転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる! 作:Mr.You78
「おおーい!」
朝日を背に、互いの肩を抱き合いながら、ボロボロの男達が歩いてくる。
「……ダン!」
「ソガー!」
今にも倒れそうな二人の元へ、仲間たちが駆け寄り、方々から思い切り抱きしめた。
「うわっ!」
「よく無事で帰ってきたなぁ……! 偉い! おめぇ達は本当に……偉いぞ!」
「お帰りなさい……! ダン!」
「うん……ただいま、アンヌ。ただいま、みんな!」
号泣したまま胸に飛び込んできたアンヌを、ダンは優しく受け止め、その髪をそっと撫でる。
その表情はとても穏やかだ。
アンヌだけではない。
フルハシも、アマギも、ヒロタも、ノンマルトの乙姫姉妹も、みんながダンの帰還を心から待ち望み、祝福していた。
「まったく、あんな出て行き方があるもんか。今生の別れになるところだったんだぞ」
「すみません……アマギ隊員」
「いいさ……こうして生きて帰ってきてくれれば、それで」
「なあ、オレは?」
「お前は……もっと酷い! 勝手に人を庇って捕まりやがって! こっちの身にもなってくれ! おまけに戻ってきたかと思えば、またひとりで突っ走る……! だいたいなあ、反省というものが無いのか! お前の辞書には!?」
「わ、悪かったよ……」
「セブン……いや、ダン隊員。ご苦労、そしてありがとう。まさか君の正体が……今でも信じられん」
「こちらこそ、さっきはありがとうございました、ヒロタ隊員。おかげで命拾いしました」
「ふん……礼ならソイツに言うんだな」
「お? なんだ? ついにデレ期か?」
「くたばり損ないめ、頭でも打ったか」
「ハハハ……相変わらず仲が良いんですね」
「「良くない!」」
「ありがとうございます、ウルトラセブン……」
「ノンマルトの全氏族に代わって、お礼を申し上げます」
「君たちの助力があったからこそだよ。東京は無事なんだね?」
「はい。グビラやペギラを操っていた者がいなくなり、円盤も総崩れとなりました」
「いま、怪竜と星鉄竜で、敵が残っていないか見回っているところです。ただ……」
「そうか、ザバンギがやられちまったのか……」
「はい。いずれ回復するとは言え、彼の抑えを失って……大地の底で多くの怪獣達が目覚めたのを感じます」
「これから我々は、さらなる強大な敵と戦わねばならないかもしれない」
「それを引き換えにしてでも、君たちが地球の為に立ち上がる決意をした事。僕は……心から尊敬する」
「我々には過分な言葉ですセブン……その賞賛は、彼にこそ……」
「ヤオ、その話は後にしよう。今は……今だけは、オレ達全員の勝利を祝おうや。な? 我々、地球人類の勝利を、さ……」
「……はい」
そうして仲間たちが、ひとしきりダンの手を握ったり、背中をさすって労った後、環の外から二人の漢達が進み出て、ダンの前に並び立つ。
その片割れは、険しい表情でヘルメットの顎紐を外してから、ゆっくりと脱いだそれを小脇に抱えると、普段の態度からは考えもつかない程に折り目正しく踵を揃え、誠心誠意、頭を下げた。
「モロボシ……赦してくれ」
「クラタさん……顔をあげて下さい。貴方のお叱りはもっともだ。あれは……紛うこと無く、僕のミスです」
「それでもだ……尻拭いは御免だ等と、あれだけ偉そうな事を言っておきながら、今までお前に散々、俺の尻拭いをさせていた。……すまなかった」
「いいえ、貴方がこれまで地球に降り立つ敵を減らしてくれていたからこそ、僕はここまで戦って来られたんです。今だって、僕の代わりにパンドンを倒してくれたではありませんか」
「……」
なおも愚直に頭を下げ続ける悪友と、それでますますバツの悪そうな部下を見かねてか、その古馴染みがため息を吐いた。
お互いの機微をよく知った男が、戦友の背中を軽く叩いて姿勢を戻すよう促してから、途切れてしまった言葉を繋ぐ。
「具合が悪いなら悪いと……なぜそうハッキリ言ってくれなかったんだ?」
「隊長……申し訳ありませんでした」
「別に今更……きみの正体が分かったところで、それで我々の関係が何か大きく変わったわけでもあるまい」
「……ッ! ありがとうございます。それでも僕は……あと少しだけ、モロボシ・ダンでいたかった。ただの地球人として、ウルトラ警備隊の仲間として……」
「そうか……」
ダンの吐露した、ある種の我が侭ともいえる発言を受け止めて、感じ入ったように瞼を閉じると、そのまま何事かを逡巡するキリヤマ隊長。
だが、やがて決心がついたのか、自らも本心を語るために、その普段は重たい口火を切った。
「……ずっと、悩んでいた。どうしてセブンは、我々の為にそこまでしてくれるのか――と。故郷から彼方遠く離れたこの星で、命を賭した果てなき戦いに身を投じ続けるのかと――」
「それは僕がこの星を……」
答えようとするダンをそっと手で制し、傷付いた部下の全身を、もう一度よく目に焼き付けるキリヤマ。
「アンヌとアマギから、きみの体がもう限界だと聞いた時……本当に衝撃だった。いずれ帰らねばならないと分かってはいても……まさか、既に死の瀬戸際までに深刻だったなんて、思わんじゃないか」
そう言って隊長は、ちらりとソガの方へ怨めしそうな視線を送った。
これにはいくら面の厚い彼と言えど、ぺこぺこと恐縮するしかない。
それを見て、ひとまず溜飲を下げたキリヤマは、しかしそれで気を緩めるのではなく、より一層険しく眉間に皺を寄せ、真剣な眼差しでダンを見据えて本題に入るのだ。
「そうだろう、ダン。きみは、体の不調に気付いた時……いつでも故郷へ飛んで帰る事が出来た。この星へ来た時と同じ方法で。けれどもそうしなかったのは――何故なんだ? 何がきみをそこまで駆り立てる? 我々がきみを、ウルトラセブンと呼んだからか? 何も知らないうちから、無邪気に仲間として引き入れてしまったからなのか?」
キリヤマは先ほどの戦いで、ダンが教授に述べた言葉の中味を――完全にではないにせよ――ある程度の大まかにではあるが、察する事が出来ていた。
だからこそ、今まで胸の奥でずっとつかえていた疑問に対する、自分なりの仮説と後悔が、概ね正しいものだったのではないかと……なんと無責任だったのかと……
激しい自己嫌悪が、荒れ狂う嵐となって彼を飲み込んだのだ。
これはキリヤマ・カオルという男の……懺悔なのである。
「確かに私はいつも、ウルトラ警備隊の使命が、地球の為に命を懸ける事だと伝えていたな。それこそが誇りであると……。だからきみは、限度を越えてまで……命を削ってしまったのか? もしもそうなのだとしたら――本当に申し訳ない事をした。きみを、この星に縛り付けるつもりは無かったんだ。それは私の本意とするところではない。信じてくれ。いったい誰が――大切な友人に、襤褸の如く擦り切れるまで戦って欲しいと望むというんだ……?」
彼の瞳は揺れていた。
モロボシ・ダン、あるいは恒点観測員340号という存在を、人類の身勝手でウルトラセブンというヒーローへ、無責任にも祭り上げてしまった事に対する謝罪と、羞恥と、義憤とが激しく逆巻き、唸りをあげて噴き出す寸前だった。
「隊長……」
……そうではない。
僕は決して、その事を後悔などしていないんだ。
敬愛するこの地球人に、どうすればテレパシーを使わず自分の気持ちを分かって貰えるのか。
ダンは非常にもどかしく思った。
だからその隣で、ソガがとても神妙な顔付きのまま、キリヤマと似たり寄ったりの感情を押し殺しているのに気付かない。
とそこへ……
『ウ・ルトラ・セブン……』
頭上から、落ち着いた声が降ってきた。
見上げれば、そこにはダンのもう一つの姿とまったく同じ存在が、いつの間にか大樹の如くそびえ立ち、こちらをじっと見守っているではないか。
セブン上司の放つ念話からは、戦いの最中で聞いた時とは打って変わり、穏やかな木洩れ日の如き暖かさが感じられた。
『強き七つの光、か……良い名を貰ったな、セブン』
「兄さん……」
『また私を兄と……まあよい。そこの地球人よ、確かキリヤマといったな?』
「はい、私はウルトラ警備隊隊長のキリヤマ・カオルと申します。大セブン……遅ればせながら、貴方にも心からの感謝を! おかげで地球は守られた! そして……貴方の弟をここまで追い詰めてしまったのは、他でもない……私の責任です。申し訳ありませんでした。どうか我々人類の腑甲斐なさを……赦して欲しい」
最敬礼でもって、セブン上司へ向き直ったキリヤマは、そのまま先ほどのクラタにも勝る真摯さで、深々と頭を下げる。
しかしセブン上司は首を振り、怒るどころか、逆に申し訳なさすらも含んだテレパシーを送ってくるではないか。
『構わない。それは全て、そこにいる男の責任だろう。17000歳にもなって、自らの限界を推し量れない方が悪いのだからな。身内として恥ずかしいばかりだ。なにより、こやつは昔からこうであるし……そのように育ってしまった責任は……我々にこそある。こちらこそ、愚弟が世話をかけた。謝罪しよう』
「に、兄さん……」
上司であり家族でもある213号の言葉を聞いたダンは、頬を明らかに紅潮させ、所在なさげに身を捩った。
あのダンが……恥ずかしがっている。
普段はなかなか見る事が出来ぬ珍しい光景に、仲間達は内心で色めきだって、ヒソヒソと小声で囁き合う。
このような場でもなければ、まず間違いなく、フルハシかソガあたりが茶化しに行くところであっただろう。
現に、それを見るアンヌの目の輝きようといったら!
