転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる! 作:Mr.You78
モニターの中、不敵に笑うソガが、ようやく口を開いた。
『地球防衛軍の諸君……まずは謝罪させてくれ。よもや地球人が、地底に対しても、あのような備えをしているとは驚いた。無防備だなんて、とんでもない。先ほどの言葉は訂正するよ。』
「……けっ、嫌味にも程がありやがる」
『お詫びにささやかながら、怪獣軍団のプレゼントを贈っておいたが、喜んで頂けたかな? なあに、遠慮する事は無いのだ。地底ミサイルの方もたんと用意してあるから、後でそちらも味わうといい』
すると画面が切り替わり、地底基地内と思わしき空間にドリルミサイルがずらりと並んで、発射の時を待っているのが映し出される。
その恐ろしさに、思わずハッと息を呑むアンヌ。
たった一発であれほどの威力があったのに、これを一斉に撃ち込まれたら……
『そうそう、地底ミサイルと言えば。先ほど、使い捨ての発射基地を纏めて処分したのだが、諸君らのお仲間がいると気付かず、一緒に爆破してしまった。あそこには元々、数発のミサイルしか置いて無かったから、我々には用済みのゴミ同然だったのだ。残念な事をした。……それとも、口減らしの口実だったのかな? 安心したまえ。奴隷は何人いても良いものだ。ゴース星人は、降伏する全ての人類を受け容れよう。これ以上、無駄に殺す必要なんてないのだよ。……ハッ、ハッ、ハッ』
散っていった仲間たちを、無駄死にだと揶揄する冒涜的行為に、怒りで拳を握りしめたフルハシは、今にもモニターを叩き割る寸前だ。
その前へ、横から静かに腕が差し込まれ、彼の激発を制する者がいる。フルハシがそちらを振り向けば、キリヤマ隊長がじっと前を向いたまま、まんじりともせずモニターを睨みつけていた。
彼の顔付きは普段通りの厳めしいものであったが、歪んだ口元から、小さく何かが擦り合う音が漏れるのを聞いて、恥じ入ったように腕を降ろすフルハシ。
彼が画面へ向き直るのとほぼ同時に、肩を揺するのをやめたソガの顔面から、作り物めいた笑顔が、すっ……と抜け落ち、再び無感動な能面が現れた。
口調も、なんの感情もない平淡で事務的なものに戻り、もはや一方的な通告を伝えるだけのスピーカーへ変わるソガ。
『返事はまだか。カイロ基地は見せしめだ。今か、ら2時間後に、なんの回答も得られない場合、は、総攻撃を開始、する。それが人類最後の時とな……るだろう。……イエスかノーか、半分か。その答えが欲しい』
「2時間……か」
「ソガ隊員……」
おそらく宇宙人の洗脳催眠が、ソガの体に負担をかけているのだろう。どんどん途切れ途切れになりつつある降伏勧告。
無表情な彼の顔にも薄らと汗が滲みはじめ、どことなく辛そうにも見える。
腹話術の人形の如く、意識の無い状態で無理矢理、通訳として喋らされているのだから当然だ。
『降伏か、さもなくば、死あるのみ。諸君らに残された未来はその二つだけだ。それ、とも、全ての怪獣を打ち倒した後に……尚、我々、と、全面戦争、をする余力があると言うなら、よかろう。我々は…。火星、の、地下基地、から、いくら、でも、援軍を、呼べる、のだ。君たちの戦力が尽き果てるその時まで、付き合ってやるぞ。』
そこまで言って、一度がっくりと項垂れるソガ。
余裕綽々といった内容に反し、ゴース星人の精神汚染で彼の肉体は限界に近いのだろう。
しかし、再びマリオネットじみた動きで、がばりと素早く身を起こした彼は、カッと目を見開き、口角を弓なりに吊り上げて、そこに浮かんでいたのは、まさに狂気の笑み!
『……ハッーハッハッ! 愚かで間抜けな地球人共よ。悔しかったら、部屋の机を引っくり返して、その下にでも明日が転がっていないか、よくよく捜してみることだ! まあ所詮、とんまな先輩には、到底不可能でしょうがね! ははは! はっーはっはっはー!!』
見事な高笑いでそう言い切ると同時、両の瞳を裏返して失神するソガ。
彼のその姿を最後に画面は暗転し、通信は打ち切られてしまった。
ドンッ!
誰もが無言の作戦室に、鈍い音が響き渡る。
音の主は、両拳を指揮テーブルへ叩き付けたまま動かない。
「フルハシ隊員……」
アマギには、彼の気持ちが痛いほどよく分かった。
決して、星人の挑発に耐えられなかったのではない。
この後輩思いの隊員は、眼前で傀儡となっていた、戦友であり、悪友でもある仲間の無念を思い、そしてそれを、ただ見ているしか出来ない自らの無力さに怒っているのだ。
ソガがこれまでどれほど、部隊の為に、地球の為に、その知恵と勇気と命を振り絞って戦ってきたか。彼が地球防衛に掛ける熱意と思いの強さは、ウルトラ警備隊のみんなが知っている。
アマギとて、彼の機転で命を救われた事が一度や二度ではない。
……その彼の口から、寄りにも寄って『愚かな人類』などと!
――さぞ悔しかったろう。哀しかったろう。
せめて洗脳下では記憶が完全に失われていて欲しいと祈るばかりだ。
まして、今なおその広い背中を微かに震わせる巨漢は、見た目に似合わず涙脆いところがある。
怒りで自らを誤魔化し続けなければ、きっと悔しさを零してしまうに違いない。
「……しかし、2時間となると、対策会議どころではありません……」
「降伏も視野に入れるしか……」
「一次攻撃で、既に迎撃システムにダメージを受けた支部もあります。奴らの言うとおり、これ以上のミサイルはとても……」
「それでも、出来うる限りの事をするんだ! 最後まで諦めてはならん! キリヤマ隊長、ウルトラ警備隊は全力を尽くして、敵の本拠地を探り当ててくれ。人類が生き残るには、それより他ない」
「かしこまりました」
そうだ。
決して諦めず、最後の最後まで足掻き続ける。
例え姿の見えない敵であろうとも、己を信じ、捜す事を止めてはいけない。
立ち止まらずに、歩み続ける事。
それこそが、人類の明日に繋がる唯一の――
……その時。
「……まさか!」
背後の会話も他所に、机で蹲っていたフルハシが突如、ハッとした顔で立ち上がり、椅子を跳ね飛ばした。
「どうした、フルハシ? ……おい、待て。どこへ行く!?」
隊長の制止も聞かず、一目散に作戦室を飛び出していくフルハシ。
彼の耳には、もう誰の声も入っては来ない。
ただ、先ほど聞いた言葉が、何度も何度も頭を巡る。
――とんまな先輩には、到底不可能でしょうがね!――
「まさか……まさか、まさか、まさか!」
全身の筋肉が躍動し、人生最高速度で基地の廊下を走り抜けた。
角を曲がった先には、目的地のドア!
