転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる!   作:Mr.You78

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史上最大の親愛

 

「さて、俺達も早く帰ろうぜ。バリアをなんとかしてくれ。ユーエイト……あれ? ユーエイト? うわっ!?」

「きゃっ! あ! ユート!?」

 

先ほど、ダークによって修理された筈のユーエイトを探すソガ。

その瞬間、背後から聞こえた激突音に振り向けば、ユーエイトと敵のユートムが互いを殴り合っているではないか。

 

「加勢する! 離れろユーエイト!」

「テダシ ムヨウ」

 

ウルトラガンを引き抜いたソガが呼びかけるも、それには短い拒否の言葉が返ってくる。

ユートムの弱点は頭だ。それを知ってさえいれば、ウルトラガンであっても一撃で倒す事が出来るというのに……

 

「ヤルナ コイツ」

『テ゚イ゚コ゚ウ゚カ゚ク゚ニ゚ン゚パイ゚シ゚ョ゚シ゚マ゚ス゚』

「デキル モンナラ ヤッテ ミロ」

 

敵ロボットの振り抜いた鉄球の如き左手を、ユートのパワーハンドが受け止める!

そして見事なカウンターで自身の左腕を、相手の透明な顔面へと叩きつけた!

 

ジャキリと響く装填音!

 

「アバヨ ポンコツ」

 

ズガン! 零距離から爆砕ストレートをくらったユートムは、割れ砕けた風防の破片を撒き散らしながら、後ろ向きに倒れ伏す。

 

「ボクノ ホウガ ツヨイ」

「やったな!」

「凄いわ、ユート!」

「マダデス」

 

走り寄る仲間たちを制し、ユーエイトは打ち倒した同型機の上で屈むと、やっとこの如きパワーハンドをガラ空きになった相手の顔面へ差し込んだ。

 

「ユルセ 同胞」

 

万力のように閉じたクローが、ロボットの歯車や配線で出来た頭蓋を剥ぎ取れば、その奧に新鮮な脳髄……最重要部品である電子基盤が納められていた。

 

「イマカラ コイツノ 最終情報ヲ コピー シマス」

「なるほど! マグマライザーの中でやってた事の記憶を読むのか! あったまいいぜ!」

「それで私達を止めたのね……危なかったぁ。レーザーで撃ったら、コンピューターがおシャカになっちゃうところだわ」

 

しかし、笑顔で頷き合う仲間たちとは裏腹に、ユーエイトの反応は薄い。

 

「おい……どうしたブリキ野郎? なぜ何も言わないんだ。アオキに意趣返しするつもりか?」

「もう、ヒロタ隊員。ユートがそんな事するハズないじゃないの。……でも、出来るだけ早く彼をメディカルセンターに連れて行かなきゃ……今ならまだキタムラ博士がなんとか出来るかもしれないし……」

「ユーエイトさん? ……どうしましょう。なにぶん機械の方は初めてだから、感情が見えにくいんです。なんとなく困っているのは伝わるのですが……」

 

チカチカとランプを点滅させるばかりで微動だにしないロボットの周りを、困惑する仲間たちが取り囲む。

機能停止というわけではなかろうが、まさか別機体のデータに侵食されてプログラムが書き換わってしまったのか……?

 

「計算 カンリョウ」

「うわっ! びっくりした!」

「考え事に集中するならそう言え! まったく……」

「スミ マセン タンテキ ニ 報告 スルト バリア ハ 解除 デキ マセン」

「……な、なんだって!?」

「どうにもならないの?」

「先程ノ 被弾デ 処理能力ガ 68%低下 アノ 医者ハ ヤブ医者ダ 闇医者ダ」

「贅沢言うなよ……まあ、闇医者は間違ってないかもしれんが……色々な意味で」

 

どうやらダークが修理できたのは、駆動系統に関する領域のみで、肝心の電子頭脳はショートしたままな為、敵のかけたロックを解除するには演算力が足りないと言う。

 

「私達……か、帰れない……という事ですか!?」

「イイエ 電送機 ハ 無事 デス ダカラ バリア サエ 突破 スレバ 大丈夫」

「だから、そのバリアが突破出来ないんだろうが! お前一人は通り抜け出来るから問題ありませんってか? 血も涙もない奴め!」

「短気 ハ 損気 最後マデ 聞ケ」

「何か策があるんだな?」

「ソウデス バリア ハ まぐまらいざーノ 機体上部 カラ カーテン ノ ヨウニ 降リ 注イデ イマス ソコニ とんねるヲ 開ケレバ イイ」

「トンネルを……? 穴でも掘れってか。時間はなさそうだぞ」

「コウ スルンダ」

 

そう言うと彼はバリアに向かって、やおら歩き出し……自慢の装甲を透明な壁に押しつけたかと思えば、丁度その境目でピッタリ立ち止まると、その太く短い足を大股にかっぴらいたのだ。

 

「サア ミンナ ココヲ 潜ルンダ」

「えっ!?」

 

見れば、ユーエイトのボディが傘になり、彼の股下の空間だけはスパークが起きていないではないか!

 

「なるほどな……だがこれでは一人ずつしか通れないぞ」

「できるだけ怪我人を先に送りましょう」

「よし、そう言う事ならヒロタ、お前が先に行って、向こうからアオキを引っ張ってくれ、こっちは俺達が支える」

「しかし……」

「悪いが、まだ上手く体に力が入らないんだ。俺じゃアオキを担いでタラップを上がれそうにない」

「……分かった」

 

頷いたヒロタがマルスを置き、匍匐前進でユーエイトの股下を慎重に潜っていく。

 

「狭いな……この短足め」

「今スグ 閉ジテ ヤロウカ 文句ハ アマギ隊員ニ 言ッテ クダサイ ダカラ 僕ハ 八頭身ニ シテクレ ト 頼ンダ ノニ」

「……それはそれでバランスが悪そうだな」

 

なんとか向こう側へたどり着いたヒロタが、両手を差しだし、アオキを寄越せと催促する。

少なくとも、この中で最も体格のしっかりした彼が通り抜けられたので、それ以外のメンバーも問題無いだろう。

 

ぐったりとしたアオキを受け渡そうと、ヒロタとソガが苦心する中、アンヌは仲間の功績を褒め称える為に、アオキの患部からようやく目を離し、機械仕掛けの隊員を改めて見据えた。

しかし……その時になって、ユーエイトの右腕が黒煙を吹き出しはじめている事に気付いたのだ!

