転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる! 作:Mr.You78
「うっわ……ひどいなこりゃ……」
『……な、なんと……』
辿り着いた営倉は、思わず頭を抱えたくなる有様だった。
酷い匂いのする煙が立ち篭め、そこら中が消火剤の泡で覆われている。
唯一の救いは、この様子ではどうやら初期消火がギリギリ間に合ったらしい事だろうか。
煙で視界が効きにくい中、特殊スプリンクラーが作動してビチャビチャの床を、誰かが激しい水音と共に駆けてくる。
「ソガ隊員! こちらです!」
「ウエノ隊員! 無事か!」
現れたのは、多能工化の権化ウエノ隊員だった。
君はホント何処にでもいるね。今回も303号の看守役だったのだろう。まさに地球防衛軍の精神を体現したような男だ。
「はい、我々はなんとか。ソガ隊員の言い付け通り、全員で消火器を装備していたのが功を奏したようです。ただ、宇宙警官が1名意識不明の重体なのと、囚人は……とにかくこちらへ!」
彼に案内されて奥へ向かえば、大柄な異星人が、倒れた仲間を介抱している
『ブルックリン!』
『連隊長!! ……申し訳ありません、自分が駆け付けた時にはもうこの有様で……!』
『いや、それよりもチェリンホードの容態は!?』
『気絶しているだけで、命に別状は無いようです。そこにいる地球人達が、燃え盛る牢獄に飛び込み、すぐさま彼を引き摺りだしてくれました。おかげで熱波にあぶられただけの軽いやけどで済んだ』
『そうか……防衛署員の皆様がた! 部下を助けていただき、感謝の次第も無い!! 正式な感状はまた後ほど! 今は事件発生当時の状況が知りたいのだが! ご協力いただけるだろうか!?』
「ハイ! 警官のお二人が営倉へ入ったあと、中から人が暴れ出すような気配と数人の叫び声が聞こえ、振り返るとそちらの方が囚人に火炎で反撃を行われているように見えました!」
そう言ってウエノは、独房の外で泡に塗れながら呆然と立ち尽くす一人の警官を指差す。
彼の視線は今なお牢屋の中へ釘付けとなっており……その先では、表面が黒く炭化した人間大の物体が、手足を折り曲げた姿勢で鎮座していた。
『デストラン! これはどういうことだ!? いったい何があったというのだ!?』
『れ、連隊長!? そ、それが……じ、自分が……火が……火を……ああ……』
『落ちつけ! ゆっくりと、順を追って話すんだ。お前達が檻房内に入ってからどうした』
『ん、ぐ……相棒が……チェリンホードが……まずは303号の状態確認を行いました。足かせを外して立たせました。手は縛られたままでしたが、奴は元気そうでした。少なくとも、虐待暴行の跡は見えませんでした。奴からは、朝食と思しきメタノールの匂いがしました』
『よほど丁重に扱われていたと見えるな』
『次に額色を確かめようと、囚人に被せられていた布マスクを取った途端……303号がおぞましい光情でこちらへ向かってあざ光ったかと思うと、隣でチェリンホードの体が綱の切れたように崩れ落ちまして……その時、自分も強烈なめまいを覚えましたので、何らかの攻撃を食らったのだと直感しました。』
『やはりか……警告が間に合わなかった……すまない』
『同時に奴が叫びながらこちらへ襲いかかってきて……それで、とっさに不凍液を相手の顔に吹き掛け、たの、ですが……あ、あ!? それがも、燃えて!? あっという間に! 囚人の、か、体に炎が燃え広がってっ!? 俺が囚人を焼き殺しちまったんだっ!!』
『落ちつけ! 落ちつくんだデストラン! それは奴の隠し持っていた何らかの武器に引火したに過ぎん! 人の口から火が出るわけないだろう! 事実だけを話すんだ! お前は錯乱している!』
『ち、違う!! 火は確かに俺の口から伸びていた! 真っ赤な紐みたいに伸びて……あ、あんな恐ろしい叫び声は始めて聞いた! 体の中からや、焼かれたんだ……俺がやった! ……やっちまった! ……なんて恐ろしい事を……! ああ! エルク! 俺、化け物になっちまった!! これじゃ火を吐く悪魔だ、ああっ!!』
途中から全身ワナワナと震えだし、終いにはグオォーッ……と悲痛な叫び声を上げ始めた部下を、保安官は力強く抱きしめた。
『やめろ! 落ちつけデル! お前は怪物なんかじゃない! 奴は既に死んで当然の罪を犯した! 星がそれに見合った裁きを下しただけだ! お前がやらねば二人ともやられていたかもしれん! いや、それ以上の犠牲も! お前は連邦警官として相応しい行いをしたんだ!』
『そ、そうだチェリンホード……アイツは!? 相棒は!? どうなりましたっ!?』
『安心しろ、無事だ。今ブルックリンが見てる。お前が守ったんだ。胸を張れ』
『……よ……良かった……相棒がぶっ倒れて、そんで俺が守ってやらねぇとって……頭がいっぱいになって……殺そうだなんて……思わなかったんだ……誓って……』
