転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる!   作:Mr.You78

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ビター・ゾーン(Ⅱ)

アンヌの私室で俺達は談笑する。

 

「アンヌさん、ダンさん。そしてソガさん。ワタシは地球人はもっと恐いものだと思っていタ。こうして、命をとり止めることができたのは、アンタ方のあたたかい思いやりのおかげダ。アリガトウ……」

「君はどこから来たんだ、教えてくれ」

「何も言えナイ。宇宙のある町から来タ、とだけいっておくヨ」

「宇宙人なんだね」

「ハハハ、へりくだるなヨ。地球人だって立派な宇宙人じゃないか。わが宇宙には、一千億の太陽をかかえた銀河系のような島宇宙が、1762億4321万866もあるんダゼ?」

「へぇぇ……計算したのか?」

「ああ、みんな同じ宇宙に住む仲間同士さ、ハハハ……そのことがアンタ方と付き合ってよくわかったヨ。ホントにいい人なんだなアンタ方は……」

「そんなに褒められちゃあ、地球星人としても悪い気はしないね」

 

一つの部屋の中で、4人の宇宙人が打ち解け、笑いあう。

 

「……しかし、皮肉な話ダ」

「何が?」

「こんな大きな宇宙の中に、地球とワタシたちの町が、一緒に生きることの出来る場所がないなんて、なんという悲しいことだダロウ……」

「君、何のことだ?」

 

ダンは彼の不穏な言動を訝しみ、カップを置いて聞き返す。

だが、影はそれを誤魔化して、不自然に話を逸らす。

 

「いや何でもナイ。さっき、眠ってしまって、夢を見たんダ……。ああ、ノドが乾いた……」

「今あげるわ」

「しかし本当に水をよく飲むな、お前さんは」

 

そう言いながら、俺達三人は視線を逸らす。彼が来てから何度も繰り返された行為であるから、慣れたものだ。この宇宙人は水を飲むところを見られるんが恥ずかしいらしい。シャイなやつだ。

あの後、救急セットや薬品なんかも提供しようと言ったんだが、それらは全て断った彼が、その代わりに水だけは沢山くれと受け取るのだから、とりあえず近場の飲料水をかき集めてきた。

 

「ああ、我々の体は、内部の水分含有量がとても多くてネ……傷を癒すにも、この空間を生み出すのにも大量に使うんダ……でも、キミが最初にくれた水で、地球の水分も問題無く使えるという事が分かった。沢山使えるおかげで、思っていたより傷の治りが大分早いんダ。重ねて礼を言うヨ、ソガ隊員」

「いやなに、事故で漂着した怪我人には、水を渡すのが鉄則さ。なにせ、生命の源だからな」

「生命の源か……確かに、この宇宙に生きる無数の生命体モ、過半数ガ水分を必要とスル……宇宙の約半分くらいは、皆ただの水の集合体なんダナ……」

「そうよ、例えみんな顔が違ったって、水でできてるのはみんな一緒なのよ」

 

ダンとアンヌがしきりに頷いている。

俺としては半分くらいは水が要らないって聞かされて、そっちの方が衝撃なんだけど。

 

「そうだお前さん、名前は?」

「名前……?」

「いつまでも【お前】じゃあ座りが悪い、俺達ばかり名前で呼ばれてさ」

「しかし……我々の都市ではお互いの生活が見事に管理されているから、そのようなものを使わナイ。生活局から割り振られた番号さえあれば、全て事足りるんだヨ」

「じゃあ、その番号は何番なの?」

「そうだね、君たちの言語に照らし合わせると……Ⅾ区画の9ライン……Ⅾ9といったところか」

「でぃーきゅー? それじゃあ……ダークだ。真っ黒のダーク。どうだい、かっこいいだろ」

「いいわね、分かりやすくて。どうかしら、ダーク?」

「それがこの星でのワタシの認識番号ということカ? 地球人は面白い事を考えるなぁ……じゃあ、そう呼んでくれてかまわナイ」

「良かったなあ……ダーク!」

 

