転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる!   作:Mr.You78

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大義ある戦い(Ⅸ)

「いよっしゃあああああ! 虎の仇だ! ざまあみさらせクレージーゴン!」

「クレ……? なんだって?」

「ああ、クレイジークレーンのクレージーゴンですよ。いつまでもバルタンのユートムなんて呼んでられないでしょう?」

「……けっ、あんなもん『きちがいロボット』で充分でぃ」

 

いやいや、キチ○イ呼ばわりは色々とマズいんだってば!

 

いやーしかし……一時はどうなる事かと思ったが、なんとかなって良かった良かった。

まさかあんなちっこい左手がセンサー系だなんてな。

 

ふっつーに単なるデザインだと思ってスルーしていた。

アマギ様々だわ。

 

ふぅ……と息を吐いて、シートにもたれ込む。

 

「おい、何をひと心地ついてやがる。まだ終わっちゃいねえぞ」

「え? いやいや、終わりですよ。ほら、アイツはもう立つ事はおろか、穴から出られませんし」

「……バッキャロゥ!! 奴は動いてる! まだ生きてるんだぞ!」

 

眉を吊り上げ、穴の中でもがくクレージーゴンを指差すフルハシ。

滅茶滅茶に振り回される大型アームへセブンが取り付いて、なんとかしようと踏ん張るが、力負けして振りほどかれるのを繰り返していた。

ハサミの先端が掠ったビルが砕け、乱射された怪光線によって道路が灼けていく。

 

「そりゃあ周辺の建物に被害は出るでしょうが、エネルギーが切れるか機体ダメージが蓄積すれば、そのうち止まりますよ。さっきからセブンがもぎやすいように、こうして右腕の付け根にレーザー照射してるじゃないですか」

「お前……何を呑気な事を言って……忘れたのか? あのく、クレ……クレバーゴンは……()()()()()ぞ!?」

「あ……」

「奴がああして穴から出て来ねえのはな、なんとも俺達にとっては運のいいことに事に奴が『自分は飛べるんだ』ってことを、墜落のショックでお前みてぇにただ忘れちまってるだけさ! だがな、それをフとした拍子に思い出してみろ……たちまち奴は、あのすげぇジェットで飛び出してくる! そのうえ、もうアイツのバランサーはイカれちまってると来たもんだ。まともに飛べるわけがねえ。どこに落ちるか分かったもんじゃない! 俺達の頭を飛び越えて、そのまま後ろの病院に突っ込んでいく可能性だってあるんだ! あの怪獣は、とっととシメてやらねえとならないんだよ!」

「なるほど……」

 

フルハシ隊員の力説する事はもっともだ。しかし……

 

「じゃあどうするってんですか。俺達に出来る事なんて……せいぜい食べ残しのスパイナートラックを持って来るくらいですかね」

「いったいどれだけ時間がかかると思ってるんだ。その間に奴が目を覚ましたらどうする!」

「……でしたらやっぱり俺達にできるのはここまでです。クレージーゴンを解体するのはセブンに任せておきましょう。彼は時間制限ないわけですから。満足するまでほっときましょうよ」

「馬鹿言ってんじゃねえ!! お前、敵をセブンに丸投げするつもりか!? 彼が病院を守るために戦ってるのが分からないお前じゃないだろ。 今のセブンは俺達から見ても明らかに弱ってる。そりゃあ、馬鹿みてぇに堅い剛腕で、何度もぶっ叩かれりゃあ当然だ。仲間が一人で戦っているのを、ただ見ていろなんて、一体どうしちまったんだ? 何を拗ねてやがる!」

「別に拗ねとりゃしませんよっ! でもね、実際問題として俺達の武器はちっとも効きやしないんですから、手を出したくても出しようがないじゃありませんか! そんな状況で奴にもういいから帰れとは言えないでしょうが! セブンからしてみても、足元でウロチョロされるよりはよっぽど戦い易いでしょうよ!」

「……なぁんだ、そんな事か。だったら俺にいい案がある。アレを見ろ! 奴の下っ腹を!」

 

ニヤリと笑ったフルハシが、得意げに指さした先。双眼鏡でよくよく観察すると……シャッター部分の下側が、少しだけひしゃげて捲れあがっているのが見えた。

……なるほど、スパイナーでかさましした爆風が、ほんのちょっとだけクレージーゴンを傷つけていたのか。

 

「あそこを狙えって?」

「いいや違うね……せっかく何か挿し込むとっかかりが出来たんだ。このマグマライザーのドリルを突っ込んで、どてっぱらに大穴開けてやりゃあいい! そんでもって、中から虎の子の地底魚雷を一発ドカンと叩き込んでやるのさ! 兄貴達は、いつか現れた金ぴかの地底怪獣に、この地底魚雷をブチ込んで退治した事があるらしい。奴もお誂え向きに金ぴかだぁ。ご利益にあやかろうってわけよ!」

「……ハァ……」

 

ウキウキと自慢げに主張するフルハシ隊員に対して、思わずため息を漏らすソガ。

 

「やめときましょう。ほら、あれを見て見て下さいよ」

 

俺達の目の前で、セブンの放ったアイスラッガーが、甲高い音で弾き返される。

 

