転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる!   作:Mr.You78

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大義ある戦い(Ⅴ)

深夜、とっくに消灯時間を過ぎた病室に、激しい咳と鼻を啜る音が断続的に響く。

 

個室の中にポツンと置かれたベッドの上では、点滴に繋がれた小さな男の子が、少しだけ身を乗り出し、懸命に何かを吐き出そうとしていた。

 

彼が覗き込む先には、喉に絡んだ痰を捨てる為に、プラスチック製の洗面器が置かれており、やがて男の子が体を戻すと、ぜぇぜぇと苦しかった呼吸が、ほんの少しばかり楽になったのか、また横になる。

 

先程、悪夢に魘されて起きてしまってからは、ずっとこの繰り返し。不規則に上下する小さい胸の奧からは、ひゅうひゅうと耳障りな音が奏でられ、炎症を起こした彼の気道が、腫れ上がって狭くなっている事を如実に表していた。

 

……あんまり、おはなしできなかったな。

 

体力のない彼が、すぅっと眠りに落ちてしまう前、この病室には、男の子の母と祖父母がいたのだが。

流石に面会時間を過ぎれば、帰らざるを得なかったらしい。

 

……とら、みせてあげられなかったな。

 

今日はお遊戯会で劇をするはずだったのに。

今朝になって、いつもより大きな発作が起こり、入院する事になってしまったのだ。

 

男の子の口が不満そうに尖る。

 

別に、劇がやりたくて仕方なかった訳じゃない。

むしろ、トラだいじんの役なんて、やりたくは無かった。

それはそうだ。

いばりんぼで、うそつきで、自分が一番になりたいがために、ライオンおうさまの大切なメガネを隠してしまう、悪いやつ。

そんな嫌なやつの役なんて、いったい誰がやりたいものか。

 

みんなは、優しくて立派なライオンおうさまをやりたがったらしいけれど、ぼくは断然、サルのけらいがやりたかった。

まじめで、かしこくて、ライオンおうさまを助けるちゅうじつなけらい。すごいさくせんを立てて、メガネを取り返してしまうんだ。

 

勿論こっちも人気の役だから、ジャンケンに勝てないといけないけれど。

 

……ううん、別におじいさんゾウでも、犬のほあんかんでも良かったよ。彼らはあんまり役には立たないけれど、おうさまの為に、いっしょうけんめいだから。

 

でも、トラのだいじんだけは、嫌だったのに。

後から役を聞かされて、ぼくはふてくされた。

 

布団に潜っていじけていると、おばあちゃんが、いったいどうしたの? って聞いてきた。

トラのだいじんになっちゃったんだ、と言うと。

 

「やった! 虎は上等な役やんか!」

 

と言ってきた。

 

「あのねおばあちゃん、よー聞いて。トラのだいじんっていうのはね……」

 

男の子は拙い語彙力を総動員して、いかに虎の大臣が利己的で、他者を蹴落とす事をなんとも思わない、虚栄心の塊かというような事を、ニコニコと耳を傾ける祖母に対して、切々と説いた。

 

「そいならピッタリや! 一番ええ役やんか! 良かったねぇ」

 

ぼくは暴れた。

 

お母さんが「ほたえたら、あかん!」と怒るから、暴れる代わりにぎゃんぎゃん泣いた。

そうしたら、おばあちゃんはオロオロして、ごめんね、違うんよ、と言ってきた。

 

「お芝居で一番大事なんは、敵役なんやで」

 

かたきやくって、なに。

 

「お話のワルモンの事や。敵役が格好よくて魅力的じゃなかったら、全然盛り上がらへんのよ。だから、いっとう大事で難しい役なんやで」

「うそや」

「嘘とちがう。せやから敵役をするんは、座長さんとか、前の主役やった人がしはるんや。一番お芝居の上手な人がするから、かっこええんやんか」

 

かっこいい悪役って、なに。

ごめんおばあちゃん、つばきさんじゅーろーってお侍さんのお話されてもわかんないよ。

 

「おててに持っとる、金と銀のブリキと一緒よ」

「ブリキちがうよ。これはロボット」

 

祖母は、かつて自身の買い与えたソフビ人形を指差した。

 

「銀のコケコッコーはええモンやけど、金のカニカニはわるモンやろ? でもどっちも大好きやんか」

 

言われてみれば……確かに。

今よりもさらに幼かった自分が、なにかと口に入れて、しゃぶってしまったせいで、すっかり色の禿げたトサカとハサミ。

 