『分かってる。分かってるさ……』
ようやく落ち着いてきたらしい部下の背中をポンポンと叩き、腰から引き出した無線機に喋りかける保安官。
『フェルマーニ。私だ。いま303号の檻房前にいる。緊急事態発生。すまんが健康診断は中止だ。急いでエルメをこっちに寄越してくれ。そうだ、さっきのアレだ。囚人がひどく暴れたらしく、チェリンホードがやられた。ああ、違う。気を失ってるだけだ。いまブルックリンが担いでいった……問題というのは、それで囚人をデストランが返り討ちにしてしまったようでな……その際に……その、なんと言えばいいか……実はそこのところが本官にもよく分からん。ただ、とにかく彼のショックが酷い。当然だろう。フォローを頼めるか? ついていてやってくれ……あ、それと! ちょっと待て!』
保安官は一旦無線を口から離し、俺を手招きする。
「どうされましたか?」
『ソガ警部。キリヤマ警視正に、アンヌ監察医を我々へ貸して頂けるよう取り次いで貰えないだろうか?』
「それは構いませんが……アンヌをですか?」
『そうです。彼女の腕を見込んで頼みがある。こうなってしまった以上、一刻も早く検死を行いたいのだが、それと同時に、303号の死体を開いて内部も調べてしまおうと思います。ただ、うちの隊でいちばん人体に詳しいのは間違いなくエルメになるんですが……なにぶん経験がまだ浅いのと、専門はどちらかと言えば体よりも心の方でありまして。検死はともかく司法解剖となると……そこで、アンヌ監察医に執刀をお願いしたく……どうだろうか?』
なるほど!
焼死した303号の検死解剖か。
宇宙人の解剖は、どちらかと言えばキタムラ博士が専門だが、その際にアンヌも彼の助手を何度か務めている。
腕に不足はないだろう。
「そういう事ならお任せ下さい。キリヤマ隊長は拙速を尊びますから、準備は進めておいてよろしいかと」
『ありがたい! 大まかな指示はエルメに伝えておきます。あとは彼の指差す部分に沿ってメスを入れていただければ……』
「ああ! それならダンに通訳させましょう。ちょうど、メディカルセンターでアンヌを手伝ってるはずですよ」
目線で頷きを返した保安官は、すぐさま無線機に口をつける
『すまない、待たせた。近くにモロボシダン警部補はおられるか? よし、彼に案内して貰え。ブルックリンがそっちに着いたら、二人で囚人の死体を運ぶんだ。ただ……これは相当にショッキングだとは思う。本当にすまん。先に謝っておくぞ。以上』
無線を切り上げて、重々しく唸り声を吐き出す保安官。
「保安官……申し訳ありません。このような事態になってしまうなんて……もう少し、状況を整理してからゆっくりと引き渡しを進めるべきでした」
『いえ。全ては奴の取り調べを急いだ、本官の焦りが招いた事です。貴官らの責任ではない。むしろ、その努力をこのような形で無駄にしてしまい、慚愧の念に堪えません。部下にもひどい心労を……』
そう言って、どうやら囚人を焼いてしまったらしい巨躯の警官へと視線をやる保安官。
彼はソワソワとどこか落ち着かない様子ではあるが、先ほどの取り乱し方よりはマシになってきたように見える。
そのまま所作なさげに宙を彷徨わせていた手を、何気なく懐へ入れると、ほとんど無意識なのか妙な金属パイプを取り出して咥えようと……
した寸前に、その手を保安官に掴まれた。
『待て。デストラン! 今のお前の身に何が起こっているかまったく分からんのだぞ! この人体発火現象の謎が解けるまで、残念ながらパイプやシガーの類は一切禁止だ! 辛いとは思うが……』
『そんな……後生ですよ連隊長……一服やらねえと気が変になっちまいそうだ……』
『もうすぐエルメが来る。暗い気分は奴に話して、それでなんとか紛らわせろ。まったく……しかし、これは恐ろしい難事件であります。私まで頭がおかしくなりそうだ……』
額を抱えて難しい声で唸る保安官。
「あの……その事についてなんですが保安官……私に心当たりがありまして……少々お付き合いいただけますか?」
『……なんですって!?』
――――――
あれから現場をダン達に引き継いだり、キリヤマ隊長にお伺いをたてたり……その際、隊長からは彼らの現場検証に全力で協力するようお許しも出た。
今は、代わりに参謀達へ事情を説明して貰っている。
そんな細々した事を済ましながら、保安官を昨日の射撃練習場へ引っ張ってきた我々。
ここで、保安官に例の不凍液とやらを吐いて貰う。
「多分、その不凍液ってのを吐こうとすると、保安官の口からも火が出ると思うんです。ここならどんだけ燃えても大丈夫ですので……驚かないでくださいね?」
『はあ……よくはわかりませんが、それでソガ警部の気が晴れるのであれば……』
まだ半信半疑の保安官は、喉の奥でゴポゴポとポンプのような音を鳴らしながら、牙の並んだ凶悪な口をカッと開く。
するとたちまち彼の口から火炎が吹き出して、あっという間に的を焼き尽くしてしまった。