「あれも効かないとなりゃあ、多分クレージーゴンはペダニウム製です。いくら薄いシャッター部分であろうと、マグマのドリルが効かないのは実証済み、無駄ですよ。スパイナーの爆発力が何ギガトンか知りませんけど、それでもちょっとだけ変形させるのが精いっぱいなんですから。そんな危ない事はやめて……」

「いい加減にしてくれっ!!」

 

突然の大声に、ぽかんとした表情のまま固まるソガ。

ハンドルを放して、ぐるりとこちらをむいたフルハシは眉を吊り上げ、凄まじい怒りの形相で、同僚を睨みつけていた。

 

「てめぇ……俺をバカにしてんだろ? あぁ?」

「馬鹿にって……あのねえ、俺は別に事実を述べているだけであって、こんな真面目な場面で茶化してるわけないでしょうが!」

「そういう事じゃねえっ!! 俺がお前やアマギなんかよりもずっと頭が悪くて、考えが浅いってのは誰でも知ってる事さ、俺だってバカ呼ばわりにこれっぽっちも文句はねぇさ。そんな話じゃねぇんだよ。それでもな、『やっても無駄だからやめておきましょう』とは、どういう了見なんだ? だったらお前がもっとイイ案を考えてみやがれってんだ。そのお前がもう打つ手無しだとお手上げだから、じゃあこうするしかねえなと言ってんだよ。やれる事がねえんじゃなくて、やれる事はあるんだよ! それを危ないからやめろたぁ、どういうこった、ええ?」

「当たり前でしょうが! そんな無茶な作戦に命をかけるなんてコスパが悪すぎると言ってんですよ!」

「……お前がいつも、俺達を心配して言ってるのは重々分かってる。……でもな、お前は俺のおふくろか? 違うだろうが? なんで30も過ぎた男が、親でもねえ奴にいちいち心配されなきゃなんねぇ! こちとら本物のおふくろが止めるまでもなく、いつでも死ぬ覚悟なんざとっくにした上でやってんだ。おめえさっきダンに言ったよな? 俺達の仕事は、『怪獣を倒す事だぞ』って! おう大正解だ! じゃあ最期までキッチリ責任もってトドメを刺して、ピクリとも動かなくなってからようやく帰れるんだよ。そういう仕事をやってんだよ俺達は! 俺は別に誰かに嫌々戦わされてるわけじゃねえ。危ないからやめろだって……? そういうのをな、余計なお世話ってんだ!」

「人の命が掛かってる仕事だから、後先考えてるんでしょう? ここで俺達が突撃して、失敗したら、誰がその後始末するってんです?」

「そんな事は、アマギや隊長に任せとけ、隊長達がしくじったら、今度は参謀や長官がやってきて奴が動かなくなるまで攻撃するよ」

「そんな無責任な!?」

「無責任だとっ!? 目の前の敵を放っておいて、手を抜く方がよっぽど無責任だ! 俺はな、まだ自分の職分を全うできてねえんだよ! これが俺の役割だ! どんな仕事だってそうさ、みんながみんな、自分の持ち場で一生懸命やってるから、他の奴が自分の仕事に集中できるんだよ、ソガ。ここで俺達が逃げちまったら、一体誰が怪獣を倒すんだって話になっちまう。俺達が最後の最期まで、全力で戦う姿を見せなきゃ、誰も安心できねぇのさ!」

「……はっ、市民の安心の為に……ですか。ご立派な事ですね」

 

フルハシの言に対し、ソガは思わず、鼻から抜けるような失笑を溢した。

肩を竦めて視線を逸らし、せせら笑うソガの胸倉を鷲掴みにして、ぐいとそちらに引き寄せたフルハシは、今度こそ唾をまき散らして怒鳴り声を挙げた。

 

「ほれ見ろ!! それが馬鹿にしてるというんだ!! ……なにか勘違いしてるようだから言っておくぞ。俺はな、ソガ。隊長達みてぇに御大層な大義の為に戦ってるんじゃねぇ。所詮は腕っぷしぐらいしか誇れるもんがなくて、家業も継がずに考えなしで軍に入った大馬鹿もんだよ。でもな……だからこそ、俺はこの仕事に命を懸けてやってんだ! ひとたび敵が現れたら、一切手を抜かずにぶん殴って、最後まで戦い続ける! ぎりぎりまで頑張って踏ん張って! ここから先にゃあ一歩も通してやるもんかって体ごとぶち当たって行く! それが俺だ! それがフルハシ・シゲルって男なんだ! それで死んじまっても、構わねえ! あんたらの生んだ馬鹿息子は、地球の為に命を懸けられる男だったんだぜって、胸を張って自慢できるような戦いが出来なきゃ意味がねえんだよ! 一度でも手を抜いちまったら、俺が俺でなくなっちまう! 誰かの為だぁ? 違うね、俺は俺自身の為に戦ってんだよ!! それを……お前なんぞに横から嗤われる謂れはねぇ!! なんか文句あっか!?」

 

座席に放りだされて、シートの手摺にしがみつくソガ。

フルハシがそれを睨みつけながら、フンと鼻を鳴らす。

巨漢の見下ろす操縦席から、震えた声が、恐ろしいまでのねばつきを伴って、這い上がってきた。

 