もじもじと、どこか少年のような表情を見せるダンを、仲間達は微笑ましく見守った。
『不器用な愚弟に代わり、私があなたの懸念を払拭させて貰おうか。実はなキリヤマ、我々は本来……名を持たない』
「名前を……?」
『そうだ。我々はお互いの心がある程度詳らかであるが故に、あえて目の前の誰かを区別して呼ぶ必要性がなく……名付けという文化が、廃れて久しいのだ。このような姿になる前は確かにあったのだがな……』
「そうなのですか……」
「ユーリーさん達と、同じなんだわ……」
自分達の事を静かに語るセブン上司。
『もちろん良い面もある。名を持たぬという事は、存在が不定のまま、いくらでもその形を変える余地があり、単なる光と同等の性質で、宇宙を凄まじい速さで飛び回る事すらも出来よう……しかしそれは同時に、互いを認識し合える同族から離れれば離れるほど……ただの光粒子との境が、どんどん曖昧になってしまうという事でもある。明確な名と形を持たぬままに、宇宙を彷徨う事は……本来、非常に危険な行いなのだ』
「そうか……だから貴方は、213号という番号を持っているのですね? 自我を保つ為に、最低限のセーフティとして」
『素晴らしい発想力だ。君は……アマギ、だね?』
「はい、光栄です。213号……」
セブン上司から直々に呼ばれる事で、ドキリとしながらも、そのすらりとした長身をまっすぐ伸ばすアマギ。
『とはいえ、あくまでこの番号は全ての恒点観測員に発布される通し番号でしかなく、私の為にわざわざ誂えた訳では無い。私の職場には、君たちのようにテレパシーを使えない種族もいるからな。彼らが我々のような種族を呼ぶ時に困らないよう配慮されているのだ。それを私は、これ幸いと使わせて貰っているだけに過ぎない。このように、我々の中で名を持つ者はほぼ、他種族となんらかの折衝を行う必要のある、上位役職者だけに限られる。……つまり、我々がそんな役職就任の場以外で、それも他の惑星の言語で名を賜る機会と巡り会えたならば……それは、非常に名誉な事とされるだろう。それだけ、深い信頼関係を結ぶ事が出来たという証……勲章とでも言うべきか』
「勲章……」
『翻って、君たちが愚弟に与えた名前だが……それは、我々にとって何物にも代え難い、第二の生命とも言うべき、最高級の贈り物となるのだよ。それこそ340号が、己の持ち得る存在力、全てを捧げても良いと思える程に……輝かしいものなのだ』
「そ、そうなんですかっ!?」
「どうしてそこでおめぇが驚くんだよ、ソガ」
『……私自身の率直な気持ちを包み隠さず言えば、つくづく弟が羨ましい。それ程までに、此方を想ってくれる種族と、出会う事が出来たのだから……おめでとう。ウルトラセブン』
「ありがとう……兄さん」
「ダン……」
セブン上司が弟へ本心から贈った祝福は、周囲の者が聞くだけでも、心がじんわりと熱を持つ感覚が添えられたものだ。
『だからキリヤマ。……そして、ソガ。そのように思い悩む必要はない。君たち地球人が居なくなり、語り継ぐ者がなくなれば、この名もやがてその効力を失ってしまうだろう。セブンが地球を守るのは、己にとっても充分に理由のある行いなのだ。特にこの名前には……君たちとの仲間という意味が込められているのだろう? それならば、尚更だ。命をかける価値はある』
「……お気遣い、痛み入る。ありがとう、大セブン」
セブン上司の語った言葉を、キリヤマ達はしみじみと噛み締めた。
それが本当なのかは分からない――もちろん、この善性の塊のような存在が語る言葉に、嘘はないのだろう事は分かりきってはいるが――それが全てとも限らない。
むしろどちらかと言えば、こちらを安心させるために、あえて公表したものだろう……という裏の思惑を含めて、キリヤマには理解できてしまう。
なにせ……そんな、いかにも納得しやすい利益の事を、眼前で無邪気に微笑む青年が考えていたとは、とても思えない。
例えそんな理由が無かったとしても、このモロボシ・ダンという男は、地球の為に戦ってくれただろう。彼が我々人類に与えてくれたのは、いつだって無償の愛だった。
その程度の事くらい、例えキリヤマでなくたって、今まで彼と共に肩を並べて戦い、これまでずっとその人となりを見てきた者からすれば、もはや言うまでもない事だからである。
だからこそキリヤマは、そんなセブン上司の細やかな心配りを嬉しく思ったのだ。
「なんだぁ、そんなにダンが羨ましいなら、あんたにも俺たちが名前をつけてやるよ! そんなに喜んでくれるなら、俺たちとしても名付け甲斐があるってもんさ! 助けてくれたお礼としちゃ、安すぎるくらいだぜ! 何がいいかなぁ? やっぱりウルトラセブンニーサンか? それじゃ安直だってんなら……ちょっとお洒落と親しみを込めてセブンツーワn……」
「はいはい先輩、それ以上はお口チャックしましょうね~。上司さん困ってるからね~」
『ハハハ。正直に言えば、このまま頷いてしまいたい衝動を抑えるのが大変なくらいだが……今は、気持ちだけ頂いておくとしよう。生憎と私は、そこにいるセブン以外にも監督すべき部下や星がまだまだある。宇宙の端々を飛び回らねばならない私にとっては、この213号という番号が、丁度良いのだよ。任務上、君の好意を受け取る事が出来ない。不義理を許してくれ、フルハシ』
「あ、いやそんな……俺なんかに……もったいねぇや……へへへ、ありがたいことです、ハイ……」
思いがけず、あまりにも真摯な態度をとられた為、すっかり恐縮してしまうフルハシ。
すると、みんなのビデオシーバーが一斉に鳴り響き、着信が入って事を知らせた。
「こちらキリヤマだ。どうしたヨシダ隊員?」
『良かった、繋がった! キリヤマ隊長、お聞き下さい。今まで連絡の取れなかった火星開拓団から、通信が届きました!』
「なに、火星から!」
お互いの顔を見合わせる警備隊。
しかし、そこに不安の色はない。
なぜならシーバーの画面内で、通信内容を読み上げるヨシダ隊員の顔が、非常に晴れやかな喜びの笑顔だったからである。
『――こちら火星開拓団ムラマツ班より。ゴース星人の奇襲により基地機能を喪失するも、敵の前線基地攻略に成功せり。長らくの音信不通を謝罪するものなり。救援は不要。繰り返す、救援は不要。地球の状況を知らされたし。必要とあらば、連絡機を復旧次第いつでも駆け付ける――とのことです。地球側でも史上最大の危機は脱したと、既に伝えてあります』
「そうか……そうか!」
「良かったわ……!」
「さっすが、兄貴達だぜ! 転んでもタダじゃ起きねえや!」
「もちろんです。なにせ、あの人がいるんですから! 僕以上の大天才が!」
開拓団の無事を聞き、喜びを爆発させる警備隊。
『――追伸。遙かなる友人達へ、素晴らしき助力に感謝すると伝えて欲しい。おかげで急死に一生を得た。地球から帰還の際は是非、火星にも立ちよって貰いたい。我々の最初の仕事は、恩人を迎える用意とする。フジ君のコーヒーはうまい。――だそうです』
「遙かなる友人達……?」
付け加えられた文言へ首を傾げつつも……彼がその答えを知っているのではないか、という予感のままに、皆が赤き戦士の顔を見上げた。
『ああ……ここへ来る途中、君たちの仲間が戦闘中だったので、少しばかり手を貸したのだ。彼らもナメゴン程度ならば自力で容易く退けられそうだったが……流石にガラモンクラスの侵略兵器は、例え地球人でなくとも殆どの文明で手に余るからな。キュラソーの警官隊も、一部が基地内へ降下しているのが見えた。彼らの捕縛術は白兵戦でさぞ役に立っただろう。私は生憎と急いでいたので最後まで見届けられなかったが……そうか。無事に勝利したか』
「いやいや、めっちゃ仕事するやん……早く言って下さいよ」
『必要か?』
「この弟にして、この兄ありだな……あ、そうだ。ヨシダ隊員。キュラソ星人にはコーヒーよりも揮発油の方が喜ばれますよと伝えといて下さい。まあ、その状況で用意できるかは知らんけど」
『了解しました』
通信が終了したのを見て、セブン上司が一息ついたように後ろを振り返る。
『さて……そろそろ帰らねば。しかし、その前に……』
彼は大きな足で数歩の距離――つまり地球人にとっては双眼鏡の距離――まで歩いていき……そこに倒れているもう一人の巨人の顔を覗き込んだ。
それは、先ほどの攻撃でエネルギーを使い果たし、気を失ったウリンガである。
すっかり大人しくなった彼に向けて、セブン上司がむんっと念を込めれば、赤と青が混じり合った巨体がみるみる縮んでいき……最終的に、地面の上では小さな幼児がすやすやと眠っているのみとなった。
小さくなったウリンガを無言で掬い上げるセブン上司。
そこへ……
「待って下さい兄さん! その子を……いったいどうするつもりなのですか!」
『当然、M78星雲へ連れて帰る……この子の親はどこだ? 一緒に来て貰わねば。詳しい話を聴取したい』
「それは……」
アンヌが小さく息を呑み、その表情を曇らせた。
代わりにダンが、悲しい真実を告げる。
「兄さん……その子の母親は……もう、いない。最期の力を振り絞って、僕に二人の危機を教えてくれたんだ。……その時に、彼女の願いも受け取った」
『なに……そうだったのか。……哀れな』
「ダンのお兄さん! お願いよ、その子の顔をもう一度見せて欲しいの……」
『……わかった』
「ウリー……」
上司が手のひらの幼児を、そっ……と優しく地球人達の傍へ置く。
駆け寄ったアンヌが抱き上げても、ウリーは目を醒まさない。精も根も使い果たし、深い眠りについているのだ。
「……ねぇ、お兄さん。この子はこれから……どうなるの?」
『……分からん。本来であれば、難民として保護し、同じような境遇の孤児達と共に育てる道もあっただろうが……その子は……あまりにも、強すぎる。本人の意志に反して、他の子を傷付けてしまうかもしれない。ただでさえ、彼には親がいないのだ……正しい生き方を教え導き、無償の愛を注いでくれる存在が……』
セブン上司の言葉を聞き、皆一様に難しい顔を浮かべ、アンヌの腕の中で昏々と眠りつづける少年を見た。
こんな幼気な子が、あの恐るべきメバ教授へ最期の引導を渡す瞬間を、この場の全員が見届けている。
この歳で、既にそれほどの力を持つのだ。
成長と共に、その能力もますます強まっていくであろう事は想像に難くはなく……もしもこの子が勘気でも起こそうものなら、それを鎮めるのはきっと並大抵のことではない。
セブン上司が語る懸念は、全くもって考えすぎでもなんでもないように思えた。
『それに……情報が正しければ……その子は元々、銀河に破壊を齎す恐るべき兵器として産み出された。彼に流れるレイブラッドの血が、精神にどのような影響を与えるかも未知数だ。彼の将来が……死と破滅に満ちた物にならない保障など……何処にもない。最悪の場合は……宇宙に悪影響が出ないよう、研究施設で一生監視が必要な可能性もある』
「そんな……」
悲しみが、アンヌの心を一瞬で支配した。
ウリーはまだこんなに小さいのに……
「そんなのって……ないわ。それならどうして彼女は……ユーリーさんの思いが……報われないじゃない……」
「アンヌ……」
ウリーを力の限り抱き竦め、一粒の涙を流すアンヌ。
彼女の頬から落ちた雫が、眠りこけるウリーの額にぽたりと垂れた。
するとそれが刺激になったのか、急にむずがり始めるウリー。
悪夢にでも魘されたのかもしれない。
キュッと眉根にしわを寄せ、寝惚けながら母を呼ぶ。
「ん……ままぁ……ぃや……いか……いで……」
「……ッ! ああ、ウリー!」
それは咄嗟の事だった。
アンヌは母を求める幼子の額へ、その柔らかな唇で接吻を落とすと、つやつやと滑らかな髪を優しく梳いてやる。
「安心してウリー……ママはここよ。ちゃんと貴方の傍に居る。置いていったりしないわ……」
「ま……ま……」
愛しい声を聞いた事で安心したのか、ウリーはふにゃと微笑むと、規則正しい寝息を立てつつ再び安らかな眠りについた。
「……決めたわ」
健やかな寝顔を愛おしげに撫でたアンヌが、ようやく顔をあげれば、その顔に浮かんでいたのは悲しみの涙ではない……決意を秘めた母の顔!
「この子は……私が育てる! 今日からは私が……ウリーのお母さんよ!」
「なに!」
アンヌの宣言は、彼女を取り巻く全ての人に、強い衝撃とどよめきを与えた。
それを聞いてひとつも取り乱さなかったのはソガくらいなもので……ある意味ダンですらも、彼女がウリーの境遇に酷く心を痛めるだろうなとまでは分かっていても、ここまで思い切りよく、彼を養子に引き取る決断をするとは、思っていなかったらしい。
『待ちなさい、アンヌ。その子は普通ではない。見た目通りに可愛いだけの子供では無い事くらい、君も分かっているはずだ』
「そうだ……残念ながら私も反対だ、アンヌ。万が一、ウリンガがひとたび暴れ出せば……それを止める手段が、地球にはない。そうなれば今度こそ……我々は、彼を殺してしまうだろう……。それは、君も望むところでは無いはずだ。何よりも、君自身が保たない。大セブンに任せた方が良い。その子にとっても……周囲にとっても……それが最善の道だ」
「隊長の言う通りだぜ! お前も見ただろう? あのすげえ念力の威力を! ソイツに比べりゃ、俺がガキの頃にやったイタズラなんか、まだ可愛いもんさ! なんせ、お袋がただの人間でも、頭を下げるだけで済んじまったくらいなんだから……。もしも夕飯のカレーが口に合わなかったらどうする? スプーンが飛んでくるだけマシだぞ! 俺ですら、お袋を投げ飛ばした事はねぇってのに!?」
