転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる!   作:Mr.You78

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大義ある戦い(Ⅳ)

「……よし」

 

人工的に再現された渋滞の車列。

そのトランクにスぺリウム爆弾をセットし、起動状態へ移行させると、満足げにダンは頷く。

 

「お、なんだそっちはもう終わったのか? 早いな」

「ええ……これだけの車列ですからね。急がないと……」

 

次の区画へ向かう途中、先程のまでの自分と同じように、車の荷台を覗き込んでいるソガが、爆弾に目線をやったまま声を掛けてくる。

ソガ隊員が合流する前に半分は終わらせていたが、彼の持ってきたスパイナーの設置は特に慎重を期す作業だ。

アマギ隊員と隊長が専任せざるを得ない以上、爆破班の協力ありきとは言え、残りの半分は自分達で設置しなければいけないのだ。

 

張り切って作業を終わらせていかねば、オサム君の手術に間に合わなくなってしまう……

ダンが無意識に腕時計を確認すると、顔を上げたソガが、その様子を見咎めた。

 

「……お前、さっきから時計ばかり見てるぞ。注意散漫なんじゃないか?」

「ああこれは失礼。でも、作業にはしっかり集中できていますよ」

「だから撃墜されたり負傷したりするんだ……そんなにあの少年の事が気になるのか?」

「ええ……約束したんです、オサム君と。必ず手術に立ち合うって」

 

しかし、そう呟くダンに、ソガは露骨に眉を顰める。

 

「オサム君オサム君って……あのなぁ、ダン。俺達はウルトラ警備隊なわけ。怪獣を倒すのが仕事であって。かわいそうな病気の子供を救うのは職務外なんだ。だいたいアンヌならいざ知らず、医者でもないお前が行ってどうにかなるのか? それで手術が成功したりしなかったりするもんか」

「そんな! それは違います! 例えユグレ博士がいかに名医であっても、患者であるオサム君自身の精神が安定しなければ、その回復力に大きく差があるんです! 心臓移植は僅かな要素が成功に直結する大手術です。彼が前向きになれなければ、助かるものも助かりません!」

「あっそ。じゃあ結局、助からなくてもオサム君のせいなわけだ。そんな事気にしてる場合じゃないぞ、ダン」

「なんですって!?」

 

どうでも良さげにトランクを閉め、さっさと次の車へ向かうソガ。

目を剥いて立ち尽くしていたダンは、彼の真意を問いただそうと、ソガの背後にぴったりと付いていく。

 

「そんな事とは、いったいどういう事です!?」

「そりゃそうだろ。何の為に心臓を移植する? 手術しなけりゃいずれ死んじまうからするんだろうが。手術をしようがしまいが、どっちにしろ死ぬんだったら、助かるかもしれない手術の方に賭ける……ってんなら分かる。でも、それをしたくないってんならしょうがない。お望み通り死ぬしかないわな? 移植して死ぬのが怖いって? 移植せずに死ぬのは怖くないのかね? それとも生死には関係なくて、運動機能回復の為なんだったら、無理強いせずに本人の望み通りやめてやれよ。一生走れないのと死んじまう二択だったらば、俺だってオサム君と同じ選択するけどもさ」

「それは、あまりにも極端すぎる意見です。オサム君は、まだ子供なんですよ? 我々大人のように、そう簡単に分別がつくわけではありません! ……ソガ隊員、こっちを向いてください!」

「……何をそんなに怒ってるんだ? お前はオサム君の親か……? 違うだろう。そりゃアンヌの弟ならまだしも……その友人の弟なんて、お前からすれば他人もいいところじゃないか。一回会って励ましてやっただけでも充分に義理は果たせてるはずだろ。これだけ気を揉んでやってるんだ、頼んだアンヌだって失望したりしないよ。……だいたい、ユキコって姉貴も姉貴だな。親はいないのか親は? ダンより、まずはそっちを呼ぶべきだろうが! 自分の子が死ぬかも知れないのに、顔も見せないなんて……!」

「……そんなの、ユキコさんだってオサム君だって、本当はご両親に来て欲しいに決まっているじゃないですか! ……でも彼らは今、海外にいるんです。医療技師である彼らのペースメーカや、透析装置を待つ患者もたくさんいて、ユグレ博士とはスケジュールが合わなかったんです! 僕が顔を見せてやるだけで、彼らの代わりを果たせるというのなら……僕は喜んでそうします! ……それを、どうしてそんな風に言うんですか!?」

