転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる!   作:Mr.You78

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明けましておめでとう御座います!!

なんというか、本作で正月と言えばコイツらかなと……

しかし、今話の内容及び公開時期を決めた時は、星雲荘が僅差でアンケートトップだったのに、今みたらU-8が一票差で逆転しとるやないか!


ごめんな、U-8ファンのみんなはもうちょっと待っててね……




番外編
転居したはいいが、お隣さんが怪しすぎる!


 

「これは……食べていい物ではないんじゃなイカ?」

 

握り込んだ二本の棒で、目の前の皿から酷く粘着質のある白色物体を引き延ばしながら、髭面の男が不安そうに呟いた。

 

「いや、れっきとした食物ダ。確かに物性が変化しているカラ分かりにくいかもしれんガ、正体はいつも食卓に並んでいる『コメ』ダゾ」

 

「これが『コメ』? イカカカ! ……君まで吾輩を担ごうとするのはイカがなものか? いくら吾輩がアレを気に入ったからといって、そんな嘘を信じると思われているのは大変に遺憾(イカん)なんだな」

 

「なぜ私ガそんな事をせねばナラナイ……」

 

髭面の男が的外れな指摘を得意げに語るものだから、対面に座る陰気な男は非常に不服そうな声を上げた。

 

親切心で教えてやったにも関わらず、頭ごなしに嘘吐きだと決めつけられたから……ではない。

もしも自分が、こんな奴を揶揄って面白がるような暇人だと見られているのなら、それこそ不本意極まりないからである。

 

早くも彼は、変な義侠心を出してしまった事を内心で後悔しつつあったが、このままくだらない嘘を吐いたと納得される方がずっと癪に障るので、腹立たしさを押し殺しながらも説明を続行した。

 

「それハ蒸したコメを磨り潰した料理デ『モチ』とイウ。……尤も、普段から我々が摂取しているコメとは違う、専用の品種を用いるらしいガ」

 

「お、今のは吾輩でも分かるんだな! 『モチ』と『用いる』を引っかけてあるんじゃなイカ? 『もち』だけに」

 

「……モウ知らん」

 

陰気な男からスッ……と表情が抜け落ちたかと思うと、彼は手元の皿をテーブルから持ち上げて真横を向いた。

そのまま餅を箸で器用に千切りながら、無心でそれを口元へ運び始めていけば、砂糖醤油の溶け残りが口内でジャリジャリと音を立てる。

 

「……ダーク? 何を怒っているのか知らなイガ、君まで吾輩を見捨ててしまったら、これからの生活を如何(イカが)すれば良いんだな?」

 

「……」

 

恐る恐る髭面の男が様子を伺うと、餅をカッ食らっていた男はいつの間にか、全身がのっぺりと真っ黒な影法師の如き姿になってしまっているではないか。

不機嫌さが限界突破して、男の纏う陰気な雰囲気が可視化したとでも言うのだろうか……?

 

否、そうではない。これはダークゾーンと言われる未現物質の塊であり、一種の亜空間のようなものだ。

 

使い熟せばかなり便利な性質を持つのだが、人間にはおよそ理解の及ばぬ物質であるので、これを自在に操る事が出来るとすれば、この男もまた普通の人間とは違い、尋常ならざる存在という事になる。

 

そう……実は、彼の正体は宇宙人なのだった。

 

かつては、ペガッサという宇宙に浮かぶ巨大な人工都市の市民だったのだが、訳あって今ではひっそりと地球人の中に紛れて生活している。

 

勿論、地球人のフリでこっそりと社会に溶け込む為には、少しでも怪しまれるような素振りは本来慎んでしかるべきであり、ましてや知人との会話中に未知の物質を発生させるという行為は、どう考えてもグレーゾーンを飛び越して一発アウト(ダークゾーン)だ。

 

明らかに言語道断な振る舞いなのだが、今は彼の周囲にいる誰も、そのような現象に驚いた様子が無いではないか。

 

さもありなん。

何を隠そう、ここは宇宙人アパート星雲荘。

家主をはじめ、住人達は全てが何らかの異星人であり、その上で母星にも帰れず、かと言って地球人に正体を明かす事も躊躇われるという、一様に『ワケあり』な者達が集まる寄り合い所帯なのである。

 

そんなアパートの最古参であり、ペガッサ市民から地球移民になってしまったこの男の名はダーク。

 

ペガッサ市はもともとが非常に高い医療水準を誇る都市であり、市民の常識レベルも他惑星なら医療従事者として充分にやっていけてしまう程のものだった。

そんな関係で、この集まりの中では彼が一番医学に精通していたため、一応はここの医者代わりをやっている。

 

もしも体調を崩して地球人の病院にかかろう物なら、即座に正体がバレてしまうので、彼の存在は文字通り星雲荘の生命線だ。

 

そんな医者としての使命感から、新入りに『餅』を食す際の注意点を教えてやろうと思ったのだが……もう知ったことか。

 

誰かから忠告を受ける前に餅を食べたヒューマノイドが、窒息状態で悶絶しながら、ため息交じりのダークに掃除機を喉へ突っ込まれるまでの流れは、生真面目な彼以外からは、ある意味で通過儀礼のようなものとして認識されている。

 

剰え、その面倒を嫌ったダークが自分から教えてやろうとした機会を、余計な茶々入れで不意にした髭面の新人も、数分と待たずして同じ運命を辿ることであろう。

 

なまじダークの腕が良すぎて、ここでは窒息程度で死ぬことは無い……という常識が、住民達の『餅』に対する危機感をせいぜい風物詩程度にしてしまっていた。

 

「……ダーク? 無視は酷いんじゃなイカ? 吾輩、傷付いたんだな………」

 

『酷いのはアンタの馬鹿さ加減でしょ』

 

非常に鋭い響きのテレパシーが、髭男の巨大な耳をぴしゃりと打つ。

 

振り返れば、気の強そうな顔付きの少女がまなじりを吊り上げて、苛立ちを隠そうともせずこちらを睨んでいるではないか。

 

口調通りに性格のキツさが滲み出たような外見である事以外、まったく普通の人間と変わりない風貌の少女だが、彼女もまた星雲荘の住民であるからして、勿論のことその正体はただの人間ではない。

 

真一文字に引き結んだ口を、一切動かす事無く罵倒を並べる事が出来ているのがその証拠。

 

それもそのはず、彼女の正体であるマゼラン星人は普段テレパシーでしかコミュニケーションをとらないヒューマノイドであり、念話も使えないような種族を随分と見下している星だった。

 

尤も、テレパシーなどは宇宙でも非常にありふれた会話手段なので、それを発する事はおろか、未だに受信する事すらも出来ないとなると、科学も精神性も特別遅れていると言わざるを得ない為、これは地球が全面的に悪い。