黒焦げとなり、スプリンクラーの特殊消火液を浴び続ける残骸を、ただ呆然と見つめるしかない保安官。
『……ほ、本当に火が……』
……やはり。
これでハッキリしたな。
彼らにとって口から火を吐く行為は、当たり前の自然な事ではなく完全なイレギュラー。キュラソ星人の生態に組み込まれているものでは、ない。
確かにそれなら合点がいく。
原作において、ベータ号内で火炎放射した為に自滅した303号も、まさか自分が火を吐くとは思っておらず、催眠光線が効かなかったダンに、恐らくこの不凍液とやらで反撃しようとした結果、ああなってしまったのだろう。
でなきゃ自分の弱点である火を、あんな狭い場所で使う筈がないもんな。
おかしいと思ってたんだ……優秀な保安官たち連邦警察を出し抜いた凶悪脱獄囚にしては、あまりにも間抜けが過ぎる。
どおりで火炎放射のあと、ダンが妙に余裕ぶっこいて格闘もせずに隊長達へ通信してたわけだ。
あの時、303号が画面に一切映らなかったのは、想定外の事態に追撃も忘れてパニクってたからに違いない。まさしく今の保安官のように。
そりゃ自分の口からいきなり火ィ出たらビックリするわいな。
「分かったぞ、ソガ」
射撃場の隅で、何らかの分析機器を捏ねくりまわしていたアマギが顔を上げる。
「彼らの唾液腺から採取した成分を、胃の内容物……つまりガソリンなどと混合させると、常温でも容易く発火点を越えてしまう事が判明した。地球人風に言い換えるならば……キュラソ星人の痰は、空気中で自然発火する」
ウッソだろ!?
じゃあなに? キュラソ星人は街中でカッー……ぺッ! ってしたらそれが火種になるって事!?
「そんなの放火魔大量発生じゃないか。保安官達の手が足りないどころの騒ぎじゃ無い。ただでさえ人体に引火しやすいのに、それじゃ絶滅待った無しだろ」
『その通りです! 放火は連邦法において第1級惑星転覆罪! 本人どころか一族郎党覆面刑に処されてしまう重犯罪中の重犯罪です! ……ハッ!』
慌てたように口を塞ぐ保安官。
……そうか。それでさっきの警官、あんなに茫然自失だったのか。
「……ひとつ確認させてください。エリキュール捜査官。地球にいらしてから、ずっと体の動きが鈍かったり、頭が重いと感じていませんか?」
『ええ、それは確かに……今回は長距離運転の疲れが中々とれんなとは思っとりましたが……ハッ!? まさか我々は既になんらかの風土病に感染して……!』
保安官の額がみるみる赤ざめていく……
「安心してください。貴方がたの体は正常です」
『し、しかし人体から火が出るなど尋常な事ではない! キュラソ星でも前代未聞! これは明らかな異常事態だ……!』
「そうでしょうね。ですので、これは恐らくキュラソ星と地球環境による違い。その中でも最大の要因が引き起こしたもの……つまり、重力差です」
「じ、重力ぅ!? ……あっ」
オレは昨日、ここで保安官のブラスターが盛大に外れた場面を思い出した。
「いや待ってくれ。そりゃ地球とキュラソじゃ重力も違うだろうさ。でもそれと火炎放射に何の関係があるんだ?」
「大有りだ。いいかいソガ? この重力というやつは、星の大きさや自転速度で様々だ。ところが、僕たちの知っている物理法則というのは、だいたいが地球の重力下における分子のふるまいを元に成り立っている。だから、その前提である重力条件が少しでも異なれば、その影響はあらゆる部分へ波及してしまうんだ。特に今回の例で言うと……気圧と温度」
「気圧と?」
『温度?』
ハテナマークを浮かべながら顔を見合わせる俺達。
「気圧というのは、言い換えると大気の重さだ。星の重力が大きいほど、大気層は分厚く積み重なり、当然ながら気圧も高くなる。しかし……エリキュール捜査官の故郷は、どうやら地球よりも重力が相当軽いらしい」
「えっとつまり……気圧が低い?」
重々しく頷くアマギ。
「そうだ。そして気圧が変われば、あらゆる物体の融点や沸点も大きく前後してしまう……」
「ってなるとつまり……ガソリンがもっと早く気化する!」
「事はそう単純じゃない。言っただろう? あらゆる物体だって。ここでもう一つの要因、温度に関わってくるわけだが……時にエリキュール捜査官。先ほどから咥えてらっしゃるそれは? すれ違った他の警官がたも、常に使っておられるようですが、足りていますか?」
『……シガーの事でありますか? 』
「ドライアイスだってさ」
「ドライアイスね……ああ。不燃性ガスで燃焼効率も同時に抑えるわけか。合理的だ。……では、似たようなもので、逆に体を暖める道具があるのではありませんか?」
アマギがそう聞くと、保安官は頷いて懐から一本の金属パイプを取り出した。
長く伸びた先端が折れ曲がり、何処となく短い煙管のような印象を受ける。
先ほどの警官も、デザインこそ違えど同じような物を取り出して手慰みにしていた。
