転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる!   作:Mr.You78

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月世界の餞別

「隊長、ホークの故障の原因が、今わかりましたよ」

「ハッハッハ……私にもわかったよ……」

 

探査用の宇宙服に身を包んだダンとキリヤマは、月面基地の廃墟の中で朗らかに笑みを交わす。

月面基地が謎の怪獣に襲われ壊滅した為に、その調査へ来たのだ。

極東基地からはダンとキリヤマ。ステーションV3からはクラタとその部下であるシラハマ。

 

月面基地は地球を覆う電磁バリアの発生源だ。ここが再建できなくては、地球は侵略者に対して無防備になってしまう!

その調査任務を任されるに相応しい、まさに選りすぐりの四人。

 

だが、キリヤマ達の乗っていたホーク1号は、謎のトラブルに見舞われ遅れていた。

力を合わせ、窮地を脱した二人は、先に到着していたV3の二人に合流したのだが……

顔を合わせてすぐの事である。

 

二人は素早く銃を抜き、クラタ隊長の後ろに立っていたシラハマ隊員に銃を向けた。

 

「うっ……!?」

「ハハハ! ……さあ、手を上げてもらいましょうか?」

 

なんと、シラハマは既に殺されており、ザンパ星人が成り代わっていたのだ!

3年前、キリヤマとクラタが壊滅させたヘルメス星系の宇宙艦隊。その生き残りが、二人への復讐の機会を虎視眈々と狙っていたのである!

 

ホーク1号を遠隔妨害し、二人を亡き者にしたと思ったザンパ星人は、残るクラタを抹殺しようと正体を現したのだが、そこにキリヤマ達が追いついてきてしまったので、慌ててクラタを脅し、何も無い風を装っていたのだった。

 

しかし、ザンパ星人はダンとキリヤマの結束力と観察眼を見誤っていた。

 

破れかぶれのシラハマは、身を翻して抵抗を試みるも、キリヤマのウルトラガンが、目にも止まらぬ早業で火を噴いて、星人が両手に構えた銃と遠隔装置を弾き落とす。

そこへすかさず、ダンのレェザァ銃がザンパ星人の眉間を直撃!

 

怨嗟の声を上げながら、ザンパ星人は息絶えた。

彼の復讐は終わったのか……?

 

いやまだだ、確か基地を襲った怪獣がいたはずだ!

その時、廃墟が凄まじい地鳴りで崩れ出す。

 

三人が外へ出ると、山脈の向こうから、深緑の悍ましい肉塊が、ぶるぶるとその身を引き摺りながら這い出してくるところであった。

月怪獣ペテロだ!

 

ペテロは元々、先程のザンパ星人が航海に連れていたペットであり相棒だった。そして艦が爆発する際に、命からがら脱出してからは、辺境でたった一人になってしまったザンパ星人の唯一の家族となった。

 

掌よりも小さく、愛玩用の大人しい軟体生物だったペテロは、この三年間ずっと月の裏に隠れ住み、凍った川を啜り、月の砂を舐めて育つ事で、徐々に大きく膨れ上がっていった。

そしてなにより、ザンパ星人の深い深い怨みの感情と、狂った執念こそが、ペテロを恐ろしい殺人兵器へと仕立て上げてしまったのだ!

 

もはや愛くるしかったかつての姿はどこにも無く、ただ主人の仇を討つ為に地球人を皆殺しにする事だけを刷り込まれた哀しきモンスター。

月面基地の防衛設備はここ数ヵ月でかなり増強されていたものの、地球人への憎悪でぶよぶよと肥え太ったペテロを押し留めるには足りなかった。

かつてソガとアマギの指揮の下で、バド星人と激戦を繰り広げた多くの隊員達も、非戦闘員を逃がす為に最期まで抵抗し、護衛として地球へ脱出した数人以外は全滅してしまっている。

 

「あいつだ、あいつが基地を……」

 

妖しく光る単眼から光弾を発射し、探査車を破壊したペテロは、ドクンドクンと全身を脈動させながら、駐機されているステーションホークへと向かう。

金属製の物体は、尽く破壊しつくすように調教されているのだ。

 

「クラタ! ホークが危ないぞ!」

「生きていたら、また逢おうぜ!」

「よし!」

 

しかし、宇宙服を着ながら月面の険しい山道を走るのは困難を極める。

誰もがホークへ辿りつけぬまま、ついにペテロが光弾の射程に銀の翼を捉えた。

このままでは危ない!

 

「デュワッ!!」

 

赤き戦士が躍動して、不気味な肉の塊へ殴りかかった!