「黙って聞いてりゃ、好き放題言うてくれましたな……馬鹿にしてんのか……だって……? ああそうさ! バカにしてるよ! 当たり前やろが! こっちが頭捻って必死で止めても、嬉々としながら突っ込んでいく死にたがり共が何言うとんねん!! どいつもこいつも大仰な事ほざきながら次から次へと死にくさって!! 右も左も見渡す限り馬鹿ばっかり!! 大体なぁ、あんなごっついバケモンに、ちっこい戦闘機だの戦車だの、挙句の果てには生身で戦うとか、どんな神経してたら出来んねん!! 正気の沙汰ちゃうぞ!! そんなんはなぁ……アホの所業言うんや!! ええですか? オレの信条はね『君子危うきに近寄らず』って言葉がありましてね、ホンマに賢い人は、そもそも危ない所に近づきませんって意味なんですわ!! ええそりゃ、『危うき』が向こうから近寄って来てますから? 仕方ないですよ? でもね、普通はそういう時すたこらさっさと逃げるんですわ!! 普通の人間は!! 勇気がどうだのああなんだ、そんなもんはただの蛮勇や!! いったい、どんだけの人間がそんな事できる思てんねん! みんながみんな、顔も知らん誰かの為に戦えるんなんて、御伽噺の中だけや!! そんな事できるんはな、ただの命知らずのド阿保か、一握りの英雄サマだけなんよ! オレはそのどっちともちゃう! 死ぬんは怖い! 別にそこまで高潔でもない! それでも俺が抜けたら人数足りんなるから、しゃーなし戦っとんねんこっちは! 好きで戦ってるような物好きと一緒にせんといてもらえますか!?」

「んな……っ!」

 

爆発したような勢いで、一気に早口でまくし立てる。ふうふうと肩で息をしながら、鋭い眼光で救い上げるようにねめつけて来るソガ。

あの温厚な男が、ここまで激しく感情を露にして言い募るのは、かつてのR1号の一件でセガワ委員長に詰め寄る場面くらいのものだった。

しかし、その時とはまた何か違う……フルハシにはうまく言葉に出来ぬ、どこか悲痛な響きがそこにはあった。

 

故に、それこそソガの剥き出しの本心が大きな圧力となってこちらに圧し掛かってくるような感覚を覚えたフルハシは……軽い眩暈を起したように、ゆっくりとシートに座り直し……しばし黙って俯いていた。

 

分厚い筋肉を纏った巨漢の見慣れた背中が、ほんの少し萎んで見えて、ソガの胸がチクリと痛んだような気がしたが……それよりも激しい感情のうねりがどうにも止まらず、次の言葉を発する気が起きずに、同僚の姿を見下ろすしかない。

 

やがて怪力自慢の大きな口から、絞り出すようにぽつりと、余りに小さい呟きが発された。

 

「お前……そんな事思ってたのか……」

「あーあ……言っちゃった……」

「言いたい事はそれだけか……?」

「ええ、まぁ……はーあ、なんかスッキリしちゃったな……」

 

ハンドルに凭れるようにして顔を伏せたままのフルハシと、ただ機械的にレーザーの発射ボタンを押し続けるソガ。

 

「……俺はただ……お前がなんとしてでも、あのガラクタをぶっ壊してやるって……そういう本気の熱意が伝わってきたから……じゃあとことんぶちのめしてやろうぜって言えば、そりゃいいですねって……お前ならそう言って一緒に来てくれるって思ったから、誘っただけだ……それを……もう俺にゃあ、お前が何考えてるか、よく分かんねえよ……」

「それは……すみませんでしたね」

「でもな……別に……俺だって……死ぬのが全く怖くねえわけじゃあ……ねえんだぜ……」

「……え?」

「そりゃそうだろう。エレキングやアイロス星人に踏みつぶされそうになったって、俺の筋肉なんかこれっぽっちも役に立たねぇよ……でも……みんなで一斉にウルトラガンで撃てば、ちょびっとくらい押し返せるかもしれねえ……いくら覚悟してても、北極の寒い空の上で、一人寂しく死ぬのは嫌だって気持ちがないわけじゃねえのさ」

「ああ……」

「なあソガ。生きてりゃあ、嫌な事も、怖い事も、胸の奥がじくじく膿んだみてえに痛い時だってある。でも……それが生きるって事じゃねえのか? 人間誰しも、伊達や酔狂だけで戦えはしねえよ。でもどうしてもほっぽり出せねぇ敵が来た時に、なんだかんだと理屈をつけて、どうにか心を奮い立たせて戦う事が、そんなに馬鹿な事なのか……?」

「……」

「……つっても、テメェの言う事にも一理あらぁな。俺様の馬鹿な自己満足に付き合わせようとしたのは悪かったよ。もういいから早く降りろ。別にマグマライザーは一人で動かせないわけじゃねえ。俺にだってそんくらい出来らぁ! ……だから、とっと降りてくれ……」

 

そうして、操縦系統を一人用に変更しようとする先輩隊員に、後輩から声がかかった。

 

「……フルハシ隊員」

「なんだぁ? ハッチの開け方が分かりませんなんて言うんじゃねえだろな」

「やっぱ……アンタはバカだ。とびきりの大馬鹿野郎だよ……でもね……」

 

