転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる!   作:Mr.You78

153 / 242


さて、ついにこの話まで来ましたか。
長かったような短かったような……


ノンマルトの渚(Ⅰ)

 

見渡す限り一面の青。

砂浜から遠く離れた沖合に、海底開発センター所属の巨大双胴調査船シーホース号が停泊している。

 

 

「こちらシーホース海上基地、コンプレッサー快調に回転中。そちらの気圧、エアは順調ですか?」

 

 

錨を降ろし、海上における仮設基地となった調査船からは、大小様々なケーブルやパイプが伸びており、その先は海底に並び立つ巨大なドーム群へと繋がっていた。

 

「こちらシーホース海底基地。気圧、エア共に良好」

 

通信機に応える調査員の眼前で、特殊強化ガラスの向こう側に、タイやヒラメが舞い踊る。

岩と海藻に彩られた海底のサバンナは、今日も普段と変わらぬ顔を見せていた。

 

「了解……おい、カマタ。めし食ったか」

「カレーライス2皿に、干ブトウ。パイナップルの缶詰! ……めしはうまいし、海はきれいだぁ。交通地獄の地上とはおさらばして、このまま海底人間になりたいよ!」

 

フォークに刺したシロップ漬けの果実を、それはそれは美味そうに頬張りながら、海底調査員のカマタは感嘆する。

 

「テストが終わったら、いよいよ本格的な作業が始まるんだ。調子に乗りすぎて下痢するなよ」

「ングッ! ……了解、了解」

 

カマタは痩せの大食いで、その大食漢は仲間内でも有名だ。

優秀なのだが、どうも軽い性格が災いして、こうして釘を刺される事も多い。

 

とはいえ、揶揄されても特に気にしない、海のような大らかさを併せ持っているので、海底基地のような閉鎖空間での任務には欠かせない、重要なムードメーカーでもあるのだが。

 

カマタの隣席では、同僚がさっきから大きなカワハギとにらめっこをしている。

彼が席に座るといつも寄ってくるのだ。完全に顔を覚えられてしまったらしい。

 

もっとも、魚の遊びに付き合ってやるような酔狂な奴は、今のところカマタと彼だけなので、それもむべなるかな。

同僚が口を尖らせて睨み返すと、カワハギ側が形勢不利と見えたか、窓の外に仲間がさらに沢山集まってきた。

 

「この野郎、邪魔物が来たって顔してやがる。刺身にして食っちまうぞ!」

「相手だって、お前さんのことを、人間バーベキューにして食べちゃいたいなんて、思ってるかも知れないぞ」

「「ハハハ!!」」

 

二人は朗らかに笑いながら窓の外に広がる大地を眺めた。

 

海底と言っても、所詮はカワハギがいるような深度だ。

水深50mなんて、人間がダイビングできる最大深度は越えていても、光の全く届かぬ海溝が、鬱蒼とした森林だとするならば、雑木林……いや、並木道みたいなものである。

 

最大深度で言うならば、かつては深度200mに海底基地を建設した事すらもある。

 

その時はアクシデントで結局計画は頓挫してしまったが……今度の計画は、それと比べれば、ずっと易しいように思えるだろう。

 

だが、その内容はかつてのそれよりも、さらに一歩も二歩も進んだものなのだ。

 

一時的に滞在可能な拠点ではなく……それこそ海底都市。

長期間の居住……すなわちヒトが、問題なく海底でも生活ができるようにする。

ついに人類は、その居住圏を海底に拡大しようと乗り出したのである。

 

月面基地や火星の開拓拠点の技術を応用すれば、そう難しい事ではないだろう。

今までやらなかったのは、外敵に対する備えとして、宇宙の監視網を構築するのが急務だったからに他ならない。

ようやく地球は、外へ向けていた目を内側に戻し、地固めの時期に移ろうとしているのだ。

 

浅瀬での実験で最終確認が終われば、早速より本格的な都市建設が始まる事になっている。

宇宙に遅れる事数年、人間はようやく海底進出の秒読み段階に入ったのである。

 

海底……それは、我々人類の第二の故郷である。やがて、理想的な海底都市や海底牧場が生まれ、地上よりもすばらしい世界が出来上がるだろう。

 

―――――――――

 

 

白い波が押しては引きを繰り返す砂浜。

美しい波打ち際を少年が走っている。

 

しかし次の瞬間、彼の視界になんともショッキングな光景が飛び込んできた!

