転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる!   作:Mr.You78

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大義ある戦い(Ⅵ)

帰還した資材回収装置から、大量の資源がステーションに搬入される。

 

コンベアの左右から伸びてきた大小様々なアームによって、バラバラに解体された戦利品達が、コンテナに積まれて各セクションに行き渡るのを、甲殻類めいた異星人達がモニター越しに監視していた。

 

彼らは、ただ黙々と胸部から生えた無数の歩脚を駆使して、担当する計器をガチャガチャと調整している。

 

その様子に、大漁を終えた感慨らしきものは見えず、ハサミが触れ合う程の緊密さでズラリと整列しているにも関わらず、隣の者と勝利の余韻を囁き合う事も無い。

 

この宇宙船に居る、全てのバンダ星人が、一切言葉を発さずにただただ、目前の仕事に集中していた。

 

それは、船内が鉄工場を思わせる、けたたましいまでの騒音に満ち満ちているので、互いの声が聞こえないから……ではない。

 

例えここが森林の奥深く、木々のざわめきや、小鳥の囀りしか聞こえないような静寂に支配された空間であったとしても、彼らは一言も発さなかっただろう。

 

別に、バンダ星人が言語を持たない訳ではない。彼らにも独自の学問があり、高度な知能を有しているのは明白だ。そもそも、緻密な数学とそれに裏打ちされた深い材料工学の知識がなければ、このように巨大なロボットや、宇宙船を建造出来るはずがない。

 

というより、知能指数という点では、かのチブル星人には遠く及ばないものの、銀河全体でみればかなり上位に位置する筈だ。ゴドラ星人などお話にならない程に強固な社会システムを構築し、メトロン星人よりも遙かに広い範囲の薬学知識に精通している。

 

いつかのペダン星人達の工学技術はまさしく本物だが、そんな彼らが得意とするペダニウムの加工法を、彼らの手を借りずに、全く別のアプローチから独自に編み出した。

 

そして、ペダンのように機械工学へ特化しているのかと言えばそれだけでなく、生物学の方面でも非常に発達している。宇宙の生んだ最高の科学とまで謳われたペガッサシティが、未だに現存していたならば、あと数年で辿り着いたであろう永遠の命……もはや永久に失われてしまった、生物の悲願とも言えるその命題を、バンダ星人はずっと前から達成していた。

 

尤も、ほとんどの生物が想像し、実際にペガッサ市民が研究していたであろう形とは、まるきり逆の方向性ではあろうが……とにかく、人体改造や再生医療など造作もない、と豪語する人々と遜色ない程度には発達した医療基盤を持っていた。

 

これほどの科学力を言語無しに到底獲得できる筈もないので、勿論バンダ語も、少ない記号の組合せで何パターンもの意味を持たせる事の出来る、ある種の圧縮言語とも言うべき高度なものだ。

 

だが、当のバンダ星人達は通常、それを発する事は滅多にない。

 

それはなぜか?

一言で言えば……無駄だからだ。

 

互いの状況や、個人的な所感を述べ合い、共有する……なんと無意味で非生産的な行為だろうか。

 

その個体が置かれている状態など、高度な知能を有する彼らが一目見れば直ぐに分かる事であるし、同一の現象、物体を観測した時に得られる情報など、差が発生するはずもない。

 

事象の有する情報量が勝手に増減する事はない以上、同じものを同じタイミングで見れば、全く同じ感想を得る筈で、もしも両者の意見に相異が発生したならば、それはどちらか、あるいは両方が、その事象の持つ情報を、全て読み取り切れて居ないだけである。

 

バンダ星人の優れた知能ならば、約90%を余すことなく受け取る事が出来るし、残りの取りこぼした10%も……それは全てのバンダ星人が知覚できない情報形態なだけであり、バンダ星人同士で会話をしたとて、補完できるものではない。

 

お互いに分かっている事を、わざわざ伝えあったり、確認をとるなど、全く無意味な事であり、お互い分からない事はいくら議論を重ねてもまた、見つける事はできないのだ。

 

つまり、彼ら程に高度な共通認識を種族内で持てていれば、こういった説明すらも必要ないという事。

書き手と読み手がバンダ星人であれば、数千文字に及ぶ内容が、たった1行で事足りるのだ。

 

会話は無駄。

 

……では、なぜ彼らがそれほどまでに無駄を嫌うのか?