 

とはいえ、いくらそんな野蛮な文明相手と言えど、彼女らのようなクローン兵士を使い捨ての工作員として送り込んでは手当たり次第に破壊する……という母星の行き過ぎた方針もまた、地球と同じように銀河中から白眼視されているという事実は、姉妹もこのアパートに来てから知ったことだ。

 

なにせ生まれてこの方、工作員の養成施設で感情の無い殺戮マシーンとして育った彼女らは、潜入や戦闘に関する技術以外は何ひとつとして、誰からも教えて貰えなかったのだから。

 

……餅はよく噛んで、喉に詰まらないように注意しながら飲み下さなければならないという事も含めて。

 

「馬鹿呼ばわりは非常に遺憾なんだな! 吾輩はこれでも『犯罪界の貴公子』として名を馳せた事もある頭脳派の急先鋒なんだな!」

 

『ハァ!? 貴公子ぃ? アンタみたいなブ男が? ちゃんちゃらおかしいわね。合ってるのはせいぜいが犯罪者面だって事ぐらいじゃない!』

 

「は、犯罪者ヅラ!? 吾輩が!?」

 

『伸び放題の無精髭に、ぶよぶよとみっともない腹周り。ほっかむりから飛び出たでっかい耳がいつもビクビクビク鬱陶しいったらありゃしない! ……どっからどう見てもコソ泥の三下以下ね』

 

「いくらなんでもあんまりじゃなイカ!? ……ひ、ひどい……」

 

あまりにもショッキングな罵倒を浴びせかけられた髭面の男は、見た目に依らず繊細な心の持ち主だったのか、ついにさめざめとすすり泣き始めてしまう。

 

「ちょっと、姉さん。ここでは、種族特徴を、あげつらうのは、御法度、でしょう」

 

「あー! またミーヤお姉ちゃんがイカルガおじちゃん泣かせてるー! わーるいんだ、わーるいんだ」

 

『うっさいわねぇ……ホントの事でしょうが』

 

キッチンからお雑煮を盆に載せて現れた妹分達に窘められて、多少はバツが悪いのかマゼラン星人ミーヤはそっぽを向く。

 

見てくれをそのまま言っただけなのに、何故怒られなければならないのか。

彼女が挙げた特徴で似顔絵を描くと、傍で泣き崩れている宇宙人になるはずだ。

 

この少々繊細に過ぎる気がしなくもない新入りは、イカルス星人。

現在はとりあえずイカルガと名乗っている。

 

つい先日、ゴース星人の巫山戯た宣戦布告に激昂したアパート住民達――ミーヤとしては、地上だけを吹き飛ばすなんて自分達と比べれば随分と穏当だなとは思ったものの、その吹き飛ばす対象には大切な妹も含まれるので、彼女は自身の所業を見事に棚上げしたし、他の面々も内心では似たり依ったりだった――が、ダークゾーンを経由して地下の前線基地に殴り込みをかけた事があった。

 

その際、マゼラン姉妹は工作部隊として本命である元ペダン軍特殊工兵ドロシーの護衛に付いていたのだが、いざ突入したコントロールルームで、呑気に昼寝していたこの男とばったり出くわす事になったのである。

 

まあ……彼が騒ぎ立てるよりも早く、ミーヤの敬愛する姐貴分でもあるゴドラ星人ララが、問答無用とばかりに出会い頭のパンチ一発でノックアウトしてしまったので、彼がどういった経緯であの場にいたのかは誰も知らないのだが。

 

ゴース星人以外の種族がいるとは思ってもみなかった彼女達は、もしもこれが無理やり誘拐されてきた奴隷の類であれば寝覚めが悪いとの事で、気絶したままの彼を引き摺って回収したは良いものの……その後のゴタゴタで事情聴取もそこそこに放置していたら、なし崩し的に居着いてしまったのだった。

 

一応、彼の名誉の為に述べておくと、ララに真正面から殴り飛ばされたにも関わらず無事に生き延びたと言うのは、殴った本人以外の住民全員から――特にオペレーターとしてアパートに残っていたキリエを除く実働隊は、彼女の前へ立ちはだかったゴース兵達がどれだけ無惨な最期を遂げたかその目で見届けてきたのもあって――その強靱さに驚嘆を通り越してドン引きされて然るべき偉業である。

 

なにせ、かつて地球の侵略を目論んだ彼の同族も、アイスラッガーの直撃を腹部に受けてなお、両断されなかったばかりか辛うじて息があり、あのセブンをして、火口に放り投げてマグマの熱を借りる形での決着を選択せざるを得ない程の難敵であったのだから、イカルス星人達の頑丈さには目を見張るものがあった。

 

その耐久性とタフネスぶりだけは、アパート住民の中でもララの甲殻に比類すると言っても過言ではない。

……尤も、いざ戦いとなったとして、腕っぷしの方は非戦闘員である貴族や医者と泥沼の如き最下位争いを繰り広げるレベルしかないのだが。

 

マゼラン姉妹の受け容れから、随分と女所帯の様相を呈していた星雲荘だったが、イカルガの加入によってようやく男女比の偏りが是正された事になる。

 

だがそれでも、ことこのアパートにおいては明らかに男性陣が揃いも揃って非力な文官肌の連中ばかりというのは変わらず、対する女性陣は逆に武闘派が集まりすぎていた。

 

先の出来事では護衛対象であったはずのドロシーですら、技術職である工兵あがりとは言え、正式なペダン軍人として一連の戦闘訓練は修めているという始末。

純粋な言葉の意味としてのパワーバランスなど、とっくのとうに崩壊している有様なのだった。

 

男二人が陽動部隊に回されたのも、「逃げ隠れするのだけは一丁前」という身も蓋もない評価からであったのは言うまでも無い。

 

「マァマァ、その辺にしておきたまえよミーヤ君。ウチの連中は図太い奴しかいなかったから感覚が麻痺しているのかもしれないが、君の舌鋒は不慣れな者からすればあまりにも鋭利にすぎるからね」

 

『その図太い筆頭格が何言ってんのよ』

 

今まで畳の上にごろりと寝そべってテレビを眺めていたカラフルな宇宙人が、青白い花弁で出来た腕を振りつつ呑気な声を上げる。

 

彼こそ、この異星人アパート『星雲荘』の家主であるメトロン星人のロンだ。

 

しかしその視線は未だに画面へ固定されたままであり、ミーヤからは黄色く熟れて種の並んだ後頭部しか見えない。

 

こちらを振り返ろうともしない家主の態度にイラッときたミーヤは、目の前にある青くつるりと形の良い臀部……ナスを彷彿とさせるソレを、つま先でゲシゲシと蹴りながら彼をせっついた。

 

『ちょっと。さっきからこっちの手伝いもしないで、いったいなにテレビばっか見てるわけ?』

 