『認証コードを入力してください』
素早く幸運の数字を
ロックの解けた扉を、蹴破る勢いで開け放ち、ベッド脇の机に突進する。
フルハシは、あの宣告を聞いた時、激しい怒りの中に、それだけでなく僅かな、本当に僅かな違和感も抱いた。
最初、それが何かは分からなかったが、野性のカンとも言うべきか、小さな閃きのようなものが、絶対にあれを聞き逃してはならないと囁いたのだ。
そして、そんな事は有り得ないと思いつつも、自らの勘を信じ、一縷の望みにかけてみようと思った時には、体が既に動いていたのである。
フルハシ・シゲルは、そういう男だ。
そして――
――大事な賭けほど、負けた試しがない。
「……あった! 明日があった! ああ……神様!」
全ての引き出しを弄り、最後に開け放った最下段。
そこには、空っぽの救急箱の中で、何処かの地点を示し続ける受信機のようなものと、ノートの切れ端らしき紙切れが三枚。
どれも指で乱暴に破ったのか、切り口は不揃いで、半ば千切れかけているものもあった。おまけに字が猛烈に汚い!
だが、この汚さには見覚えがある……間違いない。ソガの筆跡だ!
彼のあげてくる報告書は、解読が必要な程に読み辛く、わざわざ本人を呼びつけて朗読させ、手間をかけさせるなと叱った事すらある。
それを何度も繰り返すうちに、ソガを呼びつける頻度は減ったが、それは決して彼の字が上達したのではなく、フルハシの目が先に慣れてきてしまい、その文字のクセを自然と補正しながら読めるようになったのだと気付いた時は、なんとも言えない顔をするしかなかったものだが……
「へへへ……確かにこいつぁ、俺にしか読めねえ、とびっきりの暗号だぜ。あんの天の邪鬼め」
彼がよくよく目を凝らせば……
『ウルトラ警備隊、西へ』
『魔の山へ飛べ!』
『地底GO!Go! Q0!』
「……なんだ、こりゃ?」
もうこれ以上、暗号化する必要はないんじゃないか?
ポカンとした表情で、首を捻るフルハシ。
「まあいいさ」
ハッキリ言って、彼は頭があまりよろしくない。その自覚もある。なので、これが一体どういう意味かは、さっぱり分からなかった。
ただ一つ分かるのは、彼の自慢の後輩が、やっぱり骨の髄まで、
そしてフルハシには、それだけでもう充分だった。
……なぜなら、自分の頼れる後輩は、なにもたった一人しかいないわけではない……とも知っているのだから。
―――――――――
「隊長ぉー! 見つけました! 見つけましたよ敵の基地をっ!」
「なにっ」
「でかした!」
作戦室のドアが開き、アマギとフルハシが息せき切って駆け込んで来た。
中でも、その先頭をきるフルハシが、得意げに高々と掲げた右手には、地図らしきものが握りしめられている。
それがさも、宝の地図だとでも言いたげな表情のまま、両隊長の眼前で一度見せびらかした後、テーブルに広げられていた白地図の上へ、勢いよく叩き付けた。
「これを見てください!」
「この座標は?」
「は、フルハシ隊員がソガの部屋で受信機を見つけたそうで。この極東基地から西方に、熊が岳という火山がありますが、そこの地下およそ千メートルの場所より、信号が発信されているんです」
「そしてなんと……ホラ! 例の地下遺跡の予想場所とも、ピッタリ一致するんですよ!」
ふむふむと頷くキリヤマの隣で、クラタが訝しげに首を傾げる。
「……なぜそんな場所から、ご丁寧に信号が出ているんだ?」
「よくぞ聞いてくれました! それはですね……」
「ソガの奴は以前から、爆弾だの発信機だの、果ては小石だのと、使えるか分かりもしないガラクタを、どこかで拾っては後生大事に懐へ忍ばせておく癖がありましてね。始末の悪い事に、それを本人も忘れてしまうものですから、今回も偶然、発信機を持ったまま敵に捕まったんでしょう。それを咄嗟に思い出すとは、流石フルハシ隊員です」
「え?」
「ほぉう……冬眠前のリスみたいな奴だな。寝坊助の阿呆が役に立つとは、塞翁が馬だ。お手柄だぞ、フルハシ」
両隊長が持ち込まれた資料へ目を通している間、フルハシはもの言いたげな視線を隣のアマギへ寄越したが、彼は小さく首を横に振る。
釈然としない様子のフルハシだったが、すぐに気持ちを切り替え、再び晴れやかな顔に戻って、二人が顔を上げるのを待った。
――これでソガを助けに行けますね!