 

それは、彼らの母星の成り立ちに起因する。

 

恒点観測の教本にも記載されている通り、彼らの母星は、蟹座HM系に属する。

二つの恒星が互いに引き合い、エネルギーを反発させる2連星である彼らの太陽は、非常に強力な重力波を発している。

 

そしてその、宇宙有数の重力波を間近で受け続けたバンダ星は……地表のあらゆる鉱石が浸食され、凄まじい速度で洗い流されてしまった。

 

かつては地球の数倍もの質量を持っていたのだが……いまでは至るところに穴があき、地殻が何重も重なったかのような無惨な姿を晒している。

 

巨大な惑星の内部がスカスカなスポンジのようになってしまったために、体積と質量のバランスも狂っており、表層の大部分が、惑星核の持つ重力半径から飛び出しているので、バンダ星人が住む場所の殆どが、地球の月のように低重力の地域となっている。

 

そんなボロボロの星が、なぜ崩壊もせず未だに惑星としての体裁を保てているかというと……元々ペダニウムの埋蔵量が桁違いに多かったから、という点につきる。

 

ペダン星人が宇宙で初めて精錬加工に成功したが故に、かの星の名が冠されたこの重金属は、その加工性の悪さが示す通りの安定性を誇り、先の重力波の影響も少なく、周囲の地面がどんどん削れていくのを尻目に、その鉱脈だけが、組み上がった鉄筋のように地表へ露出し残された。さながら星の骨格標本だ。

 

この骨組みの非常識な堅さでもって、かろうじて歪な楕円形を維持しているのが、バンダ星なのだ。

 

……そして、これを惑星と呼んでも構わないかほとほと迷う代物に巣くっているのが……彼らだ。

その過酷さは想像を絶する。

 

まず単純に、使える大地が少ない。

 

ペダニウム以外の物質が残っているのは、偶々鉱脈に挟まれたり、覆われていた部分を除けば、深く深くえぐり取られた赤道面の底か、太陽へ垂直に晒される事がなく、かろうじて浸食が遅い地軸周辺の両極地くらいにしかなく、海に至っては半分以上が濃硫酸のプールと化していた。

 

そんな環境に適応するために、否が応でも人体改造は必須であり、発展せざるを得なかった……というのが、先の彼らの医療水準の真実だ。

 

そして最低限の生命維持を、自分達を改造して確保した次に直面するのが、使える資源の圧倒的少なさ。

 

先に述べた通り、生半可な物質は殆どが洗い流されてしまったので……彼らにとっては、金やタングステン、ジルコニア……そしてなにより上下左右見渡す限りに鉱脈ごと露出したペダニウムやウルトニウムこそが、生活を支えるベースメタルであり、逆に加工性の高い鉄や銅、アルミといった、地球でも比較的手に入りやすい金属は、軒並みレアメタル扱いなのである。

 

そして星でもっとも埋蔵量(半分以上は埋蔵ではないが)が多く、気兼ねなく使えるペダニウムは、周知の通り加工に難がある。宇宙で最もこの元素を使いこなしていると認識されているペダン星人ですら、ライントーン工法が発見されるまでは死蔵するしかなかった。

 

そんな金属の問題をどうやって彼らが解決したかと言うと……

 

マンパワーだ。

全てマンパワーでゴリ押しした。

 

いかに硬い物質であったとしても、かつて地球防衛軍がそうしたように、一点に力を加え続ければ、ごく僅かに摩耗し、変形する。

 

理論上は、ペダニウムとペダニウムをかち合わせ続ければ、打製石器のようなものが出来る。

そうして出来た打製石器でさらにペダニウムを打ち続けると、先程よりも精巧な打製石器が出来る。

以下、これを何度となく繰り返す事で……ペダニウム製の道具や型が出来る。

すると、今度はペダニウム製の部品を造る事が出来……やがてペダニウム製の加工機が出来上がる。

 