「あ゙あ゙~~ソコソコ。最近、少しばかり繊維が固着気味だったのが、いい塩梅にほぐれていくのを感じるよ。もちっと強く頼めるかい?」

 

『人を按摩器代わりにしてんじゃないわよ! ……ねぇ、ソレ。そんなに面白いの?』

 

「ああ、実に面白いね。……時にミーヤ君も、これを見て何か感じる事はないかい?」

 

『ハァ……?』

 

言われて映像に視線を移せば、箱の中ではタスキを掛けた地球人の男達が延々と走り続けている。

本当にただそれだけ。

 

『地球人がダラダラ走ってるだけじゃない。こんなものの、いったいどこが面白いんだか……』

 

「ボク知ってるよ。それ『エキデン』って言うんだよね。この時期に毎年やってるんだってー。ご近所のおばさん達が教えてくれたよ」

 

メトロン以上にサイケデリックな配色の宇宙人が、テーブルにお雑煮を配膳しながら口を挟んできた。

 

ミーヤの弟分である――とはいっても、彼の正体であるペロリンガ星人は広大な宇宙社会全体から見てもそれなりの長命種であり、そんな母星基準から見れば産まれたての幼体でしかない彼も、実年齢ではミーヤなんかよりも遥かに年上らしいのだが……精神の成熟具合も非常にゆっくりなせいで、どうも年下にしか感じられない――キリエは、家の中なら鳥だか軟体動物だかよく分からない本来の色鮮やかな姿を晒してこそいるが、外では精神年齢相応に年端もいかない地球人の少年として活動している。

 

そんなナリでアパートの周囲を普段から掃除しているものだから、近所の奥様方の間ではちょっとしたアイドルみたいな扱いで、かなりチヤホヤされているらしい。

 

その関係で、こういったミーヤからすれば非常にどうでもいいような知識――つまりこの星のあらゆる情報の事――を仕入れてきては、その度に住人達へ共有してくれるのだ。

 

『毎年? こんなくだらない催しを? よくもまあ飽きもしないもんだわ。ホント、地球人ってバッカじゃないの?』

 

「でも彼らは、水も飲まないでこの距離をずっと走るんでしょ? 凄いよねー」

 

『……そんなの出来て当然じゃないの? ねえ、マヤ?』

 

「たしかに、そうです、ね?」

 

キリエの漏らした感想に、素の驚きが口をついて出た。

別に地球人への反発心だとか嫌味だとかではなく、キリエがあんまりにも変な事を言うものだから、思わずマヤに確認をとってしまったのだ。

 

思い出すのは、施設で毎日のように課せられていたサバイバル訓練。

雪の降りしきる中へ下着だけで放り出されては、ろくに飯も摂らせてもらえないまま、日が落ちるまで山中を走らされ続けたものである。

 

あれと比べれば、画面内で走る彼らの速度のなんとぬるいことか……足元は舗装されているし、後ろから鞭を持った教官のジープが追いかけてくるわけでもない……おまけに一定区間で交代人員までいるらしい。

 

その上で剰え給水なぞ……必要ないのでは?

そこまで考えた時、キリエ達がこちらになんとも言えない表情を向けている事に気付く。

 

『……なによ?』

「……お姉ちゃんの分……お餅増やしておくね……」

「ここでハ……気兼ねナク食べルとイイ……」

「あの子、ちょっと不憫すぎるんじゃなイカ? イカにも可哀想な子……」

『なにが可哀想よ! アンタを可哀想な状態にしてやってもいいのよっ!?』

「ひいィ!」

 

髭面の男を睨んで黙らせてから、またしてもロンの尻を小突いて先を促すミーヤ。

 

『で? 地雷の一つも無いんじゃ、アタシからしたら何の面白みも無いんだけど?』

 

「ハハハ、私も徒競走へ格別に興味があるわけではない。だがね、ミーヤ君。この『箱根駅伝』は先ほどキリエが教えてくれたように、我々がこの星を訪れる以前から、毎年行われている恒例行事だ。だが……君はこれを今までテレビで見た事があるかね?」

 

『ハァ? ……確かにないわ。それが?』

 

思い返してみれば……確かに去年は無かったような……

とはいえ、ミーヤはテレビ番組というもの自体がつまらないので、例え見たことがあっても覚えてはいなかっただろうが……少なくとも家主がサボタージュの理由にこの番組を使うのは初めてだったかもしれない。

 

二度目ならもっと厳しく蹴る筈だからだ。

 

「実はね、この催しがテレビで全国へ中継されるのは……なんと! 今日が記念すべき第一回目というわけなのさ!」

 

鮮やかな青白い花弁を大仰に振り回し、芝居がかった口調で声を張り上げるロン。

しかし、それに対するミーヤの反応は極めて冷淡だった。

 

『……あっそ。いいからさっさと手伝いなさいよ』

 

「駄目だねぇ……分かって無いねぇ……! なぜ今までは中継されなかったと思う?」

 

『そんなの、地球人共の技術がお粗末だったからでしょ』

 

「その通り! 『箱根』の山は天下の険! 地球人の技術では、電波を届けるのに幾つか中継点を設けなくてはいけないんだが……今まではそれが不可能だったんだ」

 

『なんでよ?』

 

「それはね……その中継点として重要なのが、富士山だからさ」

 

『富士山……? あっ』

 

富士山。

彼らのアパートのある『ニホン』という島では最も高いとされる山。

しかし、地球全体から見ればそれ以上の標高を誇る山脈など他にいくらでもあり、見た目が多少面白い以外には然したる特徴があるわけでもなし、普通のありふれた山のひとつでしかない。

 

それでも、その名はここにいる面々にとって単なる山以上の、ある特別な意味を持っていた。

 

「そう! 富士山の二子山には、あのにっくきウルトラ警備隊の基地がある! いくら正月とはいえ、たかだが民間放送の為に、あの辺りの電波を軍が貸し出すわけがないだろう? それがネックで、この中継は不可能と言われていたんだ」

 

「でも……映って、います」

 

いつの間にか姉の隣に来ていたマヤが、じっと画面を見ながらそう呟く。

不可能と言われた映像が……眼前の、小さな箱の中に。

 

「マヤ君の言うとおり、ついに不可能が現実となったわけさ。驚くなかれ、この番組の協賛はあの防衛軍だぞ!」 

 

「ナンダト!? ……いったい、どういう風ノ吹き回しダ?」

 

ついに、ダークまでもが暗闇から素顔を覗かせては、驚きも露わに番組へ釘付けとなっている。

 

「つまり……防衛軍はもう、宇宙に対する警戒態勢を一段階下げたという事だよ。もちろん、非公式にではあるがね」

 

