転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる! 作:Mr.You78
さて、ついにこの話まで来ましたか。
長かったような短かったような……
見渡す限り一面の青。
砂浜から遠く離れた沖合に、海底開発センター所属の巨大双胴調査船シーホース号が停泊している。
「こちらシーホース海上基地、コンプレッサー快調に回転中。そちらの気圧、エアは順調ですか?」
錨を降ろし、海上における仮設基地となった調査船からは、大小様々なケーブルやパイプが伸びており、その先は海底に並び立つ巨大なドーム群へと繋がっていた。
「こちらシーホース海底基地。気圧、エア共に良好」
通信機に応える調査員の眼前で、特殊強化ガラスの向こう側に、タイやヒラメが舞い踊る。
岩と海藻に彩られた海底のサバンナは、今日も普段と変わらぬ顔を見せていた。
「了解……おい、カマタ。めし食ったか」
「カレーライス2皿に、干ブトウ。パイナップルの缶詰! ……めしはうまいし、海はきれいだぁ。交通地獄の地上とはおさらばして、このまま海底人間になりたいよ!」
フォークに刺したシロップ漬けの果実を、それはそれは美味そうに頬張りながら、海底調査員のカマタは感嘆する。
「テストが終わったら、いよいよ本格的な作業が始まるんだ。調子に乗りすぎて下痢するなよ」
「ングッ! ……了解、了解」
カマタは痩せの大食いで、その大食漢は仲間内でも有名だ。
優秀なのだが、どうも軽い性格が災いして、こうして釘を刺される事も多い。
とはいえ、揶揄されても特に気にしない、海のような大らかさを併せ持っているので、海底基地のような閉鎖空間での任務には欠かせない、重要なムードメーカーでもあるのだが。
カマタの隣席では、同僚がさっきから大きなカワハギとにらめっこをしている。
彼が席に座るといつも寄ってくるのだ。完全に顔を覚えられてしまったらしい。
もっとも、魚の遊びに付き合ってやるような酔狂な奴は、今のところカマタと彼だけなので、それもむべなるかな。
同僚が口を尖らせて睨み返すと、カワハギ側が形勢不利と見えたか、窓の外に仲間がさらに沢山集まってきた。
「この野郎、邪魔物が来たって顔してやがる。刺身にして食っちまうぞ!」
「相手だって、お前さんのことを、人間バーベキューにして食べちゃいたいなんて、思ってるかも知れないぞ」
「「ハハハ!!」」
二人は朗らかに笑いながら窓の外に広がる大地を眺めた。
海底と言っても、所詮はカワハギがいるような深度だ。
水深50mなんて、人間がダイビングできる最大深度は越えていても、光の全く届かぬ海溝が、鬱蒼とした森林だとするならば、雑木林……いや、並木道みたいなものである。
最大深度で言うならば、かつては深度200mに海底基地を建設した事すらもある。
その時はアクシデントで結局計画は頓挫してしまったが……今度の計画は、それと比べれば、ずっと易しいように思えるだろう。
だが、その内容はかつてのそれよりも、さらに一歩も二歩も進んだものなのだ。
一時的に滞在可能な拠点ではなく……それこそ海底都市。
長期間の居住……すなわちヒトが、問題なく海底でも生活ができるようにする。
ついに人類は、その居住圏を海底に拡大しようと乗り出したのである。
月面基地や火星の開拓拠点の技術を応用すれば、そう難しい事ではないだろう。
今までやらなかったのは、外敵に対する備えとして、宇宙の監視網を構築するのが急務だったからに他ならない。
ようやく地球は、外へ向けていた目を内側に戻し、地固めの時期に移ろうとしているのだ。
浅瀬での実験で最終確認が終われば、早速より本格的な都市建設が始まる事になっている。
宇宙に遅れる事数年、人間はようやく海底進出の秒読み段階に入ったのである。
海底……それは、我々人類の第二の故郷である。やがて、理想的な海底都市や海底牧場が生まれ、地上よりもすばらしい世界が出来上がるだろう。
―――――――――
白い波が押しては引きを繰り返す砂浜。
美しい波打ち際を少年が走っている。
しかし次の瞬間、彼の視界になんともショッキングな光景が飛び込んできた!