胡乱気にそちらを向くフルハシの瞳に、苦笑するソガの姿が映った。

 

「俺も……結局は同じバカの狢だったって事ですわ。見る阿呆よりは、踊ってる方が楽しそうだ。一緒に踊らせて下さいよ。俺はどうやら……一生賢い猿にはなれん運命のようです」

「……ソガ」

「だいたいねぇ、マグマを一人で動かすのが、どんだけ大変だと思ってんですか! フルハシ先輩が地底魚雷の狙いを付けるってんなら、一体誰がバックギアを入れるんです?」

 

言いつつ、魚雷の発射シーケンスを解除していき、ターゲットサイトを展開するソガ。

それを認めたフルハシは、みるみるうちに破顔して、まるで幼子のように満面の笑みを咲かせると、後輩の肩を、ごつごつした岩のような平手で、バシンと大きな音がするくらい、思いっきり引っぱたいた。

 

「……いってぇっ!!」

「おいおい、そうこなくっちゃあな! ソガ先生よォ! へっへっへ、このべらぼうめ! やきもきさせやがって!」

「ちょっとぉ! 今から突撃するってのになんで叩いた? しかも痛い方の右肩をさ!? あんたの力で叩いたら傷が開くどころか、脱臼しちまうよ!!」

「あたぼうよ! そいつでさっきのは全部チャラにしてやらぁ」

 

 

そんなやり取りをしていると、通信機から隊長の声が響く。

 

「マグマライザー! どうした? さっきから攻撃の手が止まっているぞ! 故障か?」

「いえ、なんでもありません!! ただ、ネジが一本たるんでおりましたので、二人で巻き直しておったところです!!」

「なに? ネジが……?」

 

フルハシの返答に困惑するキリヤマ。

マイクに声が入らぬよう、クスクスと忍び笑いを漏らした馬鹿野郎共は、澄ました声でマグマライザーでの攻撃を提案する。

 

「ハッ! つきましては、今からマグマライザーで吶喊し、あの金属シャッターを突き破り、内部攻撃を仕掛ける所存であります!」

「なにッ!? ……勝算はあるのか?」

「……いえ、ありません!」

「馬鹿者! そんな無茶を許せるか! 今、各基地に爆撃編隊のスクランブルを要請してある。彼らが来るまでは我々だけが最終防衛線なんだぞ!」

 

隊長の剣幕に、通信マイクを握るソガがニヤニヤと隣を見て「ほらね」と口の形だけで告げる。

それに対してフルハシはバツの悪そうな顔で、視線を逸らすと小声で返答した。

 

「……だからお前を誘ったんだろうが」

「そういう事……」

「おい! 聞いているのか!?」

「いえ隊長! あのクレージーゴンは飛行能力を有しています。バランサーを失った今、奴がひとたび打ち上がると、近場に墜落して甚大な被害を及ぼしかねません! 今すぐに破壊するべきです!」

「ケッ……人の受け売りでよくもまぁ、そこまで堂々と言えたもんだぜ……」

 

ハンドルに体を預けた大男が、隣のやり取りに茶々を入れる。

その口調とは裏腹に、彼の口の端は愉快そうに吊り上がっていた。

 

「ふむ、あのジェット噴射だな……待て、クレージーゴンとは何だ?」

「ああいや、クレイジークレーンのクレージーゴンです。いつまでもバルタン星人のユートムは、流石に長すぎるんで……」

「お前と言う奴は……また勝手に呼称を……」

「隊長! 見て下さい、セブンが!」

「なにッ」

 

アマギの声にキリヤマが視線を上げると、ロボットの大きなハサミが、セブンの首元を挟んでギリギリと締めあげているところであった。

アームを開こうともがきながら、苦し気に呻く赤色の巨人。

セブン危うし!!

 

『デュワ……ダァア……』

「……よし。仮称クレージーゴンへの直接攻撃……やってみろ。ただし、破壊が困難と判明した場合は、速やかに後退する事!」

「了解!」

「よしきたぁ!!」

 

待ってましたといわんばかりのフルハシがレバーを倒すと、マグマのエンジンが唸りを上げて、黒光りする機体が猛進する。

 

接近する敵に対し、クレージーゴンがレーザートーチで迎撃を行うが、マグマライザーは分厚い装甲で青白い怪光線を弾き返しながら、履帯の馬力で強引に強引に突破していく。

 

「ジェットドリル回転!」

「エンジン全開! 耐ショック!」

「どりゃああああああ!!!!」

 

金色の岩盤へ、黒いモグラが激突し、銀色の削岩機が凄まじく不快な異音をまき散らしながら、ひしゃげて僅かに開いたシャッターの隙間をさらに押し上げようとする。

ぎゃりぎゃりと火花が舞って、徐々に持ち上がっていく黄金の岩戸。

しかし、それも勢いがついた最初のうちだけであり、たった数㎝開いたところからは、一向に動く気配がない。

 

自分の腹へ、一心不乱に鼻を押し付ける小動物を煩わしく思ったのか、大蟹は右手で挟んでいた獲物をほっぽり出してから、黒い土竜を持ち上げようとアームを伸ばした。

 

「クソッ……やっぱりダメなのかよぉッ……!?」

 

ソガ達が諦めかけたその時。

 

「……まだだっ!! そのままそこで押さえていろっ!!」

 

通信機からキリヤマの指示が飛ぶ。

振り返れば、ひび割れたアスファルトに銀の輝きが躍り出た。

 

ポインターの扁平な車体を、僅かに開いた隙間に滑りこませようというのだ!

