転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる! 作:Mr.You78
「そいじゃ、そっちは頼むな。ダン」
「ソガ隊員も、あんまり無茶はしないでくださいね?」
ポインターの運転席から、ひょっこりと不安げな顔を覗かせるダン。
今から我々は別行動だ。
彼はここからアイオーン副官を連れ、先程マッピングした現場周辺をポインターで虱潰しにする手筈になっている。
なんでも、アイオーン氏が母星から持ちこんだ探査装置(それもなんと、つい先日に科捜研から発表されたばかりの最新式でありますぞ! これ1台でポニーがいったい何頭飼えるやら……)を使って、異常電波の出所を探れる……らしい。
事件現場はある程度が都内で密集している為、それら地点を円形につないだ中心にこそ、ルバンのアジトがあるのではないか……と当たりを付けたわけだな。基本のキである。
まあ当然ながら、その程度の事は既に刑事さん達も捜査を行っており、成果はまるで無かったのだが……相手が相手なので、今度はこちらも宇宙人的アプローチを仕掛けてみればまた違った結果が得られるのではないかと。
……ぶっちゃけオレは、その最新型ナンチャライザーとやらよりも、ダンの目と耳と勘で現場周辺をぐるっとひとまわりさせておけば、それだけで怪しい場所なんか一発だと踏んでいるぜ。
論理的に言って、多分これが一番早いと思います。
そんでもってその間に、俺と保安官はさっきのオシャブリを持って、とある大学の研究室を訪ねに行くというわけさ。
例の大学はこの警察署から近いので、もちろん徒歩だ。
刑事さんがパトカーで送ろうかと言ってくれたのだが、流石にそんな距離ではない。
……というか、構内に乗り付けたパトカーからウルトラ警備隊が降りてきたら、すわ事件か!? と大騒ぎになってしまう。
今の俺達はただでさえ目立つ格好をしており、片方は正真正銘の宇宙人なので、なるべく人目を引きたくはないのだ。
それに、まだあまり刺激したくない奴もいるしな……
ん? 街中をウルトラ警備隊がただブラついているのはいいのかって? それはいつもの事だし!! うん、普通!!
だから、ありがたい申し出は丁重に辞退した。
というよりも、この機会を利用して保安官に日本の街並みをサラッと案内しようという腹積もりがあったりなかったり……
「たかが友達のとこ訪ねるだけで、どんな無茶するってんだよ」
「どうだか……忘れているかもしれませんが、今の貴方は怪我人なんですよ?」
そう言って、白い三角巾に吊られた俺の右腕を指差しながら、なんとも複雑そうな表情をするダン。
「おいおい、アンヌの診断はお前も聞いてただろうに。中身はもうとっくに治ってるさ」
これはあくまで保安官達が俺を識別しやすいように、昨日でギプスを外す予定だったのをあえて延期しただけだ。
今のところ、キュラソ警官の御用聞きはなんとなく流れで俺が担当するという事になっているが、彼らは地球人の人相を判別出来ない。
だから、基地の中で迷子になったり困った事があれば、これを目印にして声をかけてくださいね、という事にしてある。そしたら俺が、翻訳機を所持している保安官の所までそいつをお連れするという寸法よ。
要は、団体旅行のバスガイドがいっつも先頭で振り回してる三角の旗つき棒みたいなもんだ。
なので傍目には凄い重傷人のように見えても、その実は大した事が無いので、ダンの心配はオレからすれば過保護も良いところなわけ。
とはいえ、元を正せばこれもダンを庇った怪我と言えなくもないため……
彼の性格上、気にするなと言っても無駄なんだろうなぁ……と諦めてもいるが。
むしろ、本当に心配するべきは俺に付いて行きたいと言い出した保安官の方では?
ただでさえ暑い暑い言ってたのに……熱中症でぶっ倒れたりせんだろうな……?