「そう言えバ、このあいだドロシーが言っていたナ。どうやらブルーバリアが再建されたラシイ……」

 

「だが、絶対にそれだけじゃない。そんな事で奴らが安心すると思うか? ……察するに、恐らく何らかの返事が来たんだろうね。天下の銀河連邦サマから……な」

 

「ソウカ……なるほどナ……」

 

「今後は宇宙との交流が更に加速するだろう。そうすれば異星人に対する風潮も、今よりは幾分と軟化していくのではないか? いずれは……我々のような異形を彼らが受け容れる時が来るかもしれない」

 

「果たしテ、そう上手く行くものカ?」

 

「それは分からんが……潮目は確実に変わったと言える。つまり、この映像はね……人類がようやく、血反吐も吐かずにマラソンを走り始めたという、何よりの証なのさ。それが、私にはとても感慨深い……」

 

『ふぅん……』

 

その言葉を聞き、ミーヤはそういうものかと納得した。

なにせ、画面を注視したまま黙り込むロンとダークは、このアパートの立ち上げメンバーである。

 

個人的にはいけ好かない部分が多々あるものの、彼女の大切な妹であるマヤが、第二の人生をそれなりに楽しく送る事が出来ているのも、彼らがこの避難所を作ってくれていたからだ。

 

勿論、彼女らは単なる宇宙人どころか侵略者崩れであるからして、はじめは戸籍もなければ食い扶持もなかった。

それを何とか、この不遜な大家が偽造とはいえ仮の身分を差配し、ここが周囲から怪しまれないよう、ご近所付き合いに精を出したり、手続きを誤魔化したりといった事に日夜神経をすり減らしている事を、ミーヤも口には出さないものの知っているし……まあ、小指の先くらいには感謝している。

 

そんな彼からしてみれば、そういった日々の苦労がいつか報われるかもしれない予感がしたのだろう。

だとすれば、今日ぐらいはそれに浸る機会があっても……

 

「……という言い訳をたった今考えてみたんだが、どうだろう。このまま暇潰しを続行させて貰っていいかね?」

 

『いい訳ないでしょ、この穀潰し!』

 

「ああ……なんと無体な」

 

根元からコンセントを引き抜かれたテレビが、画面いっぱいにダークゾーンを映し出すのを見て、ロンはひとしきり残念そうな声をあげたが、がるると唸るミーヤに観念したのか、無駄な演技はすっぱりやめて、根の張った腰を畳から「よっこいしょ……」と持ち上げた。

 

少女が「それでいいのだ」とでも言いたげな顔で台所へ消えて行くのを見送りながら、ロンはさっきまで下手な泣き真似をしていたイカルガの背中をさすってやる。

 

「というわけだイカルガ君。見ての通り彼女はいつもあんな調子でね。当たりが強いのは何も君だけではなく、年下とドロシー以外の全てに対してなのさ。特に身内以外にはとびきり怖くなるが、それはまだ君がここへ来て日が浅いからだよ。そのうち落ち着いてくるから気にする事はない。今日は君の歓迎会も兼ねているからね、これで正式に我々の一員というわけさ」

 

「おお有難い! 実にイカした采配なんだな!」

 

「そうだろう、そうだろう。しかし……先ほど興味深い事を言っていたね、犯罪界の貴公子とかなんとか……その名は私もチラとだけ耳にした事があるよ」

 

「ナニ、本当に名が通っていたのカ!?」

 

「ああ確か、コスモポリタス銀河の周辺を一時期沸かせていたのではなかったかな? あいにく私もあの宇宙には別荘が1軒あるだけで、故郷自体はまるきり反対側だったものだから、さほど詳しくは無いんだが……君はその分野だと随分とやり手だったのかい?」

 

先ほどイカルガが口にしたワードに聞き覚えがあるというのは本当の事である。

テレビを見るフリをしつつ、背後の会話を流し聞きしていたら、そう言えばどこかで……と今まで頭の片隅に引っ掛かっていたのだった。

 

ただ有名さだけで言えば、同時期に活躍していた大怪盗の方が、より広範囲の銀河を股にかけて出没していたので、それと比べればさしてネームバリューがあるとはとても……通りで思い出すのに時間がかかるわけだ。

 

そんな事はおくびにも出さず、いかにも興味津々といった様子で水を向けるロン。

 

これで本物ならば儲けもの。その名を騙る小者の類であれば、それはそれで御しやすい……

 

家主の方はそのように邪な思惑から、新たな店子の経歴をそれなりに気合いを入れて探り始めたが、そうと気付いて随分と慌てたのはダークである。

 

彼はどうせ法螺吹きの与太話だと流していたらしく、ロンが食いつく程度には信憑性があるのだと分かり、途端に態度を急変させてイカルガの方へ顔を向けた。

 

しかし、それは決して好意からの行動ではなく、その証拠に視線はどんどんと温度が下がっていき、もはや氷点下一歩手前。

 

なにせ彼は、かつて地球を吹き飛ばそうなどと非常に大それた事を目論んだものの、それはやむにやまれず同胞達の存亡と他種族を天秤にかけて、苦渋の決断の末に行った事であり、なんなら決行の直前までそのようなことはしたくないと葛藤していたような男である。

 

今ではあの過ちが未遂に終わって良かったと、心から安堵しているばかりか、あんな事件があるまでは、市井で善良かつ模範的に暮らしていたのだ。

 

それどころか曲がりなりにも行政側の人間であったくらいなので、吸血鬼よろしく市民の血税を啜る犯罪者の類を蛇蝎の如く嫌悪していたし、剰えそのような過去を誇らしげに吹聴する輩に対し、心証を悪くするなと言う方が無理な話だろう。

 

ところが、イカルガはそんな冷たい視線の意味に露ほども気付いた様子がなく、むしろ隣のロンが持ち上げるからにはダークもそれに同じだろうと勘違いしたのか、さらに気を良くしてペラペラと武勇伝を語り始めた。

 

「イカにも! 数々の発明品によって、特権階級の支配に凝り固まった社会へ警鐘を鳴らし、愚かな民衆に蜂起と自立を促す覚醒者! 吾輩こそが停滞と蒙昧へ恐怖と混沌を齎す希望! 人呼んで天才科学者ドクトル・リーパー! 又の名を流星博士!」

 

「ほ、ほう……」

 

訂正。元貴族であるロンからしてみても最悪の手合いだった。

 

「つまり……君は革命戦士だったわけかい?」

 

「勘違いしちゃイカんのだな! 吾輩はあくまでも、汚泥の如き絶望の中で藻掻く者に、立ち上がるきっかけを与えるだけなんだな。吾輩の発明品で何を成すかはその者次第であって……勿論、お膳立てくらいはするんだな」

 

「お膳立てとは?」

 