『よくお分かりで! その場合は、こちらの加温パイプを使用しますな。ただ、地球に来てからはまだ一度も使用する機会に恵まれず……本来はシガーなど、食後や運動後に少し吸うばかりで、もっぱらこちらをフカす時間の方が多いくらいなのですが……それが何か?』
保安官の答えを聞いたアマギは、小さく「やっぱりか……」と呟いて、酷く無念そうに肩を落とした。
「すまないソガ……これは完全に僕のミスだ。気付かなかった……こんな初歩的な事を……」
「おいおいアマギ、いきなりどうしたんだよ」
『そうであります。捕縛用の不凍液が燃えるなど、誰であろうと常識の埒外です!』
「そう、まさにそこなんですよ捜査官! 僕は自分の常識に囚われて、それが招く致命的な事態を回避出来なかった……! つまりですね、ソガ隊員。キュラソ星と地球ではまず温度が違う! これは……実際の気候環境が、という意味だけでなく、そこにいる人々の認識が根本から違うということです!」
「……どういう事?」
顔を顰めるアマギ。
それはオレの理解力の無さに対するものなのか、はたまた自分の失態をこれから説明しなくてはならない羞恥によるものかは知らないが……
とにかく不本意極まりないのだけは分かる。
「まず、キュラソ星は地球よりも寒い星だ。その上で湿度も高い。……いや逆か。貴方がたにとって地球は暑くて乾燥しすぎている。その冷却煙草を手放せないくらいに。そうですね?」
『然り。おかげで在庫があっという間に尽きそうで、酒保が頭を抱えておりました。湿度の方はそれこそ惑星によりますが……まあ、本官の故郷はいつも霧に覆われておりますよ。アマギ鑑識官は、素晴らしい推理力をお持ちのようだ! なぜ分かったんです? それとも本官、昨晩のうちにソガ警部に話しましたでしょうや?』
俺はそれに首を振ったが、それは褒められたアマギも同じだった。
「いいえ。それどころか私は、今の今まで逆だと考えていました。キュラソ星には、砂漠のような荒野が広がっていると……なぜなら、連邦政府から貰った概要には、平均気温が年間を通して20℃から30℃前後と記されていたからです」
「うわ。あっつ! 常夏の星じゃん!」
気温が年間通して30℃越えるとか、暑がりのオレなら死んでまうわ。
「僕も似たような感想だったよ。それに、あの囚人がどちらかと言えば爬虫類に近い変温動物だった事もそれを後押しした。、蜥蜴は寒いと動けないからね。そこで納得してしまったんだ。キュラソ星が寒冷惑星であるはずがない。そう思い込んでいた……ところが」
アマギはまさしく痛恨だと言わんばかりに顔を顰め……
「キュラソ星人が石油やアルコールを常食し、そこから大量の熱を取り出せるなら話は別だ。なんなら発熱した傍からキュラソ星の低い外気温で冷やされて、ようやく釣り合いがとれるのだろう。本来は陸上だとあっという間に息の上がってしまうワニが、涼しいからってずっと全力疾走してるようなもんだ。そりゃ強いに決まってる! つまり……この30℃というのは翻訳の誤りだ。彼らの言う温度とは、摂氏ではなく華氏……あるいはそれに近い単位の数字なのさ」
「ああ!? 絶対温度とか言うやつか!」
『セッシ? カシ? どういう事でしょう?』
「あー……アマギ?」
オレは自信満々に解説を始めようとしたが、その事について知っている知識なんて、せいぜい華氏の英訳名がファーレンハイトという格好いい響きであるというくらいでしかない事に気付き、そのまま大人しくアマギへボールをパスした。
「……ハァ。地球では温度を主に2種類の尺度で表しますが、我々が普段使っているものは……水の融点を基準に0℃、沸点を100℃として定めたものなのです。ただ、キュラソ星は気圧も違えば気候も違う。当然、水を基準になどしていないから摂氏なんか使えるわけが無い。恐らく我々の感覚で言いますと、零下10度前後と言ったところでしょうか」
「じゃあ、水なんかほとんど雪か氷じゃん!」
ところが、保安官は不思議そうに首を傾げるではないか。
『水が凍る? 警部は変な事を仰るな。凍っているのは氷だけでありますぞ?』
「そりゃ氷は凍ってるでしょうよ……水が凍ったら氷になるんだから」
またしても急に話が通じなくなった。
混乱する俺達の横で、思いっ切り頭を抱えるアマギ。
「あー……そうかそこからか! ……参ったな……ハッ!!」
「どした?」
「ソガ、ちょっとこっちへ来い。捜査官、しばし失礼を……」
すると突然、何かに気付いたように顔を上げ、酷く焦った様子で俺を引っ張ったアマギは、保安官から離れた位置に来ると、潜めた声でイライラとまくしたて始めた。
「ソガ、お前はよく彼らと平気で雑談なんか出来るな!? 驚いたぞ! 常識が根底から違うじゃないか!? 彼らが言ってる水は僕らの知ってる水じゃない! 純粋なH2Oはとっくにみんな氷漬けになってる! 地表で液体のままなのは、不純物と混ざって融点降下を起こした混合物だけさ! 恐らく彼らはそれを『水』と呼んでいるだけだ!」