「心配ないわ、フルハシ隊員。この子がそんな事しないように、私が教えてあげるんじゃないの。お兄さんも、隊長も、ありがとうございます。でも……ウリーなら大丈夫。だって、あのユーリーさんの子なんですもの。彼女の優しさを知ってる子が……ひどい事はしないわ」
「だが実際問題……それは難しいだろう。一度、冷静に考えて欲しい。アンヌ、君なら分かるはずだ。その子がもしも何らかの病気になった時……いくら君でも、地球の医学では……救えるかどうか、分からない。それに、今の姿は……あくまで仮のものだ。その子の本当の姿じゃあない。彼を地球で育てては駄目だ。その最大の理由を……僕らは知ってるじゃないか」
「え……?」
今のアンヌは、ウリンガの事でいっぱいいっぱいなのか、そこまで頭が回らなかったらしい。
アンヌが本当にそれを失念しているらしいと悟ったアマギは、なんと言ったものか非常に言い辛そうに口籠もる。
アマギだって……別に彼女らを引き離したい訳では無く、むしろ、この歳で親を失うことになってしまったウリンガの事を想えば、胸が張り裂けそうなくらいだ。
彼は元来、このメンバーの中で誰よりも繊細なのだから。
それでも、見えている落とし穴を指摘しない訳にはいかないではないか。
つくづく損な性分である。
だからこそ、その続きは別の者が引き受けた。
今まで半歩ほど離れた位置で、彼らを遠巻きにしていたソガだ。
彼は別に人の心が無いというわけでもないが……この中ではただ一人だけ、我が子に焦がれるユーリーのテレパシーを受けた事が無かった。
おまけに彼は、ウリンガという存在を名前と姿のみでしか知っておらず……セブンやウルトラ警官隊の仲間達と比べれば、思い入れなど無きに等しいと言っても過言ではない。
だから無意識の内に、ユーリーが抱いていたウリーへの愛しさに共感しているフルハシやアマギと違って、比較的フラットな状態で、ウリンガを見る事が出来ていた。
「要はな、アンヌ。地球は多分、ウリンガにとってすげえ住みにくい場所だろうと、アマギは言いたいのさ」
「住みにくい……?」
「なあ、そうだろ。ダン?」
「え……?」
アンヌが振り返れば……ダンは非常に寂しげな顔で……ひとり項垂れている。
「彼を見てみろよ。地球の暮らしが全く問題無いなら……どうしてこうなった? ぶっちゃけ、その辺どうなのよ、ダン? やっぱ人間の姿でいるの、キツい?」
「いえ、苦しいという訳ではありませんが……」
ダンが口籠もるのを見て、アンヌはハッとした。
そうでなければ彼が消耗し、兄が迎えに来るハズがないのだから。
ウリンガは、セブンの情報から造り出されたクローンである。たびたび名の挙がるレイブラッドが何かはアンヌにもサッパリ分からないが、つまりどう単純に考えてもウリーの肉体は半分以上がダンの要素で出来ており……
そのダンが、地球環境へ完全に適応出来なかった以上、ウリーもまた、地球にいれば徐々に体が蝕まれ、緩慢な死へ近づいていくという事に他ならない。
「ダンですら、あんなに苦しそうだったんだ。その子に同じ苦しみを味わえって?」
「ま、まあ……そういう事だ。だからその、本当に彼の事を考えるなら……その判断は決して賢明とは言えないんじゃないか……?」
「そう……ね……」
様々な葛藤を押し殺して、アンヌはそれに納得した。
何をおいても……ウリーの健康と寿命には代えられない。
それを全く考慮せずに彼を育てるという道だけは、彼女がドクターである以上、アンヌには決して採れない選択だった。
「でも……それならこの子は……どうなるの? 宇宙人の捨て子として、一生を檻の中で独り寂しく暮らせっていうの?」
『まだそうなると決まったわけでは……』
「兄さん」
その時、さして大きく叫んだわけでもないのに、ダンの声は不思議とよく通った。
彼はとても穏やかに、だが絶対に揺るがない覚悟の光を瞳に宿して、アンヌの腕で今も眠る子の顔を見る。
「この子は……僕が引き取ります」
『お前が……? 正気か』
「ええ……元よりそのつもりでした。あのユーリー星人に後を託されましたから。……なによりも、この子には他でもない僕の血が流れている……それなら……彼は、僕の息子も同然だ」
『お前がか……しかし、それは……』
「何か問題でも?」
難色を示すセブン上司に、ソガが怪訝そうに聞き返す。
『問題……しかない。まずひとつに……私がその子を引き取ってやれないのと同じ理由だ。恒点観測員は職務上、宇宙の端から端へ飛び回り、常に危険が付き纏う。とても幼児を連れて出来るものではない。そして二つ目、お前は……ウルトラセブンは、名が売れすぎた』
「なんですって?」
「名が?」
『そうだ。もう銀河中で噂になっている。ウルトラセブンというM78星雲人が、地球で用心棒をやっていると……』
「それの何が問題なんだぁ?」
『恒点観測員は……言わば宇宙に道を敷く仕事だ。星や銀河の周期を記録し、周辺文明に危険な種族が存在しないか調査する。当然、あらゆる領土の近くで測量をするのだから、それを不愉快に思われこそすれ、あまり歓迎される役目ではないのだ。ただ、宇宙の姿を正確に記した地図は、そこを往く全ての者に必要な、公共性の高い事業だからこそ、不可侵のものとして黙認されているに過ぎない……君たちも軍人ならば分かるだろう。我々の職分がいかに重要で……取り扱いをひとつでも間違えば、どんな恐ろしい事になるかを……』
「……なるほど。確かに地球でも古来より、周辺地理情報や距離の正確な地図は、それだけで最重要軍事機密とされております。その蒐集を、第三者機関として行おうというのだから……その組織の公平性は、非常に高いレベルで要求されるべきだ。それも、星間戦争が激化した今の情勢ならば、なおさら……」
『その通りだキリヤマ。だが悲しいかなこの銀河で、先の教授の如く、邪な考えを持つものは非常に多い。ハッキリ言うと、観測員を脅迫して、我々の持つ情報を吐かせたり、地図を自分達に都合の良い形へ書き換えてしまおうと企む者など、枚挙にいとまが無いのが現状だ。そんな中で……恒点観測員の子供などと……絶好の餌だ』
「そうか……ウリンガを誘拐して、ダンを強請ろうってわけだな!! なんて卑怯な奴らだ!」
『ただでさえ数々の侵略者を下してきたのだ。お前によって直接叩き伏せられた者からの恨みを買っているのは言うに及ばず、ガッツ星人のように、お前の名声自体に価値を見出す輩もいる。さらには、地球などに肩入れしているくらいなのだから、情に流されて与し易い相手であると見做され、侮られている節すらある。息子を人質に、何らかの利益をお前から引きだそうという考えは、この私ですら容易く想像できる、最も簡単で効果的な手段だ。そうなった時……セブン、お前はその子を見捨てる事が出来るか? いや、お前自身の選択がどうかだけでなく……もはや、お前自身の公平性そのものが、疑われ始めている……』
「ああ、クソ! やっぱりか……」
「やっぱりって……どういうこと?」
とても口惜しげに、地面の小石を蹴っ飛ばすソガ。
「つまりな、ダンは……仲間からも白眼視されて……爪弾きにされるかもしれないんだ! オレたちに味方したせいで!」
「そんな! ……酷いわ! ダンは悪くない!」
『いや、悪い。正直なところ……今回の行動は、局内部からも問題視する声がある。お前がした事によって、観測局そのものが、全宇宙から糾弾されかねないとな。公平公正を謳う恒点観測員が、ある特定の星で用心棒をやっているなどという風聞は、今後の活動へ大いに支障を来す可能性がある上に、見ようによっては、確かにその通りと言えなくもない。事情が事情であるから、情状酌量の余地はあるが……もしも本気で追及されれば、私でも庇いきれるか分からん。君たち地球人が、ノンマルトという種族を迫害する事なく和解する道を選んだのは、本当に助かった。そこの二人もだ。ヤオ、ヒメ。君らの決断が、紙一重で弟の立場を救った。ありがとう』
「それならば……本望です。私たちは、ウルトラセブンに借りがある。非常に大きな借りが……」
「それが僅かでも返済出来たならば、骨を折った甲斐がありましょう」
「……骨を折ったのはオレだろうが」
真剣なやり取りの中で、揚げ足を取られたヒメがキッとソガを睨む。
「……姉上、本当に使者はこの者しかいなかったのですか?」
「彼だからこそ……ですよ。彼の決断が、我らノンマルトと……ひいてはセブンを救ったのですから」
「うーん……そこまで言われると、今度はなんだか、むず痒いな。もちっと雑でいいよ、ヤオさんや」
「本当に何なのですか、貴方は……」
先ほどまで真面目に張り切っていた反動なのか、いつになく天の邪鬼な一面を発揮するソガへ、ヤオが半眼で疲れた視線を送るのを他所に、セブン上司の話はついに最後の念押し部分にまで来ていた。
『そのような状況で、彼を引き取って育てる余裕があるのか? セブン。人の心配をする前に、まずはお前自身を取り巻く環境を安定させなければならないはずだ』
「兄さんの言う通りです……だが、僕までもが、この子を見捨てるわけにはいかない。この子にとって血の繋がった家族は……宇宙に僕しかいないんだ」
『血の繋がった家族……か』
ダンの呟きに、何処となく寂しげな……それでいて多分に諦めの感情を含んだ声を発するセブン上司。
ヒロタとキリヤマは、彼が言外に云わんとした事がなんであるか思い当たったようだが……あえて気付かないフリをした。
それは彼ら家族の問題であって……他人がいちいち口を挟むべき事ではないと思ったからだ。
それこそ、ソガ辺りが無遠慮に何か言い出さないかと不安ではあったが……あいにくと彼も……そして当人であるダンも、その正体には気付いていないようであった。
『もしも……観測局にいられなくなったら、どうするつもりだ?』
「その時は……恥を偲んでも、あの人を頼るしかないと思います。……父さんに」
『……だろうな』
「もしくは、伯母さんのところか……」
『なるほど、伯父上は確か大隊長だったな……つまり、
「……お? もしかして話が纏まったカンジ?」
「ええ……なんとかやってみます。だから……安心してくれ、アンヌ。この子は、僕が立派に育ててみせるよ」
「ダン……」
「ただ……君を残して行かなければならない事だけが、心残りだ」
「……え?」
ダンの言葉に、アンヌは虚を突かれたように固まった。
もちろんソガなどは、おおっ! と声が漏れるのも構わず、ダンが次に何を言うのか、耳を象のようにしては、固唾を呑んで待ち受けている。
「……ユートとの約束を、破る事になってしまうからね。あいつ……僕の返事も聞かないで、ただ君を頼むとだけ言い残していくんだから……参ったよ。だけど、この子の事を考えれば、君だけをずっと見守る事は出来ないんだ。分かってくれ、アンヌ。君は、僕がいなくても生きていけるけれど……彼はそうじゃない。だろう?」
「……」
言葉を失ったように立ち尽くすアンヌの背後で、ソガは目元に手を当てつつ、思いっ切り空を仰いでいた――
そして、何かしらのフォローを入れるべきか迷っている――残念ながら彼自身が、このような場面で何と声を掛けるべきか――あるいは掛けないべきか――という判断もつかない程、こういった方面の経験が乏しく、朴念仁具合で言えば、ダンの事をとやかく言う権利が無いのでどうする事も出来ない――うちに、先にアンヌの方が速く立ち直ってしまった。
「ううん。謝る必要なんてないわ、ダン。だって――」
彼女は慈愛に溢れた笑みを浮かべ、ダンの謝罪に頭を振る……
「――私も、ついて行くもの」
「……そうか、ありがとうアンヌ。君がそう言ってくれるなら僕も心置きなんだってっ!?!?」
「お……今のはなかなかええぞ、ダン。腕上げたな」
「ありがとうございます……じゃない! アンヌ、きみ……今なんて?」
「私も貴方について行くわ、ダン! だからユートとの約束を破ってしまうなんて気にしなくっていいの。存分に彼の遺言を遂行してちょうだい」
「いや、アンヌ……正気かい?」
笑顔で自分の二の腕をぱんぱん叩くソガは一旦脇へ置いておき、アンヌに恐る恐る確認をとるダン。
「ええ、そりゃあもう! ダン、怒らないでね。なんというか貴方……その……子育てとか……すごく、苦手そうなんですもの! ちゃんと叱ってあげられる? もしも将来、この子が……そうね、非行少年になってしまったとして、どうするべきだと思う?」
「えっ……何だろう……非行少年ってつまり、何か許されない行いをしてしまうって、ことかい?」
「そうだぞ。マッハ7で飛び回るとかじゃないぞ。プラズマスパークに手を出そうとするとかだぞ」
「えっ……それは非行とかの程度で済ませてしまっていいものではないのでは……?」
「例えに決まってんだろ、例えに……というか、例えにしたい。むしろ、例えになるかどうかの瀬戸際」
「えっ……そうだなあ……うーん……反省するまでジープで追いかける……とか?」
「……決まりね。私もついて行きます。ダンに任せていたら、ウリーがグレちゃうわ。目上に敬語も使えないような子になったら、どうするの?」
「……そのうち、ダンを変な親父呼ばわりしだしたりしてな。師匠を呼び捨てにしちゃったり、初対面にお前とか、アンタとか……」