 

ブォンとエンジンを唸らせて、鏡のように磨き上げられたボンネットが、赤い夕日を反射する。

その一瞬の煌めきに、瞳を奪われ、薄く靄の掛かったような思考を覚醒させた者がいた。

 

カメラアイに捉えた、銀色の四角い箱。

四つのタイヤで地を蹴り接近する金属反応。

 

クレージーゴンの白く色飛びした画像認識でもハッキリと分かる……車だ! あれこそまさに、彼が探し求めていた、存在意義だ!!

 

前進する……車を回収するためだ。

アームを振りかぶる……車を回収するためだ。

なぜ、ワタシはここに存在するのか……?

 

車を回収するためだ。

 

ハッと気づいた赤い戦士が、振り下ろされたハサミの先へ、素早く体を割り込ませ、渾身の力で受け止める。

 

この赤いロボットは、なぜ邪魔をするのか。

 

このままでは車が回収できないではないか。

 

一直線に走り込んでくる銀の車は、たちまち右腕部の間合いの中に入ってしまう。

 

どうすればいい?

どうすればいい?

 

このままではせっかくの車がワタシの装甲に激突してしまう。

 

どうすればいい?

どうすればいい?

 

……そうか、こうすればいい。

 

なんのために……?

 

私がワタシであるために(車を回収するために)

 

 

 

腹部のシャッターが解放された。

 

 

「うおッ!?」

 

突然抵抗がなくなってしまったので、アクセル全開のまま一気にクレージーゴンの体内へ突入するマグマライザー。

ドリルが背中側の装甲にぶち当たり、ガツンと激しい衝撃音を反響させる。

その横へポインターが急ブレーキを踏みながら飛び込んできた。

 

警備隊の背後でガラガラとシャッターが下りていくが、マグマライザーの長大な機体はクレージーゴンの腹に収まりきらず、後部が外へ飛び出てしまっていたので、機体そのものがつっかえ棒となり、シャッターが完全に閉まるのを防いでいた。

 

退路が確保され、メンバー達が胸を撫で下ろしたのもつかの間、足元から突き上げるような振動と轟音がゴゴゴと空間を揺さぶる。

 

「……そうか! 車を回収したので、飛び立とうとしているのか!!」

 

クレージーゴンの行動を看破し、もはや一刻の猶予もないと理解したキリヤマは、素早く指示を下す。

体内にMS爆薬を仕掛ける時間はない。攻撃で直接破壊する!

 

「ウルトラミサイル用意!!」

 

ポインターの後部がせり上がり、大型のミサイルランチャーが姿を現す。

 

「ソガ、奴の上咽頭を見ろ! あのエレベーターが鼻腔に繋がっているんだ! 頭蓋に直接叩き込むぞ!」

「ジョイント部分のエレベーターだな! よっしゃ任せろ!」

 

アマギ達の目の前で、空母のエレベーターのような部品が、ガコンガコンと半開きのまま中途半端に上下を繰り返していた。

おおかた、取り込んだ車を上部の格納スペースへ輸送するためのものだったのが、吹き込んだ爆風で壊れてしまったのだろう。

まるで機械式駐車場だ。

 

「いくぞ……3、2、1、撃て!!」

 

地底魚雷とウルトラミサイルが、クレージーゴンの喉元に打ち込まれ、そのまま格納スペースの天井を突き破り、頭蓋骨の中へと侵入した。

強固なペダニウム製の外殻を破壊する事は出来なかったが故に、外へ飛び出る事無く、クレージーゴンの脳内でピンボールのように反射して、軽金属で出来た内部構造をズタズタに引き裂いく。

そして……爆発。

 

ロボットの内部で小さな花火が次々に連鎖していく。

やがて主動力に誘爆して、大爆発するだろう。

 

「全員退避!」

 

電磁バリアを展開したポインターが、バックで飛び出すが……

 

「……ちょっと! 早くしてくださいよ! 流石にマグマの装甲でも、クレージーゴン自体の爆発となると、保障できませんぜ、先輩! 何のために砲手とドライバー分けたんですか!」

「そんなの分かってる! でも、さっきから逆進をかけてるんだが……全然進まねぇんだ!」

「どうした、マグマライザー! 早く退避せんか!」

「それが……バックできません!」

「あッ!? いけない、シャッターが完全に食い込んでいる!」

「なにっ!?」

 

いかにマグマライザーの強固な外装と言えど、クレージーゴンのシャッターと根競べをして無傷でいられる筈がない。

むしろ、中程で真っ二つに切断されずに耐えているのがおかしいのだ。歪んだ金属同士がめりこんで、完全にロックされてしまっていた。

前にも後ろにも、動く事ができず、キャタピラが朦々と砂煙を撒き散らす。

このままでは、脱出できずに爆発へ巻き込まれてしまう!

 

……そんな事、許せる筈がない!