砂浜に、なんと若い女の生首がころがっているではないか!
すわ一大事と思ったのか、少年はすぐさま駆け寄り……
「お姉ちゃん」
呼びかけに、生首がパチリと目をひらく。
なんということはない。
それは砂に肩まで埋まったアンヌだったのだ。
最近の彼女は、それなりに美容に気を遣うようになっていた。
今は砂浴の真っ最中。
もちろん一人ではここまで見事に埋まれないため、協力者が近くに居ることは明白だ。
もっとも、砂を掛けながら彼は「それ、楽しいのかい?」と首を傾げていたが。
「お姉ちゃん、ウルトラ警備隊の隊員だろう」
「……」
問いには応えず、うるさそうに目を閉じるアンヌ。
ウルトラ警備隊は子供の憧れだ。こうして声をかけられる事もしょっちゅうある。
とはいえ、流石に完全なプライベートの休暇中にまで纏わり付かれるのは、辟易するものが無いと言えば嘘になるだろう。
そりゃあ彼女も子供は好きだし、普段ならファンサービスのひとつくらいしてやるところなのだが……今日くらい、ほっといて欲しいというのが本音だった。
しかし少年の目的は、サインや握手を強請る事ではなかったようで。
「だったら、あれ、やめさせた方がいいぜ。ウルトラ警備隊が注意したら、きっときいてくれると思うんだ。僕、もうずいぶん前から、やめろ、やめろって言ってるんだけど、ちっとも聞いてくれないんだよ」
どうやら抗議の類だったらしい。
危険行為をしている輩でもいるのだろうか。
そういえば、銛を携えたダンが、張り切って海へ入っていったが……彼の事ではあるまいな。
この辺りに立ち入り禁止区域があるとは聞かなかったものの……地元民だけが知る危険な岩場でもあるのだろうか。
不安になったアンヌも、仕方なく起き上がる。
「うるさいわねぇ。あれあれって、何よ?」
「あれだよ」
と沖を指さす少年。
水平線に、白く巨大な煙突じみたコンプレッサーが4棟見える。あの独特のシルエットは間違いない、シーホース号だ。
「ああ、あれね。海底の開発を研究してるシーホース号じゃない。あれがどうかしたの?」
「困るんだよ。すぐやめないと、大変なことになるよ!」
「おーい!」
そうこうしていると、足ひれを持ったダンが、銛に大きな魚を突き刺して、海から上がってくる。とても素人が一朝一夕で出せる成果ではないだろう。
彼は故郷でも、水泳が得意で有名だったらしいが、その言葉に嘘偽りは無いようだ。
……そういえば、ダンの出身はどこなのだろう。
特に聞いた事は無かったが、寒がりなところを見るに南の方の出なのだろうか。
しかし、九州出身のはずのソガ隊員が、寒さなんかへっちゃらだとも言っていたし……だとするともっと南国、それこそ沖縄あたりかしらん。
彼の少々世間知らずなところも、卓越したサバイバル技術も、田舎の島から出て来たのだとするならば、まだ頷ける。
その割には、言葉に独特の訛りを感じないし、やたらと自然に感銘を受けるので、妙ではあるが……我々と出会うまでは、随分と苦労したのだろう。
つくづく、知れば知るほどミステリアスな男だ。
「ね、頼んだぜ、ホントだよ?」
ところが少年は、そんなダンの頼もしい姿を見るや、まるで犯罪者でも見つけたような、咎める目つきで彼を睨むと、言いたい事をアンヌに向かってまくし立てた後は、一目散に走り去ってしまった。
あたかも、ダンの視界に映る事を恐れているかのような……
アンヌは呆然と、少年の背中を見送るしかなかった。
それこそ、モロボシ・ダンと言えば、ウルトラ警備隊の中で最も子供からの人気が篤く、本人もとびきりの子供好きで有名だ。
何かを頼むならば、アンヌなどよりも真っ先に頼るべき人物だろう。
彼ならば、それがどんなお願いだって、真摯に向き合い対応してくれるはずだ。
現にアンヌは、さっきの言葉を真に受ける気なんて、さらさら無いのだから。
そんなダンから逃げるなんて……もしやあの少年は漁師の息子で、ダンが勝手にこの辺りの魚を獲ったのが許せないとか?