重々しい殴打の音が、月面の薄い大気に木霊する。

しかし、分厚い皮膚に覆われたペテロの体は、柔軟でありながら芯が硬く、まるで砂袋を殴りつけているかのような感触だった。

セブンですらも、拳を痛めてしまいかねない程の耐久性。

 

ペテロの表皮は、ナマコの如き適応性を発揮して、殴りつけられれば殴りつけられる程に、より硬く、より弾力を増していくのだ。

 

攻めあぐねて距離をとったセブンに対して、今度はペテロのこぶから大量の体液が噴出する。金属すらも溶かしてしまう溶解液だ! しかし、恐ろしいのはその毒性よりも、吹き出す勢いの強さ。

保水力に優れたペテロの細胞は、そのどれもが伸縮性を持っていて、さながら全身が筋肉の塊である。

そのペテロが、ポンプのように自らの肉体を絞り上げて吐き出す溶解液は、物理的な破砕力だけでも山脈を削る程のパワーがあるのだ。

 

おまけに月の夜は零下180度。吹き出した飛沫が瞬時に凍り付いて、微細な研磨剤としてセブンの肉体を削っていく。

 

『デュア……!』

「どうした、セブンの野郎……今日はやけに動きが鈍いじゃないか!」

 

ステーションホークに辿り着いたクラタの眼前で、大いに苦戦するセブン。

その動きはかつてアイロス星人との戦いで見た時よりも随分と精彩を欠いていた。

その呟きに、キリヤマの脳裏で閃くものがあった。

 

「そうか、熱だ! 熱が足りんのだ!」

「なに、熱ぅ?」

「そうだ! セブンはあの強力無比な肉体を行使する代償として、膨大な熱と光を要するんだ! この月の夜には、そのどちらもが足らん! 彼は今、氷山の山頂で戦っているようなものだ!」

「野郎……素っ裸で宇宙なんぞに出て来る馬鹿があるか!」

 

無敵のウルトラセブンも零下180度の月の夜には敵わなかった。

しかしクラタは、ヘルメットを投げ捨てると、不敵な笑みを浮かべて操縦桿を握る。

 

「だが、そうと聞いたら簡単だ。やる事はひとつしかない」

「待て、何をする気だ!?」

「こうするのさ!」

 

ブースターを思いきり吹かして離陸したステーションホークは、目の前で冷却ガスを噴射しながらセブンに覆いかぶさる肉袋に、ありったけのミサイルをお見舞いした。

ペテロの表皮には傷ひとつ付かなかったが、その爆炎の中をかいくぐり、セブンのわき腹を舐めるように真っ赤な山脈スレスレを低空飛行で駆け抜けた。

ミサイルの爆発と、ブースターでセブンを炙ってやろうというのだ。

なんと乱暴な策であろうか!

 

「無茶をするな!」

「お前はやらんのか!? だったら黙って見てるんだな!」

「くそ……!」

 

クラタの発破に、キリヤマがほぞを噛む。

往路でシラハマの妨害に遭った為、ホークの燃料は僅かしかない。

まだ合流していないダンを待つためにも、戦闘機動はできないのだ。

 

「頼むセブン……起きてくれ!」

 

せめてもの悪あがきとして、ありったけの照明弾を打ち上げるキリヤマ。

火薬とテルミットの輝きが、荒涼とした月の大地に緑と赤の霊峰を照らし上げる。

 

だが哀しいかな、それらの炎は宇宙のエネルギーを内包してはいなかったが為に、戦士の肉体を支える事など到底叶わなかった。

 

……さりとて、まるきり無駄と言うわけでも無い!

 

例え僅かな輝きだとしても、二人が起こしたその明滅は、セブンから孤独と言う闇を打ち払い、凍り付いた思考をほんの一瞬溶かしたのだ!

 

セブンは薄れゆく意識の中で、残された力を振り絞って集中する。

そうして探り当てた微かな銀河の気配を、ウルトラ念力で手繰り寄せた!

 

「……隕石だ……」

 

セブンの隣に小惑星が飛来し、轟々と燃え盛る。

迸る宇宙のエネルギーと熱が、セブンの全身へと漲ってゆく……!

 

『ダァーッ!!』

 

そうして満ち満ちた煌めく光。

もはやエメリウムへ変換している暇はない。

そのまま両腕で巨大なL字を組んでから、一気に敵の眼球へ叩き付けた!

 

闇と冷気の怪物は、膨大な太陽の力に打ち勝つ事などできなかった。

皮膚と肉が弾け飛び、跡形も無く爆発四散!