 

ぼくはまだ……彼に謝らなければならないんだ!!

 

『ジュワッ!!』

 

化け蟹に突き刺さったままの地底戦車へ飛びついたセブンは、両手でがっしりと機体を掴むと、ロボットの顔を思い切り踏みつけた。

 

そうして今度は親指に力を込めてグググと押し込めば、ベキリとあっけなく、マグマライザーの中間部分における外殻がへこんでしまうではないか。

 

シャッターとの干渉部分を力業で排除したセブンは、そのまま力一杯、鉄のモグラを引き抜いた。

メリメリッと、装甲の剥がれるけたたましい音と共に、マグマライザーが摘出される。

 

取り出した機体をかき抱いたセブンは、くるりとロボットに背を向けると、機体を庇うように蹲った。

 

次の瞬間、大爆発するクレージーゴン!!

 

『デュアーッ!』

 

吹き飛ばされて、瓦礫に埋まる赤い巨人。

 

「マグマライザー! マグマライザー、応答せよ! フルハシ、ソガ! 生きているなら返事をしろっ!!」

「フルハシ隊員! ソガ隊員!」

 

ノイズ混じりの通信機からは、なんとも気の抜ける声が返ってきた。

 

「……はーい、こちらソガ。なんとか二人とも生きてまーす……お陰様で……」

「……心配かけさせるんじゃないっ! セブンが居なければ、今頃……木っ端微塵だぞ!」

「反省してまーす……あー、すみません、通信おわり」

「待たんか……!」

 

逆さになったマグマライザーの操縦席で、疲れた顔のソガが、ため息を漏らす。

 

「やっぱりバカじゃないんですか、フルハシ隊員。こんなのは、金輪際まっぴらごめんですからね」

「ハッハッハッハ!! いいじゃねえか、怪獣は倒せた!! これで俺達の仕事もようやく一段落ついたって訳だ。……まあでも、俺もそうそうこんな目に遭いたくはねえかなぁ」

「……フルハシさん、大義の為に戦ってるんじゃねえって、さっき言いましたよね?」

「おう、そうだぜ……?」

「でもやっぱ間違ってますよ、ソレ。あんたらみたいな馬鹿野郎をね、なんて呼ぶか知ってますか? ……そういう大馬鹿者を全部ひっくるめて……正義の味方って、いうんですよ」

 

きょとんとしたフルハシだったが、やがて腹を抱えて笑い出した。

 

「……っへっへっへ、そうか、正義の味方か」

「ええ、紛うことなくね。だから友達少ないんですよ。そんな馬鹿に付き合ってくれるのは、愛と勇気くらいしかいませんから」

「……なあソガよ。やっぱり俺にはさ、お前が何考えてるかさっぱり分からねえし、お前が何を思って戦ってるかなんて、ちっとも興味がねえ。……でもな、お前は俺の同僚で、戦友で、後輩だ。だから……お前がなんか出来ねえ事があったり、やりたくねえ事があったら、そん時は迷わず言ってくれ。頼むよ。お前一人で抱え込む必要なんかねえんだ。そのために隊長がいて、アンヌがいて、アマギがいて……ダンがいるんじゃねえか。仲間がいるから……戦えるし、どこまでだって馬鹿になれんだ……」

「フルハシ先輩……」

 

徐々にマグマライザーが持ち上がって、天地が正常に戻る。

セブンが優しく地上に置いてくれたのだろう。

 

「じゃあ……さっそくお願いがあるんですけど……」

「おう、なんだい?」

「あまりにも右肩が痛いんで、今日はベッドに直行させてもらっていいすか?」

「それはダメだ」

「なんでぇ!?」

 

おい、言ってる事がちがうじゃねえか。

 

「……なんの為にお前を誘ったと思ってるんだ? ……隊長の説教を一人で食らいたくねえからだよ!」

「あんたねぇ……! ふ、ふへっ……ヒヒヒ……いぃひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ!! あいててて……あんま笑かさんといてもらえますか? 傷開いちゃうんで……いっひっひ!!」

「おめえが勝手に笑ってんだろうが? ……というかなんだよ、その気色の悪い引き笑いは。ついにイカレちまったのか?」

「俺は()()()()引き笑いですよ!」

「嘘つけ、見た事ねえや」

 

だろうな。

オレだって、引き笑いするソガ隊員なんてみたくねえや。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

病院の中庭をゆったりと歩くウルトラ警備隊。

そこには包帯を巻き、松葉杖をつくダンと、それを取り囲む仲間達。

 

「我々は勝ったんだ……バルタン星人とクレージーゴン……そして、人間の愛と信頼との戦いにも……!」

 

満足げな顔で頷くキリヤマ隊長。

 

その少し前を、車椅子を押しながら歩くソガの姿があった。

座っているのは、回復したオサム少年。

 

「オサム君……その……悪かったよ……」

「……えっ? なんで?」

「ああいや……なんというか……ダンをすぐに君のところへやれなくてね……」

「ううん、ぼくこそわがまま言ってごめんなさい。ぼく、どうしても意気地がなくて……勇気がでなかったんだ。でも、ダンさんはちゃんと来てくれたよ。ダンさんとユグレ先生は、僕のヒーローさ! ……もちろん、ソガさんもね!」

