それでもわたしは夢女子にはならない【完結】   作:龍流

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それでもわたしは夢女子に……

 噛ませ犬、という言葉が存在する。

 勝負に勝つ側を引き立てて無様に負ける、俗に言うやられ役を指す言葉だ。

 スペルビ・スクアーロは、これまでの人生で勝ち続けてきた。マフィアの世界、剣士の世界で、敗北の二文字はいとも簡単に死に直結する。

 故に、スクアーロは勝ち続けてきた。勝って、勝って、勝ち続けることで、二代目剣帝の称号を手にした。

 もし、負けていたらどうなっていたのだろう、と。時々、考える。負けたことはなかった。が、敗北を意識した戦いは、これまでの人生の中で、いくつかあった。

 例えば、かつての剣帝、テュールとの一戦。例えば、雨のリング争奪戦での、山本武との戦い。

 そして、今。眼前で剣を振るう女の強烈なプレッシャーに、スクアーロは敗北の二文字を意識しはじめていた。

 酸素が足りない。視界が霞んで歪む。回らない思考の中で、それでもなお、剣を振るって火花を散らす喜びが、スクアーロの全身を満たしていく。

 

 もしも。

 これは本当に、意味のない仮定だが。

 この女がいなかったら、自分は今よりも強かっただろうか? 

 

 強さとは、孤独なもの。

 勝つということは、相手を排除するということ。その屍の上に立つということ。それはある意味で、自分より弱い存在の否定に他ならない。

 勝って、勝って、勝ち続けることで手に入れた、二代目剣帝という頂きの景色。

 その孤独の傍らに、いつの間にか彼女がいた。

 

 ──スクアーロ! これ有給申請! 

 

 小うるさい女だと思っていた。

 

 ──スクアーロ! これ領収書ね! 

 

 いつも、自分に面倒な仕事を押しつけてきた。

 

 ──スクアーロ! ボスがおこだからよろしく! 

 

 いつも、いつも、いつも──

 

「ゔお゛ぉい! 思い出すだけでイラついてきたぞぉ!?」

「どぅおぁ!?」

 

 浸るように斬り合いをしていたスクアーロの意識が、怒りを伴って浮上する。

 

「なになになに!? 急にどうしたの!?」

「おまえはいつもそうだぁ! オレにばかり面倒な仕事を押し付けやがって!」

「それはスクアーロの仕事だからしょうがないじゃん!?」

「仕方なくねぇ! 少しはオレを手伝おうという気持ちはないのかぁ!?」

「ないよ!」

「オレを労ろうという気持ちはねぇのか!?」

「ないよ!」

「死ねぇ!」

 

 苛立ちを混ぜ込むと、普通は剣筋が鈍るものだが、しかしなぜか彼女と相対していると、スクアーロの剣捌きは冴え渡った。

 凄まじい剣圧が、地面を叩き割って大地を揺らす。同時に、割れた地面から水柱が吹き出した。

 

「はっ……地下水脈かぁ」

「……ちょっとやめてよスクアーロ。足元が水浸しになるじゃん」

 

 裏・球針態によって酸素が不足する空間は、当然密閉されている。必然、勢い良く漏れ出す水流は、スクアーロとオルカの足元を、凄まじいスピードで満たしていく。

 溺死が早いか、窒息が早いか、斬られて倒れるのが早いか。

 そんな状況で。そんな状況だからこそ。

 スペルビ・スクアーロとオルカ・グルマンディーズは、満面の笑みで互いを見詰め合う。

 

「……最高だなぁ」

「うん。最高だね」

 

 この女がいたから、自分はより強くなれた。

 そして、スクアーロの渾身の一閃が、遂にオルカを捉えた。

 それこそが、彼の左腕の長刀が撃ち放つ、最後の剣戟だった。

 

 

 

 

 

 わたしの、勝ちだ。

 

 パリーイングダガー、と呼ばれる武器が存在する。

 パリーイングとは『受け流し』の意。レイピアとセットでの運用を前提としたこの短剣は、西洋における二刀流の源流を作った武器であり……同時に15世紀初頭の剣として、革新的な機能を搭載していた。

 

「……なっ!?」

 

 パリーイングダガーの刃は()()する。

 別名、ギミックブレード。相手の攻撃を受けることに特化したその刃が、花弁のように開いて広がった。雲属性の炎を帯びるわたしのブレードが、スクアーロの長刀をがっしりと噛み締めて止める。