ともあれ……
「変な子……」
「どうしたんだい? ホラ!」
眩しい笑顔を浮かべながら、自慢げに大物を見せびらかすダン。
「海底開発センターのシーホース号が、大変なことになるんだってさ……」
「大変なことって?」
「よくわかんないわ」
「海底の開拓は、宇宙開発より身近なテーマだよ。何が大変なものか」
ダンがそう呟いた……その時。
凄まじい爆音が二人の耳に飛び込んだ!
振り返ると、沖に停泊していたシーホース号が盛大に爆発炎上しているではないか!
あまりに突然の出来事を、為す術なく見つめるしかない二人。
アンヌ達の眼前で、轟々と炎に包まれたシーホース号は、アッという間もなく傾いて、海中へと没してしまった。
「ダンより作戦室へ……作戦室応答願います!」
――――――――――――
「キリヤマだ。どうした? 二人ともクラゲにでも刺されたのか?」
休暇中のダンから通信が入る。
アンヌと二人きりのバカンスを、にこやかな表情のキリヤマ隊長が暢気に茶化す。
彼らの仲は、もはや作戦室メンバー公然の秘密となっていた。
しかし、続くダンの報告によって、弛緩した微笑ましいムードは一瞬で消え失せ、隊員達に緊張が走る。
「海底開発センターのシーホース号が沈没しました! 原因は不明です!」
「なにッ!? シーホース号が沈没……!?」
「ええっ!?」
たちまち隊長の顔が引き締まり、驚愕したフルハシが立ち上がる。
そして……俺の対面にいたアマギの顔から、サッと血の気が引いた。
「よし判った。すぐ帰って来い。フルハシ! ハイドランジャー出動スタンバイ!」
「ハッ!」
先輩の放り投げたヘルメットをキャッチして、海中ゲートへ向けて走りだす俺達。
ついにこの日がやってきたか……いつもいつも先手を譲るしかないのが、歯痒くて仕方がない。
だが、俺には襲撃の正確な日時も分からなければ、ノンマルトの警告へ額面通りに従って、シーホース号の任務を止める権限も無いのだ。
それでも、出来うる限りの事だけは、やらなくてはならない。
それが、未来を知っていながら彼らを見捨てた俺に出来る、唯一の贖罪だから。
「頼む……」
後ろでアマギが何か呟いた気がしたが、発進準備でそれどころではなかった。
―――――――――
海域に到着して、ソナーの用意をしていると、アマギが妙に思い詰めた表情をしているのが目に入って、どうにも気になってしまう。
そういえば、船内で一言も喋らなかったなコイツ。
「アマギ、どうしたんだ? 顔色悪いぞ」
「いや……なんでもない」
「おい、みろ!!」
フルハシ隊員の声に、水中窓から外を見ると、無残に破壊されて着底したシーホース号と、海底開発センターの残骸が見える。
「ハイドランジャーより作戦室へ……ハイドランジャーより作戦室へ! 沈没したシーホース号と、海底開発センターの残骸を確認! 全棟のパイプが引き千切れて、酷い有様です! 見える範囲に無事なものがありません!」
「全滅!?」
通信機の向こうでキリヤマ隊長が慄くのに合わせて、背後でヒュッ……という誰かの悲鳴が聞こえる。
振り返ると、窓を覗いたアマギが愕然としていた。
「そ、そんな……カマタさん……ああ……」
わなわなと震えた彼は、焦点の定まらない瞳で此方をゆっくりと振り向くと、顔を歪めてその場に蹲ってしまう。
「しっかりしろ! まさか……知り合いがいたのか!?」
