「オルカ。ヴァリアーに入れ」
「あ、いやです。入りません。ヴァリアーには入りません」
束の間の沈黙があった。
「なにぃい!?」
いや、声うるさ……
わたしは包帯でぐるぐる巻きになっている手で、なんとか耳を塞いだ。
あれから数日。わたしはスクアーロにボコボコのボコにされた傷を癒やすべく、ベッドで横になって回復に励んでいた。わたしの何を気に入ってくれたのかよくわからないが、ルッスーリアさんがせっせと看病に励んで、わたしの側に付いてくれている。
そこそこ回復し、まともに喋れるくらいの状態になるのを見計らっていたのだろう。話がある、というので何かと思ったら……やはりその内容は、ヴァリアーへの勧誘だった。
「貴様ぁ! オレに助けられておきながら、組織に入ることを拒むとはどういうことだぁ!?」
正直、どうもこうもない。それはもう単純に純粋に、今言った通り、ヴァリアーに入りたくないだけだ。
そもそもヴァリアーとは、ボンゴレファミリー最強と謳われる独立暗殺部隊である。マフィアという裏稼業の中でも実行が難しいような暗殺、汚れ仕事を請け負う存在で、その任務の特性から作戦に失敗は許されず、任務の完遂率は90%以上。その高い任務達成率、戦闘能力の高さは『ヴァリアー・クオリティ』と呼ばれ、讃えられている。
また、様々な国に潜入する機会があるため、ヴァリアーに入隊する人間は7ヶ国語以上の言語に精通していることを求められる。
「正直に答えろぉ……お前、言葉は何ヶ国語話せる?」
「フランス語と英語しか話せません」
「ゔお゛ぉい! つまんねぇ嘘をつくなぁ! オレと今、イタリア語で喋ってるだろうが!」
「ちっ。じゃあ、イタリア語も追加で」
「追加とはなんだぁ!? このカス娘がっ!」
「あらあら、この子。ロシア語とスペイン語もいけるみたいよ」
「んん!? なぜわかる、ルッスーリア」
「個人情報を調べたら、いろいろ出てきたわ」
流石はマフィアの暗殺組織というべきだろうか。吹けば飛ぶような小さな組織に所属していた人間の情報なんて、その気になればいくらでも調べられるのだろう。
「もう一度聞くぞぉ。正確に答えなければ、その首と胴体は泣き別れすると思え」
ベッドの上の怪我人に対して、そんな物騒なことを脅しをかけないでほしい。
「えーっとですね。ドイツ語とトルコ語と、あと日本語もいけます」
「英語、フランス語、イタリア語。ロシアにドイツにスペインとトルコ。それに日本語か。十分じゃねぇか」
十分だから言いたくなかったんですよね。言語に関しては幼少の頃に両親からアホみたいに仕込まれたので、それなり以上に喋ることができる。とても感謝していたのだが、この瞬間だけは恨みたい。だってヴァリアーの入隊条件とか死んでも満たしたくないから。
「なぜそこまで、ヴァリアー入隊を拒む?」
「いや、普通の人間は暗殺組織に入るか、って聞かれたら、拒む人の方が多いと思うんですけど」
「あらやだちょっと! 聞いたスクアーロ!? この子の言ってること、ド正論よ!」
「お前はすっこんでろぉ……」
明らかにイライラしながら、銀髪がかきむしられる。隣のルッスーリアさんはニコニコと全身をくねくねさせているが、この人も一見まともなオカマに見えて、その実態は死体マニアの結構危ないムエタイオカマなんだよなぁ。まあ、そもそもマフィアの暗殺部隊に所属する人間なんて、最初からまともな人格でないに決まっているんだけど。
「……いいか、一度しか言わないから、よく聞け、カス娘ぇ。オレはお前には、剣士として貴重な才が眠っていると、そう思っている」
「それは……えっと、ありがとうございます?」
「お前は剣の道に喜びを見出す、オレと似たタイプの人間だぁ」
「会ったばかりなのに、よくそんなことがわかりますね?」
「剣を交えてわからないことはねぇ。オレを舐めるな」
それはなんというか、完全に敗北した身の上なので、言い返そうにも何も言い返せない。
「その才、腐らせておくには惜しい」
「……」
「だから答えろぉ、小娘ぇ! 何が不満だ!?」
ここまで来たら、もう言い逃れのしようがない。
わたしは意を決して、スクアーロの瞳を正面から見返して、答えた。
「正直にいうと、労働環境に不安が……」
「は?」
スペルビ・スクアーロは呆気にとられた様子で、目を何回か瞬かせた。
いや、は? じゃないんだよなぁ。わたしにとっては、これ以上ないほどに重要な問題だ。
「だって、ヴァリアーって上下関係に厳しくて、上司から理不尽な制裁とか受けそうだし」
「……そんなことはねぇ。任務の失敗が許されねぇだけだ。働きには、それ相応の対価が支払われているぞぉ」
「じゃあ、ヴァリアーのトップは部下に理解があるホワイトな上司なんですか?」
スクアーロは、わたしがあの闘技場でどんな鋭い踏み込みを行った時よりも困り果てた顔になって、天井を仰いだ。
そりゃそうだろう。ヴァリアーのボスは傍若無人をそのまま擬人化したような人物である。とてもじゃないが、ホワイトな上司ではない。
「……あのクソボスは、今はいろいろな事情が重なって、氷漬けになっている」
「でもスクアーロったら、彼への定期報告は欠かさないのよぉ。マメよねぇ!」
「ゔお゛ぉい! 余計なことを言うな、ルッスーリア!」
ああ、そうか。今のヴァリアーは、XANXUSが氷漬けになっている、そういう時期か。
「そもそも、クソボスと直接会話する機会が多いのは、オレだぁ。お前がミスをせず、立ち回りに気をつけていれば、問題はねぇ」
ほんとかな……
「お休みってあります?」
「ある」
「週休二日取れます?」
「……取れる」
「有給いけます?」
「希望して出せぇ! オレが受理してやる!」
うーん、うーん……
事務仕事のほとんどはスクアーロがやってるだろうし、給料が良いことは多分間違いない。失敗さえしなければ良いから、そこそこホワイト……ホワイトなのか? 制服は真っ暗だけど。
さらに労働条件について重ねて質問をしようとしたわたしを見かねてか、ルッスーリアさんが片手を上げて口を挟んだ。
「でもねぇ、オルカちゃん。これから就職する職場に不安を覚えるのはわかるけど……結局のところ、仕事で一番大事なのは、や、り、が、いよぉ?」
うわ、出ましたよ。やりがいとかいうブラックな職場の常套句。そういうふわふわした言葉が、一番信用ならないのだ、まったく……
「でも、ウチのメンバーになれば、いつでもスクアーロと戦えるようになるわよ?」
「あ、やります。入ります。ヴァリアー入ります」
「ゔお゛ぉい!?」
だが、それから数年が経って、わたしはその選択を深く後悔することになる。
「さぁ……日本に行くぞぉ!」
そう。ヴァリアー所属になった以上、絶対に避けて通ることができない試練。
ハーフリングを賭けて戦う、守護者たちによるボンゴレリング争奪戦。
「準備はいいかぁ? カス娘ぇ」
「いやだ……行きたくない」
「ゔお゛ぉい!?」
どうやって乗り越えよう、この負けイベント?
今回の登場人物
『オルカ・グルマンディーズ』
ヴァリアーに入った。
『スペルビ・スクアーロ』
ヴァリアーに入れた。
『ルッスーリア』
オカマ