「……俺も?」

「そうだよ。じゃなかったら、病院なんか今頃ぺちゃんこになってたんだろ? 姉さんが教えてくれたんだ。ウルトラ警備隊、かっこいいなぁ……ぼくね、大人になったらウルトラ警備隊になりたいんだ」

「そうか……ウルトラ警備隊か……」

 

オサムの言葉に、なんとも言えない顔をするソガ。

手術が成功したとはいえ、心臓に疾患を抱えていた少年が厳しい体力テストを合格できる筈がないからだ。

どう言ったものかと逡巡するソガを見て、オサムが零したのは、不満では無く笑みであった。

 

「ふふふ……やっぱりソガさんは、なれるよって、言わないんだね」

「えっ?」

「ぼく、知ってるよ。僕の体じゃあ警備隊になれっこないさ。姉さんに言われたからね、知ってるんだ」

「そ、そう……」

「……優しいんだね、ソガ隊員。ダンさんが言ってた通りの人だ」

「はぁ!? 俺がかい? 何かの間違いだろう」

 

ゆるゆると首を振るオサム。

 

「大人ってね、たいていみんな、なれるよって言うんだ。でも、そんなの嘘さ。姉さんやアンヌさんは、すごく残念そうな顔で、なれないよって言うからね。どっちが本当かくらいすぐ分かるよ」

「そうか……」

「でもね、ダンさんがなれるよって言う時は、本当はなれるんじゃないかって思う。そりゃあ、ぼくの無茶なお願いを、本当に叶えてしまう人だもん。たぶん、ダンさんがぼくと同じ体でも、ウルトラ警備隊になっちゃうんだろうなぁ……」

「ああ、それはなんとなく分かる気がする」

 

本心からそう信じてるから……ダンが言う分には嘘ではないんだな。

 

「でも……僕はダンさんじゃないからね。やっぱり無理だ」

「……」

「だから……ぼく、お医者になる事にした。ユグレ先生みたいな立派な先生になってやるんだ」

「おお! それは素晴らしいな! それならなれるよ、きっと!」

「ありがとう! ソガさんが言うなら間違いないね!」

「え? どういう事……?」

 

心底安心したと言った様子のオサム。

なぜそこまで信頼度が高いのか? 会うのは今日が初めてのはずなのに。

 

「ソガさんは、嘘が付けない人だね。できるよって言ってしまえば楽なのに、そうしない。でも、できないよって言いたくないから言わないんだ。そうでしょ?」

「……ただ、頑固な割に優柔不断なだけさ……」

「でも、逃げたいのに逃げなかったんでしょ?」

「え、フルハシ隊員からなんか聞いたの?」

「うん、すごく褒めてたよ。あいつは俺なんかより、よっぽど勇気のある奴だって。だからソガさんも……やっぱりぼくのヒーローだよ!」

「参ったなぁ……」

 

少年からの真っ直ぐな尊敬の眼差しがあまりにも眩しくて、つい顔を逸らすソガ。

そんな彼の脳裏に、いつか聞いたフレーズがふと思い出された。

 

「戦いから逃げるヒーローを、子供達はヒーローとは呼ばない、か……」

「なに? それ?」

「……おじさんが好きなヒーローが言ってた言葉……だったような気がする」

「へぇ~……よっぽど強くてカッコいいヒーローだったんだろうね!」

「うん……まぁねぇ……」

 

微妙な顔のソガを、なおも質問ぜめにするオサム。

まさしく、大好きなヒーローに会えた少年の、年相応なはしゃぎ方だった。

 

「人間の科学は人間を幸せにするためにあるんだってのも、ソガさんが言ったんだろ?」

「え? 違う違う。そりゃダンが言ったんだよ」

「え~? ダンさんはソガさんから聞いたって言ってたけどなぁ……」

「……あっ! なるほどなぁ……くっくっく」

 

ソガは、自分がうっかりダンの台詞を、それが彼の口から出る前に奪ってしまったのだという事にようやく気付いた。

それが妙におかしくて、ついつい笑ってしまう。

いつ言ったかも分からない言葉に、ダンはえらく感銘を受けたらしいが、そりゃそうだ。なにせ元々は彼自身の感性から生まれた言葉なのだから。心に沁み込むのもさぞや早かったことだろう。

 

「……それは間違いなくダンの言葉さ。奴が自分で言ったのを、すっかり忘れちまってるだけだよ」

「そうなの? でも……そんな事あるかなぁ?」

「俺がちょっと似たような事を言ったから、混同しちまったんだろうよ」

「似たような事?」

「ああ……心を忘れた科学には、幸せ求める夢が無い……ってね。これも別なヒーローが言ってた言葉だよ」

「へぇ~ソガ隊員って、いろんなヒーロー知ってるんだね」

「そうだね」

 

思えば彼の心には、本当に沢山のヒーローがいる。

例えそれらが、全て嘘で塗り固めた作り物の物語であろうとも……そういった経験から受けた影響が、今の自分を形作っているというならば……あながちダンやフルハシの言っていた事も、理解できるような気がした。

 

子供には、いや、人間には……ヒーローが必要なのだ。

 