本人は『本官は屈強で鳴らすキュラソ警官でありますれば! 日射病程度でどうこうなるようなヤワな鍛え方はしておりませんぞ!』とかなんとか言っていたが、それがフラグにならんことを祈るよ。
たとえ星が違えど、世界観が宇宙規模で昭和だから、異星人達までノリがなんだか体育会系なんだよなぁ……
ブロロ……と走り去るポインターを見送ってから、俺は隣でキョロつく保安官に向き直る。
「さて保安官、歩きになって申し訳ありませんね。こちらです」
『なんのなんの! ポニーに乗ってばかりいては足が凍ってしまいます! なんといっても、捜査は足で稼ぐものでしょう!』
「それは良かった。でしたら、そんな行動派の保安官にはコチラをお渡ししておきましょうか」
『……こちらは?』
歩き出しながら、俺が彼に渡したのは……なんてことはない、単なる水筒だ。
中身はもちろん、ただの水。
「これは地球の水です。歩いていて『あー燃えそうであります!』とか『なんだか不凍液を吐きたい気分ですぞ!』となれば、コチラをぐびっとお飲みください。少なくともその場で炎上したりはしないでしょう。その点に関しましては、アマギのお墨付きもありますのでご安心を」
『ブラザー! 本官の事をそこまでお気遣い頂けるとは! ……しかし、所構わず不凍液を吐き散らすような輩だと思われているのは心外ですな。流石に目の前で犯罪が起きでもしない限りは、そのような無作法などいたしません!』
じゃあ逆に言えば、急にルバンが現れたりしたら吐くつもり満々なんじゃねえか。
往々にして起こるんだよ! そういう事は!!
今はダンが向こうにいるから、急展開に巻き込まれるならアッチだろうけど、この後に合流したらどうなるか分からんだろうが……!
これが原作なら、咄嗟の行動でボヤ騒ぎになってアッチッチみたいな展開がありありと目に浮かぶわ!
それでどうせ、あと少しのところだったのに惜しくも敵を取り逃したりとかするんだろ? 知ってるぜ、俺は詳しいんだ。
「地球には常在戦場という言葉がありまして、常日頃からいつなんどき戦いが起きても良いように備えておけ、という意味です。保安官ほど優秀な警官を、地球環境のせいで実力を発揮できない状態のままにしておくのは、担当である私の沽券にかかわりますからね」
『ソガ警部……!』
「まあ、その水筒は単独行動用ですので、私と一緒の時はなるべくコチラに声をかけてからにしてください。私の水筒を先に使うようにしましょう」
そうしてワンクッション挟んでおけば、なにかマズイ状況でも突飛な行動を防げるかもしれんしな。
宇宙人と行動するときに大切な心構え。
それすなわち。
オレ自身がストッパーとなることだ。
……そしてなにより、この保安官なら俺が邪魔になったからといって、いきなり腹パン排除してきたりはせんだろう。※超重要
『……おお、ブラザー!』
うわっ、まぶしっ!
『でしたら丁度良い機会です。実は本官からもブラザーにお渡ししようと思っていた物がありまして……どうぞ』
保安官はイソイソと、自分の懐からスキットルめいた金属製の容器を取り出すと、それを俺の手に握らせてきた。
冷却シガーと同じポケットに入っていたのか、少しひんやりする。
『なにぶん、持ち込んだ土産は警視監や警視正に配り終えてしまいまして……他にはもう、そのようなものしか。なにとぞ御容赦を』
「これはいったい……?」
俺が何気なくそう聞き返すなり、保安官は大きな掌でサッと額を覆い隠すと、目玉を普段以上に忙しなく動しながらゴルルンとなにやら狼狽えだす。
節くれ立った指の間からは、淡い桃色の光が見えた。
『アッ、いや! これはそのぉ……出立前にアイオーンが、例の土産を味見の為にと一本開けましてな……そ、それに! その時はまだ、地球滞在中に外出が可能かどうかも不透明でありましたし……最悪は自室に籠もりきりを余儀なくされる場合も……』