「えっ!? じゃあ水の事はなんて呼んでんだよ!?」
「知るか! だから『氷』なんだろ! 少なくとも彼らが普段から目にする純水はほとんど固体のはずだ! 僕らも金が溶けた物を、わざわざ他の名前で呼ばないだろう!? 『溶けた金』か『溶けた氷』でしかないんだ! 後は自分で聞け! ああ……頭が痛くなってきた……きっと一事が万事この調子だぞ……」
「そんな頭抱えるほどの事か?」
非常に弱った声を出すアマギに、思わず肩を竦める。
へー、常識が違うんですね~でいいじゃん。
「お前は常識が違うという意味が分かってないから、そんなヘラヘラしていられるんだ! さっきの質問でもそうさ! 僕は湿度が高いかと聞いた。それは雪が多いだろうという予想からだったんだ。そこら中に雪が積もっていたら、引火もし難いだろうと……ところが、霧だって!? 氷がそのまま昇華するような環境だぞ? それは僕らの知ってる霧じゃない! ようやく唾液が燃えない本当のカラクリが分かった! 単に母星における常温が、痰の発火点を下回っているだけではなく……彼らの星では、そこら中で揮発したガスが充満して、とっくに燃焼限界を迎えているに過ぎないんだ! つまり、大気組成における燃焼物の割合が多すぎて、逆に空気中では火が燃えないんだよ!」
「なんだって!? どういうこと!?」
「この分じゃ彼ら、民間レベルだと引火や自然発火という現象すら知らない可能性があるぞ……なんせ、ナパームゲルをトリモチ代わりに使ってるような連中だ! ……ああ……ガソリンを常食してるって事の意味をもっと深く考えるべきだったんだ。彼らの祖先は決して油が飲みたかった訳じゃない。逆だよ! 水を啜りたくても、安全な水は全部凍ってしまっていて、飲めるのは石油混じりの僅かな水分しか選択肢が無かっただけだ! 生存の為には、それをなんとか無毒化出来るように進化する必要があったに違いない!」
引き攣った顔でガタガタと震え出すアマギ。
その額には、どっと脂汗が滲み出ていた。
おっと……これは……
正直、アマギが言っている内容の半分も分からない。
オレは今、雰囲気でウルトラ警備隊をやっている。
だが……なぜ彼が急に保安官の事を怖がり始めたのかは、なんとなく分かった。
「落ちつけよ。別に保安官達は歩く爆弾なんかじゃない。俺達と同じく、理性でもの考える人間さ。ちょっと虫の居所が悪いからって、所構わず自爆するような連中じゃないよ。いや、居たには居たが……そいつはもう死んだ。怖がる必要なんて無いんだ」
要は、彼らをこちらの常識が一切通用しない埒外の化け物であると認識してしまい、持病である爆発物恐怖症の発作を起こしただけだ。
「し、しかし……」
「それに見たろ? 彼らは自分達の体の事をよく分かってる。文明の利器を使って、体温調節という欠点を克服した。今回の事は、地球の環境を知らなかったが故の事故だ。ちゃんと説明すれば理解して気をつけてくれるよ」
「そうだろうか……」
俺が宥めると、少しずつ落ち着いてきたのか、まだ不安げにしながらも徐々に震えが止まってきた。
あともう一押しだな。
「あ、あとな。別に保安官達はキュラソ星で自然発生したわけじゃねえから。彼らは後から入植してきた開拓者だってよ。だから火や爆発の恐ろしさもよく知ってる。なんならお前と気が合うくらいだぞ? なんせ人間よりも、ずっと弱点である火を警戒してるくらいなんだから。その証拠に、ちゃんと食事中は火気厳禁だし……でなきゃそもそも放火を重罪にしないだろ」
「……あ。そ、そうか!」
「全く……頭のいい奴ってのは時々バカだな」
「うう……すまん」
「いいよ」
アマギは頭が良すぎて、少しのヒントから色んな可能性を一気に考えてしまうから、オレから見えてる事よりもずっと沢山の危険を察知してしまうのだろうな。
「保安官達が、地球で人間焼夷弾にならない為にはどうすればいい?」
「簡単な事だ。水を……この場合は我々にとっての方だが、とにかく水を飲んで貰えれば、唾液の可燃性を抑える事が出来るハズだ。恐らく、キュラソ星の環境では、ほとんどの石油が水と懸濁してしまっているに違いない。それで、地球の純粋なガソリンと混ぜた時よりも、唾液の発火点がずっと高くなって、早々引火する事が無かったんだな。でもだからこそ、彼らに水を飲めと言ったところで、コチラの真意は伝わらないだろう……」
「なんだ、そんな簡単な事でいいのか!」
「内容は簡単でも、それを彼らに分かるよう伝えるのが大変なんだ! 言葉や常識の壁を乗り越えてだぞ!」
「じゃあ俺が普通に地球の水ですって渡せばいいだけじゃん! 地球のガソリンはよく燃えるので、地球の水で中和する必要がありますってさ!」
「そんなムチャクチャな説明でいいのか……? 絶対にどこかでまた変な齟齬を起こして問題になると思うが……」
細けぇこたあいいんだよ! 結果さえ同じならな!