 

「ユ、ユート! アナタ、右腕がっ!」

 

「大丈夫デス 右腕部ハ 装甲ガ タダノ はいまんがんすちーる デスノデ 強度ガ 足リナイ ダケデス」

 

「大丈夫って……よく見たらアナタ、他の部分も損傷し始めているわ! もしかしなくても、無理をしているんでしょう! 今すぐ止めなさい! このままじゃあ……」

 

「アンヌ隊員 ソレハ 承服 デキマセン」

 

焦るアンヌに、ユーエイトは静かに答える。

 

「他ニ 方法ハ アリマセン ソレニ 私ハ ロボット デスカラ」

 

「そんなの関係ないわ!」

 

「関係 アリマス」

 

ついにユーエイトの右腕は発火を始め、その他の部位パーツも、バリアの圧力に耐えかねたのか、徐々に弾け飛んでいく。しかし彼は、そのダメージに一切身動ぎしないのだ。

 

「人間ハ 死ンダラ オシマイ ダ デモ ロボット ニ 生命ハ ナイ」

 

「それは……! そうかもしれないけど、そんな理屈!」

 

「僕ハ イマ コノ体ニ 感謝 シテ イマス」

 

「感謝……? 何を言っているの?」

 

「僕ノ カラダ ハ カタイ カラ アナタヲ ダキシメテ モ 痛イ ダケダ。 デモ ソノ オカゲ デ アナタ達ヲ 僕ノ 大切ナ 人達ヲ 助ケラレル ソレガ 僕ハ 誇ラシイ」

 

「ユーエイト……!」

 

「僕ハ キット コノ為ニ 生マレテ キタンダ」

 

アオキを押し出しながら、ソガがぼそりと呟く。

 

「ユーエイト、お前の記憶データって奴は、何処にあるんだ。それを持って帰って、アマギにまた体を新しく作って貰おうじゃないか」

 

「ソレニハ 及ビ マセン 私ハ 生物デハ ナイ ダカラ 元カラ 電送機ニ 反応 シナイ ノデス」

 

「……なんだとっ!?」

「おいソガ!」

 

これまでは冷静に彼らの会話を聞いていたソガが、そこではじめて動揺し、アオキを運ぶ手を止めてしまう。

 

有機生命体以外は電送機に反応しない。つまり、彼は最初から帰れない事が分かった上で、付いてきていたという事なのだから……

 

「俺を助けるために……か」

 

「心配 イリマセン バックアップ ハ 基地ニ アリマス ソレデ 新シク 作レバ イイ」

 

「だがそれは……いや、お前がいいなら、気にしないでおくよ……」

 

「おいブリキ野郎」

 

ぐったりしたアオキの両脇に腕を通し、彼の体をユーエイトの下から引き抜いたヒロタが、そのままタラップへ向かう途中でふと立ち止まる。

 

「少なくともおれは……ウルトラ警備隊に、お前という隊員がいた事を、覚えておく」

 

「ソレハ 光栄ダ 次ニ 会ウ 僕ハ 恐ラク キミヲ 知ラナイ ガ 許シテ クレ」

 

「ふっ……どうせお前達とは金輪際関わるつもりもない。会わなければ同じ事だな」

 

そうしてはじめて柔らかく微笑んだ彼は、改めてこちらへ向き直り、大真面目な顔で戦友に対し右手を掲げた。

 

「ユーエイト隊員! 作戦中に名誉の戦死を遂げ、2階級特進! ……おれがお前にしてやれる事は、顛末書にこう書く事だけだ。どうだ嬉しいだろう、なんせ、ロボットがおれより偉くなるんだからな!」

 

「人間ノ クセニ ナマイキナ 奴ダ」

 

ロボット隊員もまた、その敬礼に応えようとしたが、上げようとした右腕が火花を散らして焼け落ちた為に断念せざるを得ない。

 

「早ク 行ッテ」

 

「じゃあな。……お前達もすぐ来いよ!」

 

バリアの向こう側からこちらへ指を突き立て、そう念押ししたヒロタは、くるりと踵を返し、アオキを担ぎながら片手で器用にタラップを登っていく。

 

「さあ、次は貴方がただ」

 

「えっ?」

 

「流石に民間人の親子よりも先に退避したとあっては、ウルトラ警備隊の名折れなんでね」

 

「こういう時は子供が先よ。さあユーリーさん」

 

「……ありがとうございます。ほら、ウリー。起きて……」

 

「ううん……ままぁ?」

 

促されたユーリーが、背負っていた子を揺すりながら、地面に降ろす。

寝ぼけ眼をこすりながら、ぼんやりしていた少年だったが、キョロキョロと辺りを見渡して、大好きな母がこちらに微笑んでいるのを見つけると、まだ眠たそうな顔をにこりと綻ばせた。

 

「さあ、この穴をくぐりましょうね……他の場所を触っちゃダメよ」

 

「とんねる?」

 

「そうよ、お母さんもすぐに行きますからね」

 

少年は、あまり事態を把握していない様子だったが、元から素直な性分なのか、母に言われた通り、しゃがんで鉄製のアーチを覗き込む。

 

「本当にありがとうございます、アンヌさん。ソガさん……」

 

ユーリーがホッと息をつきながら、胸を抑えて振り返った時だ。

 

笑顔でこちらを見つめる地球人達の背後で、急激に悪意が、敵意が、悍ましいまでの憎悪が膨れ上がり、爆発するのを感じた。

 