「つまり……後でこっそり飲もうと、自分の分を取っといたんですね?」
『ひ、一口飲んで棄てるなど、もったいないでありましょうや!?』
そんなあまりに所帯じみた言い草に、俺は思わず笑ってしまった。
「くくく……ええ、ええ。その通りですね。私もきっと同じ事をしたでしょう。しかしね……」
『これまでのご厚意に対する、せめてもの返礼であります。ああ、別に本官がいるうちに飲みきってしまおうなどと、ご無理をなさる必要もありませんぞ。もちろんそちらの携行缶ごと差し上げますとも』
「え? そんな悪いですよ!」
『いやいや、本官が巡査の頃に買った数打ち品でありますれば! それ自体に大した値打ちもありません。ただ、当時まだ主流であったピュタンを使っておりますので、粘り強く今日この時まで使い込む事が出来ただけのこと。そういう意味では、最近流行りのポレンチック製などよりも遥かに丈夫で長持ちいたしますので、警部のような方が普段使いとする分には、モノが良いかと思われますな』
「い、いいんですか? そんな大切なものを……」
『ハッハッハ! 家に帰れば部下や同僚からの貰い物が倉庫を圧迫しておりますゆえ! 少しはそちらも使ってやらねば』
「あ、ありがとうございます……」
気持ちは大変ありがたい。
ありがたいんだが……
貰ったはいいが始末に困っている俺の様子を勘違いしたのか、微妙にズレた補足説明をしてくれる保安官。
『どうされました? ご安心ください。確かに容器は本官が長年愛用した上、そのように手垢の付いた物をお渡しするのは大変心苦しくはありますが……毎回きれいに洗っておりますし、まだ中身に舌はつけておりませんぞ?』
「ああいや、別に回し飲みが嫌なんじゃなくてですね……」
学生時代に友達同士でジュースの回し飲みなんか散々やったから、宇宙人相手だろうとそこは別に抵抗ないんだが……
試しにおそるおそる栓を開けてみると……
オワーッ!! 匂い立つガソリンスタンドのかほり!!
「ア゙ア゙ッ!」
『ううーむ。何度嗅いでも惚れ惚れする程に芳醇だ』
むせかえるようなガソリン臭に、思わず顔を顰めてしまう俺と、逆に恍惚とする保安官。
『これほどの上物であれば、昨晩のハイオクスープとも遜色ありませんでしょうや? ……ソガ警部?』
「いや、すんませんね。自分、鼻が詰まってまして……あんまりそこらへんの違いが分からんもので……」
『……それは残念だ。この香りを楽しめないとは可哀想に。……もしや、地球の方は鼻ではなく舌だけで油を味わう文化なのでしょうや?』
「ま、まあ……少なくとも嗅覚については皆さんの方が優れてらっしゃるようですから……」
本来ならば、どこかのタイミングで保安官には「そもそも地球人はガソリンを飲みません」と伝えなくてはならないんだろうが……
だ、だめだ。オレにはとても出来ない。
せっかくお土産を配って、前半の失点を回復したつもりになっているのに、いま真実を教えてしまったら、またしてもこの人はショックのあまり口を半開きにして、例のポンコツフリーズモードになってしまうだろう……
そしたらまた、初日にやってたみたいにシガーだか加温パイプだかを口に突っ込んで、彼を再起動させる作業がきっと始まるのだ。
なまじ上げて落とす結果になる分、今度は再起動に冷却タバコがいったい何本必要になるか……
だめだ、オレにはそんな残酷なこと……出来ない。
誰か他の人にやってもらおう。そうしよう。
この後に、ダン辺りから衝撃の真実を明かされた時の様子を想像して、オレは今ここにいないアイオーン副官の普段の苦労に思いを馳せた。
……というかあの人、もっぱら副官と言う名のタバコ供給係なのでは……?