 

「捕まえたよ。もう、離さない」

 

 噛み締めて止める、だけではなかった。

 そのまま、使い込まれた長刀にテンションをかけて。わたしは、長年の付き合いで剣の弱みがどこかを完璧に把握しているからこそ、スクアーロの愛刀を中央からへし折った。

 

「なっ……!」

 

 スクアーロの瞳が、大きく開く。

 興奮で、頬が紅潮するのが自分でもわかった。

 全身が、歓喜に打ち震える。

 

「これで、終わ……」

「終わるわけが、ねぇだろうが!」

 

 雄叫びと共に、スクアーロの()()()()()が開いた。

 

「は?」

 

 わたしは、それを見て思わず言葉を失った。

 スクアーロの剣は、すでに叩き折った。剣がない剣士は戦えない。にも関わらず、彼が義手とはべつの腕で構える、雨属性の炎を纏ったその武器は。両刃の西洋剣とは明らかに異なる、片刃に鍔がついた、その剣は……

 

「日本刀……!?」

 

 わたしは、スクアーロの剣の、すべてを知っているはずなのに。

 そんなの、知らない。

 見たことすらない。

 

「どうしたぁ……」

 

 銀髪の間から覗くその眼光は。

 まだ勝負を捨てていないことを、ありありと示している。

 

「……まだ、オレは負けてねぇぞぉ」

 

 それを聞いて、純粋に……わたしは思った。

 

 かっこいい。

 

 噛ませ犬なんかじゃない。

 わたしの目の前に立つ剣士は。

 わたしの目の前にいる剣帝は。

 

 最強で最高だ。

 

 それなら、ぶつけなければ。

 

 わたしが、今出せる、全力を! 

 

 真似をしたみたいで、恥ずかしかったけれど。

 はじめて彼に負けた時に受けたその技は、どうしようもなくわたしの心に染みついていて。

 だからこそ、奥義の名は決まっていた。

 

 

鯱特攻(スコントロ・ディ・オルカ)

 

 

 正面から受けてはまずい、と即座に見切ったのは流石だった。

 瞬間、飛び退いたスクアーロは、わたしの背後を取った。

 でも、残念。それは、わたしにはありありと見えている。来るとわかっているなら、反応できる。

 わたしの剣に、死角はない。振り返らずに、その気配だけで、突き返してみせ……

 

「!?」

 

 手応えが、なかった。

 

 違う。

 

 わたしが突いたのは──水面に映った影だ。

 

 

時雨蒼燕流(しぐれそうえんりゅう)・攻式九の型──」 

 

 

 ああ、知っている。

 わたしは、その技を知っている。

 彼に、はじめての敗北を与えるはずだった、その技を。

 

 

「──うつし雨」

 

 

 これに負けるのなら、悔いはない。

 首筋に、衝撃。

 膝をつく。

 同時に、球針態が崩れて消えていく。

 やっぱり、雲雀くんのようにはいかないなぁ……

 

「わたしの、負けだね……」

「……バカ抜かせぇ」

 

 吐き捨てるのと同時に、スクアーロの口からも血反吐が落ちた。

 

「あの小僧の技に頼った時点で、引き分けだぁ……クソが」

 

 もう、一歩も動けない。

 互いに、完全に致命傷を負っていて。

 わたしたちは、仲良く水に濡れた地面に倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁーい! そのまま動かないでね! 開匣よん♡」

 

 今にも息絶えそうなわたしたちを救う、オカマの声が響いた。

 その名は『晴クジャク(パヴォーネ・デル・ソネーノ)』。

 

「やってあげてクーちゃん!」

 

 あ〜効くぅ……傷口に晴れの炎が、みるみる染みるぅ……

 ほんと、ルッさんには頭が上がらない。こういう回復役がいてくれるからこそ、わたしたちも安心して斬り合えるってもんですよ、うん。

 むくり、と。わたしとスクアーロは起き上がった。

 

「はい。2人とも。髪とヒゲはちゃあーんと切って剃るのよ〜!」

「はーい」

「……ちっ」

 

 用意の良いルッさんから、ハサミとヒゲ剃りを渡される。

 スクアーロは相変わらず髪を切りたくなさそうだったのでヒゲを剃るだけに留めていたが、わたしはもう肩口から、伸ばしていた髪をばっさり切ってしまった。

 