我ながら安直ではあるが、当人に文句がないならそれでいい。

いつまでも呼称がないと不便なのだ。これが地球人の感性なんだから仕方ない。

 

「しかし、聞いていれば、随分と先進的な生活なんだなあ。名前が要らないなんて」

「君は、ある都市から来たと言ったね……それはどこなんだ?」

「ねえ、あなたの町の話をして! 工場はあるの? 学校は、新聞社は? 映画や音楽やテレビは? ねえダーク……」

「俺達はさ、セブン以外に宇宙人の友達ってのが今まで居なかったんだ。もっと君らの事を知って、仲良くなりたいんだよ」

「……ワタシの町は、君たちの町とはだいぶ違うんダ。もちろん工場はあるさ……想像もできない巨大な工場がネ。そこでなんでもつくるんダ……驚いちゃいけない、さっき言った水もそこで全員分を作る。もちろん空気もダ!」

「空気も!?」

「そう全て! 工場が止まれば数時間内に、全市民は窒息死ダ。われわれの都市は自然の力をひとつもうけていないんダ。……科学が進むということは不便なものダ。君たちも気をつけるがイイ。石斧で獣を追いかけまわした大昔の生活に、あこがれる日がくる……その花」

「え? 花?」

 

最初は躊躇っていたが、俺達の質問攻めに対して、得意げに話すダークを尻目に、ダンは何かを考えこみながら、うわの空で部屋を歩き回る。

そして、いきなり話しかけられて、慌てて意識をこちらに引き戻す。

ダンの目の前の置いてあった花瓶のことを言っているんだろう。

 

「その花は、工場でこしらえたんダロウ?」

「そうよ造花よ」

「君たちの科学もどうやら、私たちの都市にだいぶ近づいてきたようダナア……ハハハ!」

「「「ハハハ!!」」」

「……永遠に枯れない花カ……私たちの最近のテーマはね、永遠の命ダ! 君たちの医療は、どんなだい? さっきソガが無理やり渡してくれた箱は、応急処置用ダロウ?」

「なあに、まだまだそれなりだよ。ま、あと50年もすれば、そうなるかもな」

「ハハハ、随分と自信家じゃないかソガ! ……そうダナ、あと50年……」

 

その時、俺達のビデオシーバーが着信を知らせる。

画面のアマギは、かなり深刻そうな顔をしているではないか。

そうか、ついにか……この優しく美しい時間が、このまま永遠に続けば良かったのに……あの造花のように。

 

「三人とも! どこにいるんだ、すぐに来い!」

「どうしたんです?」

「大変なことになったぞ!」

 

指令室では、謎の電波を受信して、再生していたところだ。

 

《……こちらはペガッサ市……地球に軌道変更をお願いします。ペガッサ市は、動力系統に重大な故障をきたしました。……宇宙空間都市ペガッサ市の市長室から送信しています。ペガッサ市は今から80時間の間、地球の軌道変更を要請します》

「何だって?軌道変更!?」

「チクショー、ふざけやがってぇ!」

《ペガッサ市の動力系統に重大な故障が起きました。ペガッサ市は、太陽及びその惑星の引力の影響を受け、現在ジグサグに動いていますが、やがて地球の軌道に入ります。したがって、動力系統の修理が終わるまで、地球の軌道変更を要請します……繰り返します……》

 

そう80時間、たったの80時間だ。

今こそビラ星人の時間停止能力が欲しい。

……どうして、あの素晴らしい力を侵略者なんかが持ってて、ペガッサには時間停止技術がないんだ。侵略なんてアホな事に使う暇があったら、今こそペガッサシティの時間を、修理が終わるまで消し飛ばして欲しい。

時間よ、止まれ。

 

