転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる!   作:Mr.You78

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皆様、感想やメッセージ、評価コメントでの暖かい応援ありがとうございます!
表現に拘ったところや、力入れて描写した場面なんかを拾っていただけると、涙ちょちょ切れるくらい嬉しいです。

返信できていないのが心苦しいですが、ここすきも含めた反応の数々が大変に励みになっております。

こうして頂いた応援には作品で返さねば、というのが信条ですので、更新頑張っていきます。

頑張っていきます、が……今回は閑話(笑)

まあ、長編のあとは箸休めと、昔から相場が決まっているものです。




水上での挑戦

 

「ねぇ見て、水鳥よ。鴨かしら?」

「え、どこ?」

「ソガくんのう、し、ろ」

「……いや見れねぇ! え? もしかしてわざと言ってる?」

「もちろん。うふふ」

 

小さなボートの上で、俺の対面に腰掛けたサエコさんが、悪戯っぽく微笑む。

俺は今、両手でオールを回して、絶賛船漕ぎ中なので、そんな事言われても後ろは向けん!

彼女は俺を揶揄っているのだ。

 

「ちくしょー……今に見てろよ、カモなんかすぐに追い越してやる!」

「大丈夫、すぐに見えるようになるわ……ほらね」

 

俺が一生懸命にオールを漕ぐと、そのうち視界の中に岸辺を歩くカモの番いが現れた。

とはいえそれは、ボートが進んだからではなく……その場で舟がくるんと一回転して、前後が逆になったから。

さっきまでサエコさんが見ていた景色が、今度は俺の方から見えるようになっただけだ。

 

「な、ん、で、だ、よっ!?」

「進まないわね~?」

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙~(怒)!!」

「やった事も無いのに、見栄はって手漕ぎボートなんて選ぶからよ。せめて四人乗りにして、モロボシさんと一緒に漕げば良かったのに」

「できらぁっ!」

「威勢だけは良いんだから……ほら見て、あっちのボート。スイスイ進んでて、アンヌさんが羨ましいわ~?」

「うぐぐ……」

 

湖の中心を、我が物顔で進んでいくもう一艘に向けて、日傘を差したサエコさんが笑顔で手を振ると、アンヌが大きく手を振り返してくる。

実に楽しそうだ。

 

クソっ! これだから何でも出来る優等生はッ!

俺はともかく、何で宇宙人のお前が、舟漕ぎスキル持ってるんだ!

普通は逆だろ!

 

おっと落ち着け、ステイステイ……

これで良いのだ。アンヌとダンを二人っきりにして良い雰囲気にする為に、四人乗りを止めて二艘に分かれたんだからな!

まあ、付き合わせたサエコさんには悪い事したと思うが……

 

俺達は今、深山湖に来ている。

湖といっても、ダム湖だが。

 

ガッツ星人を倒した後、立て続けに淡水湖での戦闘が続いたから、現在ウルトラ警備隊は絶賛『湖の警戒強化月間中』なのだ。

 

大カッパの次は巨大ヤモリときて、とどめはカンガルー怪獣ときたもんだ!

ヤモリは分かる。カッパも百歩譲って納得しよう。

カンガルーってなんだ!? なんで日本に有袋類がいるんだよ!? それでなんでカンガルーがダムに現れるんだよ!

いい加減にしろ!

 

まあ全部、宇宙人が連れてきた用心棒怪獣だったんだけどさ。

 

とっちめたピニヤが言うには、自分達の星系にある太陽が死にかけてるもんで、母星を脱出して地球に移住するつもりだったとか。どうやらテペト星人もバンデル星人も同じ口らしい。

 

同じ星系内にある星だったから、たまたま環境が似てる日本の湖に大集合する事になったのかぁ……んなアホな。

 

そんでもって、原生怪獣ヤモが現れた、この深山湖に関しては、他の個体がいないかどうかの後追い調査をするハメになったわけ。

 

え、任務になんでサエコさんがいるんだって?

それはね……調査はあくまでも建前で、本当は隊員達の休暇も兼ねてるから!