とりあえずの急場しのぎなんだから!
オレは保安官達が地球に滞在している期間だけの事を考えているが、アマギが本当に危惧しているのは、帰還した彼らの口から間違った知識がキュラソ星へ伝わる事だ。
オレはその違いに気付いてはいたが、あえてそれを無視する事にした。
知るかよ、そんな先の事なんて。
オレは究極的には今さえ良ければそれでいいと思っているからな。
ビバ、刹那主義! お前も楽観的にならないか?
「しかし……お前が捕まえた囚人の為に防火設備を整えろなんて言い出した時は、またぞろおかしな事をと笑ったが……あの時の言葉は訂正するよ。だが、よくあの時点で分かったな? キュラソ星人が地球上だと能動的に火炎を発してしまうようになるなんて」
「エッ!? ……いやぁ……あの……そう! ペスター! いただろ!? アイツの記録を読んだんだ! そんで思ったのさ。同じくガソリンを食う奴は、同じように火を吐いたっておかしくないってな!」
「……ああ、いたな。そんな怪獣も……ふむ。確かに、海底で棲息するペスターにとって、火炎放射能力など無用の長物だ。あれは防御行動として胃の内容物を噴射した結果そうなっていると考察が記されていたか。……それにしたって、なかなかそう一足跳びに結びつけられるものでは……ああ、クソ! なんでよりによってお前のような奴が、あの人と同じ思考形態をしてるんだよっ!」
「なんかしらんがゴメン……」
そんな感じでとりあえずの方向性を決めた俺達だったが、射撃場に一人のキュラソ警官が駆け込んできたので慌ててそちらを振り向いた。
『ありましたよ連隊長!! アンヌ監察医がやってくれました!! やはり連隊長の読み通りでしたね……!』
『でかしたぞフェルマーニ! それか!』
保安官の部下は、手に持っていたガーゼの包みを慎重に開くと、その中にある体液まみれの小さなひしゃげた球体が全員に見えるよう掲げてくれた。
それは片方から幾本ものコードが血管や神経じみて飛び出しており、俺達からすると、まるで潰れた眼球のような印象を受け、なんとも言えない不快感を掻き立てるものだ。
『囚人の光情筋を切ってみたら、中からこれが。熱で変形してしまっていますが、明らかに人工物です。少なくとも、我々の星で使われている医療器具の類に心当たりは無いとエルメは言っていました。ただ……』
『ただ?』
『アンヌ監察医は、義眼ではないのか……と』
『義眼? それにしてはやけに……丸っこいが。もしそうだとして、なぜそんな物が額から出てくる?』
『さあ……そこはサッパリ。ですので、コレが件の隠し武器なのではないかと』
『ふむ……』
保安官は低く唸ると、額に淡く青い光を湛えながらゆっくりとこちらの方を向いた。
『アマギ鑑識官』
「は、はい?」
『この証拠品を、貴官に預けたい』
「え、私に……ですか?」
『ええ。本来であれば我々だけで対処すべき案件であります。しかし残念ながらチェリンホードがあの調子では……彼が起きてくるのを待つよりも、貴官の深い見識と洞察力を頼った方が早そうだ。どうか、お願いできませんでしょうか? このままではこの事件が迷宮入りになってしまう。なるべく早急に、コレの正体を探りたいのです。僅かな情報から、完全に異なる惑星の事情まで解き明かしてみせた貴官の力を、我々に是非ともお貸し願いたい』
保安官の頼みに、アマギの瞳に闘志が宿る。
「……分かりました。やってみます!」
――――――
宇宙囚人の死体から発見された謎の物体。
それを託されたアマギ隊員の必死の分析により、驚くべき事実が判明した!
