これまで、
平均で3分。最長で、4分46秒。どんな相手であろうと、わたしはそれまで、自身の剣だけで、すべての相手を捻じ伏せてきた。捻じ伏せなければ死ぬので、どんな相手にも全力で望んできた。
それが、今はどうだろう?
「どうしたぁ!? 息があがってきたかぁ!?」
観客たちが、ざわつく。賭け金のレートが、目に見えて変動していく。
それまで気にしたこともなかった、時計のカウンターを横目で確認する。わたしとスペルビ・スクアーロとの戦闘開始から、すでに6分46秒が経過していた。
呼吸が荒くなる。心臓の鼓動が早鐘のように耳まで響く。流れる汗で、スポンサーの趣味で着せられている黒いドレスが肌に貼り付き、これ以上ないほどに鬱陶しい。
だが、だとしても……
「……ははっ」
「あぁ! そうだ、いいぞぉ! ようやくマシな眼になってきたじゃねぇかぁ……ついてこい! もっとだ! ギアをあげろぉ!」
見たことないのない剣技。受けたことのない斬撃。それらすべてが、楽しくて楽しくて仕方がない。
斬撃が体を掠める度に痛いほど実感する。自分がコロシアムで対峙してきた相手は、こんなにも浅かったのか、と。わたしは今、目の前の相手を通して、全世界の剣技を体感している。
スクアーロの扱う片手剣は、左腕に直接刃を括り付けているような……見ようによっては、不格好なものだ。本来、剣の柄を握ることで確保される手首の可動域よりも、彼に許された斬撃の自由度は、おそろしいほどに狭い。
にも関わらず、無造作に振るわれる刃の閃光は、わたしがこれまで経験してきたどんなものよりも、圧倒的な速度と膂力を伴っている。
「とばすぜぇ!」
咆哮と同時、振り上げた刃から『何か』が炸裂した。
爆音が響くと同時、深く後ろへとステップを踏んで、その衝撃ごと体を後ろへと流す。
「……仕込み火薬」
「ほう。見抜いた上に、こいつを避けるか。勘がいいな」
剣だけでも充分に強いくせに、マフィアらしく全身に武器まで仕込んでいるから、この男は手に負えない。
だけど、それで良い。殺し合いには、武器がいくらあっても困らない。
「だがなぁ! タネがわかったところで、そう何度も避けられるかぁ!?」
達人の剣速で、殺人的な加速で爆薬が射出される。
先ほどのように、回避するには量が多い。受けて流そうとすれば、わたしの軽い身体は簡単に吹っ飛ばされる。その瞬間を見逃す相手ではない。
「……なら、落とす」
着弾が回避できないなら、着弾する前に、斬ってしまえば良い。
瞬間に、三連。前に突き出した剣先が爆薬を捉え、爆風そのものを、突き刺して流す。
「悪くないッ!
「どうも」
刺突のスピードだけなら、わたしはこの男と対等である自信がある。
だからこそ、攻防の入れ替わりに、息吐く暇がない。レイピアをメインに、フェンシングのスタイルでコイツの剣を受けるわたしは、どうしても攻撃を受ける度に下がらなければならない。ただ後ろに後退するのではなく、円を描くように下がって誤魔化しても、フィールドの広さには限度がある。
故に、針の穴に糸を通すような、瞬間の隙を見計らって、前に出なければならない。突いて、突いて、突き貫いて、攻撃の主導権を強引にでも握り返す。
「受けて流し、切り返すスタイルなのは、よくわかった……わかったが」
瞬間、流したはずの斬撃の衝撃が、強烈にわたしの腕を震わせた。
手のひらから、愛剣の柄が零れ落ちる。
「避けずに受け過ぎたのが、命取りだぁ!」
宣誓と共に、リングに血の花が咲いた。
スペルビ・スクアーロの剣術は、古今東西、流派を問わず、あらゆる剣術を独自に吸収し、強引に噛み合わせることで発展させた、我流に近い。
その剣は、例えるならば深海。潜っても潜っても、積み重ねた底が見えない、深く暗い海。奥底まで見据えようと踏み込んだが最後、どこまでも吸い込まれてしまうような光の届かない深淵。技の種類に限りはなく、繰り出される斬撃はさざめく波のように変幻自在である。
逆に言ってしまえば、あらゆる技を極め、模倣し、吸収してきたその中で、彼の得意技と称される剣技の数々は、そのいずれもが『剣士殺し』とも言える必殺の威力を誇る。
眼前の少女を仕留めるべく、スクアーロが繰り出したのは『
剣士の立ち会いにおいて、刀を強く握れない、ということはイコールで死に直結する。つまるところ『
そう。相手が、普通の剣士であれば。
「な……にぃ……っ!?」
絞り出された驚愕の言葉と共に、幾重にも鮮血が吹き出す。
それは、スクアーロが仕留めたと確信した、少女の血……ではない。
右脚と左肩を抉り抜き、右腕に突き刺さったそれらは、短剣。麻痺させられた右腕ではなく、空いている左腕でオルカが投げ放った、もう一つの刃だった。
華美なドレスの下。太ももに巻きつけられたベルトを見て、スクアーロは呻く。
「
「ご明察だよ」
片手剣であるレイピアは、そもそも本来
貴族が決闘に用いる剣として、レイピアの存在が全盛であった時代。彼らは常に、空いた片手でマントや鞘を防御用の道具として用いた。そして、隠し持っていた短剣を第二の刃とした。スポーツ競技であるフェンシングに形を変えて発展していった片手剣は、その過程で
「殺し合いに、ルールはない」
ぞくり、と。
スクアーロの背中を、快感に近い感覚が駆け抜ける。興奮が痛みを上回り、瞬間が永遠に引き伸ばされていくような、この感覚。
「やるなぁ! 気に入ったぞぉ!」
倒れかけた体を、スクアーロは気力と咆哮で強引に立て直した。
不意打ちで食らった
いくら手負いであったとしても、不意を突いても殺しきれない、玩具のように短い
「もう一つ……あなたに、バッドニュース」
そんなことは、それまでスクアーロの剣をひたすらに受け続けてきた、他ならぬオルカ自身が最もよく理解していた。
スクアーロが刃を振りかぶるのと同時に、少女は右半身を後ろに下げた。かんっ、と。乾いた音を伴って、華奢な爪先がレイピアの柄を蹴り上げる。
愛剣が、オルカの左手の中に、再び舞い戻る。
「わたしは、両利きだ」
集中が、極まった。呼吸が、全身の動作に同調した。
それは紛れもなく、これまでで最も美しい連撃だった。
一撃、二撃、三撃。
「っ……ハァ、ハァハァ……」
「ッ……ふぅぅ……」
わたしは、驚愕していた。この10分にも満たない立ち会いの中で、一生分の驚きを吐き出していた。
いやだって、おかしい。これはもう、絶対におかしい。
なんで死なないの?