 

俺はね、気付いたんだよ。

最近、癒やしが足りなかったな、って。

色々と立て込んでたせいで、あまりにもカッカしてた。

ダンやフルハシにキレ散らかすだけならまだしも、いくらなんでもガッツ星人相手にまでぶち切れて、口喧嘩のバーゲンセールを開くのはやり過ぎだ。

 

偶々ガッツ星人が紳士的だったから良かったものの、普通だったら死んでるぜ今頃。

冷静になったオレは、大いに反省したのだ。

 

だから、保養を兼ねた湖の調査任務と言うわけさ。

病床のピニヤは、ヤモを一匹しか造ってないって証言してるし、調査は本当に念のため。

 

なんか提案はアンヌからだったらしいが、承認が下りた以上は、最近忙しかったからお前ら自然の中でちょっくらリフレッシュしてこいという、キリヤマ隊長からの暗黙のお達しである。

 

だったらサエコさんとデートするしかないよね?

 

癒されるぅ~……となるはずだったのに、妙なところでストレスを抱えるハメになるとは……とほほ。

なんでこんな進まねえんだ、このボートは!

しまいにゃ保養先でキレるぞ! 元も子も無いぞ! いいのか? オレは口だけでガッツ星人を泣かせた男だぞ?

 

……嘘です調子乗りましたごめんなさい。土下座でもなんでもしますから、旋回するのはやめて前に進んでくださいお願いします。

 

そうしてオレがボートに頼み込んでいると、後ろの方からこちらを呼ぶ声がする。

 

「おおーい。ソガさーん! そんなところでなにやってるんですかぁー?」

「……ああ、タケムラさん。カワナカさんも。おはようございます」

 

バチャバチャと水音を立てながら、スワンボートが近寄ってきた。

乗っているのは二人の中年男。

日本カッパ倶楽部のリーダーであるカワナカと、メンバーのタケムラである。

 

「いやぁ、私は野暮だからやめろって止めたんですがね、この人が……」

「だって、さっきからこんな岸辺の近くで、ずっとグルグル回ってんだもんさぁ」

 

ベレー帽の下で、細目をさらに八の字にしつつ恐縮するカワナカ。

丸眼鏡をかけたタケムラが、前歯の抜けた口でふにゃりと笑う。

 

「あー……それはですねー……」

「もう、聞いてくださいなお二人とも。ソガくんったら、ぜんぜん漕げないの。さっきから気合いの空回り!」

「はぇえ! ソガさんにも出来ない事があるんですねぇ~! 宇宙人相手にはあーんなに頼りになるのに! まるで河童の川流れだぁ」

「馬鹿だな、この場合は『陸に上がった河童』だよ。あいや、陸と湖が逆だけどさ」

「水に浸かったソガくん? ソガッパ?」

「「ハハハハハハ!!」」

「いやぁ~サエコさん、でしたっけ? あんたセンスあるよ」

「しかし、ソガさんにこんな別嬪さんがねぇ……勿体ないくらいだ」

「おい、そりゃ聞き捨てならんね。ちーとばかし、俺に対する有難みってもんが、薄いんとちゃうかい?」

「ハハハ……こりゃまた失言を」

 

俺はテペト星人の話なんか、内容をもうすっかり忘れちまってたんだが、少なくとも彼らが襲われるくだりだけは辛うじて覚えていたので、タケムラさんが殺される前に、なんとか華麗に助ける事ができた。

 

その縁でこうして仲良くさせてもらってるんだが……あの時は四人とも物凄い勢いで感謝してくれたのに、まさか忘れてらっしゃる?

 

「いいのいいの。舟の上じゃあ、カモにも追いつけないんだから。ねーソガくん?」

「カモ……? カモとおっしゃいますと?」

「ああ、あすこにいるでしょう? 番いが……」

 

サエコさんが指さす方向を怪訝そうにじっと見つめるおっさん二人。

やがてタケムラが歯抜けの口を大きく開いて切り出した。

 

「ああ、ありゃ(かも)じゃない。(ばん)ですよ」

「……バン?」

「カモではありませんの?」

「ははぁ、流石はシティーボーイにシティーガール。カモといやぁ冬の季語じゃないですか。日本で夏に見かけるカモなんて、オシドリかカルガモくらいでしょう。それ以外はみーんな、外国に飛んでいっちまいますからねぇ……おかしいと思ったぁ」