「やっぱり、人間の一番の強みは……心を持っている事なのかもな」

「こころ?」

「そうさ、いくらクレージーゴンみたいなロボットが作れたって……それで誰かの幸せを奪ってしまったら、意味が無い。やっぱり、心を忘れた科学から生まれた化け物は、破壊しかできないけど……人間に誰かを愛する心がある限り……それを正しく使う事ができるのかもしれない」

「それは、どんなヒーローの言葉なの?」

「臆病者で、大馬鹿野郎なヒーローの言葉さ……」

 

後ろからひょっこり顔を出したアンヌの問いに、答えるソガ。

 

良いも悪いも、リモコンを握る者の心次第なのだ。

人間がなんのためにそれを使うのかによって、科学は神にも悪魔にも成り得る。

 

「じゃあ、人間が愛する心を忘れてしまったら……?」

「そりゃあ……恐れ知らずの鋼鉄の悪魔が暴れ出してしまうかもな」

「そんなの、嫌よ。ねえ、オサム君」

「大丈夫だよ。その時はダンさんやソガさんが倒してくれるんでしょ?」

「まぁな。とはいえ……」

「あっ!」「キャア!!」

 

背後で上がった悲鳴に思わず振り向くと、オサムの姉のユキコが、ダンに抱き着くようにして彼の体を支えていた。

松葉杖がひっくり返っているので、石ころにでも躓いたか。

 

その様子を見て、良かった……と胸を撫で下ろすアンヌ。

ダンが転ばなくって良かっただって……?

 

「おいおいアンヌ、愛する心はなにも、天使ばかり生むわけじゃないぜ。こわーい悪魔を生む事だってあるのさ」

「え?」

「例えば……嫉妬の悪魔とかな……けけけ」

「まぁ!」

 

そう言いつつ鼻っ柱をかいて揶揄うと、頬を膨らましたアンヌが、手に持った綿毛をソガの顔面にフーっと吹きつけて、イーッと顔をしかめた。

 

ついでとばかりに、ダンの方へ目掛けて同じことを繰り返し、パタパタと走っていく乙女。

 

……平和だ。

この日常こそが、オレの守るべきものなのだ。

 

「……オサム君」

「なぁに?」

「……よく頑張ったな」

「うん!」

 

穏やかな表情の男が、少年の頭を撫でるのを、物言わぬ金色の廃材が、夕日に照らされながらじっと見つめていた……

 




というわけで第38話「勇気ある戦い」いかがでしたでしょうか。

作者は、もしもセブンを知らない人に、たった一話だけ見せて(つまり前後編を除いて)おすすめするなら、どの話を選ぶか?

となった時に、今話とガンダー回を悩みに悩んだ末に、セブンのピンチと警備隊の活躍に加え、カプセル怪獣の活躍というセブン的要素がぎっしり凝縮しているガンダー回こそが、初見に相応しいなと判断した上で。

「うるせぇ! いいからクレージーゴンの勇姿を見ろ!」

と今回の話を叩きつけるくらいには、思い入れのある今回の38話です。


何が良いかって……テンポもよけりゃあ、構成がうますぎるんですわ。
サブタイ通りに、様々な勇気ある戦いが繰り広げられます。

少年の信頼に応えようとするダン。
傷つきながら、全力でクレージーゴンと戦うセブン。
装備の無い中、最後には生身で強敵に立ち向かう警備隊。

なにより怪獣の迫る中、人体の神秘に挑み、しっかりと仕事を完遂するユグレ博士。(アナタ、公式にはユグレン博士だったんですね……お恥ずかしながら、読者の方に指摘されるまで、ずっとユグレ博士だと思ってました。十数年ぶりに明かされる衝撃の新事実だったわ!)
彼は間違いなく名医です。本当に素晴らしい。

そして……オサム君。
彼もまた、勇気ある戦いに挑む戦士の一人でありました。
小さいころは、なんだこのクソガキは! なんでこんな奴の為にダンが怪我せにゃならん! と嫌いでしたが。
大きくなれば、そりゃあ怖いわなと……生還しただけでも勲章ものだ。よく頑張ったよオサム君。


この二人の存在が、今話のメッセージに凄まじいまでの深みをもたせてくれます。

戦いとは、なにも武器をもって戦う事だけを言うのではない。

各々が、それぞれの持ち場を離れず、職務を全うするだけで、それはもはや戦いなのだと。
今回はクレージーゴンという、目に見える分かりやすい脅威が迫る中での手術でしたが、脅威と言うのは、怪獣ばかりではありません。
自然災害だって、病気だって脅威です。

兵士も警察も、消防士や医師だって、何かの脅威から、誰かを守る仕事であり、勇気ある戦いの戦士なのです。

そうして、脅威と言うのはどんどんとその規模を縮小していったとき……我々の身近にだって沢山あります。
事故もそう、失敗もそう、試験や仕事、喧嘩もいじめも居眠りもおねしょも好き嫌いも遅刻も全部、脅威です。

そうして脅威に立ち向かうのは、相手が強大であればあるほど、勇気を必要とするでしょう。

つまるところ、勇気ある戦いとは、生きる事そのものなのであって、我々は生きている限りみんな、勇気ある戦いに挑み続ける戦士の一人なのです。

だから作者は、この話が大好きなのです。

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