彼がそう発言しようとした時……
「よし、これで敵に先制攻撃が出来る」
「今すぐマグマライザーに爆薬と時限装置をセットしろ!」
「……えっ」
ぽかんと口を開けたまま、虚を突かれた顔で固まる二人。
「ま、待って下さい! マグマライザーに爆薬とは?」
「ああ、奴らの真似をするんだ。マグマを簡易のドリルミサイルにしてやるのさ。自動操縦で敵の基地に突っ込ませ……ドカンとな」
「それでは……敵の基地にはソガが捕まっているんですよ!? 奴はどうするんですか!?」
「何を言うんだ! この際、人間ひとりの命にかまっている場合ではない!」
「……非常に残念だが」
「そんなっ……!」
目を伏せるキリヤマの腕に、思わず手を伸ばすアマギ。
「私が助けに行きます! いや、行かせてください!」
「バカ! ……お前がノコノコ入っていったら、元も子もなくなるんだ!」
「しかし!」
「あきらめろ! ……君が、ソガを思う気持ちはよくわかる。……だが彼だってウルトラ警備隊だ。自分の命よりも人類すべてのことを大事に思うだろう……」
縋る隊員の肩に、そう言ってクラタが横から手を置いた。
確かにそれはその通りである。顔を伏せるアマギ。
もしも、あそこで捕まっていたのが自分だったならば……それで仲間達が、そしてこの地球に暮らす人々が危機に陥ると言うのなら、そちらの方がずっと耐えがたい。
もしも意識があって、言葉を伝えられるのならば、いっそ自分ごと撃ってくれと……そう叫んだのではないか?
それでも……それでも死ぬのは……恐ろしくて堪らないはずだ。
握り締めた拳が音を立てる。
彼は、戦友を助けたいという思いを、強靱な理性と信念でなんとか抑え込もうとした。
アマギには、クラタ隊長のあえて言わなかった背景や、道理がよく分かった。だからそれは、成功するはずだったのだ。
後ろでフルハシが口を開きさえしなければ。
「……い、いや! 待って下さい! ソガは……ソガはただの人間じゃないんです! 奴を助ける事には……その……大きな意味があります!」
「意味? 意味だと……っ!?」
「そ、そうです! つまり、その……なんといいますか……そう、予言! 予知夢です! ずっと秘密にしていて申し訳ありませんでした隊長……みんなは知らないでしょうが、実は奴は超能力者なんです! いつかのヤスイさんのような能力を、アイツも持っているんですよ! 最近、寝不足気味だったのは、きっとこの予知夢を見る為だったんだ! だからソガを助け出す事さえできれば……」
「はん……超能力だぁ? フルハシ、とうとうお前まで、頭がイカれっちまいやがったか! 褒めたと思えばすぐこれだ。おい、キリヤマ。ウルトラ警備隊はどうなっとるんだ? ええ?」
それを鼻で笑って取り合わないクラタ。
当たり前だ。そんなオカルトじみた話を信じるどころか、あまつさえ作戦に組み込もうなどと。まさに噴飯ものである。
これはタイミングも悪ければ、フルハシの伝え方も拙かった。
藁にも縋る気持ちで、咄嗟に考えついた理由をそのまま口にしたものだから、いかにも、『ソガを助けたいあまりに、無い知恵を振り絞って出鱈目を言っている』ようにしか見えなかったし、半分以上はその通りでしかない。
むしろそうであるから、クラタも激昂せずに、笑い飛ばして終いにしてやろうとしたのだ。これが、フルハシの本心からそう言っているのだと分かれば、鉄拳すら飛んで来かねない。
それくらいの与太話を述べているのだ、という自覚はあった。
だからこそ、にべも無い彼の態度を見ると、フルハシは口を引き結んで顎を引き、忙しなく目線を彷徨わせ、非常に弱った顔を見せる他無かった。
なんとか頭を捻って、彼らを説得出来るような言葉を探そうとするのだが……なにひとつとして出て来る気配がない。
それこそ、俺の口はどうしてアイツのように上手く回ってくれないんだ……と、自らの不器用を呪いさえした。
だが……どうにも諦めきれない。
「……隊長! 隊長なら、私の言いたい事がお分かりになるでしょう? そうでなければ、敵の狙いや弱点が、あんなにぽんぽん分かったりするもんですか! とにかくソガは……アイツは凄い奴なんです! 俺なんかよりも、ずっと……! こんなところで死んでいいような奴じゃない! そうだ、俺が代わりに捕まってるべきだったんだ……俺が……そうすれば……」
「やめないかっ!!」
ついに心の堰が決壊し、大きなどんぐり眼から、ぼたりぼたりと感情の雫を滴らせるフルハシを、クラタが大声で一喝した。
「キサマ! さっきから黙って聞いていれば……キリヤマが一体どんな思いで……っ!」
「よせ、クラタ」
鬼の形相で、巨漢の襟元に掴みかかるクラタを、短い言葉で制する隊長。
「フルハシ……お前は先ほど、ソガを救出する事には意味がある、そう言ったな? 奴の身代わりに自分が捕まるべきだった……とも」
「ハッ、その通りです」
「だったら聞こう。仮にそうだったとして……我々がお前を助ける必要はないと、フルハシ隊員の命に価値など無い、お前がここにいる意味など無いと、そう言いたいのか?」
「えっ? そ、それは……」
「お前でなくて、アマギだったら? アンヌやダン、私でも長官でもいい。他の基地の隊員だったなら? それこそ名も知らぬ一般市民が捕まっていたとして! 誰なら助ける意味があるんだっ!? どこから何処までを救い、何処までなら見捨てても許されるっ! 言ってみろっ!」
「……」
「我々地球防衛軍が、無辜の人々の盾となり、体を張って戦うのは、我々の命が、人々のそれより軽いものだからなのか!? それとも、戦いの中で、なんの役にも立てぬ者に生きる意味など無いのかっ!? では我々は、なぜ人々の為に戦うんだ? フルハシ隊員は、誰かひとりの身代わりとなって死ぬ為に、今までずっと生きてきたのか! ……お前が言ったのは、そういう事だ。人間の命に、価値の優劣など無い。人の生きる意味を、他人がどうこう言うことは、本来あってはならんのだっ!」
隊長の剣幕に狼狽えるフルハシ。
と同時、自分がいかに浅はかな事を口走ったのかを悟り、目を瞑る。
「……そして私は、あそこに捕まっていたのが、フルハシでも、アマギでも、例えダンやアンヌであったとしても……同じ命令を下していただろう。それは決して、お前達の命が、他の誰かよりも価値が低いからではない! ウルトラ警備隊は誰ひとりとして、地球防衛に欠かす事の出来ない存在だ! だが! お前達は! ウルトラ警備隊員だからこそ! 地球の、より大勢の為になら、その命を捧げ、任務を全うせねばならん! それが我々に課せられた義務であり、信条であり……なんぴとたりとも侵す事の出来ない、絶対の……誇りなのだっ!」
キリヤマが吼え、作戦室には痛い程の沈黙が到来した。
ただ彼らの背後では、オペレーター達によって、着々と攻撃の準備が整っていく。
「そしてソガは……彼もまた……それを理解していた筈だ。ウルトラ警備隊として戦う以上、いつかはこうなるかもしれないと……」
――果たして本当に?