「警備システムをハッキングしたり、施設の抜け穴を見つけたり……我ながらアフターサービスも完璧じゃなイカ?」

 

「ふぅむ……要は犯罪教唆とその幇助……というわけか。しかし、ガジェットの開発からプログラミングまでとは手広いな。言ってみれば君は犯罪プランナーというわけだ。その才能を自分自身で使ってみようと思った事は?」

 

「あるわけ無いじゃなイカ! もし捕まったりしたらどうするんだな!? 痛いのは御免被るんだな」

 

「コイツ……思ったよりも質が悪いゾ」

 

アイコンタクトで「いっそ連邦警察へ突き出した方が良いのでは?」という意味の視線を送ってくるダーク。

それにやんわりと否定を返しつつ、ロンは彼の利用価値を見出すべく、にこやかな顔で誘導尋問を続行する。

 

元より、マゼラン姉妹を囲っている以上は今更だ。

いくら失敗した身とはいえ、自分達も侵略者だったのだから、いくら身綺麗にしたところで、所詮は同じ穴の狢だろうに……とロンは内心で溜息した。

 

どうにもこのお人好しは、その辺りの自覚がイマイチ希薄なようで、心のどこかで「自分だけはまだ善人」とでも思っているのだろう。

 

そんな内心が言動の端々に透けて見える瞬間があり、他の者からすればそれが酷く鼻につくようで、その点についてはかなり煙たがられている。

 

そのくせ、ドロシーと同じ程度には罪悪感に塗れているため、ララやミーヤをはじめとした、あまり自身の所業を顧みる事なくあっけらかんとしている連中――たったいま、ロンは意図的に自身を勘定から外したが、もちろんこの大家本人も含めて――の事を多少苦々しく思っており、彼らがあまりにも羽を伸ばして人生を謳歌しているように見えるのか、ときどき嫌みったらしくお小言をくれてくるので、まあ折り合いがよろしくない。

 

……尤も、ここの住人は背負っている背景も千差万別であるため、スタンスの違いによって多少の軋轢が発生しても仕方ないのだが、ロンとしてはあまり歓迎できる傾向ではなかった。

 

ダークはここを失ったとて、難民キャンプの同胞という帰るべき場所がある為、そちらに身を寄せれば済む話だろうが、もはやおいそれと帰る事の出来ない者達にとって、それでは困るのだ。

 

流石にこの集まりが空中分解する事など最早そうそう無いとは思いたいが……決して可能性がゼロという事はなく、万が一に備えて、自身の使える手駒はあればある程良い。

 

それが例え、思想犯だか愉快犯だかも分からないテロリスト被れであったとしても……だ。

 

ロンが自分達のように地球で隠れ住む、在野の宇宙人を精力的に探し出しては、アパートの住人にならないかと声をかけて集めているのは、そういった自己防衛的な思惑が多分に含まれていた。

……まあ、人材コレクターとしての趣味心が疼いた結果でないかと問われれば、嘘になるが。

 

「そうなると、君の実力の程が気になってくるね。実のところ、ウチは少々武張った面子ばかりで辟易していたんだ。それこそ私のような知識人は肩身が狭くて……もしも君が、その言葉通りに見識のある人物なら大歓迎さ」

 

「フフン。吾輩の知能レベルが如何ほどかという話だな? それなら話が早い。『小惑星の力学』という論文を読んだ事はなイカ? あれは吾輩がまだ若かりし頃に……」

 

「すまないが私は学者ではなくてね。あいにくと寡聞にして知らないな」

 

「そうか……吾輩の素晴らしい論文を読んだ事がないなんて、人生の半分を損してるようなもんじゃなイカ?」

 

「……言ってくれるね」

 

イカルガの無神経さにさしものロンと言えど、声に苛立ちが紛れ込まないようにするには、かなりの精神力を払わざるを得なかった。

もしかしたら、笑顔が引き攣らないように力んだせいで正中線の縫い目がズレたかもしれない。

 

『さっきから聞いてたら、なーにが「肩身が狭い」よ。一人でタタミを二枚も三枚も占有しといてまだ足りないわけ?』

 

「ロンさん、私達の、こと、そんな風に、思ってたん、ですか?」

 

さして小声で話していたわけでもなし、当然のように台所でも聞こえていたのか……戻って早々、批判を口にするマゼラン姉妹。

手した漆塗りの重箱にはラップが張られている。中味はもちろん、昨日皆で囲んだ()()()の食いさしだ。

 

「いやいや誤解だよマヤ君。君のような淑女がいてくれると、毎日が華やいで見えるとも。それにしても不思議でならないな……君たちの顔立ちは瓜二つなのに、どうしてこうも違ってしまうのだろう……」

 

『……そう言えば、いくつか食べきっちゃったから、残りが心許ないのよね。冬瓜って、酢漬けにでもすれば一品増えるのかしら?』

 

「ほう、冬瓜か。いいねぇ……問題はそれを売ってる八百屋さんが、どこも明後日まで店仕舞いという事だが」

 

『そうね。だから私も出来るだけそうならないようにしたいわ。あんまり大きな野菜をなます切りにするのは、流石に手間だもの』

 

ミーヤは()()……とまでは言わなかったが、そのあいだ視線はずっと、茶の間で甘い芳香を放つ、等身大のよく熟れた郁子の実に固定されていた。

 

呑気に笑っている本人以外からすれば、それが()()事を指しているのか明白である。

 

というよりも……実際に彼女はあらゆる銃器と刃物の扱いを幼少期より叩きこまれているため、やろうと思いさえすれば台所にある包丁でも、植物性エイリアンひとりくらいなら、瞬く間に下拵え出来てしまうだろう。

 

ロンとてそれを充分に分かっているはずなのに、その上で揶揄っているのだから……肝が据わっているというか、なんというか。

要は、彼女がもはやそのように残虐な事はしないだろうと、鷹を括っているわけだ。茄子が鷹を括るというのも変な話だが。

まあ……彼女が怒るのも、むべなるかな。

 

「ちょ、ちょっとロン氏……身内に優しいというのは本当なんだな? とてもそうは思えないんだが……彼女、あまりにも野蛮すぎじゃなイカ?」

 

「これが我々におけるコミュニケーションというものだよ」

 

「お前ノ、だろうガ」

 

「……よし、イカルガ君。良い事を教えてあげよう。そんなに不安ならば、まずはミーヤ君ではなく、妹のマヤ君に取り入る事だ。『将を射んと欲すればまず馬を射よ』と言うだろう?」

 

「……初めて聞くんだな。それどういう意味?」

 

「……『グロテスに会いたくば、像から捜せ』かな」

 

「なるほどなんだな! なんだ、簡単じゃなイカ!」

 

パッと顔を輝かせたイカルガは、軽く咳払いをしてから、急須を手にするマヤを呼び止めた。

 

