転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる!   作:Mr.You78

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七月七日はセブンの日!

というネタを思いついたので急遽滑り込み投稿



まーちとぅじえんどぉぶびーぐみるきぃーうぇい

白い眼帯で左目を隠した少女が、手に持った匙を口元へ運んでいく。

だが、それは自分の口ではない……ベッドの上で身を起こした、もう一人の少女の顔へと近づけていくのだ。

 

なんと驚いた事に、向かい合う二人の少女の顔は瓜二つであり、その表情がまるきり正反対な事を除けば、彼女らが何らかの血縁関係にある事は明らかだった。

 

とはいえ、差し出された方の少女は口を堅くむすんで、頑としてそれを受け取ろうとしない。

もはや唇に付着する寸前にまで接近した匙から、ほかほかとした熱気と、柔らかな芳香が漂ってくるが、その到達地点は未だに、岩戸のように閉じられたままだ。

 

『ミーヤ、口を開けて。でなければ、食べられないわ』

『イヤよ。今日ほど私達の意思伝達方法が、発声式なんて原始的な手段に頼らなかった事を感謝したことは無いわ。絶対に開けるもんですか。……いったい何なの、そのどろどろした白色ペーストは? それを口に入れるなんて正気じゃないわ。穢らわしい』

『これは()()よ。この星の穀物を、大量の水分と加熱してアルファ化した物。大丈夫、私達が施設で配給されていた維持ペレットよりも、ずっと多く満足感が得られるわ』

『そういう事じゃない! どうして私がこんな狂った星の食べ物を口にしなくてはいけないの!? 絶対に御免よ!』

『私も、このカユを啜って生き延びた。ミーヤにも、生きて欲しいの』

『……』

 

ぐっと息を詰めたように黙り込んでしまったミーヤは、俯いたまま、本当に渋々とした様子で僅かに唇を開いた。

 

そこへすかさずマヤがスプーンを差し込んだので、前歯に縁が当たって甲高い音を立てる。

 

『あっつい!! ちょっとアンタはどうしてそう何でもかんでも不器用なの!? このとんま! 貸しなさい! そもそもどうして、アンタに食べさせて貰わなくちゃいけないのよ! 食事くらい誰の手も借りずに、自分で摂取するわ!』

 

突然放り込まれた粥の熱さに、悶絶しながら憤慨したミーヤが、マヤの手から匙を奪い取ろうとするが……

 

『う、くっ……この!』

『駄目。ミーヤの腕はまだ再生したばかりなんだもの』

 

ぷるぷると力無く震える指から、スプーンを取り落とし、それを尚も拾い上げようと躍起になるミーヤの手を、マヤの細く白い指がそっとやさしく包み込んだ。

 

『だったらもう少し上手く食べさせなさいよ……』

『ごめんね、ミーヤ』

『……マヤの馬鹿……』

 

マヤの下がった眉尻を、姉の指がゆっくり拙く動いてその側面を慈しむように撫でつけた。

二人の間に神妙な空気が流れるものの……

やがてミーヤの眉間に段々と苛立ちの溝が刻まれていき……

 

『……それもこれも……全部お前のせいよ! 私にこんな辱めを受けさせて……どういうつもり!? 腕が自由に動くようになったら、覚えてなさい! ちゃんと聞こえていて!? そこのペガッサ星人!』

「……ダーク、言われているわよ?」

「何の事ダ? 残念ながら、ワタシは原始的な発声式のこみゅにけーしょんしか取れないものデネ」

「しっかり聞こえてるじゃないの……」

『こっちを向きなさいよ! この陰険! 根暗! 日蔭者!』

「同意はするけど、言い過ぎよミーヤ。貴方の腕を吹き飛ばした武器は、アタシが貸したのだから、その責は彼だけのものではない筈よ」

『……わかっているわ……そんなこと』

 

キッと振り返ったミーヤから、怒気に塗れたテレパシーが飛んでくるのを、手元の小説に目を落としたまま、ページを捲る指も止めず、涼しい顔で受け流す影法師。

その向かいに座った金髪碧眼の美女が、その荒れようを見かねて少女の暴言を窘める。

 

