それでもわたしは夢女子にはならない【完結】   作:龍流

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VSスクアーロ編
シャチとサメ


 山本武は、押し入れの奥にしまい込んでいた箱を開いた。

 そこに収められているのは、彼の師匠……スペルビ・スクアーロから送りつけられてきたティーチングDVD−BOX、その名も『剣帝への道』。スクアーロが二代目剣帝を襲名するまでの100本の勝負が収録された、山本の修行に欠かせなかったお得アイテムである。

 しかし、100枚組を謳うこのDVDには、実は101戦目のおまけディスクが収録されており、それはスクアーロが100戦目の幻騎士戦をカウントしていなかったことを、端的に示していた。少し埃を被っているディスクの中から、特に印象深い一枚を取り出し、山本は再生をはじめる。

 

『恐えと思うのは、悪いことじゃねぇ。命の危険を察知する大事な本能だからな。そういう相手とは戦わねーのが、一番賢い選択だ』

 

 最初は、何のことを言っているのだろう、と思った。

 

『だが、剣士としてさけて通れぬ戦いもある。そういう時はどうすればいいかわかるか?』

 

 しかし、あの未来の戦いの中で、気がついた。

 

『勝てえ! 是が非でも勝てえぇ!』

 

 スクアーロのその言葉が、

 

『負けて死んじまったら得るものなんて何もねえぞ! 勝って手に入れられるモンにこそ価値があるんだぁ』

 

 いつの間にか、剣士としての自分の在り方を貫く、一本の芯に変化していたことに。

 

「それにしても、なんで今さらこんなもんを……?」

 

 イタリアから送られてきたのは、新しい1枚のディスク。そのケースには大きく『102戦目』と記されている。

 スクアーロはすでに、二代目剣帝に至っている。にも関わらず、今になって、新しいDVDが送られてきた。その事実に首を傾げながら、山本はディスクを入れ替えて、新しいDVDの再生をはじめた。

 

『はーい山本くんひさしぶり! 元気!?』

「ひっ……!」

 

 スクアーロの、聞き慣れた怒声ではなく。

 鈴の音を転がしたような、甘い女の声に眠っていたトラウマを刺激され、山本は条件反射で飛び退いた。

 忘れたくても忘れられない、忌まわしい記憶が蘇る。メローネ基地攻略戦のあと、彼女にいやというほどしごかれた、あの常軌を逸した修行の数々を。

 

 ──じゃあとりあえず、10分だけわたしとチャンバラしよっか。死んじゃダメだよ

 

 ──あー、ダメダメ。そんなんじゃきみ、絶対に幻騎士に負けてたよ。わたしが保証する

 

 ──今からわたしの相棒が追い回すから、刀なしで逃げてね。死んじゃダメだよ

 

 彼女のおかげで山本の実力はたしかに底上げされたが、彼女との修行はもう二度とごめんだ……というのが、山本の本音だった。

 

『ルッさんルッさん! これ、ちゃんときれいに映ってる? わたし、美人に映ってる!?』

『えぇ、そりゃもうばっちり映ってるわよー。まあもっとも、私の方が美しいのだけれど!』

『ゔお゛ぉい! おまえらいつまでやってんだぁ! さっさとはじめるぞぉ!』

『あー、もう。年食っても気が短いのは変わらないんだよねぇ』

『ほんとよねー。イライラは美容の大敵なのにねー』

『ねー』

『いいからさっさとしろぉ!』

『はーい』

 

 画面の中で、この日のためにずっと伸ばし続けていたのであろう長い金髪が、陽の光を受けて翻る。

 

『じゃあ、最後に一つだけ』

 

 ニコリ、と微笑んで彼女……オルカ・グルマンディーズは告げる。

 

『わたしとスクアーロの勝負、ちゃんと見届けてね。山本くん』

 

 軽い調子で紡がれたその言葉に、けれど山本ははっきりと居住まいを正して。

 これからはじまる2人の剣士の立ち会いを、一瞬たりとも見逃してしまわないように、目を凝らした。

 

