それでもわたしは夢女子にはならない【完結】   作:龍流

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すでにバレてる気がしますが、作者は幻ちゃんが結構好きです


騎士の誇り、剣士の誇り

 幻騎士のパワーの向上は劇的だった。

 得物が二刀流から一振りの大剣に変化したことも関係しているのだろう。とにかく、一太刀の重さが増している。

 しかし、重さが増しただけだ。受け流すのは、むしろ容易い。

 

「パワーアップは、それで終わり?」

 

 なので、煽る。

 

「っ……まだまだァ!」

 

 燃え上がる炎と共に、幻騎士の全身が、まるで骸骨のように変貌した。

 

「うわ……ヘルリングに精神食わせたの? 正気?」

 

 ヘルリングとは、死ぬ気の炎が戦力として利用される以前から、時の権力者たちが契約と引き換えに大いなる力を享受してきた、この世に6つしか存在しない特別なリングだ。リスクを負えば莫大な力を得ることができるけれど、その代償は大きい。

 

「ハハハハ! 見ろ! このオレの新たなる姿を!」

「うん。気持ち悪いね」

「ほざけェ!」

 

 繰り出される斬撃のパワーは、さらに向上している。でも、その剣筋は明らかに精彩を欠いている。

 そうじゃない。そうじゃないのだ。わたしが向き合いたかった剣は、これじゃない。

 

「その細い剣で、いつまで保つかな!? 小娘ぇ!」

「いつまででも受けきってみせるよ。それに、口調まで三下になってるけど大丈夫?」

「黙れ! 黙れ黙れ黙れ!」

 

 ああ、だめだな、これは。

 最初はあんなに楽しかったのに、ちょっとイライラしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なぜ勝てない。

 なぜ倒せない。

 こんな女一人、どうして斬り殺すことができない? 

 刃を交えれば交えるほど、幻騎士の焦りは募るばかりだった。

 勝ちたい。いや、勝たなければならない。勝つことができなければ、自分の存在に価値はない。

 そんな、幻騎士の心の焦りが、爆発する前に。

 

「違う」

「あ?」

「違ぁう!」

 

 先にキレたのは、オルカの方だった。

 

「違う違う違う! 絶対に違う!」

 

 まるで、子どもが駄々をこねるように。

 

「なにそれ!? どうしてそうなるの!? わたしは、ミルフィオーレ最強の剣士と斬り合いに来たんだよ!? バケモノ退治に来たわけじゃない!」

 

 オルカは、幻騎士を指差して、矢継ぎ早に言葉を並べ立てる。

 

「いーい? 耳の穴かっぽじってよーく聞きなよ! 今のその骨みたいな状態で耳の穴あるかもわかんないけど、でもちゃんと聞きなよ!? あなたの強さは、研ぎ澄まされた感覚のキレ! 冷静な判断力! それらに基づいた無駄のない動きにあるの! それなのに、その醜態はなに!? なんでそんな良い装備でパワーバカになっちゃうの!? わたしの楽しみはどこにいったの? 返してよ! わたしの楽しみを返して!」

 

 彼女の口をついて出る言葉は、幻騎士と対峙する立場でありながら、まるで幻騎士の身を案じているかのようで。それがますます、幻騎士の神経を逆撫でした。

 

「ふ、ふざけるな……っ! ふざけるなよ、この、小娘がっ!」

 

 自分に、自信がなくなる度に。幻騎士は思い出す。

 あの目を思い出す。

 自分のすべてを見透かすような、あの目を。

 

 ──君んところにあるマーレリングと大空のおしゃぶり、持ってきてよ

 

 白蘭の命令は、幻騎士にとって神の啓示。絶対のはずだった。

 

 ──あなたの気持ちは、わかりました

 

 しかし、苦悩と覚悟をたたえたあの少女の、ユニの瞳に気圧されて。ただ、静かに見詰められただけで、幻騎士は任務を達成することができなかった。

 その後悔は、今もずっと、幻騎士の心の中で後悔の炎となって、燻り続けている。

 

「おまえも、おまえも! そうやってオレをバカにするのか!? 白蘭様は、オレを救ってくれた! だからオレは、誓ったのだ! オレの剣を捧げると決めたのだ! それなのに……それなのにっ! 白蘭様に忠誠を誓うこのオレを! その忠義を、下らないと笑うのか!?」

「え? いや全然」

 

 それは幻騎士にとって。

 拍子抜けするほど、軽い口調で紡がれた一言だった。

 抜けた力が、そのまま鍔迫り合いの力関係に反映され、女の細腕とは思えない力で、弾き飛ばされる。

 

「わたしは好きじゃないけど、否定はしないよ、あなたの在り方。だって、あなたは白蘭に命を救われたんでしょう? その恩に報いるために、剣を取る。忠誠を誓う。それはべつに、普通のことだとわたしは思うよ」

 

 でもね、と。

 否定の接続と同時に、立ち竦む幻騎士に、オルカは歩み寄った。

 