 

砂浜に、なんと若い女の生首がころがっているではないか!

 

すわ一大事と思ったのか、少年はすぐさま駆け寄り……

 

「お姉ちゃん」

 

呼びかけに、生首がパチリと目をひらく。

なんということはない。

それは砂に肩まで埋まったアンヌだったのだ。

 

最近の彼女は、それなりに美容に気を遣うようになっていた。

今は砂浴の真っ最中。

もちろん一人ではここまで見事に埋まれないため、協力者が近くに居ることは明白だ。

もっとも、砂を掛けながら彼は「それ、楽しいのかい?」と首を傾げていたが。

 

「お姉ちゃん、ウルトラ警備隊の隊員だろう」

「……」

 

問いには応えず、うるさそうに目を閉じるアンヌ。

ウルトラ警備隊は子供の憧れだ。こうして声をかけられる事もしょっちゅうある。

 

とはいえ、流石に完全なプライベートの休暇中にまで纏わり付かれるのは、辟易するものが無いと言えば嘘になるだろう。

 

そりゃあ彼女も子供は好きだし、普段ならファンサービスのひとつくらいしてやるところなのだが……今日くらい、ほっといて欲しいというのが本音だった。

 

しかし少年の目的は、サインや握手を強請る事ではなかったようで。

 

「だったら、あれ、やめさせた方がいいぜ。ウルトラ警備隊が注意したら、きっときいてくれると思うんだ。僕、もうずいぶん前から、やめろ、やめろって言ってるんだけど、ちっとも聞いてくれないんだよ」

 

どうやら抗議の類だったらしい。

危険行為をしている輩でもいるのだろうか。

そういえば、銛を携えたダンが、張り切って海へ入っていったが……彼の事ではあるまいな。

 

この辺りに立ち入り禁止区域があるとは聞かなかったものの……地元民だけが知る危険な岩場でもあるのだろうか。

不安になったアンヌも、仕方なく起き上がる。

 

「うるさいわねぇ。あれあれって、何よ?」

「あれだよ」

 

と沖を指さす少年。

水平線に、白く巨大な煙突じみたコンプレッサーが4棟見える。あの独特のシルエットは間違いない、シーホース号だ。

 

「ああ、あれね。海底の開発を研究してるシーホース号じゃない。あれがどうかしたの?」

「困るんだよ。すぐやめないと、大変なことになるよ!」

「おーい!」

 

そうこうしていると、足ひれを持ったダンが、銛に大きな魚を突き刺して、海から上がってくる。とても素人が一朝一夕で出せる成果ではないだろう。

 

彼は故郷でも、水泳が得意で有名だったらしいが、その言葉に嘘偽りは無いようだ。

 

……そういえば、ダンの出身はどこなのだろう。

特に聞いた事は無かったが、寒がりなところを見るに南の方の出なのだろうか。

 

しかし、九州出身のはずのソガ隊員が、寒さなんかへっちゃらだとも言っていたし……だとするともっと南国、それこそ沖縄あたりかしらん。

 

彼の少々世間知らずなところも、卓越したサバイバル技術も、田舎の島から出て来たのだとするならば、まだ頷ける。

 

その割には、言葉に独特の訛りを感じないし、やたらと自然に感銘を受けるので、妙ではあるが……我々と出会うまでは、随分と苦労したのだろう。

 

つくづく、知れば知るほどミステリアスな男だ。

 

「ね、頼んだぜ、ホントだよ?」

 

ところが少年は、そんなダンの頼もしい姿を見るや、まるで犯罪者でも見つけたような、咎める目つきで彼を睨むと、言いたい事をアンヌに向かってまくし立てた後は、一目散に走り去ってしまった。

 

