転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる! 作:Mr.You78
日本モンキーセンターに到着したポインター。
「ここには世界の猿が、1000頭近くもいるんですって」
「ほおぅ」
「ホオゥ」
車から降り立った三人を、センターの入り口から窺う者達がいた。
「あう、あうう……」
「ウルトラ警備隊だ……お前は仕事をしなさい。早く!」
「……あうっ」
背を丸め、どこか陰気な様子の大男が、見慣れぬ姿の来訪者を指差して、唸り声をあげる。
彼は左腕に包帯を巻いていた。
そんな大男に呼ばれ、センターの中から出て来た白衣の女は、警備隊員に感づかれないよう、短く指示を出し、大男を厄介払いした。
階段を降りていく大男と、登ってきたアンヌの視線が交叉する……
しかし、両者の瞳はそのままフイと逸らされてしまうのだった。
「こんにちは」
「お待ちしておりました、どうぞ……それは?」
笑顔の警備隊員たちへ、白衣を着た、出迎えらしき女職員が、慇懃に頭を下げるが……
再び顔をあげた時、男女の後ろから、妙な物体が階段に四苦八苦しつつ、ちんたら登ってくるのを見咎めて、怪訝そうに眉をひそめた。
「ウンショ、コラショ……ヨッコイショウイチ」
「ああ、彼は新型の人工知能ですの」
「はあ」
「ユート、よっこいしょういちって、なんだい?」
「シリマセンガ、マエニ、ソガタイインガ、イッテイマシタ」
「ふぅん……しょういちって事は、誰かの名前かな? 有名な人なのかい? アンヌ」
「ううん……知らない」
「今度聞いてみるか……」
アンヌが可愛らしく小首を傾げるのを、ダンは満足げに眺めていたが、その視界の端で、階段をようやっと制覇したユートへ、職員がえらく冷たい視線を送っているのに気付く。
彼女はしばらく、銀色のボディを頭のてっぺんから爪先までじろじろと何度も不躾に検分していたが……最後にうっすらと、本当に僅かばかり口の端を吊り上げて、フ……と嗤うのを、ダンだけは見逃さなかった。
なんだか彼を馬鹿にされたような気がして、思わずムッとしてしまうダン。
ユートの事をよく知りもしないのに、なんて失礼な人なんだろう……
「どうしたの? ダン」
「ハラ デモ イタイカ」
「ん、ああいやなんでもないよ」
「そう? ……あのミズシマさん、博士はお元気ですか?」
「ただいまお仕事中です」
アンヌが博士の事を尋ねると、さっきのが嘘のように丁寧な対応をしてくれる。
どうやらアンヌとも知り合いらしいし、気のせいだろうか……
「ちょっとご挨拶してくるわ……アッ!?」
勝手知ったる様子で角を曲がったアンヌが、その先に展示してあったゴリラの剥製に驚いて、たたらを踏んだ。
彼女がびっくりしているところを見るに、つい最近に追加されたものらしい。
「アンヌタイイン コワガリヤサン」
「……もう!」
「死んだんですか」
「ええ、三ヶ月前に。アフリカから着いて三日目でした」
「じゃあ……ここにゴリラは?」
「現在、1頭もおりません」
「はぁ……」
だとすると無駄足だったかもしれないな。
勿論その方がいい。
アンヌの知人が事件に巻き込まれていない事に、ひとまず胸を撫で下ろす。
「じゃあちょっと博士のところへ」
「うん」
「イッテラッシャイ」
「……そうだ、待っている間、ユートに展示を見せてやりたいんですが」
「アソビジャナイゾ ダン」
「君が言うのか? 人間とそれ以外の違いを知るには、ここの展示が役に立つかもしれないじゃないか」
「ソンナノ データーヲ インプット スレバ」
「百聞は一見にしかず、さ……よろしいでしょうか?」
「展示を破壊したりしないのであれば」
「……彼はそんな事しませんよ」
「では、こちらへ……ご案内します」
「ワァイ」
「なんだ、やっぱり嬉しいんじゃないか」
―――――――――――――――――――――
コンコンとノックの音が転がる。
白衣を着た初老の男性は、顕微鏡から顔もあげずに入室の許可を出した。