「あなたと今、この瞬間! 立ち会っているのはわたしなの! 剣を交えて戦ってるのはわたしなの! あなたが剣を取る理由は、あなたが好きに決めれば良い! でも、わたしとの立ち会いの最中に、わたし以外のことを考えるなんて許さない! ましてや、それが理由で剣の切っ先が鈍るなんて、言語道断!」

 

 剣は構えず、相棒に攻撃を命じるわけでもなく。両腕をだらりと下げたまま、彼女は吐息がかかるような距離まで、顔を近づけて、

 

 

「だから今は、わたしを見ろ! 幻騎士!」

 

 

 一喝と共に、頭を叩きつけた。

 

「がっ……」

 

 兜を被っているのは、自分の方なのに。

 額が割れて、血が滴り落ちるその顔を、倒れ込んだ幻騎士は呆然と見上げた。ようやく、彼女の目をはっきりと見ることができた。

 その瞳の中に映っているのは、自分自身を失っている哀れなバケモノ。妄執と思い込みに囚われた、骸骨のような騎士だった。

 

 いや、きっと今の自分は、騎士でもなければ、剣士ですらない。

 

 他者の目を通じて、自分自身を突きつけられて、幻騎士はようやく理解する。

 

(この女は、オレしか見ていないのか)

 

 理解した瞬間に、全身からさらに力が抜けた。

 悪い意味ではない。今まで、全身を駆け巡って満ち満ちていた、邪な気がするりと抜け落ちたのだ。

 それと同時に、幻騎士の全身に変化があった。まるで骨のバケモノのように変貌していた姿が霧散し、元に戻る。契約を破棄したことにより、指先からヘルリングが抜け落ちた。

 

「あれ、いいの? 元に戻っちゃって」

「ああ。オレはきっと、この方が強い」

「……そっか。よかった」

 

 両手で構える幻剣(スペットロ・スパダ)の重さが、心地良い。

 示し合わせたわけではなかった。しかし、幻騎士とオルカは互いに背を向けて、ゆっくりと自然に距離を取り、そしてあらためて向き直った。

 まるで、中世における騎士の決闘のように。

 

「オルカ・グルマンディーズ」

 

 幻騎士は、はじめて彼女の名前を呼んだ。

 

「オレはお前に、勝負を申し込みたい」

「それは、光栄だね」

 

 オルカは、彫刻品のように細い剣を。

 幻騎士は、分厚い刃の大剣を。

 互いに構えて、深く深く、息を吸い込む。

 真正面から互いを見据え、2人の剣士は今、ようやくすべての雑念を振り切って、対峙した。

 

「いくぞ」

「来なよ」

 

 先に踏み込んだのは、やはり幻騎士だった。

 雑念を消し去り、眼前の相手だけに集中するその剣の鋭さは、最高に至る。加えて、幻騎士は既にオルカの手札を、ほとんど解き明かしている。

 

(この女の刺突は、おそらく増える)

 

 雲属性の炎の特性は、増殖。最初の攻防において、時間差で炸裂した刺突の正体は、雲の特性……ひいては、彼女が操る雲属性の剣の特性によるものだ。

 ならば、幻騎士が取るべき手は一つ。受けに回らず、攻め切るのみ。

 大きく薙いだ幻剣(スペットロ・スパダ)を、オルカは身を屈めて避ける。そして、避けると同時に受け止める。避けながら受け止めなければ、冴え渡る幻騎士の斬撃に、対処しきれないからだ。

 

「いいね、その剣。霧の特性で分裂させて、複数ポイントへ同時に斬撃できる。冷静に振るわれたら、こんなに厄介な剣は中々ないよ」

「お前の相棒がいる限り、見切られてしまうようだがな」

「だったら、どうする?」

「こうするまでだ。 幻海牛(スペットロ・ヌディ・ブランキ)っ!」

 

 幻騎士の叫びと同時。それまで牽制に留まっていたウミウシたちが、空間の各所で一斉に起爆した。何十にも重なる爆撃が、思わず耳を塞ぎたくなるような轟音を撒き散らす。

 幻騎士が行ったのは、幻海牛(スペットロ・ヌディ・ブランキ)の単純な物量に基づいた正面からの圧殺。そもそも探知すべき音を拡散させてしまえば、彼女の暴雲鯱(オルカ・グランデ・ヌーヴォラ)による反響定位(エコーロケーション)は意味を成さない。

 

「相棒の声は、これで聞こえないな」

「たしかにその通りだけど、あなたのウミウシちゃんたちは、こんなペースで使い潰して保つの?」

「ふん……保つわけがないだろう」

 

 この戦闘エリア全体に散布した幻海牛(スペットロ・ヌディ・ブランキ)を、幻騎士は誇張なく一斉に起爆させている。炎の消耗も(ボックス)への負担も、尋常ではない。反響定位(エコーロケーション)を無効にできるのは、長く見積もっておよそ10秒。

 