キリヤマの胸中を疑問がよぎる。
フルハシに言われずとも、彼の特異性などとっくに知っていた。
しかしそれでも……いや、だからこそ。
誰かひとりを、特別扱いなど、出来ない。
部下を死地に送り、その命を、平和の灯火の中へ薪にくべろなどと言う、あまりにも業深き指令を下すのが、彼の選んだ職分である。
そうである以上、その内容だけは、全ての部下に対し公平で、真摯でなければならない。
……それが、これまでキリヤマが己に課してきた誓いだった。
これが、地球の為に志願した者達相手であれば、良心の呵責を、内なる冷たいクレバスへ投げ捨てて、その独り善がりな傲慢をいくらでも押し付けられよう。
だが……彼は違うのではないか?
むしろ、自分達地球防衛軍が本来護るべき、武器持たぬ人々に近しい存在だったのではないか?
彼の口から、はっきりとそう聞いたわけではない。
結局彼は、得意の弁舌を展開して、核心部分については終ぞ口を割らなかった。
それでも、自分達軍人とは、感性が違う。
価値観が違う。戦う理由が違う。
そしてなにより……生き方が違う。
そんな事は、わざわざ聞かずとも、とっくに分かっていた事だ。
ではなぜ……?
なぜなんだ。
このように危険で過酷な組織に身を置くべきでは無かった。
それに、未来が分かっていると言うならば、なぜ敵に捕まったのか?
実は、それすらも思惑の内なのだろうか?
では勝算があるのか? 我々が助けに来るだろうと信じているのか? それとも……
キリヤマは、こちらを窺う二人の部下の顔を見た。
その顔が、モニターの向こうに映るのを一瞬だけ想像し、一層顔を険しくする。
彼の知る未来は、いったいどのようなものだったのか。
これが避け得ぬ本来の運命だったのか。
それとも、彼の足掻いた末に改変されたものなのか。
キリヤマの手許には、辿るべき筋書きなどない。
……それが普通だ。人生とはそうあるべきだ。
……だがあの男は、そうさせてすら貰えなかったのでは……?
もしもこれが奴の描いた筋書き通りなら、ここで自分達がどう動くと予想したのか。余計な行動でその思惑を台無しにしてしまう可能性すらある。
それとも、ただ無様にしくじった末の事であれば、やはり彼の事は居ないものとして扱う他ない。だがそれならば、どうして予言など残したのか。
……分からない。
なまじ、朧気な背景を知ってしまっているばかりに、余計な思考がキリヤマの頭をぐるりぐるりと浮かんでは消え、浮かんでは消え……彼の決断を鈍らせる。
こんな事ならば……
――知らなければ良かった。
そうであれば、どれほどマシだっただろう。
「どうして……」
ハッキリ言ってくれなかったんだ……
机に両手をつき、項垂れるキリヤマ。
そう思いつつも、彼にはその理由がとっくに理解できている。
簡単だ。
言ってしまえば最後、キリヤマの人生にト書きが入り込んでしまうから。
だから彼は何も言わなかった。
だからキリヤマには分からない。
それこそ、ソガが普通で無いとは分かっていても、それをどう表現すればいいものかすら、判然としていない。
全てが分からず、手探りだ。キリヤマは徒人のまま。
――お前も……こうだったのか……?
分からない。その苦しみさえ。
ただ一つ分かるのは……
「奴は……立派にウルトラ警備隊の一員だった!」
「ッ!?」
「地球を愛し、その為に命を捧げる決意をしていた!! それを誇らしいとさえ! ……それだけは紛れもない事実だ。であればなおさら……ソガ一人の為に、全人類の命を天秤にかける事は……奴が今までやってきた事全てを、無駄にしてしまうんだっ……! 奴の決意と誇りを、土足で踏み躙る事になる……! 奴が見つけた戦う意味を……」
絞り出すような叫び声だった。
「そんな事が……おれに出来ると思うのか……?」
顔を上げたキリヤマの瞳が、きらりと電灯を反射するのを見て、フルハシはもう、それ以上何かを言う事が出来なくなってしまった。
「……だいたい、助けに行くと言っても、どうするつもりだ。さっきの突入部隊を忘れたか。その信号が罠では無いと、なぜ言い切れる。地下基地を破壊して終わりではないのだぞ。我々は、怪獣軍団や火星からくる応援の円盤群とも戦わなければならない」
「さっきので、防衛軍は殆どのマグマを失いました……残っているのは迎撃システムとリンクしているものばかりで、自由に使えるのはもう、この極東基地にある2号機だけなんですよ、フルハシ隊員……」
「……分かったよ……」
どう計算しても、敵基地まで30分はかかる。
そこからソガを救出し、戻ってくるのは到底間に合わない。
ゴース星人の定めたタイムリミットまでに、地底ミサイルだけでも破壊しなくては。
片道切符の救出作戦など、成り立ちはしないのだから。
「では、帰り道さえ用意できれば問題ない。そういう事ですね!」
「なにっ」
聞き慣れない声が、作戦室に響き渡った。
皆が訝しげにする中でただ一人、声の主が分かったアマギは、信じられないと言った顔で、入り口を振り返る。
すると、そこには予想通りの人物が、アンヌやユーリーを引き連れて堂々と立っており、爽やかに微笑んでいるではないか。
驚くべき事に、その青年は隊服を纏っておらず、仕立ての良いジャケットを羽織っているだけだったので、防衛軍の関係者ではないと分かる。
単なる一般人に過ぎない者が、なぜこのような場所に……
アマギ以外が疑問符を浮かべる中、名プランナーは、親友でもある、その年若い青年を困惑と共に呼んだ。
「イチノミヤ……なぜ君がこんなところに……」
「アマギ隊員、どうやら間に合ったようですね。良かった……」
「間に合ったって? なにが」
「僕の電送機の修復がですよ」
「なんだって!?」
イチノミヤがこの場へ現れた事以上の驚愕が、アマギの声帯を裏返らせた。