「ウオッホン! えー、マヤ氏? 最近なにか困った事はなイカ? 吾輩が素晴らしーい発明品を作ってあげようじゃなイカ」

 

「え、本当、ですか? それなら、人が、増えて、きた、ので、お皿、洗い、が、大変、で」

 

「そう言えば、最近は『ショクセンキ』ってのがあるらしいね! ますだやの女将さんが言ってたよ!」

 

「ショクセンキ……ってなんだな?」

 

「お皿を入れたら自動で洗ってくれるんだって!」

 

「あーダメダメ。そんなミミッチイ事に吾輩の頭脳を使うなんて相応しくないんだな。このプロフェッサーグリムの発明品としては、イカにも地味でダイナミックさに欠けるじゃなイカ!」

 

『……ねえ、アンタ。その発明品って、例えばどんなのよ』

 

「よくぞ聞いてくれたんだな! 吾輩の一番の最高傑作と言えば……ズバリ、隕石誘導装置なんかがイカすんじゃなイカ!」

 

『ろくなモン作ってないわね』

 

「……最低」

 

冷たい目で踵を返すマヤ達。

 

「……なんか失敗したっぽいんだな!? 吾輩、このままじゃイカフライにされるんじゃなイカ!?」

 

「あー……今のはなんというか、巡り合わせが悪かったね」

 

マヤとミーヤはかつて、同胞からはそうと知らされないまま、惑星破壊爆弾を地球へ誘導するための生体ビーコンにされた身だ。

同系統の技術に関しては、過去のトラウマを掘り起こされるようなもので、それを作ったイカルガの精神性が、自分達を裏切って捨てた上層部と似たようなものだと思ってしまっても仕方あるまい。

 

まあ……彼女が怒るのも、むべなるかな。

 

「だって……仕方ないじゃなイカ……吾輩の四次元コントロール装置はゴース星人の基地ごと吹き飛ばされてしまったんだな! ラボやガジェットも纏めて四次元内にあったから、もう二度とあそこへは辿り着けないし、こんな辺境の星にあるような道具じゃそんな高度な機械、作れと言われたって、如何(イカん)ともし難いんだな!」

 

「だったラ、素直にそう言えバいいのニ……」

 

「それを認めてしまったら、吾輩ただの役立たずだし、マヤ氏にイイ格好出来ないじゃなイカ! こんなの完全に詰んでるんだな! ……もう吾輩には、過去の栄光に縋るしか道はないじゃなイカ……」

 

なんだ使えないな……

 

「え?」

 

泣き崩れるイカルガにロンがぼそりと漏らした言葉。

聞こえないだろうと思っていたが、その大きな耳は飾りでは無かったらしい。

 

顔を上げて呆然と此方を見上げる役立た……引きこm……ニーt……イカルス星人(ごくつぶし)へ、咄嗟に慈愛に満ちた笑顔の仮面を被っては、どこから出ているのかと思う程の猫なで声を発する大家。

 

「いやいや、慣れ親しんだ道具が使えないのは可哀想だなと思っただけさ。分かる、分かるともその不自由さは。でもね……全てを失ったように思っても、案外なんとかなるものだよ。まずは作ってみようじゃないか、食洗機」

 

「ロン氏……! 分かったんだな! 吾輩もイッカイやってみるんだな!」

 

盛り上がるイカルガだったが……

 

「それぐらいナラ、ドロシーでも作れそうダガ……」

 

「……ウォオオン! ここでもどうせ吾輩はあのペダン女の下位互換なんだな! やっぱり所詮はただの引きこもりなんだな! ウォオオン! ウォオオン!」

 

「……ダーク」

 

「すまなイ。……だが、事実ダロウ……?」

 

ロンの心にも無い励ましによって立ち直りかけた所へ、ダークからブチ込まれたド正論爆弾が炸裂し、心が完全に折れてしまったイカルガは、机に突っ伏して号泣を始めた。

 

星雲荘ではこの程度の罵倒や皮肉が日常的に飛び交っているため、まさか大の男が人目を憚らずにここまで大声で泣き叫ぶ事になるとはダーク自身も思っていなかったのである。

 

なにも感覚が麻痺していたのはミーヤだけではなかったらしい。

 

「さて……これは長引くぞ……」

 

どうしたものか……とロンがため息をついた時だ。

 

 

ビーッ!

 

 

と呼び出しブザーの音が鳴る。

おや、来客かしらん……と振り返る一同。

 

正月の真っ只中なので、宅配や集金の類では無かろうが、そうであるからには近所の誰ぞが新年の挨拶にでもやって来たのだろうか。

 

地球人は親戚縁者を優先するので、流石に三が日の最終日でもなければこんな時間に来るとも思えないが……

 

「僕、出て来るね! ドロシーお姉ちゃん達が帰ってきたのかもしれないし!」

 

小走りのキリエが傍の物干しから半纏をひっつかみ、綿の詰まった袖へ腕を通すと……既にそこには溌剌とした幼い少年の姿があった。

 

大抵、こういう時に来訪者の応対をするのはキリエの役目である。

アパート住民の中では一番人当たりのよい彼は、少年の姿も相まって、相手に警戒心を抱かせる事が滅多に無い。

来客が顔見知りであろうとなかろうと、彼を最初に会わせるのが最も安牌なのだ。

 

あとこれは、あくまで今の季節だけの話ではあるが……キリエは他の者よりも暑さ寒さをあまり感じない。

 

実はペロリンガ星人は、成長しさえすれば身一つで宇宙空間を航行できる数少ない種族であり、ここでは誰よりも寒さに強かった。

 

誰もが、コタツやストーブのよく効いた部屋から、冷たい風の吹き込む玄関に行く事を大なり小なり嫌がるものだ。

 

ブザーが鳴った瞬間……お前が行け、いいやお前がと視線で押しつけ合う無駄な時間が発生するなら、キリエは自らがすすんで出て行った方が効率的だと考えている。

 

「はいはーい。今でまーす!」

 

つっかけのパタパタとした音をたてながら、人好きのする満面の笑みを顔いっぱいに広げつつ、ハキハキと元気のよい挨拶と共に、玄関の戸をガラリと開け放った。

 

「明けましておめでとうございまーす!」

 

「はい、明けましておめ」

 

ピシャリ。

 

一旦、閉めまして。

 

なんだか視界いっぱいに見たくない色(ブルーグレー)が広がったような気がしたキリエは、閉めた扉の前にニコニコ顔で固まったまま数秒ほど立ち尽くした。

磨りガラスの向こうで、人影が困惑したように首を傾げているのが見える。

だが、一向に立ち去る様子は無い。

 

ドキドキと早鐘を打つ胸を抑えながら、ふぅーと長く息を吐き出したキリエは、深呼吸して自分を落ち着かせた。

 