 

ザンパ星人の復讐劇は、こうして終わりを告げたのだ……

 

 

――――――――――――――――――

 

月面を後にしたキリヤマ達は、クラタの先導でステーションV3に寄港していた。

ザンパ星人の遠隔装置によって、往き道に失った燃料や酸素の補給を行う為だ。

 

整備が完了するまでの時間、士官室で旧交を温めるクラタとキリヤマ。

 

「まさかお前をこの部屋に呼ぶ日が来るとはな……おい、どうだ一杯?」

「おいおい、こっちはまだ帰り道の途中だぞ」

「そんなものは、モロボシにでも運転させておけ」

「奴に示しがつかんよ……俺はこれで充分だ。すまんな」

「……ふん、相変わらずつまらん奴め」

 

懐から取り出した煙草に火をつけて、一服はじめたキリヤマ。

それを呆れたように一瞥したクラタは、誰に憚るでもなく自分のグラスへ琥珀色の液体を注ぐと、それを一息に呷った。

 

「お前のような規律の鬼が上官では、部下も羽目を外せまい。同情するよ」

「何を言ってる。私はこれでも部下へ理解のある隊長で通っているんだ。作戦室での彼らを見たら、怒鳴りつけるのはお前の方さ」

「言ってろモグラめ……その割には、人質が参謀だけでは足りんような冷血人間だと思われているそうじゃありませんか、キリヤマさんよ?」

「ハハハ、これは失念していたよ。しかし、悪名の半分はお前のせいでもあるんだぞ、クラタさん?」

「マックス号諸共吹き飛ばしかねんとは、傑作だったな……あの臆病者め、俺達の事をよく分かってやがる」

 

そう言って、愉快そうに笑い合う二人。

だが、ひとしきり肩を揺すったクラタは、徐々に眉間に皺を寄せ、憎々しげな声を絞り出した。

 

「ザンパ星人め……生き残りがいたとは……」

「あれは激戦だった……我々とて、出撃した時はあれほど仲間がいたのに、帰ってきたのは二人だけだったじゃないか。向こうにも俺達のように運のいい奴がいても可笑しくはない」

「お前の部下は、二人だけでやったと思ってるらしいがな……」

 

遠い目をしながら、キリヤマは煙草の煙を吸い込んだ。

あの時は、二度と煙を吸うのは御免だと思ったのに……

 

「シラハマ君や月面基地の皆には悪い事をしたな……我々の因縁に巻き込んだようなモノだ」

「チクショウ……シラハマなんぞに化ける暇があったら、俺の寝込みを襲って成り代われば良かったものを! ……そうすれば、返り討ちにしてやれたんだ、意気地無しめ……」

「クラタ……」

 

ガンッと、底の分厚い杯が机に叩きつけられる。

結局のところ、彼が不満なのはそこなのだろう。

クラタが先程から傾けているグラスも、シラハマへの弔い酒であり、キリヤマとて付き合ってやりたいのは山々だった。

 

「キリヤマ……折り入って、頼みがある」

「なんだ、藪から棒に」

「キサマのところの部下を……俺にくれ」

「なに! 部下をくれだと?」

 

流石のキリヤマも、これには驚いた。

なに、丸ごとよこせと言うわけじゃない――クラタは自嘲するように笑って続けた。

 

「俺の部下は……すぐにあっちへ行ってしまう。俺がどれだけ技を叩きこんでやっても、ちっとも根付かん」

「それは……」

「ところがお前のところはどうだ。地獄に放り込んでもピンピンして帰ってくるじゃないか。これではあんまり不公平だとは思わんか? ええ?」

 

キリヤマとて、クラタがなんと呼ばれているか知っている。死神、部下殺し……彼の下についた隊員は須く死に、たった一人帰ってくる男……

 

それは、彼の迎撃任務が激戦に次ぐ激戦であり、常人ならば死ぬような場所で、技量が桁外れなこの男だけが篩にかけられただけの事。

 

V3は最も侵略に使われやすい宙域を見張る要衝であり、損耗率はV1やV2の比ではない。

マナベ参謀も決して懲罰としてこの男をここへやったのではなく、このような過酷な任務を課せられるのが、クラタより他にいなかったからだ。

 

そして、ここへ補充される隊員達もまた、それを重々承知の上で志願してくるような猛者ばかり。

出撃の度に誰か欠けるような激戦区は、防衛軍で最も苛烈なこの男にしか治められない。

 

