「雲属性のシャチ、か」
「そう。めずらしいでしょ?」
「貴様には似合いの
「ありがとう。純粋に褒め言葉として受け取っておくよ」
幻騎士の前で、わたしはくるくると剣を回す。
こう見えても『
「では、その力……見せてもらおうか」
相変わらず、剣を構えないまま。
再び、不可視の爆撃が飛んでくる。しかし、わたしは先ほどと違い、回避も防御も行わなかった。
「……ほう」
当然だ。わたしは、わたしの相棒を深く信頼している。
まるで、目の前で
「その見えない爆撃……べつに威力が低いわけじゃないけど、雲属性の炎を貫通するにはちょっと火力が足りないね。これならベルくんの『
リングから発せられる炎には、それそのものに特性が備わっている。
例えば、雷の炎は硬度が高く防御に秀でており、武器に纏えば切れ味や貫通力も大幅に底上げされる。逆に、霧の炎は硬度がそこまで高くない。わたしの雲の炎は、他属性の炎を遮断する効果を持っている。攻防共に優れた属性だ。つまりスクアーロの雨の炎よりも断然すごいってことです。
「雲属性の遮断……なるほど、そのシャチが宙を泳いだ軌跡に雲の炎を散布しているのか」
「正解! さすが、ミルフィオーレきっての剣士。素晴らしい洞察力だね」
ふん、と鼻を鳴らして、幻騎士は腰から吊るした剣をようやく引き抜いた。
「なら、オレが直接斬るしかないようだな」
そうそう!
それそれ!
それを!
待ってた!
「ルカ! 爆撃は全部捌いてね!」
律儀に鳴いて返事を返してくれた相棒に目線で合図をして、わたしは幻騎士のラブコールに真正面から乗っかった。良い男の誘いは断らないのが、良い女というものだ。
焦らされた分、繰り出される斬撃の手応えはたしかに悪くなかった。
右の振り払いを防御して、刺突を繰り出す。が、これはすんでのところで左手から新たに引き抜かれたもう一振りの剣に阻まれた。続けて突きながら、重ねて問う。
「二刀なの?」
「いいや」
相手にも、返答するだけの余裕があった。
紡がれた否定の言葉と同時、下から顎を砕くような斬撃が躍り出る。上半身を大きく仰け反らせて避けて、そのまま宙返りして着地。仕切り直して距離を取り、ようやくその言葉の意味をわたしは理解した。
「オレは四刀だ」
両手に二本。両足で剣の柄を摘むようにして二本。常識では考えられない本数の刀を巧みに操って、幻騎士はわたしの前に立っていた。
「奥義、四剣。これらの剣で貴様の首を撥ねて、白蘭様に献上してやろ……」
「すごい! 竹馬みたい!」
あまりの興奮に、わたしは幻騎士のセリフを途中で遮ってしまった。
「……」
「二刀流の剣士とは飽きるほどやりあってきたけど、流石に四本同時に使う人ははじめて見た! まさか足で剣を握るなんて……いいねいいね! うんうん! やっぱり、バトルはこうでないと!」
「一つ、聞きたい」
「ん。何かな?」
相変わらず、二本の剣の上でバランスを取る竹馬モードのまま、幻騎士は問いかけてくる。
「お前は、何のために戦っている?」
「え? うーん……今はスクアーロとの勝負で舐めた手抜きをしたあなたをぶっ倒すために戦ってるけど、それじゃ不足?」
「不足ではないが、納得はできん。今の貴様からは怒りよりも、喜びを強く感じる」
「うん! だって、今のあなたはちゃんと本気で戦ってくれてるからね! スクアーロが記念すべき100戦目の相手に選んだ幻騎士と刃を交えることができる。これは紛れもなく、わたしにとって誉れであり、喜びだよ」
それは、わたしから彼に贈ることができる最大限の賛辞だったのだが。
何が気に食わなかったのか、ミルフィオーレ最高の剣士は、表情を歪めて再び剣を構えた。
「くだらんな!」
「うおっと……」
突き込みも、斬撃も、それらすべてが先ほどまでよりも、断然鋭い。どうやらギアが上がってきたようだ。
「貴様の戦いには、目的がない! オレは白蘭様に忠誠を誓い、白蘭様のために剣を振るっている! ただ戦いを愉しむだけの、貴様とは違う!」
むむ。何か彼の気に入らないところに触れただろうか。