「まあ! そんな乱暴な言葉使いは許しません!」
「えっ……さっきの躾って、そんなにマズいですかね……?」
「今は大丈夫だけど……コイツが物心つく時代には駄目になってるだろうなぁ。諦めろ……ダンに子育ては二万年早かったって事だ。いや、逆か? 遅かった?」
「そりゃあ、二万年も生きたのならね……さぞかし経験も豊富でしょうが……はあ、あと3000年かぁ……」
どこかズレた会話を繰り広げる三人に、周囲は呆気にとられていたが……ハッと我に返ると、非常に常識的な待ったをかける。
常識というのはつまり、この中ではいつもアマギの領分なので、今回も彼がそれを述べる羽目になった。
つくづく損な性分である。
おまけに今回は、ソガまでもが向こう側だ。
帰ってきてくれ。
「ついていくって……どうやって? それに、ダン。君の母星は、地球人が住めるものなのか?」
「えっ……それは……今まで地球人が光の国に来た事がないので……なんとも」
「ん、大丈夫だろ。流石に他の宇宙人と交流する為のスペースくらいあるって……ですよね? セブン上司さん」
確か、彼の記憶では……何かの劇場版作品で、地球人がM78星雲に招かれていたはずだ。
『あるにはあるが……あまり、お勧めは出来ないぞ。あくまで一時滞在の為の区画だからな……』
「大丈夫! アタシ、どんな狭いところでも、この子とダンの為ならへっちゃらよ! それに……貴方たちが使うくらいだから、基地の医務室よりは広いでしょう?」
「つええなぁ……」
セブン上司がそのように認めるのを聞き、ソガは満足そうに頷いた。
技術的に不可能ならばまだしも、最低限それを実現可能な下地さえあれば、あとは向こうの技術開発局――つまり、命を二つ用意して過労死から解き放たれたアマギの集団――が改良なりなんなりするだろうと確信したからだ。
アンヌが気にするだろうから口にはしなかったが、他種族のみなしごの為に、故郷を離れて全てを擲とうなどという、いじましい存在を……彼らが放置しておけるわけが無い。
彼ら光の国の住人は、飛ぶのも、走るのも、ついでに言えばエネルギーが切れるのも……全ての行動がえらく速いが、その分、絆されるのも光の速さだった。
アンヌが少しでも居心地悪そうにしていれば、居住性など、すぐさま高級ホテル並に改善してくれるだろう。
M78星雲人のお人好しさに漬け込む形にはなるが……ソガは心臓にゴーロン細胞を移植済み、あるいは顔面だけがペダニウムで出来た男なので、この程度の打算は当たり前に勘定へ入れる事が出来るのである。
「でも……アンヌ。ウルトラ警備隊はどうするんだい?」
「それは……」
心配そうに問いかけるダン。
ここにきて、はじめてアンヌが狼狽えた。
アンヌの使命感は、彼女をどこまでも……例えそれが未知の惑星であろうと連れて行く原動力であったが、それと同時に、彼女が何処かへ飛んでいく事がないように繋ぎ止める錨でもある。
ダンについて行くという事は、ウルトラ警備隊の任務を放り投げる事と同義なのだから。
すると……
「アンヌ。決心は固いのか」
「隊長……アタシ……」
「……後悔、しないか?」
「はい、それだけは」
「よし……」
キリヤマ隊長は、ほんの一瞬だけ、慈愛と悲嘆の入り混じったような、穏やかな笑みを浮かべてから……
すぐさま厳めしい顔付きに戻って力強く厳命した。
「アンヌ隊員! きみを……ウルトラ警備隊から、無期限追放処分とする!」
「……ええっ!?」
「そんな! 隊長! なぜ彼女を……!」
「彼女は、長官直々に待機命令が出ていたにも関わらず、無断で出撃を行ったばかりか、それが発覚しないように隠蔽工作まで施した! おかげで作戦計画には大きな変更を余儀なくされてしまった! これは、重大な命令違反だ! 証人もそこにいる! そうだな、ヒロタ隊員!」
「え……ハッ!」
今までずっと、我関せずを貫いていたヒロタは、どうしてそこでおれに振るんだ……とでも言いたげな表情を一瞬浮かべたが、それを直ぐに掻き消して、四角四面なエリートとしての顔付きに戻り、敬礼した。
見事な変わり身である。
「いま私が述べた事に、間違いはあるか!」
「ハッ! 間違いはありません! アンヌ隊員は、マグマライザーに員数外として勝手に乗り込み、自分の密航を報告する事は、作戦の失敗を意味すると、私やアオキ隊員を脅迫しました!」
「うむ。故にその罰として、ウルトラ警備隊の任を解き、即刻! この地球から出て行く事を命ずる……よいな!? ……復唱!!」
「は、はい! 私、ユリ・アンヌは……命令を勝手に解釈して、独自の判断で出撃しました。……その事については本当に、申し訳ありませんでした、隊長……確かにウルトラ警備隊員失格です……なので、その罰として部隊を抜け……地球を、去ります」
「……よろしい」
敬礼を返すアンヌの胸中は複雑だった。
これは明らかに、彼女が後ろ髪を引かれないよう、キリヤマ隊長が取り計らってくれているので、その点は非常に嬉しく思う。
ただやっぱり……警備隊を除隊して、名目上とはいえ罰則という形で地球を去らねばならない事に、一抹の寂しさを覚えないわけではなかった。
「では、これを……お返しします」
そんな内心を押し殺して、アンヌは腰のガンベルトを固定していた留め具に手を伸ばす。
ウルトラガンは、正規の地球防衛軍人のみが帯びる事を許された、言わば隊員の証。
例え目の前にいるキリヤマ隊長ですら、私用での外出時には持ち出す事が出来ず、ましてや部隊を追放処分となった一般人が所持していて良いものではない。
ところが隊長は、それを素早く手で制し、今度こそハッキリと、優しさを滲ませた声で告げる。
「いや。それは……持っておきなさい」
「し、しかし……」
「きみは、その子を守らねばならないのだろう? 例え彼らの膝元にいるからと言って、ダンを陥れようと画策するものが、どのような手段をとるか分からない。そんな魔の手から、その子やダンを守れるのは……君だけだ。アンヌ……君が、彼らの最終防衛線になるんだ。宇宙で我々の武器がどこまで通用するかは分からないが……丸腰よりは、ずっといい。不届き者に対する抑止力は、必要だ」
「……ありがとうございます、隊長!」
「それに、他の装備もそうだ。それらはきっと、君の次なる任務に必要となるのだからな」
「えっ、次の……任務?」
「そうだ、君にはまだ残されているのだ。栄光ある任務が!」
すると途端に隊長は、とても晴れやかな顔をして、驚きの発表を行った!
「ユリ・アンヌ! 今この瞬間から君を……防衛軍の特別渉外担当官に任命する!」
「ええっ!?」
「と、特別……渉外、担当官……ですか?」
「隊長、それはどんな……」
「しょうがい……ってアレですか。一生涯とか、立ちはだかってくるやつじゃなくて……交渉の渉に、対外的の外と書く……ソレで合ってます?」
「そうだ。近頃、地球は侵略者としての敵だけでなく、いくつかの友好的な地球外文明とも接触し、公式に声明を交わす機会に恵まれた。そして、それはこれからもますます増えていくだろう。必然的に、彼らと最初にコンタクトを取るのは、我々地球防衛軍となる。だからこそ、異星人との窓口となる者を、軍も任命しておくべきではないか……と、以前から会議で議題には挙がっていたのだ」
そこで一旦言葉を切った隊長は、アンヌの後ろでポカンとしているソガへ、チラリと意味深な視線を向けたが……すぐに彼女へ向き直り、その肩を叩いて聞き慣れない未知の役職への就任を心から祝福する。
「その第一号が……君だ! アンヌ! 当然ながら、この特別渉外担当官は、今まで誰もやった事の無い新たな役職だ。だからこそ、その任務内容は手探りにならざるを得ないし、今のところ、その服務規定も全くと言ってよいほど判然としていないが……一番初めに何をさせるべきか、ということだけは私にも分かる」
そう言って隊長は、ソガの隣で同じくらいポカンとしているダンと、その後ろで興味深げに耳を傾けていた真紅の巨人を掌で示すではないか。
「見ろ! 彼らを! ウルトラセブンの正体が、いったい
「はい……ハイ喜んで、隊長! ありがとうございます……! 嗚呼、なんてこと……光栄ですワ……」
感激に目を潤ませるアンヌ。
「では参謀局より承認を貰わねばならないが……そうだ、その前に……ヒロタ隊員! こちらへ」
「……ハッ」
なにか悪い予感でもするのか、非常に嫌そうな顔をしている事以外は実に綺麗な敬礼を見せたヒロタが進み出る。
「君は、非常に少数の手勢で囚われた捕虜を奪還しただけでなく、敵の前線基地にも破壊工作を仕掛け、ドリルミサイルによる攻撃から、見事に地上を救った。素晴らしい手腕だ。……私の部下を助けてくれて、ありがとう」
「勿体ないお言葉です」
キリヤマ隊長の言葉に、おや……? と、訝しげな顔を見合わせるアンヌとソガ。
確かに突入チームのリーダーは彼であり、ソガを救ったのは間違いない功績だが、ゴース星人の地下基地を破壊したのは結局、ダーク達である。
もちろん、通信途絶状態の地下で何があったかを、キリヤマ隊長達が知るはずもないので、今ここで語られているのは、地上の無事を証拠として、当初の予定通りに作戦が進んだのだろうという推測と、先に帰還したヒロタの報告でしかなく……
「さてはあいつ……しれっと自分の手柄にしやがったな」
「ちゃっかりしてるわねぇ……」
ダーク達の工作がすんなり成功したのは、突入チームが敵を引きつけたからだとも言えなくはないが……こんな時にまで、自身の功績を盛ろうとするヒロタに呆れかえるしかない二人。
住所不定の異星人連合……というか寄り合い所帯も、自分たちの存在が防衛軍の正式な文書に記されて、居所を探られるよりはよっぽど都合が良いのだろうとはいえ……それを即座に言い切ってしまうあたりが、なかなかの胆力である。
それぐらいの強かさがなければ、参謀本部ではやっていけないのであろうが……
隊長ぐらいには、ソガ隊員から真相を訂正しておいた方がいいかもしれない。
「だからヒロタ隊員、これは……君に返しておこう。功績甚大につき、ヒロタ隊員を、憲兵参謀補佐へ推薦する!」
「ハッ……拝命します」
キリヤマ隊長が、預かっていたぴかぴかの階級章を丁寧な手つきで取り出し、戦闘で泥塗れになってしまった背広の胸元へしっかり付け直した。それが在るべき場所へ、再び。
「おめでとうヒロタ隊員。……さて、ヒロタ参謀補佐、昇進早々になってしまい、大変に恐縮なのですが、現地任官したい者がおりまして、参謀局としての承認と任命式の執行をお願い頂けますでしょうか。ああもちろん、略式で結構」
あれだけ欲しがっていた地位へもう一度、それも異例の早さで返り咲いたというのに、苦虫を噛みつぶしたようなヒロタ隊……参謀補佐が、ギロリとキリヤマ隊長を睨めつける。
「念の為に確認させていただくが、キリヤマ隊長。……よもや、私の階級章を都合の良いアタッチメントか何かと勘違いしておられるのではなかろうな? それとも、私の茶番に付き合わせた意趣返しのつもりで?」
「ハハハ、滅相も無い。懲罰や臨時任官による階級昇降は、軍の常でありましょう? まして、憲兵局ではなおさらだ。……さあ、いかがでしょう。前例のない役目を押しつけるにも関わらず、生憎と準備の時間はあまり用意してやれんようでしてな。元上官として、してやれる事がこの程度なのです。本来ならば本部で立派な就任式典を開くべき大役なのですが……着の身着のままで送り出す羽目になりそうでしたところ、奇遇にも参謀局の人間がいて助かりました」
「ハアァ……だから! こんな所には! 来たく無かったんだ!」
歯ぎしりしながら、それでも口の端から不満が漏れるのを我慢出来なかったらしいヒロタが、渋々と……本当に渋々と歩み出て、穴の開いた制帽をきちんと被り直し、高い上背でもって、ニコニコ顔のアンヌを見下ろした。
「ユリ・アンヌ隊員! 私、ヒロタ憲兵参謀補佐は、これより君を――明らかに小官がするべき職分では無いと思うが――特別渉外担当官として任命する事を、ここに承認する! ……いくらおままごとの茶番だろうが、仮にも防衛軍の顔となる役職だ。しっかりやれ」
「はい! ウルトラ警備隊の誇りにかけて!」
「全く! おれが参謀長になったら、こんな勝手な人事、二度と出来ると思うな! 昇格の暁には、全面禁止にしてやる!」
参謀本部の式典会場にも負けないぐらい、砂埃と憎まれ口で煌びやかに飾り立てられた立派な就任口上へ、力強く頷き、新たな職務に己の全てを捧げると宣誓したアンヌ。
その周囲では、苦笑いのアマギや、感激したように手を打ち鳴らすフルハシに混じって、クラタがにやにやと非常に満足そうな顔で口笛のファンファーレを吹いていたのが印象的だった。
それを見届け柔やかに頷いたキリヤマ隊長は、腕を組み感心した様子で地球人の儀式を眺めていたセブン上司を仰ぎ見る。
「いかがだろうか、大セブン。逆に迷惑となってしまう可能性は多いにあるが……」
『うむ、確かに前代未聞の事ではあるが……抗議や陳情の類以外で、我々の星へ訪れようとする者はあまりいなかった。奇特だと思われこそすれ、概ね歓迎されることだろう。いくら頭の堅い評議会でも、一度来てしまった者をわざわざ追い返したりはすまい』
「そうか! それは良かった!」
お墨付きを貰って、ひとまず胸を撫で下ろす一同。
しかし、アマギだけはまだ思案顔だ。