 

少し涙ぐんだダンに詰め寄られ、彼の気迫のたじろぐソガ。

 

「それは……俺も知らなかったから、悪かったよ……でもな、だったらますます許せんぞ。これだけ周囲が心を砕いているのに……肝心の本人が治療拒否なんて、あんまりにも失礼じゃないか!」

「……きっとソガ隊員は、子供の頃に病気をした事がないから、そんな事が言えるんです。なにせ、ウルトラ警備隊の適正試験をパスできるくらいの健康優良児ですからね!」

「……なっ!? そ、それは……!」

 

珍しくダンが皮肉ると、ソガは何か言い返そうとして、口を噤んだ。

やがて目を逸らしながら、反論めいた事をぼそぼそと呟く。

 

「……そりゃあ入隊前に、手術が要るような大病はしたことないさ。でもな……俺だって……子供の頃に長期入院くらい、したことは……ある……」

「……意外ですね。でもそれだったら、オサム君の不安な気持ちを理解できるでしょう?」

「……いいや、だからこそ理解できないね! 俺はそんなワガママを言って、迷惑をかけるような事はしなかった!」

「へぇ、随分とお利巧だったんですね。しかし、それを他人に押し付けるんですか? それはあくまでソガ隊員の心が強かっただけで、今のオサム君とは何もかもが違います。自分は出来たからお前も我慢しろなんて、不公平ではありませんか!」

「不公平だと!? ……たまたま姉貴が友人だったからって、オサム君だけがモロボシさんに直接励ましてもらえるのは、不公平ではないってか? 病気の子供なんていっぱいいる。彼らがみんなお前に会いたいって願ったら、全員に会いに行くのか? 違うだろ!?」

 

半ば怒鳴り散らすように、ダンへ無理難題をふっかけるソガ。優しい彼が返答に窮す姿がありありと浮かぶ。

そうして少しだけ困らせているうちに、うまく丸め込んでしまおうとした画策したソガであったが、彼の想像と真逆の言葉が返ってきた。

 

「行きます」

「な、に……?」

 

……即答であった。

ダンは、まるで曇りのない瞳でソガを真正面から見据え、一切思い悩む事なく堂々とそう言い切ったのである。

 

「そう望む、全ての人に会いに行きます。僕は、オサム君がアンヌの知り合いだから、再び会いに行く約束をしたのではありません。……彼が、僕を必要としていたからそうしたのです。僕に会う事によって、明日を生き抜く希望を僅かにでも得られるというならば、それが例え子供であろうと老人であろうと、地球のどこにようと、直接会いに行って、その手を握り、怖がらなくていいと伝えます」

 

何一つ自分の言葉に疑いを持つ事無く、ダンはそう表明した。

それを呆然とした様子で聞くソガ。

 

ダンの決意に満ちた表情が、そうありたい等という生易しい理想を言っているのではなく、請われれば間違いなく彼はそうするだろうという、ある種の確信を抱かせた。

どんな言葉を重ねようとも、そこを曲げさせる事は決して出来ないのだ……という事も。

 

「ソガ隊員はさっき、我々の仕事は、怪獣を倒す事だと言いました。その通りです、だからといってそれだけでは無い筈です。我々の使命は……地球の平和を守り、不安を取り除く事で、人々が生きる喜びと、未来への勇気をその心に抱けるようにすること。我々は……希望なのです! ソガ隊員も、そうでしょう!?」

 

そうしてダンが力強く同意を求めるが、なぜかソガは、トランクへ手をついて、顔を背けるばかりで、直ぐに答えを返してはくれなかった。

その姿はまるで……何かに叩きのめされて、打ちひしがれているようでもあった。

 

「……詭弁だな」

「詭弁……?」

「そうだ、お前が言っているのはな……ただの理想論だよ、ダン。ただの人間には、そんなに強く在る事なんか出来っこない……アナタもそうでしょう、だと? ……違うな。オレは別に、見ず知らずの誰かの為に……なんて、これっぽっちも思っちゃいないさ。……オレは、オレの大切な人だけを守れれば、最悪それでいい。そりゃあ、余裕があって手の届く範囲にいれば、赤の他人だろうと見捨てたりはしないよ。でも……それで優先順位を見誤ったりは、しない」