『ふむふむ、どおりで。なぜこんなにも等間隔で飲食店やガソリンバーが乱立しているのか合点がいきました。地球では他店と匂いが混じっても気にならないが故に、各々が問題なく集客できるわけでありますか』
道路沿いに並んだガソリンスタンドを指差しながら、勝手に独自解釈してうんうん頷いている保安官。
「匂いが混じる……? そんなに分かります?」
『ええ、街のそこかしこから食欲を刺激する香りが漂ってきますぞ。地球は空気が澄んでいるのでなおさらだ。このように清々しい日照りの中、食材本来の香りを直接嗅ぎながら啜る油はさぞ旨いでしょうなぁ……昨日はあれほどたらふくご馳走になったにも関わらず、もう腹が空いてきそうでありますぞ。これでは数日でポニーになってしまいそうだ。ハッハッハ! もう少し立地が近ければ、地球は今頃一番人気の観光地だったでありましょう!』
「日照り……?」
保安官の言葉に頭上を見上げてみるが……今日は別に快晴というわけでもなく……どちらかと言えば曇り空だ。
なんなら、遠くの工場団地では今も煙突から光化学スモッグをもくもくと元気よく噴き出している真っ最中なのが見える(オレはここ数カ月のパトロールでこの光景にもすっかり見慣れてしまっていたが、こうして改めて考えると街中で工業排煙垂れ流してる時代マジヤバいな)ので、『空気がキレイ』なんて言われても、本来なら「皮肉か……?」と穿ってしまうくらいだぞ。
まあ、この保安官がそんな事言うはずが無いので、今のは本心からの褒め言葉なのだろうが……
そんな時に、はたと気付く。
そういやアマギがキュラソ星は濃霧がどうとか言ってたな……と。
もしかしてキュラソ星……地表が年がら年中霧に覆われてるせいで、視界が全然効かないのがデフォなのでは?
彼らの嗅覚が異常発達してるのは、霧のせいで視界情報が制限される上に、空気中の揮発成分もやたらめったら多いからそれを無理にでも嗅ぎ分けられるように進化した……?
……有り得る。
コミュニケーションが額の光なのも、霧の中でぼんやり光ってお互いの位置を把握していたからなんだろうか。
……待てよ?
「保安官、この店に人が何人いるか見えますか?」
『……二人ですが?』
「じゃあ、あっちの店は?」
今度は道路向かいのガソリンスタンドを指差す。
すると保安官、額を素早く点滅させつつ喉の奥でグツグツと押し殺すように笑い出した。
『流石ですなソガ警部。しかし、我々を嗅覚頼りの種族と侮って貰っては困る。このヘルメットがあれば、そのような遠距離であろうと……ふふふ。見えますぞ。あちらも二人ですな』
「やや、これは失礼しました。てっきり普段は霧で目を使う機会が少ないのかと」
『確かに野外の視界は効きませんが、屋内で調書を読んだりはしますゆえ。それに本官、同僚の中でも目の良さには特に自信がありますぞ。いくらキュラソーが霧の都とは言え、年に数回は本日のような日照りも起きますし、例え霧の中でも怪しい動きの者を見逃したりは致しませんとも。そうでなくてはケムール人共には勝てませんでな。なにせ、奴らは後ろにも目があるくらいで』
「確かに確かに!」
保安官のドヤ角に笑顔を返しながら再び歩き出す。
……因みに、いきなりなんだが。
何をかくそう、俺のボディに関しては正真正銘のソガ隊員であるからして、視力も余裕で両目共に2.0だし、なんならそれ以上にあるんじゃないかってくらいよく見える。
何が言いたいかっていうと……
……今の店、カウンターの奥で一人昼寝してたから実は三人なんだよなぁ……
いや見えとらんやんけ!
あくまで人類最高峰のスペックを誇るソガ隊員のウルトラアイ(物理)だからこそ見えた部分だから、保安官がことさら節穴ってわけじゃないんだが……
今のを無意識に遠距離と称するあたり、キュラソ星人の感覚は推して知るべし。
仲間の中じゃかなり視力が良い方らしい保安官が、ヘルメット機能で補正をかけてようやく地球人の裸眼とトントンと考えると……彼らの視力はこっちで言うところのド近眼がスタンダードだと考えておいた方が良いかもしれないな。
とはいえ保安官の鼻と、この俺ことソガ隊員が隣で視覚を補い……そこにダンの耳まで加わると考えれば今の俺たちに隙は無い。なかなか理想的なチームではなかろうか。
勝ったわ。
……そんな事を考えていると。
「きゃあああ! ドロボー!」
『ややっ!?』
「なにっ!?」
曲がり角の向こうから、突如として響き渡る女性の叫び声。
すわルバン登場かと身構えるオレと……凄まじい瞬発力で駆け出す巨躯の異星人。
……しまった! 出遅れた!?