「では問題は……どうやってアンヌがそこまで行くか、ですね」
「そんなもんは、ダンがパパッと連れて帰りゃあいい」
「馬鹿言うな。掌に乗せて、地球の空を飛ぶのとは訳が違うんだぞ。なんと言っても宇宙空間だ、いくら隊服が簡易の宇宙服になるといったって、限度がある。僅か数日の旅という訳でもなし……急げば急ぐで、ダン達は光速を出せるかもしれんが、今度は彼らの最高速にアンヌが耐えられない。お前……風防の無いホークで飛んでみるか? 特別に改造してやってもいいんだぞ?」
「ああうん、分かった。分かったからその最新式の拷問みたいなのは遠慮しとく……」
「……そういう意味では、ホーク2号を失ったのは痛かったですね。あれならば、タキオンブースターの使用を想定しているので、亜光速までは耐えられる。それにスコーピオン号とまではいかないが、ある程度のコールドスリープ機能もあるから、そこにアンヌを詰め込んで、ダンに抱えて飛んで貰えれば……いや、それだと彼の体力が保たないか……」
「そういや、2号はどっかの誰かさんが墜っことして、バラバラにしちまったんだったか。見てたがあれは、実に見事な墜ちっぷりだったぞ。自主的にダイビング訓練をするとは、えらく熱心な隊員がいたもんだ。羨ましいぞキリヤマ、え?」
「いやあの……もう少しこう……手心というか……いやスミマセン……」
クラタの揶揄いにみんなの視線が集中し、そこに責める色が無いとは言え、針の筵で縮こまるソガ。
しかし彼とてただでは転ばない。
「いやいや大丈夫! 別に2号なんかなくたって、アンヌはちゃーんと光の国にいけるね! オレの特技は2号でスカイダイビングする事だけじゃなくて、ナイスアイデアを閃く事でもあるのだ! 防衛軍の名サブプランナーと呼んでくれ」
「へえ、聞かせて貰いましょうか、二番手プランナー先生?」
「それじゃあアンヌ。とりあえずそのウリンガを一旦こっちに渡して貰うよ……そうそう、起こさないようにそっと……うわっ重っ!?」
「ちょっと、ウリーはそんなに重たくないわよ」
「いや、むり。代わりに先輩もっといてください、一瞬やから……」
フルハシにウリンガを悪びれもせず押しつけて、気を取り直すソガ。
「さてアンヌ。君の持ってるアレを出して貰おうか」
「アレって……?」
「ケースだよ、ケース……ほらあるだろカプセルのケースが……」
「……ああ! みんなが入ってる、これの事ね! ……これがどうしたの? この中に、宇宙を飛べそうな子が居たかしら……?」
合点のいったアンヌは、腰のポーチから銀色に光るカプセル怪獣のケースを取り出すと、首を傾げて不思議そうにする。
チッチッチッ……と指を振り、その人差し指でケースの蓋をパチンと跳ね上げたソガは、そこへ収められている五つのカプセルを示し、アンヌへと問いかけた。
「さて問題です。どのカプセルが誰だったでしょーか!?」
「えっと……ミクラスが赤で……こっちが確かアギラ……最初にウインダムが戻ってきたからコレでしょう? あとは……金色のパゴス!!」
「なるほど! それじゃあ今は黄色か!」
「黄色……は確かに使わなかったわね。誰が入ってるのかしら……あれ? でもそういえば……」
「……黄色は多分、空だと思うが」
横からボソリと呟くアマギ。
「そうよ! そうだったわ! アマギ隊員がそう言ったから、投げずにとっておいたのよ、アタシ」
「……正解! つまり……ここが君の席だ、アンヌ!」
「……? え? ……ええっ!?」
ソガの口から飛び出した奇抜なアイデアに、一同は今度こそどよめいた。
「お、お前……いくらなんでも……」
「アンヌにカプセル怪獣になれってか!」
「まあ、簡単に言えばそうですけど? さっきセブン上司が初対面のザバンギをゲットしてたから、別に何か特別な登録とかも要らないと思うし」
「ですがザバンギと違って、アンヌさんは怪獣ではなく人間です!」
「いやあ、別に生物なら誰でも入れるっしょ。もとは医療用のカプセルらしいし……なぁ?」
「それはそうなのですが……」
疑問の形をとってはいたが、戸惑うダンに対して行ったソガの確認は完全に、同意の要求であった。
なぜ彼がそこまで強気なのかと言えば、平成版において、ダンは瀕死のカザモリ隊員を予備のカプセルに収容し、彼の傷を癒す傍ら、カザモリの姿を借りつつ長期間活動していたからだ。
なのでソガからすれば、五つ目のカプセルが予備として空であること、そしてそこへ人間を入れても特に問題が無いことなどは、押しも押されぬ『公式設定』でしかない。
「じゃあ大丈夫やな! ホラね! 2号が無くても何も問題は無い! アンヌは宇宙に行ける! オレは悪くない!」
「それとこれは話が別だろ」
「……アンヌは、それで良いのかい?」
ダンが、遠慮がちに確認を取る。
いくら健康上は支障が無いとは言え、対外的には捕獲されるようなものだ。
あまり気分のよろしいものではないだろう。実際に、それを嫌う怪獣も多く、意志確認の取れない緊急時を除き、ダンはカプセル怪獣として仲間を連れていく際には、必ず承諾を取るようにしている。
ところがアンヌは……
「ええ、いいわよ。それでアナタやウリーと一緒にいられるなら、どうってことないわ」
「よう言うたっ! それでこそアンヌやっ!」
口々に心配していた周囲の面々が拍子抜けしてしまうほど、実にあっけらかんとしたものだった。
「よっしゃ任せとけ、ここはオレが一肌脱いでやる! ちょいとそのケースを拝借させて頂いて……うわ、これでもだいぶズッシリしとんなぁ……」
「ちょっとソガ隊員? 貴方……大丈夫?」
「うん大丈夫大丈夫。あとちょっとやから、これぐらいは気合でなんとかする。足りない分は手伝ってもらうし」
「手伝うって、誰によ……」
疑問符を浮かべるアンヌを余所に、ソガは二人の間に立って、両手で持ったカプセルケースを、ダンに向かって彼から中身が見えるように開いた。
「さあダン、カプセルをとれ」
「わかりました。それじゃあアンヌ……いいんだね? 安心してくれ、カプセルの中もテレパシーで周囲の状況が……」
「ああもう違う違う! ダン! そうじゃねえ! お前はホンッ……ッマに……もう! 分かってへんなぁ! もっとこう、情緒ってもんが無いんか!? アカン! やり直しっ! はよ戻せ戻せ……最初からやるぞ!」
「えっ……ぼく、何か間違えましたか?」
「カプセルをとったらまず、アンヌの前に跪け! いっつもアイスラッガー投げる時みたいな……そうそう! 立て膝ついてやな! もちろんアイスラッガーは投げんでええぞ。そしたらな、次は彼女の左手をとってやなぁ……」
「おい……さっきからソガの奴ぁ……なにをぎゃあぎゃあ騒いでやがんだ? こんな時に、いってぇ何がしてぇんだよ、アイツは……」
返事も聞かれないまま、ソガから一方的にウリーの子守を押しつけられたフルハシが、そうして不機嫌そうにぶー垂れていると、アマギがその耳元へ、何事かをヒソヒソと囁いた。
すると、途端に彼はゲラゲラと大声で笑い出し、先ほどとは打って変わった態度で、これこそが自らに課せられた最重要の使命であると言わんばかりに、改めてウリンガをしっかりと抱き直す。
「そうか、そうかぁ! そういう事なら、手順通りにやらねぇとなあ! 式の間ぐらいなら、いくらでも俺が預かっといてやるよ! せっかくの晴れ舞台で、コブ付きじゃあ締まらねえもんなぁ! ガハハ!」
「こぶつき? アンヌに
「……もう! 知らない!」
「何がいけなかったんでしょうか……」
「さあな、ほら始めるぞ」
「はぁ……しかし、ソガ隊員。僕たちはさっきから何を練習させられているんでしょう? 何かの儀式なんですか?」
「ああそうだ。なんたって、二人の大事な
ソガが事も無げに言い放った言葉に、益々もって血色が良くなり、耳までセブンの体色とお揃いになったアンヌと、納得顔で爽やかに頷くダン。
「門出……ははあ、なるほど。つまり、これは地球における航海の無事を祈る為の儀式なんですね。そういえば、ノガワ隊員の結婚式でも似たような事をやっていましたが、あれはハネムーンの出立前だからか……確かに、そういう意味では僕らにピッタリだ! ありがとうございます、ソガ隊員」
「……お前は、本当に…………面白い男だな」
「ありがとうございます……?」
なぜ褒められたのか要領を得ないまま、不思議そうな顔で首をかしげるダンはいったんスルーして……
「まあいいや、それが分かっているなら話が早い。
ソガが真面目な顔でケースを構え直すと、クスクスと忍び笑いを漏らし始めるアンヌ。
「ウフフ……違うわ、彼が可愛いのはいつもの事じゃない。ダンじゃなくて貴方よ。ソガ隊員が
「そうだが? 何か問題でも?」
「だって貴方……神様なんか、これっぽっちも信じてないでしょうに。サエコさんから聞いたわよ。そんな人が立会人で、いったい誰に誓えっていうの?」
「そりゃあもちろん……そうだな……よし、ユーエイトにしよう! これなら文句あるまい」
ついに堰を切ったように笑い始めるアンヌ達。
「確かにそれなら、そう簡単に破るわけにはいかないわね! いいわ、それでいきましょう!」
「彼ならきっと、二人の門出を心から祝福してくれるさ」
「いやぁ、アイツはぜってぇに認めねぇと思うぜ」
「僕もそう思う」
「そこ!
「そういえばそうだったわ。忘れちゃってた! ゴメンなさいね」
舌を出すアンヌにため息をつくと、ソガは後ろを振り返り、何かを考え込んでいるセブン上司に声を張り上げた。
「上司さーん! なんかこう……オレの後ろで神々しいポーズとっといて貰えませんか!」
『なに、神々しいだと……? こ、こう……か?』
「そうそう! ありがとうございます、最高ですよ! ……どうや! これなら地球で最も神聖な式やろ! 宇宙最強の見届け人やぞ!? 誰も文句あらへんな? ヨシ! ……では、これより式を執り行う」
急な依頼に戸惑いながらも、
信ずる神へ対しては、あまりにも傍若無人な依頼をした牧師が、満足げに二人へ向き直ると、本人にしては精一杯の厳かな表情を作って語り出す。
「モロボシ・ダン……貴方はアンヌを……愛していますか?」
「はい! 愛しています! 心から!」
「では貴方は、その女性を最高のパートナーと認め、病める時も、健やかなる時も、お互いに支え合い、助け合う事を……誓いますか?」
「もちろん! 誓います!」
「ではユリ・アンヌ……貴方はダンを……愛していますか?」
「愛しています」
「では貴方は、その男性を生涯のパートナーと認め、病める時も、健やかなる時も、お互いに支え合い、助け合う事を……誓いますか?」
「誓います……!」
「では、誓いのキ……分かった、分かったから! 悪ノリが過ぎたよ! そんな顔で睨むな、美人が台無しだろうが……ン゙ン゙ッ!! では……誓いの抱擁を」
「そ、それならまあ……」
はにかみながら、ひしっと強く抱き合う二人。
その周囲では、苦笑いのアマギや、感激したように目を潤ませながらウリーを揺らすフルハシに混じって、クラタが先ほどとはまた違った意味でにやにやしながら、その辺りに生えていた野草の花をばら巻いていたのが印象的だった。
それを見届け、柔やかに頷くキリヤマ隊長の隣では、なんとも言えない顔をしたヒロタが、おざなりな拍手をしながら「おれはいったい何をみせられているんだ」という感情をありありと表明していたが、少なくとも最低限の祝意を贈ろうという気はあるらしい。
そして、そこへ二人の巫女が歩み出る。
「おめでとうアンヌさん、そしてウルトラセブン」
「斯様な場で斯様な事になるとは思わなかったゆえ、何も用意はしておりませぬが、我らからも氏族を代表して、せめてもの祝福を捧げさせて欲しい。」
ノンマルトの乙女達はそう言って、自分達の首から貝殻を連ねた素朴なネックレスを外すと、それぞれをアンヌとダンにかけてやり、人類には聞き取れぬ、なにか潮騒のような響きのする声で何らかの祝詞を紡いだ。
巫女達が祈りを捧げ終わると、首飾りの勾玉が淡く輝き、朝日の中で二人を幻想的に照らし出す。
「我々の慣わしに沿ったやり方しか知らず、申し訳ありません。ですが、氏族の者達へ海の祝福を授けるのも、我ら二人の務めでしたので……」
「ありがとうヤオさん、ヒメさん。嬉しいわ」
「其方らの未来に、ささやかな幸せがあらんことを」
「ああ、君たちもそうあるように、僕は祈っているよ」
最後にもう一度頭を下げて二人の元を辞そうとするヤオ達へ、ソガは小さくウインクとサムズアップを送ってから……再び声音と表情を整えると、ダンにカプセルケースを差し出した。
「さあ、モロボシ・ダン……カプセルを」
「はい」
黄色いカプセルを取り出しアンヌの前で跪くと、ソガに教え込まれた通りの、古いお伽話の中で王子がプリンセスへするような仕草でもって、彼女の左手を優しく手繰り寄せるダン。
その指先に、カプセルの先端をそっ……と触れさせる。
「アンヌ……」
下からアンヌの顔を見上げたダンへ、朝日を背にした女が嬉しそうに微笑んだ。
それを見て思わず息を呑む男に、横から口を挟む不信心極まりない牧師。
「どうだ、彼女は……美しいだろう……?」
「うん。……綺麗だ。この星と同じくらい……綺麗だ」
「ダン……ありがとう」
アンヌの目から、溢れた感情が一粒の雫となって、これまでセブンの守ってきた星へと染み込んでいく。
「僕と一緒に……来てくれるかい?」
「……はい!」