故にクラタとて、自分がなんと呼ばれようがどこ吹く風、気にした事など無いだろう。

だが……

 

「誰も彼もが、俺の教えを墓場に持って行ってしまう……これではおちおち、奴らに逢いにゆく事もできん」

 

クラタは死なないのではなく……()()()()()()

 

部下が先に逝ってしまうから、地上に警戒を促す伝令役を隊長自らやらねばならぬ。

そして、この方面を空白にしてしまう意味をよくよく分かっているからこそ、彼は泥水を啜ってでもボロボロの機体で這いずって帰ってくるだけに過ぎない。

 

「部下か……誰の事を言っているんだ?」

「俺の後を任せられるのは……モロボシ・ダンに他ならない」

「……だろうな……」

 

キリヤマは煙を吐き出し瞑目する。

どのような絶望的状況からでも必ず五体満足で帰ってくる驚異の生存力。

僅かな違和感すら逃さない観察眼と第六感。

そして何より、溢れんばかりの使命感と勇気!

彼の全てが、クラタの欲する条件と合致している。

しかし……

 

「とはいえ、奴は上層部(キサマ)のお気に入りだ。俺も贅沢は言わんよ……ソガだ。ソガをよこせ」

「ソガか……」

「あの臆病がいいのさ……俺の部下達は、腕だけならばキサマのところなんぞより余程上だ。しかし、どいつもこいつも自分の身を顧みる臆病さが足りん……その点、奴はいい。ぐうたらな癖に、敵に対しては本当に底意地が悪い……実に俺好みだ」

「酷い評だ。奴に聞かせてやりたい」

 

悪たれのクラタは、くつくつと喉を鳴らすと、今度こそ真剣な顔でキリヤマの顔を覗き込んだ。

 

「なんでもいい、お前の慎重さを俺によこせ! フルハシでもいい! ウルトラ警備隊は全員が死地から帰ってくる超人だ。その悪運を少しくらいはこっちに分けろ! どうだ!?」

「……」

 

クラタはあえて言わなかったが、死ぬときは機体ごと爆散するので、ドクターやエンジニアはいらんとでも考えているのだろう。

キリヤマは頬に旧友の視線が突き刺さるのをひしひしと感じながら、たっぷりと煙草の煙を吸い込み、吐き出す。

そして灰皿へそれを押し付けると、ようやくクラタに向き直り、彼に負けず劣らず真剣な顔で毅然と言い放った。

 

「駄目だ」

「なに!」

「お前には……やらん」

「俺が、こんなに頭を下げてもか……!」

「やらん! やらんと言ったらやらん!」

 

漢達は眉尻を上げて、相手を射殺さんばかりに睨みあった。

お互いの眼差しを真正面から受け止めて、それでも尚、一歩も引き下がらぬという気迫で、双方無言のまま、時間だけが流れる。

チクタクと、ただ時計の針だけが部屋で動いていた。

 

……だがそれも、グラスの氷がカラリと澄んだ音で崩れるまで。

やがてクラタは、ニッと口の端を吊り上げて、結露したガラスへ琥珀を注ぐと、それをぐいと飲み下した。

 

「……ふ、冗談に決まっているだろうが。何をそんなに真剣になっている。だから相変わらず、つまらん奴だと言うんだ」

「クラタ……すまんな」

「だいたい俺が、あんな泣き言を吐くと思ったか」

「鬼の霍乱とも言うじゃないか」

「馬鹿言え……」

 

戦友の気遣いに甘える事にしたキリヤマは、憎まれ口の応酬で忸怩たる内心を包み隠した。

 

「例え本気だったとしても……奴らに、ここの水は合わんよ」

「宇宙に水の酸いも甘いもあるもんかい」

「モグラにはモグラの穴倉があるように……狼の気持ちは狼にしか分からんものさ」

「けッ……俺はどうせ一匹狼だよ!」

「そうじゃない……最後まで聞け」

 

本当にこの男は狼によく似ている。誤解を受けやすい事も含めて。

 

「狩りの上手いヤマネコは、モグラとオオカミ、どちらがより近しいと思う」

「オオカミに決まってる」

「違う、オオカミは社会性の獣だ。獲物を群れで吠え立て、追い込んで殺す。同族同士の鉄の結束があるのだ。ところがヤマネコは暗闇に一匹で息を潜めて、眼を爛々と光らせながら、ただ敵をじいっと待つ」

「……しかしモグラは狩りをしないだろうが」

「モグラの狩りはな、トンネルを巡回しつつ、間抜けなミミズの尻尾が坑に滑り落ちてくるのを、手ぐすね引いて待っているのさ……ヤマネコを群狼の中へ放り込んでも果たして役に立つかな?」