 

 

 

 

 

 わたしは、ぐっと背伸びをして、彼を見た。

 遂に、この日がやってきた。

 

「負ける準備は万端なんだろうなぁ、小娘ぇ」

 

 はじめて会った時と変わらない──最強が、ここにいる。

 

「もう小娘って歳じゃあないでしょ」

「はっ! オレから見ればおまえはいつまで経っても小娘だあ」

 

 軽口を叩き合いながら、互いに剣を構える。

 あの時は、薄暗いコロシアムだった。周りには下品な観客がいて、聞くに堪えない野次も飛び交っていた。

 今は違う。わたしとスクアーロを見守っているのはカメラを回しているルッさんだけで、それ以外に余計なものは何一つとして存在しない。大空と白い雲、やわらかく輝く太陽だけが、わたしたちを照らしている。

 悪くないな、と思った。お天道様の下で、大手を振って剣をぶつけることができるというのは、とても気持ちが良い。

 

 こういう気分で。

 こうして剣をぶつけるために。

 わたしは今日まで、生きてきたんだ。

 

「いくよ」

「ああ」

 

 開始の宣言すら、必要なかった。

 朝、挨拶を交わすように。すれ違った時に、互いの肩を叩くような気安さで。

 最初は、じゃれつくような剣戟からはじまった。

 もう何年もの間、互いに互いの剣を見てきた。

 どんな呼吸で、どのようなテンポで打ち込んでくるのか。互いに、手に取るようにわかる。

 それはまるで、よくできた鏡の分身と打ち合っているようで、終わらないダンスを踊っている状態に近い。

 息も吐かず、数十合もの剣舞を重ねて、わたしとスクアーロはほぼ同じタイミングでそれを取り出した。

 

 

「「開匣ッ!」」

 

 

 暴 雨 鮫(スクアーロ・グランデ・ピオッジャ)

 

 暴 雲 鯱(オルカ・グランデ・ヌーヴォラ)

 

 

「喰い散らせぇ! アーロ!」

「暴れていいよ! ルカっ!」

 

 雨属性の炎の特性は『鎮静』のはずなのだが、スクアーロの相棒である暴雨鮫(アーロ)は、そんなことは知らん、と言わんばかりの暴れん坊である。

 

「サメがシャチに勝てるとでも思ってるの?」

「サメがシャチに劣ると誰が決めた?」

 

 主の言葉を証明せんと言わんばかりに暴雨鮫(アーロ)暴雲鯱(ルカ)に喰らいついてくる。とはいえ、わたしの暴雲鯱(ルカ)もただでやられるほどやわではない。まるで戦闘機のドッグファイトのように、白い死神と黒い狩人が、互いの尻尾を食い千切ろうと踊り狂う。

 わたしのレイピアがスクアーロの頬を掠める度に、全身の血がぞわりと泡立つ。

 スクアーロの長刀がわたしの肉を抉る度に、心臓がとくんと跳ねる。

 

 楽しい。おもしろい。

 アドレナリンが絶え間なく分泌されて、ゾクゾクが全身を駆け巡って、瞬間の閃きが永遠に引き伸ばされるような、この感覚。

 やっぱり、スクアーロと剣を交えるのは……こんなにも楽しい。

 

「ゔお゛ぉい! もっと打ち込んでこい!」

「そっちこそ、まだ体が温まってないんじゃない?」

 

 小癪にも暴雨鮫(アーロ)の影に隠れて突進してきた斬撃を、こちらも暴雲鯱(ルカ)との連携で防御する。雨属性とは思えない苛烈な連撃に、徐々に押されつつあることを自覚する。スクアーロの動きが、特別に速くなっているわけではない。わたしの動きが、鈍くなっているのだ。

 さながら、麻酔を打たれたように。右脚を鈍い痛みが襲った。

 

「……あらら」

 

 雨属性の鎮静によって、すれ違い様に抉られた傷口を、自分の足元を見てようやく理解する。

 