「仲間のためとか、主君のためとか。それらしいお題目を掲げるのは結構だし、わたしはそれを否定するつもりはないけど……でもそうやって人のことを見下すのはよくないと思うよ」
ああ、なるほど。
主君のために剣を振るう。彼の在り方は、たしかにただの剣士ではなく騎士のものだ。
スクアーロは剣士としての誇りとはべつに、
それは騎士としてはどこまでも正しいのかもしれないけど、剣士として好ましいかと聞かれれば、わたしは首を横に振ってしまう。
だって、
「今、ここにある戦いを楽しまなきゃ、もったいなくない? わたしは今、あなたのおかげですっごく楽しいよ?」
「この狂人め」
「はあ? 狂ってなきゃ斬り合いなんてできないでしょ。そっちこそ頭大丈夫?」
もはや、反駁の言葉はなかった。
ただ、剣戟の勢いと不可視の爆撃の苛烈さだけが、目に見えて増していく。
「認めよう! オレの攻撃を捌くその技量は大したものだ。しかし、貴様自身の防御にも、貴様の相棒がカバーできる範囲にも、限界があるだろう!」
「勝ち誇ってるところ申し訳ないけど、いつまでも目に見える手品を繰り返すのは、術士失格だよ」
「……それは、どういう」
幻騎士の言葉が最後まで続く前に。
斬り合うわたしと幻騎士の周囲を泳ぎ回っていた
「斬撃を交えながらわたしに爆撃を当てる技量はたしかに大したものだけど、
「……エコーロケーションか」
「はい、正解」
やはりこの男、察しが良い。
空間を構築していた幻覚が剥がれていき、その正体が顕になる。うねうねと蠢いているのは、
「ああ、解いてくれるんだ、それ」
「見えてるのならば、幻覚の維持に労力を割く意味はない。『
「それは光栄。でも、痩せ我慢してない?」
この時代の霧の術士は相手と距離を保ち、
「幻覚を維持する集中力が保てなくなった、の間違いでしょ」
逆に言えば、幻騎士本人に多大な負荷を掛けた場合、大規模な幻覚の維持は不可能となる。
「素晴らしい体術だと思うよ。両手両足で繰り出す斬撃に、何ら遜色はない。でも、手数が増える分、その剣を足場にしているせいで、どうしても踏み込みは浅くなる」
悪くはない。
とても楽しい。
心は踊る。
しかし、
「そんな剣じゃ、
まだ足りない。
「本当に、よく回る口だ」
「事実だからね。スクアーロに勝てないってことは、わたしに勝てないってことだし」
「まるで、自分なら剣帝に勝てる、とでも言いたいようだな」
「え? そうだけど」
そういえば、幻騎士にはまだ言ってなかった。
「わたしの目標、スクアーロを倒して三代目剣帝になることだから」
今度こそ。
言葉を失ったように、幻騎士は黙り込んだ。
「だから、出しなよ。白蘭から受け取ってる隠し玉の装備。まだあるんでしょ?」
彼の懐に、高ランクのリングが一つ。さらに匣が二つ。まだ眠っていることは、わたしには手に取るようにわかるのだ。
「貴様はどこまでも、オレを本気にさせたいらしいな……いいだろう」
本当に、見惚れて溜息が出るような装備だった。
霧属性最高ランク『
ケーニッヒが鍛え上げた、霧属性最強と謳われる伝説の名剣『
同様に、ケーニッヒの傑作と呼ばれる
噂にしか聞いたことのない、伝説の武装の数々。これらすべては使いこなせばとてつもなく強力だが、取り扱いに難があるため、白蘭の許可なしには持ち出すことすら許されないという。
言うなれば、非常事態・特別強襲用の決戦装備。重厚な鎧に身を包み、大剣を携えた幻の騎士が、わたしの目の前に姿を現した。
「後悔するぞ。オレにこの『
「生憎、戦いの場で後悔したことはないんだよね。相手が弱くてがっかりした時を除いて」
今回の登場人物
『10年後オルカ』
目指すは三代目剣帝。相棒のルカのエコーロケーションによる索敵性能は高く、物体の細部まで把握できる。ヴァリアー男性陣の股間の剣のサイズを調べることも可能。レヴィが小さくてボスがすごかったらしい。
『幻騎士』
よく格落ちだの噛ませだのと言われるが、連載当時の強キャラ感は本物の男。体術も10年後雲雀とタメを張るレベル。今回は大戦装備の強さを存分に見せつけるぞ!!