隣から巻き上がる砂埃に慌てて走りだすも……は、速えぇっ!
俺の前を行く保安官は、まるでバイクのような加速力を発揮し、先ほどまで暢気に歩いていた時とは比べものにならないスピードで、あっという間に角の向こう側へ消えてしまう。
なんと綺麗なフォームだろう。あれがかの有名なケムール走りかっ!
すげっー!
長身種族のキュラソ星人は、足の長さもそれ相応だ。
そんな彼らが、強靱なバネを活かしながら半ば跳躍するようにストライド走法をとれば、まるで傍目からはスキップの如く軽やかに巨体が宙へ舞い上がり、しかして一歩一歩と地を蹴る度に凄まじい距離を空中で稼ぎ出す。
対する俺は、右腕が固定されているので上手くフォームが定まらず、警備隊仕込みのピッチ走法で全力を出しているにもかかわらず、どれだけ脚を小刻みに動かそうと、いつもよりやや遅い速度しか出ない。
いやこれ……片腕振れないだけでこんな違うの!?
走りにくすぎやろっ!?
誰だよギプスなんて装飾品って言ったやつ!!
やや遅れること数秒……角を曲がった先には、遥か前方で女物のカバンを抱えて走る男と、道路に座り込む女性の後ろ姿がチラリと見える。
ちょうどそこへ保安官が駆け寄り、女性に何事かを語りかけているところだ。
「うぉおおおっ! 大丈夫ですかぁー!」
『あの男がこの方の所持品を強奪したと! この場合、現行犯逮捕は適応されますでしょうや!?』
「日本でもひったくりは犯罪ですぅー!」
保安官の大声がドップラー効果のように後ろへ流れていく。
被害者は彼に任せて、俺は犯人を追いかけねば。
このままじゃ見失ってしまう。
……と、思ったら。
『ブラザー! 水を!』
「ウソォ!?」
あっという間に追い付いてきた保安官が、隣を併走しながら叫んだ。
静止状態のところを一度追い越した相手に、さらにもう一度追い抜かされかかっている事実に少しばかりショックを受けながらも、俺は腰へ提げていた水筒を素早く投げ渡す。
保安官はこの緊急時であろうと、さっき俺と交わした約束をちゃんと覚えていたのだ。
この動作はある意味、保安官がこれからしようとしている事への追認である。
投げ渡された水筒をキャッチすると同時に、保安官の被っていたヘルメットの前面がカシャンと素早くスライド展開し、彼の素顔が露わになる。
そして蓋を開け、中身を一気に口へ含む保安官。
『お任せあれ……ウッ!?!?』
その途端、飛び出さんばかりに目を剝いて……いや、それは普段からだが、同時に額も激しく明滅させるので、顔面のうるささが一気に跳ね上がった。いったいどうしたのだろうか。
……そう思った次の瞬間!
『ブホォエァーッ!!』
そんな聞くに耐えない声と共に、彼の突き出した舌先から、なにか透明な液体がビュオーッと勢い良く噴射されたかと思うと、前方を走る男の足下を狙い撃ち!
と同時に、激しく咳き込みながらその場へ崩れ落ちる保安官。
走っていた勢いのままゴロゴロと地面を転がっていく……
『……ゲホッゴホッ……!』
「ほ、保安官ーッ!?」
『は、犯人をっ……!! ウォエーッ……!』
チラリと後ろを振り返れば、蹲ってなにやら嘔吐きつつ、それでもしきりに前を指差している。
ひ、ひとまずは無事らしい……流石の根性だ。
もう一度前方へ視線を戻せば、犯人はド派手にひっくり返っていた。
なんとか起き上がろうとするのだが、ヌルヌルとした液体に足を取られ、その度にスッ転ぶ羽目になっているようだ。
……ちょっと待て? このままのスピードで突っ込んだら、俺もあれの仲間入りなのでは!?