彼女が元気よく頷いたと同時、アンヌの体を眩い光の渦が包み込み……やがてダンの手にするカプセルの中へと収まった。
「これにて誓いは果たされたっ! アーメンッ!!」
「おめでとうアンヌ! おめでとう、ダン!」「おめっとさん! 仲良くやれよーッ!」「若いねぇ……」「「二人の道行きに、白波の加護があらんことを……」」「二人とも……幸せにな」「おれは何を見せられているんだ……」
「ありがとう! ありがとうみんな!!」
降り注ぐ祝いの言葉。
「やれやれ……コレじゃ、サブプランナーっていうより、別のプランナーだぜ」
『……私は、別の惑星でこれとよく似た儀式を見た気がするのだが……』
「気のせいじゃないッスか?」
『うーむ……弟は、何かとんでもない決断をしてしまったのでは……』
「でも、幸せならオッケーです!」
『そうか、そうだな……』
律儀にソガから言われた通りのポーズで、彫像の如く固まっていたセブン上司は、眼下で繰り広げられていた儀式に一抹の不安を覚えたようだが、弟から非常に幸せそうな感情の波が流れ込んできたので、そんなことはあっという間に洗い流されてしまったようだ。
ソガの、力強いサムズアップの勢いに流されたともいう。
『……これぐらいの拠り所があった方が、こやつももう少し自分の身を省みるようになるやもしれんな……』
「いやそれはない」
『ダンに限ってそれはないわ』
『そうか、そうだな……』
「ふむ、ではこうしようじゃないか」
セブン上司の呟きにノータイムで帰ってきたテレパシーに、キリヤマ隊長が名案を思い付いた。
「仮にも渉外担当として、彼女にはその成果を定期的に報告して貰わねばならない義務がある。まあ、当面は……そこのウリンガ君の経過観察で良いか。数年に1回は必ず地球に帰還する事!」
「でも、アンヌは地球を追放になったんじゃ……」
「ハハハ、彼女はもうウルトラ警備隊ではないのだから、律儀にそんな命令へ従う義理もないだろう。常に渉外担当官としての任務が優先だ。全く何処の誰が出した指示やら……さて……頻度はどの程度が良いか……」
「盆と正月で良いんじゃないっすか」
「ではそれで行こう」
「そ、そんなアッサリ……!?」
「あくまで努力義務だからな……」
いつになく決断の軽い隊長へ、アマギ達が驚愕する。
名目上の建前など如何様にも出来ると嘯くキリヤマの顔は、もはや孫を待ち望む祖父の顔であった。
規則をねじ曲げる旧友の姿を見て、人は変わるものだな……と独り言ちるクラタ。
『……では、その子はお前たち二人に託そう。だがそうなると、ウリンガという名前は変える必要があるな』
「え? 何故です、213号?」
『レイブラッドを受け継ぐ人工兵士
「そうですか……」
残念そうに、フルハシの腕の中で眠る少年の顔を覗き込むダン。
彼は、育ての母だけでなく、名前まで失おうとしている。
いままでの彼を形作ってきたものが、この宇宙から何一つとして無くなってしまうのだ。
それは……なんと寂しい事だろうか。
今の自分が、何か彼にしてやれる事は……
その時――ダンの脳裏にかつて見た、赤い空へ飛んでいく、偉大な背中が蘇った。
恐るべき破壊兵器としてこの世に産み落とされながらも、その呪われた宿命に抗い、最後に真なる英雄として目覚め、夕日の彼方へ飛び去った、もう一人の大切な兄弟の背中が……
「……ゼロ」
彼はその名を無意識に紡いでいた。
この悲しき宿命を背負った幼子へ贈るべき、もう一つの名を。
「この子は確かに、邪悪な企みの元に産み出されたかもしれない。でも……今の彼は、完全に真っさらだ。だからこそ、そんな悲しい運命めに縛られる事なく、彼を取り巻く全ての困難に打ち勝ち、これからはいくらでも、幸せな出会いを積み重ねていける! ……彼は今日を境に、新たな人生という、長い永い航海へとまた漕ぎ出していくんだ。例え横道に逸れる事があっても、彼が愛を見失わない限り、何度でもまた、ゼロからやり直せる! その為の出発点……
『ウルトラマン……ゼロ……良き名だ。この子はいつかきっと、その名前を誇りに思う時が来るだろう……』
「うわ……まじでそうなんのか……すげぇ……」
いたく感銘を受けた様子のソガに、ダンが向き直り、頭を下げる。
「ソガ隊員……本当にありがとうございました」
「ありがとうも何もな……」
「いえ、僕だけではこの子をしっかりと育てる事が出来るか分からなかった。アンヌがこの子に愛を注いでくれるならば、絶対に悪い事にはならないでしょう。あなたが解決策を教えてくれたおかげだ。それに、あんなに立派な式まで……正直、こんなに幸福な気持ちで満たされたまま送り出されるとは思ってもいませんでした。この星を離れる時は、もっと寂しさでいっぱいだとばかり……」
「ああ、それはそうだろうな……」
ソガは、本編のラストシーンを思い出しながら納得した。
例えゴース星人のことがなくたって、あの様子じゃダンが周囲には黙って出て行く気であっただろう事は言うまでも無い。
なんなら、ダンの思惑通りにそうなった時の事を考えれば、いくら双方共に悲しみが支配しているような様相とはいえ、仲間達が勢揃いして彼の背中を最後まで見送れたただけ、本編の方がずっとマシですらある。
だが、そうはならなかった。
地球の為に全てを捧げたこの英雄が、労いも、別れの言葉もなく、ただひっそりと人知れずこの星を去ることだけは、決して許されない。
その為にこそ全力を注いできた、ある一人の男にとっては、今この瞬間こそが、これまでの尽力全てに対する、何よりの報酬なのであった。
だから彼は、満面の笑みで親友に手を差し出した。
「だったらこれは、オレからの恩返しだと思ってくれ。こちらこそ、プレゼントをそんなに喜んで貰えたんなら、ここまで頑張ってきた甲斐があるってもんさ」
「恩返し……?」
「そうだ。ダン……オレは、お前に出会えて本当に、心の底から幸せだったよ。お前こそが、オレの人生に生き甲斐と、何かを愛する喜びを与えてくれたんだ。お前と出会えていなければ……オレはこうなってはいなかっただろう」
「そんな……僕をこれ以上喜ばせてどうするつもりなんですか? ソガ隊員のように素晴らしい人と出会えて幸せだったのは、僕の方です。この星に来て良かった……アンヌや、あなたや、警備隊のみんなと友達になれた事が、僕にとって一番の……」
「よせよ、オレはお前が思ってる程、素晴らしい人間じゃない。お前がオレの事をそう言ってくれるのは嬉しいが、それはオレがお前さんの鏡だからだ。なんたって、ダンが褒めてくれる美点ってのは……だいたい全部が、お前から学んだ事ばかりなんだからな。つまりお前は、オレを通して自分の良さを再確認しているのさ。もしもオレという人間が、本当にお前の言う通り素晴らしい人間だってんなら……そうしてくれたのはダン、お前だよ」
それは卑下や謙遜でも何でも無く、ソガの偽らざる本心だった。
自分とは違う考えをみだりに否定しない事。
どんな相手とも、常に友人となる道を模索する事。
それでも対話が不可能な場合には、毅然と立ち向かう事。
そして……大切な者を常に全力で愛する事。
今の彼を支える信条、そのどれもが、目の前の友人から教わった事なのだ。
正直に言って、ソガは自分があまり褒められた性格では無いと思っている。
なんなら始めの頃の、まだ絶望の淵にいるイチノミヤや、この星の人間を怖がって隠れていた、ダークのような存在とも奇跡的に友誼を結ぶ事が出来たのも、彼らが自分の中に、ある種の歪みのようなモノを見出して、同族意識から安心したからなのではないか……とも思っているし、ソガの方も積極的に、彼らのそういう弱った心に付け込んでいき、関係性を構築する為に利用する事を全く躊躇しなかった。
そういった意味では、彼の性根というものが、あの教授とあまり大差ないモノだ、とも言えるし……その教授本人が旅の道連れとしてソガを指名したのも、その辺りに自分と似た感性を嗅ぎ取って共感したからなのではないか……とも睨んでいる。
でなければ、あの利己的で悪辣な侵略者が、いくら下僕として引き連れる算段とは言え、ああまで真摯に勧誘などすまい。
……だが、何度となく辛い目に遭おうとも、決して彼がイチノミヤやダークのように絶望したり、まして自棄になって悪の道に走ったりもせず、むしろそんな彼らをもう一度、そのような絶望から掬い上げる事が出来ないかと、自ら手を差し伸べるように努力したのも……
彼の心にいつも、ダンがいたからだ。
あの無邪気で眩しく、太陽の如き笑顔に、何一つ恥じる事が無いように生きようと。
彼の顔を、絶対に失望で曇らせる事の無いように、己だけは裏切る事が無いようにと思って生きてきた。
そうでなければ自分は今頃どうなっていたことか……
「本当ならアンヌだけでなく、ソガ隊員にだって、僕の星に来て欲しい。いつかスコーピオン号で言った事を覚えていますか?」
「ああ……もちろんだ。あんなに光栄な申し出は無かったからな。オレも……出来る事なら、お前と一緒に行きたかったよ、ダン。……でも、今回はアンヌに譲る事にする。もしも彼女を押し退けて、オレみたいなのがその席に座っちまったら、解釈違いもいいところだ。今こうして、お前さんに持ち上げて貰ってるだけでも、心がソワソワして落ち着かん。ファンに怒られちまわないかなぁ……」
「ファン……? 僕にファンがいるんですか?」
「ああそうさ。モロボシ・ダンは人気者だからな。なんたって、ウルトラセブンは地球じゃ圧しも圧されぬヒーローだぞ! もう宇宙一だ! そんな宇宙一のヒーローから、サイドキックのお誘いなんて……ファンからすれば垂涎モノさ。そしてオレはお前の大ファンなので涎ダラダラ、さっきからアドレナリンもドバドバよ」
「う~ん、そんな御行儀の悪い相棒は勘弁願いたいですねぇ……ハハハ、冗談ですよ。それなら、次に地球へ戻って来た時は、今度こそソガ隊員をご招待すると約束しましょう! なにせ僕の大親友だ! なんとしても来て頂かないと!」
そうしてダンが最高の笑顔で手を差し出した時、ソガは大きく目を見開いてから……とても穏やかな顔で握手を返す。
正面から見た彼の顔、そこに浮かんだ大いなる喜びの中に――なぜか諦観と寂寥感が一滴ずつ垂らしたインクの如く混じっているように見えて、ダンは首を傾げた。
「ああ……是非ともそうしてやってくれ。多分、その時は、俺もきっと大喜びするよ。俺にとってもお前は、もう大親友だからな」
「はい……?」
その時急に、こちらを握る力が弱まったかと思うと、足元が覚束なくなったようによろけるソガ。
咄嗟に彼の肩を支えるダン。
フラフラとしつつも、なんとか立ち直ったソガが頭を振る。
「おっ……と」
「ソガ隊員!? 大丈夫ですかっ!」
「いやあ、すまんすまん……お前があんまし嬉しい事言うてくれるもんで、ちょっと気ぃ抜けたみたいやわ。ああ、やっべ……めっちゃ眠なってきた……」
「眠い……? いったいどうしたんです!」
「いや、お前はさっき上司からエネルギー補給してもうたかもしらんけど、オレはずっと戦いっぱなしなんやぞ……? あ、コレやばい奴や……」
確かに……とダンは納得した。
彼はついさっきまでゴース星人に捕まっていて、解放された直後から、そのまま戦闘を繰り広げたばかりなのだから。
しかし、それにしては……やけに焦りだしたソガが、感謝の言葉を矢継ぎ早に繰り返す。
「これだけは伝えとかなきゃ。ダン、オレはお前に会えて本当に幸せだった。地球に来てくれて、そして……オレと友達になってくれて、ありがとう!」
「はい! こちらこそ!?」
「あとは……何言うとかんとあかんのやっけ……ああ、そうだアレだ! いいか! 良く聞け、ダン! シルバーブ……いや違うな……ああもう! コレなんて言やええんやろ……せや! 誕生日だ! 誕生日はちゃんと祝え!! ええか? お前らからしたら何万何千回もあるんか知らんけどやな、地球人からしたらたったの数十回しかない貴重な貴重なイベントなんや! もしも! 地球で誕生日パーティーする時は! 本気で気合い入れてやれ! 横着して職場でしよ~~とかするんちゃうぞ!? 地上で! 全員ちゃんと休み取って! 会場とか準備してからやるんや!! ええな! あとはカプセルとか出し惜しみすん……あ。」
「ソガ隊員!?」
目玉がぐるんと裏返り、フッ……と力が抜けたようにこちらへ倒れてくるソガを、地面に激突しないようになんとか受け止めるダン。
ぐにゃりと重たいソガの肉体が、ダンの肩にのしかかる。
「…………いっちまいやがった。無茶しやがって……」
「えっ!? ソガ隊員? なんです!? 大丈夫なんですか!?」
「おお……スマン、スマン。ちょいと眩暈がしたもんでな。急に疲れが出ちまったみたいだ。悪いが少しの間、座らせといてくれるか?」
「え、ええ……」
安心させるように、ダンの腕をポンポンと叩いたソガは、体調が悪いと言うわりには、随分としっかりした足取りでダンから離れると、彼に背を向けてドカッと地面へ腰を降ろす。
「今のはいったい……」
ソガ隊員の体を受け止めた瞬間……その肉体から何か……爽やかな風のようなモノががふわりと抜け出して、ダンの頬を撫でていったような……
ダンは、その頬に残る感触を確かめようと……触れた指先が、しっとりと濡れた事で、自分がいつのまにか涙を流していた事にようやく気付いた。
なんだろう、この心がぽっかり空いたような寂しさは……?