歯を剝いて威嚇する勢いだったミーヤも、途端にしおらしくなってその気勢をそいでいく。

 

「随分懐かれたものダナ」

「アナタが嫌われ過ぎなのよ。そもそも仲を改善しようという姿勢が見うけられないのが問題ね。そんな調子だから、彼とも和解できないんじゃない?」

「……ヤレヤレ、彼女らのテレパスは静かデ良いと思っていたガ、キミの姦しさガ移ってきたのではナイカ? これでは、ガムを嚙み出すのも時間の問題ダナ」

「……前言撤回、早く腕を治してやっつけちゃいなさい、こんな奴」

『言われるまでもないわ』

『……三人とも喧嘩はよして』

 

ふーふーと、粥に息を吹きかけて熱を冷ましていたマヤが、努めて平淡で冷静な思念を飛ばし、ヒートアップした二人を宥めるのを見て、ざりざりと愉快げに頷くペガッサ星人。

 

「素晴らしイ。二人とも、少しハ彼女の成熟具合を見習いタマエ」

『……ダークさん、私とミーヤの命を助けて下さった事には心から感謝しています。……でも、姉の腕を躊躇いなく原子崩壊させた事に、私も思うところが無い訳ではありませんし……その、もう少し笑い声を抑えて頂けませんか。頭に響いて不愉快です』

「……」

 

マヤからの思わぬ逆襲をくらい、絶句するダークの背後から、堪えかねたような高笑いが漏れてきた。

さっきから作業をしつつ聞き耳を立てていた、この部屋の家主が、ついに吹き出すのを我慢出来なかったのである。

 

「あっはっはっはっは! ……いや、失敬失敬。しかしこれは一本取られたな、ダーク」

「ウルサイナ……というか、キミ達。この間から言おうと思っていたのだが、ワタシの事をダーク、ダークと馴れ馴れしく呼び始めたのはナゼだ。それは地球人ガ、彼らの慣習に従っテ、便宜上、それも勝手に名付けた番号ダ。ドロシーと(ロン)の二人は知っての通り、ワタシには歴とした市民管理番号ガ……」

「いいじゃないのダーク。アタシ達は、もうかつての自分とは違うのよ。そんな事を言ったら、アタシだって故郷に残してきた名前と階級と役職がある。……でもね、今のアタシはドロシー。地球に住むただのドロシーなのよ。……地球にいる間、アナタはダーク。……それに元の番号は、アナタのお仲間が、キチンと覚えていてくれるわ」

「そうとも。故郷を失った今のキミは、ペガッサ星人でもなければ……かと言って地球人でもない。どちらでもあり、そのどちらでもないのだ。我々は言わば、昼と夜の狭間で揺蕩う愛しき半端者達だよ。何者でもないキミにとって、縋るべき心のよすが。それが、その名なのではないかね?」

「……ハァ。今日のところハ……(ロン)、キミの詭弁にはぐらかされておくとスル。そんな事ヨリ……」

『そんな事……?』

 

新参者のマヤが、ダーク達の会話に首を傾げる。

今のはかなり、自己のアイデンティティにとって重要な話をしていた筈だが……そんな事で流してしまって良いのだろうか?

マヤは、彼ら三人……時に四人が、ほぼ毎日このような禅問答をしている事を、まだ知らない。

 

「さっきカラ、我らが敬愛すべき家主様ハ、何をゴソゴソしているんダ? なんだその植物ハ?」

「これか? これはな……笹だよ」

「ササ……?」

 

龍が先ほどから紐で括ったり試行錯誤していた植物を部屋の隅に立てかける。

細長い葉が互いにぶつかって、しゃらしゃらと囁いた。

 

「……そういえばキミは白黒で草食だったな。なんだ? 美味しそうに見えたかね? 残念ながら食べ物ではないんだ」

「馬鹿にしてるノカ? いくらひもじくトモ、そんな見るからニ栄養価が低くそうデ、繊維質バカリの植物ヲ食べようとスルものカ!」

「ユーモアが分からん奴だね……」

「……ワタシが地球に来てカラ、随分ト皮肉屋にナッテしまったノハ、明らかにオマエのせいダと思ウ」

 