「はぁい」
「こんにちは!」
聞こえてきた元気のよい挨拶が、助手のものでは無い事に気付き、博士はようやく顔をあげる。
ヘルメットを被った人物が、知人の娘である事を認識すると、彼はにこやかに相好を崩した。
「おお、アンヌ君……」
「お元気そうですわ、博士」
「ずいぶん、久しぶりじゃぁないか」
「ええ、3年ぶりくらいかしら……でも、ここにはゴリラがいなくて、良かったですわ」
「うぅむ。例の事件か」
「ええ、猿なのか人間なのか。まだハッキリしていないんです」
「早く犯人を捕まえてもらいたいねぇ。そうでないと、あらぬ疑いをかけられて困るよ」
「あら、アタシそんなつもりで来たんじゃありません!」
「ハハハ……冗談、冗談。まぁ、モンキーアパートでも見てきたまえ。また増えて百種類になったよ」
「はい、それでは失礼します」
博士の様子に変わりない事を確認し、アンヌは内心でホッとした。
さっきはああ言ったものの、目下1番の嫌疑がかかっていたのが、この施設である事は間違いなかったからだ。
父の友人であるマヤマ博士は、アンヌにとっても恩人であるし、いくら任務とは言え、そんな彼に面と向かって「お宅のゴリラが事件に関与していますか」などと質問する必要が無いのは助かった。
マヤマ博士の穏やかな笑顔は、三年前に入隊合格の報告に来た時と全く変わりない。
彼は動物行動学の権威だが、研究の過程で精神医学にも造詣が深い人物だ。
より正確に言えば、心理学の方で行動学的知見が有用とされる事が多々在り、マヤマ博士はその共同研究者として声がかかる事が非常に多いのである。
アンヌがかつて、恐怖症を克服する為に施術して貰った医師も、そして催眠療法を学ぶ為に師事した恩師達も、元を正せばこのマヤマ博士の伝手で紹介してくれた人達ばかり。
彼女にとってはかけがえのない人物なのだ。
「あ……!」
廊下ではたと立ち止まるアンヌ。
「ダンを紹介するつもりだったのに……うっかりしてたわ、あたしったら」
――――――――――――
ミズシマ助手に館内を案内されるダン達。
今、彼らの前では檻の中で金色のたてがみを持つ小さな生き物が、身軽な動きで枝から枝へ飛び移っていた。
「これは?」
「ニンゲンダ」
「違います……ゴールデン、ライオンタマリンです」
「ほぉう」
「ホォウ」
「ブラジルの固有種で、熱帯雨林に生息しています」
「インプット カンリョウ」
助手がタマリンの生態をユートに教え込むのを聞き流しつつ、ダンは目の前のサルから、妙に此方を伺うような気配を感じ、僅かな違和感を覚えた。
これまでの檻でも、興味深そうに覗き込んでくるサルが沢山いたが、このタマリンからはやけに……そう、敵対的な雰囲気を感じてならない。
(これがサルだろうか…? 待てよ……)
ダンは記憶のどこかに引っかかるものがあった。
確かあれは、S71星雲に立ち寄った時、世話になったエージェントが見せてくれた資料に……
そんな事を考えながら歩いていたのがいけなかったのか、助手に鋭い声で制される。
「あっ、ここから先は倉庫なのです」
「タチイリキンシガ ミエナイノカ」
「すみません」
そこへ折良く戻ってきたアンヌ。
「ダン、モンキーアパートを見ましょうよ」
「うん……」
「モンキー アパート ナンデスカ ソレハ」
「世界のサルが100種類も飼育されているの。そこのゴールデンタマリンみたいに、かわいいお猿さんがいっぱいよ」
「アンヌタイインノ ホウガ カワイイ デスヨ」
ダンとアンヌは、思わず顔を見合わせて、肩を竦めるのだった。
―――――――――――――――
「ほら……ハッハッハ」
「ウフフ」
「ナニガ ソンナニ オモシロイノ デスカ」
「え、何がって……そんなの……ねえ?」
「ねえ?」
「リカイ フノウ」
モンキーアパートの前で、楽しげに笑いあう男女の姿を、じっと見つめる者がいた。
陰気な雰囲気の大男だ。
箒で檻の掃除をしながら、チラチラと男女の……否、アンヌの事を伺っている。