「お、恩人の……親族が……彼も優秀な技術者で……こ、ここに……」
「嘘だろ……そんな事……早く言っといてくれよ……」
だったらもう少し……他のやりようだって……
「何をボサッとしてやがるっ!」
俺達の頭上から、凄まじい怒声が降ってきた。
「生き残りがいないなんて、いったい誰が決めたんだっ!?」
「し、しかしあれでは助かりようが……」
「たまたま無事な区画があるかもしれねえだろが! それでも放っといたら酸素は直ぐに尽きる。誰かが助けてやんなきゃ、死んじまうんだよ! ソガを見ろ! あんな事があって、それでも恐れず海底任務についてきた! アマギ! お前はどうするんだ!?」
「……そうか、ソガ隊員はあの時……」
アマギが俺の顔を見て、何かを決意する。
……二人とも、いったいなんの話をしてるんだ?
「ありがとうございますフルハシ隊員。目が醒めました……積んできたレイクダイヴァでもっと接近してみましょう。あなたの言うとおり、各棟はそれぞれ独立していて、接続パイプには弁がある。爆発で隔壁に穴さえ開いていなければ、数時間は持ち堪えられる可能性があります」
「よし、生存者を見つけ次第、ハイドランジャーの排水口と連結させよう。ホースの設置は任せとけ!」
言うやいなやヘルメットを脱ぎ捨て、後部ハッチへ走って行くフルハシ。潜水装備に着替える為だろう。
「ソガ、お前はハイドランジャーを頼む。絶対に、生存者を見つけてみせるぞ!」
アマギも決然とした表情で、小型潜水艇レイクダイヴァの搭載口へ、タラップを降りていく。
ハイドランジャーは大きすぎて、これ以上は接近できない。その点、レイクダイヴァなら水中アームで障害物を除去しながら、居住棟同士の隙間にも入り込めるはずだ。
俺だって、この時に生き残りがいたかどうかなんて、もはや覚えちゃいない。
ストーリーには全く関係ないし、当時の俺にとっては、そんな事はごく些細な事だったからだ。
だが、この世界では彼らは確かに生きていて、未来に向かって精一杯に藻掻いている。
俺には今回、転生者としてどうしてもやらなきゃならない役目があるが……
それでも……それ以前に今の俺はウルトラ警備隊員で、絶対に果たすべき使命は、目の前の人々を一人でも多く救う事なのだ、という事に変わりは無い。
前世の記憶があろうとなかろうと、俺のやるべき事はそれしかないのだ。
二人が去って、静寂の支配した船内。
救援を呼ぶために通信機を手に取ろうとした時、壁から微かに、カーンカーンと一定間隔で小さく反響する音が聞こえた気がした。
手許を見ると、パッシブソナーが反応しているではないか。
慌ててピンガーを打つ。
すると、しばらくして。
カカカン カーンカーンカーン カカカン……
「二人とも! 生存者だ! 生存者がいるぞ!! 壁かパイプを叩いて救難信号を発してる! 生きているんだっ!」
俺が船内マイクに向かって叫ぶと、格納庫が開いて、アマギの乗ったレイクダイヴァが飛び出していく。
そのすぐ後にランプが点灯し、フルハシのいる後部ハッチが早速と、注水を始めた事を知らせた。
「作戦室、作戦室! 直ちに最寄りの病院に収容体制を整えるよう要請して下さい! 生存者がいます!」
「でかした! 速やかに救助せよ! 今、海上保安庁の巡視艇が救命士を乗せて向かっている!」
「……絶対に死なせるもんか」
続きは明日