『驚きました。この装置は、内部が真空管のような造りになっているんです!』
「真空管? ふーん……宇宙人の体から出て来たにしては、えらく古風な技術なんだな」
俺はまた、エリキュール保安官に宛がわれた部屋のソファに座って、アマギからの報告を聞いていた。
向かい側では保安官が、俺のビデオシーバーから聞こえる声に耳を傾けている。傾ける耳がどこにあるかは知らん。
『何を言っているんだ、ソガ! お前にはこの恐ろしさが分からないのか!? アンヌが義眼と間違えたのも無理はない。この機械は、ほとんど僕らの眼球と同じか、少し大きいくらいのサイズしかないんだぞ!?』
「……それが?」
画面ごしに、アマギが盛大にため息を吐くのが見えた。
『一般的な真空管の全長は、どうあったってこの大きさに納まらない! ギリギリ入りそうな物もあるにはあるが……それが出来たのなんてつい最近のことだぞ!』
「おー、凄いな。宇宙の最新式ってんだからそれぐらいやって貰わないと」
『ところがそうじゃない。使われている部品を調べてみると……なんと数十年前に地球で製造された物なんだ!』
「どうしてそんな事が分かるんだ?」
蒼ざめた顔で、ゴクリと生唾を飲み込むアマギ。
『ああ、それがな……これを見つけた時、僕は背筋が凍り付くかと思ったよ……なんと基盤に、極小の刻印がしてあるんだ! それもアルファベットで!!』
「なんだってぇ!?」
ビデオシーバーの向こうで、蒼ざめたアマギが衝撃的な内容を叫ぶ。
流石の俺も、これには仰天した。
「なんでそんなもんが、キュラソ星人の死体から……」
『分からん。だが……僕らの想像を遥かに超えた、何か恐ろしい事が起きているのは間違いない。ただひとつ言えるのは、これを作った奴は、驚異的なまでの器用さを持っているという事だけだ』
鈍い俺は、ここでようやくアマギの恐怖心に共感してやる事が出来たと言えよう。
宇宙人が使っていたアイテムに地球の文字が記されているなんて、どう考えてもおかしいのだから。
オーパーツに現代の言葉で落書きしてあるみたいなもんだ。
だというのに、我々がその事実に恐れおののく中、保安官はほとんど額色を変えないまま、冷静に続きを促してくるではないか。
『アマギ鑑識官。装置の働きがどのようなものかはお分かりになりましたか?』
『申し訳ありません、エリキュール捜査官。装置が壊れてしまっていて詳しい事までは……ただ、真空管を模しているならば、なんらかの信号を増幅して発信する効果があった事は推察出来るでしょう。そして、実際にそれを受けたと思われるアンヌや部下のかたからの証言を鑑みて、生物の意識……つまり、脳へ強く作用するものと思われます。恐らく、光のパターンを介する事で脳の無意識領域に命令を灼き付けているのかと』
『それだけ分かれば充分過ぎるくらいです! その装置は、どんな屈強な相手だろうと容易く昏倒させる武器になり得るという事だ! 連邦警察も、303号がいかな凶悪犯とはいえ、あの難攻不落と名高いトルカラナイワ監獄の厳重な警戒網を、丸腰のままで突破できた理由が分からず角を傾げていたのでありますよ……しかし、ううむ……』
何度も頷きながら、シガーを薫らせる保安官。
地球人からはその表情を判別する事は不可能だが、彼の口調は明らかに苦渋に塗れていた。
『こんな奥の手をあらかじめ額に仕込んでいたとは……受刑者の覆面デザインは、巡回中の刑務官が額色を確認出来るようにそこだけ開いていますからな。いくら牢屋にブチ込まれても、これさえあれば看守を昏倒させて鍵を奪うなど造作もない。実に狡猾な手口だ。そうでしょう?』
『まったくその通りです。ただ……』
「ただ?」
どこか自信なさげに目線を下げるアマギ。
何かを言おうか言うまいか迷っているようだ。
彼は、それが事実ならばすぐに述べようとするが、根拠の薄い推論を展開するのは、どうも心情的に苦手としているようだった。
そこらへんは、口から出任せを思い付くままにべらべら喋るのが得意なオレとは正反対の気質と言えるだろう。
アイツの言う「恐らく」と、オレが使う「多分」では、例え言葉的にほぼ同じ意味であろうが、その確度には天と地ほどの差があると言っていい。
アマギが「よく分からないが恐らくはこうだろう」と不安げに言ったら、それはほぼほぼ確定事項と同義であるし、オレが「絶対こうだ。間違いない!」と太鼓判を押した時は6割がた間違っているとみて間違いない。
彼はどうにも真面目がすぎる。もっと適当に生きようぜ?
絶対その方が健康に良いって。知らんけど。
だからほら、言ってみ? 言うだけならタダだぞ?
『……この装置は不完全だ。本来はもっと別の目的で作られたシステムがあり、そこからパーツだけを引き抜いてきて、強引に別の使い道で流用している……そんな気がするんです』
それを聞いた保安官の額が、きらりと一瞬……深い蒼に煌めいた。
『ほう! それはなかなか興味深い……なぜそうお考えに?』
『……これ単体ではあまりにも効果が限定的すぎて、わざわざこの形状にしておく意義が薄いと言いますか……それに、造り自体が今回の用途に適していません』
「造りが適してない? どういう事?」
『ソガ、真空管における最大の欠点は何だか知ってるか? それは、部品そのものの寿命が短い事だ。いくら宇宙の素材や技術で作られていると言っても限度がある。真空管というのは、交換が前提のパーツなんだよ。それを、体の中に移植するだって? 一度埋めたらそう簡単に取り出せなくなるのに? コレだって、恐らく内部が劣化して相当にボケてしまっているか、本来想定されている出力の半分も無かっただろう』
『確かに……妙ですな。仕込み武器として作ったにしては……』
『それに、真空管は連続使用すると熱を持つ。そういう意味でも、インプラントに使用するのは不適切です』
……なるほどな、使う度にアチチってなってりゃ世話ないわ。
原作において、キュラソ星人がこれだけの不条理武器を持ちながら、決してそれを頼りに多人数相手へ仕掛けたりはしなかったのも、そのあたりの裏事情がありそうだ。
不意を撃てれば御の字の仕込み武器とは言え、普段使いを考えればとんだ欠陥品である。リベレーターかな?