銀色はとても良いやつだけど、金色の方は……悪いやつだ。

 

「こんな変な形でも、腕のある役者さんが、ガシャガシャ動かすから格好ええんやんか。一番ちから入れるのが、敵役や。先生は、ソガちゃんの声がよう通るし、お歌も踊りも一番上手いから、一番大事な役にしはったんや」

 

……ううん、違うよおばあちゃん。

役決めジャンケンの日にお休みしたから、余り物の役になっただけだよ。

僕のお芝居が上手いとかじゃないんだよ。

 

……でも、おばあちゃんには、そんな事もう全然関係ないみたいだった。

かとうきよまさがどうの、たいわんの動物園でだっこしただの、ホワイトタイガーがなんちゃら……ウチはね、虎がいっとう好きなん。

 

勝手にウキウキしながら、外国の歌を歌って、よくわかんない踊りを始めたおばあちゃんを見ていると、なんかどうでもよくなっちゃった。

 

おばあちゃんがトラを好きなら、だいじんでも、いいや。

こうなったら、みりょくてきなかたきやくを、やってやるぞ。

 

だからね、おとうさんのへやにある、トラのマスクのヒーロー人形を見ながら、げきに使うお面を作ったよ。

かたきやくは、ヒーローみたいにカッコよくないといけないんだ。

 

あつがみを折り曲げて、おはなを高くする。キバもつけちゃうぞ、がおー。

 

次の日、お面を見せた先生はびっくりして、すごくすごくほめてくれた。

その日から、ぼくいがいのトラだいじんも、お鼻が高くなって格好よくなった。ついでに犬のほあんかんも、ぶるどっくからしぇぱーどみたいになった。

 

だいじんチームで集まって、かっこよく、そして悪そうに吠える練習をする。

がおーじゃないな、ぐぅるるごお! だな。

 

……とらだ、ぼくはとらになるのだ!

 

チューリップ組さんのお遊戯会は、未だかつてないクオリティーで上演される筈であった。

しかし……

 

「……えほっ……えほっ……」

 

彼は結局、その舞台に上がる事は出来なかった。

 

(ロボットみたいに、ぱーつをこうかんできたら、よかったのに)

 

男の子は、ベッドの脇からお気に入りの人形達を、布団の中に引っ張り込む。

 

どうしてこう、大事な時に限って、ほっさになっちゃうんだろう。

きっと、ぼくの"きかんし"が"ふりょーひん"なんだ。

 

「……きみといっしょだね」

 

握りしめた金色ロボットの足は、片方がくにゃりと内側へ曲がっていた。

吊されて売られていた時に、変な型がついたまま固まってしまったのを、気付かず買ってきたのだろうと、彼の父は言っていた。

 

「まあでも、もとからコイツはそのまま立てへんからなぁ。おばあちゃん許したりな?」

 

ほら、こうすると立てる……父が人形の大きなハサミを床に接地して、三本目の脚のようにしたが、手を離した途端、こてんと後ろに倒れてしまった。

 

……じゃあしょうがないね。どうせ立てないなら、おどってるあしの方が、楽しそうだよ。ほらこれ、バレエの人のあしだよ。

 

そんな会話を思い出した彼は、隣にある特別な吸入器が、透明な蒸留槽のてっぺんから、白い薬剤の湯気をしゅんしゅん吐き出すのをぼんやり眺めながら、胸から込み上げる気持ち悪さを紛らわせようとした。

まるでクレージーゴンみたいだなぁ、と。

 

その時、廊下の方で、誰かがパタパタ……と走っていく音がする。

こんな夜更けに? 看護婦さんは走ったりなんかしないよ。

まさか……おばけ?

 

男の子は怖がりで、おばけの話がとても苦手だった。

大好きなウルトラセブンにも、おばけの出てくるお話があるらしく、その回のビデオだけは怖くて未だに見たことが無いくらいに、おばけが怖かった。

 

布団を頭まで被って、息を殺そうとしたが、あまりにも苦しくて咳が我慢できない!

だめ! おばけに見つかっちゃうよ!