「……いいのかぁ? 髪切って」

「うん。なんか、すっきりしたし」

 

 あと、前から伸ばしててうざかったし。

 

「……いい機会だから、教えてやる」

 

 スクアーロは、背中が濡れるのも構わず、また地面に大の字に寝っ転がって。空を見上げて呟いた。

 

「雲があるから、雨は降る。お前が隣にいたから、オレは昔より強くなった」

 

 戦えればそれでいいと、最初はそう思っていた。

 でも、わたしがいたから彼は強くなって。

 彼がいたから、わたしは生きる目的ができて。

 そういうのも、案外悪くないのかもしれない。

 

「オルカ」

「なに?」

「オレの女になれ」

「え、いやです」

「なにぃい!?」

 

 いや、声うるさ……

 

「……いいか、一度しか言わないから、よく聞け、カス娘ぇ。オレはおまえのことをおもしろい女だと思っている」

「それは……えっと、ありがとう?」

「おまえは剣がないと生きていけない、オレと同じタイプの人間だぁ」

「まあ、それもそうだね」

 

 それはなんというか、言い返そうにも何も言い返せない。

 

「オレは、お前が好きだ」

「……」

「だから答えろぉ、オルカ! 何が不満だ!?」

 

 ここまで来たら、もう言い逃れのしようがない。

 わたしは意を決して、スクアーロの瞳を正面から見返して、答えた。

 

 

 

「正直にいうと、職場恋愛ってところに不安が……」

 

 

 

「は?」

 

 スペルビ・スクアーロは呆気にとられた様子で、目を何回か瞬かせた。

 いや、は? じゃないんだよなぁ。わたしにとっては、これ以上ないほどに重要な問題だ。

 

「だって、職場恋愛って周囲の理解がないと、上司から理不尽な圧力とか受けそうだし」

「……そんなことはねぇ。任務に支障をきたさなきゃいいだけだ。プライベートが充実すれば、仕事にも張り合いが出るだろうが」

「じゃあ、ヴァリアーのトップは部下の恋愛に理解があるホワイトな上司だっていうの?」

 

 スクアーロは、わたしがさっきの戦いで剣を叩き折った時よりも困り果てた顔になって、大空を仰いだ。

 そりゃそうだろう。ボスは傍若無人をそのまま擬人化したような人だ。ていうか、本当に大丈夫かなウチのボス。もう三十路だけど、ちゃんと良い女の人見つけられるのかな。マフィアのお世継ぎ問題って、わりと重要だと思うんだけど……

 

「それ以外にも、家庭がうまく回るか不安だし」

「……それは、なんとかする」

「ほんとに? 家事してくれる?」

「する」

「ちゃんと料理とか作れる?」

「……作る」

「定期的に斬り合ってくれる?」

「いつでも受けてやる!」

 

 わたしたちのやりとりを見かねたのか、ルッさんが間に入って体をくねらせる。

 

「オルカちゃん。これから生涯を共にするパートナーに不安を覚えるのはわかるけど……結局のところ、恋愛で一番大事なのは、L、O、V、Eなのよぉ?」

 

 うわ、出ましたよ。LOVEとかいう頭ピンクな恋愛勢しか使わない常套句。そういうふわふわした言葉が、一番信用ならないのだ、まったく……

 

「でも、まどろっこしい恋愛なんてすっ飛ばして結婚しちゃえば、既成事実でスクアーロの隣はずっとあなたのものよ」

「あ、します。結婚します。わたしを末永くよろしくね、スクアーロ」

「ゔお゛ぉい!?」

 

 相変わらず、めちゃくちゃ声が喧しい彼の横顔を見て、くすりと笑う。

 この日。わたしは、はじめて戦う以外に生きる喜びを知った。




今回の登場人物

『オルカ・グルマンディーズ』
夢女子になった。スクアーロと結婚したあとは夫婦喧嘩で剣帝の座を取ったり取られたりしている。仲良し

『スペルビ・スクアーロ』
最強で最高にかっこいい剣士。

『山本武』
これ決闘じゃなくてただの結婚報告DVDじゃねぇか!
死ぬ気で祝福した

『ルッスーリア』
オカマ




ひさびさにリボーンのキャラに触れながら書けて、とても楽しかったです。ありがとうございました!
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