今のは、絶対に殺した。殺しきっていた。タイミングも、呼吸も、全身の筋肉も、駆け引きも、すべてがわたしに味方をしていた。限界という壁があるのなら、わたしはすでにそれを一つか二つ、確実にぶち破っている自信がある。
だというのに、目の前のカス鮫は、まだ肩で荒く息をしているのだ。
もう面倒なので、疑問をそのまま問いかける。
「……あなた、どうして倒れないの?」
「ゔお゛ぉい! おもしれぇジョークだぁ! 剣だけじゃなく、口までよく回るようになってきたようだなぁ! オレはうれしいぞぉっ! ゴフっ……」
声うるせぇ。ていうか、途中で血反吐吐いてるし。本当にどうして死なないのだ、コイツは。むしろ、どこをどう斬ったら息の根が止まるのだ。
「次が、最後の一撃だ」
「まだやるの? 正気?」
「当たり前だぁ……オレはまだ、負けてねぇからなぁ!」
咆哮と共に、愚直な突進。
わたしは、目を見開いてそれを見る。
動けなかったわけではない。気圧されたわけでもない。
ただ純粋に。その刹那、彼が振るう剣に宿る殺意に、深淵を見た。
地面が、抉られていく。
それは、剣帝テュールを倒した絶技。スペルビ・スクアーロが振るう、真の必殺。
『
わかってしまった。確信してしまった。
ああ、これに負けるなら、本望だ。
斬撃に全身を吹き飛ばされる経験なんて、もう二度とできないだろう、と。そんな無駄な思考が脳の裏側を巡って、地面に体を叩きつけられた衝撃が、遅れてやってきた。
全身から、血を滴らせながら。その銀髪を、わたしの血で濡らしながら。鮫は笑った。
「……オレの、勝ちだな」
「……うん。わたしの、負けだ」
倒れたまま、もう立ち上がる気力すらないわたしに向けて、スクアーロは告げる。
「お前は負けた」
うるさいな。わかってるよ。
「情けは、剣士の誇りを汚すものだ」
赤く染まった剣先が、わたしの首筋に突きつけられる。
「だが、お前は剣士ですらない!」
「は?」
あ? 今なんつったコイツ。
わたしにここまでボロボロにされておきながら、わたしのことを剣士じゃないとかほざいたのか?
ゆ、ゆるせねぇ……!
「お前は奴隷として飼い慣らされ、戦わされていたぁ……こんな勝負を、オレは剣士として認めるわけにはいかん!」
わたしの首先に突きつけていた剣を引き戻して、スクアーロは問う。
「今すぐに選べぇ! ここで野垂れ死ぬか、おれと一緒にイタリアに来るか!」
「あ、いきます。イタリアいきます」
即答した。
非常に申し訳ないが、わたしにはまだ剣士の誇りとやらがよくわからない。コイツ曰く、わたしは剣士じゃないらしいので、それも仕方ないのかもしれない。
とにかく、わたしは生きたい。恥を捨てても泥を啜っても生きて、生き抜いて、再び剣を握りたい。
だって……わたしはこんなにも魅力的な、命のやりとりを知ってしまったから。
「よぉし……!」
わたしの返事を聞いて、スペルビ・スクアーロは、それまでとはまったく種類の違う笑みを浮かべた。
コロシアムの外に群がっている、餌を睨み据えて、ただ一言。
「さぁて……第二ラウンドといくかぁ!」
まさか死ぬとは欠片も思っていなかったが、予想以上に全身傷だらけのスクアーロを出迎えて、ルッスーリアは目を剥いた。
「あっらぁ〜!? どうしたの!? これはまた随分と、男前が上がったわねぇスクアーロ……ってなに? あらやだ、一体誰なの? そのカワイコちゃんは!?」
血だらけの満身創痍で扉を開けたスクアーロは、鼻を鳴らして、片手に抱えたボロ雑巾のような少女をルッスーリアに向けて放り投げた。
「フランス土産だぁ」
今回の登場人物
『オルカ・グルマンディーズ』
原作の噛ませ犬にボコボコにされた噛ませの噛ませ。スクアーロとのバトルで剣の楽しさに目覚めた。フランス土産になった。
『スペルビ・スクアーロ』
原作では勝ち星なしだが、早速一勝した。原作では散々馬鹿にされているが、これくらいは強いと思う。多分、おそらく、きっと。剣士だが、剣の刃には火薬を仕込むタイプ。
『ルッスーリア』
オカマ