 

……うん、見間違いかもしれないしね。

 

もう一度だけ、確かめてみよう。

 

 

今度は慎重に……そろりと開いた引き戸の隙間から、恐る恐る顔を出し、外にいる客の顔をもう一度見上げてみる。

 

 

 

わあ、紅白のヘルメットがお正月にぴったりだね。

 

 

 

……自分と大差ないくらいのニコニコ顔が、先ほど挨拶を中断されたままの姿勢で待っていた。

 

 

 

「……でとう?」

 

ガラピシャ

 

 

 

 

「てっっしゅーーーっう!!」

 

 

扉を閉めるなり、即座にかんぬきを落とし、あらん限りの大声で廊下の奥に向かって叫ぶ。

 

ついでとばかりに、玄関脇の『緊急 押スナ』と書かれたボタンを押し込めば、アパート中に火災報知器もかくやと言うべき警報が鳴り響いた。

 

もちろんこれは、アパート内だけにしか発生しておらず、外には全く漏れないようになっている。ペダン脅威のメカニズム。

 

居間からは警報に紛れて、ドタバタと複数人が慌てて走り回る音が聞こえてくる。

 

「な、何だねっ!?」

「ドウシタッ! 無事カッ!」

『キリエ! こっちきなさいっ!』

「姉さん! 武器!」

「ウワァーッ! いったいなんなんだなーっ!?」

 

蒼い顔をしたまま、押っ取り刀で駆け付けてくる面々――もちろん、蒼いというのはあくまで比喩であって、その顔ぶれは真っ赤だったり真っ黒だったりと……つまり地球人化すら忘れる有様という意味だ――を見て、そんな場合ではないと言うのに、キリエは自身の口角が自然と笑みの形を作ってしまうのをとても抑えられなかった。

 

自分としては、みんなにさっさと逃げる準備を整えて欲しくて警告を発したのだが、訳もわからず椅子ごとひっくり返っているらしいイカルガ以外は全員、キリエを心配してこちらに出て来てしまったようである。

 

理性の部分では、あまりにも非効率極まる行動に呆れてしまうが、その実……自身が思っている以上に、仲間から置いて行かれるという事を内心では恐れていたのだな……とようやく自覚した。

 

少なくとも今回は、そんな事にならなさそうだ。

それがなんとも……嬉しくて堪らない。

 

卓上のフォークを咄嗟に掴んできたらしきミーヤや、ダークゾーンで瞬時に目の前へ転移してきたダークといった、日頃から身内にダダ甘い言動の者はともかく、普段はあんな調子のロンですら、自慢の駿足で飛び出してくるとは思わなかった。

彼なら真っ先に自分だけでも逃げ出す手筈を充分に整えてから、悠々と歩いてくるのでは……なんて考えていたのを、こっそりと恥じたキリエ。

 

なんなら足の悪いマヤが壁を伝いながら、それでも転びそうなくらいに急いで階段方向へ向かうのを見て、彼はあまりにも申し訳なくなった。

 

彼女は二階の自室へ、現在このアパートに存在する唯一の銃器であるマゼランガンを取りに行こうとしているのだ。

 

今のところ星雲荘が保有する武器は、ミーヤの所持していたアサルトライフルであるマゼランガンと、ドロシーが護身用に携帯していた粒子デリンジャーの二丁のみ。

もちろん、もう一丁は本来の持ち主がお守りとして持ったまま外出している。

 

とはいえ、いくらバーゲンが戦場と言っても使う機会は絶対にないだろうから、今日だけはここに置いていって欲しかった……

 

「大丈夫だよ、マヤお姉ちゃん! みんなもゴメンね、つい警報なんか鳴らしちゃって……でも、ちゃんとカギをかけたから暫くは時間が稼げると思うんだ。そこまで急がなくてもいいよ!」

 

「キリエ君がそれほど慌てるとは尋常な事ではない。来たのは誰だ?」

 

「うん、ついにアイツらが嗅ぎつけ……」

 

 

……ガチャリ。

 

 

そこまで言った時、背後から響く音の意味を理解してしまい、キリエの喉からは声にもならない悲鳴が漏れた。

 

そんなまさか、ありえない……!

 

今のは鍵が開いてしまった音だ。

それも全てのロックが、正規の手段でもって解錠された音。

 

ここは宇宙人アパート星雲荘。

 

見た目はただの日本家屋だが、住民達の特殊性から防諜防犯対策には細心の注意を払っており、爆破等の直接破壊手段を行使されない限り、この地球のどんな場所よりも堅牢だと言える。

 

故に、許可の無い者が正面玄関から侵入するなどという事は、どう足掻いても絶対に不可能。

 

だが正規の手段……つまり、住人の持つ鍵さえあれば、全てのロックが連動して開くようになっていた。それはかんぬきやチェーンといった物理的な施錠も含めてである。

 

この場所は、彼らにとって住居であると同時に緊急時の避難所でもあった。

 

だからもしも外で何かあった際は、例え中の者が施錠していたとしても即座に逃げ込めなければならなかったし……なにより、そうしておかなければ、昼夜を問わずふらりと帰って来たララに扉を破壊されてしまうという背景があったからなのだが……今回はそれが災いした形だ。

 

もはやこれまで……と、恐怖を顔面に貼り付けたまま硬直するキリエの背後で、カラカラと玄関の戸が開いていく……

 

そして現れたのは……

 

「やあやあ! 明けましておめでとう! なんだなんだ? みんな揃ってお出迎えとは、随分と歓迎してくれるじゃねえの」

 

「ナッ……お前ハ……!」

 

目を見開いた影法師が、明らかに狼狽した声を出した。

当然だ。ブルーグレーの制服に身を包み、実にお目出度い配色のヘルメットを被った隊員は、彼の顔見知り……もう少し踏み込んだ表現で言うなら『友人』だったからである。

 

「……よう、久しぶりだな、ダーク。元気だと思ったぜ」

 

「これはいったいどういう事だろうか。不法侵入で訴えればいいのか? 我が愛すべき細やかな領土に何用かね?」

 

「おっと……つれないねぇ大家さん……そこはいつもみたいにイイ声で、『ようこそソガ隊員。我々は君の来るのを待っていたのだ』とか言ってくれないのかい?」

 

飄々とそんな事を嘯く地球人の男は、困惑する一同の顔をゆっくりと見渡し……カトラリーを逆手に握りしめた少女から、凄まじい殺意の籠もった視線を投げかけられていると気付き、「よしてくれ……正月早々、血なまぐさいのは御免だぜ」などと言って肩を竦める。

 

今にも飛びかかりそうなミーヤの鼻先に、ひとまず鎮静効果のあるアロマを振りかけてから、ハアッ……とため息をついたロンは、頭が痛いとでも言いたげに、ひらひらとした花弁の腕で額の縫い跡を撫でつけて……いっそ懇願するような調子でその一言を紡いだ。

 

「……帰ってくれ、ウルトラ警備隊」

 

本来ならば絶対絶命のピンチにあって、両者があまりにも緊張感の無い会話をするものだから、アパート住民達は警戒心や敵意よりもまず……

 

ロンもこんなに弱り切った声を出す事があるのだな……

 

と、感心する気持ちの方が勝ってしまったという。






長くなったので分けました。
番外編なのに2話構成とかマジ?