ダンはハッとして司令部を飛び出していく。

俺にも行先は分かってる。あの部屋だ。4人の宇宙人が談笑した、ミルクのように甘い空間へ戻っていくのだ。

走り出す俺達の後ろでは、どこかで聞いた覚えのある、とても落ち着いた、確かな知性のきらめきを感じさせるおだやかな声が、声音とは裏腹に無情な事実を繰り返し地球へ突きつけていた。

 

「本当のことを言ってくれダーク。君はペガッサから来たんだろ!」

「違ウ!」

「その声、受信したペガッサの奴の声に、そっくりだ!」

「発声器を使っているのダロウ、そのペガッサ市民も。似たような発声器を使っているんダロウ」

「それじゃ、教えてくれ。君はペガッサ市のことは知らないか?」

「知ってイル。名前だけは……ペガッサ星が消滅する前に、脱出したペガッサ星人が、宇宙空間に素晴らしい大都市を建設しタ。それが、宇宙都市ペガッサ市ダ。地球から見ればけしつぶのような大きさだが、都市をつくっている物質の密度は地球の約8万倍ダ……」

「大変だアンヌ!ペガッサ市は見かけより8万倍の大きさだ。それが地球とぶつかるんだ!」

「えっ……」

 

事の重大さに立ち上がったアンヌの足が机をひっくり返し、のみさしのティーカップがガシャンと音を立てて、床に叩きつけられる。

 

「地球は木っ端微塵に砕けるぞ!」

「何を慌てているんダ……? 彼らの言うとおり、しばらく地球の軌道を変えてやればいい……ただ、それだけのことじゃないか……?」

「バカを言え! 地球の軌道をどうして変えるんだ!」

「ナンダッテ!? オイ!? 地球は自分で動けないノカッ!? ……勝手に動いている物の上に人間は乗っかてるだけナノカ!? ……それだったら、野蛮な宇宙のほとんどの星と同じじゃナイカ!」

 

先程までの余裕はどこへやら、声に焦燥を滲ませて叫ぶと、急に黙りこくってしまうダーク。

こちらから呼びかけても返事が返ってこない。

こうなっては埒が明かないと、ビデオシーバーを構えるダンを制止する。

 

「やめろ、誰にも言わないって、約束したじゃないか」

「ソガ隊員! そんな事を言っている場合ではありません! このままでは地球が!」

「それでみんなを呼んでどうする……? 銃で脅すのか?」

「それは……」

「ダークの正体がなんであれ、重症人に変わりはない。それより、お前はさっきの事を隊長に知らせてこい」

「ですが……証拠を用意しろと言ってくれたのは、ソガ隊員ではありませんか!?」

「……ねえ、密度が8万倍といえば、ほとんどブラックホールみたいなものよ。そんな物質が宇宙に本当に浮かんでいたら、光が歪んで、その周囲が見えないはずだわ」

「そうか、星図に乱れがあれば、地球からでも光学望遠鏡や、重力波でも観測できるぞ! ……行ってきます!」

 

ダンが部屋を後にするのを見送ると

そっと、アンヌにお願いをする。

 

「なあ、アンヌ。頼みがあるんだが……メディカルセンターからダークの水を取ってきてやってくれないか……?」

「……この部屋は、私の部屋よ? 家主を追い払って何をするつもり?」

「まったく、敵わないな君は……別に変な事をしようって訳じゃないよ! ダークと二人っきりで話したいんだ。……男同士でさ」

「……男の人って、いつもそう。……勝手にしたら!」

 

ぷりぷり怒ったアンヌが、それでも部屋を出ていってくれた。

こりゃあ、また好感度がマイナスだ。

参ったね。




ぶっちゃけ、密度が8万倍でもせいぜい木星か太陽程度なので、ブラックホールどころか、白色矮星どまりだとは思うんですが……
こっちの方がダークゾーンっぽいなということで、ひとつ。

八話において〇〇〇の〇〇〇〇は?


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