「あ、そっか。あいつら渡り鳥でしたっけ」

「そうそう! 一口にカモと言っても色々おりましてな。冬には湖面に多種多様なカモがひしめいて、これがまた面白い。なんといっても白鳥や雁だって、結局はカモなんですから」

「ほぉ~……」

「随分と野鳥にお詳しいんですのね……?」

 

彼らの解説に、オレはついつい感心してしまったが、サエコさんの言葉を聞いた二人はと言えば、やおら顔を見合わせて、小恥ずかし気にへどもどし始めた。

 

「あ~これはですな……中々にダムより深い訳がありましてぇ……」

「私らは何を隠そうカッパ倶楽部なわけであります……カッパを探すとなれば、それはもう活動の中心が湖か川になる……というのは容易にお分かりいただけると思います」

「ふんふん」

「しかし、カッパなどという妖怪変化は所詮、夢物語の話で……」

「意義あり! ……と申したいところですが、探しても探しても、簡単には見つからないからこその我らがカッパちゃん。行けども行けども、水面はひょうひょう鳴きもせず、たださざ波が広がるばかり。毎回がっくりと肩を落とす我々は、さながら河童が皿の水をこぼしたよう」

「やる事がなくなった以上、せっかくだからと水鳥を観察し続けていれば、おのずと野鳥の会と化す……というわけですな」

「ハハハ!!」

 

それでいいのかカッパ倶楽部。

 

「とはいえ、あながち得る物がないわけではありませんよ」

「そう。なにせ……バンはうまい」

「えっ!?」

 

サエコさんが絶句した。かわいい。

 

「江戸時代には5大珍味としてタイやアンコウに並び、皇室に献上されていたとも言われます。今日の昼は決まりだ」

「ソガさん、サエコさん。私が腕によりをかけて、うまいつみれ汁を食わせてやりますよ」

 

そう言ってタケムラがウインクする。

なにを隠そう彼は『河童』という名前の小料理屋を営んでいるのだ。

料理の腕には相当に自身があるらしい。

……が、そういう事では無い。

 

「……食べてしまうんですか?」

「へへへ、冗談ですって。お嬢さん」

「ちょ、ちょっと! ……もう!」

「そうだよなぁー……野鳥ってアレなんですよね。勝手に捕ったらダメなんですよね」

「いいえ? 免許なら私がもってますとも」

「あ、ハイ……なんで漫画家が狩猟免許なんか……」

「そりゃあ、ネタのためですよ。とはいえ、夏は狩猟期間じゃありませんし……残念です」

「あ、そういう問題なんだ……」

「そうだ、冬になったら是非ともウチにいらして下さいよ。こっちは冗談抜きで、最高の鴨そばをご馳走させていただきますから」

「おお、それは是非食べたいなぁ……」

「ソガくん、お蕎麦が好きだものね」

 

想像するだけで涎が垂れてきたぜ。

 

そうこうしていると、後ろを振り返ったカワナカ氏が相方の肩をたたく。

 

「なあおい、タウラくん達が追いついてきたぞ」

「あれま、もっとのんびり漕いでりゃいいのに……」

「今ね、競争中なんですよ。信じられますか? 私らの事を、年寄りの冷や水だなんて言いおるんです」

「しかも、フジシマちゃんを載せても勝てるときた! こりゃあ目にもの見せてやらねば! という訳でして」

「は、はぁ……」

「それでは、昼飯時に合流しましょう!」

 

来た時のように、バチャバチャと慌ただしく去って行くスワンボート。

それと入れ替わるように、小ぶりなボートがスイーッと視界に入ってくる。

 

「あらら、逃がしたか」

「もう、ソガさんってば。しっかりあの二人を捕まえておいてよ!」

「え? 俺のせい?」

 

今度は女性キャメラマンのフジシマさんと、SF作家のタウラさんのコンビ。

 

「カワナカさんがね、テントに自分のカメラを忘れて行ったから、彼女の予備を渡してあげたいんだけど、二人とも必死で逃げるから、なかなか追いつけないのさ」

「タウラさんがあんな事言うからじゃないの……ムキになってるわ、あの二人!」

「ハハハ、どうもあの二人を煽るのが趣味でね。見ていて飽きないんだ」

 

爽やかな笑顔で、とんでもない事いいやがる。

顔は男前なのに、随分ひねくれてんな……作家ってこんなのばっかりか?

