転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる!   作:Mr.You78

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他人の星(Ⅲ)

「……良かったんですか?」

「良いも何も、あんなドデカいミサイル相手には、操縦手と火器管制だけで十分だろう。大気圏外じゃ分離攻撃もできないし、三人も載ってる必要はあるまい。それともアマギはレーダー監視と通信手だけやってろってか?」

「いえ、そういう事では無く……」

 

歯切れが悪いダン。

そりゃそうか。ウルトラアイを取り戻したい彼からすれば、俺の提案は渡りに船だもんな。

実際にそうなんだけどさ。

 

しょうがないじゃないか、ああでも言わないと、隊長がなかなか発進しないんだから……

腕時計をしきりに確認しながら、何をしているんだ、あいつ……と呟く隊長はかなり見ものだが……時間が惜しいからね。

 

2号のコックピットへ、アンヌが代わりに現れた時の反応なんか、「本当はダンが良かった……」とでも言いたげだ。

 

この地球の危機において、隊長がわざわざ自分の隣に彼を指名した理由というのはつまり……『そういう事』なんじゃないだろうか。

とはいえ、今のダンがどういう状況かを隊長は知らないので、完全に悪手なんだが。

 

スンマセン隊長、いまのコイツ、ご期待には沿えないんすよ。

 

「今のお前は、えらくあの女にご執心みたいだからな……お前のカンは外れたことが無い」

「え? そんな理由で?」

「なんだ、違うのか? それともただ惚れただけ? 浮気はアンヌが怒るぞ~」

「ソガ隊員……」

 

呆れ顔のダンを余所に、ポインターがスナックノアに到着する。

 

「よしダン、お前は正面から。俺は裏口から回り込む。女を挟み撃ちにしてやるんだ」

「了解!」

 

ダンが退廃的なスナックへ突入すると、中では無軌道な若者達が、狂ったように踊っていた。

あと数時間で地球が滅亡するかもしれないというのに……

 

しかし、そんな彼らが一斉に入り口を振り返る。

皆の目元には、一様に同じデザインの眼鏡がキラリと光っているではないか!

 

赤い縁取りに、集中線の入ったレンズ……明らかにウルトラアイを模した偽物だ。

これではどれが本物かわからない……

 

異様な雰囲気の男女が、ダンをぐるりと取り囲み、一歩、また一歩と無言のまま詰め寄って来る……

 

(みんな、催眠術で操られているんだ……!)

 

相手はただ洗脳された民間人であるため、ダンも下手に手を出せない。そして……

 

ジャガジャン!!

ギターがかき鳴らされると同時、それを合図に男女が奇声を上げながら襲い掛かって来た。

もみくちゃにされるダン。

危ない!

 

その足元へ、何かがころりと転がされる。

猛烈な閃光と、爆音を発するフラッシュバン。

 

「キャァアアアア!!」

 

ダンに群がっていた若者達は衝撃で目を回し、床に倒れ伏す。

効きが悪い者へは追い打ちのようにスタンレーザーが照射されていくではないか。

店の奥から、パラライザーをくるくる回しながら、ソガがゆっくりと現れた。

 

「危なかったな。それとものダンスの相手でも物色してたか?」

「あ、ありがとうございます、ソガ隊員……」

「しかしおかしいな……? あの女がいないじゃないか。……ヤヤッ!? 何ダコノ眼鏡ハー? 押収シナクチャ!」

「いや、それは……むッ!?」

 

妙に態とらしい言葉とは裏腹な、やけにニヤついたソガが、酷く嬉しそうに赤いメガネを回収していくのを尻目に、ダンの耳が店の奥から誰かが走り去っていく足音を捉えた。

 

「裏口から誰か出て行きました!」

「しまった! 俺が見落としたのか!」

 

ウルトラアイの贋作を押収する手を止め、慌てて元来た道を逆走していくソガとそれを追うダン。

大きく開け放たれた裏口の戸を抜けると、そこは月明かりに照らされた空き地だった。

 

「……おかしいな」

 

先に飛び出したソガが、辺りを見渡そうとして……

 

ズガガガガガガン!!!