それはテレパシーを解するユーリーからすれば、べとべとと粘つく不快な質感すら伴う、強烈な悪感情の爆発であり、そのオーラに包まれた衝撃で全身が凍ったように固まってしまう。

 

だが、その渦巻く怒気の中から、髪を振り乱した群青の悪魔が、両手を突き出した状態で現れるのを見て、その手の中に鋭い害意の刃が圧縮されていくのを認識した時、彼女の体は恐怖の戒めを振りほどき、バネ仕掛けのように飛び出したのだ。

 

「危ないっ!」

『死ねぇっ!!』

 

ソガの動体視力は、その様子を全て捉えていた。

 

突如として血相を変えたユーリーが、二人の間をすり抜ける。

背後の息子を庇うように両手を広げ立ちはだかる女に、歪んだ空気の塊のようなものがぶつかり、彼女をずたずたに引き裂きながら、後方に跳ね飛ばす。

木の葉のように宙を舞ったユーリーが、そのままバリアの境で踏ん張るロボット目掛けて吸い込まれるように落ちていく。

 

そして迸る電光。

 

全てがスローモーションのようにゆっくりと過ぎていった。

 

「きゃああああ――っ!!」「ガガガggggg」

「ユーリーさんっ!」

 

巨大な電極と化したユーエイトへ、念動波によって勢いよく叩き付けられた彼女は、そこで激しくスパークし、全身からぶすぶすと白煙を立ち昇らせながら倒れ伏す。

 

「……まま?」

「ユーリーさん! ユーリーさん、しっかりして……! ああ……だめだめ、ダメよそんなの……ダメだったら……」

 

咄嗟に駆け寄ったアンヌが彼女を助け起こすも、その瞳はどんどん力無く閉じられていく。

半狂乱になってポーチを弄るが、今の彼女に対してアンヌに出来る事が何一つとしてないのはもはや明白だった。

 

『ハ、ハハ……カハハハハハハ……!! そうだ……死ね! 死んでしまえっ!』

 

砂利を踏みつける音と共に身を起こしたのは、ゴース首領。

自暴自棄となった彼は、メトロン星人の残していった幻覚クラシックによって奪われた体の自由を取り戻す為、部下たちに施した理性消去を、なんと自らに対して行う事で、遂に怨嗟と復讐の怪物と化してしまったのだ。

 

『我々の覇道を邪魔立てするものは全て殺す!! 誰一人として生かしてかえさんぞ! 帰すものか……皆殺しだ! みんな! みんな! ハハハ、ハハハハハハ!!』

 

「……」

 

ソガが呆然と視線をやれば、目に映るのはバリアの向こうで静かに転がるユーエイトと、黒こげになったユーリー星人に縋り付くアンヌと少年。

 

その地獄の如き悲惨な場面を見て、心底嬉しそうに嬌声を上げるゴース星人へ、彼の腹の奥底から湧き上がってきたのは……怒り。

 

純粋な憤怒の激情が、ソガ達の中で爆発した。

 

「「……こ……の……くそやろうがぁああああ!!!」」

 

傍に落ちていたマルス177を拾い上げ、何度も何度も引き金を引く。

 

『ギ、ギャハ、ハハ……ギャハハババ……』

 

その度にゴース星人の体が光線に貫かれ、電気に痺れたように跳ね上がる。

 

それでも脳内に響き渡る悍ましい高笑いが途切れない。なんという執念だろう。

 

額、心臓、喉に肺。人間であればおおよそ即死の急所を全て撃ち抜いても飽き足らず、筋肉と神経が焼け焦げて反応すら引き起こせなくなるまで打ち続けて、ようやく彼らは止まった。

 

はあはあと肩で息をしながら振り向いたが、そこにあるのは先ほどと同じ光景だ。

 

ゴース星人を殺しても時間は戻ってこない。

鋼鉄の覚悟も、母の愛も、無惨に踏み躙られてしまった。

狂える暴力の化身が全てを台無しにしたのだ。

そしてそれを自分たちは止める事が出来なかった……

 

押し寄せる後悔の波にもう一度、憎き侵略者を睨みつけようとした時……もはやピクリとも動かない死体から、なにかどす黒いもやのようなものが湧き上がり、辺りに薄く飛び散っていったような……

 

「……なんだ今のは」

 

「ねえ! 起きてユーリーさん! あなたがいなくなったらウリー君はどうなるの!? ねえ、せっかく会えたんでしょう! 目を閉じちゃダメ! お願いよ……起きて……起きてユーリー!」

 

「アンヌ……」

 

しばし呆然としていたソガであったが、後ろで叫ぶアンヌの痛ましい声でハッと我に返ると、そちらの方へ重い足を引きずった。

 

全身から出血し、重篤な火傷を負ったユーリーに、もはや助かる術はない。

アンヌが涙の零れ落ちるのも気にせず、何事かを呼びかけ続けるのを見て、ソガはその肩へそっと手を置き、やんわりと彼女を引き剥がそうとする。

 

それでも、アンヌは。

 

「ユーリー! 聞きなさい!! ウリー君に何も言わないまま居なくなるつもりなの!? 気力を振り絞るのよ! 生きたいとっ! 願うの! 死神に打ち勝って! 諦めたら……死んでしまうわ! 起きてユーリー! ねえ起きるのよ! 起きなさいったら……!」

 

 

 

 

――――――起きなさい!――――――

 

 

 

 

「……ハッ」

 

部屋の中で、一人の男が目を覚ました。

 

彼はそのまま弾かれたように身を起こそうとするが、激痛が全身を駆け巡り、低いうめき声を漏らす。

 

「今のは……うっ……!」

 

「ダン! 起きたのか!」

 

誰かが慌てた様子で駆け寄ってくる。

霞む視界に入ってきたのは、彼のよく知る顔だった。

 

神経質な瞳を、不安げに震わせながらこちらを覗き込んでいるのはアマギ隊員だ。

 

「だめじゃないか、急に動いたりなんかして。キミは、重傷を負っているんだぞ」

 

「アマギ隊員……ここは?」

 