見ろよ、サエコさんとフジシマさんの呆れ顔をよ。

 

「いやいや、そんな目で見ないでくれよ。だいたい、君だっていつも記事に困った時は、彼らをコラムのネタにしてるじゃないか」

「そ、それはそうだけど……」

「あら、フジシマさんはコラムもお書きになるの?」

「ええ、日本全国河童紀行! 河童の伝承を紐解ときながら、地域の文化史に触れていく事をテーマにしています」

 

サエコさんに興味を持って貰ったのが嬉しかったのか、ハキハキ応えるフジシマさん。

思った以上にしっかりしたテーマ性が返ってきて、びっくりした。

 

「すごいじゃない!」

「へぇ~趣味が高じたというかなんというか……河童倶楽部も伊達じゃないな」

「ありがとう!」

「ウケてるのは、タケムラさんのご当地グルメ解説の部分だけどね」

「違いますー! タウラさんじゃないんだから、私の読者は河童の神秘性を求めているのよ!」

「神秘性ねぇ……」

 

イーッと歯を出して威嚇するフジシマさんを、フッと鼻で笑い、皮肉げな視線を返すタウラ氏。

その口ぶりに首を傾げたのはサエコさんだ。

 

「あら? タウラさんは河童のファンじゃないんですか?」

「ん? ああ、僕らは全員が河童の信奉者じゃありませんよ。というより、信じているのはカワナカさんと彼女だけです。タケムラさんと僕は、真っ向否定派」

「え? 四人のうち二人って……じゃあ半分は信じてないんじゃない! 河童倶楽部なのに!?」

「やっぱ聞いたらそう思うよなぁ……それでいいのか河童倶楽部……」

「ハハハ!!」

 

心底面白そうに腹を抱えるタウラ氏に、肩を竦めるフジシマさん。

 

「河童がいない事を証明するために、在籍してるんですこの人。信じられないったらありゃしない」

「ま、旗色は悪いけどね……悪魔の証明なのは、重々承知さ……」

「そうよ! 例え前回は宇宙人だったとしても、本物がいない事の証拠にはならないわ」

「毎回空振りなのに、いつもこの調子なんだ。居るわけないよ」

「なんなら、あの村の漁師さんの方が一番カッパっぽかったもんね」

「あ、やっぱりソガさんもそう思いましたよね!? タウラさんがあの人を案内して来た時、ついに本物を連れてきたかと思っちゃった!」

「カワナカさんが、次回の漫画で河童人間のモデルにしようなんて言ってたよ」

「そうなの? コラムのイラストに使わせてもら……って違う! 絶対、日本に河童が存在した証拠を見つけてやるんだから!」

「大丈夫よフジシマさん。わたしは応援してるわ。頑張って!」

「ありがとうサエコさん! やっぱりソガさんみたいに素敵な人のフィアンセは、素敵な人なのね!」

 

盛り上がる女性陣を余所に、タウラ氏が意味ありげな視線を送ってくる。

……そうだよ、二人には言ってないよ。

俺がどっち派かなんて。悪いか!

 

「ま、僕らはこの辺りで退散するとしよう。あっちでオジサン達がヘバってる隙に追いつかなきゃ」

「そうね……なんならソガさんにも協力してもらいましょうよ」

「あー……それは……無理だろうね」

 

若手作家の眉が下がり、その瞳にちょっとだけ同情的な光が灯る。

 

「ソガさん、実は向こうで見てたんだけど……腕だけで回そうとしても駄目さ。どうしても利き手側に力が入って、左右で漕ぐ力に差が生まれてしまうんだ。体全体を使うようにするといいですよ」

「マジ!?」

「その分、疲れると思うから頑張ってね。それじゃあまた後で」

「御忠告感謝するよ」

 

アドバイスを残して去って行くボート。

俺とは違い、スイスイ進んでいく。

 

……ってアイツ、さっきから片側だけしか漕いでなくない?