 

立て続けの発射音が、夜の静寂を切り裂いた。

ダンの目の前で、友の体が無様に踊り狂い、背中や胸から真っ赤な液体を吹き出して芝生にどさりと倒れこむ。

その光景が、ダンにはまるで、引き伸ばされたスローモーションのように感じられた。

 

「ソガ隊員!!」

「ア˝……ダ……う˝し˝……ろ˝……」

 

ハッと我に返り、ソガへ駆け寄るダン。

彼の腕の中でごぼりと血を吐く隊員が、荒い息の合間で、かすれた警告を発したが、もう遅い。

咄嗟に構えたウルトラガンは、少女の構えた重火器によって撃ち落とされた。

 

「……ミーヤ!」

「ダン、無様ね」

 

扉の影に隠れていたミーヤが、背後から大型のマゼランガンで掃射したのだ。

機関銃で右半身を撃たれたソガは息も絶え絶えの重傷だ。

まだ辛うじて生きてはいるが、早く治療しなくては手遅れになるのは明らかである。

怒りに吠えるダン。

 

「どうしてこんな事をする!」

「どうして……? じゃあ、地球はギエロン星をどうして吹き飛ばしたの? あれは、私達の銀河のすぐ隣の出来事だったわ。地球人にとっては、遠い彼方の事かもしれないけれど、私達にとっては、この通信機の電波が届くぐらいすぐ隣の宇宙の事なのよ。貴方だって、こちらの感覚の方が、よく分かるのではなくて?」

「それは……」

 

確かに地球人の距離感間は、宇宙全体からして余りに近視眼的だと、常々セブンも危惧してはいた。

マゼラン星からすればR1号の事件は、隣人が庭でいきなり銃を乱射しはじめたようなものだと言われても充分に納得出来る。数万光年をひとっ飛びする彼にとっては、ミーヤ達の言う『近さ』こそが身近なものであるのだ。

しかし……

 

「だからといって、警告も無しに惑星ごと破壊したりはしない!」

「それはおめでたくも、永らくお前達の星に、同等以上の並び立ちうる存在が居なかった為よ。野蛮で凶暴な得体の知れない化け物が、みるみる自分達に匹敵する力を付けていくのを、隣で見せられる恐怖が分かる? ……分からないでしょうね、貴方達には」

 

むしろそれを願ってすらいる! ……本当におめでたい奴ら……

ミーヤのテレパシーが、どんどんと感情的にヒートアップしていく。

 

「これで下手に警告なんてして御覧なさい。今に地球はさらに強力な惑星破壊兵器を開発し始めるに決まっているわ」

「そうだ、その先に待っているのは泥沼の軍拡競争だ。両者共に疲弊し、やがて共倒れになってしまう……だからそんな虚しい事は止めるべきなんだ!」

「馬鹿ね……競争から最も早く一抜けするには……走りだす前に、脅威になりそうな存在を、先手を打って自分の周囲から一つ残らず排除する事よ。……こんな風に!」

 

ミーヤのマゼランガンが、素早くダンの左手に向けて発射される。

重体のソガを収容するために、予備のウルトラカプセルを取りだそうとしていたのを見咎められたのだ。

弾かれたカプセルポーチが遠くに転がる。

 

「それは……あまりにも孤独な考えだ。生命は独りでは生きていけない。だからお互いに話し合い、相手を理解し、手を取り合う必要があるんだ」

「話し合えば理解し合えるというのは、ただの傲慢よ。言葉が通じるからといって、意思の疎通が取れるとは限らない。得体が知れぬ脅威と触れ合うリスクより、それを消し去ってしまう方がよほど合理的なの。少なくとも自分達の平和は保たれる」

「そんなのは間違っている! それでは宇宙に本当の平和は来ない!」

「……お話にならないわね。その点、その地球人の方がよっぽど共感してくれるでしょう。なにせ、正体の分からない内から宇宙人を吹き飛ばす仕事をしているんですもの。……私達とその男、何か違うかしら」

「……だから、ソガ隊員を撃ったのか」

 

少女の侮辱に対して、ダンは激発しそうな心をなんとか鎮め、努めて平静を装った。

今は、なんとか少女の隙を見つけなくては。

自らの腕の中で、命の息吹がどんどんと微かなものへ変わっていくのを感じる。

急激に冷めていく友の体温が、ダンの焦燥を煽った。

 