「科学班の仮眠室だ。残念ながらメディカルセンターは満員でね。ダンにはこちらの方がいいだろうって、アンヌがさ。しかし目が覚めて良かった。すぐにキタムラ博士を呼ぶよ」

 

「……アンヌは?」

 

「彼女は……その……」

 

アマギの視線が下を向き、一拍置いてから妙に明るい声が帰ってくる。

 

「患者が多いらしくてね! すごく忙しいんだそうだ」

 

「……嘘ですね」

 

「いや……そんな事は……」

 

消耗したダンでは、今の姿でテレパシーを使う事が難しい。

だが、そんなもの使わなくても分かる。

 

アマギ隊員は誠実だ。

 

だからこそ、何かを聞かれたなら、なるべく詳細に答えようとする。

 

でも今の返事は、そんな彼の言葉としては、あまりにも抽象的に過ぎた。

忙しい、とは言ったが……それがアンヌであるとは一言も言っていないのだ。

 

これは、ソガ隊員がよく使う手だった。

嘘を吐くときに、まるきり違う事を言うのではなくて、あえて関係する事実だけを捲し立てて、それを聞いた相手が勝手に都合良く解釈するのを待つのである。

 

これにはダンも、何度となく騙されてしまったものだ。

ソガ隊員は、相手を陥れる意図が無く、そのうえ対して重大な事柄でもなければ、それをいくらでも誤魔化して構わないと思っている節があり、息をするように小さな嘘を吐く悪癖があった。

 

だが、それに慣れてしまったからこそ、アマギ隊員の捻り出した、苦肉の策とも言える拙い誤魔化しを見破る事が出来たのかもしれない。

 

アマギ隊員は正直だから、たったあれだけの事を言うのですら、僅かに躊躇してしまうのだろう。

 

先ほどセンターが満員だと言ったばかりなのに……患者が多いらしい、だなんて! この手の重複を一番嫌うのは、なによりアマギ隊員本人であろうに、やはり慣れない事をするもんじゃない。

もしもソガ隊員が言ったなら、「それぐらい言わなくてもわかるよ」と皮肉を刺しに行ったのは彼だっただろう。

 

その様子がありありと目に浮かび、ダンは思わず小さな笑みを溢した。

 

「ダン……?」

「アマギ隊員、ソガ隊員は今どこにいるんです? 基地にはいないのでしょう?」

「えっ……!?」

 

ダンにいきなりそんな事を聞かれたアマギは戸惑った。

 

ソガがゴース星人に捕まって、彼らのメッセンジャーに使われている事は、誰もダンに伝えていないハズ。

ただでさえ重傷を負って苦しむダンに、そんな事を知らせれば余計に心配させるに決まっているからだ。

 

だが……彼はとても耳がいい。病室で患者の誰かが話していたか……さもなくばあの放送を聞いたのか。

 

「安心しろ……今、何人かでゴース星人の基地へ救助に向かったよ。アンヌもそっちに付いて行ったんだ。これは本当さ!」

「やっぱり……」

 

では、先ほど見たあの光景は……

ダンは、くしゃくしゃの泣き顔でこちらを覗き込むアンヌと、やるせなさで満ち満ちた無念そうなソガ隊員を思い出す。

 

「助けに行かなくては……」

 

「えっ? いったい何を言ってるんだ。突入チームが出発したのはずっと前だぞ。そろそろ戻ってくる頃さ」

 

「いいえ、作戦は失敗したんです……彼らは帰還の手段を失って困っているはずだ……」

 

「おいおい、夢と現実の区別が付いてないんじゃないか、ダン。うなされていたからな……傷と心配のせいで、悪い夢でも見たんだろう」

 

「夢……」

 

果たして本当にそうなのだろうか。

しかし、先ほどから続く激しい胸騒ぎは……

 

「アマギ隊員、喉が渇きました。お水を一杯いただけませんか?」

 

「……ふふ」

 

「どうしました?」

 

ダンは、こちらを見つめるアマギにそんな注文をつけた。

起き抜けで喉がからからなのは本当であったが、今はゆっくり水を飲んでいる場合ではない。

当然、アマギ隊員の注意を逸らす為だった。

 

しかし彼はしたり顔で微笑むばかり。

 

「その手は食わないぞ、ダン」

「えっ?」

「アラキ隊員から聞いているんだ。お前がよくベッドを抜け出すから、注意深く見張っておいてくれってな。有名な話さ……ほら、みろ」

「あっ!」

 

アマギが指差した通り、ダンの下半身は毛布でぐるぐる巻きにされており、その上からゴムバンドで固定されていた。

それはあくまで、彼がベッドから転がり落ちたりしないようにする為で、決して脱走を防ぐ用途の拘束ではないのだが……少なくとも、誰かの力を借りない限りは、ダンがいきなり布団を撥ね除けてどこかへ行く事は出来ない、という点に変わりは無かった。

 

「さあ、御所望の水だぞ。まずはこれでも飲んで落ち着け」

「……ありがとうございます」

 

不服そうな顔を隠しもせず、受け取った水を飲み干すダン。そして、すぐさまアマギに協力を仰いだ。

 

「アマギ隊員、これを解いて貰えませんか?」

「だめだ」

 

先ほどまでは、ダンの失敗を揶揄うように穏やかな笑みを浮かべていたが、真面目な顔に戻っては首を横に振るアマギ。

 

「お前は重傷患者なんだ。これで歩き回らせちゃ、僕こそアンヌに会わせる顔が無いよ」

「彼女が呼んでるんです」

「彼女って……アンヌが?」

「ええ」

「……馬鹿馬鹿しい。どうして彼女の声が聞こえる? 幻聴だよ。熱によるせん妄という奴だ」

「それは……」

 

言い淀むダン。

確かにこの場面においては、アマギの言い分の方がはるかに説得力があった。

 

「第一、それがもし本当の事だったとして、君を自由にしたところで何が出来るって言うんだ? いいかい。ゴース星人の基地は、地下一千メートルの場所にある。そこに行く為のマグマライザーは、彼女達の使った1台だけで、もう僕らが後を追いかける事は出来ない。彼らが戻ってくるのを大人しく待つしかないんだ」