ここまでこぎ着ければ、さらにペダニウムを効率よく加工でき……以下繰り返せば、純ペダニウムのペダニウム工場が出来上がる……という寸法だ。

 

勿論のこと、こんなものは机上の空論で、一部で別の物質に頼らなくてはならないし、何より……途方もなく時間がかかる。

 

第一、一か所を叩き続けるという単純作業でも、そんな重労働を休息もなしに続けられるはずがない。普通は。

 

だが、彼らは先のバイオテクノロジーと人体改造手術によって自分たちの代謝を根本から作り変えてしまったのだ。

 

例えば地球の生物の大多数が呼吸をすれば、筋肉を動かした後に乳酸が精製される。こうして生まれた乳酸は肝臓に運ばれ別のエネルギーに生まれ変わるのだが……このコリ回路と呼ばれる代謝系を全身の細胞に埋め込んだ。それだけでなく、特殊な乳酸菌を体内に共生させ、通常の食物や呼吸から得られるエネルギーだけでなく、糖や乳酸から、直にエネルギーを取り出す事ができるようにしたのだ。

 

これらの解糖系と呼ばれる代謝は嫌気呼吸……つまり酸素の無い状態で呼吸できるようなものだ。そして実に都合の良い事に、彼らの星は先に述べた通り、低重力の星であり……大気を引き留める力もまた弱く、地表部分は殆ど無酸素に近いぐらい、空気の薄い星であったので、こちらの代謝をメインに据えた方がずっと効率的だったのだ。

 

おまけに低重力であるため、甲殻や筋肉を極限まで削って基礎代謝を低下させる事で、瞬発力の低下と引き換えに、持久力を担保しても、ギリギリその細い骨格を支える事ができたのである。

 

こうして、疲れを知らぬ肉体を得たバンダ星人達は、昼夜を問わず作業を続け、乳酸菌とその餌である糖度の高い液体をがぶ飲みしては作業をし、時には乳酸をそのまま取り入れ、さらに特殊な地域では硫酸すらも嫌気呼吸でエネルギーに変え、爆発的な速度で産業を発達させた。もはや彼ら自身がメインの機械と化した重工業は素材の豊富さもあって特に発達し、バンダ星の床も、壁も、天井までもを工場が埋め尽くした。

 

そうして、通常の生物では到底成しえない速度でもって生産活動を行って……当然の如く資源が枯渇した。

 

星全体を構成するペダニウムだけは、まだそこらじゅうに有り余っていたが、それ以外のあらゆる物質が底をつき始めたのだ。

 

人はペダニウムのみにて生きるに非ず。

 

困った彼らは、優先度の低い部門の資材を、より優先度の高い部門へ回す事でなんとか、やりくりし始めた。

 

作った機械を解体し、部品を鋳つぶして、新たな機械に作り替える。

ここから、偏執的なまでのリサイクル地獄。

 

不要と思われる道具は、全て供出し、他へ回す。

部品が壊れたら、新しいものを造るのではなく、その壊れた部品を材料にしてもう一度作り直す。

機械を人力に置き換えられる部分は、どんどん人力へ置き換える。

無駄は省く。省いて省いて切り捨てて、極限の極限まで必要部分だけに切り詰める。

 

彼らの勿体ない精神は筋金入りで、それは彼ら自身にも適用されるほど。

 

休みなく働き続ける彼らの肉体は、いかに疲れを知らないとはいえ、酷使するのであるから、その摩耗具合も半端ではない。

 

当然の如く寿命……もはや耐用年数と言い換えても差し支えないそれは、僅か10年にも満たない。

そんな事は彼らとて重々承知であるし、というよりも……耐用年数であるのだから、きっちりと決められているのだ。

彼らは皆一様に一分一秒単位で寿命が決められている。

 

そして、その終わりが近づいた者、もしくは不慮の事故で四肢が欠損したような個体は、自らの意思で浄化槽に赴いて……ドボンと溶解液に浸かる。

 

そうして、ドロドロに溶けて無数のタンパク質となった生命のスープは……再生槽にてまた一匹のバンダ人として生まれ変わるのだ。

 