「イワムラ博士やヘンミ先生の協力で、つい先日完成したんです。勿論、一方通行がせいぜいで、以前のように大気圏外まで飛べるような出力はありませんが……うん、この距離なら大丈夫だ。今、アライソ君達に頼んで、マグマライザーへの搭載を手配してある」
「おい、アマギ。どういうこった?」
「……つまりマグマライザーを、この基地へ繋がるワープトンネルの入口に出来ます」
「……ってことは……マグマを爆破する前に、ソガを連れて帰れる! なあおい、あんた! 誰か知らんがとにかく天才だ! ありがとう! 本当にありがとう!」
感極まったフルハシが、イチノミヤの白い指を、ごつごつした両手で思いっきり握りしめ、大袈裟なくらいに上下に振る。
力強すぎる握手をされた青年が、なんとも言えない顔をしている事にも気付かず、泣き笑いのようになりながらフルハシが背後を振り返れば、彼の上官はというと、憤慨したユーリーに詰め寄られていた。
「隊長さん! あなたがたの激発した感情が、わたしのところにも飛んできました! ウリーを助けるのに協力すると、約束してくださったではありませんか! あれは嘘だったのですか?」
「そうか、テレパシーで聞いておられたのか……」
それに対しキリヤマは、痛ましげに眉を下げはしたが、固い表情を頑として崩さず、巌のような態度のまま、静かに首を振るだけ。
「……ユーリーさん、確かに私は最善を尽くすと約束した。だが、その時にこうも言った筈だ。『決して優先する事は出来ない。理解して欲しい』とも」
「そ、それは……」
「おい、誰だこの女は……? アンヌ隊員、キミの妹か?」
「こちらは我々に協力して下さっているユーリーさんです。息子さんが、ゴース星人に捕まって、利用されているんです」
「……なにぃ?」
よもやそんな者がいるとは思いもしなかったのか、ギョッと目を剥き、そわそわと気まずそうに口をすぼめるクラタ。
流石の彼も人の子だったらしく、部外者は出ていけと叱りつけるつもりが、すっかり萎えてしまったようだ。非常にやりにくい事この上ない。
今回ばかりは、憎まれ役を素直に悪友へ押しつけると、指で頬を掻きつつそっぽを向いてしまう。
「ユーリーさん。我々の状況は、依然として切迫したままで、何一つとして好転していないのです」
「そんな筈はありません! そちらの方の装置を使えば、皆さんのお仲間や、ウリーを助け出しても脱出ができるのでしょう? その装置は、私のテレポートと同じ事が出来ると……」
「いえ、手段があっても、救出に割く人員の余裕が無い。我々ウルトラ警備隊は、ゴース星人の援軍に備えなければならず、この基地で待機する必要がある」
口を真一文字に引き結んだキリヤマは、いっそ冷酷なまでに静かな声で、毅然とした対応のまま、哀れな母親の目を真正面から覗き込む。
その背後には、無情と懺悔の念が激しく渦巻いているのが、ユーリーには見えた。
「ウリー君は、あなたにとってかけがえのない存在でしょう。しかし、全人類の命と引き換えにする事は……出来ないのです。決して、彼が異星人だからではありません。私の心を、テレパシーでお読みになっても構わない。だが我々は……より多くを助けるように義務づけられている」
「そんな……隊長、どうしても駄目だというのですか?」
「アンヌ、これは……命令で決まった事なんだ。なぜ長官達が居ないか、分かるか?」
言われてようやく彼女は、この場から長官や参謀達が姿を消している事に気付いた。
さっきまでは、確かに居たのに……
「政府首脳部へ、なんとか降伏を延期するよう、交渉に向かわれた」
「政府……」
「タイムリミットが2時間といっても、その全てが使える訳では無い。むしろ、奴らのあの短気さを見ただろう? いつ前言を翻して、総攻撃に打って出るか分からない。政府も市民も、その恐怖でいっぱいだ。一刻も早く降伏すべきだという意見を、我々が無視する事は出来ない……ギリギリまで粘っても、30分前までに事態を解決できなければ……」
「だから、敵基地を発見でき次第、即座に攻撃へ移るように決定してから、長官達は出て行ったんだ。命令が覆らん限り、俺達はそれに従わなきゃならん!」
「ああ……ああっ! そんなこと……!」
その場に泣き崩れるユーリー。
男達は、その小さな背中を、ただ虚しそうに見つめる事しか出来ない……
「アッハッハッハッハハハ……!」
そこへ突如、大きな笑い声が響きわたった。
「少し見ないうちに、どうやらウルトラ警備隊は、とんだ腰抜け集団になったようですね!!」
「何ぃ……?」
「ちょっと失礼……」
アマギとフルハシが青筋を立てて振り向けば、作戦室の入り口で高笑いしていた隊員が、挑戦的な笑みを浮かべて近寄ってくる。
睨むフルハシを気にも留めず、颯爽たる様子でツカツカとブーツを鳴らしながら、彼らの真横に並んだ無礼者は、ビッと揃えた指でクラタ隊長に向かって短く敬礼すると、首に巻いた真っ白なスカーフを緩めつつ、ヘルメットのバイザーを跳ね上げた。
「アッ! お、お前は……ッ!?」
「ただ今戻りました、クラタ隊長。お任せ頂いたBブロック、全て問題なし。ご期待通り、無傷で防衛して差し上げましたよ」
「おう、そうか」
そうしてクラタが鷹揚に頷くのを満足げに見届けてから、この若輩隊員は、隣で目を見開いて固まったままのフルハシに、さも『たった今気付きました』と言わんばかりの態度でわざとらしく向き直ると、友好的な笑顔を貼り付けて手を差し出す。
「いやあ、これはこれは、暫くぶりですねフルハシ隊員。覚えておられますか? アオキです。先ほどはどうも。てっきりホークであのまま敵を追いかけて、さっさと自分だけ手柄を立てに行くのかと思ってしまいましたが、我々を見捨てずに戻って下さったので助かりましたよ。しかし、途中から参戦したって言うのに、私より二機も多く敵を撃墜するなんて、流石は防衛軍の誇るエースパイロットだ。いやはや、お見それしました。ただし、こちらは身動きの取れない対空銃座だったというのをお忘れ無く。次は負けませんからね」