 

「マグマライザーで潜ったなら、トンネルがあるはずです! 地下へと続くトンネルが……その中を飛べばいい」

 

「冗談じゃない。ホーク1号がいくら高性能と言ったって、地下トンネルに引っかかりもせずに飛ぶなんて出来っこない。あの隊長達の腕を持ってしても、そんな事は不可能なんだ。……諦めろ、ダン」

 

アマギは寂しげに呟いた。彼は別にダンの言い分を信じたわけではないが……未だにアンヌ達が姿を見せない事に焦燥を感じてもいた。

 

そろそろ時限爆弾のタイムリミットだ。

 

それまでに戻る事が出来なければ……彼らと再会することは二度と無いだろう……と。

 

アマギはその悲しみを紛らわす為に、ダンの治療器具を用意する事に専念し始めた。

 

「……いいえ、出来ます。僕には……それが出来る」

 

「なに?」

 

だが、そう力強く断言する声に振り返れば……ダンが、何かを逡巡するかのように、瞑目したまま胸の前で拳を握っている。

 

堅く閉じられた瞼は、彼自身の迷いを反映するかの如く小刻みに震えていたが……やがてそれを開いた時、ダンの瞳には、強い信念と決意の光だけが宿っていたのだった。

 

 

「アマギ隊員……ぼくは、ぼくはね……人間じゃないんです。M78星雲から来た、ウルトラセブンなんだっ!」

 

 

がしゃぁん……っ!

 

 

静かな仮眠室に響き渡ったのは、アマギが取り落とした金属盆が、床に叩き付けられた音。

 

載せられていた銀紙や薬瓶の破片が一斉に辺りへ飛び散り、電灯の光をきらきらと反射する。

 

ぐわんぐわんと、床でトレイが回る以外には、部屋の全てが、まるで時を刻むのを忘れたかのように止まっていた。

何も、誰も動かない。

 

そんな消された時間の中で、ダンは、アマギの反応をただじっと、待っていた。

こちらを見つめる彼の瞳が、僅かに揺れる。

 

床ではしゃぐ銀皿の反射光が、彼の押し隠した不安を、ちらりと瞬かせた。

 

それを見たアマギが、口を開いて発した言葉は――

 

 

「……馬鹿いうな」

 

 

――嗚呼。

 

思わず顔を伏せたダンの胸に到来したのは、寂寥? 落胆? それとも諦観だろうか?

 

――やはり。

 

ダンは、何かが込み上げてくるのを必死に堪えた。

 

いったい何を期待していたんだ、ぼくは。

 

当たり前じゃないか。いきなりそんな事を言って、信じてくれるだろうと思ったのか……?

 

それとも目の前の男が、恐るべき力を持つ宇宙人だと分かった時、地球人がそれを手放しで喜べる程に無邪気な存在ではないと分かっていただろうに。

 

握った拳が、真っ白なシーツに皺を作る。

 

 

……そんな手の上に、もう一つの掌が優しくそっと添えられた。

 

「お前が人間じゃないだって……?」

 

ダンの肩がびくりと跳ねる。

 

「そんな馬鹿な話があるもんか。……だってお前はこんなにも……人間じゃないか」

 

「えっ?」

 

思わず上げた視線の中で、アマギは穏やかに微笑んでいた。

 

そこには拒絶も、畏怖も、隔意もない。

 

ただ、仲間の勘違いを優しく諭す、思いやりと親愛の情しか浮かんでいなかった。

 

「こうして僕らと同じように、時には不安に震えて、簡単に傷付いてしまうような……そして、誰かの為にその痛みすら厭わない勇気を持った……一人の立派な人間さ。どこまでも人間らしい男だよ、お前は……。だからなダン……そんな寂しい事、言うな……」

 

「――ッ!? ……しかしぼくは……やはり地球人ではない。あなたがたとは……違う」

 

「お前が宇宙人だろうが地球人だろうが、俺たちの大切な仲間である事に変わりはないだろう? 無敵の勇者ウルトラセブンは、優しくて純粋な……モロボシ・ダンでもあるんだろう? ……それだけの事じゃないか」

 

ダンはそれを聞いて、虚を突かれたように固まった。

 

……そうだ、ぼくはウルトラセブンであるし……それと同時にモロボシ・ダンなのか。

 

いつからだろうか、その二つの存在を、全く別のものとして考えてしまっていたのは……

 

「……驚かないのですか……?」

 

「さあ……びっくりしなかったと言えば嘘になる。だけど、それ以上に驚いているのは……それを僕が、こうまで自然と受け容れているという事にだ。……多分、心のどこかで気付いていたのかもしれない……君の正体がセブンであると……」

 

アマギは、自らの複雑な心理を自覚した事が、思った以上に衝撃的だった様子だ。

なにせ、ここまでずっと上手くこちらを欺き続けていたのは、他ならぬ自分自身だったのだから。

 

「それを知らず知らずのうちに、考えないようにしていたんだろう……きっと、怖かったんだ。それを言ってしまえば、お前がどこか遠くへ行ってしまうような気がして……怖かったんだ。……お前と同じさ、ダン。俺たちは、とんだ臆病者の似た物同士だったらしい。これじゃ、ソガの奴を笑えないな……」

 

「ははは……そうですね。本当だ……」

 

ひとしきり笑い合う二人だが、やがてアマギが怪訝そうに小首を傾げる。

 

「だが……今でもやっぱり信じられないな。キミの言葉が、じゃないぞ、ダン。こうしてしっかりと地球人の姿をした君が、ひとたび正体を現すと、あんな天を衝くような巨人になってしまうなんて……それだけがどうしても実感が沸かないんだ」

 

不思議そうにダンの手を何度も握るアマギ。

その掌は柔らかで、温かく、彼の想像するようなガチガチに圧縮されているわけでも、常軌を逸して冷たかったり熱かったりするわけでもない……いや、少し訂正するべきか。

 