肩を竦めて首を振る龍に、ダークが苦言を呈する。

しかし、傍から見ていると違ったようで……

 

『元からじゃないのかしら』

「似た者同士なのよ」

「「一緒にしないデ貰おうか!」」

『姿がそんなに違っても、気質が近しいというのは、羨ましいですね』

 

ンン゙! と喉を鳴らしたダークが、形勢不利と見て先を促す。

後を引き取り、勿体ぶって大仰にお辞儀をした完熟果実が、白くてぎざぎざした花弁の両手を振るって、朗々と解説を始めた。

 

「今日は、地球人の言う、()()()()の日なのだよ」

「タナバタ……?」

「そうだ。このタンザクという紙に、自身の願望を書き連ねて飾るのさ」

「……ナンデ?」

「さあ? 強欲な地球人の事だ。星に願うと、望みが叶うと信じたいのではないか? まあ、いつも人任せな彼ららしい事ではないか」

「……なる程、()()ね!」

 

他の面々が首を捻る中、ドロシーだけが、得心いったように目を輝かせた。

 

「……? 説明したと思うが、この紙に願いを……」

「違うわ、God! 超越存在として彼らが信仰するメシア、つまりカミサマという上位者が、宇宙に存在するとする土着の風習の一つなのね! なる程、紙と神……そういう事なの……この前、アナタが言っていた、見立てという奴よ! これが彼女の言っていた、復活祭……!? という事はこの儀式自体が、何かしら呪術的な意味合いを……」

「多分違うと思うが……」

 

珍しくテンションの上がってしまったドロシーにタジタジとなった龍が、面倒くさそうに短冊を配っていく。

 

「そのカミとやらの母星はどこなんダ?」

「……天の川だそうだ」

「アマノガワ……?」

『あ、知ってるわ。地球人共は局所銀河群の事を一つの塊だと考えてるらしいわ。馬鹿よね』

『それぞれ数万光年離れているのに?』

『プラネタリウムとかいう学習施設で説明しているのを聞いたわ。あまりにも天文学的見地が低俗で失笑モノだったわよ。おまけに自分達の星を「なんて綺麗な星」なんて絶賛するもんだから、呆れて出て来てしまったくらい』

「……地球は、美しい星でしょ? 何言ってるの」

「夕焼けだけは、目を見張るものがあるな」

「……らしいゾ」

『……悪かったわよ』

 

ドロシーと龍が心からそう言っているのが、テレパシー越しに伝わってきたので、バツの悪そうなミーヤ。

そんな姉を気付かってか、マヤが代筆をかって出ると、何を書くのかしきりに聞いて、気を逸らせた。

 

「シカシ、一番近い銀河系でも数光年先なのニ、願いガもし届いたとシテモ、返事が返ってくる頃にハ、当人は死んでイルのではナイか?」

「ダーク。アナタは本当に……駄目ね」

「長距離通信機もナイのに、不可能ダロウ? ペガッサやペダンの通信機ならいざ知らズ……ソウダ、結局アレは使えそうカ?」

「……ああ、アナタのお節介なお土産のコト? マヤ達の肉体を維持する機能は復旧できたから、彼女らがブローチコアだけ残して崩壊する事はないわよ」

「そうではナイ。通信機の方ダ。母星と連絡ハつきそうカ?」

「お世話様。連絡したいなんて言った覚えはないわ。帰りたいとも」

「……ダガ、キミはマダ、望めば家族と逢える可能性がアル。……それハ、幸運な事ダ」

「御免なさい。アナタ達の前で随分と贅沢な事を言っている自覚はあるの。でも……戻ったところで、アタシは脱走兵みたいなものよ? よしんば潜伏して再起を伺っていたと主張が通ったとしても……今更、原隊復帰したいとは思わないの」

 

ドロシーが青い瞳を伏せて、短冊に何かをさらさらと書き綴る。

残念ながら、ダークに彼女の母星語を読む事は出来なかったが……少なくとも帰郷の類ではなさそうだ。

 