そんな事には気付かないダン達は、食事中のマンドリルを冷やかしつつ、今度はその隣にあるニホンザルの檻に向かって指を突き出しぐるぐると回す。
すると、ぽやぽやした毛を生やしたサルの子供が、物欲しそうにその指に追従するのを見て、また楽しそうに笑い声を上げた。
「ほい、ほい……ハハハ。餌が貰えると思ってるのかな?」
「ダン、あの子言ってるわ『そこのハンサムなお兄さん、リンゴかバナナはありませんか』ですって」
「ええ、参ったなあ。お世辞のうまいお猿さんだ。褒めても非常用チョコレートしか持ってないよ」
「チガイマス ワタシノ ホンヤクプログラム二 ヨレバ ソノ サルハ コウ イッテイマス」
「へぇ、なんて?」
「サッサト ウセロ スカポンタン」
「えっ? ユート、君はサルの言葉が分かるのか!」
「ソンナワケ ネエダロ」
そのとき、ギャッ! という短い悲鳴が聞こえてきた。
見れば、箒を持った職員がサルに指を噛まれているではないか。
彼はアンヌ達に気をとられて、檻に近付きすぎていたのだ。
勿論そんな事など露知らぬ警備隊一行は、怒りのままに箒を振り回す男性職員に駆け寄った。
「うがああっ!!」
「大丈夫ですか!」
ダンが男の腕をとり、アンヌの方へぐいっと引っ張る。
指から真っ赤な血が滴っているのを見ると、彼女はハンカチを取り出して、患部を縛り、手際よく止血していく。
その間中、男が目を細めて、アンヌの横顔をねっとりと嘗め回すように睨めつけているの事に、ダンは気付いていたが、敢えて注意はしなかった。
ただ脳裏に焼き付いたその表情が、どこか幼気で純粋な歓喜と、獣のように原始的で野性味溢れる情欲が入り混じった、非常に歪なものに思えてしまい、ダンの心は酷くざわつくのだった。
「はい、もう大丈夫よ……ダン、向こうも見ましょうか」
「うん……」
「オダイジニ」
去って行くアンヌ達の背中を、二つの瞳が見送っていた。
――――――――――――
「だからね、ユート。君が自分を人間だと言うなら、ここのサル達の行動を見て、もっと感情を学べばいいと思うんだ。ソガ隊員が言っていたよ、機械には心が無いってね。じゃあ、今よりもっと感情豊かになれば、人間の事が分かるんじゃないかな!」
「オオキナ オセワダ」
「……まったく、呆れちゃうわ」
ユートの手を引きながら、あっちだこっちだとはしゃぐダンを見て、アンヌは思わず溜息をついた。
さっきまでいい雰囲気だったのに、突然なにか思い付いたようにハッとすると、今度はアンヌをほっぽり出してユートばかり構いだしたからだ。
そもそもユートがデートしたがったのは、私となのに……いやいやそうではない。
ソガ隊員もソガ隊員だ。ユートにあんな事を言うくらいなら、なんだかんだと御得意の御託を並べて、最初っから二人きりにしてくれれば良かったじゃないか……
アンヌの頬がぷくっと膨らみかけるが、振り返ったダンの無邪気な笑顔を見て、すっかり毒気が抜かれてしまった。
……そうだった。
モロボシ・ダンは不思議な男だ。
普段は大樹のようにどっしりと構えて、森の空気みたいに静かで穏やかな気配を纏っているのに、ふとした拍子にキラキラ輝いてみせる時がある。まるで木洩れ日だ。
彼のたまに見せるこういうところが……彼の魅力なのだ。
どうしようもなく人を惹きつける。
だからこそ私は――
それを改めて自覚したアンヌは、白旗を振る代わりに、もう一度深く溜息をつくと、仕方ないなとでも言いたげな苦笑を浮かべて、彼の背中を追いかけた。
――――――――――――
そろそろモンキーアパートも終わろうという頃合で、ダンは視線を感じ、振り返る。
建物の影に、白衣の端がちらと翻ったような気がした。
「どうしたの……」
「どうも気になる……あの大男にしても、助手にしても……どこか様子が変だ。アンヌ、これは調査の必要がありそうだぞ」
そういえばさっきの男……アンヌが右の指にハンカチを巻いてやったが、左腕にも包帯を巻いていた……
飼育係は生傷が絶えないのだろうが……はたしてサルにやられたものなのか?