なんでそれで真っ直ぐ進めるんだよ!!

 

その漕ぎ方を教えてくれよ!

かあーっ! 去り際まで気障ったらしいな、もう!

 

「ふふふ……愉快な人達ね」

「愉快……? まあ、愉快だな。確かに彼らは人生楽しそうだ」

「そんな事言って、ソガくんだって随分意気投合してたじゃない。特にさっきの……タウラさん? 彼なんてなかなか気難しそうだったのに。昨日なんか、ホテルのラウンジで遅くまで話し込んじゃって。何を話してたの?」

「そりゃ河童についてだけど……たまたま彼の持論と俺のスタンスが似てたから、つい白熱しちゃってさ」

「ソガくんも否定派だったんだ?」

「ちょっと違うな。河童伝説の一部は、大昔に飛来した宇宙人の事ってだけ」

「へぇ……私にも教えてよ」

 

漕ぐの飽きたし……いっか。

 

「テペト星人は、以前から地球の調査に来ていたんだと思うんだ。それで、しりこ玉を抜かれるってのは……そのままズバリ、キャトルミューティレーションされて、気を失ってる間に臓器ぶっこ抜かれた暗喩じゃないかとか……尻こだまを抜かれて()()()になるってのは、現地生物の記憶を確認する為に脳を弄られたり、記憶消去や精神汚染で廃人になった奴なんじゃないかとか、そういう類の話」

「げーっ! それにしたって、もっとまともなのは無いわけ? 河童と言えば、相撲が好きとか、キュウリが好きとか、あるじゃないの!」

「相撲好きは、捕まりそうになった地球人が抵抗して投げ飛ばしたら、予想外の反撃に命乞いしてるテペト星人を『なんだ相撲がしたかっただけか』と勝手に勘違いしたんじゃないか? あいつら宇宙人のくせに肉体面は貧弱だからなぁ……」

「河童の国は穂高山にあるんじゃなくて、山中に隠してあった円盤で、主人公が母星に連れ去られただけってわけね。言われてみれば、宇宙人らしい社会かも」

「……なんの話?」

「芥川龍之介よ」

 

タケムラさんのような一般人なら容易く殺せるが、相手がウルトラ警備隊だと、ホームグラウンドたる水辺にも関わらず負けるような奴らだ。

戦国時代の武士や、畑仕事で鍛えられた力自慢なら、ワンチャン倒せたとしても不思議ではない。

彼らは侵略目的の兵士ではなく、移住目的の調査員だったんだろうし。

 

「相撲に勝ったら秘薬をくれるっていう逸話も、これをやるから命だけは! と差し出した治療薬だろうな。傷口に馬糞塗りたくってたような時代からすれば、宇宙人の常備薬なんか、まさに秘薬と言うべき効き目だったろうし……少なくともガマの油よりは良いはずだよ。なんなら、現代の軟膏だとか、そのサエコさんの日焼け止めすら、昔の人からすれば天女の薬さ」

「それは納得できるわね……じゃあキュウリは?」

 

めっちゃキュウリ拘るじゃん……

 

「キュウリが好きだったんじゃなくて、キュウリしか口に合わなかった可能性あるよ?」

「ああ~……」

「まあ、テペト星人は魚だのニワトリだのも食ってたから、そこまで偏食じゃないだろうけど……やっぱ水辺から離れた時の水分補給だろうな。もしくは難民だから満腹感の得られるシャキシャキした食感が好きだったのか……あ、でも違うか。なんか、江戸時代の後半まで、キュウリは熟れてから食ってたんだって、日本人。河童倶楽部はキュウリの時代考証もするんだから、流石だよなぁ……」

「宇宙人的にキュウリの栄養素が良かったとか?」

「お、サエコさんも、タウラ説推すカンジ? 彼は、利尿作用と体を冷やす効果が、淡水に潜むテペト星人には有難かったんじゃないかとか言ってたな」

「ふーん……」

 

水面を指先で掻いていたサエコさんは、こちらへ流し目をくれると……

 

「……情緒が無いわね」

 

と呟いた。

 

「べ、別に地球産の河童を否定してるわけじゃないよ? 伝承の何割かは宇宙人、何割かは古代生物、何割かは妖怪で、それぞれ別々にいたけど、たまたま姿が似てたから、話を聞いた人間が全部ごっちゃにしてしまった可能性もある。……ともあれ、全部絶滅してるだろうとは思うけど」

「……あれ? 妖怪も?」

「そうだよ?」

 

不思議そうな顔で目をパチクリさせるサエコさん。

なんか俺、変なこと言ったか?