今になって……彼らとの別離が悲しくなったのだろうか。
だが……それはあくまで一時的なもののハズだ。
今感じているような……長年過ごした友人と、もう一生会うことの出来ない時のようなものでは……
「あの……ソガ隊員」
「悪いな、ダン。今はちょっと……お前さんの顔を見られそうもない。大の男が、別れの寂しさにやられて泣くなんざ……恥ずかしくって、いけねえや」
「……」
蹲ったままそう語るソガ隊員の背中からは、川のせせらぎの如き心地よさと、先ほど感じたそよ風のような爽やかさが溢れてくる。
それはダンのよく知る、ソガ隊員個人が持つ魂の波動であり、彼はソガ隊員本人で間違いない。
なんなら、ついさっきまでの弱々しいものよりも、今の方がずっとずっと強く、ハッキリと吹き付けてくるようだ。
だが……なぜだろう。
彼はふと……目の前の男が、自分のよく知る彼とは少しだけ別人になってしまったかのような……
そんな失礼極まりない錯覚を覚えてしまうのは、彼の波動の中から、あのいつもの……目も眩むネオン街の喧騒の如き、煌びやかさと騒がしさが失われてしまったからだろうか?
今は彼が疲れてしまっているからだろう。その鼓動に耳を澄ませてみても、空気を劈くシンセサイザーの響きと、狂ったようなカスタネットの乱打は全く聞こえてこない。
その代わりに聞こえてくるのは、とても穏やかで物悲しい……マンドリンの音色だけだ。
普段よりも随分と落ち着いてしまった彼の波動は……以前のような祭り囃子の最中にいるのかと思うものではなく、どこか遠くから提灯の明かりを見るような……
そんなソガ隊員が発する波動の、いつもとは若干違う輝きが、いつかペダン星人を退けた際、彼に連れられて二人で六甲山から見下ろした、あの神戸の美しい夜景を……ダンに思い起こさせて仕方ないのだった。
「今はお互いに時間が無いからな。お前とは……もっとじっくり話がしてみたい。だから……待ってるぜ、ダン。お前が次に地球へ来るのをさ……その時こそ、お前に、何もかも、教えてやるよ。でも今だけは……今だけは、何も聞かず行ってくれ。頼む。それがオレの……俺達の願いだから」
「分かりました。では……またいつかお会いしましょう。ソガ隊員」
「ああ……またな! ダン!」
背中越しにひらりと手をふるソガの背中を目に焼き付けながら、ダンはセブン上司の発する光の中に入っていく。
そして、懐から真っ赤に輝くウルトラアイを取り出すと……
「それではみなさん……さようなら!!」
レンズを装着した彼の瞳からは、輝く光がとめどなく迸る。
強い輝きにソガ隊員が振り返ると……
朝日の下には、二人の赤い巨人が並び立っていた。
セブン上司が掌を開けば、フルハシの逞しい腕からウリンガ……否、少年の姿のままに眠るウルトラマンゼロがふわりと浮かび上がり、彼の手に収まっていく。
「ダン!」
「今までありがとう!」
「体に気をつけろよー!」
「疲れてるからって、帰り道で居眠りはせんようにな!」
「全員! モロボシ・ダン隊員と、アンヌ隊員……そして大セブンに……敬礼!」
仲間達が、旅立つ巨人達に手を掲げるのを見て、赤い巨人の片方は、同じ格好で手を掲げて返礼した。
そして最後に一度だけ、自らが彼らと共に守り抜いた大地と、澄み渡る大空を見上げ……
『『デュアッ!!』』
「気をつけて帰るんだぞー!」
「盆と正月には帰ってこいよー!」
「土産はぜってえに、俺達が食えるもんにしろよなー!」
「アンヌとお幸せにー!」
「「ウルトラセブン、御達者で!」」
仲間達が口々に叫ぶ中、彼らの姿が見えなくなったのを確認し、クラタがぽつりと呟く。
「……しかし良かったのか、キリヤマ。お前のところは、二人もいっぺんに失う事になる」
「二人……な……」
キリヤマは、先ほどまで座りこんでいた部下にチラリと目をやると、彼がしっかりと立ち上がり、ダン達の飛び去った方向へ元気に腕を振るのを認めてから、クラタに向き直った。
「案ずるな。そろそろV2ステーションや月面基地が再建される。プロジェクトブルーの電磁バリアが再稼働すれば、今回のような大規模侵略は行えなくなるはずだ。それに、大セブンが言っていたではないか。宇宙から正式な担当官が来る……とな。そんな地球に手を出す事は、彼らに正面から喧嘩を売ることになるわけだ。頼りきるつもりは毛頭無いが、我々の思惑に関わらず、手を引く侵略者は少なくないだろうよ」
「しかし……そこの嬢ちゃん達が、気がかりな事も言っていたぞ? なんでも地底から怪獣がどうとか……なぁ?」
「はい。これから地上は、ザバンギの抑えていた地層から蘇った、太古の怪獣達に襲われる事となるでしょう」
クラタの確認に、頷く巫女姉妹。
「しかしその情報は、既に彼女らノンマルトから事前に齎されていた。だから国連主導で、対怪獣用の戦闘に重きを置いた、特殊攻撃部隊を新設しようという動きもある」
「……ま、俺の仕事が減りそうなのは歓迎するがね。それなら尚更、お前さん達のところはこれから大変そうだなと思っただけさ……なにしろ、賢しいだけの円盤と違って、ノータリンのデカブツとやり合うのは骨が折れる。……それこそ、モロボシ抜きでな。マックスジョーがいれば問題なかったろうが、あっちももう無いじゃないか」
「ありがとうございます、クラタ隊長。ですが、心配には及びません……実はその方面においても、戦力強化案は考えてあるんです」
「なにぃ……?」
そう言ってアマギがポーチから取り出したのは、何かの図面の簡易版らしい。
大方、浮かんだアイデアを書き留める用に持ち歩いていたメモ代わりなのだろうが、そこにはドラム缶に手足を付けたような、武骨なロボットのスケッチがあった。
「大型敵との戦闘において、セブンが何よりも優れていたのは、敵と組み打つ事が出来ると言う点でした。突き詰めれば、エメリウム光線やワイドショットの破壊力も、ホークの攻撃力さえ強化すれば代用できますが、こればかりは戦闘機にも真似出来ません。なので、いつ現れるか分からないセブンに頼らずとも――まあ、セブンはダンだった訳ですが――怪獣を押し留める役を用意する、という戦術思想が正しい事は、マックスジョーによって証明されました。これはその、量産案です」
「……この寸胴が?」
ドラム缶に手足を付けただけのようにしか見えないが……
なんとも頼りない、と顔に書いてあるクラタやヒロタと違い、フルハシはまた違った感想を抱いたようで。
「どことなく、ユートの野郎みてえだな」
「その通り! これは、元々ユートの戦闘用ボディとして開発されていたんですよ! ペダニウム製であるキングジョーの残骸が使用できた時と違って、構造体もイチから地球産にすると、どうしてもこのように不格好な形にならざるを得ないといいますか……極東基地にはそのマックスジョーが配備されていたので、他支部の戦力強化としてワシントン基地で計画を進めていましたが……運用ノウハウは極東基地の方に一日の長がありますからね。あとはこれにAIを搭載するだけです。ユートの復活は思ったよりも早くなりそうですよ」
「……待て、アマギ。そいつをユーエイトとして完成させるつもりなのか?」
「何か不満があるのか?」
基地にあるユートのバックアップデータを載せるつもりらしいアマギに、ソガが待ったをかけた。
「例え同じデータを使っていてもそれは……あいつじゃないだろ」
「……? いったい、何を言ってるんだ?」
「なんといえばいいか……アイツはあの瞬間、ユーエイトという、一つの個人になったわけで……第一、ユーエイトは死んだ訳じゃ無い。次元門の向こう側に行ったはいいものの、出口になるゲートが無いから帰ってこられないだけさ! 万が一帰って来た時に、別の奴が自分の名前で呼ばれていたら、嫌だろうが? 嗚呼……ここにダンとアンヌがいればなぁ……多分、彼らもきっと反対したハズだ。そいつはユートじゃない、って!」
「じゃあ……どうすればいいって言うんだ?」
憮然としたアマギに、ソガはニヤリと笑ってこう答える。
「もちろん、違う機体として扱うのさ。名前はそうだな……セブンが帰ってくる場所を守るんだ君1号! 略して……セブンガーだ!」
「ダンが帰ってくる場所、じゃねえのか?」
「それだとダンガーになりますけどねぇ……ガンダーみたいで縁起が悪いでしょう? 俺達以外は、セブンがダンとは知らないないわけだし」
「なるほどなぁ……いいぜ! 今までは『セブン頑張れ!』って叫んでたんだから、その方が呼びやすいや! 名前にセブンが付いてた方が、ダンみたいに強くなるかもしんねえしよ!」
「もう勝手にしてくれ……」
脱力するアマギを尻目に、クラタはキリヤマにそっと耳打ちする。
「アレでなんとかなるってんなら、一向に構わんがな……それとは別に人手は要るだろう。アオキをくれてやろうかと思ってたところさ」
「……いいのか?」
「今ですら、ステーションの設備だけだとメンテに苦労してたんだ。右腕まで義手になっちまったなら……宇宙ではもう、やっていけんだろう。……お前のところで、使ってやってくれ」
「……すまんな」
「全くだ。……だが、暫く宇宙は閑古鳥らしいからな……」
そう言ってクラタは、ポーチから煙草を取り出し火をつけた。
煙を燻らせる彼が、無言のままに差し出したもう一本を拝借しながら、キリヤマはしみじみと今後を思う。
そんな彼の視線が追うのは、図面を覗き込む仲間達の元を離れ、巫女達の元へ歩いていくソガの背中だ。
「……おい、ヤオとか言ったか」
「……姉上に何をするつもりだ、地上人。お前がもう、あやつで無い事は分かっている。姉上には指一本触れさせんぞ!」
「お止めなさい、ヒメ。……ソガ隊員の怒りは正当なもの。彼が私を裁こうと言うならば、我々はそれを受け容れるのみです」
ソガの前に立ちはだかる妹を押し退け、その後ろから、瞳に覚悟を宿しながらヤオが現れる。
「……何を勘違いしているのか知らんが……心配になっただけだ。さっき、相棒が出て行った時……あんたもフラついて妹に支えられていただろう」
「流石の観察眼ですね……その通りです」
「心配だと……? 姉上や我々に怒っているのでは無いのか」
キョトンとした顔でヒメが聞き返せば、ソガは困った顔で頭をかいた。
「ま、本音を言えばな。これだけの事をされたんだ。例え女だろうが一発殴ってやりたい……そう思ってたんだが……気が変わった。あんた、もう長くないんじゃないのか」
「……隠し通せるわけではありませんでしたか」
「俺だって、お前と相棒の話は聞いてたのさ、寝惚けながらだけどな」
「仰るとおり……あの方をソガ隊員に定着させる代償として、私の寿命を使いました。先ほどは、その必要が無くなったが故に、余った生命力が戻ってきた反動のようなもの」
「そうか……」
一度だけ、悲しそうに目を伏せてソガ隊員は押し黙る。
そして再び顔を上げた時、そこには、怒りも恨みもない、さっぱりとした男の穏やかな眼差しがあった。
「だったら……許すよ。あんたのおかげで、相棒が来た。相棒がいなきゃ、地球は救えなかったし、ダンもどうなってたか分からない。だから……あんたには恨み言じゃなくて、礼を言うよ。あんたはもう、充分に頑張った。一緒に戦った戦友だ」
「ソガ隊員……」
「あいにくと、戦友を恨み続けられるほど、俺の精神は強く出来ちゃいないんでね。第一、あの執念深い相棒が無罪放免にしたんだ。そんな事されちまったら、アイツよりも心が広い事になってるソガ隊員も、それに倣うしかねえよ。俺はな……アイツの理想の相棒でいたいのさ。おまけに寿命まで削ってな……お前さんだって、ダンや相棒と同じ馬鹿野郎じゃねえか。そんな馬鹿野郎が、報われもしないのは俺が許せねえ。だから……許す。許すよ。お前も、残りの人生で幸せになれ、ヤオ……」
「ありがとう……ございます!」
彼らの頭上に、サッと黒い影が差す。
見上げれば……いつの間にか現れた竜が、長い体をくねらせて、空中に漂ったまま、宝玉の如き大きな瞳でこちらを覗き込んでいるではないか。
「驚いた……こいつが、海龍か」
「ええ……迎えに来てくれたようですね。我らも……海へ帰るといたします」
「達者で暮らせよ」
「ありがとうございます、ソガ隊員。あなたも……お元気で」
「……お前は姉上を許した。だから……私もお前達、人間を許そう。地上をまた此度のような困難が襲ったならば、その時はまた、こうして力を貸すと誓っていい」
「ありがたいね。とはいえ、そんな必要がない事を祈ってるよ」
ソガが手を振ると、海竜の額から光が降り注ぎ、巫女達の姿はその中へ消えていく……
やがて、彼女らが粒子となって海竜へと取り込まれると……竜の細長い体が、みるみるうちに変貌を始めた。
四肢の筋肉は隆起し、より太く逞しいものへと代わり、まるで人の如く直立まで出来るようになってしまうではないか。
これこそが、巫女と竜の融合した真の姿、大いなる海の化身なのだろう。
瞳に知性の煌めきを宿した龍は、しばらくソガの顔をじっと見つめていたが……やがてふわりと宙へ浮き上がり、天空を泳ぐようにして、海の方へと飛び去っていった。
「ひゃー! びっくらこいたぜ。いきなり暗くなって、おや雨雲かしらんと上を見てみりゃ、竜が浮かんでんだからさ」
「ソガ、今のが……?」
「ああ、ノンマルトの言ってた海竜らしいな。巫女を取り込んだらあんなになっちまうとは……さしずめ大龍海ってところか。なんかあったら、力を貸してくれるそうな」
「魚でも御供えしたらいいのかい?」