「あ、ああ……?」
それはクラタの右腕として、ステーションホークの副操縦席に座り、一緒に地球へ降りて来ていたアオキ隊員だった。
間髪入れずに捲し立てられた言葉へ、フルハシが目を白黒させるのを尻目に、再びクラタへ向き直ると、直ぐさま喋りはじめるアオキ。
「さて、斯様なエースパイロットを、この対円盤戦を控えた大事な時に、つまらない白兵戦などで失っては、部隊の損失甚だしいという両隊長の判断は、まさしくご慧眼。異論を差し挟む余地もありますまい。つきましては、私が皆様の代わりに敵基地へ行き、直ぐさまあそこを制圧してご覧に入れましょう!」
「はぁ!?」
「キサマ……聞いてなかったのか? 命令がなければ俺達が動く事など無い!」
自信満々に言い切る彼へ、一気に鼻白んだクラタが、呆れたように吐き捨てる。
しかし、それでも人を食ったような余裕の態度を崩さず、ニヤリと笑うアオキ。
「それはどうでしょうか……?」
部下の態度へ、遂に我慢の限界を迎えたのか、クラタがあらん限りの罵詈雑言を吐き出そうと腹に力を込めた時、素早く横へ身をずらしたアオキの背後から、彼の苦手なあのカーキ色がスッ……と現れ、その視界を遮った為に、慌てて口を噤んでむせ返る。
「なにやら、ここへ用事があるとの事だったので、僭越ながらご案内致しました」
悪戯の成功したような顔で、ニンマリ口の端を吊り上げるアオキの後ろには、それとは正反対な仏頂面を引っ提げた男が、糊のきいた背広の胸元に、階級章をきらりと光らせて立っていた。
「……アンタは」
「ヒロタ隊員………」
目深に被った軍帽の影で、より一層浅黒く見える顔が、ギロリと眼光鋭く二人の隊員を睨みつける。
「上官に向かってなんだその態度は……? それに私は単なる隊員ではない。憲兵参謀補佐、だ。発言を訂正して貰おう」
「「ハッ、失礼しました。ヒロタ憲兵参謀補佐」」
「……宜しい」
フン、と鼻を鳴らしたヒロタは、自身がこんな場所にいるのが甚だ不本意だ、という表情を隠そうともせず、形式ばった敬礼をキリヤマとクラタだけに行った。
さしもの隊長も、ヒロタがわざわざ作戦室に現れた理由が思い至らず、少しばかり困惑の混じった声を返す。
「ヒロタ参謀補佐……キミが、なぜここへ?」
「ああ、それについてだが……ウルトラ警備隊に憲兵参謀局より通達がある。心して聞くように」
「……拝聴しよう」
一度咳払いし、胸元から書簡を取り出したヒロタは、広げたそれを突きつけながら、よく通る声でその驚愕すべき内容を高々と述べたてた。
「現在、貴隊に所属するソガ隊員に関し、地球防衛軍へ対する謀叛、及び、敵性外星人との内通嫌疑がかかっている。即刻、この身柄を拘束、出頭させ、ソガ容疑者の潔白が証明されるまでは謹慎に処す!」
「なんだと!?」
「バカなっ!」
「有り得ないわ!」
「ど、どういう事なんです……?」
「ゴース星人の攻撃は、明らかに防衛軍の内情を知った上で成されている。ソガ隊員の口から、機密が漏れたとしか考えられない。また、その内容があまりにも詳細につき、彼が無抵抗、ないしは自発的に喋った可能性もある。なにせソガ隊員は過去、宇宙人に対し無条件に降伏したり、その侵略に手を貸した前科があるからな」
「それは、敵を騙すためだったり、洗脳されていたからで……!」
その内容に警備隊のメンバーや、ついでにイチノミヤが騒然とする中、一人だけ堰を切ったように大笑する者がいた。
愉快そうに腹を抱えているのは、クラタである。
「フッフッフッ……ハッハッハッハ!! 命乞いにお荷物、今度は内通か……本当なら、ウルトラ警備隊の恥っさらしだよ、アイツは……」
「違います! ソガはそんな奴じゃ……」
「無いと言うのかね!?」
思わず反論するアマギだが、言葉を遮られ、悔しげに拳を握りしめる。
そして、絞り出すように思いの丈を吐き出した。
「あなたがたは……彼を知らないんだ……っ!」
「ほぅ?」
しかし、背後から余りにもドスの効いた低い声が這い上がってきたので、予想外の反応に驚き振り返る。
アマギの言葉を聞き咎め、ギラギラと瞳を燃やしていたのは、あのヒロタ参謀補佐だったのだ。
「……知らない? ……俺が? ……奴を? たかだかこの数年、たったそればかり一緒にいただけの君が、随分と上段から物を云う。いったい君が、奴の何を知っているというんだ、アマギ隊員? ええ? 教えてくれないか?」
「うぐっ……」
「乱暴はやめて!」
「やめろ! やめてくれヒロタ参謀補佐! いくら参謀局のエリートだからって限度がある! 権力でなんでも出来ると思ったら大間違いだぞ!」
そのまま詰め寄ろうとするヒロタを、慌てて後ろから止めるフルハシ。
「……俺は知っている。知っているんだ! 奴はすっかり変わってしまった……あれがソガだと? 笑わせる! 奴は別人だ。宇宙人の洗脳で、可笑しくなってしまったに違いない!」
そうして吼えるヒロタの迫力にたじろぎながらも、青い顔に汗を浮かべてアマギが言い返す。
「……そんな訳がないでしょう!」
「いいや、あるね! だからこそ! 俺が! 奴を引っ捕らえて、その真偽を確かめてやるんだっ!!」
「……えっ」
呆気に取られたのは、何もアマギだけではない。
フルハシや、アンヌもイチノミヤも、おまけに置いてけぼりを食らっていたユーリーすら、彼が言った事の意味を理解するのに、一瞬の時を要した。
それくらい、素早い切り替えだったので、フルハシはヒロタの軍服を掴んだままな事をすっかり忘れて、彼の顔を横から窺っては、目を瞬せる。
その指を鬱陶しそうに引き剥がし、皺になってしまった部分を何度か払ってから、ヒロタは再び四角四面な声色で、自身がこの場に来た意味を告げたのだ。