それは勘弁願いたい!
「うおああああ……ストォープッ! あぶねっ!」
「ぎゃっ!?」
慌てて急制動をかけ、ちょうど良い高さにあったモノをブレーキ代わりに思いっ切り蹴っ飛ばし、なんとかオイル溜まりの直前で止まる事が出来た俺。
ただでさえ片手が使えないのに、こんな状況で転んだら絶対起き上がれないからな。
サンキュー犯人。ナイスセーブ。
「う、ごが……いっでぇ……」
足下に視線をやれば、ひったくり犯は蹴られた痛みに起き上がろうとするのをやめ、顔面を押さえながらその場で大人しく悶えている。
狙い通りに無力化も出来たようで一石二鳥!
口元に添えられた指の間からは、ぼたりぼたりと赤い液体が垂れてきて、透明なオイルに混じっていく……
ありゃま、そういや蹴った瞬間にバキャアと随分良い音がしたし、鼻か歯でも折れたかな?
いい気味だ。授業料だと思って潔くインプラントにでもするんだな。
……あれ? この時代じゃまだインプラント無いんだっけ?
まあいいさ。他人のもんをひったくったら、代わりに前歯をひったくられるくらいが丁度良いいいだろ。
そんなことより、傍に落ちているバッグを拾い上げて確認すると……汚れは付いて無いな、ヨシ!
せっかく取り戻したのに、油や血でドロドロでしたじゃ骨折り損だからよ……
「お待ちになってー! 隊員さーん! その手提げ、あたくしのでしてよー!」
後ろから、女性の声がパタパタと駆けてくる。
「ああ、ご安心下さいお嬢さん。取り戻しておきましたよ。ほら、このとおり」
「あらまあ。これはお手数をおかけいたしまして……どうもありがとう……」
膝に手をつき、ハアハアと肩で息をしていた女性が礼と共に顔を上げ……その瞳を大きく見開いた。
「アラ……ソガさん?」
「ええっ!? さ、サエコさんんっ!?」
なんと驚き! 被害者は俺の知り合いだ。
この人はナンブ・サエコさん。
原作本編に出て来る、ソガ隊員のフィアンセである。
美人だろう?
……というかコイツ、よりによってサエコさんからひったくりやがったのか!?
それなら変な仏心なんか出さずに、もう2、3発くらい追加でお見舞いしておくべきだったぜ。
「な、なんで貴方がこんなところに……」
「ソガさんが取り戻してくださいましたのね。ありがとうございます!」
「い、いえ……当然の事をしたまでで……ハハ」
しかし参ったな。
このサエコさん……個人的には非常に好ましい人のだが、とある事情で接触を避けている相手なのだ。
というのも、彼女はあくまでソガ隊員の婚約者であって、オレの彼女でもなんでもないわけで……
オレはまだ、この人に対してどう接すれば良いのか、未だに答えを出せていない……
それとなく予定を先延ばしにしていたのに、まさかこんな所で出くわすなんて……いや、今向かっている場所は彼女の所属している大学でもあるから、その近くにいけばサエコさんに遭遇する可能性も当然のように高くなる。
それをすっかり失念していた。
「あー……その、サエコさんは……最近どうですか?」
「どう……とは?」
「いやそのー……」
うう、いったい何を話そうか。
とても気まずい……
二人の間に奇妙な沈黙が張り詰める。
彼女は何かを期待するような視線を投げてくるが……
会った時に話す台詞とか、なんも用意してなかったわ……
「お、おい゙っ!」
俺達の間に微妙な空気が流れそうだったところ、足下からくぐもった声が聞こえてきた。
そちらに視線をやったサエコさんは、思わず悲鳴をあげる。
こちらを睨みつける犯人の顔が血だらけだったからだろう。
「キャー! あ、あなた……血が! 怪我をっ!?」
「ああ、どうやら猛スピードで転んだ拍子にぶつけたみたいでしてね……自業自得ですよ」
「な゙っ!? これはお前が……あぎっ!?」
犯人の男は、最後まで抗議の声を挙げる事が出来なかった。