「逆に海の生命を奪うなと怒られそうですが……まあ、彼女らの要求はまた後で聞けば良いでしょう。幸い、我々には言葉がある。不幸なすれ違いをしていた以前とは、違うのですから」
皆で飛び去る龍を見送っていると、背後で聞き慣れたブレーキ音がする。
おや? と振り返ってみれば……なんとポインターだ。
いったい誰が……と思っていると、運転席から顔見知りの主計課隊員が降りてきて、後部座席の扉を開けた。
乗っていたのは、ジャケット姿のイチノミヤと……
「サエコさん!?」
まさかの人物に、飛び上がって驚くソガ隊員。
なぜこんな所に彼女が……
そんな彼の背中を、アマギとフルハシがそっと押す。
「ほら、行ってこい!」
「お前の顔は、テレビで大写しになってたんだ。さぞ心配しただろう」
「あ、ああ……」
はじめはゆっくりと……しかし徐々に早足に、最後は駆け足で、急速に距離を詰めていく二人の影。
「ソガくーんっ!!」
泣き笑いの女が、待ち望んでいた男の胸に飛び込んだ。
「もう! いきなりテレビに出て来たと思ったら、あんまり恐ろしい事を言い出すんですから。すごく心配したのよ! イチノミヤさんに連絡してみたら……危うく死んじゃうところだったって……だからアタシ、基地まで急いで行って、無理を承知でお願いしたら、あちらの隊員さんが、「ソガ隊員は私の恩人でもあり、その奥方にあらせられましては、私の恩人も同じであります!」って……まだ奥方じゃないのにね。ねえ……ソガクン、聞いてる?」
「ああ……」
返事が無い事を訝しんだサエコが、逞しい胸に埋めていた顔を上げてみれば、どことなく放心したような表情のソガと目があった。
だが、それが途端に精悍な、正気を取り戻した男の顔になったかと思えば……喜びと、安堵と……そこへ申し訳なさと不安がない交ぜになった震える声で、こう言うのだ。
「……ただいま、サエコさん」
「……ッ!?」
それを聞いた時……女は、雷に打たれたように硬直した。
「あ……ああ……」
震える唇から、言葉にならない吐息が微かに漏れるばかり。
そのたった一言で、彼女は……分かってしまった。
下手な理屈や説明など、彼女には必要なかったのだ。
男の瞳と、発する言葉の響きが、全てを物語っていた。
彼はもう……いないのだと。
あの愛すべき異邦人は……自分達の元を去ってしまったのだ……と。
そう理解するのには、充分すぎた。
「……すまない」
彼女の様子を見て、ソガ隊員も同じく気付いたらしい。
目を伏せ、心の底から遺憾そうに絞り出す。
本当は、彼を最後に引き合わせてやるつもりだった。
それが、同じ女を愛した男としての……その後を託された者が出来る、なけなしの罪滅ぼしだと。
しかし、そのような余力を残した状態では……到底、あの狡猾な教授を倒す事など出来なかっただろう。
あの時、ソガ達は……文字通り、一心同体となっていたのだ。
本来ならば、ひとつの肉体にはひとつの魂。
どちらかが覚醒している時は、どちらかが寝ていなければならない。それが彼らだったはず。
だが……極限まで削りに削れた相棒の魂が……本来は不可能な同居を可能にした。
精神と肉体との間にある僅かな隙間へ、もはや紙同然に薄くなった自らの存在を滑り込ませ、右腕だけを彼が操る事で、あの千里眼の如き教授の読みから逃げきってみせたのである。
当然、そんな事をすれば、彼はなけなしの力を使い果たし、跡形もなく消え去ってしまう事など分かりきっていた。
それでも彼は、それをやったのだ。
全ては、目の前の彼女を……愛していたから。
二人の男は、ただ一人の女を守る為に、体も、精神も、命も何もかもを、ひとつにする事が出来たのだ。
だからソガ隊員は、彼のすることを制止せず、その肉体を明け渡した。
彼が命を投げ捨てる……その後押しをしたも同然である。
「……いいえ。謝らないで」
「だが、俺はヤツを……」
――自分達があと少しだけ強ければ。
彼が、その存在を燃やさず済んだかも知れないのに。
唇を噛み、悔しげな表情のまま目を逸らすソガ。
そんな彼の頬を、柔らかな指がそっと包む。
「それでもアナタは……戻ってきてくれたじゃないの。アナタ達は……私を一人にしなかったわ。だから……」
サエコはこちらを向かせたソガの顔を、正面から覗き込み、涙の筋が残る顔で優しく微笑んだ。
「……お帰りなさい、ソガさん」
「……ありがとう」
驚きに大きく目を見開いてから、改めて彼女の強さを噛み締めるソガ。
あんまりにも綺麗に笑うもんだから……胸の鼓動が治まらないではないか。
なんとまあ、自分がここまで初心な男だったとは……二度も恋に落ちるなどと。
「彼は……最後に何か言っていたかしら?」
「……ああ、サエコさんによろしく、愛している。ってさ……おいおい、どうしたんだい?」
言葉の途中で、急にクスクス笑い出すサエコにソガは戸惑った。
「……あー、ホント……アナタ達って……嘘が下手ねぇ、ソガくんは」
「う、嘘じゃ……」
「彼はそんなに器用じゃないわ。アナタもですけど」
「……まいったなァ」
ポリポリと髪を掻く男に、じとりと呆れた視線が突き刺さる。
「おおかた、『サエコさんには言わないでくれー』とかなんとか言ってたんじゃないの? 愛してる、なんて素直に言えるほど殊勝だったら、もっと前から自分の事も話せていたわよ。んもう! ホントに女心が分かって無いんですから!」
「いやさ、相棒も別に好きで黙ったまま出て行こうとしたわけじゃなくてさ……」
「ええ、言われなくても。そんな暇なかったんデショ?」
「うん……」
本当ならば、メバ教授に最後の一発を食らわせた時点で、彼は限界を迎えるハズだったのだ。
それがなんの手違いか、ダン達を見送るまでの間だけ、この世界に留まる猶予が出来たに過ぎない。
それが何故なのかはサッパリ分からないが……
もしかしたら、彼らにキチンと最後のお別れをさせてやりたい! ……と願った者が、自分の他にいたのやも……
ダンが言っていた理論をぼんやりと思い出しながら、ソガはそんな取り留めもない事を考えた。
そんな、誰かの愛が……彼をほんの僅かばかり、この世界へ繋ぎ止めたのだとしたら……きっとそれこそ、奇跡と呼ぶべきものなのだろう。
「あともうちょっとだったんだがなぁ……まったく、最後まで締まらない男だよ」
「彼は……死んでしまったの……?」
一転して、不安に瞳を揺らしながら質問するサエコ。
彼女の声は、ソガを気付かってか努めて平静を装っていたが、その震えは隠し切れてはいない。
ソガという男が、長きの不在から戻って来た事は喜ばしい事だ。
しかしそれはもう一人の男が去ってしまった事も意味する。
彼女はずっと、それが気がかりだったのだろう。
「いや」
否定の声は、驚くほど強く出た。
「アイツは……
「そう……そうなのね!」
「だから、勘だよ?」
「じゃあ正解って事よ。なにせ、
「だからそれは俺じゃなくてアイツの……はぁ、恨むぜ、相棒」
まったく、とんだ置き土産だ。
なにが「そのままお返し出来るように」なのか。
いつの間にか、超人か何かに成ってしまっている。
それに……
「サエコさんは……その……いいのかい? 俺は……アイツじゃない。今更、亭主関白を気取るつもりはないが、趣味も違えば、煙草も吸う。それに……冗談も……」
「ふふ……」
気まずげなソガの手を取り、 彼女はニッコリ笑う。
「安心して。前にも言ったような気がするけれど、私はね……アナタの顔に惚れたのよ」
「えっ? そんな事言ってたかい?」
「そうって言ったらそうなのよ。それに……」
「それに?」
惚けるソガの背中へ手を回し、サエコは静かに呟いた。
「未来人だろうが、ウルトラ警備隊だろうが……ソガ君はソガさんじゃない。……ね?」
「サエコさん……ありがとう」
彼女の肩を強く抱き寄せ、その耳へ囁きを落とす。
「君を……愛しています」
「私も」
「……すまないな、想い人がややこしい男で」
「ふふ……私には、こんなに強く愛してくれる人が、二人も居たんでしょう? つまりそれって、私が宇宙で一番幸せな女って事じゃないかしら?」
「ハハハ、違いないね。なにせ君は……僕にとって宇宙で一番素敵な人だ。……サエコさん」
「はい」
「結婚しよう」
「……はい!」
朝日を背にして抱き合う二人の頭上には、明けの明星が二つ、燦然と輝いていた。
~終~
というわけで!
第49話「史上最大の侵略」及び、没稿「宇宙人15+怪獣35」でした!
いかがだったでしょうか。
まずはここまでお付き合い頂き、本当にありがとうございます!
前編も合わせれば、1エピソードに1年以上もかかってしまう大長編になってしまいましたが、無事に終わらせる事が出来ました!
これもひとえに読者の皆さんのおかげです! いや本当に。
それでここまでボリューム増えた原因のひとつとしてですが……上記の通り、最終回だけでなく没稿もミックスして再構成したから……というのがあります。
この「宇宙人15+怪獣35」という何の捻りもない数字の羅列みたいなタイトルのボツ話について説明しますと……
そのまんま、この数の怪獣と宇宙人が再登場して大暴れ……という、「いや無理に決まってんでしょ」としか言いようの無い話で、実際に書いた本人達ですらダメ元で提出したらしく、やけくそofヤケクソの極みみたいなエピソードです。
ただでさえ、金が無くてスーツ作れねえとか言ってたセブン後半ではボツになるのも止むなし……
ですが!
小説ならどんな怪獣もコスト0で出し放題!
アイツもコイツも! 全部盛りだぜぇ~!
とやった結果がこの1年でした。
一応、今回の地球総攻撃で登場した怪獣達も、ノンマルト周りの奴ら以外は、こちらのエピソードに登場予定だった怪獣リストから選出してあります。
まあ、知ってる読者の方々からは、かなり早い段階でバレバレだったようですがね……
というか、宇宙人15は達成出来たとは言え、ここまでやっても怪獣35には届かなかったのに、30分実写ドラマでコレとか無理に決まってんだろーーっ!!!
そして、このエピソードで宇宙人連合を率いる頭領として設定されていたのが、バルタン星人だったわけですな!
決して、シリーズ最推し作品の唯一といっていい不満点が、あれだけ宇宙人偏重型なのに、作者がシリーズ最推しの宇宙人は出してくれなかった事とかそういうわけではありません。ええまったく。
平成版にはチラッとだけカメオ出演してるから、れっきとしたセブン怪獣と言えなくもないですし。
鋭い方がいましたが、教授の名前である『メバ』も、成田氏がセブン放映時の頃にバルタン星人をリファインした同名作品から持ってきてあります。
もっとも、挿絵では作劇上……もとい作者の画力と好みの都合で、頭部とハサミだけ初代準拠になっていますが。
作者からのサプライズはご好評頂けたようで何よりです。
なんといっても本編の最終回がね、完成度高すぎるのでね。
ここまで詰めに詰め込まないと、わざわざ改変する必要ある? ……って自問自答に納得出来ないぐらいに名作中の名作なので、皆様には是非とも! 本作の完結記念に原作最終回だけでもご覧になって頂きたいです!!
お願いします!!
パンドンは!
決っっして!!
雑魚怪獣じゃねえから!!!!!
さて、ここはあくまで最終話のあとがきなので、全体を通しての総評および裏話的なあとがきを、また次ページに投稿させて頂きます。
そっちは特に興味ないよ~って方は、番外編等が投稿されるまでは飛ばしていただいて結構ですので、一旦ここでお別れとなります。
改めまして、本作をここまで読んで下さり、誠にありがとうございました!!
……流石にここまで書いたなら、もう言っても許されるでしょう。
もしも楽しんで頂けましたのならば、最後に評価投票及び、お気に入り登録を、是非ともよろしくお願いします!!!
もちろん推薦、感想、ここすき、捜索板紹介、その他ありとあらゆる手段での応援をお待ちしておりますので、今一度! 皆の力で本作をランキング7位にしてください!
俺は……!
一人でも多くの目にこの作品が触れて!
一人でも多くこの作品を読んだ結果!!
アンケートの設問3番目、つまりセブンご新規が一人でも多く増えていくのを見てニヤニヤしてぇんだよーーッ!!
ウルトラ警備隊のみんな! 協力お願いします!!
貴方は原作『ウルトラセブン』を観たことが
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ある
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ない
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なかったが、本作をきっかけに視聴した。
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他昭和ウルトラシリーズは観ていた
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平成ウルトラシリーズは観ていた
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令和からだゼェェット!
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そんなにシンが好きになったのか(完全新規
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その他(感想欄かDMにでも)