「憲兵局は、謀叛人の捜査、逮捕に関して、独自の権限を許されている。キリヤマ隊長、クラタ隊長。確かに参謀補佐は、貴方がた部隊長と同格権限と見做されるが、この場においては……私が最先任だ」
「……」
静かにヒロタを見返すキリヤマと、心底馬鹿馬鹿しいと言いたげにアオキを一瞥するクラタ。
彼には、この生意気な部下の思惑が、途中ですっかり透けて見えてしまっていたからだ。
「さて、容疑者の確保に必要な装備、人員を徴発させて貰うぞ。マグマライザーはこれより参謀局の指揮下とする。そして、突入隊員は……」
「私にやらせて下さい! 侵略者が誰であろうと、必ず成功させてみせます! ……この命に代えても!」
「……アオキ」
名乗り出る彼に、クラタが何かを言いかけようとした。
だがその瞬間、アオキは今までの余裕と自信に満ちた態度をかなぐり捨てて、作戦室の床に両手をつき頭を擦り付け、尊敬する上司に最大級の下剋上を懇願した。
「どうか止めないで下さい、クラタ隊長! 貴方には感謝しています。私を拾い上げて下さって……しかし! これだけは! 私がやらなければならないんです! 今の私があるのは……この栄光は……あの人に捧げると決めたんです! そうでなくては、私は……彼に一生勝てないままだっ! このままあの人を見捨ててしまったら……真の栄光など……決して掴めはしない!!」
普段の彼の振る舞いからは、想像もできないくらいの必死さで、腹の底から声を絞り出すアオキ。
「だから……どうか……っ!」
「………………勝手にしろ」
「……ありがとうございます!!」
興味を失くしたように部下から背を向け、そう吐き捨てる友の横顔を、ただ一人だけ見たキリヤマは、何事かを小さく呟き、ヒロタ参謀補佐と正面から見つめ合う。
「ヒロタ参謀補佐。残念ながら、ウルトラ警備隊からは人員の供出は出来かねる。これは貴官より上位の長官命令での決定事項だ。また、現場指揮官としては、いかにV3のアオキ隊員が優秀とはいえ、たった一名による突入作戦など、成功難易度の観点から承服しかねる。どうするおつもりか。これ以上の介入は、越権行為として参謀局へ問い合わせなければなるまい」
「ああ、その点は心配御無用。もう一人は、私が行く」
「憲兵参謀補佐がかな? 担当地区外から出撃するには、現地部隊長でない限り、参謀以上の許可が必要となるが、許可はあるのかね」
「無い。参謀局に問い合わせれば分かる事だが、先の指令の発布も含め、全て私の独断である。不審人物の逮捕には、緊急特例措置が認められるが、憲兵参謀の許可無く指令を発効する事は、事後承諾であっても懲罰が下され、降格は免れない。よって!」
ヒロタは胸元の階級章を力強くむしり取ると、それを作戦室の机に叩き付けた!
「現時刻をもって! 私は憲兵参謀補佐の権限により、ヒロタ憲兵参謀補佐の任を解き、これを降格! 以降はウルトラ警備隊の指揮下とする! 尚、降格以前に発令された指示は失効しない!」
「よろしい!」
堂々とそう言い切ったヒロタに対し、深く頷き、彼の擲ったモノの上に、そっと指を重ねるキリヤマ。
「……これは、私が預かっておく」
そう言って階級章を手許に引き寄せると、胸元から、銀色の鍵を取り出し、ヒロタへ向かって差し出した。
マグマライザーが準備中の、地下格納庫の鍵である。
「ソガを、頼む」
それを恭しく受け取り、ただ無言のまま最敬礼で応えるヒロタ。
「……ヒロタ参謀補佐……」
「分かったか、フルハシ隊員。これが、権力の使い方だ。覚えておくといい」
眼前の遣り取りを隣で呆然と見ていた男へ、そうして皮肉げに鼻を鳴らすヒロタだったが、少ししてからやや恥ずかしそうに目を逸らすと、小さく訂正を付け加えた。
「……あと……今はただのヒロタ隊員ですよ」
「ソガの奴ぁ……いい同期を持って幸せ者だな」
しみじみと目を細めるフルハシの後ろから、恐縮したアマギが、その長身を縮こめながら顔を出す。
「ヒロタ隊員……先ほどは申し訳ありませんでした」
「いや、私こそすまなかった……だが、あれは本心でもある。アイツはこの俺に、あれだけの生き恥を晒させたんだ。何処にいようと必ず、同じだけの屈辱を味わわせてやらねば気がすまん!」
「……では貴方に、是非これを使って欲しい」
ヒロタの瞳に、再びギラついた闘志が燃えるのを見たアマギは、大事そうに抱えていたアタッシュケースを開き、中に納められていた部品を素早く組み立てる。
それは、まるでウルトラガンを一回り程大きくして、銃身を細く細く引き延ばしてから、後ろにスコープを取り付けたような形をした、独特のシルエットを持つ銀色のライフルだった。
「これは……? 新型のパラライザーというわけでもなさそうだが?」
「……マルス177。僕の人生最高傑作です」
「ふむ……」
受け取ったヒロタが、手に馴染ませるように、何度も構えをとりつつ重心を確認するのを見守りながら、アマギは説明する。
「ゴース星人の死体を検分したところ、彼らの体組織は、太陽光の下だと徐々に崩壊し、少しずつですが蒸発していってしまう事が分かりました。恐らくそれが、夜間に活動し、地下基地を建設した理由なのでしょうが……その弱点は、短期的に見ると、ある強みにもなってしまう」
「強み? 体が崩れるのにか?」
「ええ、そもそも光の透過率が異様に高いだけでなく……それこそ蜃気楼のように、光線を歪めてしまうんです。だからレーザーで撃っても、蒸発した組織が、ある種の不動膜のように働いて、威力を半減させてしまう事が分かりました。だから半透明に見えたんです……いや、むしろ太陽光から皮膚を守るために、わざとそう進化したのかも……」
「細かい事はいい。つまりウルトラガンでは殺し損なうかもしれないが、コイツの威力なら一発で仕留められる……そういう事だな?」
「はい、間違いなく」
力強く言い切るアマギ。
しかし、その表情を直ぐに曇らせてしまう。
