、頭を下げた。
「あ、はい、こちらこそよろしく。僕は天宮悠斗と」
そこで、言葉を止めた。天宮さんは、僕のことをじっと見つめていた。
「どうかしましたか?」
「いえ、なんでも…………」
天宮さんの様子はとても変だった。どこか怯えているというか…………
「あの、まず私のことをご存じなんでしょうか」
「はい…………なんと言いましょうか、つい最近まで一緒にいたような感じがするんですけれど、覚えていなくて…………