「なる程、ペダンの軍国主義ハそれほどカ……」

「聞く限り、ペガッサ市民からすれば、理解できないと思うわ。まさか軍がないなんて」

「そうだナ。我々ニハ、階級社会はよくワカラン。管理された役割分担ハ……キミからすればひどく並列的に映る事ダロウ」

「少し羨ましいけれどね……アナタの銃が、工具だと聞かされた時は……笑っちゃったわ。地球人は、アナタの落とし物を、高性能のピストルと勘違いしているのよ?  勿論、ペダンにおいても、そうとられる筈。面白いでしょう、ダーク」

「都市内で自己完結していたカラ、侵略の必要がなかったダケサ」

「そんな都市に生まれたアナタが、地球を爆破しようとしただなんて……ねぇ、元の役割は何だったの? 爆破技師?」

「なんというコトはナイ。市長の補佐ダ。地球的に言うなら……秘書が最も近いカ?」

「……えっ!?」

 

本当に何でもないといった様子で紡がれた言葉に、ドロシーの碧眼が見開かれる。

 

「随分と……大物だったのね、アナタ」

「言ったロウ、階級差はナイと。キミが思うほど権力がある訳デハないヨ。市長にもナ。ただ、市民からの信頼ト、都市決定への責任ガあるダケダ」

「やっぱり変よ、アナタの街……でも、星のナンバー2と、末端の一兵卒が、お貴族様のうらぶれたボロ屋で蜥蜴の尻尾を匿ってるってのも、面白いわね」

「……そこ、聞こえているぞ。私の城に文句があるなら、ララのように山で暮らして貰って構わないんだよ? 彼女の獲る猪は新鮮だから、弟子が増えるなら私は歓迎する」

「お貴族様がお怒りだわ」

「……決めたヨ」

「何を? 願い事?」

「家主様が空調設備ヲ新調しますヨウニ」

「……願いが叶った時は、数光年レベルの型落ち品よ?」

「星に願うより、電気屋に行ったホウガ、早そうダナ」

「そこ、聞こえていると言ったはずだ……!」

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「見てご覧、サエコさん。あれがデネブ、アルタイル、ベガさ」

 

俺が指指す夏の大三角。

 

「……違います。それはデネブではなくてアンタレスですよ、ソガ隊員」

「……らしいよ」

「……もぅ。しっかりしてよソガクン! うふふ」

 

ダンが凄く言い辛そうに訂正してくる。

くそう、本職には叶わねぇ……けど、空気読んで黙っとくくらいしてくれよ。

赤っ恥だよ!

 

「流石ねぇ……そうだわ、ダン。七夕は何をお願いしたの?」

「……彦星と織り姫の心が、この先ずっと、離れ離れにならないように……あの天の川の距離が、今よりずっと縮まれば良いのに……」

「詩人ねぇ……ソガクンは?」

「世界平和」

「ソガクンって……時々、本当につまらない事いうわねぇ……あっちの彦星に乗り換えようかしら?」

「やめときなサエコさん。織り姫がすげえ形相で睨んでる。縫い殺されるぞ」

「ちょっと! 聞こえてるわよ!」

 

四人で夜空を見上げる。

天穹を覆い尽くす天の川がキラキラと輝いて、圧倒されそうだ。

この時代は、こんなに星が見えるのか。

 

「今日は晴れて良かったわ」

「ああ、ダンに晴れるかどうか聞いて予定を立てたからな」

「せっかく逢える日に雨だと可哀想ですから……」

「引き裂いといて、年一しか逢える日がなくて、雨だとお流れとか、酷い話だ」

「でも……どれだけ離れ離れになっても……心で繋がっている。素晴らしい話じゃありませんか」

「カササギももっと頑張れよな……」

「カササギ?」

 

不思議そうなダンに、七夕の逸話を説明してやる。

 

「つまり、天の川に架け橋をかけてくれる鳥はカササギなんだ」

「へぇ、どんな鳥なんです?」

「ああ、それはな……」

 

真っ黒な頭に、白い胸。

あの偏屈なカササギは、今日も同じ星空を見上げているのだろうか……

 




てなわけで七夕回すべりこみ

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