「気付くのが遅れたなぁ!」

 

 気合いと共に、一閃。

 真一文字に振るわれた切っ先が、わたしの顔を殴り飛ばすように、衝撃を伴って吹き飛ばした。

 

「……っ!?」

 

 うお、今度はストレートに痛い。

 これ、顔に傷とか残るかな。まあ、どうでもいいか。

 あんまり貯まっていなかったけれど『雲細剣(ストリッシャ・ヌーヴォラ)』で受けた雨の炎を傷口に押し当てて、出血がひどい傷口の痛みを、気休めでも鎮静しておく。

 わたしを心配するようにすり寄ってきた暴雲鯱(ルカ)を軽く撫でて、わたしは息を吐いた。

 

「……ふぅぅ」

 

 楽しい。おもしろい。終わらせたくない。

 でも、それ以上に、体の奥から、心の底から燃え上がるような感情が、わたしを支配している。

 

「どうしたぁ? もう終わりか?」

「まさか、これからでしょ」

 

 強がりでは、ない。

 それを証明するために、わたしは懐から、今日のために用意した秘密兵器を取り出した。

 

「その匣は……!」

「驚いた? これ、無理言って雲雀くんから借りてきたんだよね。わたし、スクアーロと違って友達多いからさ」

「んだとぉ!?」

 

 純粋な苛立ちと共に振るわれた剣を、大きく飛び退いて避ける。同時に、太ももに巻き付けておいたいくつもの匣を、銃に込める弾丸のように引き抜いた。

 わたしが用意したのは、死ぬ気の炎をあらかじめチャージしておけるバッテリー匣。これを併用することで、わたしはようやく雲雀恭弥の()()()()()()()()を再現できる。

 

「それじゃあ、いくよ──」

 

 レプリカとはいえ、借り物だ。丁重に扱わなければならない。万が一壊してしまったら、わたしが噛み殺されてしまう。

 

 

──裏・球針態

 

 

 雲雀くんを拝み倒し、お金をいくらか積み込み、最終的には実力行使に出ることでようやく借り受けることができた匣兵器の名は、雲ハリネズミ(ポルコスピーノ・ヌーヴォラ)

 その匣に、一度に大量の炎を流し込むことで、はじめてこの運用方法が可能になる。

 わたしとスクアーロの周囲が、針で覆い尽くされた壁に覆われて、周囲から完全に遮断された。

 

「コイツは……」

「戦う人間以外は、展開される匣兵器も排除される、絶対遮断空間。それがこの、裏・球針態。密閉度の高い雲の炎でできているから、まず脱出はできないと考えてくれていいよ」

「……呼吸も、か」

「察しがいいね、スクアーロ。球針態を作る時は、雲の炎の燃焼に莫大な酸素を消費する。ついでに、この空間を維持するためにも、酸素は減り続けるよ」

 

 かっこよく戦いたいと思っていた。

 楽しくバトルがしたいと思っていた。

 もちろん、ルカはわたしの大切な相棒だ。スクアーロにとって、アーロもそうだろう。でも、違う。そうじゃない。なんとなくわかってはいたけれど、やっぱりこうして実際に剣を交えて、気がついてしまった。

 

 楽しいだけじゃない。

 

 わたしは目の前に立つ、二代目剣帝に。スペルビ・スクアーロという男に。

 狂おしいほどに、自分の剣だけで、勝ちたいのだ。

 

「オルカ……おまえ、死ぬ気か?」

「何言ってんの。スクアーロ、わたしと最初に会った時のこと、もう忘れちゃったの?」

 

 彼と出会い、剣に光を見出したあの日から、わたしという存在を貫き通すその信念は、今日この日まで。

 一度たりとも揺らいだことはない。

 

 ──あなたに勝つことができたら、わたしも喜んで死ぬ

 

 剣を構える。

 敵を見据える。

 

 さあ、

 

()()()で、斬り合おう」




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