今更ですが星雲荘の間取りは、アパートと言っても原作やマックスでメトロン星人がアジトにしていたような、一室一室の出入り口が外や廊下に直接面している、いわゆるアパートと言われて真っ先にイメージするタイプではありません。

ウルトラマンXで出て来たシェアハウス『星雲荘』のような、一階に共有の台所やリビングがあるタイプとして描写しています。
二階への階段を昇ったら、原作メトロンのアジトよろしく廊下を挟んで各人の自室が並んでいるようなカンジ。

ぶっちゃけ作者としては、朝ドラ『ちゅらさん』に出て来たアパート『一風館』が脳内イメージのほとんどを占めていますので、ご存知の方ならアレを思い浮かべて頂ければよろしいかと。


>イカルガの犯罪者面

イカルス星人の外見は、元々べつの宇宙人として描き上げられたものではないか……という説が有力です。
囚人や逃亡犯を示すアイコンとして、剃ることも出来ず伸び放題の無精髭を生やし、巨大なコウモリの耳は、吸血鬼をモチーフにしたもの。

しかし吸血鬼と言っても彼が啜るのは動物の生き血でなく、都市の血液であるガソリン……そう、コイツの名前はイカルスではなくキュラソ星人となる筈だったわけです。

あとは、イカイカ五月蝿い平成版イカルスの声優ネタつながりで某秘密結社の名悪役と平成版セブンのラスボスから要素をいくつか引っ張ってこうなりました。


>箱根駅伝

催し自体はセブンが放映されるよりもずっと前の1920年(なんと大正!)からやっていましたが、現在のようにテレビで初めて放映されたのは1987年の事でした。

さて……この1987年ですが、本作とも深い関わりがあります。
実はウルトラセブンの放映自体は1967年ですが、企画書に記されていた劇中設定は現実世界の20年後である1987年とされていたのです!

じゃあ使うしかないよね!

我々の世界の歴史においてテレビ中継が出来なかったのは技術的な問題ですが、この地球だと通信機器がバチクソ発展していますのでこういう理由となりました。

富士山に中継基地が建てられなかったんじゃなくて、もう既に別の基地がありました……というオチ。

これで今話が1987年の事になってしまいましたが、例によってマルチバース空間なので本編の時間軸を左右するものではありません。便利だねマルチバース。


>水も飲まずに走るんでしょ?

で、給水が始まったのは1997年……つい最近じゃねえか!
当然、未来設定であるはずの1987年時点ですら、まだ給水ルールが無いのでこの発言。

第一狂ってる団みたいな過酷なレンジャー訓練に晒されていたマゼラン姉妹がおかしいだけで、作者のような貧弱一般人からすればとても信じられません。

ましてやキリエは、ダークと同じ宇宙出身の軟体動物であり、水分がことさらに大事なので、「地球人って、頭おかしいんじゃね?」と思っています。


>四次元装置が無いと、役立たずじゃなイカ!

本作のイカルス星人は、自力では四次元潜行出来ないという解釈となっています。イカ、種族解説。

彼らは元々、自然に出来た次元の穴を発見しては、それを利用して狩りをしてきた種族であり、巨大な耳は時空間の歪みや流れを感知する為の器官。

別次元に突入する際に発生する衝撃波や引き延ばし効果といった諸々の影響に耐えられるよう、肉体強度も副次的に増していったと考えられる。

つまりあくまで生得的には、四次元を見たり聞いたり、空間内を泳ぐように移動出来るだけで、四次元自体を好きに操れるわけではなく、ゲートを開いたり空間を維持する為には専用の装置が必要であるということ。

四次元には特有の『流れ』があり、この『流れ』に沿って動けばスムーズに移動が出来るが、『流れ』に逆らったり横切るような動きは著しく阻害される。

四次元コントロール装置によって創り出された空間は、装置を中心に『流れ』が発生しており(自分の部屋の中に、四隅と中心を結ぶ紐が無数に垂れ下がっているのをイメージするとよい。部屋を横切る為にはいちいち紐をくぐらねばならず、非常に不便であると分かるだろう。そしてイカルス星人はその紐が見える)、原作においてダンはこの『流れ』を無視する形でイカルス星人に向かって行ったり、カプセルを投擲した為に、凄まじい抵抗を受ける事になった。 

当然、カプセルからパゴスが巨大化する為には膨大な量の『流れ』を横切らねばならず、ただでさえパゴスの顕現に大量のエネルギーが必要な事もあり、カプセルの保有エネルギーを必要量が上回った為、不発に終わる。

逆に、装置を破壊する際は流れに沿ってウルトラガンの光線が進んだ為、問題なく作用した。

彼らが放つアロー光線は本来、この『流れ』を一時的に断ち切る為に獲得した移動用の能力であり、物理的な破壊力にこそ乏しいものの、これを三次元体に対して使用した場合、その物体が四次元空間内で本来持つはずの『流れ』を断ち切る事が出来る。

三次元において『流れ』の寸断は時間連続性の消失として表出する為に、結果として対象は今後存在したであろう時間の全てを失い、即座に『その物体の存在猶予が終了した時点の姿』へと変化する。

つまり生命体であれば、活動を終えた状態である『死亡』であり、無機物であれば形を維持できず物体として認識されない程に『朽ちた』状態となる。

ただし、アロー光線が流れを断ち切っていられるのは一時的である為に、光線の効果時間よりも物体が本来保有している存在猶予時間が圧倒的に長い場合は、効果が切れた時点でまだそこに存在し続けている未来と現在が即座に接続されるので、影響は少ない。

具体的には、動植物や無数の部品から成る道具、或いは建築物に対してならば効果が高いものの、岩石や金属塊にはあまり効果を発揮しないということ。

ある意味では、地球上で顕現している最中のM78星雲人には絶大な効果を発揮する数少ない攻撃手段となる一方で、宇宙空間などで太陽光線を直に浴びられる状況の彼らには一切の影響を与えられないという希有な例。

悠久の時を生きる光の一族は、いくら時間を寸断されたとて、彼らは変わらずそこに在り続けるだけだからだ。

気になる?

  • 8番目
  • 保安官
  • 補佐官
  • 星雲荘
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