糸の切れたように、ドサリとその場に倒れ伏してピクリとも動かなくなったからだ。
サエコさんは、一瞬何が起きたか分からなかったようだが、俺の左手にいつの間にか握られていたものを見て、ようやく理解が追い付いてきたのか小さく震えだす。
「えっ……そ、それって……銃……? まさか……!」
「やだなぁ、麻酔銃に決まってるじゃないですか。あんまり怪我が痛そうだったんで、応急処置ですよ」
今回はルバン星人を生け捕りにしなくてはならないので、隊員全員がパラライザーも携帯しているのだ。
この銃、取り回しが悪くて咄嗟の抜き撃ちには使いにくいんだよな……ともあれ、意外な形で役に立ったぜ。サンキューパラライザー。
「な、なぁんだ……そうでしたの。わたくしてっきり……こんな人でも気遣ってあげるなんて、やっぱりお優しい方なのね、ソガさんって」
「いやいや、それほどでも。いくら悪人とは言え、罪は法によってのみ裁かれるべきですからね。必要以上に苦しみを与えるのは警備隊の精神に反します。なんといっても全ての地球人は、基本的人権の名のもとに、すべからく平等なのですから!」
「流石はウルトラ警備隊。立派だわぁ……」
ウルトラセブンは遠い遠い未来の物語なので、ここに出て来る人々はこうして互いにルールを守り、信頼しあって生きているのだ。どうだ、素晴らしいだろう?
だからこそ、今回も保安官のような心正しき異星人とだって……あ。
キラキラとした瞳でこちらを見上げるサエコさんの肩越しには……遥か後方、排水溝の傍で蹲るエリキュール保安官の姿が。
周囲に対する認識阻害能力を持つ彼のヘルメットは現在、観音開きの真っ最中である。
ご尊顔も絶賛公開中!!
「……やっべ、忘れてた。サエコさん、本当に申し訳無いんですけど、私これでも任務中でして……警察への通報とかお任せしても大丈夫ですか? 一応、警察署もすぐ近くだし、俺の名前とか出して貰えれば……」
「ええ、ええ。もちろんでしてよ。それどころか、お仕事中にこんな事でお手間を取らせてしまって本当にごめんなさいね。そうだわ、あちらの方にもお礼を……」
「いやいや! あの人には僕の方から言っときますんで! それこそ、サエコさんのお力になれたってんなら、俺らも走った甲斐があるってなもんですよ!」
「あらお上手だこと。……あとソガさん! 救急車はもうお呼びになったのね?」
「……救急車ぁ?」
サエコの言葉に、ソガは心底不思議そうな顔で振り返った。
「……あ、そうか! ご心配なく! これは随分と前の任務でやったやつですから。もうほとんど治りかけでして……全然大丈夫ですよ! お気遣いありがとう! サエコさんは本当に優しいなぁ! んじゃ! また近いうちに!」
「え? ええ……」
三角巾で吊られた自身の右腕を軽く叩きながら、感激した様子で頷くソガ。
早合点して足早に去っていく彼の背中を、サエコは呆気に取られたように見送るしかない。
「……ソガさんったら……本当にお忙しいのね」
足下に目をやり、ため息と共に肩をすくめた彼女は、傍にあった電話ボックスに入ると、素早く119にダイヤルを回した。
「……ああ、もしもし? ええ、そうです。男の人が路上で顔から血を流してまして。……はい、意識もありません。麻酔? だかなんだかで眠って……ええ、ええ。ただ……実はその人、物盗りですの……あのぅ、こういう時はいったいどうしたら……」
―――――――――
「保安官! 大丈夫ですかっ!」
『ゲッホッ! だい、大事あり……ゴホッ……! ありませんぞ、ブラザー……オエッ……』
「いや、どう見ても無事ではないですが……」
『ゲフンゲフン、おあー……ふぅ。いえ、いきなりで驚いただけであります。お騒がせしました。その、こんな事を言うのもなんですが、率直に申し上げて……お渡し頂いた水があまりにも不味く……うぷっ』
「……あー……」