あたかも、ダンの視界に映る事を恐れているかのような……

アンヌは呆然と、少年の背中を見送るしかなかった。

 

それこそ、モロボシ・ダンと言えば、ウルトラ警備隊の中で最も子供からの人気が篤く、本人もとびきりの子供好きで有名だ。

 

何かを頼むならば、アンヌなどよりも真っ先に頼るべき人物だろう。

 

彼ならば、それがどんなお願いだって、真摯に向き合い対応してくれるはずだ。

現にアンヌは、さっきの言葉を真に受ける気なんて、さらさら無いのだから。

 

そんなダンから逃げるなんて……もしやあの少年は漁師の息子で、ダンが勝手にこの辺りの魚を獲ったのが許せないとか?

 

ともあれ……

 

「変な子……」

「どうしたんだい? ホラ!」

 

眩しい笑顔を浮かべながら、自慢げに大物を見せびらかすダン。

 

「海底開発センターのシーホース号が、大変なことになるんだってさ……」

「大変なことって?」

「よくわかんないわ」

「海底の開拓は、宇宙開発より身近なテーマだよ。何が大変なものか」

 

ダンがそう呟いた……その時。

 

凄まじい爆音が二人の耳に飛び込んだ!

 

振り返ると、沖に停泊していたシーホース号が盛大に爆発炎上しているではないか!

 

あまりに突然の出来事を、為す術なく見つめるしかない二人。

 

アンヌ達の眼前で、轟々と炎に包まれたシーホース号は、アッという間もなく傾いて、海中へと没してしまった。

 

「ダンより作戦室へ……作戦室応答願います!」

 

――――――――――――

 

「キリヤマだ。どうした? 二人ともクラゲにでも刺されたのか?」

 

休暇中のダンから通信が入る。

 

アンヌと二人きりのバカンスを、にこやかな表情のキリヤマ隊長が暢気に茶化す。

 

彼らの仲は、もはや作戦室メンバー公然の秘密となっていた。

 

しかし、続くダンの報告によって、弛緩した微笑ましいムードは一瞬で消え失せ、隊員達に緊張が走る。

 

「海底開発センターのシーホース号が沈没しました! 原因は不明です!」

「なにッ!? シーホース号が沈没……!?」

「ええっ!?」

 

たちまち隊長の顔が引き締まり、驚愕したフルハシが立ち上がる。

そして……俺の対面にいたアマギの顔から、サッと血の気が引いた。

 

「よし判った。すぐ帰って来い。フルハシ! ハイドランジャー出動スタンバイ!」

「ハッ!」

 

先輩の放り投げたヘルメットをキャッチして、海中ゲートへ向けて走りだす俺達。

 

ついにこの日がやってきたか……いつもいつも先手を譲るしかないのが、歯痒くて仕方がない。

 

だが、俺には襲撃の正確な日時も分からなければ、ノンマルトの警告へ額面通りに従って、シーホース号の任務を止める権限も無いのだ。

 

それでも、出来うる限りの事だけは、やらなくてはならない。

それが、未来を知っていながら彼らを見捨てた俺に出来る、唯一の贖罪だから。

 

「頼む……」

 

後ろでアマギが何か呟いた気がしたが、発進準備でそれどころではなかった。

 

 

―――――――――

 

 

海域に到着して、ソナーの用意をしていると、アマギが妙に思い詰めた表情をしているのが目に入って、どうにも気になってしまう。

 

そういえば、船内で一言も喋らなかったなコイツ。

 

「アマギ、どうしたんだ? 顔色悪いぞ」

「いや……なんでもない」

「おい、みろ!!」

 

フルハシ隊員の声に、水中窓から外を見ると、無残に破壊されて着底したシーホース号と、海底開発センターの残骸が見える。

 

「ハイドランジャーより作戦室へ……ハイドランジャーより作戦室へ! 沈没したシーホース号と、海底開発センターの残骸を確認! 全棟のパイプが引き千切れて、酷い有様です! 見える範囲に無事なものがありません!」

「全滅!?」

 

通信機の向こうでキリヤマ隊長が慄くのに合わせて、背後でヒュッ……という誰かの悲鳴が聞こえる。

 