 

「ソガくんって……前に『俺は神様なんか信じないよ』って言ってなかった?」

「ああうん、信じてないよ?」

 

「妖怪は?」

「いるよ?」

 

「幽霊は?」

「いるよ?」

 

「神様は?」

「いるよ?」

 

「え……?」

 

???

 

「神様は信じてないよって言わなかった?」

「信じてないよ」

「今、いるって言ったじゃないの」

「ああ!!」

 

なるほどな!

 

「いやごめんごめん……神や霊魂、妖怪変化の類が存在する事は認めるけど、信仰する気がこれっぽっちもない、が正しいかな」

「……どういうことよ?」

「そりゃこの宇宙には、超次元的なそれこそ全知全能の存在がいてもおかしくないし、そいつが宇宙を創造したと言われても、まあそうか、と思うよ? でもそれは決して、一般的に言われてるような善なる存在じゃない」

「なぜ?」

「善性があるという事は、感情や自我が存在するって事で、自我や感情があるからには、その判断基準や知覚範囲に偏りがあるって事……そんなのぜんぜん全知全能じゃないじゃん? 全知全能に近づけば近づくほど、それは個人ではなくて『現象』として存在するはず」

「……うん?」

「善なる存在ならば全知全能じゃないし、全知全能ならば善なる存在じゃない。いくら信仰を捧げた所で、その能力に限界があるなら頼ってもしょうがないし、こっちを認識しない奴に信仰なんか捧げても無駄」

「……開いた口が塞がらないわ。それ、ウチの教授の前で絶対に言わないで!」

 

額に手をあてたサエコさんが、すごい剣幕で釘を刺してきた。

そういえば彼女のゼミの教授は、外人さんだったような気もする。

 

「大丈夫大丈夫。他人の趣味をわざわざ否定したりしないよ」

「本当でしょうね?」

「ホントホント。もし本当に神がいるなら、なぜこの世は悲劇に満ち溢れ、全ての人が幸福ではないのですか、なんて言わないよ。人間に試練なんぞ与えて喜んでるような奴は性根が腐ってる。悪魔は否定できないけど、神の不在は一瞬で証明できるからね」

「そ、れ、よ!」

「まあまあ、そんな怒らないで、昔の偉い人は言いました。……神は死んだ!」

「ハァ……ニーチェね」

「えっ……これニーチェが言ったの?」

「そうよ? まさか……知らないで使ったの?」

 

そうですね……知らないで使いました。

すみませんでした。

 

「マジかぁ……前言撤回していい?」

「なんで?」

「ニーチェが嫌いだから」

「えっ? ソガくん読んだ事があるの!? 意外ね……」

 

さっきまで三角だった目が、一気に丸く見開かれる。

今、さらっと馬鹿にしなかった?

 

「昔、友達がさ……お前は絶対に読んだ方が良いって、しきりに勧めるから、詩集を買ったんよ」

「いいじゃない~」

「……クッソつまらんかった」

「それは……いきなり詩集はハードルが高かったかもしれないわね……」

「いやそれがさ、当たり前の事しか書いてないのよ。途中で飽きて投げ出しちゃった……俺が読書で躓いた経験って、多分アレが最初だと思う。そんくらい嫌い」

 

気付けば、サエコさんが口に手を当ててクスクス笑っている。

 

「どしたの?」

「へぇ~当たり前なんだ……」

「俺、変な事言った?」

「それこそ()()()()よ。今の私達の考え方や価値観なんて、そういった人達のおかげで成り立っているんだもの。彼らの生きた時代では、今の私達からしたら、当たり前に思えるような事が、当たり前ではなかったのよ」

「ああ……なるほど。コロンブスの卵か」

「そういうこと。後の時代の者が、先人を嗤うのはズルいと思わない? ソガくんだって、遥か未来の子孫から、『なんで舟も漕げないんですか? ナントカカントカ装置を使えばすぐなのに』なんて言われたら、嫌でしょ?」