ダンの手は、平均的な人間の体温と比べれば遥かに熱を帯びていた。健康体とは口が裂けても言えない温度だ。やはり、怪我が響いているのだろう。

 

「ああ、それは簡単な事ですよアマギ隊員……僕たちの正体は……光なんです。光には質量が無い。だから、既存の質量法則に縛られずに動けるんです」

 

「なるほど……」

 

ダンの説明を聞いたアマギは、静かに頷き、少しの間だけ考えこんだ。

そして、何かに納得したのか徐に顔を上げ、先ほどから握っていたダンの手を、両手でさらにいっそう強く握りしめた。

 

「だったら尚のこと、君を行かせるわけには、いかない」

 

「……な、なぜです!? アマギ隊員! 手を離して下さい!」

 

厳しい表情のまま、頭をふるアマギ。

 

「嫌だね。ダン、この手を離してしまったら、お前はどうせ、あの姿になって、二人を探しに行く気だろう。だがそれは……君の命を削るに等しい行為だ。今の君は……その怪我が無くたって、もう充分に限界なんじゃないのか?」

 

「……なぜそれをっ!?」

 

ダンは、思わず素のままの驚きを口にしてしまった。

なぜ、医者でも無い彼にそんな事が分かるのか。

 

最近はかなりギリギリだったとは言え、あのアンヌの目だって騙し通してみせたのに。

 

「今、君が教えてくれた事じゃないか。ダンの正体が、光の粒子そのものだと言うのなら、君がこうして一所に留まっている事それ自体が、相当な無茶を重ねている状態だ。凄まじい速さで、常に動き続ける粒子の運動を止めたなら、確かに莫大なエネルギーを取り出せるだろう。だが、その反動を制御するのは至難の業で、しかも、速度を失った光からは、保有エネルギーが急速に失われていく……」

 

「……」

 

あまりの衝撃に、ダンは言葉を紡ぐ事が出来ない。

 

「君たちの故郷は、相当に降り注ぐ太陽光が強いのだね、ダン。恐らくこの地球からでも、肉眼で見えるかもしれない……それはつまり、この地球上では……君の肉体を維持する事は出来ないと言うことさ。その上で、今の君は重体だ。次にエネルギーの抽出を行ったりなんかしたら……今度こそ、不足分を補う為に対消滅してしまいかねない。……そうか、光を食うってのはこういう意味だったのか……! もっとマシな表現があっただろう、ソガの奴め……」

 

「アマギ隊員……あなたはやっぱり……凄い人だ!」

 

毒づくアマギの手を、ダンはその上から、さらに握り返した。

迫り来る感動の波が、彼の腕を跳ね上げたのである。

だが、対するアマギの反応は薄いまま。

 

「お世辞はやめてくれ、ダン。君達の星の科学に比べれば、僕ら地球人のなんとちっぽけな事か。今の僕では、そのプロセスがどのようなものなのか、とっかかりすら掴めないんだ。何が名プランナーだよ。僕では君の痛みを取り除いてやる事すら出来ない……」

 

「違う、違うんですアマギ隊員。僕は、地球人の科学や故郷の技術をどうこう言いたいんじゃありません。あなたの考え方や、発想や、その観察力を……いつでも冷静さを見失わない、あなたという人間の在り方自体を、尊敬しているんです! 現に、アマギ隊員は僕を何度も救ってくれました! だからこそ……!」

 

そんなあなたが、自分と同じだと言ってくれたから、こんなにも嬉しいんじゃありませんか。

 

「なあダン。お前はこれまでずっと、僕たちの為に戦い続けてきてくれたじゃないか。君が地球を大切にしてくれたように、僕らにも、君を大切にさせて欲しいんだ。……頼むよ」

 

「……アマギ隊員っ! ……ありがとうっ!!」

 

ダンは、目から雫が零れるのを我慢出来なかった。

それを我慢しようとも思わなかった。

 

だってこんなにも愛おしい。

こんなにも誇らしい。

それだけのものを、彼らは私にくれたのだ。

 

「アマギ隊員……お願いです。そのポーチを取っていただけませんか?」

 

「ポーチ……これか?」

 

ダンは枕元に集めてある、ヘルメットや装備品の中から、銀色の簡素な箱を指差した。

 

アマギはまたぞろ逃げ出す隙を作るつもりではないかと疑いながら、慎重に腕を伸ばし、片手でダンを捕まえたまま、その箱をこちらまで引き寄せる。

 

「アマギ隊員……あなたになら……これを安心して託すことが出来る」

 

「託す……? なんだい、これは?」

 

アマギが訝しげに箱を開けると、なんという事はない、中には五色のカプセルが、ただ大人しく収まっているだけであった。

 

「私の、大切な仲間達です。……明けの明星が輝く頃、西の空に、一つの光が宇宙へ飛んでいく……それが僕なんです……私に何かあったら、彼らが地球を守ってくれるでしょう」

 

「待て、その言い草は! おい、ダン!」

 

ハッとしたアマギが顔を上げるが、その時既に、ダンは左の胸ポケットから、何か赤い……奇妙な形の眼鏡を取り出していた。

 

しかし、眼鏡にしては不自然な形状をしている。

耳にかける為の金具が無い。

 

それでは、オペラグラスのように、指で摘まんで顔の前に持っていかなくてはならないではないか。

 

そこまで考えた時、アマギの観察力は、その眼鏡のレンズ部分が、我々のよく知る誰かの目元と、非常に酷似しているのだと警鐘を鳴らす。

 

アマギは咄嗟に腕を伸ばそうとしたが、どうしても手元のケースを放り投げる事が出来なかった。

なにせ、遙かなる友人が、初めてくれた贈り物であるからして。

 

そうするには、彼は誠実すぎたのだ。

 

「まさか!? ダン! やめろ!」

 

「ソガ隊員が、ピンチなんだよっ!」

 

 

デュワァーーッ!!