『ですので、まだ何か我々の知らない要素があるのでは無いかと……せっかく預けて頂いた証拠品を解体して、この程度の事しか分かりませんでした。ご期待に添えず面目ありません、エリキュール捜査官……』
『……ソガ警部。彼は本気で言っているのでありますか? ガラクタから、これだけの手懸かりを引き出しておいて? それとも、地球ではこのような言い回しのジョークが存在するのでありましょうや?』
「ああ、アマギに関してはこれが平常運転ですよ。どうも彼は完璧主義なきらいがありまして……お気になさらず」
『誰が完璧主義だ! ……すみません捜査官。私はもう少しこの機械を調べてみます。アンヌと協力すれば、被害に遭われた部下のかたを治療する良い手立てが見つかるかも知れない。必ずお役に立って見せます! どうかお待ちください!』
通信が切れた。
『……地球人というのは、みなこのように勤勉な種族なのでありましょうや?』
「いや、普通に個人差ですよ。アマギみたいな仕事中毒もいれば、オレみたいな奴もいますから」
『……??? ああ! そういう事でありますね! ソガ警部のジョークは一瞬分かりませんでしたぞ! ハハハ!』
「いやあ、伝わりにくかったですか! ジョークとしてはこりゃ落第だ! ハハハ!」
キュラソ星では自虐ネタに馴染みが無かったか。
『……しかし、重要参考人が死んでしまった時はどうしようかと額を抱えましたが……アンヌ監察医と、アマギ鑑識の御協力のおかげで、捜査は思いがけない進展を見せました。これならば……速やかな犯人逮捕も視野に入ってきましたぞ』
「犯人……? 今回の事は事件ではなく事故では?」
保安官の言い草では、まるでどっかに黒幕でもいるかのようだ。
別に303号は誰かに消された訳では無い。こんな事を言ってはなんだが……殺した犯人ならば既に保安官が連れてきた部下の一人だとハッキリしているし、捕まえようと思えばいつでも出来る。
ただ明らかに故意ではなく不慮の事故だし、思いっ切り正当防衛なので、犯人呼ばわりは流石に……
『ああ、そう言えばまだ言っておりませんでしたな。あの事故は本題に入る途中に起きたのだったか……でしたら、時にソガ警部。貴官は303号がいったい何の罪でトルカラナイワへ収監されていたかご存知か?』
「え!? そりゃあ……連続殺人犯とか?」
『ハハハ、まあ簡単な事でしたか。とはいえそれだけではありません。軽いものでは食い逃げに始まり、窃盗、密輸、器物破損に危険運転……それはもう多種多様な。その数大小合わせてなんと33件!』
「さ、さんじゅうさんけん!?」
そりゃ確かに紛う事なき凶悪犯だわ。
『しかもですな、これはあくまでたった一夜のうちに犯した罪でして』
「い、一夜!? 一夜のうちに!? そんだけ罪を重ねられるもんなんですか!?」
確かに地球でも即座に8人殺してるくらいだから、やろうと思えば出来るのか……?
『本官が取り調べで吐かせたかったのは、まさしくそこなのです。他にも共犯者がいたのではないか……と』
「あっ!? そうか単独犯じゃなくて、犯行グループの一人というわけですね?」
俺がポンと手を打つと、保安官は我が意を得たりと言わんばかりに額を瞬かせる。
『と言いますのも、303号は元よりある大物犯罪者の一味では無いかと目されていた男でして。それが今回ヘマをして捕まった為に、他の容疑で拘束しつつ仲間の情報を引き出せないかとやっているうちに……』
「脱獄された、と」
シガーの煙を盛大に吐き出して、先端しかなくなったそれを灰皿へと放り投げると、新たな包みを取り出し咥える保安官。
『ここまで言えば、聡明な警部にはもうお分かりでしょう。実はその大物という奴こそ、本官がこの星に派遣されてきた真の目的なのです。地球との友好使節や交渉云々はあわよくばというか……むしろこの本命捜査を円滑に進める為に必要な環境構築といいますか……言わばついでのようなもので』
「つ、ついで!?」
そういや密命は二つあるとかなんとか言ってたっけ、この人!?
まあ、どう考えても前者の命令には不向き過ぎる人材だもんな、エリキュール保安官……
『本官に与えられた任務は、端的に申し上げて厳重指名手配犯の捜索および逮捕連行! こやつは連邦警察史上最悪のお尋ね者と言っても過言では無い! かの有名な犯罪界の貴公子と並び、メトロポリタス銀河全土を震撼させた恐怖の双璧とも言うべき悪の申し子! 奴こそが! 我が生涯における不倶戴天の敵!』
ヒートアップした保安官が握り拳をガァンと机に叩き付け、それと同時に食いしばった歯で噛みちぎられたシガーの先端がポトリと床へ落ちる。
額に紫電を纏いつつ、ギロリと両の目に静かな憤怒を籠めながら、ついに彼は怨敵の正体を口にした。
『……その名も、大怪盗ルバン』
気になる?
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8番目
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保安官
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補佐官
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星雲荘