「その男は、妹を殺した。その報いを受けさせただけ」

「妹……?」

「あのダンプには、私の妹が乗っていたのよ。……元々、この任務はマヤが遂行する筈だった。私はそのバックアップ。あの子がヘマをしなければ、こうして後始末をする必要も無かったのよ。……でもね、いくら出来損ないとは言え……マヤは……わたしの妹なの。だからその男には出来るだけ苦しんで死んで貰う! その為に急所は外してあるわ。……こっそり念力で止血するのは、やめて貰おうかしら。邪魔しないで」

「断る!」

「どうして? 少しの間生き長らえさせた所で、この星の命は、午前零時で終わり……どうせ死ぬのよ。いつ死んだって変わらないじゃない」

「君も死ぬんだぞ!」

 

心底理解できないといった様子のミーヤに、ダンは力なく垂れ下がるソガの手を握りしめ、そこから懸命に生命エネルギーを注入しながら、険しい顔で彼女を睨んだ。

 

「私は、仲間が迎えに来てくれるわ……」

 

しかし、ミーヤがそうあっけらかんと言い放つと、途端に彼の顔は酷く哀し気な、今にも泣き出しそうな顔に変わっていき……すっかり怒気を収めると、思わず彼女から目を逸らしてぽつりと呟いた。

 

「……誰も来ない。君ははじめから、見捨てられていたんだ……」

 

目を見開くミーヤの前で、ダンが血で汚れた指でゆっくりと、黄色い暗号テープを広げていく。

所々がべっとりと真っ赤に染まってしまったテープだが、まだ読むのに支障はないはずだ。

それを彼女に手渡そうとして……

 

「……ウフフフ」

「ミーヤ……?」

 

彼女は肩を揺すって笑っていた。

ただカラカラと、嬌声と言うにはあまりにも空虚な声を喉から出しながら、口元を押さえていた。

 

「そう、そうなのね……いいえ、テープは結構よ。貴方の顔を見れば嘘ではない事くらいわかるもの。本当に隠し事が下手なのね、貴方たちは」

「なにが可笑しいんだ! ……裏切られたんだぞ!」

「それがいったいどうかして?」

「なにッ!?」

 

途端に真顔へ戻った少女からは、何の感情も窺う事は出来なかった。

 

「言ったでしょう、私はバックアップ。……マヤは……アレはスパイとしては本当に役立たず。どれだけ技能があったとしても、心が弱すぎて使い物にならない。どうしてそんな子が選ばれたのか……合点がいったわ。最初から捨て駒にして惜しくない人員だったわけね。そして私の方は出来れば手元に残しておきたかった……とはいえ、あくまで出来れば程度だったんでしょうね。上からすれば、私もマヤも、大して変わらない消耗品だったというだけの事。……私自身が生きた誘導ビーコンだったなんて……上の連中も、よく考えたものだわ、本当に合理的」

 

まるで他人事のように、冷静に分析し、あまつさえ賞賛さえするミーヤ。

彼女の振舞いから、マゼランという星の在り方が透けて見えたような気さえしてダンは思わず慄いた。

なんて、なんて……!

 

「それが、君達の星の……やり方か」

「そうよ、使い捨ての工作員に、愛国心や情操教育なんて、割に合わないでしょう?」

「故郷に未練がないというなら……こんな事をする必要もないじゃないか! 今ならまだ間に合う。この星で生きよう。この星で一緒に……」

 

だが、ダンの放った一言は、少女の逆鱗に触れた。

 

「ふざけないで!! 一緒に生きる……? この狂った星で!? ……私達はね、ずっとあの施設で、何もない部屋でたった二人で生きてきた! 捨て駒だろうと何だろうと、私達にはこの生き方しかないの! この生き方しか知らないわ! マゼランだろうが地球だろうが全部同じ、他の星なんてどうでもいい! この宇宙には、初めから私とマヤしか居なかったのよ! それが宇宙の全てよ! でも……もうこの宇宙にあの子はいないの。それを今更、横からいきなり割り込んできて、アナタ一体、何様のつもりなの!?」

「ミーヤ! 落ち着くんだ!」

 

銃を構えたまま、少女はもう片方の腕を高く掲げた。

そこにはブローチ型の機器が握られており……詳細はわからなくとも、それがこの場にいる全員にとって、都合の良くないものである事だけは確かだった。

 