「優先順位ですって……?」

「そうだ、人間の腕は二本しかなくて、しかもこんなに短いんだ。出来る事なんかたかが知れてる……如何に俺が早撃ちの、名手でも、倒せる敵に限度があるようにな。二丁拳銃にしたところで、一度に倒せる敵は二人だけ。三人目の敵は放っておくしかない。三匹の宇宙人が誰かをそれぞれ襲っているとして……オレにとって、より大切な人を守るだろう。いや、その三匹が一緒にいればまだいいさ。てんでバラバラに現れたらどうする? オレに分身しろってか? バルタン星人みたいに?」

「それは……」

「人間が、より大切な物を守る為には……何かを切り捨てなくてはならない。お前が誰彼構わず助けたいと願うのは勝手だが……手術が失敗したところで、可哀そうな男の子が一人死ぬだけだ。しかし、お前が不注意で怪我をした結果、怪獣を倒せなかったら……大勢の人が死ぬんだぞ。一人と数百人、どちらの方が大事なんだ。……え?」

「……冷たいんですね、ソガ隊員」

「なんとでも言え。オレは……所詮、ドライでリアリストだよ」

 

僅かな沈黙。

ソガは手元の爆弾を弄るばかりで、ダンがどんな表情で彼を見つめているのか、知りもしなかった。

いや、頑として顔を上げようとしないのは、それを直視したくはなかったからなのか。

 

だが、ぽつりと呟いたダンの言葉にを、思わず自嘲ぎみに混ぜっ返してしまう程には、彼へ気を向けていた。

 

「……不幸ですね」

「不幸? ……フッ、それはなにか? オレに切り捨てられた人々がか? それとも、そんな生き方しかできない俺自身がか?」

「……貴方に守って貰った人がです」

「……なんだと?」

 

ソガの指が止まる。

ダンは拳をぎゅっと握りしめ、とても悔し気な顔で絞り出した。

 

「貴方にとっての大切な人であるならば、ソガ隊員の事だって大切に思っているはずです。大切な人へ、他の誰かを犠牲にさせた……それが自分の為であると知った時、その人はどう思うんでしょうか? ……少なくとも、僕はそんな風に守られるのはごめんです。……ソガ隊員にだけは……見捨てられた方がずっとマシだ」

 

そう吐き捨てるように言ってしまってから、ダンは思わずハッとした。

……違う、そのような事が言いたかったのではない。

 

ただ、大切な友人であるこの男が、そのように自分を卑下し、寂しい事を嘯く姿に、つい口が滑ってしまっただけだ。

そんなに過酷な選択を迫られるくらいなら、自分を頼ってくれればいいのに。

テレパシーであれば、ダンの抱えたもやもやした感情を、そのままダイレクトに、包み隠さず伝える事ができたであろう。

 

しかし、先程のオサム少年についての意見の相違と、その際の頑固なまでの無理解に対する僅かな苛立ちが、つい先立ってしまったのだ。

 

薩摩次郎青年の姿を模倣して以降、自身の凪のようであった精神の波が、以前と比べて随分と上下しやすくなった自覚はあった。

だが今まではそれを、より地球人らしい感情の豊かさを獲得できた証拠であると、喜びこそすれ、邪魔に思った事など一度として無かったのに。

 

侵略者に対する激しい怒りや悲しみですら、次なる戦いへの糧として、そして今の自分を支えるなによりの原動力へ変換出来ていると思っていた。

……それが、まさかこんな場面で足を引っ張る事になるとは!

 

拗ねて言葉尻が強くなってしまうなんて、我ながら、なんと子供染みた醜態だろうか。

慌てて訂正しようと顔を上げたダンは、弾かれたように振り返ったソガと目が合い、愕然とした。

 

彼が酷く傷ついているのが、一目で分かってしまったからだ。

激しい驚愕に見開かれたソガの瞳には、深い悲しみと後悔、羞恥や無念に自己嫌悪と諦観……あらゆる負の感情が混じり合って揺れているのを見て取った。

テレパシーを使わなくとも分かる。きっとなにか、彼の触れてはならない部分を土足で踏みにじってしまったのだ!

 

そもそも、先程自分は何と言ったか……?

口論に茹だった頭で考えた事とは言え、守って欲しくは無いなどと!

 

いままで自分は、彼に散々助けて貰ったではないか!