振り返ると、窓を覗いたアマギが愕然としていた。

 

「そ、そんな……カマタさん……ああ……」

 

わなわなと震えた彼は、焦点の定まらない瞳で此方をゆっくりと振り向くと、顔を歪めてその場に蹲ってしまう。

 

「しっかりしろ! まさか……知り合いがいたのか!?」

「お、恩人の……親族が……彼も優秀な技術者で……こ、ここに……」

「嘘だろ……そんな事……早く言っといてくれよ……」

 

だったらもう少し……他のやりようだって……

 

「何をボサッとしてやがるっ!」

 

俺達の頭上から、凄まじい怒声が降ってきた。

 

「生き残りがいないなんて、いったい誰が決めたんだっ!?」

「し、しかしあれでは助かりようが……」

「たまたま無事な区画があるかもしれねえだろが! それでも放っといたら酸素は直ぐに尽きる。誰かが助けてやんなきゃ、死んじまうんだよ! ソガを見ろ! あんな事があって、それでも恐れず海底任務についてきた! アマギ! お前はどうするんだ!?」

「……そうか、ソガ隊員はあの時……」

 

アマギが俺の顔を見て、何かを決意する。

……二人とも、いったいなんの話をしてるんだ?

 

「ありがとうございますフルハシ隊員。目が醒めました……積んできたレイクダイヴァでもっと接近してみましょう。あなたの言うとおり、各棟はそれぞれ独立していて、接続パイプには弁がある。爆発で隔壁に穴さえ開いていなければ、数時間は持ち堪えられる可能性があります」

「よし、生存者を見つけ次第、ハイドランジャーの排水口と連結させよう。ホースの設置は任せとけ!」

 

言うやいなやヘルメットを脱ぎ捨て、後部ハッチへ走って行くフルハシ。潜水装備に着替える為だろう。

 

「ソガ、お前はハイドランジャーを頼む。絶対に、生存者を見つけてみせるぞ!」

 

アマギも決然とした表情で、小型潜水艇レイクダイヴァの搭載口へ、タラップを降りていく。

 

ハイドランジャーは大きすぎて、これ以上は接近できない。その点、レイクダイヴァなら水中アームで障害物を除去しながら、居住棟同士の隙間にも入り込めるはずだ。

 

俺だって、この時に生き残りがいたかどうかなんて、もはや覚えちゃいない。

ストーリーには全く関係ないし、当時の俺にとっては、そんな事はごく些細な事だったからだ。

 

だが、この世界では彼らは確かに生きていて、未来に向かって精一杯に藻掻いている。

 

俺には今回、転生者としてどうしてもやらなきゃならない役目があるが……

 

それでも……それ以前に今の俺はウルトラ警備隊員で、絶対に果たすべき使命は、目の前の人々を一人でも多く救う事なのだ、という事に変わりは無い。

 

前世の記憶があろうとなかろうと、俺のやるべき事はそれしかないのだ。

 

二人が去って、静寂の支配した船内。

救援を呼ぶために通信機を手に取ろうとした時、壁から微かに、カーンカーンと一定間隔で小さく反響する音が聞こえた気がした。

 

手許を見ると、パッシブソナーが反応しているではないか。

 

慌ててピンガーを打つ。

すると、しばらくして。

 

カカカン カーンカーンカーン カカカン……

 

「二人とも! 生存者だ! 生存者がいるぞ!! 壁かパイプを叩いて救難信号を発してる! 生きているんだっ!」

 

俺が船内マイクに向かって叫ぶと、格納庫が開いて、アマギの乗ったレイクダイヴァが飛び出していく。

 

そのすぐ後にランプが点灯し、フルハシのいる後部ハッチが早速と、注水を始めた事を知らせた。

 

「作戦室、作戦室! 直ちに最寄りの病院に収容体制を整えるよう要請して下さい! 生存者がいます!」

「でかした! 速やかに救助せよ! 今、海上保安庁の巡視艇が救命士を乗せて向かっている!」

「……絶対に死なせるもんか」





続きは明日
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。