 相手を斬り倒すには、十分過ぎる時間だ。

 

 大きく、深く。踏み込んだ幻騎士に、オルカは目を見開いた。大剣を受け切るために、華奢な身体がステップを踏んで後退する。

 オルカの、その判断は極めて正しい。幻騎士が(ボックス)を使い潰してチャンスを作っている以上、幻海牛(スペットロ・ヌディ・ブランキ)がすべて起爆するまでの10秒間を凌げば、オルカの勝利はほぼ確定する。そして、彼女の防御は一流である。斬り合いが楽しい、おもしろいと嘯きながら、要所の判断では冷静に貪欲に、勝利への最適解を導き続けている。

 

 短い斬り合いの中でそれを理解したからこそ、読みに勝ったのは、幻騎士だった。

 

「……っ!?」

 

 バックステップで下がったオルカの左足が、地面に仕込まれていた一匹の幻海牛(スペットロ・ヌディ・ブランキ)を踏み込み、起爆する。そのたった一匹のウミウシこそが、幻騎士の本命だった。

 受けるために下がると思った。故に、そこに地雷を置いた。その一匹を気づかせないために、他のすべてを犠牲にした。払った代償に対するリターンはあまりにも小さい。一匹の起爆では、足首を吹き飛ばすことすらできない。

 しかしそれでも、意表を突き、体勢を崩すだけなら、それで事足りる。崩れた体勢で幻剣(スペットロ・スパダ)の太刀筋を受け切ることはできない。

 

「いっ……たいなぁ! もう!」

 

 故に、オルカが選択したのは、防御ではなく反撃だった。

 脚の痛みを抑え込み、最大最速の刺突をオルカは繰り出した。全身を重厚な鎧で覆った幻騎士の、唯一の急所。その頭部に向けて。レイピアの切っ先は、眉間の中央に正確に吸い込まれた。

 

 

 

「え?」

 

 

 

 そうして、貫いたはずの頭部が消え去った。

 

 その反撃も、読んでいた。

 

 オルカが対峙していたはずの、幻騎士の体が、霧散する。

 霧属性最強の剣である『幻剣(スペットロ・スパダ)』も最高の鎧である『霧の2番(ネッビア・ヌーメロ・ドゥエ)』も、すべてを囮にして。

 幻騎士は、彼女の頭上を取った。

 皮肉にも、対峙する好敵手が教えてくれた。自分の持ち味は、圧倒的なパワーでも、強力な武装でもない。研ぎ澄まされた感覚のキレと冷静な判断力、それらに基づいた無駄のない動きこそが、己という剣士を構築する強さ。

 

 (あざむ)いてこそ、霧。

 

「終わりだ」

 

 借り物ではない。幻騎士自身の四本の剣が、振り下ろされる。

 それを見上げたがオルカはどこか寂しげな表情で、何も持たない左手で()()を構えた。

 

「うん。終わりだね」

 

 刹那、幻騎士の体を、多重の刺突が貫いた。

 

「っ……が!?」

 

 見えなかった。感じることすらできなかった。だが、目を凝らしてみれば、オルカの手の中には、たしかに()()があった。

 

 炎を宿した、二本目のレイピア。

 

「雲の炎の特性は……遮断と吸収。そして、増殖」

 

 ただし、オルカが左手に握る剣は、バイオレットではなくインディゴの炎を帯びている。

 それは、彼女自身の炎ではない。これまで幻騎士が、渾身の力で打ち込み続けてきた、霧属性の炎だ。

 

「わたしの『雲細剣(ストリッシャ・ヌーヴォラ)』は、相手の炎を吸収して増殖。一時的にその特性を得ることができる」

「……なるほど」

 

 倒れ伏しながら、幻騎士は笑った。

 

「一刀ではなく、二刀だったとは。術士が欺かれてしまっては、負けるのも道理だな……」

「そんなことないよ」

 

 剣を収めて、オルカは跪いた。

 

「あなたは強かった。剣士として、とても強かった」

「……そうか」

 

 突き裂いた喉笛から、それでも懸命に声が漏れる。

 

「オルカ」

「なに?」

「オレは、剣士だったか?」

 

 男の、生涯最後の、その問いを。

 彼と刃を交えたオルカは、力強く肯定する。

 

「うん。あなたは、間違いなくミルフィオーレ最高の剣士だったよ。三代目剣帝を継ぐ、このわたしが保証する」

「……そうか」

 

 その忠義が、主君に届いたかはわからない。

 それでも、その騎士の最期は、剣士としてどこまでも誇り高いものだった。

 

「ありがとう。楽しかったよ、幻騎士」




今回の登場人物
『10年後オルカ』
チャンバラダメ出しおねーちゃん。逆ギレするタイプなのでかなりめんどくさい。しかし対峙した剣士には敬意を払う。

『幻騎士』
原作未来編における彼の最後の独白は「オレには神がついているのだからな……」だった。信じた神が間違っていたとしても、その騎士としての忠義は本物。
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