 

 

眩い光が辺りに迸り、小さな部屋を閃光が覆い尽くす。

 

あまりの光量に、反射的に顔を伏せ、腕を盾にしたアマギが、恐る恐る目を開けると……

 

そこにはもう、モロボシ・ダンの姿は無かった。

 

ただ、力任せに解かれた毛布やバンド達が散乱し、扉が大きく開け放たれているのみだ。

 

すぐさま廊下に走り出て、左右を確認してみても、赤い背中は見当たらない。

 

「ダン……! ダァァァァァァン!」

 

叫ぶアマギの声だけが、基地の廊下に木霊した。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「かっひゅ……ハア……ハア……」

 

「ユ、ユーリー!」

 

不規則な息遣いが、瀕死の女に戻ってくる。

 

アンヌは一瞬だけ嬉しそうな顔を見せたが、すぐにその表情を曇らせてしまった。

 

いくら意識を取り戻しても、もはや助かる見込みがないのは、何より彼女が一番よく分かっているからだ。

 

なんなら、アンヌの呼びかけによって死を一時的に遠ざけたとしても、ユーリーにとっては、それだけ苦痛を長く味わうだけとも言える。

 

だがアンヌには、そうせねばならない理由があった。

 

「ユーリーさん! ウリー君に、何か言ってあげて! お願い!」

 

「あ、あ……あん……ぬ……さ……そ…が……ん……」

 

「違うわ! 私たちじゃない! ウリーよ!」

 

「まま……! ままぁ! ままぁ!」

 

「う、り……うり……ぃを、たの……ねが……ぃ」

 

「違うわ! あな、あなたが! あなたが育てるの! この子を立派な人にするのよ! そうでしょ! あなたみたいに優しい子に! するの! 一緒に生きるのよ! 二人で一緒に! 言って! 何でもいいから! 言うの! ウリーに直接! 言いなさい! ユーリー!」

 

「ま、ま……まま……」

 

「う、り、い」

 

アンヌは鎮痛剤を打った。覚醒剤も合わせて打った。なんならその他の、普段では決して使わないような恐ろしい劇薬すらも、全て併用した。

 

全ては彼女自身の口で、息子に別れを告げさせる為だ。

 

「うりー……かおを……みせ、て……」

 

「ままぁ……いやだ…………ひとりに、しないでぇ……」

 

「いき、なさい……うりー……こわく、ないわ……」

 

「こわいよ。ままがいないの、やだ。まま、まま!」

 

「ごめん……ね……うりぃ……ぅうう……!」

 

ユーリーの腕が震える。アンヌはその手を取って、泣きじゃくる幼児の顔に触れさせてやった。

 

「ああ、うりー……わたしの……いとしい……こ……」

 

「まま……?」

 

「ぁぃ……し……」

 

「やだ、やだやだやだ! いやだよままぁ!」

 

「……」

 

それきり、彼女は一言も発さなくなり、縋り付く我が子を抱きしめる事も無かった。

 

「良かったのか、あれで」

 

「分からない。でも……あの子自身が何も分からないままよりは……別れが不完全なままだと、成長した後に精神が歪になってしまうわ……今は……深く傷付くかもしれないけれど……ユーリーさんがあの子を愛していた事だけは……例えいつか忘れてしまったとしても……」

 

「そうか……」

 

痛ましげな表情で頷くソガとアンヌ。

 

しかし、いつまでもこうしては居られない。

この基地はもうすぐ壊滅するのだから。

 

せめてウリー少年だけでも連れて帰らなくては。

 

「とはいえ、どうやって帰りましょうか」

 

「マグマライザーの開けたトンネルを上がっていこう……運が良けりゃ助かるかもしれん」

 

アンヌはチラリと、マグマライザーの傍らで静かに横たわる、もう一人の犠牲者に目をやった。

ユーエイトがせっかく体を張ってまで皆を帰そうとしてくれたのに、こんなことになってしまうなんて……

 

「お、おい! お前! なんだ!?」

 

「えっ?」

 

ソガの驚いた声に振り向いたアンヌは、悲鳴を上げそうになりながら、なんとかそれを堪えた。

 

なんと、母の死体に縋って泣いていたウリーが、苦しげに悶えながら、徐々に大きくなっていくのだから。

 

「う、ぐ……あ……あが……うごあっ!」

 

「もしかして……ウリー! だめっ! 悲しみに呑まれて自分を見失わないでっ!!」

 

「なあアンヌ! この子はいったい……!? 何者なんだ!」

 

「この子は……あの時、セブンと戦っていた怪獣よ! ゴース星人に捕まって利用されていたの! 多分、母親を失ったショックで暴走しかけているんだわっ!」

 

「なんだって!?」

 

その時、辺りに醜い笑い声が響き渡った!

 

『そうだ! 憎め! 怒れ! 全てがお前の敵だっ! お前から大切なものを奪っていくぞっ!』

 

「この声……! さっきの糞野郎だと!? どこだっ! どこにいる!」

 

『ははは! 奪われるまえに殺せ! 破壊しろ! お前の力で、全て消し去ってしまえーっ!!』

 

「うがああああっ……!!」

 

「やめてーっ! ウリー! お母さんの言葉を思い出して! 彼女はアナタにそんな事をして欲しいんじゃないわ!」

 

「くそっ……聞こえてない……!」

 

『ウリンガ! タイプヌルよ! 今こそ覚醒の時だ! まずは手始めに、この星の生命を皆殺しにしてやれっ! ははは、はははははは!!』

 

「があああああっっー!!」

 

みるみるうちに、ウリーの姿が変貌していく。

ふくふくとした腕は、膨張した骨格で見る影もない程に変わり果て、赤いちゃんちゃんこは弾け飛び、その下からは、赤く脈打つ筋肉と、青く光り輝く肌が不気味なコントラストで混ざり合う。

 

無邪気なあどけなさの残る、可愛らしかった顔も、いつの間にか目の周りに隈取りの如き邪悪な紋様が浮かび上がり、その肌は銀粉でも吹いたような輝きを発し始めていた。

 