……ごめん、保安官。
「……お口直しにいかがですか?」
ちょっとした罪悪感に苛まれたオレは、保安官から貰ったスキットルを差し出してみる。
『め、滅相も無い! それでは貴官に贈った意味が……オロロ……』
「まあまあ、私が頂いたものなわけですから。私の使いたいように使わせて頂きますよ。オレは貴方にこそ飲んで欲しいと思います」
『そ、それではお言葉に甘えて……んぐっ、んぐっ!』
許可するなり凄い勢いで中味をグビグビ飲んでいく保安官。
なんだかんだ遠慮せずに受け取ったあたり、さっきの水が相当に不味かったらしい。
ほんまごめんて。
『プハァッ! ……生き返りましたぞ! ……ああ、本当はブラザーの分ですのに、もう半分も飲んでしまった……』
つっても別に俺はガソリン飲めねえしなぁ……
あのままだと、分析室か整備班に寄贈するしかなかったし……こうして保安官に美味しく頂かれた方がガソリンの方も本望だろう。
「クソマズイ水を飲ませたお詫びですよ。……しかし、地球の水はお口に合わなかったようで……」
『なんといいましょう、非常に舌ごしが悪いと言いますか……正直、こんなにギトギトした水は初めてであります。まるで
「……本当に申し訳ない。多分、皆さんで仰るところの
『な、なんですってぇ!?』
うわー眩しい眩しい。
はやくヘルメット閉めてくれ。
『……ま、まさか地球人は……普段から
「いやー……どっちかと言うと、ガソリン飲む機会なんてそうそう……あ、ただでさえ埋蔵量には限りがあるのに、全員で飲んでたらあっという間に無くなっちまいますし? まあでも酒飲みは多いですよ、ええ」
『そ、そうですな。ブラザーが本官に嘘を吐く筈が無い……とすると……そうですか……』
しばし考え込んだ保安官は、俺の手をガシッと掴み……
『そのような状況でも、我々にあのような持てなしを用意して下さったとは……部下一同を代表して感謝いたしますぞ、ブラザー!』
「は、はあ……」
またなんか変な方向に勘違いされてる気がするけど、とりあえず好印象らしいし、その方がオレとしても都合が良いからこのままにしておこう……
『しかし……警部も隅に置けませんな』
「……はい?」
保安官が唐突にそんな事を言うので、オレは面食らった。
『いやいや、皆まで言いますな……分かっておりますとも、ええ』
「いや……何がです?」
『しかし……老婆心ながらご忠告申し上げましょうか。我が連邦警察にはとある伝統的なジョークがありましてな。先人曰く、
「……ほう、その心は?」
『でなければ、いまごろ我々はポニーになど乗っていなかっただろう!』
「…………」
『……あれっ?』
「…………?????」
俺達の間に沈黙が落ちる。
いやゴメン、普通に意味分からん。
……今の、どこらへんが笑いどころ……?
『ぶ、ブラザーはジョークがお好きと聞きましたのに……』
自信満々に言い放ったジョークが大スベリした事を察し、保安官は再びその場へ崩れ落ちた。
「すみません、私の理解力が足らなかったようで……今のは一体どういう意味合いなのですか?」
『つ、つまり……女性の前で隠し事は通用しないので、油を探すポニーどころか、それに乗る我々捜査官自体も必要無くなるという……』
「……あ、ああ~! そういう事か! なるほど~!! 良く出来た言い回しですねぇ!」
『感心するのではなく、笑って頂きたかったのだが……』
ションボリと肩を落とす保安官。
んな事いわれてもなぁ……
とりあえず肩をポンポンと叩いて励ましておく。
「……ん? それが私とどう関係あるんですか?」
『本官のようなロートルから言える事はただひとつ。女性と本気のお付き合いをしたいならば……さっさと本心を告げて、等身大の自分を見せる事ですぞ』
……大きなお世話じゃい!!
気になる?
-
8番目
-
保安官
-
補佐官
-
星雲荘