浄化槽に入る直前、彼らはコンピュータに繋がれて、その記憶を電子情報として吸い上げられる。

そして、再生槽からよっこいしょと這い上がってきた新人は、全てのバンダ星人の記憶を吸収したコンピュータに再び繋がれ、必要な知識をインストールするのだ。

 

これこそがバンダ星人における生命の連続性。

1個人の塩基配列を延々とコピーし続けるバド皇帝は、やがていつか自我がすりきれてしまうが、これならばそんな事は起こりえない。なにせ、全てのバンダ星人がコピーでありながらオリジナル。肉体の分解と再生を行う度に、知識が更新されていくのだ。

まさに命の洗濯!

 

だが、リサイクルを極限まで行っても、星全体の資源量は変わらない、どころか目減りするのは避けられないために、バンダ星人は新たな金属鉱脈を探す必要に迫られた。

 

近場の小惑星等も掘り尽くし……星系外に鉄資源を求めて飛び出していったのである。

 

幸い、他の惑星においては、鉄をはじめとした彼らの欲しい資源がありふれているようで、地下を掘り起こすまでもなく、そこらじゅうに転がっていた。

 

ただ、何故か彼らが採掘行為をしていると、その星の住民から攻撃を受けるので、資源回収装置を頑丈に作り直して行かなくてはならなかった。

頭部に設置した溶断機の出力も上げて、自衛用火器として転用出来るようにもしたが、一番は攻撃されないことである。

 

スチームに隠れて採掘を行えば、見つかる事は無く、攻撃もされない。

とはいえ、この星においては、霧を消してしまう技術があるようなので、次回の採掘からはもう使わないだろう。

なにせ、無駄だからだ。

 

そう、彼らは自身を改造し、自由に誕生……いや、製造されるようになってから、自己と他者の境界というのが、酷く希薄になってしまっていたのだ。

彼らにとっては自分達を含めて、生命であろうが機械であろうが、宇宙にあまねく全てのものが、一様に工業製品でしかない。

 

バンダ星人にとっても、そして彼らの盗掘行為(手当たり次第にそこら中の金属製品を搭乗者の有無に関わらず拾っていくが、悪気は一切無い)を受ける星々にとっても不幸だったのは、バンダ星人には言語があるにもかかわらず、それを駆使した会話という概念が存在しなかった事だ。

 

ネジと歯車が会話をする必要性があるか?

無駄だ。

 

ネジは持ち場をただ固定していれば良いし、歯車は延々とそこで回っておればいいのだ。

 

そんなバンダ星人達が、言語を発する瞬間というのは、僅かに存在する。

 

それは不測の事態が起きた時。その発生を報告する為に彼らは声を上げる。

だが、それは虚空に向かって呟くようなものでしかなく、それを聞いた周囲も、これから自分が行う作業の変更を手前勝手に告げるだけだ。

 

とてもではないが、会話と呼べるようなものではない。

故に、バンダ星人は充分に知的で、文明的ではあるものの、宇宙の大部分から知的文明であるとは見なされていない。

そしてそれを、バンダ星人は知りもしないし、気にしてもいない。

 

自分達の使っている金属が、ペダニウムという名で浸透している事すらも知らないのだろう。仮に知ったとしても、特に憤慨したりせず、ただ粛々とそれを受け入れただろうが。

 

宇宙船のスピーカーから、傍受した放送が聞こえてくる。

 

『交通情報を申し上げます。今日は珍しく、甲州街道高尾山付近の混雑が激しく……』

 

地球には良質な資源が沢山ある。

鉄も、燃料も、たんぱく質も。纏めて入手できる素晴らしい資源の箱。

これが纏まっている場所は、この放送が通達してくれるのだ。

 

貪欲なザリガニ達は、目前に差し出された餌の先に、紐が結わえられている事に気付けなかった。

誰も疑問を呈さなかったし、それに答える者もいなかったからだ。

 

……尤も、誰かが声を発したとしても、嘘を吐くと言う行為すらも理解出来なかったに違いないが。


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