しかもその中で最も恐ろしいのは、彼の肉体を突き破って、鈍色の刺刺しい鎧が所処からか滲み出したかと思えば、まるでそれ自体意思を持ち、生きているかのような動きで四肢に絡み付き、かれの肉体を覆い尽くしていった。

 

鋭い冷気を放つ、氷の茨の戒めに、ウリーがどんどん飲み込まれていく……

 

「ウリーッ!」

 

「ふがぁあああっ!」

 

ついに地下空間よりも大きくなってしまったウリンガは、頭で岩盤をかち割ると、獣の如き狂った雄叫びと共に、地上へと這いだしていった。

それと同じくして、あの耳障りな高笑いも遠ざかっていく。

 

「ああっ……そんなっ……!」

 

「アンヌ! 危ない!」

 

呆然とするアンヌの頭上に、崩れた岩盤が落ちてくる。

気付いたソガが、咄嗟に彼女を引き寄せなければ、そのまま押しつぶされていただろう。

 

目の前で、ユーリーの死体が岩の下敷きとなって消えた。

 

「あ、ああ……ユーリーさん……ごめんなさい……」

 

それと同時に、基地の奥から地響きのような振動が伝わってくるではないか。

 

ついに地底ミサイルの軌跡からマグマが噴出し、基地の崩落が始まったのだ。

 

「まずい! トンネルが!」

 

一縷の望みであった入口も、その揺れに合わせて崩れ落ち、ソガ達は地下空間に取り残されてしまう。

 

「ちっ、万事休すか……」

 

マルスでバリアを撃ってみたり、岩を押してもみたのだが、最早どうにもならない。

 

「私たち……ここで死ぬのね」

 

「諦めるな! 生きたいと願え! さっき自分で言った事だろう!?」

 

「それはそうだけど……もう私たちに出来る事なんて……」

 

目を伏せるアンヌ。

しかし。

 

「……なに? 呼べ? こんな時に何言ってやがる? それより、大人しく寝てろと言っただろうが!!」

 

「えっ?」

 

アンヌに背を向けたソガが突然、虚空へ向かい独りで喋り出した。

 

これには、流石のアンヌも驚くしかない。

ソガ隊員の奇行は今に始まった事ではないが……ついに死の恐怖と、閉鎖空間による焦燥で気が狂ってしまったのでは……?

 

「なにぃ? そんな場合もへったくれもあるか! だいたい、呼べば来るとはどういう理屈だよ! お伽話の王子様じゃないんだぞ!」

 

「ソガ隊員……?」

 

もしかして、ダークが先ほどのように呼びかけてきたのであろうか……?

 

「……やらないよりマシだぁ? それは! ……そうだが……チッ! 分かったよ! 呼べばいいんだろ、呼べばっ!」

 

「ねえ、ソガ隊員。あなた、さっきから誰と……」

 

「アンヌっ! ダンを呼べっ!」

 

「えっ? ダンを!?」

 

遠慮がちに声をかけようとした瞬間、急にこちらへ振り向いたソガが、血走った瞳でそう言った。

 

「……だめよ。そう言えばソガ隊員は知らなかったわね……ダンはいま重傷なの。だから助けになんか来られないわ」

 

「そんな事は分かってる! ……でもな! 今まで奴が俺たちの期待に応えなかった事なんか、一度でもあるか!? モロボシ・ダンはミラクルマンだ! 愛する者の為ならば、自分の身を犠牲にしてでも助けに来なくちゃ気が済まない! 奴はそういう男だ! そうだろ!?」

 

「……そうよ! でも、それならなおのこと、こんな所にダンを呼べないわ。道連れにしてしまうもの……きゃあ!」

 

「いいか、アンヌ! 俺達だけなら良かった。でも、俺達を助ける為に、お前まで巻きこんでしまった! だったら俺は! 何が何でも! お前だけは地上へ帰さなくちゃならないんだ! 例えそれで奴が死ぬ事になっても! お前だけは死なせる訳にはいかん! そんな事になったら、ダンに会わせる顔が無い! だから頼む! ダンを呼んでくれ! ここにいるんだと知らせるんだ!」

 

ソガ隊員の言っている事は、最早めちゃくちゃであった。

それでも、その血気迫る様子に嫌とは言えず、アンヌは半信半疑でビデオシーバーに呼びかける。

 

「……アンヌよりダンへ、アンヌよりダンへ。 聞こえるかしら? ダン……」

 

「そんなんじゃない! いいかアンヌ! こうやるんだ!」

 

ソガは、筒状にした両手をメガホンのように口へ宛がうと、胸いっぱいに空気を吸い込んでから、力の限り喉も裂けよと声を振り絞った。

 

「……ッダア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァァァァァン!」

 

地下の壁に反射した声が木霊のように虚しく響く。

 

「もう1回だ! ……ッダア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァァァァァン!! アンヌも! ほら一緒に! ッダア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァァァァァン」

 

「ダァーーーンっ!!」

 

「ッダア゙ア゙ア゙ガッ……げほっ、げほっ……ダア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァァァァァン!!」

 

「ダァーーーーーンっ!!」

 

いくら呼んでも……

 

そして、ひときわ大きな揺れが、基地を襲った。

 

びしりと不吉な響きと共に、背後の壁が丸ごと剥がれ落ちて、彼らを押し潰そうと迫る。

 

アンヌの脳裏に、走馬灯のように浮かんだその顔は……

 

 

「助けてぇーっ! ダァーーーーーーーン!!」

 

『デュワァーッ!!』

 

 

どこからともなく現れた、力強く頼もしい真紅の腕が、岩盤を割り砕き、二人を温かく包み込んだ。

貴方は原作『ウルトラセブン』を観たことが

  • ある
  • ない
  • なかったが、本作をきっかけに視聴した。
  • 他昭和ウルトラシリーズは観ていた
  • 平成ウルトラシリーズは観ていた
  • 令和からだゼェェット!
  • そんなにシンが好きになったのか(完全新規
  • その他(感想欄かDMにでも)
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