「ですが……ヒロタ隊員なら、もうお分かりかもしれませんね」
「重心バランスが狂っていて、狙いがつけられない。おまけに閉所での取り回しに難がある。だろう?」
「はい……」
ヒロタの指摘に渋面を作るアマギ。
「ライフルの形をしちゃいるが……銃としては落第もいいところだな……これはもう、専用の銃架にでも載せて撃つべきじゃないか? そうすれば一級品だぞ」
「残念ながら、そこだけはどうしようもありませんでした。携行武器としては実戦投入レベルに達しなかったので、パンドンが現れた時には持っていかなかったんです……でも、あの時これがあれば……ソガは捕まらずに済んだかもしれない……」
無念そうに語るアマギの肩を、励ますように叩くヒロタ。
「だから、今これを持っていく。違うか? ……俺を誰だと思ってる?」
「はい。貴方になら……それを安心して託せます。だからアイツを……お願いします!」
「当たり前だ。奴には勝負を預けてある。勝ち逃げなどさせるものか」
そう嘯くヒロタの袖を、後ろから弱々しく引っ張るものがいる。
その手を振り払い、腹立たしげに振り返るヒロタ。
「ええい、なんださっきから! ……ア、アンヌ隊員か? ……どうしたんだ、その顔は」
すると真っ赤に泣き腫らした目で、こちらを見上げる女とばっちり目が合い、流石に狼狽える元幹部。
「……わたし、アンヌじゃありません……」
「あ?」
「ゴース星人の基地へ行くのですよね? でしたら、わたしも連れて行って下さい……! 少しだけなら道案内が出来るかもしれません! あの子の為なら、どんな事だってします! お願いします。どうか連れていって下さい……!」
「おい、やめろ。泣くな。畜生、なんなんだいったい……」
ユーリーに縋り付かれて困惑するヒロタや、マグマの操縦を教えようと張り切るフルハシを露骨に煙たがっているアオキなんかも尻目に、アマギはある疑問を解消すべく、友人のもとへ足を進めた。
彼は、作戦室の電算機を借りて、なにかのプログラムを組み直している最中である。
アマギがその隣に腰を降ろし、彼の作業を手伝いはじめてしばらく、先に口を開いたのはイチノミヤだった。
「……ひとまずソガを助けられそうで良かったよ。あの隊長さんがとても頑固だったのは、肝が冷えましたけどね」
「……なあ、イチノミヤ。君が転送装置を持ち込んだのは、本当に素晴らしいタイミングだった。……だが、なぜそもそもソガが窮地にあると分かったんだい? あの降伏勧告の映像を見てから来たわけではないだろう。それでは……遅すぎる」
アマギは、それが頭にずっと引っかかって仕方が無かった。
どう逆算しても、イチノミヤが基地を訪れられた事自体、奇跡的としか言いようが無いのだ。
一般人である彼が、ソガの置かれた状況を知るには、あの全世界へ向けたゴース星人の放送を聞くしかない。だがそれから出発したのでは、絶対に間に合わない。
そして、それ以上にアマギが奇跡的だと思うのは、イチノミヤが、この基地を襲ったゴース星人の空爆に巻き込まれていない事だった。
早すぎても、遅すぎてもならず、イチノミヤの到着は、空襲を撃退した後にあった、僅かな時間の間でなければならないのである。
そんな事が有り得るのか……?
アマギはそこに、何らかの作為めいたものを感じずにいられなかった。まさか誰かの手のひらの上で踊らされているのでは……?
それはソガの思惑か、はたまた敵の罠なのか……。
「……実はね、僕に教えてくれた人がいたんだ。『今行かなければ、貴方は無二の親友を失う事になる。きっと一生後悔しますよ』ってね」
「教えてくれた……?」
「ああ……不思議な老人だったよ。いきなり押しかけてきて、いったい何を非科学的的なと思ったさ。でもね……あまりに必死なものだから……何故だろうね。信じてみようという気になったんだ。そして、結果的にそれは正解だった。……あの人には感謝してもしたりないくらいだよ。もしも信じていなかったら、サエコ君になんと顔向けすれば良かったのか……」
《――もしも、もしもですよ? これが当たらなかったなら、後でいくらでも罵って頂いて結構! ああいっそ、殺されたって、構いやしないんだ!》
「そして何の因果か、ここへ来る為の鍵を、既に僕は持っていたのさ……ソガのくれた、このカードキー。大事に仕舞っておいて、本当に良かった」
首から提げた仮発行の入構許可証を指で弾いてみせるイチノミヤ。
《――でもね。これはアンタにしか出来ない事なんです。後生ですから、あたしの恩人を、どうか助けてやってくださいよぅ!――》
「僕はそれなりの無神論者を自負してはいるが……ここまでくると、なんとも数奇な巡り合わせがあったものだな……と思えてきたよ。僕のような若輩者が、人類に絶望するには、まだ早かったらしい」
何かを思い出すように瞑目するイチノミヤへ、アマギが戸惑ったような、そしてどこか達観したような顔つきで、ぼそりと呟いた
「案外、ロマンチストなんだな」
「ああ……なにせ、初めての友人が、とびきりのルサンチマンだったものでね。きっとそのせいだろう。……そして僕は、そんな大切な人を、二度と失うわけにはいかない……と考えている」
先ほど、青い衣を着たあの老人が、最後にふにゃりと笑いながら、妙に自信で満ち溢れた瞳のまま言い切ったのを思い出す。
《――あたしゃあ、嘘はつきませんよ!――》
「だから、僕がいったい誰を信じるべきなのか……」
そして目を開いたイチノミヤは真剣な表情のまま、先ほど撃墜したという円盤から抜き出した情報と、自身の持ち得る知識とを脳内で擦り合わせ、ある確信を持って、一つのプログラムを完成させた。
「今度こそ、間違えたりはしない」
貴方は原作『ウルトラセブン』を観たことが
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