あの包帯の下にあるのが、もしも銃創だったとしたら……
いや、まさかな。
「シカシ ぱーくナイハ トクニ 異常ナシ」
「どうするつもり?」
「一度、何気ないふりで引き上げる。それから戻って忍び込む……」
「OK、じゃ、博士に挨拶してくるわ」
「ダンノ カンガエスギ ダト オモイマス」
「……ああ、僕もそうであってほしいよ」
……ところが、だ。
博士達に見送られながら、その場を辞そうとしたのだが、ポインターのボンネットが開き、配線がめちゃめちゃにされていたのである
「ちきしょう……」
「コレハ にっぱーデ キラレテ イルゾ」
ご丁寧に、タイヤの周りには釘のようなものまで散乱しているではないか。
どうやら犯人は最初、パンクさせようとしたが、その強度に降参したらしい。
なにせ地雷を踏んだって平気なコンバットタイヤなのだ。
乗り心地を犠牲にしてタイヤ強度を高めてある分、面目躍如といったところだが、電気系統までやられてしまうとは……これは直すのも一苦労だぞ。
「こりゃ、いかん……よかったら、泊まっていきなさい。これからの夜道は大変ですよ」
「でも……」
「いいじゃないか、お世話になろう!」
ダンは渡りに船だと、博士の提案へ乗ることに。
どうせ忍び込もうと思っていたのだ。
夜になにか動きがあるかもしれない。
「こちらダン! 本部応答願います」
「そっちの様子はどうだ?」
「別に異常ありません。ただ、ポインターが故障して、今夜こちらで一泊したいんですが」
「いいだろう。ただ、定時連絡だけは忘れるな」
(油断していると思わせて、誘き出してやる)
そう決意するダンの顔を、藪の中から何者かが憎悪を込めて観察していた。
夕日を反射し、赤く燃える瞳が、邪魔な雄の姿を焼き付けていた。
―――――――――
……だというのに。
「まるで動きがないとは……」
「コラソコ モット テギワヨク デキナイノカ コノ ポンコツ」
カメラアイからのライトで、ダンの手元を照らすユートが、彼の作業が止まった事を見咎めた。
「うるさいなぁ……小姑かい、きみは」
「コジュウト コジュウト トハ ナンデスカ」
「さあ……知らないけれど、ソガ隊員が前に言ってたんだ。多分、君のように口うるさい人の事だろうね」
「ソウデスカ コンド キイテ ミルカ」
胸から伸びたサブアームが、ダンからドライバーを受け取り、その代わりに新品の配線とはんだごてを渡す。
真夜中はとっくに過ぎて、現在午前三時。
予想していた夜襲もなく、そろそろ夜明け前という事で、ポインターの修理をしているのだ。
本当に単なる悪質なイタズラだったのだろうか……
ダンが汗を拭ったその時!
「キケン! キケン! ダン キケン!!」
「ユート?」
「ダン ヨケロ!!」
「え!? ……がっ!」
暗闇からなにかが飛んできて、ギラリと月明かりを反射する。
それは、ダンが咄嗟に翳した左腕にぶつかり鈍い音を立ててから、跳ね上がった軌道で、彼の額を掠めるようにして弾いた。
頭部から派手に血を吹き出しながら、もんどりうって倒れるダン。
ガランと硬質な音と共に地面に落下したのは、巨大な金属製のモンキーレンチ。
こんなものが、先ほどの速度で頭部に当たった場合、通常の人間であればほぼ即死する。
例え誰が見たってそれが分かる程の豪速球だったのだから。
もしもダンが顔を上げなかったら。
彼が腕で防御するのが数秒遅れていたら。
この飛翔体は容易く彼のこめかみにめり込んで、頭蓋を一瞬で粉砕していただろう。
一連の出来事を目撃していた弾道計算機は、そのシミュレート結果から、先ほどの凶弾が明確な殺意を持って放たれたのだと、完全に理解した。
「ふぅーっ! ふぅーっ!」
レンチの飛んできた方向から、荒い息づかいと共に何者かがのっそりと姿を現した。
血走った眼に剣呑な光を宿したまま、月明かりに照らされて出て来たのは……昼間の大男、ゴリー。
倒れたダンをニマニマと見下ろしていた男は、憎たらしい男の死体が、小さくうめき声をあげるのを聞いて、たちまち怒りに顔を歪ませた。
そして、足元に落ちていた血塗れの工具を拾い上げ、トドメを刺すべく歩み寄り……
バチバチッ!
男の立っていた地面が光線で爆ぜる。
その直前に、野生的な直感でもってその場を飛び退いていた大男は、ピーピーがなり立てる不快な音の存在を認めると、今ようやく気付いたとでも言わんばかりに目を見開き、自らの倒すべき相手がもう一匹現れた事を悟った。
「ス゚ク゚ラ゚ッ゚プタ゚ タ゚ン゚パク゚シ゚ツ゚」
微かに震える電子音へ向けて、ゴリーは一瞬で歯茎を剥き出しにした。