「本当は、その男が徐々に弱っていくのを眺めているつもりだったけど……気が変わったわ……」

「自棄になっちゃイカン! 破壊と憎悪は、虚しいだけだ! 死んでしまっては、そこから先へは進めない!」

「勿論そうね。でも死ぬのは私一人じゃない! あなたも、地球も、その男も、皆で一緒に死ぬのよ!」

 

鋭く響く銃声。

夜闇をつんざく閃光が迸る。

 

何かがドサリと地面に落ちた。

それは、白磁の如き、人の腕。

 

「……え?」

 

一瞬の事に呆けた少女は、遅れてやってきた激痛に身をよじる。

ぼたりぼたりと赤に染まっていく白いワンピース。

ミーヤの両腕は、肘より先で千切れ飛んでいた。

 

「あ˝あ˝あ˝あ˝……ぐ、ううッ!!」

「ミーヤ! ミーヤ!」

 

あまりに突然の出来事で、ダンも事態を把握できないまま、困惑するばかりであったが……地面の上でのたうつ娘の背後から、聞き覚えのある声が聞こえたのでハッと息をのんだ。

 

「ヤレヤレ……あまり借り物に文句を言うべきではないガ、彼女の銃は威力の調整に難がありすぎるナ……悪かったヨ、楽にしてヤロウ。君は少しばかり眠っていたマエ」

 

物陰から、闇を凝縮したような影法師が立ち上がり、月明かりの下へ、その異形を晒す。

彼の手には、未だに先端からヂリリとオゾンの燻る軍用光線銃が握られており、これでミーヤの腕を撃ち抜いたのだろう。

 

そうして影は、痛みをこらえて気丈にこちらを睨みつけている工作員へ近寄ると、何らかの液体瓶をその顔に嗅がせるではないか。

するとたちまちミーヤは大人しくなっていき、ついにはぐったりと意識を失った。

 

「フム、少々癪ではあるガ……流石の効力ダナ」

「お、お前は……!?」

 

驚愕に目を見開くダン。

そんな彼を意に介さず、影法師はミーヤの傍にかがみこんで、何かを探しているらしい。

やがて、彼女の後ろ髪から真っ赤な縁取りのレンズデバイスをするりと摘まみあげると、不愉快げに鼻を鳴らしてから、それを酷くぞんざいに、ダンの方へと投げてよこした。

 

「なぜ、君がこんなところへ……」

「……うるさいナ、オマエと話す事など何もナイ。ワタシは、その男に用がアルんダ。さっさと置いて行って貰おうカ」

「待て! ……ソガ隊員をどうするつもりだ!?」

「それハ、オマエの知るトコロでは無いナ。……どうした、いみじくも恒点観測員の端くれなら、惑星間航行物の弾道諸元を再入力するくらいは出来るダロウ? 一体いつまでそうしている気ナンダ?」

「し、しかし……」

 

投げ渡されたウルトラアイをキャッチしたダンは、それでも踏ん切りの付かない様子で、抱えたソガの顔を覗き込んだ。

いまや彼の皮膚は土気色に変わり、生気をほとんど感じさせない。今はダンが辛うじて生命力を繋ぎとめているだけで、彼が数分も離れれば、確実にソガの心臓は止まるだろう。

彼の命が、ダンの腕から零れ落ちていく……

 

「何をグズグズしているんダ! たかが一人の命と、一つの星を天秤にかけるつもりカ!? キサマが所詮、この巨大な石ころを守る事しか出来ない能無しだという事くらい、とうの昔によくよく知ってイル! ……だったら、そのたった一つの使命くらい、誰に言われるまでも無く果たしてみせろ! ウルトラセブン(この半端者)!!」

 

影が怒気を含んで発した言葉に、目を剥いて、大いに傷ついた表情を見せるダン。

とても寂し気に顔を伏せた彼は……

 

「ソガ隊員を、頼む……」

 

それでも、次の瞬間には決然とした眼差しで、前を向き、赤いデバイスを正眼に構えた。

 

「デュワッ!!」

 

装着されたウルトラアイがスパークし、彼の瞳から眩い閃光が涙のように迸った。

その目元を中心として、銀色の輝きが徐々に展開され、肌色の柔らかで哀し気な表情を鋼鉄の仮面が覆いつくしてゆく……

 

そうしてこの宇宙に顕現した深紅の救世主は、太く力強い両腕を大きく広げると、星空の世界へ飛び立っていくのであった。


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