「……別にいいよ、ウルトラガンで蜂の巣にするから」

「素直じゃないわねー……」

 

嗜虐的な笑みを浮かべた彼女は、そのままわざとらしく口を尖らせる。

 

「あーでもそっかぁ……残念だわー。ニーチェは詩の中で、妻は大事にしなさいって言ってたのになぁ……それが嫌いって事は……私は大事にしてもらえないのかしら」

「ウソウソ、ウソでーす。実はニーチェの大ファンでね。彼こそ今世紀最高の哲学者だよ」

「あ、そうだったわ。ソガくんにとっては、そうするのも当たり前なんですものね」

「うんうん、そうだね。しかし、アイツが愛妻家だったとは知らなんだ」

「いいえ、ニーチェは生涯独身だったわ」

「は?」

 

堪えきれないといった様子で吹き出すサエコさん。

ころころ笑う声はずっと聞いていたいが、二重に揶揄うのは勘弁して欲しい。

 

「あーおかしい。やっぱり、ちゃんと読んだ方が良さそうね、ニーチェ」

「ぜってー読まない! それよりも俺は、アウトドアのハウツー本を読む!」

 

恥ずかしさを紛らわす為に、タウラ氏に教えて貰った漕ぎ方を試す。

 

……おっ、動いた!

でもこれメッチャしんどいぞ……

 

「そんなに急がなくてもいいのに……」

「昼メシ、に、間に合わ、ない」

「別にいいじゃないの……たまにはボートを揺らして波風を立てる時間も必要よ……さっきみたいにね……」

「それも、ニーチェの、言葉……?」

 

目を伏せたサエコさんが、水面に掌を差し込めば、ボートの速度に合わせて、後方に波紋が広がっていく。

 

「……さてどうかしら。自分で勉強してみて」

「そんな、暇は、ないな」

「そう……ボートを漕ぐのが忙しいのね」

「なんか、言った?」

「ううん、なんでも」

 

さっきまで眺めていたバンの番いは、とっくに何処かへいってしまっていて、俺の目には波立つ水面とサエコさんの顔しか映らない。

彼女からはいったいどんな風景が見えているのだろうか。

 

「少なくとも、わたしは今、幸せよ」

 

その時、一陣の風が吹いて、彼女の髪を撫でていった。

それがなぜか、酷く愛おしかった。




というわけで第41話「水中からの挑戦」もといリフレッシュ回でした。

ついでに準備稿の「大激流」と「湖底の叫び声」あたりもさらっと消化。「湖のひみつ」や「サイボーグ作戦」なんかも合わせると、湖の話がやたら多い気がするぞ……

本当は夏の間にここまで来るつもりだったのに……もう冬じゃん!
ガッツ編がいかに長かったかが窺えますね……

こ、これは投稿時期をズラす事で、河童おじさんにカモを言及されるまで、読者に描写を不審がらせない叙述トリックだから……!

そして内容としては、事あるごとに感想欄でソガの事を、やれセブン教徒だの、狂信者だの言う声がやたら多かったので、そうじゃないよ、日本的多神教観にどっぷり浸かった只の無神論者だよ、というお話。
え? 本人にその自覚がないからさらに質が悪いって?

……そうかな? そうかも。

あ、そうだ。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
また、登場人物の言動が、現代では違法行為に抵触する可能性がありますが、作品の時代背景や、作者の意図を尊重し、オリジナルのまま放送させていただきます。
(バンは、昨年の2022年9月から狩猟対象ではなくなりました。お気を付け下さい)


ふぅ、これを付けとかないと、口うるさい人が飛んでくる可能性がありますからね。

全く狭苦しい時代になったもんです。

そりゃあ河童も絶滅するでしょう。
妖怪なんて、緩さのない社会じゃ生きていけない存在の筆頭みたいなもんですから。
河童は死んだ。


ちょっとセンシティブな話題も出しつつ、ソガの内面に少し触れたのは、彼のこのちょっとズレた死生観が、とあるシーンのとある決断に大きく関わってくるからです。

いつになるかな……
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