「……ふん」

 

不服そうに鼻を鳴らしたクラタは、灰皿から燻る吸い殻を奪い取り、それを咥えて目を細める。

 

「ヤマネコは穴倉で窮屈じゃないのか」

「モグラは盲目さ故に、坑をネズミが間借りしようが、他の動物が跨ごうが、気にせんよ。狭いと言うなら、私が穴熊になれば良いだけのことさ……」

「そうか……」

 

しばらく二人の漢達は、気怠い体を背もたれに預けながら、煙草をくゆらせた。

これ以上空気を汚すと、イシグロにどやされるな……とクラタが零す。

酸素の貴重なステーションで、煙草は許されざる贅沢なのだ。

尤も、生え抜きのパイロット達へ生真面目にそれを指摘するのはごく一部だったが。

 

「……我ながら下手な冗談だった。そもそも煙を吸わんような不健全な奴らなど、こっちから願い下げだ」

「クラタ……折り入って頼みがある」

「こちらの頼みは断っておいて、勝手な奴め。……なんだ?」

「以前、巣穴に狼が一匹迷い込んで来てな……残念ながら、モグラやヤマネコでは奴の遠吠えに応えてやる事が出来なかった……だが、キサマならば或いは……」

「体良くはみ出し者を押し付けようって訳か……いいだろう。どうせウチは掃き溜めだ。何日持つかは保証せんぞ」

「かまわん、思う存分扱いてやってくれ……マナベ教官の秘蔵っ子だ」

「そうか、あの人の……名は?」

「アオキという」

「承った。……今度はせいぜい死なないように、俺の後ろを飛ばせるとしよう。付いて来られるのならばな……」

「助かる」

 

二人は視線を合わさず、壁の時計だけを見て、短い談合を終えた。

あの男を見た時に、少しだけ感じた懐かしさ。それはきっとあの人も同じものを感じたに違いない。

ならば、彼はこちらの水が合うのではないか。

 

一方では芽吹かぬ種も、土を替えれば育つ事もあるだろう。逆もまた然り。

 

キリヤマは、生きる為に敵を殺すが、クラタは殺す為に生きる。そういう漢なのだ、これは。

二つは同じように見えて、全く別のモノであり、そしてやはり同じ穴の狢。

だからこそ、それでこそ良いのだ。俺達は。

 

キリヤマは、ふうっと紫煙を吐き出すと、空のグラスを手元に引き寄せ、自ら琥珀の酒をそこに注いだ。

 

「呑まないんじゃなかったのか?」

「私が呑むわけじゃない……これはシラハマ君が呑むのさ。俺には……ダンがいるからな」

「……そうか……すまんな」

 

二人の漢は、静かに杯を傾けた。




という訳で、第35話「月世界の戦慄」でした。

ソガも預かり知らない所で、危うくV3勤務になるところでした……というお話。

ペテロは公式設定では、月に住んでた原生生物を、ザンパ星人が偶々見つけてコントロール装置を埋め込んだ……という設定らしいのですが、こちらの世界では彼のペットだったという事になりました。

そうでないと、シラハマが殺されたのは2日前で、3年間もお前何してたんや……?となるので、いっそペテロが大きく育つまで待っていたという事に。


クラタは過激な言動と、アウトローな設定から、まるで孤高のはみ出し者のように思ってしまいますが、登場回の全編通して、部下思いな描写がされていたり、いざ攻撃時にはキリヤマだけでなく警備隊ともコンビネーションがバッチリだったりと、案外やろうと思えば協調性もある人なんですよね……

オオカミを引き合いに出したのもそんなところから。

元々、生き残らせたアオキはクラタに性根を叩き直して貰うつもりだったのですが、彼の登場時に『アオキ≒若かりしクラタ説』という感想をいくつか頂いて、目から鱗でしたね。
あまりにも良い解釈だったもんで採用しました(笑)。


あと、もう一匹引き合いに出したヤマネコは正確にはオオヤマネコ、つまりリンクスです。

なんでかっていうと、モグラを調べてたら、モグラは盲目の象徴で、神の威光に改宗しない者の隠喩とか書いてあって……
その対極が全てを見透かしてしまう超越的な視線の持ち主=オオヤマネコとされるらしいと。

wiki先生で調べたら、すごくそそる文がいろいろ書いてあったのでこれもちゃっかり採用しました(笑)

因みに、ヤマネコの天敵はオオカミらしいですね……ハハハ

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