ダンだけではない。目の前の男が、仲間を救おうと必死に戦っているのは、自分がよくよく知っている。

……そんな彼が、あまりにも意固地な現実論を打つものだから、そうではなかろうと否定の言葉を投げかけてしまったのではあるが……

 

自分は、なんという事を口走ってしまったのかと、強く強く後悔した。

 

……しかしダンの方も、僅かな一瞬に激しい衝撃を受けたので、咄嗟に言葉が出なかった。気付いた時にはもう遅かったのである。

 

彼が謝ろうと口を開いた時にはもう、ソガの瞳は細く戻ってしまっていて、あんぐりと開いていた口元は、普段通りに飄々とした笑顔を張り付けていた。

 

「なるほどな、そいつは盲点だったよ。ありがとうダン。目が覚めた気分だぜ……おっといかん、急いでいるのに話し込み過ぎた。悪い悪い。設置を急がないとな! ここらへん頼むわ! 俺はあっちをやってくるよ、じゃな!」

「ソガ隊員、あの……」

 

足早にその場を後にするソガの背中を、ダンはただ立ち尽くして見送る事しか出来なかった。

人の好い彼の笑顔に、自分がどれだけ甘えていたのか、じくじくする胸で痛感しながら。




さて、今回取沙汰されている心臓移植についてなのですが……

本編で出てこない話なので補足すると、ヒトヒト間の心臓移植が初めて行われたのは、調べてびっくり、Wikiによればなんとセブン放送開始年の1967年のこと、しかも一応成功例とされているこの時の患者は18日間生存……

翌年の1968年には、各国で心臓移植が盛んに行われましたが……失敗に次ぐ失敗。
製作当時の時世を思いっきり反映したエピソードだったと。

今回の『勇気ある戦い』が放映されたのは1968年6月23日で、じゃあ日本で最初に心臓移植が実行されたのはというと……同1968年8月8日(しかも生存日数83日間)。
なんとまあ、日本初の症例よりも前に放送された話だったわけですね。

しかし、放送年は1968でも、セブンの劇中設定はもうちょっと未来だったはず(約20年後の1987年とされている事が多い)、とその後を見ていくも……世界的に心臓移植の生存率が高まってきたのは1979年ごろで、日本においては、なんと最初の症例から31年後の1999年2月28日になってようやく通算2例目を実施!?

いかに絶賛宇宙進出中のセブン地球の医療が、現実地球以上の発展を遂げている上で、ユグレ博士がブラックジャック並みの名医とは言え、劇中の人々の時代では、心臓移植なんて充分に生きるか死ぬかの瀬戸際でしょう。

オサムの「僕は死ぬ。手術をして死んでしまうんだ!」という台詞は、臆病な子供の妄想でもなんでもなく、めちゃめちゃ可能性高い予言なんじゃねえか。

恥ずかしながら作者、医者にかかる事は多くとも、その辺りの知識はてんで知らないので、今回調べるまでは「そりゃあ昔は失敗も多かったやろし、当時は怖かったやろなぁ」程度の認識でした。成功例がないとか思わないじゃん……

移植用の臓器を人工的に培養して……なんてレベルまで来てるような、恵まれた医療基盤の現代日本から転生したソガの中の人は、医療に明るいわけでもない一般人が当然そんな背景知りませんので、先程の作者と同程度の認識しかありません。

勿論、ドクターであるアンヌはそこらへんバッチリ分かり切っていますし、ダンもお願いされる時に、彼女からよくよく聞かされています。

そして、セブンの母は公式設定によれば幼少の頃に亡くなっており、姉が母親代わりにセブンを育てたと記載されています。
そしてそんな亡き母の妹が、かのウルトラマンタロウの実母であるウルトラの母。
ウルトラの母は衛生兵のような役割の銀十字軍の隊長であり、治療行為というものに精通したエキスパートです。

セブンも彼女から、医療現場というものがどういうところか、詳しく聞かされていてもおかしくはありません。

両者のそういった認識の違いから来る温度差が、そのままオサム君に対する心象に繋がっています。

知らなかった事とは言えソガは、あの厳しいキリヤマ隊長ですら、ダンに出撃を促しはしても、任務中しきりにオサム君を気にするダンを、一度として叱責せず、どころか職務の許す範囲では最大限に配慮しようとしていたのはなぜか? という部分にもう少し思いを馳せるべきだったかもしれません。

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