 

泣きそうな彼を、誰かが励ます。

 

【大丈夫だよぉ。おばけなんて、オイラがこの大きな口で、パックンチョ、パックンチョと、たべてしまうよぉ】

「きみは、ひとりで立てもしないのに、よくそんなことが言えるね」

〔いいえ、うそではありませんぞ! コイツはなにせ、わたしのごしゅじんさまでも、ぜんぜんかなわなかったスゴいやつなのです!〕

【てれるなぁ】

 

そうしていると、廊下をヒソヒソした声が通りすぎていく。

 

「走ると起きちゃうでしょ」

「すみません……」

 

なぁんだ、人間じゃないか。

いったい何を怖がっていたのか。

 

……本当は知ってるんだ、おばけなんかいないって。

だって、おばけがいるなら、それをやっつけるモロボシ・ダンもいないと不公平だもんね。

 

このせかいに、ウルトラセブンはいないんだ。

だってあれはぜんぶ、おしばいなんだから……

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

「……ガ……ソガ、応答せよソガ!」

「はい? ……あ、ハイ! こちらソガ! 感度良好!」

 

すこしばかり、ぼんやりしていた。

慌てて通信のスイッチを入れる。

 

「退避は完了したのか?」

「ええ、こっちもバッチリ隠れました!」

「……自分で具申した通り、対U-TOM戦闘の要に乗ってるのはお前だ。もしも敵が罠に気付いて暴れ出した時は、頼むぞ?」

「勿論です。そのために新兵器を積んできたんですからね」

 

午前の戦闘でβ号が撃墜されてしまったので、隊長達は迷彩塗装を施した支援戦闘機ウルトラガードを二機、林の中に隠して待機中。

 

ただでさえ高出力の敵機を、後から追いかけて捕捉し、タイミングを見計らって遠隔爆破するという任務特性上、必要なのは攻撃力や防御力といった正面戦闘力ではなく、より高い隠密性や操縦性、飛行特性の良さ、そしてなにより起爆タイミングを外さない為の高度な通信機器こそが重要だと隊長が判断したからだ。

 

その点、ウルトラガードは武装こそ貧弱なものの、ダンとアオキという化け物級のエースが、全力で超音速ドッグファイトをこなしても問題ないくらいの飛行性能を有しているし、練習機にも使われるだけあって、コックピット周りの機器が非常に充実してる。計器飛行から濃霧戦闘訓練、機上作業練習もお手の物。

 

合体不可で最高速の出せない1号が、既に一回振り切られている以上、攻撃力を削ってでも敵に追いすがれる機体である必要があったわけだな。劇中で隊長は、どうやって爆破のタイミングを掴んだのか不思議に思ってたが、ウルトラガードの索敵能力なら、爆弾につけた子機から電波を受信して、ステーション側に受け渡されたかどうか、ばっちり観測できるって寸法よ。

てっきり、ベテランパイロットならではのカン、ってやつかと思ってたぜ……

 

それにウルトラホークは1号も3号もデカすぎて、着陸してたとしてもピッカピカの翼が上空から丸見えだし。

マッハ3を超える為には、あの銀色の特殊塗料が必要不可欠なのだ。

 

迷彩塗装に塗りつぶした上で飛ぼうものなら、整備班総出でド突き回される。……アライソ君、俺より年下なのに眼光がもうやべえのなんのって。

特に今回、超兵器群に分類されないウルトラガードなんかは、ドンピシャで彼の担当なので……それを多分、これから一機落っことす事になるという未来を知っている身としては、とてもじゃないがその目を直視できなかった。

 

ただでさえオレはこれまでにも、リモコン戦車で包囲陣を敷いたはいいが、敵の目の前でモタついたせいで、逆にそのまま多数撃破されてしまったり、あまつさえ残ったそれを敵に突っ込ませて、固定器具代わりに使った挙句、砲身も装甲もベッコベコにして返すという所業を、散々やらかしてきた前科があるので……目の仇にされている気がしてならない。

 

スパイナーの緩衝材を受け取りに行ったら、すげえ渋面されたし……用途を話したらありえんほど低い声で聞き返されて怖かったよ。握りしめたスパナで殴り殺されるかと思った。

メビウス本編じゃ、あれでも相当丸くなってたんやなって……

 

「……ソガ」

「はい、なんでしょうか隊長?」

「……物思いに耽るのはいいが、自分が他人に言った言葉くらいは、違える事の無いようにな」

「え……?」

「私としては、お前達が気にしていないなら、何も言わん」

「これは……どうもすみませんでした」

「くれぐれも功を焦って、敵に踏みつぶされたりはせぬように……それと」

「それと?」

「フルハシが随分と気を揉んでいたぞ。……私からは以上だ」

 

そうして個別回線が切り上げられる。

……やらかしたなぁ。

 

「本部、こちら準備完了。交通情報をお願いします!」

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